タイトル:フラッド・ブラッドマスター:間宮邦彦

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/11/23 16:11

●オープニング本文


 悪夢のようだった。
 キメラが、生きた人間をその身体にくっつけたまま襲ってくる光景など、他にどう表現したらよいのか。
 否──正確には、人間からキメラが『生えている』のだ。

 そのキメラは二種類いた。
 一本一本の長さが三メートル程もある真っ黒な腕を、球状の体から蜘蛛の脚の如く無数に生やしたキメラ。
 そのキメラが生み出す、いわば子キメラとでも言うべき存在。
 この子キメラの作り方もまた、醜悪極まりないものだった。
 親キメラの腕が人間を掴まえると、その腕は本体から切り離される。
 すると次の瞬間には人間に根付き、一本だった腕が枝分かれしてまた新たな、腕を脚代わりにしたような蜘蛛型キメラが生まれるのだ。
 そして親キメラをよく見れば、球状の体は、実はぐちゃぐちゃに絡まりあった人間であると気付く。
 更に最悪なことに、それらの人々は全てではないにしろ、まだ生きているのだ。

 ほんの数分前までは平和だった。
 UPCグリーンランド基地から物資の援助が受けられる、ギリギリの場所に位置するこの集落は、雪と氷に覆われた極寒の地ではあったが、静謐で穏やかな空気の流れる村だった。
 グリーンランド自体は激戦区と言っても差し支えない地域だが、その中にあってこの集落と基地を結ぶルートは飛び抜けて安全なことで知られている。
 物資運搬の際には必ず能力者の護衛をつけてはいるものの、キメラの襲撃に遭うことは少なく、また襲ってきたキメラも過去全て雑魚ばかりだった。
 UPC軍人や能力者はともかく、集落の人々は油断しきっていた。
 キメラの脅威を知りつつも、どこか他人事と安心していた。
 しかしその平穏は、突如訪れたキメラの襲来により、脆くも消え去ったのだ。
 安らかだった日常こそが、夢であったかのように──

●参加者一覧

ミア・エルミナール(ga0741
20歳・♀・FT
優(ga8480
23歳・♀・DF
秋月 九蔵(gb1711
19歳・♂・JG
ソリス(gb6908
15歳・♀・PN
エリノア・ライスター(gb8926
15歳・♀・DG
紅蓮(gb9407
18歳・♂・SF

●リプレイ本文

 立て続けに銃声が鳴り響く。
 瞬く赤い光の壁を穿ち、銃弾はキメラを貫いた。
 迸る絶叫。
 それは、人の声だ。
 人の身体から生える、何本もの長く黒い腕。
 蜘蛛のようなシルエットでありながら、そのおぞましさたるや蜘蛛の比ではない。
 銃弾は黒い腕を貫いていたが、その傷が見る間に癒えていく。
 宿主の人間の生命力と引き換えに。
 人の顔が、苦悶に歪んでいた。
 目から、口から、鼻から血が流れる。
 ソリス(gb6908)は内心の動揺を押し殺し、引き金を引き続けた。
 自分の役割を全うする為に。
 引き金を、引き続けた。


 惨劇の始まりを最初に目にしたのは優(ga8480)だ。
 物資を受け渡す間も周囲への警戒を怠らずに見回りをしていた彼女は、村外れで悲鳴を耳にした。
 瞬時に覚醒し、駆けつけたそこで目にしたのは、人にキメラが植え付けられる瞬間だった。
 次いで、巨大な異形に気づく。
 過去にこの近辺で出現した例のないキメラだ。
 一見すると蜘蛛型だが、既存の生物に無理やり当てはめたらの話でしかない。
 無数に生える長大な腕の一本が、村人を捕らえていた。
 その腕が千切れるやいなや、身の毛もよだつ音をたてて人間の身体へと潜っていく。
 と同時に、一本だった腕が枝分かれして広がり、蜘蛛の脚のようになった。
 虚ろに歪んだ村人の顔がこちらを向く。
「‥‥た、す、け、て‥‥」
 惨劇の幕開けだった。

 混乱の極みにあり、散り散りに逃げ惑う村人達を自分達で避難させるのは得策ではない。
 そう判断し、秋月 九蔵(gb1711)はすぐに思考を切り替えた。
 今現在、親蜘蛛はエリノア・ライスター(gb8926)、紅蓮(gb9407)、ミア・エルミナール(ga0741)が抑え、子蜘蛛は優とソリスが相手している。
 親蜘蛛はでかい図体の割に動きが早く、おまけに能力者を無視して村人を狙う厄介さだ。動きを止めるには全員で臨みたいが、子蜘蛛は子蜘蛛で鬱陶しかった。
 優とソリスに取っては大した相手ではないものの数が五体と多い上、こちらは村人無視で能力者を狙ってくる。親蜘蛛の牽制をしているメンバーへ矛先が向かないように、引き付けておかなければならなかった。
「しかし復帰戦がこれとはねぇ‥‥いや、何時も想定通りになる戦争なんてないか。そのこと忘れてたね」
 自嘲気味に呟き、表情を引き締める。それから九蔵は、慌てふためく軍人達を一喝した。
「僕らは全力でキメラを撃退する。民間人の避難はあなたたちがやってくれ。それくらいできるだろ?」
 十代と思しき少年に皮肉られたことで、彼らは怒りで顔を赤くする。
 しかしそのお陰で、混乱からは立ち直っていた。
「あのでかいキメラは民間人を狙ってくる。そして捕まったら最後、キメラの仲間入りだ」
 四人の軍人は、ごくりと唾を飲み込んだ。
「武器はあるだろ? 武装したら、一人が十数人ずつ民間人を集めて、安全な場所まで誘導してくれ。民間人の中に戦える人がいれば、余ってる武器も渡して護衛させるんだ」
 隙のない的確な指示に、軍人達も冷静さを取り戻していった。
「僕は、避難する人たちに被害が及ばないよう、全力で守る」
 『シャドウオーブ』が組み込まれたグローブを嵌めた手をきつく握り、九蔵は暴れまわる巨大なキメラを睨みつけた。
「リロードが出来ない武器は好きじゃないんだけど、まぁ仕方ない。──Let’s get down!」

 飛来した黒色のエネルギー弾が、村人へ迫っていたキメラの腕を撃ち抜いた。
 迸る、人間の悲鳴。それは親蜘蛛の胴体部分から。
「最悪だ‥‥」
 逃げ出したい気持ちを抑え込み、紅蓮は攻撃を続ける。
 最初の悲鳴が上がった時、紅蓮(gb9407)は村人と談笑しながら周囲の景色を楽しんでいた。
 一緒にいた村人は、純粋な疑問だけを浮かべていた。そこに不安の色はない。
 紅蓮も一瞬だけきょとんとしたが、すぐに気付いた。
 その悲鳴は、絶望を目の当たりにした者の叫びであると。
 覚醒しながら大慌てで駆けつけてキメラを見たとき、紅蓮は吐き気を覚えた。
 しかも外見だけでも醜悪なのに、性質はもっと残酷ときている。
 傷を負わせれば胴体部分の人間たちが苦しみ、そして傍目に判るほど衰弱した後、キメラの傷が癒える有様だ。
 だが攻撃の手を休めるわけにはいかない。でなければ、執拗に村人を狙う親蜘蛛を好きにさせてしまう。
 本型の超機械『呼び声の本』を手に、紅蓮は無数の針を創り出し、仲間に『拡張練成強化』を施した。
 少しでも早く、決着を付ける為に。

「ちっ、厄介だな」
 親蜘蛛の腕による薙ぎ払いを飛び退ってかわしながら、エリノアは顔をしかめた。
 燃える様な紅い瞳に、強い苛立ちが浮かぶ。
 腕はただその形なだけでなく、様々に変形した。
 刃、鈍器、刺突、扇などと形を変え、邪魔をする能力者達を振り払おうとする。
 その腕を攻撃すれば、悲痛な叫び声が耳を打つ。
「‥‥寄生型は一番ムカつくタイプだぜ」
「エリノア」
 キメラの腕を掻い潜り、ミアが駆け寄ってきた。
「奴の本体に登ろうと思う。援護して欲しいんだ」
 意図を察したエリノアだが、難しい表情を浮かべる。
「──核があったとして、それを壊しても取り込まれた人間がまともな状態で戻るようには見えねぇがな‥‥」
「でも、やる価値はある」
 ミアの長く伸びた真紅の髪が風に揺れ、深く黒い瞳が真摯な感情を訴えている。
「わかってるよ」
 ふっと微笑み、エリノアはミアの肩に拳で触れた。
「──紅蓮、ミアを援護だ!」
「了解!」
 凛とした声で応え、紅蓮は『呼び声の本』を構える。
 ミアは閃光手榴弾のピンを抜き、慎重にキメラとの距離を測る。
 その間は九蔵の負担が増すことになるが、彼はシャドウオーブと忍刀を巧みに用いて、避難する民間人をキメラの魔手から強固に守っていた。
「ミスるなよ!?」
 必死にキメラの攻撃を捌く九蔵の言葉に、ミアは無言で力強く頷く。
「‥‥行くぞ!」
 掛け声と共に、ミアは閃光手榴弾を投擲した。
 一瞬後、激しい閃光と音が炸裂し、キメラの動きが止まる。
 同時に彼女は、キメラへ突撃した。
 混乱から闇雲に振るわれる多数の腕。
 狙いはまるで定まっていないが、十数本が無作為に動くため却って予測し難い。
 しかしエリノアの超機械『トルネード』がミアの進路上の腕を弾き飛ばし、頭上に襲い掛かる腕には紅蓮の飛ばす無数の針がお見舞いされた。
 そしてミアは、胴体部分へと辿り着くと同時に『豪力発現』を使用し、一気によじ登った。

 ‥‥間近で見る『それ』は、形容し難い無残さだった。
 生きている大勢の人間が、人体の構造を無視して絡み合っているのだ。
 しかもただくっついているのではなく、キメラの腕の生え際から根や神経に相当すると思しき無数の管が伸び、人体に根付いている。
 ──なるべく人の身体を傷つけないように。
 そう思って掻き分けるものの、複雑に絡んだ腕や脚、根を張るキメラの神経が進行の妨げになる。
 悠長に手足を解いてはいられない。張り巡らされた根はどうしようもない。
 ミアは一度だけきつく目を閉じると、意を決して手に力を込めた。
 噛み締めた唇から、血が滴り落ちる。叫びたい衝動を、ミアは必死に抑え込む。
 そして辿り着く。
 犠牲者の身体を掻き分けた先に、黒真珠めいた硬質の輝きを放つ、心臓部へと。

 紅蓮達の方へ向かおうとするキメラに、ソリスは『スコーピオン』の弾丸を撃ち込んだ。
「‥‥まずはこちらの相手をしてもらいます」
 味方の邪魔はさせやしない。
 子蜘蛛は五体いるが、一体たりとも行かせる訳にはいかなかった。
「私が三体やりますので、ソリスさんは二体お願いします」
 優の提案に、ソリスは首肯する。
 彼女の実力ならば、三体同時でも物ともしないだろう。
 銃を連射し、キメラを引き付けながら後退して、親蜘蛛から距離を稼いだ。
 充分に離れたところで、武器を『ラブルパイル』へと持ち替える。
 動きの早い相手を二体同時という状況を考え、彼女はカウンター主体の戦法を選んだ。
 『疾風脚』を用いて動き回り、相手の隙を窺う。
 そしてチャンスと見れば腕の根元へと杭を打ち込み、また回避に専念する。
「大丈夫‥‥落ち着いて対処すれば‥‥相手はキメラ‥‥いくらでも相手してきた──キメラ」
 言い聞かせるように、声に出して呟く。
 どうにかしてあげたかった。なにか助ける方法があるのなら、是が非でもそれを選びたい。
 だが──
 優は素早く子蜘蛛キメラの側面へと回り込み、静かな気合いを込めて渾身の力で『月詠』を繰り出した。
 人間とキメラの腕の接合部へと。
 一撃で複数の腕が斬り飛ばされ、僅かな間を置いて、村人の苦痛が響く。
 彼女が確認したかったのは、再生能力の有無だ。
 親蜘蛛同様の能力が備わっているかどうか。
 結果は‥‥救いのないものだった。
 切り落とした腕が見る間に再生する。宿主の村人は無残な姿になっていく。
 そして切断した腕の全てが回復する前に、村人は息を引き取った。
 無表情のまま、優は方針を切り替えた。
 繰り出されるキメラの攻撃をかわし、再度、刀を振るう。
 苦しまずに死なせることが、せめてもの慰めになるだろう。
 それが彼女の決断だった。
「ソリスさん。彼らに安息を」
 ソリスの可憐な顔が悲痛に歪む。
 優はそれ以上の言葉を重ねることはしなかった。
「せめて、苦しまないように‥‥」
 ソリスは呟き、キメラの攻撃を掻い潜り、腕を払って転倒させる。
 仰向けになったキメラ──村人。
 もがくキメラの腕を踏みつけ、ソリスはパイルバンカーの狙いを村人の胸の中心へと定めた。
「‥‥ごめんなさい」

 救えないとなれば、躊躇う理由もない。
 優は全力でキメラの始末に取り掛かった。
 本来この地域では見られないレベルのキメラではあるが、それでも彼女の敵ではない。
 村人を眠らせるのに一刀。腕を切り落とすのに一刀。返す刀で残りの腕も切り落とし、完了。
 一体倒すのに、十秒もかからない。
 当初相手していたのは三体。
 避難誘導が間に合わず、逃げ切れず犠牲になった村人の、新たなキメラが数体。
 その内の三体までも、彼女は切り伏せていた。
 この働きのお陰で、ミアたちは親蜘蛛の相手に集中することができていたのだ。

 心臓部へと辿り着いたミアだったが、『S−01』を取り出したところで、急に身体が動かなくなった。
 正確には、動きを抑制された。
 周囲の人間たちが、彼女の身体の至る所を掴んでいるのだ。
 それは、救いを求める者の手だった。
「‥‥助けて」
 反響する。木霊する。こびりつく。侵される。犯される。
「助けるから‥‥助けるから離して!」
 しかしその声は届かない。
 そして今度は、激しく引っ張られる感覚。
 見れば、足をキメラに掴まれていた。
 咄嗟に発砲して足を掴む手は退けられたが、依然として沢山の人の手が彼女を拘束している。
 もう構ってはいられなかった。
 もたついている余裕などない。
 心を決めたミアの身体を、炎のようなオーラが包み込んだ。
 まとわりつく腕を力づくで振り払い、銃口を黒い光沢を放つ心臓部へと突きつける。
「これ以上、犠牲は増やさない‥‥!!」
 覚悟を持って、引き金を引く。
 『紅蓮衝撃』によって爆発的に威力を高められた銃弾は、艶やかな表面に蜘蛛の巣状のヒビを入れた。
 怯まず、引き金を引き続ける。
 陥没し、ヒビが広がる。
 周囲の人々から、頭が割れそうなほどの絶叫が迸った。
 歯を食いしばり、引き金を引き続ける。
 外殻が破壊され、体液が噴き出す。
 キメラの腕がミアを引っ張り出そうと集中し始めるが、九蔵が、エリノアが、紅蓮がそれを遮る。
 引き金を引き続ける途中で『紅蓮衝撃』が途切れ、再び発動させ、更に銃弾を撃ち込む。
 既にミアの聴覚は麻痺し始めていた。
 それでも引き金を引くのを止めはしない。
 そして最後の一発を撃ち込んだ時──
 銃弾は心臓部を完全に破壊し、地面へと貫通した。
 唱和する絶叫──断末魔。
 死に際の悪足掻きとばかりに無茶苦茶に暴れるキメラから、反動でミアは地面へと放り出された。
 そこへ、まだ残っていた子蜘蛛キメラが、待ち構えていたかのように襲い掛かった。
 親蜘蛛へと意識が集中していたがために生じた空隙。
「まずい!」
 九蔵はシャドウオーブを構えたが、間に合わないのは明白だ。
 ミアはまだ、キメラに気付いていない。
「やらせるかぁ!」
 割り込んだのはエリノアだった。
 しかし『竜の翼』を使ってもぎりぎりのタイミングで、ミアを庇うので精一杯だ。
 幾つもの殴打、斬撃が彼女に浴びせられる。
「クソォッ、イテェ! 焼けるようにイテェ!」
 悪態を吐きながらも彼女はキメラを蹴り飛ばし、即座に『トルネード』を構えた。
「──手こずらせやがって。けど安心しな。せめて苦しまねぇように、一瞬で逝かせてやるからよぉ!」
 『竜の角』が発動し、AU−KVの腕と頭部がスパークする。
 直後に轟と風が渦巻き、宣言通りに一瞬で、最後のキメラは沈黙した。


 ‥‥穏やかで柔らかな、けれどどこか物悲しい旋律が流れていた。
 エリノアのフルートが奏でるレクイエムだ。
 犠牲者は決して少なくはなかった。
 だが状況を考えれば、この村の犠牲者がたった九人で済んだのは奇跡に近い。
 それは九蔵の優れた指示の賜物だ。
 彼の避難誘導と献身がなければ、もっと悲惨なことになっていただろう。
 負傷していた能力者や村人達も、紅蓮の治療によって殆どの者が体の傷は癒えていた。
 残されたのは、心の傷。
「‥‥私はまだ、覚悟が足らなかったのかもしれませんね‥‥」
 墓の前で、ソリスは悲しみを堪えている。
 傭兵として、決して涙は見せまいと。
 犠牲者の埋葬を一際丁重に行なっていたミアは、その隣で厳しい表情で拳を握っていた。
 この村の者ではなかったが、親蜘蛛の胴体部分にいた人達は、一人も助けられなかった。
 だが彼女の決断があったからこそ、被害が抑えられたのも事実だ。
「辺りにキメラの痕跡はありませんでした。一先ずは安全です」
 見回りから戻ってきた優の報告で、誰にともなく息を吐いた。
 これでようやく、ひとつの任務が終わったのだと自覚する。
 不意に、綿雪が降り始めた。
 皆が空を見上げる。
 遠く澄み渡る笛の音と、静かに降り積もる雪が、傷ついた人々を優しく癒すかのようだった──