●リプレイ本文
●森を抜けて〜捜索班
鬱蒼と木々が生い茂り、昼間でも薄暗い森を、みづほ(
ga6115)と高日 (
ga8906)は進んでいた。
自らのジーザリオを駆るみづほの横で、菘はシンから届いた手紙をもう一度そっと開く。
「ほんま、大丈夫やったらええんやけど‥‥シン君のためにも」
「そうですね‥‥。急ぎましょう」
今はとにかく、先発隊から最後の連絡が来た地点まで急ぐしかない。
そのとき突如、獣の咆哮が森に響き渡った。
「キメラやろか?」
菘はばっと獣の声がした方向を振り返る。2人からすれば、後方からの吠え声。
「そうかもしれない。でも、今は‥‥」
前方を見据え、みづほはアクセルを踏み込んだ。
●遭遇〜戦闘班
後発の班の4人は、先発の2人よりもっと近くで‥‥というよりも、ほとんど目の前でその威嚇の咆哮を聞いていた。
「来ましたね!」
元気よくセーラー服のスカートをひらめかせ、九条院つばめ(
ga6530)は早くも戦闘状態に入ろうとしている。
「なんか、ケガしてへんか、あいつ?」
いぶかしげに白野威 奏良(
gb0480)は眉をひそめる。
確かに、キメラの前足の辺りの毛は血で汚れていた。
「先発隊かもな」
武藤 煉(
gb1042)がそれに応じる。
「油断なさらず」
鷺宮・涼香(
ga8192)が皆に声をかけた。
つばめが先頭に立ってキメラと対峙し、スピアを構える。つばめの体から微風が発せられ、すらりとした両腕に幾何学模様が浮かび上がる。覚醒だ。
それを合図に、他の3人の能力者たちも次々に覚醒を始める。
奏良と煉の2人のダークファイターはキメラに必殺の一撃を叩き込まんと身構える。緑色だった奏良の髪は今は白に、赤い瞳は右だけ灰色に変わり、煉の背には薄く輝く翼が現れていた。後方では涼香も真紅に変わった瞳でキメラを見据えている。
つばめは素早くキメラの脚元へ突きを繰り出し、キメラを足止めする。キメラの胴体を狙うため側面に回り込んだ涼香が、引き絞った「黒蝶」から矢を放つ。矢は獣の背に突き刺さり、痛みと怒りに震える吠え声を上げた。キメラは猛り狂ってやみくもに爪と牙を振るうが、つばめの槍に阻まれる。その間にも、奏良と煉の刃は確実に獣の毛皮と肉を切り裂き、鮮血が地を染めていく。
キメラの動きは徐々に鈍り始めた。
「そろそろだ、白野威。遅れんじゃねえぞ」
「わかってる」
2人はじりじりと間合いを詰めていく。
涼香も後方でチャンスを狙っていた。
(「外さない‥‥!」)
十分に狙いをつけて、矢を放つ。
ひゅっと空を切り裂いて、矢はあやまたず獣の右目に突き立ち、獣は耳を聾するばかりの恐ろしい声を上げた。
キメラは牙をむいて強靭な四肢に力を込めて地を蹴り、つばめに飛びかかった。
つばめは斧刃で豪力発現を使ってその牙をがっちりと受け止める。死に物狂いの力にさすがに押され、押し戻された足がズッと土を鳴らす。
「白野威さん、武藤さん! 今です!」
「てめぇも他のキメラと同じ所に逝きやがれ!」
奏良と煉の全力の両断剣を受け、ついにキメラは地に倒れ動かなくなった。
●最後の微笑
「みづほさん、あれ!」
狭い道の脇、下草や低木がなぎ倒されている向こうに、軍用車が横転しているのが見えた。
「行ってみましょう」
キメラの気配はなかったが、泥に汚れた軍用車の中にも誰もいなかった。
辺りを捜索するうち、横転している車両から少し離れたところに、大きな獣が毛をどす黒い血の色で染めて横たわっているのを見つけた。
「動かへんみたい」
「先発隊が倒したのでしょう」
そのとき、2人の耳にかすかな人の声が聞こえた。
弱い、小さな声。呼んでいる。
2人がはっと顔を上げると、大樹の根元、複雑に入り組んだ根が作る黒々とした洞の入り口辺りに人影がある。
人影はよろよろしながら立ち上がろうとしていたが、もうその力が残されていないのは遠目にも明らかだった。
「大丈夫ですか!? 無理しないで」
2人が慌てて駆け寄り手を伸ばした青年の顔には、ひとかけらの血の色もない。
肩口から胸にかけて血に染まり、右腕に思わず目を背けたくなるようなひどい傷を負っている。
「‥‥早く。中に――」
慎重に座らせたその左手首にブレスレットを見つけ、2人は思わず顔を見合わせる。
「ルアンさん!? 死んだらあかん!」
「シン君が待っていますよ!」
その声が届いたのかどうか、青年はわずかに微笑んだが、二度とそのまぶたが開かれることはなかった。
●救助
みづほと菘は無言で彼の遺体をそっと横たえ、根の作る洞に隠れている傭兵たちの救助を始めた。
傭兵たち3人はいずれも重傷だが、今すぐ命にかかわってきそうな傷はない。
能力者――おそらくはルアンが練力を使って治癒を行ったのかもしれなかった。
てきぱきと外傷消毒や骨折部位の固定を行い、怪我人と遺体の収容を終えたところへ無線機に連絡が入った。
『こっち、戦闘班。無事、キメラを撃退。そっちは?』
「うん‥‥。見つかったで。3人、救助。‥‥ルアンさんは‥‥‥‥うん‥‥」
●追加任務
先発部隊の任務失敗は、いくつかの不幸な要因が重なってのことだった。
報告された出現キメラの数や種類に誤りがあったこと。折悪しくベテラン傭兵の都合がつかず、戦歴の浅い者ばかりが送られたこと。悪天候に見舞われたこと。特に、ルアンについては、エミタを損傷したことが大きかった。外傷によるダメージとともに、AIの制御装置が破損したために、限界を超えて力を使ったようだった。
いずれにしても、6人は最悪の報告を持って「追加任務」の依頼者であるシン・ラッソのもとに向かうことになった。
まず手紙に記されていたシンの家を訪ねてみると、家人に少年は浜辺にいるのだろうと告げられた。
「‥‥ほんま、つらい任務になってもうたな‥‥。でも、うちらにしか出来へんことや、やり抜くで」
小さいながらもはっきりした声で告げる菘の声に、全員がうなずいた。
●星降る浜辺
シンはその日も浜辺にいた。
昨晩は空も海もずいぶん荒れたので外に出られなかったが、夕闇の迫る空は美しく澄み、波も穏やかだった。
兄ちゃんもこの空を見ているかなあ。
砂浜に一人座り、空をぼんやりと見上げていると、背後から砂を踏む静かな音がいくつか近づいてきた。
シンは後ろを振り返り、そこに見知らぬ男女6人を見つけた。
慌てて立ち上がると、「シン君だよね?」と女の人の声がした。
思わずコクンとうなずく。
「話がある」
男の人が進み出て、シンに何か手渡そうとした。
おそるおそる手を伸べると、掌の上につるりとした滑らかな物が触れた。
水牛の、角。見慣れたブレスレット。
「これ、兄ちゃんの‥‥」
「ルアンはな。‥‥兄ちゃんは」
煉は一瞬ためらった。だが、奥歯を噛みしめる。
じっとこちらを見つめているシンの目を見つめ返して、告げた。
「もう帰ってこられない」
シンは、よくわからないのか‥‥わかりたくないのか、大きな目をくるくるさせるだけだった。
胸の痛むような沈黙に、能力者たちはじっと耐えていた。
どんなにつらい結果であっても、嘘をつくことは出来ない。それが彼らの結論だった。
「帰ってこないって‥‥? また別のお仕事?」
告げられた言葉がそんなニュアンスではないことはわかっていた。
「ぼく、ぼくも能力者になるんだって、兄ちゃんと戦うんだって‥‥なのに‥‥」
「死んじゃったの?」
何がなんだか、よくわからなかった。
自分で言った言葉は、ずっと遠くでまったく関係なく響いている波の音のようだった。
何を言えばいいのか。どう考えたらいいのか。どうしたらいいのか。
立ち尽くしている少年の頬に、涼香の指がそっと触れた。
その柔らかな感触は、彼に今どうすればいいのか優しく告げていた。
「泣いても、失った人は帰ってこない。でも、その悲しみを我慢しなきゃいけない理由も、どこにもないわ」
さとすように言うと、解放されたように少年の頬をぽろぽろと涙が伝い落ちた。
涼香はシンより先にはこぼすまいと心に決めていた涙が、ぽつりと子どもの頬に落ちて流れていった。
「涙は、次のステップへ踏み出すための大切な区切りのひとつ。
いっぱい泣いて‥‥悲しみを全部、吐き出そう‥‥?」
涼香が抱きしめた小さな体は、うなずくかわりに震え、声を上げて泣いた。
太陽がすっかり沈み、空がすっかり星に覆われるころ、シンは少しずつ落ち着きを取り戻し始めた。
「そろそろ、落ち着いたかな?」
涼香が尋ねると、シンは小さくうなずく。
涼香は立ち上がり、背後の仲間たちを振り返った。
能力者たちには、少年に贈りたい言葉があった。
「‥‥ラッソ君は、能力者になりたいの?」
つばめが問いかけると、シンはしっかりとうなずいて答えた。
「そっか‥‥」
能力者は、沢山のつらいことと向き合わなくてはならない。
つばめは能力者としての自分過去を思い出していた。
つらいことはたくさんある。でも、能力者になったことを後悔はしていない。
「能力者ってね、けっこうたいへんなんだよ」
ことさら明るく言ってにこっと笑いかけると、シンは目をしばたたかせた。
「でも、誰かの力になることができる。誰かを救うことができる。それも、本当。
だから続けるんだ。
私たちの力は戦うためだけじゃなくて、誰かを助けるために存在してるんだって‥‥そう思うから」
「助ける、ため‥‥」
一生懸命理解しようとしているシンを見て、つばめはそっと微笑んだ。
「‥‥どうやったら、能力者になれるの?」
問いかけるシンに、みづほが答えた。
「エミタへの適性があるかは、誰にもわからない。運次第と言えるかもしれません。
それが幸運か悪運かも、わかりません」
「兄ちゃんは?」
「それは私達にはわからない。彼自身が決めること‥‥そう思います」
「うん‥‥」
「でも、今のあなたにも、能力者と一緒に戦う方法があるんですよ」
「え?」
「待ってくれることと、信じてくれること。
待ってくれる人がいるから、信じてくれる人がいるから、私達は戦えるんです」
ね? と微笑むみづほの顔を、シンは不思議そうな面持ちで見つめ返していた。
不意に、傍らの煉が波打ち際まで進み出る。
「俺達はヒーローじゃねぇ‥‥化物だ」
その言葉とともに、覚醒を行う。
背中に、薄い翼が星の光を受けてさらにきらめき輝きながら現れ出る。
「俺は、さ」
くるりと振り返って、
「戦いが終われば用無しになる能力者なんかを目指すより、ルアンには出来なかった、『自分の夢を追うこと』をしろって言いたいね。
‥‥その為に、俺達が手を貸すから」
そして呆然としているシンの所まで戻ってくると、真正面から顔を見つめ、声に力を込めて言う。
「いいか、てめぇは手前の道を歩め。俺にも『兄ちゃん』にもできなかったことを、てめぇがやるんだ」
「ぼくの道‥‥」
シンも煉の瞳に応えるように、ぐっと唇を引き結んで深くうなずいた。
煉もうなずき返すと、シンの背中をいささか強すぎるほどバンと叩いて明るく言った。
「ま、てめぇがそれでも能力者を目指すなら‥‥こき使ってやるからよ、いつでも来い」
そして、ルアンのブレスレットを握り締めていた手を指さし、自分のバンダナを軽く持ち上げながら、「てめぇにも背負うもんができちまったな?」と笑った。
そのときの煉の複雑な色をした笑みが、シンの胸に強い印象を残した。
「うちも、シン君に言いたいこと、あんねん」
菘は歩み寄ると、シンの所まで目線の高さを下げ、肩に手を乗せた。
「うちらと一緒に戦いたいゆうんなら、無理にあきらめとは言わへん」
シンは大きな目で見返して菘の次の言葉を待っている。
「でもな、シン君には違う方法で強く生きて欲しい。きっとルアンのにーちゃんも同じこと思うてるで」
「兄ちゃん‥‥」
確かに、兄ちゃんは一度だって「シンも早く能力者になれ」なんて言ったことはなかった。
ちょっと黙っていると、上からまた別の声が降ってきた。
「まあ、座ろうな」
うながされるままにシンは砂の上にひざを抱えるようにして座った。
白野威 奏良もその隣に腰を下ろす。
「ボクはこう思うねんけど」と前置きして、奏良は話し始めた。
「自分の命は自分だけのモンとちゃう。
殺して、生かされて、支えられて、支えて。そうやって時間を費やして、生きモンの命の輪っちゅーもんはつながっていくんやと思う。
そのつながりは命が終わったからゆーて、切れるもんでもない」
「‥‥兄ちゃんとぼくは、つながってる?」
「そうや。兄ちゃんはいろんな物を、シンにくれたはずや」
「‥‥うん」
「ルアン兄ちゃんや、星は好きか?」
「うん」
少年は即答した。
「それを、大事にするんやで」
そうぽつりと言ったかと思うと、奏良はいきなりがばりと立ち上がり、星に向かって大声で叫んだ。
「バグアになんかに負けへん! ボクは好きなもん食べて、ええ仲間とつるんで、みんなを守って‥‥絶対に幸せになってやるー!!」
その誓いには、自分の本当にやりたいことをしろ、というシンへのメッセージも込もっていた。
「ちゅーこっちゃ。ボクらからは、これで終わり。
シンは? なんか、言いたいことあらへんか?」
何度か深呼吸を繰り返した後、シンは胸につかえていた質問を吐き出した。
「兄ちゃんは、何か言ってた?」
その質問は、捜索班の菘が引き取った。
「ルアンのにーちゃんな、最後、笑っとった。
なんてゆうんかな、『やりとげたなぁ』って、そんな‥‥感じやったで」
「きっと、強くて優しい方だったのね。ルアンさんって」
まだ涙の筋の残るシンの顔をのぞきこむように涼香が言うと、
「うん‥‥そうだと思う」
シンはようやくかすかに、はにかむように笑った。
「最後にひとつ、お願いをしてもいいですか?」
みづほの声に、シンは顔を上げた。
「はい」
「もしも、能力者が虐げられる時代が来たら‥‥。
私達が恐怖の対象でしかなくなったら‥‥怖くないよ、って皆に言ってくれませんか?」
その言葉に少年は驚いたようだった。
「怖くないよ! ぼく、わかる。みんな優しい人」
「ありがとう」
みづほは言って、織姫のイヤリングを手渡した。
「約束の印。お守りです」
「ありがとう‥‥約束、忘れないよ」
蒼い宝石のきらめくイヤリングを受け取るシンを見て、頼りにしてますよ、とみづほはそっとつぶやいた。
●手紙
後日、6人はUPCの手配でシンからの手紙が届いたことを知らされた。
『このあいだは、来てくれてありがとう。いろんなお話をしてくれて、ありがとう。
能力者になるかどうか、でも、星も好きだし、もう少し考えます。(この一行には何度も書いたり消したりした跡がある)
ルアン兄ちゃんのことも、みんなのことも、忘れない。
お兄ちゃん、お姉ちゃん達も、がんばってください。 シン・ラッソ』