タイトル:悪のキノコと演歌歌手マスター:牧いをり

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/12/02 11:20

●オープニング本文


 秋も深まってきたある日。
 碓氷幸(gz0147)は、十数人のグループとともに、のんびりと山の中を歩いていた。
 薄手のセーターにジーンズというラフな格好で、この装いからでは彼女が演歌歌手であると見抜く者はいないだろう‥‥それは要するに、彼女の顔がほとんど売れていないということでもあるのだが‥‥。

 だが、彼女一人(とその先生兼マネージャー)が若く、グループのほかのメンバーがおしなべてお年寄り、ということになにがしかの疑問を抱く人もいるかもしれない。

「さっちゃん、写真よりも若いなぁ!」
「はあ、いつもは着物ですから。フケて見えるんかもしれないです」
 初対面の人に「さっちゃん」と呼ばれるのは初めての体験だったが、幸にはむしろ嬉しかった。
「いやあ、年寄りばっかりで悪いけど、今日はよろしく」
「飴ちゃん、いる?」
「今日はええ天気や」
「それにしても別嬪さんやね、さっちゃんは」
「歌もうまいし、わしがあと30若かったらなぁ」
「30ではきかんやろ」
「えへへ‥‥ありがとうございます」
 好き勝手におしゃべりをするお年寄りたちだったが、幸はもともとおじいちゃん・おばあちゃんっ子。故郷にいる祖父母のことを思い出して、懐かしくまた楽しくもある。
「さあさあ、そろそろ行きましょか。歩きながらでも話はできるし」
「へえへえ」

 幸を囲むようにして、ぞろぞろと歩き出すお年寄りたち。
 そう、そのお年寄りたちは、彼女の「ファン」なのである。


 成り行きは幸にもよくわかっていなかったのだが、とにかく、とあるお金持ちのご婦人が幸の歌をいたく気に入った、ということで、「ぜひ幸に会いたい」と達筆のファンレターを送ってきたのである。
 ファンレター!
 初のファンレターに、幸は思わず落涙したものである。

 時間だけはある売れない演歌歌手、喜んでお会いしたい、と返事をしたところ、どうせ会うのなら大勢でにぎやかに楽しくいこう、ということになったらしく、ご婦人は自分の友人たちを呼び集めてくれた。
 幸としては、どこかでお茶かお食事でもして‥‥ぐらいにしか考えていなかったのだが、ご婦人はいきなり「碓氷幸さんと木野子狩り遠足」の企画を提出してき、そんなわけでなんだか流されるままに今日の遠足の日を向かえたのである。

 好天にも恵まれ、さくさくと落ち葉を踏み分けて山歩き。2時間ほどもキノコを探したら、採れても採れなくてもふもとに戻ってキノコ三昧、という予定。
 おじいさん、おばあさんたちも楽しそうで、幸も一歌手であるというよりも、ほとんど「孫」としてふるまっていた。

 何せ油を売りながらのキノコ狩りだったので、カゴいっぱいというほどでもなかったが、各自そこそこの収穫に喜び、そろそろ下山しようかといった頃。

「ひええええええ」

 おばあちゃんの絹を裂くような叫び声。

(「わ、もしかして!」)

 慌てて幸が駆けて行くと、おばあちゃんが落ち葉の上にへたりこんでいた。
 そして、その指さす先には‥‥。

 自分の背丈ほどもありそうな巨大キノコが5本ほど、わらわらぴょこぴょこ跳びはねている。
 たいして強そうでもないのだが、どれもこれも毒々しい色をしていて絵的に不気味。そして、はねるたびにキラキラと何か粉のようなものが飛び散っている。
「キノコのお化け‥‥?」
 きょとんとなった次の瞬間、幸は急に可笑しくて可笑しくて仕方なくなり、ケラケラ笑い出してしまった。
「キノコのお化け、お化けー! ってアハハ、お化けとちゃいます、キメラやっちゅうねん!」
 幸はなおも笑いながら、とりあえず腰を抜かしているおばあちゃんをおんぶして走り出した。

「センセ、キメラです! 逃げんと! 早く傭兵さん、よ、呼んで!」
 笑いながら叫んだのだが、何かおかしいと察知してくれたらしく、マネージャーとお年寄りたちは急いで下山を始めた。
 キノコたちは跳びはねながら追ってくる。

「も、もうほんまに腹立つわ! けど、なんか可笑しいし!」

 怒っているのか笑っているのか、なんだか自分でもよくわからないまま、幸は落ち葉や木の根に足を取られそうになりながらもひたすら走った。

「ああもう、どっかで傭兵さんたち、キノコ狩りしてへんやろか。傭兵さんがキノコ狩り‥‥キノコやて、あはは、うふふ‥‥く、苦しい‥‥」

●参加者一覧

幡多野 克(ga0444
24歳・♂・AA
アヤカ(ga4624
17歳・♀・BM
辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN
桜塚杜 菊花(ga8970
26歳・♀・EL
結城加依理(ga9556
22歳・♂・SN
野之垣・亜希穂(gb0516
26歳・♀・DF
リヴァル・クロウ(gb2337
26歳・♂・GD
エリス・リード(gb3471
18歳・♀・FT

●リプレイ本文

●悲鳴?
 碓氷幸はワライダケのせいで意味もなく笑いながら、泣きそうな思いで走っていた。
 おばあちゃんと言っても羽根のように軽いわけではないし、絶えず腹筋を使いながら落ち葉の山道を走るのはけっこうな重労働。

 ああ、もう限界‥‥。

 思った瞬間、つんのめって転んでしまった。
「ひゃっ」
 おばあちゃんをすっ飛ばさなかったのはよかったのだが、打ちつけた足が痺れて立ち上がれない。

 そうこうする間にも、キノコは5本並んで跳びはねながら近寄ってくる。
 青、ピンク、赤、黄、緑とどこかで見たような色の取り合わせ。
 立ち上がれないままずるずると後退する幸の上にキノコの影が落ちる。
 幸は思わず叫んだ。

「キノコレンジャーに踏みつぶされて死ぬなんて絶対イヤやあああぁぁ!」

●居合わせ組
 同じ山で、桜塚杜 菊花(ga8970)はキノコを探していた。
「きのこっきのこっ♪ マツタケも見つかったらうれしいな〜♪」
 おいしいキノコ鍋を作ろうと張り切って探す。
「あ、はっけーん!」
 もぎっとキノコを採って、腰のカゴに放り込んだその時、悲鳴らしきものが聞こえた。
「なんだろ‥‥?」
 菊花は持参の鬼包丁を確かめつつ、悲鳴の聞こえた方向へ走り出した。

 同じ山、別の場所で、幡多野 克(ga0444)も同じくキノコ狩りにいそしんでいた。
「キノコ‥‥意外と‥‥採れるね‥‥」
 たくさん採れて静かに喜んでいたところ、どこからか悲鳴が。それも、どこかで聞いたことがあるような気がする声。
「もしかして‥‥碓氷さん‥‥!?」
 克は声のしたほうへ反射的に走り出していた。
「キメラに‥‥手出しはさせない‥‥絶対‥‥」

 同じ頃、同じ山で、結城加依理(ga9556)はキノコ狩りを終えて、そろそろ山を下りようとしているところだった。
 たくさん採れた旬のキノコは、背中のリュックに収まっている。
「これも、『キノコの上手な採り方』を読んだおかげかな」
 上機嫌で山を下りていると、背後でガサガサと乱れた足音がした。
「‥‥?」
 振り返ると、年配の男性が駆け下りてくる。
「どうしましたか」
「きめら、キメラ‥‥」
「キメラが出たんですね!?」
 うなずく男性。加依理は男性に麓への道を示すと、自分は彼が来た方向へと上っていった。

「ここはどこなのかしら?」
 野之垣・亜希穂(gb0516)は、やはり同じ山に紅葉狩りにやってきていたのだが、「あちらに赤が、こちらに黄色が」と楽しんでいるうちにすっかり道に迷ってしまっていた。
 まっすぐ進んでいればいつかはどこかへ下りられるでしょ、と豪快に考えて歩いていると、どこかから叫び声が。
「何かしら?」
 草木を掻き分けるのに便利だろうと持ってきたサベイジクローで、ガサリと目前の草を分けてみると、下のほうに逃げ惑っている人影が見える。
 亜希穂はすべらないように気をつけながら、山道を駆け下りていった。

●駆けつけ班
「キクラゲって、クラゲじゃなくて、キノコなんだニャ!」
 にっこり八重歯。

「はい、お疲れ様でしたー」
「お疲れニャ」
 マルチタレントのアヤカ(ga4624)は、バラエティー番組の茸の特番のために、件の山の麓に来ていた。
 丁度収録が終わったとき、にわかに辺りがあわただしくなり、見ると、武装した能力者たちが山へ入っていこうとしている。
「どうしたニャ?」
 追いかけて尋ねてみると、フェイスマスクの向こうから、「この山に、キノコキメラが出たらしい」とリヴァル・クロウ(gb2337)が答えた。
 同じく駆けつけてきた辰巳 空(ga4698)は、胞子対策として、ロケを行っていたスタッフからタオルを入手、それを濡らして準備する。
「あたいも行くニャ!」
 リヴァル、空、エリス・リード(gb3471)にアヤカも加わり、4人は山へと入っていった。

●めぐりあい、山
 もうあかん、と幸がぎゅっと目を閉じたところ、すぐ前でザッと音がして枯れ葉が舞った。
 おそるおそる目を開けてみると、
(「は、ハイヒール‥‥?」)
 おそるおそる見上げてみれば、自分たちをかばうように一人の女性がスラリと立っている。
「大丈夫? 早く逃げて!」
 菊花はキノコに向き直り、鬼包丁を構えた。
「キノコめ! 食材の分際で人間様に牙を向くとは何事か! 大人しく鍋におさまりなさい!」

(「か、カッコイイ‥‥」)
 シビれつつ、幸はおばあちゃんを促し自分も避難しようとした。
 するとそこへ、背後からペタペタいう音が近づいてくる。
「みんな、大丈夫?」
 声のほうを振り返ってみると、水着にビーチサンダルをはいて、日本髪に結った亜希穂の姿が。
 目をぱちくりさせる幸と、入れ歯を落としそうなおばあちゃんにウインクを送って、亜希穂も戦闘態勢に。
 そこへ克と加依理も駆けつけてくる。
「あ!」
「あ‥‥やっぱり。もう大丈夫だからね」
 幸は(乙女フィルターを通して)現実とは少し違った光景を見ていたが、割愛。
 ちなみに克は、幸がヘンな笑いを浮かべているのを見て、状態異常でもあるのだろうかと思っていた。

「落ち着いてください、大丈夫ですから‥‥・」
 おたおたしているお年寄りに、加依理は優しく呼びかけ、ときには手を引いて避難誘導。
 一度落ち着けばお年寄りたちもかくしゃくとしたもので、加依理の誘導に従いスムーズに避難を始めた。

 さらに、キノコの背後を取る格好で麓から4人が駆けつけてくる。
「通報を受けて来た、救助を支援する」
 リヴァルは呼びかけつつ刀を構える。
「あれー、碓氷さん」
 エリスは幸の姿を目に留め、手を振って挨拶した。
「‥‥っていうか、なんで笑ってるの?」
「ワライダケがいるようですね」
 答えると、空は準備してきたタオルで口元を覆った。
「‥‥ワライダケ、だと‥‥?」
 フェイスマスクをかぶっていても、どれがワライダケなのか気になるリヴァル。
 人前で笑うことは是が非でも避けたい彼、ちょっとドッキリ。

「僕は皆さんを連れて先に下山します」
 加依理は他の能力者たちに呼びかけ、幸やお年寄りたち一行のしんがりを守りつつ一足先に下山を始めた。

 心置きなく戦えることになった能力者たちは、目前のキノコに集中した。
「さあ、刈り取って‥‥って、文字通りキノコがりね」
 大鎌「ノトス」を構えるエリスは、フェイスマスクの向こうで苦笑まじりにつぶやくや、『流し斬り』と『豪破斬撃』を発動、キノコの不意を突いて攻撃をしかける。
 黄色のカサがざっくり裂けて、ぶわっと胞子が飛び散った。
「おっと」
 能力者たちは素早く距離を取る。
 だが、亜希穂はサベイジクローを腕に、胞子をものともせずに突っ込んでいった。
「超接近戦は覚悟の上よっ」
 緑色のキノコに『流し斬り』で切り込む。4本の爪跡がキノコの軸に走るや、キノコはふるっと震えて、胞子を振りまいた。
「くさっ!」
 緑青のような色をしたかび臭い胞子が飛び、さしもの亜希穂も新鮮な空気を求めて飛び退る。
 それと入れ違うように、胞子で煙る空気を裂いて衝撃波が飛ぶ。克が放った『ソニックブーム』だ。
 さらに飛び散る青っぽい胞子。

 胞子が乱れ飛んでえらいことになってきたが、
「にゃ! 頑張るニャ〜☆」
 麓で素早く用意してきたフェイスマスクをつけ、アヤカは『紅蓮衝撃』を発動、真ん中の赤いキノコを狙う。
 どのキメラを退治するか考えた時、こういうときはたいてい真ん中がリーダーだと根拠なく思ったからである。
 赤キノコの懐に飛び込み、エクリュの爪で切り裂き、さらに砂錐の爪での蹴りを叩き込んで、『瞬速縮地』で高速離脱する。
 キノコは前のめりにばったり倒れたが、ばふっと胞子が飛んだ。
 ついで、タオルで口を覆い、盾を構えつつ進み出た空が、緑色キノコを『獣突』で弾き飛ばす。
 空はなおもキメラを追おうとしたが、弾き飛ばされた先ですでにキノコは動きを止めている。

(「一気に勝負をつける」)
 リヴァルは『豪破斬撃』『豪力発現』『急所突き』のスキルを発動、息を止めて斬りこんだ。
 まったく食欲をそそらない青色のカサが、ず、と斜めにかしぐと、ぼたりと地面に落ちた。
「さーて、おいしいキノコ鍋にしてさしあげてよ!」
 ギラリと光る鬼包丁で、菊花は黄色キノコをざくざくと切り刻んでいく。
 だが、
「けほっ」
 近づいたときに胞子を吸ってしまい、息が詰まって後退する。
「まだまだニャ!」
 アヤカは再び爪で追撃、黄色キノコの息の根を止めた。
 遠距離から再び克が『ソニックブーム』を放ち、エリスの死神の大鎌がキノコの根元のほうからざくりと刈り取った。

 こうして、いまいち何がしたかったのかよくわからないキノコキメラたちは、能力者たちの前に倒れ伏した。


「どれが食べられそうだと思う?」
「‥‥青‥‥がめずらしい‥‥味がしそう‥‥かな‥‥」
 食す気満々の菊花と克。
 キノコキメラをその場でさばき、適当にカゴに入れて持ち帰ることにした。

「見た感じは完全に毒キノコね。食べないからどうでもいいけど‥‥」
 離れた所で、ボソリとつぶやくエリス。
「キメラのキノコって食べるのは‥‥どうも‥‥」
「俺は遠慮する」
 空とリヴァルも引き気味。
「それより‥‥装備品にキノコが生えないように、しっかりとメンテナンスをしておいたほうがいいと思いますよ」
 空の言葉に、能力者たちは愛用の武器からキノコが「コンニチハ」と生えてくるの図を思い浮かべる。

「そうします‥‥」
 声が重なった。

●麓にて
 仕事終了後、能力者たちは麓に下りていくと、旅館でお年寄りたちが今か今かと能力者たちを待っていた。
 戻ってくると、お年寄りは口々に礼を述べ、写真を撮ったり孫の話をしたり拝み出したり。
 そうこうしているうちにキノコや山菜を使った料理もできあがって食卓に並べられていった。

「コレ僕が取ってきたものだけど、良ければ食べてみてください」
 一足先に下山していた加依理は、皆を待つ間に調理しておいたキノコ料理をそっと置いた。
 麓で買ったばかりの『初心者用茸料理』という本を見て作ったのだけれど、できばえはなかなかのもの。
「マイタケとシメジの天ぷらとか、ナメコのお味噌汁とかも食べたいニャ〜☆ キノコ汁も食べたいニャ〜☆」
 ずらりと並んだ山の幸に、アヤカは満面の笑み。キノコはカロリーが低いから太りません。太りませんとも。
「あたいも採ってきたニャが、どれが食べられるか、わかるかニャ? 毒キノコの見分け方も知りたいニャね〜」
「調べてみましょう」
 加依理は持ってきた『キノコの上手な採り方』と『マツタケの心得』を出してきて、アヤカと一緒にキノコを調べることにした。


 さて、皆の食事が進む中、幸は全然箸をつけずに思い切りヘコんでいた。
 どこに行ってもキメラに出会う。自分が悪いわけではないとわかっていても、なんだかつらい。

「碓氷さん、久しぶりー」
「あ‥‥エリスさん‥‥?」
「私のこと覚えててくれた?」
 前に会ったときは眼鏡をかけていたし、物静かな印象だったので、幸は一瞬見分けられなかった。
 それがわかって、エリスは「こういう性質なんだ、私」とにっこり笑う。
「食べないの? キノコ、おいしいよ」
「私、疫病神なんとちゃうか‥‥と思って‥‥」
「‥‥元気出しなよ。ほら、キメラも惹かれるくらい魅力的ってことだよ、きっと」
 とエリスは励ましたが、ちょっと舌を出して、
「さすがに無理があるかな‥‥。でも、キメラが出てもまた助けるから大丈夫だよ!」
「エリスさん‥‥」
 その言葉が嬉しくて、涙が出た。しばらくしくしく泣いていると、
「どうしたの‥‥? ‥‥泣きキノコ‥‥でも、食べた‥‥?」
 きょとんとした克だったが、理由を聞いて、
「‥‥俺も仕事外で‥‥キメラに会うとは‥‥思わなかった‥‥。
 今は‥‥本当に安全な場所なんて‥‥ないのかも‥‥しれない‥‥。もっと俺達が‥‥頑張らないと‥‥いけないんだろうけど‥‥」
「そんなこと‥‥ないです。みなさんは、すごくがんばってくださってますぅ‥‥」
 がんばっている能力者たちを困らせて、とますます情けない気分になる。
「さっちゃん、大丈夫? こんなのたまたまだって」
 菊花も見かねて声をかける。
「あんまり気にしすぎるとハゲるよ? せっかくの綺麗な髪なのに」
「は、ハゲ‥‥?」

 続いてリヴァルが口を開く。
「現在の情勢でバグアやキメラと無関係で居れる人間はいない。それが表面化しているかどうか、というだけの話だ」
「‥‥そうでしょうか」
「君がその事を不幸と思うかどうかについては勝手だが‥‥自分を励ますことができん人間が他人を励ますことなど不可能だ。
 初めて会った時の言葉が本当ならば、励ましてみてはどうかね。まずは自分を」
 そして、頭にぽんと右手を乗せ、
「いずれ励ます人々のために、君がしっかりしなければな。‥‥また何かあれば呼ぶといい。以上だ」
 何度もうなずきながら幸は礼を言おうとしたが、言葉にならず、顔を両手で覆って泣いてしまった。

(「‥‥みんな、なんてええ人たちなんやろ‥‥」)

 幸はいきなり顔を上げて席を立った。
「私、がんばります!」
「そうそう、自分をハゲますのが大事!」
「はいっ!」

 その後、一曲歌うと、亜希穂が「あたしもファンになっちゃった!」と、ファンになってくれた。
「わ、私こそ‥‥ファンです!」
 亜希穂の個性的な魅力(と度胸)に、幸はとても憧れていたのである。
「ホント? じゃあ、ステキな日本髪の結い方、教えてあげるわ」
「わ、ありがとうございます!」

●キメラを食す
「蛸‥‥西瓜‥‥いろんなキメラ‥‥食べてきた‥‥。キノコはどんな‥‥味がするかな‥‥」
 菊花にぶつ切りにされたキメラは、美しい料理になって現れた。
 が、試してみたのは克と菊花の二人だけ。

「んー、んっまーい! マツタケみたいな香り、するよねっ?」
「‥‥うん‥‥する‥‥かも‥‥」
「歯ざわりもいいし、ほのかに甘い。アタリねー♪」

 何がアタリだったかは、後でお二人に聞いてみてください。


 それをよそに、空は黙々と武器に付着した胞子のサンプルを取っていた。
 本部に戻ったら、サンプルの一部を渡して、調べてもらう予定。
(「残りは冷凍して保存しておこう‥‥」)

 何に使うのかは、秘密。

●シシマイマニア?
 食事も終わって別れ際、克はふと思い出したことがあって幸に問いかけた。
「そう言えば‥‥前に聞きそびれた‥‥けど‥‥。碓氷さんって‥‥シシマイ好きなの‥‥?」
「? 好きか嫌いかと言われたら、別に嫌いやないですけど」
 思い切り勘違いしている克に、幸は思い切り素で答えてしまった。
「そう、なんだ‥‥」
 克の微妙な反応に、幸はぽかんとしていた。

 だが、能力者たちを見送った後、もう一度よく考えてみて、
(「ちょっと待って。‥‥ひょっとして私、『シシマイに噛まれるのが好きな女』って思われてる?」)
 自分のすっとぼけた返答を激しく後悔したのであった。