●リプレイ本文
●すくいましょう
研究棟裏。芝生が敷かれ、木々が葉を茂らせている。
園田守はビニールプールと金魚鉢は木陰に置き、休憩用のイスも用意した。
少し離れた別の木の下にもイスとテーブル。休憩席兼研究者席だ。
「園田君、ご苦労様」
「あ、先生」
辺見紫乃が資料を携えていつもどおりの白衣姿で現れ、やがて能力者たちも現れた。
「今日はどうもありがとうございます。出席の確認が終わりましたら、順次すくってください」
緊張気味に挨拶し、園田は出席を確認していった。
UNKNOWN(
ga4276)
鷺宮・涼香(
ga8192)
最上 憐(
gb0002)
福居 昭貴(
gb0461)
岩崎朋(
gb1861)
都築俊哉(
gb1948)
沙姫・リュドヴィック(
gb2003)
志烏 都色(
gb2027)
「よろしくお願いします♪」
元気な沙姫の挨拶に、園田は「こちらこそお願いします」とお辞儀した。
ついで、都色が朗らかに笑って言う。
「面白い実験ですね。折角ですから楽しませてもらいます!」
「楽しんでいただけるといいのですが」
園田はすでに恐縮しきりだが、紫乃のほうは都色をちらと見て、
「キミの浴衣は短いな。実にいい。健康的だ」
なんというオヤジ発言。園田は青くなった。
「志烏さん、すみません! 気にしないでくださいね」
●メダカ?
7人が金魚すくいに向かう中、一番最後にゆっくりと現れたUNKNOWNは、イスにゆったりと腰かけた。
おもむろに本を開こうとするがふと金魚鉢に目を向ける。
「これは‥‥カダヤシでなく、本当にメダカなのだな?」
「店のおじさんはメダカって‥‥」
そばにいた園田はへどもどしたが、UNKNOWNは「自然が帰ってきたのかな? 興味深い」とつぶやいてイスに戻った。
園田も研究者席に戻り、
「先生、『カダヤシ』ってなんですか」
「さあ。ボウフラでも食うんだろう。ともかく、観察開始だ」
「は、はい」
慌てて資料をめくろうとしたところへ、流れ星柄の浴衣もかわいらしい憐がとことことやってきた。
まだ始まって数分も経っていない。園田は何かあったのだろうかと不安になった。
●食べる人
「ど、どうかしましたか?」
「‥‥ん。腹が減っては。戦は出来ない。まずは栄養補給」
「ふふ、なるほど。思う存分補給するといい。どれにする?」
「‥‥ん。これとこれ。あれも」
「ジュースかな? 園田君、飲み物」
「は、はい」
園田はものすごい勢いで減っていくお菓子を見つめ、遠からずパシリに出されると確信した。
「キミは最上 憐氏だね。キミは何を狙う?」
「‥‥ん。アヒル狙う。他はどうでも良い」
「そうだとも。キミはなかなかいい目を持っている」
よほどアヒルが好きなのか、紫乃は満足げだ。
園田が飲み物を渡しながら「金魚は嫌いなの?」と尋ねると、
「‥‥ん。金魚は小さくて。食べ足りなそうだから。狙わない」
「あ、アヒルも食べられない、よ?」
●読む人
憐がもしゃもしゃとお菓子を食べている傍らで、紫乃はぺらりと資料をめくった。
「まずは、UNKNOWN氏。‥‥名前は教えてもらえないのか。ベル・アンコニュだな」
「なんですか、それ?」
「見知らぬ美男子‥‥キミにわかるように言うと、名も知らんイケメン、といったところだ」
「最初のでわかります」
UNKNOWNはイスにかけたまま本を読んでいた。かなりのスピードで次々に本のページをめくっていく。
かといって本にだけ没頭しているわけではないらしく、時折顔を上げ、金魚を追っている年少の能力者たちに短く助言を与えたりしている。その微笑は優しく柔らかい。
「む、速い‥‥キミ、彼が何を読んでいるのか聞いてきなさい」
「‥‥それじゃただの野次馬じゃないですか」
ぶつぶつ言いながらも、園田はUNKNOWNのところまで行き、恐縮しきって本の内容を尋ねた。
「先生、詩集と哲学書を持ってこられたそうです」
「なるほど。金魚すくいに本を持ってくるとは思わなかった。
詩集と哲学書、となると‥‥悩み事でもあるのだろうか。人間の存在について深遠な思いをめぐらせているのか?」
「さあ‥‥」
「ところで、彼は暑くないのだろうか」
「それは‥‥ぼくに聞きに行かせないでください」
紫乃はUNKNOWNの資料に「深慮遠謀ダンディー」と書き込んだ。
●すくう人
「さて、今のところプールに5人。金魚鉢に1人‥‥は先ほどの志烏 都色氏か」
裾と袖に花火と風車の描かれた藍地の浴衣を着た都色は、ポイを左手に持って金魚鉢を半ば抱え込むようにしてピンポンパールを狙っている。
「それっ」
「えい!」
「行けっ」
金魚鉢の口は狭く、ピンポンパールは底の方でのたのたしているので、金魚すくい経験の少ない都色には少しばかり荷が勝ちすぎているようだ。
「うふふ、彼女の顔を見たまえ。くるくると表情が変わる。キラキラしているな」
「つい応援したくなりますね」
園田は我知らずハラハラしながら都色の手元を見守っていた。
「彼女は意外と人見知りするタイプだ」
「そうなんですか?」
「なんとなくそう思った。‥‥浴衣の柄を見て」
「とってつけたようなことを言わないでください」
紫乃は都色の資料に「オーロラ姫」と書き込んだ。
*
「では、プールのほうにいるのは‥‥まず、沙姫・リュドヴィック氏」
沙姫は初めから指輪を狙っていた。自称金魚屋潰し。金魚すくいの腕には自信がある。
指輪を少しずつ引き寄せ、枠に引っかけるように取る作戦だ。
「まずは引き寄せないとね」
だが、ビニールプールの真ん中となると意外に遠い。思い切り腕を伸ばして、手招きするように指輪を手元に寄せてこようとする。
「ああ、危ない‥‥落ちないといいですが」
「キミじゃあるまいし」
沙姫はしばらくして、ふいっと立ち上がり休憩所にやって来た。
「む〜‥‥やっぱり難しいですね」
「まだ時間はありますよ。がんばってください」
「はーい♪」
明るい顔で答える沙姫。5分ほど休むと、また戻っていく。
「彼女はああやって集中力を保とうとしている」
「ポイを手にして表情が変わりましたね」
「指輪を狙うようだが、真面目にすくおうとしているな」
「それはそうでしょう」
「私なら、『鳥だ、飛行機だ、HWだ!』とかなんとか言って、皆が空を見上げている隙にさっと手で取るが」
「そんなことをするのは先生ぐらいです」
紫乃は沙姫の資料に「リングハンター」と書き込んだ。
*
「さて、そのお隣は‥‥福居 昭貴氏。見たまえ、キミと違って爽やかな好青年ではないか」
「‥‥」
本人の落ち着いた雰囲気にあいまって、若竹の描かれた浴衣姿が清々しい。
昭貴の目の前をついーっと黒デメキンが通っていく。
昭貴には一匹だけ名のついたこのデメキンがどうも気になっていた。ちらりと見た園田が青ざめているようにも思える。
なんとなくかわいそうになって、昭貴はデメキンを見逃すことにし、ついでやってきたリュウキンを狙うことにした。
浴衣の袖が水に濡れるのもかまわず、懸命に金魚を追う。
「金魚すくいに夢中になって袖を濡らすとは‥‥園田君、私は感動している」
「ぼくのスイミーを見逃してくれました」
「何ごとにつけ真面目に取り組む性質のようだな。それでいて大物も狙っているあたり、冒険心のないただの堅物でもないらしい。将来有望だ」
紫乃は昭貴の資料に「将来有望無邪気君」と書き込んだ。
*
と、お菓子を頬張っていた憐がやおら立ち上がり、ビニールプールへ向かった。
両手にポイを持つと、いきなりどぼんと水に突っ込む。
「‥‥ん。二刀流。‥‥えいっ。‥‥とぉっ。‥‥やぁっ」
「む‥‥大胆な」
言いながら、紫乃は相好を崩す。
「かわいらしいですね」
「アヒルをすくう者に悪者はいない。彼女はアヒルをすくう。よって彼女は善人だ」
「すごい三段論法ですね」
ほどなく憐は立ち上がり、再びお菓子を求めてやってきた。
「‥‥ん。休憩。‥‥アヒルすくい。難しい。でも焦らない」
「ゆっくり狙うといい」
紫乃は憐の資料に「アヒル愛づる姫」と書き込んだ。
*
「横の2人、岩崎朋氏と都築俊哉氏は‥‥アベックかな」
「アベック‥‥?」
金箔のちりばめられた浴衣姿の朋を、俊哉がサポートしている。
俊哉は初めこそ嫌がっているような素振りをしていたが、それも照れ隠しなのだろう。
「ほらっ!! トシ! そっち行ったわよ! 早くこっちに送って!!」
「分かったから静かにしろ! ほれ、そっちに行ったぞ!」
「初々しいなぁ、園田君。仕切っているようでいて、彼女もどことなくぎこちない。そして、なんだかんだ言いつつも、彼のほうも楽しんでいる。実に初々しい!」
紫乃は一人で納得している。
2人は順調に金魚をすくっていたが、俊哉が追い込んだ金魚を朋がすくいあげようと身を乗り出したところ、金魚がいきなり大きく跳ねた。
「きゃあっ! 金魚が胸に〜!!」
きゃあきゃあ慌てふためく朋。
「だぁ! 落ち着け! 金魚は今どこにいる!」
「ココ!」
「ココってどこだ?」
「きゃっ! のぞかないでよ!」
すったもんだした挙句、俊哉はタオルで朋を隠して金魚を取り出させた。
「あ‥‥トシ、その‥‥ありがと‥‥」
「べ、別に」
「ブラボー、金魚!」
「先生、落ち着いてください」
「金魚が男女の仲を取り持つ現場を目撃したな」
「はあ‥‥」
紫乃は2人の資料に「キューピッドは金魚」と書き込んだ。
*
「最後は、鷺宮・涼香氏‥‥真剣に取り組んでいるようだな」
「浴衣の似合う方ですね。日ごろから和服を着ていても違和感がなさそうだ」
涼香は浴衣姿で、邪魔にならないように髪を三つ編みに結って金魚すくいに臨んでいた。
まず、金魚の動きをじっと読む。
狙いは黒デメキン。それほど大きくはないが、赤いワキンたちの中ではひときわ目立つ。
ポイは3つまでと心に決めている。「チャンスは3回」というこの緊張感こそが金魚すくいの醍醐味、という信念からだ。
「ずいぶん時間をかけて金魚の動きを見ているな」
「うう‥‥彼女はぼくのスイミーを狙っているようです」
「あげなさい。スイミーも本望だろう」
園田が泣きそうになっていたとき、涼香が動いた。
ゆるゆる、と体を振って泳いでいたデメキンのスピードが落ちたところへ、さっとポイを斜めに水面へ滑り込ませる。近くに浮かべてある椀に目がけてすくいあげた!‥‥が、何か察知したのかデメキンは跳ね、まともにポイの真ん中に乗ってしまい、ポイは破れてしまった。
「ああ、残念!」
「わああ、彼女、絶対すくいます! 先生、どうしましょう」
「あげなさいと言っている」
紫乃が言い終わるか終わらないかのうちに、再び涼香の手首がすぱりと閃いた。
ぽちゃん、と音を上げて、黒デメキンは椀に移っていた。
「やった! すくえたわ!」
「観念しなさい」
「うう‥‥すいみー‥‥」
涙目の園田のところに、涼香がニコニコしながらやって来た。
「私、差し入れにお茶菓子と水羊羹を持ってきたので、よかったら」
「あ、ありがとうございます。皆さんにも声をかけましょう」
「あの‥‥スイミー君はひょっとして、園田さんの金魚?」
「そうだよ。だから、遠慮なく持って帰ってくれたまえ」
紫乃が言い、園田はがっくりと首を垂れる。
「お返しするわ」
「えっ」
「はい。大事な金魚だものね」
「ありがとうございます‥‥」
園田には、にこりと笑う涼香が天使のように美しく輝いて見えた。
紫乃は涼香の資料に「園田の女神」と書き込んだ。
というわけで、能力者たちはしばし持ち場を離れ、涼香の差し入れを楽しみながら情報交換したり雑談したりしてひとときくつろいだ。
●後半戦
休憩を終えて、能力者たちは再び持ち場に戻る。研究者たちも席を離れて見回ることにした。
結局前半戦うまくすくうことができなかった都色は、やや肩を落とし気味でビニールプールへ移った。だが、「よーし、最後まで頑張るぞ!」と気合を入れ直す。両手にポイを持ち、大胆にワキンを狙う。初めは動きが大きかったが、少しずつ金魚を追い詰めていき、
「えいっ」
掛け声とともに、ワキンが椀に入った。
「やったー!」
大喜びする都色に、園田は心から拍手を送った。
その隣では、憐が二刀流からさらに増やして四刀流を試しているところだった。
「‥‥ん。四刀流も駄目。仕方ない。口にくわえて。究極の五刀流を解禁する」
(「ポイまで食べるのかと思った‥‥」)
園田はほっとして憐の試技を見守るが、今度は溺れるのではないかとハラハラする。と、憐は靴を脱ぎ始めた。
「‥‥ん。最終手段。足の指で挟んで。禁断の七刀流の封印を解く。‥‥んっ。動けない」
「園田君」
「はい」
「彼女を帰したくない」
「いくらかわいいからといって、誘拐は犯罪です」
憐を見て、涼香は笑いながらも自分も胡坐をかいて足の指にポイをはさむ技に挑戦しはじめた。
そんな2人の様子をニコニコして見ていた昭貴が、そっと園田に話しかけてきた。
「スイミー、よかったですね」
「は、はい」
「俺は密かにスイミーが逃げ延びるのを願ってたんですよ」
「えっ‥‥」
園田はまた瞳を潤ませた。みんないい人過ぎる。
「お仕事、大変そうですが、がんばってください」
「あ、あ、ありがとうございます!」
紫乃はその間に、すでに4冊目を読みかけているUNKNOWNに話しかけた。
「キミは金魚に興味はないようだね」
「私は食べない魚はあまり釣る趣味はないのだよ」
言いながら立ち上がり、UNKNOWNは紫乃の長い髪に指を絡める。
「それに、君がここで飼ってくれるのだろう? 私も帰ってくる度にその元気な姿を見れるなら、私はそちらの方が嬉しい」
軽く微笑み、片目を瞑る。そして顔を傾け、唇を近づける‥‥と、その唇を紫乃の指がそっと押しとどめた。
「私は初対面の殿方からは、その手のプレゼントは受け取らないことにしている」
きゅっと唇の端を持ち上げて笑むと、
「私を釣り上げたいのなら焦らないことだ、ベル・アンコニュ」
ついと身を引いてその場を離れた。
次に、指輪を狙い続けている沙姫に目をやる。
沙姫はポイを複数個重ねて挑戦しているところだった。
「もうちょっと‥‥」
だが、ほどなく1時間の経過を告げるアラームが鳴った。
がっかりしている沙姫の傍らから、紫乃はポイの輪を持って水に入れ、柄の先に指輪を引っかけて取った。
「簡単だ」
「でも、それって反則じゃ‥‥」
「輪を持つなとは言わなかった」
「先生、ずるーい!」
と言いながら、沙姫は髑髏デザインの指輪を見て(「別にいらなかったかも」)と思った。
「先生だけですよ、そんなこと思いつくのは‥‥」
なぜか自慢げな紫乃と呆れ顔の園田の後ろでは、別の世界が展開されていた。
ベルが鳴り、立ち上がった朋は少しもじもじとしていたが、ぽっと顔を染めて、
「また‥‥一緒に‥‥行きたいな‥‥」
そんな彼女の頭にぽんと手を置いて、俊哉は「‥‥ああ」と答えたのだった。