●リプレイ本文
●烏の村
村の空気はどんよりとまつわりついてくるように重く、言いようのない異臭に満たされていた。
あちこちで不愉快なにおいを放つどす黒い物がべったりと染みを作っており、いくつもの染みのそばに、以前人であったものがいくつもいくつも無残に打ち捨てられている。
外から見る限り、建物は薄汚れた印象はあるものの倒壊しているものはないが、いずれの家屋の上にもカラスたちが縄張りを主張するかのように羽を休めている。
「酷ぇ‥‥地獄って言葉が違和感無しに浮かんできやがるぜ」
ディッツァー・ライ(
gb2224)の口から、思わずそんな言葉がもれた。
それと重なるように、
「虐殺に近いですね‥‥。最悪の光景です、うっうー‥‥」
と比留間・トナリノ(
ga1355)もくすんだ色のマントの中でわずかに身をすくめる。
「‥‥‥‥」
夜坂桜(
ga7674)はどこかで見た同様の風景を思い出し、静かに短く黙祷を捧げた。
「まずは状況把握から‥‥ですね」
自らに言い聞かせるようにつぶやく神無月 るな(
ga9580)も表情は硬く心なしか頬が青ざめていた。
まずスナイパーたちが偵察に入り、他は目立たぬように偵察隊の帰りを待つ。だいたいの状況を把握した後、本格的な調査に入ることになっている。キメラの数すら把握できていない状況において慎重にならざるを得なかった。
偵察班はスキル『隠密潜行』を用いて先に村へと入り込んでゆき、待機班は準備してきた布をかぶってじっと息を潜めた。
●偵察
「‥‥死臭は体の匂いを消してくれる。好きじゃねぇが、都合はいい」
伊佐美 希明(
ga0214)はつぶやくと、用意してきた村の見取り図を開き、村の片側をすっと指でなぞった。
「私とエリクはこちらから回る」
言って、エリク=ユスト=エンク(
ga1072)のほうをちらりと見ると、こちらは地味な色の布をかぶってなにやら布お化けのようになっている。
「では、反対側から」
神無月が逆側をなぞる。
深入りはしない。大体の状況を掴むことが目的だ。
おおよその偵察時間を申し合わせると、各々の方向へ、足音を忍ばせ影が滑るように物陰を縫って移動していった。
迷彩服に身を包んだ神無月は、物音を立てないように注意しつつ、周囲の状況に目を配っていた。
目撃されたという不審な女がもしバグアの手の者であるとすれば、行動目的はおのずと絞られてくるはずだ。
「‥‥!?」
ふと見た地面に落ちていた影を見止め、神無月は思わず上を見上げた。
普通の大きさではない。これまで見かけたカラスの一回りどころか、大型の猛禽類ほどもありそうなカラスがそこにいた。
視線はどこか別のほうを向き、こちらに気づいている様子はないが、明らかに普通の生き物ではない。
(「キメラ‥‥?」)
神無月はその場所をしっかりと記憶し、さらに偵察を続けるべく、いっそうの注意を払いながらその場を離れた。
伊佐美が注意するのは、「不審な女」「大きなカラス」「普通のカラスの数と見た目」「死体の状態」の4点。
女と大カラスについては、今の所その影は見当たらない。
そっと振り仰いだ頭上には、空を飛ぶ影こそないものの屋根の上には幾羽ものカラスがじっと留まっている。
視界に入っているだけでも十羽は下らない。村中のすべてを数えれば、かなりの数になりそうだ。
遺体はといえば、カラスに食い散らかされている。今時間をかけて状態を正確に調べる余裕はなかった。
生存者発見の期待はほとんどしていなかったが、残念ながらその予測が裏切られることはなかった。
目に入るのは道をふさぐ遺体ばかりで、それはどちらのルートをたどったスナイパーにも同じことだった。
どれだけ調査しても、初めに得た印象が全てを物語っているような気がしてくるだけで、さしもの能力者たちも気が滅入ってくる。
そのうちに示し合わせていた時間が近づき、それぞれ待機班のもとへと戻っていった。
●調査
偵察隊が戻ってくると、目を覆いたくなるような惨状と耐え難い悪臭に顔をしかめっぱなしだった待機班は、再び表情を引き締めた。
スナイパーたちから、すでに生存者が見込めないこと、不審人物の影もなかったこと、キメラが村中にあふれているわけではなさそうだということ、推測されるカラスのおおよその数などについての報告がなされる。
アズメリア・カンス(
ga8233)は、地形やカラスが多く集まっていた場所について尋ね、事前の情報と照らし合わせていく。
「大きなカラスがいたっていうのは?」
「この辺り‥‥ですね」
神無月が見取り図の一点を指さす。
「すごくキメラの疑いがありますが‥‥下手に刺激をせず、遠くから様子を見る程度にとどめたいところです」
比留間が言う。戦闘はなるべく避ける、ということについて一同の意見は同じだった。
「思うに、笛で大カラスキメラを操って、大カラスが普通のカラスを扇動しているんじゃねーかな? 大カラスと不審な女をなんとかすれば、解決する気もするな」
わずかに首をひねりつつ、伊佐美が推測を述べた。
「確かに、カラスの来襲の際に笛の音が聞こえたというのは気になるな」
死臭を防ぐためのマスクの向こうから、高遠・聖(
ga6319)も同意する。
あくまで調査のみにとどめ、キメラにせよ女性にせよ可能な限り戦闘に発展させないということを基本方針に、伊佐美、エリク、ディッツァー、夜坂のA班と、神無月、比留間、アズメリア、高遠のB班とに分かれて本格的調査に移った。
●B班
元ジャーナリストの高遠を中心に、調査は進められた。
プロの経験をいかして、遺体やカラス、村の様子をカメラにおさめていく。鳥たちを刺激しないためにフラッシュは控える。腕の見せ所だ。
同時に、倒れた遺体の傷の具合を調べる。顔の損傷が激しく、カラスたちは目を狙ったことがわかる。獲物が倒れたところを容赦なくついばんだ様子だが、その遺体の致命傷と考えられるのは、首筋に黒々と空いた深い爪あと。無論、普通のカラスによるものではない。
「ひどいな」
「‥‥こんな惨い殺し方をするのは、少なくとも人の心をもった存在の仕業ではないです‥‥」
比留間がぽそりと告げ、数えていた死者の数をひとつ増やした。
「慎重に行かないと、すぐに襲いかかられそうね」
反射に注意を払いつつ双眼鏡を覗き込んでいたアズメリアは、ぐるりと周りを見渡す。カラスたちの視線を確かめるのは難しかったが、不意にこちらを見るものもある。彼らに気づかれているのか、敵と認識されているかは不明だが、アズメリアに油断はない。
(「こちらが見えているという事は向こうからも見えているということ‥‥用心しなければ」)
先の偵察で大カラスが見つかったという方向に目をやったが、もう飛び立ったのかそれらしい影はなかった。
●A班
村の被害を把握し、記録すべく、ディッツァーは貸与されたカメラで辺りの様子の撮影を行った。
その一方で、夜坂は眼前の光景をできうる限り正確に記憶に焼き付けようとする。致命的にカメラの才能のない夜坂だが、見聞きしたことを文字や絵で再現することは得意だった。
エリクはエリクで、眼帯をしてはいても他の感覚を用いてカラスたちやその他の存在の気配を注意深く探る。
「こりゃ、なんだろうな」
注意深く遺体を調べていたディッツァーは、その傷口を見て首をひねった。
ほとんどの遺体はついばまれていたが、比較的傷の少ない遺体のひとつに、ざっくりと一本だけ縦に大きく裂けた傷が見える。
「刀傷?」
「ってことは、例の女の仕業か?」
「‥‥だろうな」
念のため、ディッツァーは貸与されたカメラで数枚写真を撮った。
「バグアの仕業に間違いねぇさ」
伊佐美はすでにそう断定を固めていたが、確認のために、一羽仲間たちから少し離れた所にいた普通サイズのカラスに狙いをつけて、矢を放った。
矢はぴたりとカラスを射止め、カラスはばさりと音を立てて地に落ちる。
フォースフィールドの発現は見られなかった。
「見えたか? フォースフィールド」
伊佐美が尋ねると、ディッツァーは肩をすくめる。
「いや‥‥普通のカラスのようだな」
「じゃあ、やっぱりその女と大カラスがますます怪しいってわけだ」
「そうなるわね」
いきなり女の声がして、能力者たちは反射的にそちらを振り返った。
●遭遇
「誰だ?」
伊佐美が低く問いかけたが、女はそれには答えずに先ほど伊佐美が撃ち落としたカラスの所まで行き、その遺骸を拾い上げた。
「かわいそうに」
「かわいそう?」
伊佐美は詰め寄りかけたが、それを夜坂が制する。戦闘は極力回避が方針だ。
「貴女は?」
夜坂が努めて穏やかに問いかけると、女はからかうような笑みを浮かべて「あなたは?」と問い返してきた。
「私は夜坂桜、私達はこの町を調査しに来た者です」
「ヤサカ、オウ?」
「オウは、さくら、と書きます」
「桜‥‥そう、綺麗な名前ね。桜は好きよ。狂い咲く桜が、特に」
「‥‥貴女のことを教えていただけますか?」
顔には相手に警戒させぬよう笑みさえ浮かべつつ、夜坂は注意深く女を観察していた。
黒衣に包まれた体は余計に細身に見える。同じ色の長い髪と瞳、そしてその顔立ちが、彼女がおそらくは日本人であることを告げている。腰には得物らしい小太刀の鞘が見えた。
「私? 私の名前‥‥今は、夜の鳥と書くのが気に入っているの。鵺(ぬえ)‥‥わかる?」
「では、鵺さん。貴女は逃げないのですか? ここは、危険です」
「‥‥危険? あなたたちが来たから?」
鵺と名乗った女はカラスから矢を引き抜くと、その遺骸を離れた所にそっと置き、能力者たちに向き直った。
「‥‥」
エリクは、いつのまにか自分たちの頭上が先ほどまでと様子を変えていることに気づいていた。
カラスが集まってきているのだ。声も立てず、羽ばたきの音も極力抑えて、忍ぶように。
●合流
「ねえ、あれ」
カラスの群れが一箇所に固まりつつあるのを真っ先に見つけたのは、アズメリアだった。
「なんでしょう? あちらは、他のみんながいる方向では?」
神無月も目をこらす。
「行ってみるか」
高遠は手にしていたカメラを鞘に反射避けの布を巻いた得物に持ち替えると、カラスの集まる方へと走り出し、3人もその後を追った。
●撤退
何を聞いても女はのらくらと答えるだけで、埒が明かない。いい加減ストレスがたまってきたところへ、B班の面々が到着した。
民家の壁を背にしている女を中心として、扇形に陣が展開したかたちになる。阿吽の呼吸で、両班のスナイパーたちは素早く物陰に身を潜め、前衛となるべき能力者たちは前に立った。
「これで全員?」
顔色を変えることもなく、鵺はぐるりと能力者たちを見回した。
そして、おもむろに横笛を取り出し、唇に当てようとした。
瞬間、神無月は『影撃ち』を発動、アサルトライフルが火を吹いた。ほぼ同時、同方向から比留間もサブマシンガンをぶっ放している。
ばっと血が散って、笛は粉々に壊れた。鵺はその場にしゃがみこんだ。
「無粋な人たち」
撃ち抜かれた腕を押さえながら、鵺は暗紅のシャドーを差した目じりを吊り上げて立ち上がる。
「笛でカラスを操って人を襲わせやがったな?」
伊佐美が問いかけると、鵺は大声で笑った。
「まさか。この子達は自分の意志で行動する。人間は嫌い、私とは仲がいい。それだけよ」
言うが早いか、鵺は小太刀を抜き放って地を蹴った。同時に、カラスたちがいっせいに声を上げ能力者たち目がけて飛び立った。
的が黒い鳥たちの影に隠れてしまうと、伊佐美は大カラスを探し、そちらに向けて『鋭覚狙撃』で矢を放った。今度は確実にフォースフィールドが発生する。翼を撃たれながらもカラスは羽ばたきをやめなかったが、アズメリアの放ったソニックブームに胸元を切り裂かれ、大量の赤い体液を噴き出させながら地に落ちた。
キメラを一羽撃ち落としたが、ただのカラスとて侮ることはできなかった。
前後左右を問わず、あらゆる方向から迫るカラスの爪と嘴を前に、誰もが撤退を考える。
だが、鵺の小太刀を受け流すのが精一杯の夜坂とのタイミングがうまく計れないでいた。スナイパーたちも、後方援護をしようにもまともに狙いがつけられず、じりじりと後退しつつ時機を待つしかない。
「くそっ! 腕があと四本くらい欲しいぜっ!」
ライダーゴーグルで目元を守りつつ、ディッツァーは小太刀を振るいながら、夜坂のほうへ近づいていった。
夜坂が飛び退ったところへ、鵺との間に入り、『流し斬り』で切りかかる。その一撃を、鵺はすんでのところで自らの【OR】小太刀「厳雷」で受け止めた。
「次はあなた? いいわ、あの人、全然攻撃してこなくてつまらないから」
「黙りやがれっ」
ディッツァーは相手を押し戻そうとしたが、鵺は女とも思えない力で逆に押してくる。
「名前は?」
「‥‥ディッツァー」
「そう。あなたの赤い髪、綺麗ね。赤いもの、好きなの。火とか、血とか」
つばぜり合いが解ける刹那、女の赤い唇がにやりと笑ったかと思うと、ディッツァーは突然左の太腿に焼けつくような痛みを感じ、膝をついた。思わず見ると、太腿に深々と簪のようなものが突き立っている。
「それ、あげる。あっははははは!」
さらに切り込もうとする鵺の側面から、距離を詰めてきたアズメリアが『流し斬り』を放つ。
「させないっ」
鈍い手ごたえがあり、跳ね除けられたように鵺は後方に跳んだ。
能力者たちと鵺の距離がややできたところで、エリクが閃光手榴弾を鵺に向けて投げつけた。
辺りはまばゆい光に包まれる。
その隙に、夜坂はディッツァーを支え『瞬天速』を使って離脱していった。
「ちょっ‥‥いきなり投げないでよ!」
アズメリアの怒りの声を残して、能力者たちの気配はその場から消えた。
●傷
「‥‥つまらないわね。もう帰っちゃった」
カラスたちとともに村に残された鵺は、そうつぶやきながら腹を押さえた。
その指の間から、ぽたぽたと血がしたたっている。
「痛い‥‥」
自分の腹を割ったダークファイターの顔を思い浮かべ、鵺はまた笑みを浮かべる。
「でも、いいわ。久しぶりに生きているって実感できたから」
●報告
「ふざけやがって!」
ディッツァーは血のような赤瑪瑙がついた簪を引き抜くと、床にたたきつけた。
その足に、夜坂が黙々とエマンジェンジーキットで手当てを施す。
「とりあえずはよしとしよう。調査はほぼ完了だ」
高遠のいたわるような言葉に、ディッツァーはうなずくしかなかった。
帰還した能力者たちは、村の様子を現場で記録した写真やメモ等を用いて仔細に報告した。
結果、村の被害状況が確認され、それがキメラと「鵺」と名乗る強化人間の仕業であるとの判断がなされた。
だが、カラスを掃討すべく軍が出向くより先に、村は炎に包まれ、その全てが灰となってしまったのである。