タイトル:花散里へようこそマスター:牧いをり

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/08/03 14:10

●オープニング本文


 オフィス街からは少し離れた静かな路地裏にある、知る人ぞ知るカフェ『花散里』。

 席数は少ないが、こぢんまりとして雰囲気もよく、小さくも手入れの行き届いた中庭があって緑の季節などには特に清々しい。
 コーヒー、紅茶はもちろん、アルコールも少し置いてあり、自家製のクッキーやタルトも甘さ控えめ、素朴なおいしさに人気があり、リピーターも多い。

 カウンターの向こうにいるのは、このカフェの店主であり、唯一の店員でもある、草薙環(くさなぎ たまき)。
 のんびりのほほんとした美人店主に癒しを求め、この店を訪れる人も少なくなかった。

 だが、いつも穏やかな笑顔を絶やさぬ環とて、なんの悩みもなくここにいるわけではない。
 彼女は久しく帰らぬ夫を、ずっと待ち続けているのである。

 環ははじめから一人店主だったわけではない。
 この店は、夫と二人で叶えた夢の結晶だった。
 夫がコーヒーを淹れ、妻は菓子を作り、サービスする。
 お世辞にも華やかとはいえない店だったが、素朴なところが受けたのか、隠れ処的なところが気に入られたのか、少しずつではあるが固定客もつき始めた。
 幸せだった。
 まさか、その幸せが突然終わりを迎えるなどとは、夢にも思っていなかった。

 夫に適性があることがわかったのだ。

「必ず帰るよ。ようやくおいしいコーヒーを淹れられるようになったんだからね」

 能力者となった夫は、その言葉と笑顔を残して何度目かの任務に発ち、砂漠で消息を絶った。
 乗り組んでいた戦闘機が撃墜されたというのだが、消息不明の通知が来ただけで、生きているのか死んでいるのかも、何もわからなかった。

 あれからもうすぐ1年。

 時間だけがただ曖昧に過ぎていくが、環は信じて待つ。
 いつ夫が帰ってきてもいいように、このカフェを大切に守り続けていく。
 そう、心に誓っている。


 ほっとため息をついて時計を見ると、もうすぐ午後2時。
 一人で店を切り盛りしていることもあり、2時をめどに一度店を閉め、1時間ほどで食事や雑用を済ませてから再び店を開ける。
 客も心得たもので、時間が近づくと環に言われずとも店を出てくれる。
 そろそろ休憩しようかとカウンターを出たところ、何かが窓のひさしからぽとりぽとりと垂れているのに気がついた。

「雨かしら?」

 環は外に出ると、入り口にかかっている札を「CLOSED」にし、窓の前に立った。
 昼下がりの空は明るく晴れ、雨の降っている様子はない。
 それなのに、ひさしからはぽとぽととあいかわらず何かが垂れ落ちてくる。

「あら。ずいぶんきれいな色をしているのね」

 一人つぶやくや、いきなり、

 べちょっ

 と不快な音を立ててどろどろとした黄色い物体が足元に落ちてきた。
 何か言いたげに(と環には見えた)、道路のアスファルトの上でふるふる震えている。

「‥‥なあに? レモンゼリーじゃないわね。‥‥ひょっとして、キメラかしら」

 言ってから、自分の発した「キメラ」という言葉に驚いた。

「まあ、どうしましょう」

 立ち尽くしていると、また、

 べちゃっ

 ぶるぶる震えている不定形の物体の上に、またひとつ別の色の似たような物が降ってきた。

「困ったわ。まだいるの?」

 窓の上方の壁には、まだ何か鮮やかな色をした物が張りついている。
 環は再び足元に目を戻し、一人考えた。

「お湯をかけてみようかしら? それとも、バケツか何かに閉じ込めておけるかしら。ナメクジの仲間だったら、お塩が効くかもしれないわ」

 いろいろと考えてみたが、結局環は店内に戻り、ULTに連絡することにした。

「草薙と申します。――ええ、お店の上から、ゼリーみたいなものが降ってきたんです。
 すらいむ? そうかもしれませんわ。ええと‥‥黄色と、赤と、青がいます。
 どのぐらい? さあ‥‥5、6匹かしら? もっとかもしれないわ。どこまでが1匹なのか、よくわからなくて。
 とにかくわたし、困ってしまって‥‥ええ、すぐ来ていただけると、とても嬉しいのですけれど。よろしくお願いいたします」

 環は電話に向かってお辞儀をし、受話器を耳から離しかけたが、急にはっとなって受話器を握りなおしさらに告げた。

「来てくださる皆さんに、お茶とお菓子を召し上がっていただけたらと思うのですけれど。
 ‥‥能力者の皆さんは、甘いものがお好きかしら?」

●参加者一覧

石動 小夜子(ga0121
20歳・♀・PN
リュイン・グンベ(ga3871
23歳・♀・PN
レールズ(ga5293
22歳・♂・AA
最上 憐 (gb0002
10歳・♀・PN
紫東 織(gb1607
20歳・♂・GP
乾 才牙(gb1878
20歳・♂・DG

●リプレイ本文

●あか、あお、きいろ
 依頼を受けた6人が『花散里』まで行ってみると、店の前で女性が一人、ホウキで道を掃いていた。
 昼下がりの裏通りということもあってか、辺りには誰もいない。
 彼女は6人が近づいてくるのに気づくと、ふと顔を上げ笑顔を浮かべる。
「あ、能力者の皆さんかしら? こんにちは。草薙環と申します。このたびはどうも‥‥」
 のほほんと挨拶を始める環にぽかんとする能力者たち。
 環は環で能力者たちの若さに驚いていたのだが、中でも10歳を大きく超えているようには見えない最上 憐(gb0002)を見て目を丸くした。
「まあ、こんなにかわいらしい方も来てくださったのね」
「‥‥ん。頑張って。お茶とお菓子を退治する‥‥じゃなくて。すらいむを退治する」
「うふふ。お菓子、たくさん用意しておくわね。よろしくお願いします」

 それから環は6人全員のほうへ向き直り、アスファルトの上と、ひさしの上にべったりくっついているスライムとを指し示した。
「ここに二匹と、あの上のところに何匹か張りついているんです」
「ありがとうございます。環さんはとりあえず中に避難していてくださいね。見た目はともかく、スライムも一応キメラですので」
 石動 小夜子(ga0121)が優しく促すと、「お願いします」と環は頭を下げた。
「あれを落としますので、よろしければそのホウキをお借りできませんか?」
 紫東 織(gb1607)が言うと、環はホウキを差し出しながら応じた。
「え? はい、どうぞ。普通のホウキですけれど‥‥」
「大丈夫ですよ」
「掃除道具でしたら、モップもありますよ。雑巾も」
「ありがとうございます。では、モップをお借りできますか?」
 小夜子が丁寧に言うと、環は店内からモップを持ってきた。
 それを小夜子が受け取ると、「では、私、お茶の用意をして待っていますね」とにこにこして、環は店内に戻っていった。

「ここの店主と聞いているが‥‥大丈夫なのか‥‥?」
「ずいぶんのんびりした方のようですね」
 リュイン・カミーユ(ga3871)がつぶやき、レールズ(ga5293)も苦笑する。
「ともかく、きっちりこなしましょう」
 初任務の乾 才牙(gb1878)は、白い頬をやや緊張させていた。
「初めての依頼なもので、少し不安はありますが」
「あまり凶暴そうにも見えんが、油断はしないことだ」
 腕を組み、足元でうごめいているスライムを見下ろしながら、リュインが応じる。
「数は‥‥6匹。赤、青、黄色が2匹ずつです」
 数えて報告しながら、「何処かの童謡のようで微笑ましいですね」と小夜子はちらりと思ったが、口には出さずにいた。
「3色なんですね」
 確認するように言う才牙に、彼の目のことを思い出した小夜子は付け足した。
「そうです。道に2匹と、壁に4匹です」
「どこにいるかは、キメラでも『視える』ようです。大丈夫です」
 言って、才牙は少し表情を緩めた。

「まずはつつき落として、店から離そう」
 と織が言い終わらないうちに、なんとも形容のしがたい鈍い音がして、ひゅん、と黄色いものが視界を横切っていった。
「刹那の爪」をつけたリュインの気合のこもった蹴りが、道路にいた黄色のスライムを吹っ飛ばしたのだ。スライムはどことなく情けなさそうにアスファルトの上にべちゃりと着地(?)する。
「あのぐらいでいいか」
「大丈夫でしょう。そちらはよろしくお願いします。俺は、上の奴を落とします」
 レールズは窓の下に向かい、パイルスピアを構えた。
「では、俺も」
 その隣で織がホウキを構える。
「私も」
 その隣で小夜子がモップを構えてスライムを見上げる。
「‥‥ん。タバールで落とす」
 その横で憐が懸命に背伸びする。

 だが、4匹のスライムはひとところに固まっており、スライムが落ちかかってくる可能性がある。
「とりあえず、上背のある俺たちで落とすので、向こうへ運んでください」
 レールズの提案に小夜子と憐はうなずき、少し離れて男性2人の作業を見ていた。
 キメラ退治のはずが、なんともいえないほのぼのとした眺めである。
 そのうち、つつかれたり叩かれたりして辛抱たまらなくなったのか、スライムは次々にアスファルトの上に落ちてきた。

 小夜子は思うところあって辺りを見回してみたが、スライムを移動させられそうな板切れは見当たらなかった。
 雪国風の除雪ならぬ除スライム、とはいかなさそう。ちょっと残念、とひとり自分の考えに照れながらモップでぐいぐいと赤スライムを押しやる。
 憐もタバールを器用に使って青スライムを飛ばす。
 リュインの美脚から繰り出される蹴りが炸裂、武器を持つ者はそれで弾き飛ばし、各々受け持ちのスライムたちを店から遠ざけた。

●各個撃破
「さて」
 才牙はAU−KV「リンドヴルム」を着込み、感覚を確かめるように、手にした「刹那」を軽く振った。
 覚醒とともに、辺りにある物の輪郭がはっきりと見えてくる。
 先ほどまでは空気の流れや音で『視て』いた敵の姿が、足元に輪郭を持って現れ出る。
 武器を握るAU−KVの腕にスパークが生じ、『竜の爪』を発動し一閃を加えた。

 リュインが「鬼蛍」で攻撃を加えたところ、突如黄色のスライムがびょん、と跳ねて体当たりを食らわそうとした。はっと身をかわしたが、スライムは怒っているかのようにまた攻撃態勢を整えようとしている。
「上等だ‥‥。百倍返しにしてやる!」
 怒りに燃えて『瞬即撃』の目にも留まらぬ一撃を叩き込んだ。

 同じく黄色スライムと対峙するレールズは、槍から伝わってくる不愉快な手ごたえにやや眉をひそめる。
「終わりにしましょう‥‥!」
 瞳が静かながらも美しいエメラルドグリーンに輝き、その槍からは『豪破斬撃』が繰り出された。

 一方、憐はスライムを見てゼリーを思い浮かべていた。覚醒中はとてもおなかが減るのである。
「‥‥ん。タバールで爆砕。粉砕。退治する」
 爆砕、粉砕、と次々に片刃の斧で攻撃を加え、スライムを弱らせていく。

(「これは‥‥軟体生物‥‥?」)
 小夜子は「蝉時雨」で斬りつけてみたが、手ごたえは気持ちのいいものではなく、一刀両断することはできない。
 それでも、相手の出方を警戒しながら少しずつ攻撃を重ねていった。

 織は自分の受け持ちのスライムがようやく動かなくなったのを見ると、覚醒とともに左にスイッチしていた眼帯を右に戻し、辺りを見回して他の5匹のスライムも動いていないのを確認した。
「ターゲットの沈黙を確認しました。任務完了」
「‥‥ん。まだ。お茶とお菓子。残ってる」
「そうでしたね」
 織はほっとした笑みを浮かべた。

 一息ついて覚醒を解いた6人は、散らばっていたスライムの死骸を再び一箇所に集めておくことにした。

「初任務はどうでしたか?」
 スライムをホウキの柄で飛ばしながら、織が才牙に問いりかける。
「ええ、なんとかなりましたが‥‥」
 そこでぺん、と才牙もスライムを弾き、
「でも、目で見るのって結構気分悪いなぁ、慣れてないからかな。
 ‥‥これなら見えない方がよほど楽かもしれない」
「ふうん。そんなものか。では汝はいつも、どうやって物を『視て』いるのだ?」
「音や空気から、相手の動きを感じ取ったり、障害物を把握したりして、そこから状況を読むんです」
「そうか。すごいものだな」
 リュインは、才牙によって正確に飛ばされていくスライムを見てつぶやくように言った。

●花散里にて
「任務完了です」
 店に入って告げると、環とふんわりと香ばしい焼き菓子の香りが6人を出迎えた。
「ああ、ありがとうございました! お怪我は? 大丈夫でしたか? お疲れでしょう。さあ、こちらへどうぞ」
 6人は環に怪我がないことのほうが不思議だったが、ともかく誘われるまま中庭のテーブルへ向かう。

 中庭は、店内とはまた異なるほのかな緑の香りがした。蔦が壁を這う中庭の空気は涼やかで、中央には小さいながら噴水が置かれており、ちょろちょろと水の落ちる音も耳に心地よい。鉢植えにはサルビアの赤い花が咲いて、庭に彩を添えていた。
「素敵な場所があるのですね」
 微笑む小夜子に、環は礼を述べた。
「お花をたくさん植えようとも考えたのですけれど。‥‥夫が、噴水を置きたいって言って」
 大きく枝を伸ばしている樹下にある木のテーブルの中央には、爽やかな色の花が硝子の花瓶に生けてある。テーブルには、バスケットに入ったクッキーやマフィン、二種類のタルトと白いつるんとしたケーキが並んでいた。
「ごめんなさいね。お店にあるものばかりで。どれでもお好きなのをおっしゃってください。取りますからね」
 能力者たちの簡単な自己紹介を聞きながら、環はそれぞれが希望する飲み物――織にはビール、小夜子、レールズ、憐、才牙には紅茶、リュインと自分にはコーヒーを意外にてきぱきとサーブしていった。

「さあ、召し上がれ」
 いただきます、の声とともに早速、憐の皿のタルトがすごい勢いで減っていく。
「我は甘いものが苦手なので‥‥我の分は憐に」
「あら、そうなの? よかったら、このヨーグルトのケーキをお試しになってみて。あっさりして、それほど甘くありませんから」
「うん‥‥では、少しだけ」
 おそるおそる欠片をフォークで口に運ぶリュインの隣で、才牙は紅茶の香りをそっと楽しんでいた。
「良い香りです。この目だと香りが楽しみの一つなんですよ」
「才牙さんは、目が‥‥?」
「ええ。生まれたときからです」
「そう‥‥それでもあなたは戦っていらっしゃるのね」
 環が何か言葉を継ぎかけたとき、脇から憐が「それ。取って」と環の袖を引いた。
「あ、はいはい。さっきのはリンゴのタルトだったから、次はレモンをどうぞ。マフィンはバナナとチョコレート。‥‥憐さんは、お菓子が好きなのね」
「‥‥ん。リュインが甘い物苦手だから。代わりに食べてるだけ。私が食いしん坊。なわけじゃない。‥‥たぶん」
「あの、私もいただいていいでしょうか?」
 はにかんだ様子で申し出る小夜子に、環は笑顔で答えた。
「どうぞ。たくさん食べてくださいね」
「ひとつずついただいても‥‥?」
「まあ、嬉しいわ! どうぞどうぞ」
 そんなふうに、しばらく和やかな談笑が続いた。
 そのうちに、テーブル上の菓子はどんどん減っていく。それはおもに、憐の胃袋に消えていくようだった。

「ところで、この店は一人で経営しているのか?」
 今は織と一緒にビールを楽しんでいたリュインが尋ねると、環は「ええ」と小さく答えた。
 それからしばらくためらっていたが、意を決したように話し始めた。
「私の夫も能力者‥‥なんです。でも、乗っていた戦闘機が砂漠に落ちたとかで‥‥帰らないまま一年になります」
「一年‥‥」
 その場の誰もが最悪の状況を考えた。
 環自身、「夫も能力者だった」と過去形を使いそうになった自分に少し驚いていた。
「行方不明とだけ連絡を受けていて、その後も何度か問い合わせてみたけれど、何も情報はないとのことで‥‥。
 もしかして、どなたか夫‥‥草薙浩一のことをご存知ないかしら?」
 環は能力者たちを見つめ、能力者たちも顔を見合わせたが、誰からも知っているような雰囲気を感じることはできない。
「それなら、たとえば、撃墜されて帰還された方はいるのでしょうか。砂漠から‥‥」
 そこで消え入りそうな声になったが、環は再び顔を上げた。
「はっきり聞かせてください」

「‥‥ん。環の夫。面識ない。真実も分からない。けど。生存確率は‥‥0%に近い」
 環は思わずため息をついていた。
 わかっていたはずだったのに、自分で望んで答えてもらっているのに、改めて聞くとショックは少なくない。
「私は最近になって傭兵のお仕事を始めたのでその話は知りませんが、お仕事で砂漠の上空を飛んだことはあります。砂漠の環境はとても‥‥厳しいです」
「‥‥そうでしょうね」
 つらそうに答える小夜子に、環は申し訳ない思いでいっぱいになった。

「撃墜されても、生きている人は結構いますよ。ただ、砂漠は、兄に聞いた話ですが人が生きていけるような場所ではありません。残念ですが、帰還は難しいと思います」
「現実的には、俺も厳しいと言わざるを得ないです。しかし、あくまで推測の域を出ません。希望は失わないでください」
「そうですか‥‥」
 才牙と織の言葉は現実を見据えたものだ。環は傭兵業の過酷さを思い知った。

「‥‥いいですか? これから話すことをよく聞いてください」
 レールズは、環にゆっくりと説明した。
 能力者に埋め込まれているエミタには、定期的なメンテナンスが必要であること。
 1年もUPC関連の施設に立ち寄らないというのは通常ありえないこと。
 そして、立ち寄れば当然生存の確認ができているはずだということ。
「生きている可能性はゼロじゃないです。‥‥ですが、あなたがいつまでも過去に囚われず前に歩む事を彼は望んでいるのではないでしょうか?」
 そっと微笑むレールズの優しさに感謝しながらも、環はどう答えていいのかわからないでいた。
 確かに彼女の夫なら許してくれるだろう。ある日ひょっこり帰ってきて、そのときに環の傍らに別の人間がいたとしても、夫なら何も言わないだろう。
 でも‥‥。

「これは、我の意見だが」
 と前置きしてリュインが口を開いた。
「我が同じ立場になったら、自分で決着をつける迄は諦めん。決めるのは我――我が待ちたいのだ」
 物思いをするように長いまつげがそっと伏せられ、それからまた環を見つめた。
「‥‥環がどうしたいか、だと思うぞ」
 リュインの言葉は力強かった。最後に環を見たまなざしの励ますような柔らかさに、環ははっと胸を突かれた。それから、リュインにも想う人があるのだろうか、とふと思った。

 その後もいろいろと話しかけてくれる能力者たちの言葉の端々から、彼らにも普段の生活があり家族があり、様々の思いを抱えて生きていることを知り、そして何よりも彼らの優しさと誠実さに触れて環は少しずつ笑顔を取り戻した。

「さて、そろそろおいとましましょうか」
「あら、もうこんな時間」
「‥‥ん。お菓子。お土産に。持って帰りたい」
「どうぞどうぞ。今度はもっと用意しておくわね」
 環は残っていた菓子を箱に詰めて憐に持たせた。
「この花を少し包んでくれませんか? 妹に持って帰ろうかと‥‥」
「織さんは、妹さん思いでいらっしゃるのね」
 微笑んで、環は手早く茎の切り口を保護し、店にあったセロファンで包みリボンで留めてささやかなブーケを作った。

●そして‥‥
 能力者たちを見送ると、環は店内に戻ってほっと息をついた。
 それと同時にぽろぽろと涙があふれ出してくる。片付けている間もとめどなく涙は流れ続けた。
 思えば、夫が行方不明になってからこれほど泣いたのは初めてだった。
 環は自分の時間が止まっていたことを知った。

 そして今日、再び動き始めたことにも気づいていた。