タイトル:mon ex copainマスター:牧いをり

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/11/24 01:02

●オープニング本文


 行くわけないでしょ。
 行くわけないわよ。
 絶対に行かない。
 行くものか。

 そう何度も自分に言い聞かせたが、結局私は来てしまった。

 ‥‥断る言葉が見つからなかったのよ。

 次はそう自分に言い聞かせるが、空しさを禁じえない。


 友人の結婚式。
 快晴。心地よい風。郊外の教会。
 晴れがましい表情をした、初々しい新郎新婦。

 私は新郎とも新婦とも交流があったが、彼らが招いた客とはほとんど接点がなかった。
 おのずと一人きりになるが、それでよかった。

 鐘の音。
 祝福の声。
 舞い散る花びら。

 幸せそのものの二人を見るにつけ、自分がこの場にふさわしい人間だとは思えなくなってくる。
 まして、こんな幸福の光景が私を待っているとは到底思えなかった。

 式はつつがなく終わり、そのまま帰ろうかという思いがちらと胸をよぎったが、「おめでとう」とだけ告げておくことにした。そこに意地の悪い気持ちがなかったとは言い切れない。

 私が二人に近づいていくと、新婦のサキのほうから声をかけてくれた。
「レン、来てくれたんだ‥‥今日は仕事は休みなの?」
「まあね。そんなに毎日毎日戦っていられないわ」
「本当に心配しているのよ。気をつけてね」
「大丈夫よ。‥‥お幸せに」
 皮肉に聞こえるのが怖くて、私はことさら素っ気なく祝福を述べた。
 これ以上サキのよそよそしい声を聞くのも嫌だ。

 かといって、新郎のほうを見る勇気はなかった。
 声を聞く勇気もなかった。
 なのに‥‥ここへ来てしまった。

 前の恋人。
 私が能力者となってからは、すれ違うことが多くなって、結局別れてしまった。

 傭兵になるまでは、バグアやキメラの影に不安を覚えつつも、ごく普通の生活をして、普通の恋をして、もうそろそろ結婚の申し込みをしてくれてもいいのではないだろうかと人並みに焦れたりした。
 だが、ふと目に留まった適性検査実施の報せが全てを変えた。
 私は「能力者」で、彼は「一般人」。
 自分が能力者であることに誇りこそあれ後悔はない。
 後悔があるとすれば、傭兵となった日から知らず知らずに彼と距離をとってしまったこと。
 私はいつどうなるか知れない身であり、家を空けることも多くなる。
 戦場の話を彼にしたいとは思わない。
 彼との距離が急に遠くなったと感じるようになり、彼もそう感じたのだろう。どちらからということもなく、私たちは疎遠になっていった。

 友人は私と彼のことを知っている。
 彼と彼女を引き合わせたのは私なのだ。

 別れて数ヶ月して、結婚式への招待状。
 来てほしいのか来てほしくないのか、よくわからなかった。
 来てしまった私を、彼らは迷惑に思っているのではないだろうか? あるいは、嘲っているのでは?
 私はいたたまれなくなって、うつむいた。一刻も早くこの場を立ち去りたい。

 おめでとう。

 顔を上げないまま無理やりに口に出して言おうとしたとき、突然悲鳴があがった。

 誰かが「キメラだ!」と叫ぶ声が、妙にはっきりと私の耳に届く。
 反射的に振り向いた先に、赤いたてがみを震わせる、獅子のような大きな獣を確認する。
 ‥‥3体。
 炎を吐く赤い獣キメラだ。

「早く逃げて!」

 的確な指示のできない自分がもどかしかったが、今は少しでもキメラの気をこちらに引きつけるしかない。
 武器は持っていないが、他の人よりはキメラに対する恐怖心は少ないはずだ。
 今、私にできることをしなければ。

 ――これが私の仕事なのだから。

●参加者一覧

御山・アキラ(ga0532
18歳・♀・PN
夕風 悠(ga3948
23歳・♀・JG
木花咲耶(ga5139
24歳・♀・FT
加賀 弓(ga8749
31歳・♀・AA
時枝・悠(ga8810
19歳・♀・AA
瑞姫・イェーガー(ga9347
23歳・♀・AA
ルチア(gb3045
18歳・♀・ST
白兎 霞澄(gb3124
16歳・♀・DG

●リプレイ本文

●「きみには、ぼくが必要なのか?」
「皆様、落ち着いてください。安全な場所へ誘導いたしますので、あわてないでください。騒ぎますと逆に危険ですわ」
 現場に到着するや、木花咲耶(ga5139)とルチア(gb3045)は、すぐさま出席者たちの誘導を始めた。
 彼女たちを能力者と見とめた人々は、圧倒的な恐怖の中に一筋の光明を見出しかのように、指示する方向を目ざして逃げ始める。
「大丈夫?」
 ルチアは転んだのか倒れている少女に『練成治療』をかけた。彼女が立ち上がれるほどに回復すると、泥に汚れている顔をそっと拭ってやり、「あちらですっ」と少女に逃げ道を示す。少女が走り出すと、ルチアも再び立ち上がった。
「‥‥あっ」
 キメラの吐き出した火球が迫ってくるのを目にし、木花はエアストバックラーを構えて走り出た。激しい熱波と衝撃を身を挺して遮り、その間に数人が無事に戦場から離脱していく。

 猛獣キメラは逃げ惑う人々を品定めするように見渡し、そのうちから己の獲物を選び出すと、各々地を蹴って走り出した。
 炎を吐き、近くを逃げ惑う者を跳ね飛ばしながら、あるものはすぐそばにいた太り肉(じし)の男性を狙い、別のものは若い女性に目をつけ、最後のものは教会前で戸惑っている人々の群れのほうへ。

 赤い猛獣キメラは男性の前に立ちはだかると、恐怖に射すくめられた男性を、猫が鞠でも転がすように前足で跳ね飛ばした。ぐしゃり、と鈍い音をあげ、ごろごろと地を転がる男性。その体に追いついたキメラが、男性を引き裂こうと大口を開けた。
 男が声にならない声で悲鳴を上げたとき、頭上で硬いものが激突しあう音が響き渡る。
「‥‥間に合ったようだな」
 無表情のまま、御山・アキラ(ga0532)はさらに力を込めてイアリスで押し返す。逃げ惑う人々の間を全速力で駆け抜け、今にも喰われそうな男性を見るや『瞬天速』で一気に距離を詰め、獣の牙を受け止めたのだ。
 怒ったキメラの前脚の一撃を素早くかわし、ミラージュブレイドでしっかりと「みやげ」をその前脚に刻む。
 倒れている男性にちらと目をやったが、下手に動かせる傷ではない。
 駆けつけてくる柿原ミズキ(ga9347)とアイコンタクトを交わすと、
「ここはボクが引きつける!」
 柿原は叫んで了解を知らせ、キメラにくず鉄を投げつけた。命中したくず鉄は、ダメージを与えることはなかったものの、キメラの気を引くことには成功する。
「これ以上好き勝手させる訳にはいかない」
 キメラの前に立ちふさがり、にらみつけると、キメラは牙を剥いて咆哮をあげた。むっと生臭い風が吹きつけてきたあと、空気が急激に熱を帯びてくる。
 ごおっと音を立てて、キメラが吐き出した炎弾が柿原を襲った。
「アチっ!」
 柿原は地面を転がりながらなんとか直撃を避けた。素早く立ち上がると、ちょっと焦げてしまった服の裾をパン、と軽く払う。
「あともう少し遅かったら火だるまだったじゃないか!」
 柿原が蛍火をかまえてキメラの隙を狙うその間に、御山は救急セットで手早く男性に応急処置を施していく。

 若い女性に襲いかからんとしているキメラを目にとらえると、夕風悠(ga3948)は走るのをやめてひとつ息をつき、弓に矢をつがえてキメラを狙った。
「人生で最も幸せな日を襲うなど、許せませんっ‥‥!」
 放った矢は、数十メートルを一気に飛んでキメラの肩口に当たった。深く突き刺さることはなかったものの、キメラは足を止めて痛みの元凶を探し始める。
 続けて『即射』を発動し、息つく間もなく次の矢を放つ。第二矢、第三矢と次々に飛ぶ矢がキメラをその場に釘付けにする。
 その間に距離を詰めてきた時枝・悠(ga8810)は、月詠と刹那の『二段撃』を叩き込んだ。
「空気を読まん化け猫は、ナマスに刻んで狗の餌、だ」
 返り血を浴びながら言い放つと、返す刀でキメラの爪の追撃をなんとか受け止める。怒りに任せた力に押され、跳ね飛ばされたかと見えたその姿は、次の瞬間にはキメラの横に回り『流し斬り』を放っていた。
 猛獣キメラは毛皮を血に染めながらも、戦意を喪失することなく時枝を追ってくる。
「瞬殺、とはいかんか」
 時枝は呆然としている女性を叱咤して避難をうながし、夕風の援護を待ちつつ呼吸を整えた。

 レンは教会の建物の近くで、教会の裏、キメラがやってきたのとは逆方向へ逃げるよう客たちに指示していた。
 そうしておいて、教会に向かってくるキメラの気を引くために、一人その前に走り出る。猛獣の前に立ちはだかってみたものの、レンには攻撃の術はない。回避に集中し、キメラの足をとどめておくのが精一杯だ。
 そこへ、別の方向からキメラの怒りの咆哮が耳に届いた。
「‥‥?」
 誰かキメラを攻撃している者がいるようだ、と気づいたとき、炎弾が足元で炸裂する。
「ちっ」
 跳び退ろうとすると、履き慣れない小さな靴のヒールが折れて、レンはバランスを崩した。
 ざまぁない、これまでか、と覚悟を決めかけたとき、銃声が響き、被弾した猛獣は苦痛のうめき声を上げた。
 はっと顔を上げた先に、レンはリンドヴルムを見とめた。
「女の子のあこがれの結婚式を壊すなんて! 乙女の純情を踏み荒らすことは絶対に許せませんっ!」
 怒りに燃える白兎 霞澄(gb3124)は、スコーピオンでさらにキメラに弾丸を浴びせかけて牽制する。
 レンが「能力者の救援が来たのだ」と一瞬置いて理解したそのとき、すぐ近くから呼びかける声がした。
「大丈夫ですか!?」
「あ、あなた‥‥」
 助け起こしてくれた能力者の顔を見て、レンは目を丸くする。
「結構式を襲うとは、本当に無粋なキメラですね」
「どっかで会ったわね‥‥って、私たちが出会うとしたら、戦場しかないか」
 加賀 弓(ga8749)はその言葉にちょっと微笑むとレンを立ち上がらせ、上着の軍服を脱いで彼女に貸し与えた。
 ないよりはマシという程度ですけれど、と少しすまなそうに言い、ついで鬼蛍とアラスカ454を差し出す。
 レンは迷わず刀を選んだ。
「こっちのほうが性に合う。遠慮なく借りるわ」
「貸すだけですからね。これが終わったら必ず直接‥‥自分の手で返してくださいよ」
「あなたこそ。自分で受け取ってよね」
 にっと笑ってレンが斬りかかり、白兎の放つ弾丸がキメラの脚部を確実に傷つけてゆく。痛みと怒りに我を忘れ、キメラは闇雲に暴れ出した。
「マズい!」
 3人は、避難中の人のほうへ突進していくキメラを追って走り出した。

 避難中の一団にキメラが迫るのを見るや、木花とルチアもそのキメラを迎え撃つべく駆け出していた。
「あなたの相手は向こうにいますので、こちらには来ないでください」
 盾を用いて出席者たちを守りながら、巧みに敵と一般人との距離を広げていく。
「こ、ここから先へは行かせませんっ!」
 ルチアも超機械「トルネード」で竜巻を発生させ、キメラを追撃する。

「お相手は私達ですっ!」
 白兎は叫んで、アーミーナイフを手にキメラに接近、『竜の咆哮』を発動して、キメラを人のいない方向へさらに押し返す。
 すかさず加賀のアラスカ454が火を吹き、焼け焦げた地面にキメラの鮮血が飛んだ。

●「必要だとかそうでないとか‥‥
 男性の応急処置が終わると、御山は再び二振りの剣を構えた。うまく柿原がキメラの注意を引きつけているのを再確認して、キメラの死角を襲うべく素早く回り込む。猛獣が炎を吐き出そうとしているのに気づくと、御山は『瞬速撃』の目にも留まらぬ一撃を放ち、炎弾を阻止した。
 注意を引きつけつつも、決定的なダメージを与えられないままだった柿原だが、御山の一閃でできた隙を逃さず、『両断剣』を思い切り振り下ろした。
 だが、キメラの死力を振り絞った攻撃になぎ払われ、柿原はズッと地面をすべる。
「いったーいっ!」
「これで終わりだ!」
 御山のイアリスが獣の頚動脈を断ち、キメラはついに地に倒れたまま動かなくなった。
「無事か?」
「結局、無茶しちゃたな」
 元気よく立ち上がって、柿原はちょっと笑って肩をすくめてみせた。

 一度距離を取った時枝は、だが長くは休まずキメラに対して剣を振るった。別々の輝きを残して、『二段撃』の刃が猛獣を切り裂く。
 苦し紛れに炎弾を使おうとする猛獣の顔を目がけて、夕風は『強弾撃』を発動して弾頭矢を射ち込んだ。
 ひと際高い声で鳴くと、キメラは一足後ずさったが、今度は夕風に向かって炎を吐き出してくる。
「あつっ!」
 塊は避けながらも、熱がじり、と肌を焼く。
「二度とこんな場所に出てくるなぁ!」
 急所を狙った矢があやまたずにキメラに突き立ち、時枝の太刀が閃いて、猛獣キメラは絶命した。

 最後のキメラは、自分の最初の獲物‥‥つまり、レンに狙いを定めていた。
 装備の薄いレンはあちこちに傷を作ったが、その程度で済んでいるのは加賀と白兎のカバーがあってこそのことだ。
「助太刀いたします」
 避難誘導を済ませた木花は、遠距離からソニックブームを放った。
「お仲間をいじめる輩は許しませんわ」
 乾いた空気を裂いて衝撃波はまっすぐに進み、キメラを直撃する。
 加賀のアラスカがキメラの頭部近くを襲い、続く白兎の一撃を受けて、キメラはとうとう最期のときを迎えた。

 白兎はしばしの間キメラを見つめていたが、やがて、なんとか燃え残った教会を振りあおいだ。
 キメラを許すことはできない。だが、彼らにも別様に生まれる可能性はあったのかもしれない。
 ‥‥もっと別の生き物に。
「次にこのキメラたちが生まれ変わる時は、きっと愛を知る生き物でありますように‥‥」
 白兎はそっと祈りを捧げた。

●‥‥考えたこともなかった」
「ふう‥‥なんとか生き延びられたってワケか。あなたたちのおかげね。感謝します」
 レンは戦い終えた能力者たちをぐるりと見回し、
「なによ、女ばっかりじゃない」
 今の今気づいた、という様子でクスリと笑った。
「式をキメラに襲われるとは、幸先の悪い話だな」
 御山がずけりと言うと、レンはぷっと吹き出した。
「そんなこと、新婦の前では言わないでね。一応私の友だちなんだから」
「そうなんですか?」
「そう。で、新郎は元カレ。笑っちゃうわよ」
 戦闘が終わってほっとしたのか、レンはさらりと事情を話した。
「能力者になって、いろいろ変わったわ。当たり前だけどね‥‥。でも、あいつのことは正直つらかった。だから、まだ『おめでとう』を言えていない。バカみたい」

 それまでじっと聞いていた夕風は、レンが話し終わると小さなため息をついた。
「‥‥でも、好きな人が‥‥大切な人がこの世で生きているってわかっているだけでも、きっと‥‥」
 そこでふっと口をつぐみ、わずかの間続けるかどうか躊躇したが、
「‥‥いえ、何でもないです」
 ほんの少しだけ寂しそうな表情で、夕風は空を見上げた。
「そう‥‥。そうかもしれないわね。道は一緒ではなかったけれど‥‥同じ時を生きていられるのだものね」
 ありがと、とレンは夕風に礼を述べた。

「いつまでも過去を気にしておりましたら向こうも気にしてしまいますわ。あなたは傭兵として生き、あの二人は一緒になることを選びました。もう過去のことです。開き直って友達に、『あの人の事頼むわね。おめでとう』と言ってあげたらどうですか」
 木花の言葉に、レンはちょっと驚いたような顔をした。
「あなた、見かけによらずハッキリしてるのね。‥‥まあ、あなたの言うとおりよ。もうどうしようもないっていうのはわかっているんだけど」
 言いながら、レンは借りていた上着を脱いで、加賀に「ちょっと汚れちゃったけど、ごめん」と返した。
 受け取りながら、加賀はレンに言葉をかける。
「私は、今は言えなくてもいいと思いますよ‥‥そう思えないのに言う必要はないと‥‥何時か、心からでなくても少しでもそう思えた時でいいと思います。ただ、こういう世の中ですし、私達は傭兵ですから‥‥後悔は少ない方がいいと思いますよ」
「確かにね。次帰ってこられるかなんて、保証はないしね」
 それからちょっと首をかしげ、
「まあ、逆に、こんなふうに再会することもあるわけよね。私とあなたみたいに」
 レンの声が明るくなった。ちょっと空気が和み、白兎もおずおずと口を開く。
「私も、今すぐではなくても、レンさんの気持ちに整理が付いた時に、『おめでとう』を仰ったらいいと思いますよ。大切なのは嘘の気持ちは言わないことです」
「わ、私は、今日、お二人を守るために戦ったレンさんの行動がそのまま、レンさんの偽らざる心だと思いますよ? あとは、言葉にするだけですっ」
 ルチアも懸命に言い、レンはじんわりと目頭が熱くなるのを感じた。
「うん‥‥。そうするかな。みんな、ありがとう」

 落ち着きかけたところで、時枝がぼそりとつぶやいた。
「何も言えずに帰ったなんて思われたら、癪じゃないか?」
「あ、やっぱり?」
 レンは思わず声を上げて時枝を振り向いた。女心とは複雑なものである。
「あなたなら、どうするの?」
 問われて時枝は目をそらしたが、結局答えた。
「‥‥私なら、言い逃げする。‥‥まぁ疎遠になっていようが、式に呼ばれる程度の仲ならば、何も言わずとも伝わっているようにも思うが」
 心なしか尻すぼみになっていく声に、レンは微笑んだ。見れば時枝は自分より一回りは年下だ。
「ありがとうね。本当なら、私がいろいろアドバイスしなきゃいけない歳なのに」
 小さな笑いがやむと、「ボクは」と柿原が口を開いた。
「レンさんみたいな所まで行ったことがないから分からないけど、きっと守りたかったんだよね。その時の気持ちは変わってないんだよね」
「守りたかった‥‥か。そうかもしれない」
 それからふと気づいたように、レンは「多分、あいつもそう思ってたんだろうな」とつぶやいた。
「‥‥でも、なんですれ違うんだろう」
「さあね。それがわかれば、私もこんなところで服破いたりヒール壊したりしてないわね」
 柿原は「そうですね」と笑って、それからふう、とため息をついた。
「はぁ‥‥ボクも傭兵なってから恋してないよな」
「まだまだこれからよ」
「でも、どうしても会いたい人がいるから。その人に会うまでは‥‥」
「じゃあ、あなたリッパに恋愛中なんじゃない」
「ええっ? で、でも、あ、あこがれです。あこがれ」
「ま、あせることはないけど、あんまりのんびりすると私みたいになるわよ」
「そんなぁ‥‥」

「本当に、ままならんことが多いな、世の中は」
 肩を落とす柿原の後ろで、御山がつぶやいた。
 呆れたようなその声をレンは聞き逃さず、
「そういうあなたは、初恋もまだですって顔してるわよ」
「なっ‥‥!」
「がんばりなさいよね。せっかくの美人が泣くわよ。‥‥命短し恋せよオトメって言うでしょ」

 レンは笑って、かかとの取れたヒールを思い切り空に放り上げた。



<了>