●リプレイ本文
●はじめまして&お久しぶり
「あら!」
能力者たちが『花散里』を訪れると、店の前をホウキで掃き清めていた店主の草薙環は目をぱちくりさせた。
来てくれた能力者たちの中に、以前見た顔を見つけたからである。
「こんにちは、お元気そうでなりよりです。‥‥俺の事、覚えてます?」
レールズ(
ga5293)が挨拶すると、環は「もちろんですよ」と笑顔で返した。
「皆さんもお元気だったかしら? またよろしくお願いします」
深々とお辞儀をする環の袖を、最上 憐(
gb0002)が引いた。
「‥‥ん。この前の。お菓子。おいしかった。また。食べられるかな」
「そうね、午後の分はもうできているけれど‥‥お仕事の間に、もっとたくさん作っておくわね」
環は前回の憐の食べっぷりを思い出し、クスリと笑いながら言った。
ついで、やはり2度目の来店となる石動 小夜子(
ga0121)と乾 才牙(
gb1878)の顔をみとめ、「お久しぶり」と挨拶を交わした。
「そちらの皆さんは、はじめまして、ですね?」
「『花散里』‥‥雅な名前だな。由来は『源氏物語』からだろうか?」
初めての来店である煉条トヲイ(
ga0236)の言葉に、環は小さくうなずいた。
「そうです。そうしようって‥‥ずっと前から決めていたんです」
それから環は、ラウル・カミーユ(
ga7242)に目を留めてわずかに首をかしげる。
「あなたと似たかたを知っているわ」
「双子の妹がいるからネ!」
「妹さん‥‥は、甘い物がお好きでないかた?」
「そうそう!」
妹のこととなると途端に相好を崩すラウルを、環は微笑ましく思った。
「ところで、ハーピーってカボチャ食べるのカナ? 栄養バランス考えてるんだネ‥‥それともハロウィンやりたかったのかな?」
「そうだったのかしら。あらいやだ」
うふふ、あはは‥‥となんだか和やかな雰囲気になってきたところで、新条 拓那(
ga1294)が持参の猫耳つきランタンを頭にかぶって、後ろからひょっと顔を出す。
「ふははは、妖怪ネコパンプキンだワン! ‥‥なんちゃって」
「まあ、素敵なカボチャさん! でも、ネコはワンとは鳴かないでしょ、うふふ」
つっこむところもズレている。
●実験
「ランタンを取り返してほしいとはまた珍しい‥‥そんなに高いものですか?」
依頼の確認をするレールズに、環はのんびりと答えた。
「いえ‥‥ただ、もらい物なので‥‥」
環は言って、キメラはカボチャを掴んで、あちらのほうからあちらのほうへ飛んで行った、と曖昧な方向を指さす。
(「しっかし‥‥キメラが出たらも〜少し危機感を持った方が‥‥」)
どこまでもマイペースの環に、レールズは小さな苦笑いをもらした。
ハーピーの性質から、店先に餌を仕掛けておけば誘い出せるかもしれない、とのトヲイの発案で、一行はいろいろと食べ物を並べてみることにした。
そのトヲイに「餌になりそうな物を」と頼まれた環は、しばらくしていろいろ抱えて店から出てきた。
大根、ねぎ、トマト、牛乳、コーヒー豆、リンゴ、ジャガイモ、清酒、ハバネロ、裂きイカ‥‥。
「ケーキは皆さんのために置いておきたいのですが」
「まあ‥‥大丈夫だと思います‥‥」
真田 音夢(
ga8265)は南瓜の煮付け、山菜の天ぷら、秋刀魚の塩焼きなど、旬の料理を次々と並べていった。
拓那は猫耳のついたランタンを頭から外して店先に置き、小夜子はその隣につやつやとおいしそうなおにぎりを置いた。
憐が置いたカボチャの上に、ラウルは「ハーピー、甘いモノは好きかなー?」と温泉まんじゅうをひとつ、ちょこんと乗せる。
「まだあるけど、みんな、食べるー?」
ラウルは残りのまんじゅうを皆に配った。
「‥‥ん。キメラは。カレーに興味があるか。気になる」
まんじゅうをほお張りながら憐が言うと、環は少し考えていたが、
「前に作ったものを冷凍してあるから、それを温めて出してみましょうか?」
というわけで、店先では非常にフシギな光景が展開されることとなった。
8人は店内でキメラの出現を待つことにした。「棲み処に複数いるかもしれない」というラウルの意見を容れて、現れてもすぐには倒さず追いかける作戦である。
待つ間、才牙は装備の確認を終えると、カウンターまで行って、お茶を淹れいていた環に話しかけた。
「あなたの声を聞くとホッとします。ここのところの大規模作戦やらなんやらのせいですかね」
「‥‥大変なお仕事ですものね」
「本音は、キメラを屠るのに殺意むき出しの仲間を視るのが辛いんですよ」
ポツリと言ってから慌てて「今回の仲間はそうでもありませんが」と付け足す。
「そう‥‥」
環は少しうつむいて、才牙の前に紅茶を置いた。
「あ‥‥」
自信満々の面持ちで「餌」を見つめていた音夢が小さな声を上げた。
とうとうハーピーが一体、舞い降りてきたのである。
ハーピーは不自然に豪華なもてなしにもたいして疑問を持たなかったらしく、その場でがつがつと食事を始めた。
「‥‥秋の幸‥‥」
音夢の見守る中、ハーピーは秋の幸を秋の幸と認識した様子もなく、ひたすら汚く喰い散らかしてしまった。
「‥‥おにぎり‥‥‥」
小夜子の見守る中、ハーピーはおにぎりをおにぎりと認識した様子もなく、ひたすら(以下略)。
「‥‥カレー‥‥」
憐の見守る中、ハーピーはカレーをカレーと認識した様子もなく、(以下略)。
「‥‥温泉まんじゅう‥‥」
ラウルの見守る中、ハーピーはまんじゅうをまんじゅうと(以下略)。
「あらあら、お行儀が悪いのね」
辺りにあった物をあらかた平らげると、キメラはランタンを引っつかんで飛び上がった。だが、食べ過ぎたのかどうもへなへなとスピードが出ない様子。
能力者たちは後を追おうと立ち上がった。
音夢は「近くに未だ仲間のハーピーが居るかもしれません。私はこのまま残り、様子を見ようと思います」と告げ、それももっともだということで店に待機することになり、「がんばって〜」との環の声を背に、7人は店を走り出た。
●ちぇいす
ハーピーはもたもた飛んで行くが、道を走る能力者たちよりは速度は出る。
拓那と憐は瞬天速を使い、才牙はAUKVバイクに乗り、他の4人に先んじてハーピーを追った。
ラウルは後方から追いながら、時折双眼鏡をのぞき、先を行く者と連絡を取った。
「町外れの方へ向かうぽいヨー」
『了解。あいかわらず、よたよた飛んでる』
トヲイとレールズも双眼鏡で見てみたが、ハーピーの飛び方はかなり危なっかしい。
「とにかく、このまま追いましょう」
『了解』
小夜子が無線で呼びかけてなおも追い続けると、やがてハーピーは建設中らしきビルの前で降下を始めた。
「ここが巣みたいだね」
「‥‥ん。先ずは。敵戦力の把握と。地形の確認」
先に着いた3人はすぐには近づかず、辺りに目をやった。建設中と言ってもまだ鉄骨が立っているだけの状態で、工事は中断して久しいらしい。
ハーピーがカボチャを慎重に地面に置いて、何やら胸の悪くなりそうな声を出すと、建物からバサバサと3体のハーピーが飛び出してきて、カボチャの上をぐるぐると旋回し始めた。
●待つわ
一方、店に残った音夢は、黙々と南瓜ランタンを作成していた。
汚れに汚れた店先の掃除を終えた環が戻ってくると、音夢はランタンに猫耳をつけたところだった。
「‥‥招きランタン猫」
ランタンには顔を洗う猫の顔が掘り込まれている。そして最後に、ランタンの後ろに筆で「千客万来」と書いてできあがり!
「まあ、かわいい!」
「悪霊を払い、善霊とお客さんを呼びますように‥‥。猫さんのおまじない‥‥です」
「ありがとう!」
環はいそいそと、招きランタン猫をカウンターの目立つところに飾った。
ついで、音夢はくりだしたカボチャの中身で料理をしたい、と申し出た。
「皆さん、お腹を空かせて帰ってくると思いますから‥‥」
「そうね。お手伝いするわ」
パンプキンパイにグラタン、サラダ、スープにマロンシュー等を作って、皆の帰りを待つ。
●戦闘
全員が現場にそろうと、能力者たちは攻撃に移った。
盗まれたというランタンは一見したところ見当たらないが、ここで手をこまねいているわけにもいかない。
何をしているのかぐるぐる旋回している4体のキメラは、さすがに通常の武器では届かない高さだが、飛び道具なら問題ない距離にいる。
「キメラとは言え、人型を相手にするのは気分が悪い‥‥速攻で終らせるぞ!」
トヲイのドローム製SMGが火を噴くと、キメラたちは被弾したものもしないものも、突然酔いから醒めたようにぱっと四方に散った。
「いくらハロウィンでも正真正銘のモンスターはお呼びじゃないのさ!」
拓那の超機械γの電磁波が一体を捕らえ、そのショックでハーピーはけたたましい声を上げて地に落ちた。
「‥‥ん。落ちて来た。今が。チャンス」
するりとすべり出た憐が、タバールの半月型の刃を叩き込む。
小夜子も『瞬天速』で一気に間合いを詰めて斬りかかり、確実に一体目をしとめた。
その間も狙撃は続いている。ラウルは『狙撃眼』を発動すると、アルファルから『強弾撃』を乗せた矢を射かける。
「高いトコいないで、降りといで‥‥ヨ! っと」
勢いよく放たれた矢は、高度を取っていたハーピーの翼を貫いた。キメラはバランスを失って高度を下げ、地面に激突こそしなかったものの地上に降りてくる。
レールズはすでに狙撃は十分と判断し、落下してきたハーピーに全速力で駆け寄ると、『急所突き』を発動してイアリスを振るった。翼の根元が大きく裂け、羽根が飛び散る。
才牙は全身の力を使って長弓「雨竜」を引き絞り、まだ空を飛んでいるキメラを目がけて矢を放った。矢を肩口に受けたキメラは怒りの声を上げて、降下してくるも、その爪を憐のタバールが受け止め、そこへ小夜子が蝉時雨で致命の一撃を与えた。
最後の一体は、一度舞い上がって高度を取り、弾丸のような勢いで急降下、体当たりを仕かけてきたが、「残念でしたー」ラウルがそれを『影撃ち』で迎え撃つ。
地に落ちてもがき続けるハーピーに、トヲイがシュナイザーを振り下ろした。
「‥‥ん。殲滅完了。カボチャ探して。環の所に。帰ろう」
程なく能力者たちは草葉の陰にランタンを見つけたが、
「壊れてませんか?」
どこがどう顔なのかよくわからないカボチャを目にして、小夜子は心配そうにつぶやいた。
「仕方がないですね‥‥それにしても、こんな大きなカボチャを手作りでランタンにしてプレゼントするなんて‥‥」
やっぱり下心見え見えですか、とレールズはクスクスと笑った。
とはいえ環のことだから、「きっと下心があるのだ」と言ってみても、「下心? もっとカボチャのお菓子が食べたい、ということかしら?」と首をかしげるだけのような気もする。
のんきな店主の顔を思い浮かべつつ、能力者たちは『花散里』に戻った。
●おつかれさま
「おかえりなさい! 皆さん、お怪我はない? 大丈夫?」
トヲイがカボチャを元の場所に置くと、環は「ありがとう!」と感激して声を上げた。
「壊れてしまったみたいだが‥‥」
「いえ、初めからこうでしたよ」
環に嘘をついている様子はなく、どうやら、恐ろしく不器用な人間が作ったらしい。
その隣に、拓那は「餌」に使った持参のランタンを置いた。
「プレゼント!」
「まあ、どうしましょう! とてもにぎやかね」
環は踊りだしそうに喜んで、皆を店内に招き入れた。
「‥‥ん。お腹空いた」
「憐ちゃん、今日は音夢さんと一緒にたくさん作ったから、たくさん食べて帰ってね」
音夢作のカボチャが主役の料理が並べられ、皆は家庭的な逸品に舌鼓を打った。
そして、ハロウィンスイーツ。
カボチャやお化けや髑髏の形をしたクッキーや、チョコレートで目鼻を作って笑うカボチャに見立てたシュークリーム、カボチャのタルトにプリン、ほかにも、無花果のミルフィーユ、シブースト、チョコレートとバナナのタルトに柿のタルト‥‥。
「どれでもどうぞ! たくさんありますよ」
「甘いモノ大好きなんだヨネ、僕」
「ラウルさんは、甘い物は大丈夫なのね」
「うん♪」
楽しそうにスイーツを口に運ぶラウルを見、おそるおそるという感じだった彼の妹のことを思い出しては環はニコニコ笑う。
「甘い物を食べると心が落ち着くな。それとも、この店の雰囲気も関与しているんだろうか?」
つぶやくトヲイに、環は「そうだとしたら、とても嬉しいです」と答え、
「‥‥トヲイさんも甘い物がお好きなのね?」
「え?」
「とてもクールそうな方だから、もしかしてお嫌いかしらって心配していたんです。お好きでよかったわ」
「は、はあ‥‥」
なんとなく照れた顔のトヲイの横では、憐が底なしの胃袋を満たすべくスイーツに手を伸ばし続けている。
「憐ちゃんは、カレーが好きなの?」
「‥‥ん。カレー。大好き」
「そうなのね‥‥じゃあ、今度はカレーを作ってみようかしら」
次なるメニューを考える環の隣で、小夜子と拓那は秋の午後の柔らかな光の中で、久々のくつろいだ時間を過ごしていた。
「お菓子、おいしいね」
上機嫌の拓那を見て、小夜子はもじもじしながら言った。
「私、教えていただこうかしら」
「そうしなよ。料理得意なんだから、すぐに上手になるよ」
「まあ‥‥」
小夜子はぽっと頬を染めた。
才牙は、紅茶とお菓子を楽しみながら、依頼での失敗談や出来事を面白おかしく環に話した。
環はいちいち驚いたり笑ったり、くるくると表情を変える。
「‥‥というわけなんです」
才牙が話し終わると、環は彼のカップに紅茶のおかわりを注ぎながら、そっと、
「ねえ、才牙さん。戦うのはつらいことでしょうけれど、疲れたら、ここに寄ってね。
私にはお茶とお菓子を用意することぐらいしかできないけれど、甘いものを食べると元気が出るから」
そう言って微笑み、「たくさん食べて」と次のタルトを一切れ、才牙の皿に乗せた。
「本当にお元気そうでなりよりです」
そんな環の様子を見ていたレールズは微笑んだが、そこには最初の来店のときの環の様子を心配していた含みがあった。
「私、本当に嬉しいんですよ‥‥皆さんとお会いできて」
環は帰らない夫を今も待ち続けているのだろうが、表情は前よりずっと明るいようだった。
●秘密のれしぴ
「あの、私‥‥」
小夜子がレシピを教えてほしい、と頼むと、環は少し困ったような顔をした。
「ごめんなさいね、私、いつもなんとなく作っていて、グラムを計ったりしたことがないの」
「そうなのですか?」
ガッカリする小夜子が気の毒で、環は「一度、一緒に作ってみましょうか?」と提案した。
「お願いします!」
そして小夜子は、環の料理がアバウトの極地から生み出される驚異的な化学反応の結果であることを知ったのであった。