●リプレイ本文
「模擬店とは思えないほど立派ですね。ここで私のお料理をお客さんに出すだなんて‥‥き、緊張してしまいます」
広場の一角を占める店を見て、小笠原 恋(
gb4844)は感嘆を漏らした。
屋外レストランとでも言ったほうが相応しいほどの、確りとした造りだ。
二十席前後あるテーブルの半分ほどが埋まっており、帯刀の女性が忙しく動き回っている。
しかし、聞いていた状況よりは大分マシに見えた。
「‥‥なんか、ちょっと落ち着きました?」
皆の気持ちを代弁する形で、高橋君が店長に訊ねる。
「結構怒って帰ったからな」
「そういうことですか‥‥」
仕方がないとは言え、のんびりできる状況でもないので、一同は早速お手伝いに取り掛かった。
「まずは仕事をしっかり覚えなきゃですねっ」
各配置に全員が散ったところで、新井田 銀菜(
gb1376)が元気良く気合を入れると、
「がんばるのですっ」
自前のメイド服と猫耳を装着した鬼灯 沙綾(
gb6794)が可愛らしく応えた。
ガッツポーズをする際に、沙綾は豊満な胸が揺れるのだが、銀菜の方はと言えば‥‥
それはさておき。
もう一人のホール担当であるマルセル・ライスター(
gb4909)は、てきぱきと指示を出していた。
「高橋さんはホールのサポートを。音無さんと南さんはキッチンをお願いします。キッチンなら音無さんの刀もお客さんに見えませんし、男性陣は女装してますので、南さんも安心かと。店長はえーっと‥‥パフェでも食べていて下さい。有事の際には動いて頂くと思いますが、基本的には何もして頂かなくて結構です」
うむ、と鷹揚に頷き、無表情に嬉々としてレジを去っていく店長であった。
正規スタッフの配置も決まったところで、接客開始である。
まず鍵となるのは、待たせている客への対応だ。
キッチンから出された商品を受け取り、テーブル番号を慎重に確認しながら、銀菜は焦らず慌てず行動する。
「大変お待たせ致しましたっ」
商品の提供は、誠意を込めた言葉と共に。そして即座に、持ち前のお日様のような笑顔で、
「ごゆっくりどうぞっ」
と続ければ、文句を言いかけた客も、気勢を削がれて沈黙するしかない。
自分の手が空いていない時に店員を探している客を見つければ、
「あ、高橋さん、あちらのお客様、お願いできますか?」
声を掛け合って協力し、対応漏れにも気を配る。
なかなか見事な立ち回りであった。
加えて、忙しい最中に高橋君がちっちゃい子に気を取られていれば、小突いて我に返らせることも忘れなかった。
マルセルも負けてはいない。
言ってしまえば、高橋君よりもスタッフらしかった。
丁寧かつ心の篭った対応で客の気持ちを落ち着け、接客用語までも使いこなし、プロかと思わせるほどである。
客が帰る際には、あどけなさの残る優しく柔らかな笑顔で、
「ありがとうございます。またお越し下さいませ」
と言って送り出す。客は待たされた苛立ちも完全に忘れ、笑顔で店を去っていくのだった。
なにより、忙しければ忙しいほど元気になる為、接客に集中しがちなホールスタッフの中でも目敏く店内の汚れに気付いて、清掃にも余念が無かった。
そして沙綾。
「おぉー、結構本格的なお料理なのです」
出された商品に感動しながらも、素早く丁寧で笑顔を絶やさない接客を心掛ける。
勿論その姿勢は素晴らしいが、彼女の場合はその外見の破壊力が諸々の問題を吹き飛ばす威力を持っていた。
小柄で愛らしい容姿にメイド服、猫耳、巨乳の要素が加われば、撃沈されない方がどうかしている。
「いらっしゃいませー、なのです」
と来店した客を出迎えた時や、
「ご注文をお伺いしてもよろしいですか?」
と聞きに行った時に、勘違いして普通のファミレスにはない要求をしてくる客がいるのも仕方ない話だ。
沙綾も沙綾で、
「と、当店ではそのようなサービスは行ってないのです‥‥」
と困った素振りを見せながらも、
「‥‥ない、のですが‥‥今日だけは特別なのです、ご主人様」
などとノってみせたりするから、客は大盛り上がりである。
度が過ぎて彼女に触ろうとする不埒な輩も中にはいたが、そこは華麗なステップで回避する。
それでも懲りない不届き者には、店長の出番だ。客であろうと容赦なく蹴りをくれて、追い出すのであった。
次はキッチンを見てみよう。
「うふふっ、ようやくこのカフェエプロンを使う機会が訪れました」
そう言って恋は、エプロンを嬉しそうに腰に巻いた。清楚なデザインが、彼女によく似合っている。
佐倉・拓人(
ga9970)の方は、割烹着姿が実に絵になっていた。
さながら「日本のお母さん」もとい、「日本の若奥様」である。
中性的な顔立ちで髪も長いため、男が苦手な南さんでも全く問題にならないようだ。
そしてまた、仕事の手際も良かった。
元々家事が得意ということもあり、音無しさんの助言を受けながら、恋と協力して次々とメニューを提供していく。
時折、手が回らなくなってもマルセルが絶妙に助力に来てくれたお陰もあり、正規スタッフも唖然とするほどの早さで、停滞分を処理できていた。
だがここからが、拓人と恋の本領発揮である。
「ここに有る物で、メニューのアレンジをしてもいいですか?」
拓人の問いに、音無しさんは二つ返事で承諾する。
既存メニューを作る間に食材や調味料を把握しておいた二人は、追加分をメモに書き出した。
各テーブルのメニューへの追記は南さんたちに任せて、二人は早速準備に取り掛かる。
拓人のメニューは手軽さを重視した『ポテトピザ』『カフェゼリードリンク』『サラダバー風サンドイッチ』で、恋のメニューはアレンジに力を入れた『本格風トマトソーススパゲティ』『三種の本格風カレー』『三種の味のハンバーグ定食』だ。
詳細は割愛するが、どれも工夫と趣向の凝らされた素晴らしいメニューである。
故に、これらの追加メニューはすぐに注文が殺到した。
どれも人気だったが、バリエーション豊かな『ポテトピザ』と『サラダバー風サンドイッチ』が特に抜きん出ていた。
「ふぅ〜‥‥思っていた以上にお客さんが多くて大変ですね」
中辛のカレーを提供したところで、恋が驚き混じりに呟けば、
「ですね。でも腕の揮い甲斐があります」
拓人が柔らかに微笑みながらも、自信を垣間見せる。
店内は依然として混み合っていたが、ちょっと余裕ができたので恋はそのまま会話を続けた。
「佐倉さんってお料理が上手ですし、とっても手際がいいですよね」
「小笠原さんの方こそ、凄いじゃないですか」
不意の賛辞に、拓人は照れくさそうに手を振った。
「佐倉さんには敵いませんよ。だって」
とここで恋は、オーダーミスで戻されていたピザを一口だけ頬張る。
「ピザもおいしぃ〜♪」
蕩ける様な笑顔で美味しいと言われては、素直に受け止めざるを得ないだろう。
恥ずかしそうに「ありがとうござます」と返して、誤魔化すように調理に戻る拓人であった。
頑張っているのは店内だけではない。
弓亜 石榴(
ga0468)はお手製のビラを、学内の掲示板や壁に貼り付けて回っていた。ついでに他の店にもビラを貼らせて貰えるようお願いするのも忘れない。
メニューの被っていない飲食店との提携は、特に効果的だった。
ビラを貼らせて貰う代わりに、そのお店の広告をこっちの店に張る、というものだ。店も客も足りない物を補い合える、素晴らしいアイディアだ。
目ぼしい場所に貼り終えると、石榴は祭りを満喫してそうな男子へと標的を切り替えた。お店への呼び込みをしながら、背中にこっそりとビラを貼り付ける。構内を遊び回ってくれれば、そのまま宣伝になるという寸法だ。
一通りビラを配り終えたら、次は店の前での呼び込みである。
しかし、それが問題だった。
「あのメニューが二杯で千C! 二杯で千C!」
これは『あの』が何か判らないものの、お得感はあるのでいいのだが、
「兄さん良い娘が居るよー巨乳からヤンツンまで幅広く!」
これは微妙な線だろう。嘘は言っていないが、邪な気持ちを喚起させる。
そしてなにより、
「今なら何とサービスでムフフ‥‥」
これは限りなくアウトに近い。
内容は明示していないが、石榴のような女の子が言えば、男子諸君が何を想像するかは明白だ。
とは言ってもどう見ても普通の飲食店なので、期待する方が間違っているのだが。
しかし、ここに沙綾が加わることで事態は加速する。
店内が落ち着いた頃、沙綾も呼び込みに加わり、
「あ、そこのお兄さん、ちょっと寄って行きませんか? 今ならいっぱいサービスするのですよ?」
道行く男性の袖を取り、上目遣いでお願いする。
それだけでも勘違いするには充分だが、ちょっと横を見れば石榴もまた妖しげな呼び込みをしている。
美少女二人の含みのある勧誘。これはもう、罠でも飛び込むのが男だ。
その結果、客が店長に蹴り出されたりマルセルのグーをもらうのも、祭りらしくていいだろう。
石榴は他にも、店内が忙しければレジの手伝いに回り、食事を済ませて帰る客には協賛店の宣伝もしたりと、騒ぎの火種を撒く一方で、確りとお店への貢献も忘れてはいなかった。
そして、忘れてはならないこのお人、桃ノ宮 遊(
gb5984)である。
桃色の日本髪のカツラに、顔は白塗りで口紅は真っ赤、それに加えて青いアイシャドー。
青を基調とした浴衣に、文字通りのダイナマイトボディーを包み込み、余談になるがピンクのチューブブラと褌で臨戦態勢も忘れない。
一目見たら一週間は忘れられないこの姿で宣伝すれば、効果は抜群と言う他ないだろう。
片手に手作りのノボリ、片手にチラシ。
チラシを配りながら構内を練り歩き、行く先々でお店の存在を知らしめていく。
見た目が派手なだけではない。宣伝内容も決して疎かにはしていなかった。
文化祭レベルではない味と規模を強調し、彼女ほどではないが個性的な店員の存在もアピールする。
「猫耳メイドが接客しとるよ〜」
これで一部男性客をゲット。
「美少年女装っ子もいるで〜」
これで一部女性客をゲット。
それと勘違いされないように、自分のような格好の店員はいない、と伝えることも忘れなかった。
あと、一旦店に戻った際に拓人から渡された『ポテトピザ』と『カフェゼリードリンク』を小休止の時に食べ、ついでに味もアピールして宣伝を欠かさない。
これだけでも宣伝としては充分だったが、他に効果的だったのが、店の場所が分からない人には後ろについてきてもらったことだ。
遊が一人でも目立つのに、その後ろに人が続くのだから目立つことこの上ない。
祭り特有のノリもあり、雰囲気だけで列に加わる人もいたから、結構な人数を案内することに成功していた。
それを何度も繰り返すことで、宣伝と売り上げに並々ならぬ貢献をした遊だった。
「‥‥ん。いちいち。運ぶの。面倒だから。ここから。ここまでの。料理。一気に。持って来て良いよ」
店の運営に余裕が出てきた頃、いよいよ最上 憐(
gb0002)の登場である。
当初から食べ続けてはいたのだが、やはり忙しい間は商品の提供がままならない。客が優先であるから、憐の真価が発揮されるのはこれからなのだ。
「い、一気に? 大丈夫?」
銀菜は流石に呆気に取られて聞き返した。
「‥‥ん。大丈夫。食材が。無くならない程に。加減して。食べる。‥‥多分」
その心配を、憐は別方向に解釈したようだ。
「そうじゃなくて、一気に食べられる?」
「‥‥ん。これは。仕事。あくまで。仕事。だから。全力で。食べる」
憐の胃袋が底無しなのは有名な話だ。
銀菜もそれ以上は聞かず、笑顔で頷いて厨房へと向かった。
そこからは憐の快進撃である。
淡々としながらも、瞬く間に料理が消えていく。
取材に訪れた新聞部も、憐の食べっぷりを目の当たりにして驚嘆していた。
程なくしてメニューを一週し、一息ついたところで取材が始められた。
彼女が最初に挙げたメニューは、『特製お子様ランチ』だ。
子供に人気の食材を使い、デザートの他にミニうさぎ(手作り)が付いてくる。子供への愛を怖いほど感じるメニューで、お子様ランチと侮ると痛い目を見るだろう。
「‥‥ん。シンプルで。王道だけど。普通の。お子様ランチとは。一味も二味も違う。作った人の。凄まじい。執念的な物を。感じる」
そう絶賛する憐だったが、ふと首を傾げた。
「‥‥ん。気のせいか。何か。先ほどから。キッチンの方から。殺気に近い。視線を感じる」
キッチンでは、ホールに居ては危険と判断された高橋君が、マルセルに羽交い絞めにされているのだった。
二つ目は、『三種の本格風カレー』である。
「‥‥ん。派手さは無いけど。丁寧で。安心する味。癒し系?」
これは市販のルーを半分にして、代わりにカレー粉を入れたものだ。そのルーをベースに、辛口の場合はカレー粉を足し、甘口にする場合は牛乳を入れることで、簡単に三種類が用意できる工夫がされていた。
褒められた恋は、照れながらも喜んでいるようだ。
「‥‥ん。凄く。飲み易い。良い喉越し」
言いながら、本当にぐぐっとカレーを飲み干す憐だった。
三つ目は、『サラダバー風サンドイッチ』である。
「‥‥ん。好きな物。挟んで。作るの。新鮮で面白い。具も。パンに。良く合う物。ばかり」
野菜にハムにトマトに鳥の甘辛煮などから好きな具が選べ、客も楽しめるメニューだ。
「‥‥ん。お客任せで。楽なのも。ポイント」
これは提供側に取っても大きなプラスである。
取材を終えた新聞部は、個性的なレポートと食欲をそそられるメニューに満足したようで、「いい記事にしますよ」と言って引き上げて行った。
その背中を見ながら、憐が一言。
「‥‥ん。おかわり」
「まだ食べるの!?」
一同を代表してつっこむ石榴だった。
そして閉店。
「お疲れ様でした〜♪」
恋が明るく言ったのを切っ掛けに、皆も口々に労いあう。
「大変でしたけど、とっても楽しかったですね」
それを証明するように、恋は満面の笑みだ。
「遣り甲斐もあって、実りの多い一日でした」
後片付けを確りと終えた拓人も、同様の笑顔で頷いた。
そんな風に今日の感想を言い合っていると、
「お疲れさん」
パフェグラスを片手にスプーンを銜えた店長がやってきた。
「これ、少ないけどバイト代だ」
言いながら、封筒を全員に手渡す店長。
「まぁこれだけ繁盛したから、人気投票も期待できるだろう」
確かに店の賑わいは他に類を見ないほどだった。食材もすっかり使い尽くしている。
「賞金が貰えたら連絡するから、またその時にな」
そう言って、店長はあっさりと踵を返す。
余韻もへったくれもないが、らしいと言えばらしいのかもしれなかった。
こうして模擬ファミレス『パラノイア』は、大盛況の内に幕を閉じたのだった。