●リプレイ本文
●おいしいの?
その日は気持ちよく晴れていた。
村の悲しみが、よりくっきりと浮かび上がるほどに青く澄んで美しかった。
能力者たちは、森の中をほぼまっすぐに貫く道を進みつつ、キメラを探すことにした。
道幅がそれほど広くないことから、一列で進むことになる。
基本的にはペアで行動することとし、特に戦闘経験豊富なゴールドラッシュ(
ga3170)とリュイン・カミーユ(
ga3871)が列の先頭としんがりをそれぞれ務め、ほかの仲間をサポートする。
「ラクシャーサ‥‥生き残りはキメラをそう呼んだか」
腕を組み、リュインはわずかに目を伏せてつぶやく。
「ところで、らくしゃーさって何?」
ぎゅうっと伸びをしながら問うゴールドラッシュ。賞金稼ぎ女王の異名を取る彼女、「割の良い依頼」と判断しての参加だった。
リュインのほうも、「ああ。確かインドの悪鬼で、肉を喰らい、爪に毒を持つとかいう伝承だったような」と恐れ気もなく答える。
「ま、なんとかなるでしょ。今回もバッチリ稼がせてもらいましょうか♪」
能力者たちは村をあとにし、キメラ討伐に森へと出発した。
森の中は、何度もキメラが目撃されているとは思えないほど静かで、清々しい空気に満たされている。
最前列を歩くゴールドラッシュのすぐ後ろ、彩倉 能主(
gb3618)はAU−KVを転がしながら歩いていた。
武装するまでに時間を要するためすぐに迎撃のできない能主は、かなり神経質になっていた。
獣が潜んでいそうな茂み、人型キメラが隠れられそうな大樹、鳥の鳴き声、小動物が草葉を揺らす音‥‥そのすべてに過敏なまでに神経を尖らせる。
一方、のしのしと無造作に歩いているようで、ゴールドラッシュも周囲の物音や気配を探りながら進んでいく。樹上からの攻撃も含めての警戒はさすがといったところだ。
「美崎さん、よろしくお願いしますね」
「こちらこそ!」
先頭のA班に続くのが、柊 沙雪(
gb4452)と美崎 瑠璃(
gb0339)のB班。
「ホント、バグアって神様とか神話の生き物とかキメラにするの好きだよねぇ‥‥」
瑠璃は可愛らしくちょっと口を尖らせる。いつも元気印の瑠璃だが、キメラと生身で戦うのは今回が初となる。
その緊張を感じ取ったのか、沙雪はさらに声をかけた。
「大丈夫ですよ‥‥落ち着いていきましょう」
瑠璃はうん、と大きくうなずいて、「そうだよね、がんばろう!」と気合を入れた。
続いてC班。
村の様子を見て、故郷をキメラに襲われた経験のある志烏 都色(
gb2027)は決意を新たにしていた。
(「どれだけ怖くて不安か、よく分かるよ‥‥。だから、これ以上、被害を増やさないように‥‥全力を尽くす!」)
そのすぐそば、彼女のペアである琥金(
gb4314)は、クールな表情のままぽそりとつぶやいた。
「虎のようなキメラ‥‥。食べられる‥‥かな?」
「‥‥琥金さん、さっき何か食べてましたよね?」
「うん‥‥そんな気もするんだけどね」
琥金はすでに腹ペコ状態のようだ。実は今回男性は彼一人だけなのだが、腹ペコすぎておいしい立場に気づいていないらしい。
「あ、今日はよろしく」
「こちらこそ‥‥。あ、あの、おなかがへって力が出ないとか、ないですよね‥‥?」
最後尾、D班のリュインとシルヴァ・E・ルイス(
gb4503)は、しんがりを守りながら、臨機応変の遊撃を受け持つ。
「これは村の交易路とも言える道、早く使えるようにしてやらんとな」
「人の領域は、人の手に‥‥か」
静かなフェンサーのこぼした言葉について、リュインは特に自らの言葉を費やさなかった。
各々の領分は守る。だが、それは信頼を置かないという意味ではない。
「シルヴァ、そちら側の警戒は任せたぞ」
「承知した」
辺りの気配を探るために少し進んでは立ち止まり、異状なしを確認してから再び歩を進めるので、前進するスピードはさほど速いものではない。
だが、集中力を途切らせるわけにはいかなかった。
●遭遇
がくん、と能主が押していたAU−KVが道に張り出していた木の根を乗り越えて、音を立てる。
この辺りは特に茂みが濃く、道のほうまで枝葉や根が侵出していた。
いちばんドキリとしたのは能主だったが、一行の足もふと止まる。
「足元、気をつけて下さいね」
都色は呼びかけようとして、口をつぐんだ。
折りしも、先頭からシッと沈黙を促す合図。
ざざざ、と葉の鳴る音。
地表に近いところ。風ではない。
能力者たちが作る列の左から、質量を持った何物かが近づいてくる。
まっすぐではない。遠のいたかと思うと近づいてくる。
ぐるりと弧を描くようにして、脇から来る。
獣の足がスピードを上げているのがわかる。
「来る‥‥!」
ガサッと低木の枝葉を撒き散らしながら、黄の鮮やかな毛並みをした獣が列の腹目がけて飛び出してくる。
その攻撃の着地点にいたB班とC班は、道の前後にその攻撃を避ける。
列を二分しておいて、獣はそのまま逆方向の茂みに飛び込んだ。
そちらに気を取られていると、再び背後の緑が割れる。
「志烏、後ろだ!」
リュインの声に、ショートボウを構えかけていた都色は、はっとなり身をひねる。間に合わない、と思った刹那、肩の辺りをとん、と突かれた。
とっさに都色の肩を押したシルヴァ自らも、小さく後方に跳んでいる。
都色はそのまま後方に倒れたが、おかげでキメラの攻撃をまともにくらわずに済んだ。
「ありがと、シルヴァさん!」
ちらりと合った目は互いに覚醒の色。
いい終わるか終わらぬかのうちに、都色の頭上で鋭い金属音。
琥金がキメラの牙を食い止め、跳ね除ける。
「夕御飯‥‥夕御飯‥‥」
琥金もまた、飢えた獣のぎらぎらした目でキメラに挑んでいた。
「そちらはお任せします!」
瑠璃と沙雪はもう一頭の攻撃が大きな被害を生まなかったことを確かめると、最初に現れたほうのキメラを追う。
本部の情報によれば、まだもう一体キメラが目撃されているはずだ。前衛はさらに辺りにキメラの影を探していた。
その間、能主は獣をやり過ごすとAU−KVの影から出、装着を行っていた。が、木の背後から、待ちきれなくなったかのように背の高い影が躍り出てくる。
「そこっ!」
その攻撃を許さずに、ゴールドラッシュのソニックブームがキメラを襲う。
ざっと草木をなぎ払い、衝撃波が人型キメラを再び押し戻した。
一方、遊撃担当の後衛は援護に回ろうと動く。
「カミーユ殿、ここは任せる」
シルヴァは、距離的に近いC班が対応している獣を残す形で、道からそれていったキメラを追う。
だが、不意に硬質の輝きが頬にはね返ってきた。
振り下ろされてくる曲刀を、シルヴァは間一髪体をコントロールして踏みとどまり、蛍火で受け止める。
初撃は止めたが、もう片方の腕から薙ぐように迫ってくる短い刃にわずかに腹を裂かれた。痛みが走るが、膝を屈するわけにはいかない。
歯を食いしばったそのとき、刃越しに睨み返すキメラの肩口がずばりと裂けた。追いついてきたリュインの『急所突き』だ。
「聞いていたより多いようだが――全て倒せば問題ない」
思わぬ攻撃を受け、人型キメラはシルヴァから離れた。
「無事か」
「なんとか」
短く答え、シルヴァはすぐに『円閃』で反撃に出る。
「その命で支払ってもらう!」
再び斬撃が肉を断つ音、真っ赤な体液が草に散ってキメラはダガーを取り落としたが、大上段から力任せに曲刀を振り下ろす。
「ちっ」
なんとか盾で受け止めるが、その衝撃が腹の傷に響いた。
そこでキメラは不意に背後に何かを感じたように飛び退ろうとする。
「――遅い。何処を見ている」
そのときにはすでに『瞬天速』で回り込んでいたリュインが、相手の膝を払うようになぎ払う。
「今だ!」
その声を待つまでもなく、シルヴァは全身の力を込めた二度目の『円閃』をキメラに叩き込む。
「‥‥終わりだな」
つぶやいて、シルヴァは頬に飛んだ生温かいキメラの体液を拭った。
その少し先で、瑠璃と沙雪は獣キメラの気配をうかがっていた。
できる限り、森の奥には進ませたくない。できれば道のほうで、うまく包囲できればなおのこといい。
ガサリ、と藪が鳴る。
「いる‥‥」
瑠璃が小銃「S−01」でその藪に数発撃ち込むと、びりびりと空気を震わす咆哮とともに、獣が姿を現した。
硝煙を嗅ぎ取った獣の気を引くことには成功したが、助走なしの体当たりを喰らって、瑠璃は吹っ飛ばされしりもちをつく。
「いったーい!」
「美崎さん!」
沙雪は死角に回り込むと、『急所突き』で獣に刃を突き立てる。
その間に、瑠璃は起き上がって距離を取っている。
キメラは目標を変えて沙雪を狙うが、ひらりひらりと風に舞うように沙雪は攻撃をかわした。
そちらに気を取られたかと見ると、瑠璃の『急所突き』を乗せた銃弾が獣にヒットする。
キメラの動きが鈍ってくると、沙雪は攻撃に転じた。
2人のコンビネーションにすっかり翻弄されているキメラに、最後の一撃を叩き込むのはさほど困難なことではなかった。
「因果応報というものですか‥‥」
ふっと息を逃すと、真紅の瞳は元の青に戻り、冷徹に染め上げられていた少女の顔に穏やかな表情が戻ってくる。
「やったね、沙雪ちゃん!」
瑠璃は銃を手に、ガッツポーズを作って見せた。
リュインがシルヴァを追って駆け出したときには、都色はすでに立ち上がりショートボウを構えていた。
前衛に立つ琥金は、イアリスで獣の攻撃を受け流しつつ、クロックギアで反撃を狙う。
鋭く突いたかと思うと緩やかに挑発するように、南国のダンスを思わせるようなしなやかな動きで。
都色が『急所突き』を発動して放った矢が、キメラの前脚に深く刺さり、キメラの気がそれた。
「今です!」
琥金は一気に獣との距離を詰める。ふっと体が一瞬沈んだかと思うと、低い重心から鮮やかな円を描いて『円閃』が獣の体に吸い込まれる。
ごはんが近づいてきた!
一方、最後の一撃を狙って弓を引き絞る都色の胸には、故郷の思い出がふとよぎっていた。
キメラに襲われた故郷。倒れゆく人々。
何もできなかった、無力だったあのときの自分。
だが、今は違う。
(「今のあたしには‥‥振るえる武器があるから」)
力が、あるのだから。
「終わりだ‥‥っ!」
思いを吹っ切るように、最後の矢を放つ。
全身の力と思いのこもった矢を受けて、キメラはどう、と地に倒れた。
そして、A班は人型キメラと対峙していた。
能主はすでに彼女のAU−KV、「散華」の装着を終えて槍を構えていた。
「私は力任せに行くです」
宣言すると、バールで殴りかかるように槍を豪快に振り下ろす。
ぎぃん、と金属音が鳴り響く。
能主が両手で振り下ろす槍を、キメラは片腕で受け、長い爪のあるもう片方の手を無造作に突き出した。
再び金属のこすれる音、「散華」のパーツが飛ぶ。
攻撃をくりだした後の隙を突いて、ゴールドラッシュが『流し斬り』を放つ。
体勢を崩したキメラが苦し紛れに振り下ろした刃を盾で跳ね返すように弾く。
「彩倉ッ、今っ!!」
「はいです!」
能主の一撃を受け、よろめきながらキメラはなおも大刀を振り回した。
その動きに惑わされることなく、ゴールドラッシュが敵の利き腕を跳ね飛ばす。
能主の追撃が打ち込まれるにいたって、
「あー、終わった♪」
すでに報酬のことを考えるゴールドラッシュの横、
「では遠慮なく」
と能主は地面に倒れ伏そうとしているキメラの、左胸辺りを狙い、思い切り槍を突き出した。
「‥‥けっこうやるわね、彩倉‥‥」
「間違いなく死んだ、と言えるようにしたいです」
平然と言ってズッと穂先を引き抜けば、キメラはそれ以上ぴくりとも動くことはなかった。
●おあずけ
「お疲れ様です」
戦闘が全て終了すると、都色は手当てが必要かどうか皆に声をかける。
深手の者はなかったが、小さな傷でも膿んだらたいへん、とてきぱきと救急セットで手当を施していった。
それが終わり、人心地つくと、
「念のため、他にもいないか捜索すべきだと思うが、どうか?」
リュインが提案する。
「え」
と小さな声が上がったほうを見ると、琥金がうるうるとつぶらな目で見つめている。
「何か」
「‥‥」
きゅるる、と腹が返事をする。
さしものリュインも何かあげなければならないような気がしたが、踏みとどまって何も言わないことにした。
「‥‥」
今度は琥金はシルヴァのほうを見て、首をかしげてみた。
「戻ってから何か差し上げるゆえ、これで我慢を‥‥」
明らかに困った顔で、シルヴァはあちこち探してようやく見つけた飴玉を渡す。
ばりぼり。
「琥金さん、飴は噛んだらだめですよ!」
瑠璃が笑って言い、しかたないなぁ、と皆もありあわせのお菓子を与えてみた。
ぺろり。
「噛んでないでしょ!」
ところが、これでいよいよ食欲が刺激されてしまったのか、琥金はなにやら不穏なまなざしで虎キメラを見つめ始めた。
「だ、ダメです! これは、回収してもらわないと」
都色は慌てて止め、皆で引きずるようにして琥金をその場から引き離した。
結局、森にはそれ以上のキメラは確認されず、村にはひとまずの平和が戻った。
ゴールドラッシュはダメでもともと追加料金を請求してみたが、さほど裕福ではない村には残念ながらその余裕はなかった。
村は能力者たちのために精一杯のご馳走を用意したが、その大半が腹ペコフェンサーの胃袋に消えていったのは言うまでもない。