タイトル:Pein Rain  後編マスター:間宮邦彦

シナリオ形態: シリーズ
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/01/30 00:53

●オープニング本文


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「なんか騒がしいな」
 ホテルの窓から街を見下ろして、美作泰時(みまさかやすとき)は訝しげに呟いた。
 時刻は午前。現在位置は、澄川花織を送り届けるべき市から、数十キロ手前の街だった。
 ロビーに下りた泰時は、ホテルのフロントに表の騒がしさを訊ねてみた。
「なんでも、飛来する大量のキメラが確認されたようです。襲撃に備えて、街の防備に当たっているUPC軍が迎撃の準備をしているとかで」
 泰時の胸中で不安が首をもたげた。
 嫌な予感というのは、得てして的中するものだ。
 同行する傭兵達のところへ急ぎ、彼は手早く事情を説明する。
「もしもの場合を考えて、さっさと街を発った方がいいと思う」
 花織の護衛が彼の役目であり、花織を無事に親元へ届けることが傭兵達の任務だ。
 キメラに背を向けることに抵抗はあったが、果たすべき役割というものがある。
「準備を整え次第、出発しよう」
 泰時の言葉を受け、傭兵達は支度を始めた。

 街を経ってから数十分。
 UPC軍から拝借した大型の軍用トラックに乗り込み、一行は街道を順調に走行していた。
 泰時は荷台の後方に座り、空を注意深く監視していた。
 そしてやがて、不安が現実になったことを知る。
「来たか‥‥」
 吐息混じりの呟き。
 晴れ渡る青空に、一筋の黒い帯。
 それは徐々に輪郭をはっきりさせ、ほどなくして誰の目にも明らかとなる。
 数の見当がつけられないほどの、キメラの群。
 全て体長一メートルほどのドラゴン型で、しかし中に一体だけ三メートルほどの大きな個体が混じっており、その背には人型の何かが乗っていた。
「‥‥バグアか?」
 だとすれば、厄介極まりないことになるが。
 キメラ共の標的が彼らの一行であるのは、既に明白だった。
 高度を下げたキメラの群が、見る間に距離を詰めてくる。
 そこへ、無数の羽音に混じり、耳障りな声が響いた。
「このニオイ‥‥キサマらでマチガイないな‥‥!」
 キメラの背に乗っていたのは、大きな曲刀を手に直立するトカゲだった。
 言ってしまえば、リザードマンだ。
 そいつの声は怒りに滾り、傭兵達を睨みつける視線には復讐の火が猛っていた。
「ワガ同胞をウバったムクイを、ウケるがいい!──イケ!!」
 号令一下、小型のドラゴンキメラたちが一斉にトラックへと襲い掛かる。
 それは、正に嵐だった。
 迎撃に当たる傭兵達だが、明らかに手が回りきらない。
 身は守れても、トラックが守りきれていなかった。
 運転席も容赦なく襲われており、運転席の傭兵が片手で対処するも、追い払うのが精一杯だ。
 タイヤをやられれば走行不能になる。
 そうなれば瞬く間に無数のキメラに群がられて、全滅は必至だろう。
 なにより厄介なのが、リザードマンの指示が巧みなことだった。
 完璧な統率を持って動く小型のドラゴンキメラに、傭兵達は翻弄されるばかりだ。
 何度目かの花織の悲鳴が、耳を突く。
 泰時の胸中が、定まった。
「──すみません。花織を頼みます。必ず、親父さんの元へ帰してあげて下さい」
 荷台を蹴り、泰時は空中へ身を躍らせた。
 傭兵達は、曲芸を見る。
 小型ドラゴンキメラを踏み台にして空中を走り、泰時は後方で高みの見物を決め込んでいたリザードマンへ辿り着き、飛び掛っていた。
 泰時の一閃を受け止めたリザードマンだが、勢いに押されて中型ドラゴンキメラの背から、泰時ごと転落する。
 キメラの群の統率が、一気に乱れた。
 と同時に、ミラーでその様子を見てしまった花織の絶叫が、傭兵達の鼓膜を叩く。
「泰時!! 止めて、今すぐ車を止めてよ!!」
 運転席の傭兵に掴みかかる花織。
 しかし、止めれば全滅は免れないだろう。
 逆に言えば、リーダーが離れたことで小型ドラゴンキメラの群は二分され、統率もない。
 逃げ切るなら今しかなかった。
「泰時を助けないと! なにしてるの!? 早く止めなさいよ!」
 花織が、何かに気付いたように息を呑む。
「──まさか、見捨てる気じゃないでしょうね? 絶対に許さないからね!?」

 決断が、迫られる。

●参加者一覧

ファルティス(ga3559
30歳・♂・ER
ヒューイ・焔(ga8434
28歳・♂・AA
時枝・悠(ga8810
19歳・♀・AA
常世・阿頼耶(gb2835
17歳・♀・HD
クラリア・レスタント(gb4258
19歳・♀・PN
冴木氷狩(gb6236
21歳・♂・DF
鳳凰 天子(gb8131
16歳・♀・PN
ユウ・ナイトレイン(gb8963
19歳・♂・FC

●リプレイ本文

 ──鮮血の花が咲く。

 あと少し。
 もう少し。
 ほんの数メートル。
 ほんの数秒。

 声も聞こえ、
 顔も見えた。

 何が悪かった?
 何が足りなかった?
 何処で間違った?
 どうすれば良かった?

 過信はなく、
 慢心もなく。
 確信があり、
 自信もあった。

 必ず助けられる。
 大丈夫だと、信じて。
 必ず助ける。
 そう、決めていたのに。

 三人の目の前で、鮮血の花が、咲いた。


●決断
 瞬く間に小さくなる美作泰時の背中を、クラリア・レスタント(gb4258)は半ば呆然と見つめていた。
(「どうして? どうしてあんな簡単に、命を捨てるような真似が出来るの?」)
 戸惑いを隠せない、そんな彼女の鼓膜を、激しい銃声が叩く。
 はっと我に返ったクラリアは、慌てて銃を構え直した。
 今は動揺している場合ではなかった。
 指揮官とはぐれた事でキメラ共の動きは統率を失っていたが、それでも数の暴力は絶大なままだ。
 一時の気の緩みも許されない。
「泰時殿も無茶をする‥‥」
 飛来したキメラを切り落としながら、鳳凰 天子(gb8131)も苦々しく呟いた。
 そこで再び、激しい銃声。
 ファルロス(ga3559)の『制圧射撃』が、トラックに群がる小型のドラゴンキメラ共を一時的に散らせる。
 仲間たちと話し合う猶予が必要だった。
「どうする?」
「助けよう」
 冴木氷狩(gb6236)の問い掛けに、時枝・悠(ga8810)が即座に答える。
「全員で?」
「‥‥三人で」
 悠長に考えている暇はない。
 救出に向かうのは、ヒューイ・焔(ga8434)、ファルロス、悠に決まった。
 ファルロスが閃光手榴弾のピンを抜く。
 氷狩は運転席の天井を叩き、ユウ・ナイトレイン(gb8963)に呼びかけた。
「合図があったらスピードを少し落としてくれ!」
「了解! ──聞こえたろ? ちゃんと助けるから大人しくしてくれ」
「‥‥それならいいのよ」
 ユウの腕や襟から手を離し、澄川花織は不安げながらも助手席に戻った。
「仲間は見捨てたくありませんからね」
 常世・阿頼耶(gb2835)のライスナーが火を噴き、キメラを翼を撃ち抜く。
「全員で行きたいところだが、せっかく泰時殿がくれた機会を無為にする訳にもいかんしな」
 一閃させた天子の機械剣が、キメラの腕を切り飛ばす。
 救出に向かう三人が、荷台後方に並んだ。
「四方を固めるぞ!」
 氷狩が声を飛ばし、運転席側手前に天子、後方にクラリア。助手席側手前に氷狩、後方に阿頼耶が陣取る。
「降りる時、援護を頼む」
『了解』
 悠の要請に、四人はしっかりと頷いた。
「──行くぞ」
 ファルロスはバックミラーに映るようにハンドサインを示し、閃光手榴弾をキメラ共の中へと放り投げた。
 身構える一同。
 一瞬の後──地上に炸裂する、小さな太陽。
 網膜を焼かれたキメラたちが一斉に怯んだ。
 ユウがトラックの速度を緩める。
「行ってくる。そちらは任せた」と悠。
「真に危険だが、ご無事で」
「気をつけて! 必ず生きて又会いましょう!」
 荷台から飛び降りる悠たちの背に、天子とクラリアがエールを送る。
 遠ざかる彼らの姿を視界の隅で見ながら、クラリアは胸中で呟いた。
(「これが終わったら彼に聞いてみよう。何故、あんな真似をしたのか」)

●激突
 荷台から飛び降りた直後、ファルロスはトラックを追うキメラ共へと『制圧射撃』を喰らわせた。
 せめてもの支援だ。
 そしてすぐさま、先行する二人を追いかける。
 決断が早かったとは言え、泰時との距離はかなりある。
 追いすがるキメラ共は極力相手にせず、全力で走る。
 視線の先には黒い塊。
 無数のキメラ共の群れ。
 その中心に、泰時がいるはずだ。
 ヒューイは番天印とホーリーベル、悠は紅炎と月詠、ファルロスはシエルクラインをそれぞれの手に構えた。
 彼らに気づいたキメラが、おぞましい羽音を立てて向かってきたからだ。
 小型のドラゴンキメラなど、彼らの敵ではない。
 どうということもなく切り捨て、撃ち落とす。
 しかし、三人の脳裏に焦りの感情が浮かぶ。
 昔、誰かが言った。
「戦争は物量が多い方が勝つ」
 その真偽は別として、圧倒的物量が脅威であるのは確かだった。
 一体を片付ける前に、次のキメラが襲いかかってくる。
 走る速度が鈍る。
 手が追いつかなくなる。
 それでも地力の絶対的な差で、キメラの群を突き抜ける。
 そこで、彼らは目にする。
 
 リザードマンの曲刀を躱した泰時が、死角から突撃してきた小型キメラに体当たりされて態勢を崩す。
 そこへ中型キメラから炎のブレスを浴びせられ、視界が覆われる。
 それを利用して回り込んだリザードマンが、泰時を逆袈裟に斬り上げた。
 刹那の静寂。
 そして咲く──鮮血の花。

「──────っ!!」
 声にならない絶叫を迸らせたのは、誰だったのか。
 悠の左半身に浮かび上がる炎を模した真紅の文様が、激しく明滅した。
 紅炎の輝きが一際強くなる。
 脇目も振らずにリザードマンへと突撃し、渾身の一撃を叩き込む。
 金属の激突する甲高い耳障りな音が響き渡った。
「このニオイ‥‥」
「‥‥中々に斬り甲斐のあるお仲間だったよ」
 凍てついた声で、彼女は告げた。
 リザードマンの無機質な瞳が怒りに燃え滾る。
「コロす!!」
「こっちの台詞だ」
 激しく切り結ぶ両者。
 主人の援護をしようと動く中型キメラ。
 そこにヒューイが飛び込んだ。
 番天印をカミツレに持ち替え、『流し斬り』で側面に踏み込み、『二段撃』で立て続けに斬りつける。
「死亡フラグってのはなぁ‥‥ぶっ壊すためにあるんだ!」
 赤い粒子が、軌跡を描く。
 キメラは身を捻って躱そうとしたが、思わぬ方向から飛んできた銃弾に意識を奪われ、動きを止めた。
 その隙に、鱗に覆われていない腹部を狙った斬撃が炸裂する。
 悲痛な声を上げてよろめくキメラ。
「だから、絶対に死なせねぇぞ!」
 一気に仕留めに向かうヒューイ。
 大勢は決している。中型キメラに関しては時間の問題だろう。
 ファルロスは『援護射撃』を中断すると、『制圧射撃』で小型キメラを牽制しながら、泰時の元へと走った。
 肩から脇にかけての無残な切り傷。
 地面に倒れた彼から、生命の息吹は殆ど感じられない。
(「それでも、まだ助かるかもしれない」)
 祈りにも似た思いを胸に、ファルロスは救急セットを取り出そうとするが、
「ちっ、鬱陶しい」
 群がるキメラ共が激しく邪魔をしてきて、治療どころではなかった。
「あれを使う!」
 声を張り上げ、ファルロスは二人に伝えた。
 代名詞だが、分かるはずだ。
 その物の名前を出しては、リザードマンにバレてしまう。
 こちらを振り返らずに二人が頷くのを確認し、ファルロスは閃光手榴弾のピンを抜いた。
 炸裂させるまでの間、『制圧射撃』を駆使して周囲のキメラを追い払う。
「──行くぞ!」
 告げて、投げる。
 身構えた次の瞬間、眩い閃光と強烈な爆音が周囲を埋め尽くす。
 その隙に、ファルロスは泰時を抱き上げて走った。
 距離は少しでいい。元より走って逃げられる状況ではない。
 泰時を地面に下ろし、手榴弾が効いている間に、ファルロスは出来る限りの応急手当を施した。
 朦朧としていたキメラ達が我に返ってきょろきょろと見回し、やがてファルロスたちを見つける。
 現状、尽くせる手はない。
 あとは、自分達が生き残ることに、全力を注がねばならないのだ。
「‥‥生き延びろよ」
 最早死人と変わらぬ血色の泰時へ、ファルロスは小さく呟いた。

●撤退
「──ちょっと‥‥まさか三人だけ!? 全員で行くんじゃないの!?」
 閃光と爆音が収まり、恐る恐る荷台を振り返った花織は、金切り声を上げた。
「無茶を言うな」
 ユウは努めて冷静に答える。
 トラックは再び全速力へ。
「止めるなり引き返すなりして、全員で行ってよ!」
「今止めたら、あっとう間に敵に囲まれてこっちが危険だ。救出に出た仲間にも、彼にも迷惑がかかるぞ。なにより君が危険にさらされる」
「そんなのどーだっていいわよ!」
 まるで駄々っ子だ。
 再びユウに掴みかかるが、温室育ちの細腕でどうにかできる相手ではない。
 ユウは根気強く説得を続ける。
「彼は君を守るために一人で敵に向かっていったんだ。なのに君が怪我をしたんじゃ意味がない」
「それなら私を守りながら、全員で泰時を助けに行きなさいよ!!」
 あまりに身勝手な物言いに、痺れを切らしたのは荷台の氷狩だった。
「うるせぇ! あの三人が行ってダメなら、全員で行っても同じだ! 喚く暇があったら神にでも祈ってろ!」
 助手席の天井を叩きながら、怒鳴りつける。
 花織は驚いて身を竦ませたが、それで引き下がることもなかった。
「そんなのわかんないでしょ!? とにかくあんたたち全員で行きなさいよ!!」
「──いいか、よく聞け。今、全員で、君たち二人を助ける為に動いてるんだ」
 一瞬の隙を見出し、ユウは花織を正面から見据えた。
 透き通った青い瞳に見つめられ、花織は言葉を詰まらせる。
「俺たちを信じてくれ。泰時は必ず助ける。心配いらない」
 真摯な感情を込めた言葉を受けて、ユウから手を離す花織。
「‥‥‥‥わかったわよ‥‥」
 あまり納得した様子はなかったが、自分の要求が通る見込みはなく、また自身の力ではどうにもならないことは理解できたらしい。
 助手席に座り直すと、目をぎゅっと閉じて祈るように手を組み合わせた。
「神様‥‥」

 荷台の上は、地獄絵図の様相を呈していた。
 四方八方から絶え間なく襲い来るキメラ。
 四人は自分の身よりも、トラックを守ることで精一杯だった。
 身体は満身創痍だったが、その甲斐あってかトラックは走行に支障がない。
 だが、いつまでこの状況を乗り切れるだろうか。
 銃撃を掻い潜ってきたキメラの突撃を、阿頼耶は盾を構えて体ごと防ぐ。
 後ろ足を踏ん張って衝撃を押し殺し、盾に激突して荷台に着地したキメラを、渾身の力で蹴っ飛ばす。
「ダメだ、キリがないっ」
 半分に減って統率を失っても、それでも尚、絶望的な物量。
 四人では明らかに手が足りていない。
「使います!」
 クラリアは声を張り上げ、注意を促した。
 片手には閃光手榴弾。
 出し惜しみしている余裕はない。
 片手が塞がったクラリアをフォローするために、阿頼耶は意識を集中させた。
 ミカエルの頭部がスパークする。
 『竜の瞳』を使った状態で、貫通弾を装填したライスナーをぶっ放す。
 クラリアを狙うキメラ共を、次々に撃ち落とした。
「──行きます!」
 投擲した閃光手榴弾が、群の中で炸裂した。
 多くのキメラを怯ませることに成功したが、効果範囲外のキメラが入れ替わりで押し寄せてくる。
「銃は使わん主義だが、この際仕方ない」
 ケルビムガンを抜き、天子は立て続けに引き金を弾いた。
 狙った獲物には当たらなくとも、その背後のキメラに流れ弾が当たることもある。
 適当に撃つだけでも効果があった。
 不用意に近づいてきたキメラは、機械剣で切り伏せる。
 氷狩のばら撒く弾丸が、一斉に火を噴く態勢に入っていたキメラ共を薙ぎ払った。
 妙な編隊を組んでいたので勘で狙ったのだが、功を奏したようだ。
 しかし、その攻撃でアサルトライフルの弾が切れる。
 リロードする間すら惜しんで、氷狩はハンドガンへと持ち替えた。
 自身を狙う敵は後回しにし、トラックや運転席を狙うキメラを最優先で撃ち落として行く。
 だが、その包囲網は徐々に絞られて来ていた。
「仕方がない‥‥使うぞ!」
 こちらの手持ち最後となる閃光手榴弾を、天子は取り出した。
 これを使えば、あとは敵を大きく牽制する手段はなくなる。
 しかし、使うべき時が今を置いて他にないのも事実だ。
 手榴弾の特性を理解したのか、明確な意思を感じさせる動きで、キメラが天子に殺到した。
 『エアスマッシュ』を連続で放って切り落とし、仲間からの援護を受けて、時間を稼ぐ。
「喰らうがいい!」
 放り投げ、目と耳を塞ぐ。
 何度目かになる、閃光と爆音。
 効果はてきめんだが、やはり、先程と同じことが繰り返される。
 入れ替わるように群がるキメラ。
 しかしそれでも、怯む者も絶望する者も、ここには一人もいない。
 牙を剥いてくるキメラを、クラリアは紅の瞳で鋭く射抜いた。
「迂闊な! オルカ!」
 盾で捌き、『抜刀・瞬』でシエルクラインをオルカへと瞬時に持ち替え、同時に『刹那』を発動させる。
 一瞬で翼を両断されたキメラは、無様に地面を転がった。

 その時。

「──あれは‥‥UPC軍だ!!」
 ユウが声を張り上げた。
 前方に数多の車両が見えた。
 誇らしげに掲げられた旗には、UPC軍のマーク。
「救援か!」
 ハンドガンから更にイアリスへと持ち替えていた氷狩が、腕に噛み付いているキメラを刺し殺し、振り払う。
「助かった‥‥」
 ミカエルの各部から火花が飛び散る阿頼耶は、安堵し切った表情で膝をついた。
 状況を察したのだろう。
 キメラ達が一斉に身を翻した。
 だがそこに、無数の火線が浴びせられる。
 軍の一斉射撃は、瞬く間にキメラ共を駆逐していった。

●空白
「来たぞ」
 トラックを視界に捉え、悠は静かに言った。
 自身もそうだが、ヒューイもファルロスもぐったりしている。
 身体の傷はさほどでもないが、精神的な疲労が限界に近い。
 彼らから少し離れた位置には、無数の死骸が転がっていた。
 数えるのも馬鹿らしいほどの小型ドラゴン。
 それから中型ドラゴンと、リザードマン。
 そして三人の傍らには、横たえられた泰時。
 数メートル手前でトラックが停止し、助手席から転がり落ちるような勢いで花織が飛び出してきた。
 脇目も振らずに泰時の元へ。
 ──絶句。
 膝をつき、彼の肩を揺さぶる。
「‥‥泰時?」
 頬に手をあて、その冷たさに驚く。
「すまない」
 努めて平淡に、ファルロスは言った。
 ヒューイは口を真一文字に結び、きつく拳を握り締める。
「泰時殿に救われたか‥‥」
 少し離れた場所で、天子は静かに呟き、黙祷した。
(「死んだら、そこで終わりじゃない‥‥どうしてあんな簡単に自分を棄てられたの?」)
 クラリアは胸の前で、ぎゅっと手を握った。
 聞きたかった。なぜ自分の命を粗末にしたのかを。
 花織の硬直が解ける。
 皆が見つめる中で、彼女はそっと静かに、泰時に口づけをした。
 それからゆっくりと立ち上がり、一同へと振り向く。
「‥‥私を助けてくれて、ありがとう」
 頭を下げて、彼女は言った。
「泰時を助けようとしてくれて、ありがとう」
 声を震わせて、彼女は言った。
「大丈夫‥‥わかってる‥‥本当は、ちゃんとわかってる‥‥」
 なにが、とは、誰も口にはしなかった。
 彼女の足元に、水滴が落ちる。
 零れ落ちる、涙。
 それと同時に、空が唸った。
 いつの間にか、黒い雲。
 そして降り出す、雨。
 それはまるで、痛みを洗い流そうとするかのようで。
 いつまでも激しく、降っていた。