タイトル:柔らかな腕マスター:牧いをり

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/10/13 19:08

●オープニング本文


〜依頼〜

 某市で、UPC軍兵が襲撃される事件が連続して起こっている。
 そのいずれもが、夜間、市街地と駐屯地間の移動の際に被害に合っている。
 彼らは「気づいたときには斬られており、その次の瞬間には影は掻き消えていた」と語っている。
 傷はいずれも右腕、肘より上の辺り。切断には至らないもののかなり深く鋭く斬られている。
 一刻も早く犯人を見つけ出し、その身柄を確保してほしい。ただし、抗戦してきた場合は殺傷も許されるものとする。

 依頼モニターにはその程度のことしか書かれていなかったが、依頼受諾を決めた能力者たちにはもう少し詳しい情報が与えられた。

 ・犯人は能力者であるらしい。
 ・犠牲者の一人が誰何したところ、「カイリ」と名乗った。
 ・顔を見た者もあり、その記憶と名前をつき合わせてみたところ、菅谷カイリ(すがや・かいり)というグラップラーが浮かび上がっている。
 ・菅谷はここ数日兵舎に戻っておらず、現在行方不明である。
 ・菅谷の部屋には、手記が残されていた。それによると、菅谷は幼い頃に母を亡くしており、母の死は軍のせいだと逆恨みしている模様である。


〜手記〜

 それは緩やかな弧を描いて飛び、意外に重たい音を立てて私の目の前に落ちた。
 それがどんな速度で、どんな軌道を描いて飛んだのかはっきりと覚えているように思うが‥‥実際に見たのかどうか、今となってはよくわからない。私が見たと思っている映像は、後から私が想像力で補ったものなのかもしれない。
 だがともかく、それは飛んできて私の足元に落ちた。
 空を向いて苦しげに指を開いている、それは母の腕だった。
 私を抱きしめた腕。私を撫でた手。たしなめた指。
 私はじっとその腕を見つめていたが、それは視線を延ばした先で展開されているはずの光景を目にするのを無意識に避けてのことだったのかもしれない。

 次に我に返ったときには、誰かが私を抱きしめていた。
 私は彼の軍服に染みついている強い煙草のにおいと、新しい血のにおいとに顔をしかめた。

 ――もう、大丈夫だ。

 私は不思議な気分だった。その軍人はその言葉を、私に対してというよりは自分自身に対して言い聞かせているようだったから。


 それからしばらく、私は孤児院で暮らした。
 そのうちにエミタを人体に埋め込む技術が発明され、「能力者」と呼ばれる人々が現れ始めた。

 私もなれるのだろうか?
 ふとそんな疑問を持ち、いつだったかそんな言葉が口からこぼれた。
 その言葉を待っていたかのように、孤児院は私に検査を受けさせた。
 適性あり。
 その通知が届く頃には、なぜ自分が「なれるでしょうか」と尋ねたのか、すでによくわからなくなっていた。本当になりたいと思っていたのかどうかもよくわからない。
 だが、私はそのまま「能力者」になった。

 何度か戦場に赴き、キメラと相対し、また撃退した。何匹も何匹も地獄へ送り返してきた。それでも奴らはいくらでも湧いてくる。ほとんど機械的にキメラとの戦いを繰り返しながら、私はなぜ自分が能力者になったのか考え続けてきた。
 そのたびに、私の思いはあの日のあの腕へと戻っていく。

 そう。
 母には何の罪もなかった。
 後になって、母はキメラの実験台にされたのだと知らされた。その知らせを持ってきた軍の人間は私にひどく気をつかっていたが、私は無言だった。その軍人は「バグアに負けないように、強く生きなさい」と言い置いて去っていったが、私の胸には大きな疑問が生まれただけだった。

 母はなぜ死なねばならなかったのか。
 母が実験台だった、というのは本当のことなのか?
 仮にそうだったとして、本当に殺す必要があったのか?
 それも、五体をバラバラにするような方法で。この私の目の前で。

 私が怒りの矛先を向けるべきはバグアだろう。
 それはわかっているし、実際憎んでも憎みきれない。
 が、かといって母に直接手を下したのは人間なのだという事実は変わらない。

「あの場合、仕方なかった」
 軍はそう言うだろうし、私もそうだと思う。私があの場に兵として立っていたとしたら、同じことをしただろう。
 だが、そんな理屈が何になる?
 父の顔も知らない私にとって、母はたったひとりの家族だった。ごく普通の女だった。軍が家に押し込んでくる直前まで、私のたどたどしいおしゃべりに耳を傾けながら夕食の支度をしていた。死の直前まで、私を気にかけ守ろうとしていた。
 私は私の存在を賭けて母の生きた証を明らかにせねばならない。
 あのときの兵士たちの顔など覚えていないし、無論名前も知らない。そんなことはたいしたことではない。軍人は誰も同じだ。誰でも同じだ。私は軍人をあの世に送る。
 そう思い至ったとき、私はなぜ自分が能力者になったのか、その理由がわかった気がした。

 私は狂っている。

 だが、だから何だというのだ?

●参加者一覧

シエラ(ga3258
10歳・♀・PN
ファルティス(ga3559
30歳・♂・ER
イリアス・ニーベルング(ga6358
17歳・♀・PN
八神零(ga7992
22歳・♂・FT
御巫 雫(ga8942
19歳・♀・SN
水雲 紫(gb0709
20歳・♀・GD
しのぶ(gb1907
16歳・♀・HD
高橋 優(gb2216
13歳・♂・DG

●リプレイ本文

●月夜
 青白い月が煌々と輝く寂しい夜。
 能力者たちはそれぞれ囮班と潜伏班に分かれ、菅谷カイリを待ち受けることにした。

 囮として件の道を歩くのは、イリアス・ニーベルング(ga6358)、八神零(ga7992)、御巫 雫(ga8942)、しのぶ(gb1907)の4人。
「う〜ん‥‥緊張しますね、思ってたより‥‥」
 真っ赤なリンドヴルムに身を包んだしのぶは、道路を歩きながら落ち着かなかった。
 作戦開始前、高橋 優(gb2216)に「しのぶが囮? 確かに目立つしうるさいし最適ですね」などと嘲笑まじりに言われたことを思い出し、(「ユウちゃんって、本当にかわいくないんだから!」)と胸のうちでつぶやく。
 その優をはじめ、シエラ(ga3258)、ファルロス(ga3559)、水雲 紫(gb0709)の潜伏班は、まばらに建つ倉庫の影や空き地の闇、光の届かない暗がりに身を潜めていた。

 道を行く4人の頭上でちらちらと灯りが揺れる。
 電灯がひとつ、消えかかっているようだ。

 そのとき、静かな闇の向こう側から、低い所を這うように物音が近づいてきた。
「‥‥エンジン音‥‥?」
 しのぶはアーマーの向こうで眉をひそめた。
 間違いない。
 車が近づいてきている。4人の前方からまっすぐに、こちらへ。
 ヘッドライトがギラリと4人を照らし、能力者たちは思わず身をこわばらせた。
「車――」

 車両で突っ込んでくるとは思いもしなかった。
 ‥‥いや、まだカイリと決まったわけではない。

 一瞬で様々なことを考えながら、4人は思わず各々跳びのいた。
 かなりのスピードで突っ込んでくるジープを避ける瞬間、それぞれが運転席に視線を飛ばすも、目的の人間かどうか人相を確認することはできない。
 だが、車は4人とすれ違ったところで急に速度を落とし、数十メートル先で停止した。

 互いに顔を見合わせた後、4人は油断なく車に近づいていく。

 ちらとのぞき見た運転席の男は帽子を目深にかぶっており、顔はよく見えない。
 八神は3人に目顔で合図を送ると、運転席の窓ガラスをコツコツと叩いた。
 運転席に座っているのはまだ若い男のようだ。八神が声をかけようとすると、男は車を急発進させた。
「‥‥ちっ」
「仕方あるまい」
 御巫は自らの小銃「バロック」で車の後輪に狙いをつける。

●銃火
(「‥‥違う‥‥」)
 すでに覚醒し、『探査の眼』を用いて周囲を見張っていた紫には予感があった。
 作戦開始に当たって、表面上は変化を見せなくとも紫の心はひそかに揺れていたが、その心の揺らぎがプラスの方向に働いたのかもしれない。
 しかと顔を見たわけではなく、確信があるわけでもないが、あの中に目当ての人間はいない。
 そんな気がするが、カイリが別の所に潜んでいるのであるとすれば、ここで動いて伏兵の存在を知らせてしまうわけにはいかない。
 本物のカイリを探そうと暗中を見回す彼女の左目が、上方でぱっと弾ける火花をとらえた。

●仮面
 パン、と乾いた音が闇を裂いた。

 だが、御巫の銃は黙したままだ。
 突然の銃声に驚く間もなく小さな声が上がり、囮班の3人の目は八神に集まった。
「大丈夫ですか!?」
「‥‥掠っただけだ」
 八神の軍服の右腕が裂けて、わずかに血がにじんでいる。
 彼が軽傷であることを瞬時のうちに確認すると、4人は走り去る車をそのままに、弾丸の来た方向を探して背後を振り返った。

「あそこです!」
 しのぶの指さす先、倉庫の平らな屋根の上に人影がある。
 黒髪に黒衣の姿に、顔だけが不自然に白く浮かび上がっている。
「仮面‥‥」
 イリアスは思わずつぶやいていた。

●潜伏
 その倉庫の壁に寄り添うように潜伏していたファルロスは、ターゲットが頭上に現れたことを知ってため息をついた。『隠密潜行』を使っていることもあり、よほど下手をしない限り気取られる心配はないと思っていた。おそらくカイリは自分に気づいていまい。だが、頭上に現れては狙いにくいのも事実だ。動きを止めるために脚を狙いたい上はなおさらだった。
(「やれやれ‥‥、だな」)
 降りてきたところを狙い撃つべく、息を殺して待つ。

●説得
「‥‥そこまでだ、菅谷カイリ。これ以上罪を重ねるな」
 慎重に倉庫へと近づきながら、御巫はカイリに呼びかけた。
「どんな事情があったのか私は知らんが、‥‥だが、貴様の母は貴様の殺意を、憎しみを望んで死んでいったか?
 貴様が母から継いだ彼女の『生きた証』は、そんなくだらないものか?
 ‥‥‥‥違う。他の誰よりも、貴様の幸せを望んでいた筈だ」
 仮面の向こうの表情をうかがい知ることはできないが、攻撃の姿勢を見せない御巫に、カイリも銃を下ろした。
 それを確認すると、御巫はもう一歩倉庫へと近づいた。
「貴様の気持ちは多少わかるつもりだ。
 ‥‥孤児だった私を拾い、育ててくれた爺は暴徒に殺された。
 キメラでもバグアでもないただの人間に、殺された」
 ゆっくりと息を継ぎ、何処にあるのかわからないカイリの視線を探りながら、さらに続ける。
「‥‥だが、私は爺を殺した奴を殺したいとは思わない。それでは、爺を奪った奴らと同じになってしまう。
 ただ唯一の家族を奪った相手になってしまうくらいなら、憎しみなど安いものだよ」

 御巫には自分の言葉が届いている感触があった。白面がほんのわずか、うつむいたようにも思える。

 ――だが、答えはない。
 すぐに納得するとは思っていなかったし、激昂しても驚きはしなかっただろう。だが、一声も発さず、表情もわからないカイリの態度はただ不気味だった。

 しばし待っても反応を見せないカイリに、御巫の横に並び出たイリアスがやや厳しい声で呼びかけた。
「大人しく縛についてください。私はイリアス・ニーベルング。抵抗するなら相応の対処をさせて頂きます」
 そして、くるりと槍を回転させてから穂先を上方のカイリに突きつける。
 ここで取り逃がすわけにはいかない。
 挑発してでもこちらに向かわせるつもりだった。
「私の家、ニーベルングは元を正せば騎士階級。現在では軍に連なる系譜です。
 ‥‥あなたに刃を向けられる理由としては、十分ではありませんか?」

 すると、カイリは銃を収め、ふらりと左手で刀を抜いた。

「これ以上、あんたに罪を重ねさせる訳にはいかない‥‥誰かが止めなければならないんだ‥‥」
 八神も峰に返した月詠を両手に構える。

 月を背にした影が揺れたと思った次の瞬間、カイリの姿は消えており、御巫とイリアスが強い一陣の風を頬に感じた直後、彼女らの背後で鋭い剣戟の音が鳴り響いた。

 一気に『瞬天速』で間合いを詰めてきたカイリの一撃を、八神は覚醒の影響で黒い炎を纏った月詠で受け止めた。
「あんたの家族は‥‥あんたの手が血に染まる事を本気で喜ぶと思っているのか‥‥?」
 八神は一度カイリを振り払い、着地を待たずに『二段撃』を繰り出す。一撃目はかわされたが、左から振り下ろした一撃が相手の脇腹を強烈に打った。カイリはよろめきながらも、横ざまに跳んで間合いを取る。
「大人しく捕まりなさい!!」
 しのぶが『竜の角』と『竜の瞳』を発動させると、赤いリンドヴルムの頭部と腕にスパークが輝く。
「全力全壊!!」
 気合いの掛け声とともにエネルギーガンを発射すると、光の帯がカイリを捕らえた。だが、膝をついたと見えたカイリの体は、跳ねるように前方へ跳んだ。
 その影の進路を阻んで『瞬速縮地』を用いたイリアスが、『獣突』をこめた白く輝くセリアティスを突き出す。
「あなたにはあなたの正義があるように、私には私の正義があります。軍人ならばと無差別に向けられる憎悪‥‥私はそれを容認出来ません」
 相手の肩を掠めた穂先を素早く戻し、カイリの払った刀身が体に届く前に柄を垂直に立てて刃を受け止める。
 カイリは後方へ跳びすさるとそのまま駆け出したが、数十メートルもいかないうちに目前にエンリルを構えた優が立ちふさがった。
「こっちは行き止まり‥‥通すわけにはいかないし」
 この件について、優の答えはまだ出ていない。カイリの行動の全てを否定することはできないが、無論正しいとも思えない。ただ「気に入らない」思いがしていた。
 いずれにせよ、こうして相手を前にして優に迷いはない。逃さず拘束するために、無駄な気遣いや手加減をするつもりはなかった。
「こんな事続けて、あなたは満足してるんですか?」
 問いかけながら、優はカイリの背後から追いついてくる仲間たちの姿を冷静に視界に捉えていた。
 脚をなぎ払おうとするエンリルをかいくぐって、カイリの刀が優の右腕に振り下ろされた。『竜の鱗』で守られた腕にはほとんどダメージはなかったが、じんと右手が痺れたその隙に、カイリはまた方向を変えている。
 駆け出して闇に紛れようとしたカイリは、だが視線の先で自分が完全に包囲されていることを知っただけだった。
「もう、おしまいにしましょう」
 紫は狐面の向こうから、カイリの白面を見据えた。
「‥‥あなたが本当に『許せない』のは何ですか? 私はそれが知りたい」
 左利きのカイリの刃は、紫の死角である右から伸びてくる。悟られるまでもなく、カイリの一撃はすべて死角から来ることになるのだ。
 ゆっくり説得している余裕もなく、紫は『瞬即撃』を発動し盾扇で敵の首筋から頬を狙った。
 クリーンヒットはしなかったが、扇の先が仮面を横薙ぎに払い落とした。

 あらわになった顔には、苦しみも疲れも怒りも焦りも、何の表情も浮かんでいない。
「‥‥」
 思わず息を呑んだ紫の一瞬の虚を突いて、カイリの刀が迫る。
 だが、紫の背後から八神が腕を伸ばしてカイリの一撃を己の月詠で受け止めた。
「もう止さないか。僕も家族をバグアの襲撃で失った‥‥。僕達が本当に憎むべきは戦争であり、バグアだろう‥‥?」
 跳ね返されたカイリは、数度首を横に振ると、乱れた輪の隙を突いてなおも逃げようとする。
「Einschalten‥‥」
 そのつぶやきとともに覚醒のスイッチが入り、シエラの普段は閉ざされている視界が赤く開けていった。
「‥‥あなたは軍人を負傷させていますが、腕は切断までに至らず、命を奪うまではしていません。‥‥あなたは‥‥本当は復讐など‥‥そんなことを望んでいないと‥‥そう感じました」
 覚醒のために深い朱色に染まった瞳で見たが、カイリの細面は呼びかけてもほとんど表情を変えない。
 シエラは相手の動きを止めるべく、『疾風脚』を使った高速の足払いを放った。
 足がかかった手ごたえがあったが、相手は地に倒れるより先に柔らかく身をひねって後方に転回する。
 シエラはすぐに地を蹴って、体ごとカイリにチャージアタックをしかけたが、カイリはその体を思いのほかの力で受け止めた。
 カイリが再び銃を抜くのを目にして、全員に緊張が走る。
 一時抵抗をやめて力を溜め呼吸をはかっていたシエラは、しかしその背をとん、と軽く押され皆のほうへ戻された。

「きみたちは‥‥」

 その後をカイリは続けず、自らのこめかみに銃口を当てた。
 引き鉄にかかった指に震えはない。

 そして、一発の銃声が夜の闇に響いた。

●乖離
「やれやれ」
 ファルロスは愛用の銃を携えて最後に輪に加わった。
 その輪の中央で、カイリが立ち尽くしている。だらりと垂れた腕からは、血が滴り落ちていた。
 カイリが引き鉄を引くより先、ファルロスは『影撃ち』と『急所突き』を乗せてカイリの左手を撃ち抜いたのだ。
 ハンドガンはアスファルトの上を滑ってしばらく回転していたが、すでにその動きを止めている。
 そして、その持ち主であるカイリもそれ以上の抵抗は見せなかった。

 ほっと一息つくと、優は思い出したようにしのぶに憎まれ口を叩いた。
「しのぶ、何逃がしてるんだし」
「し、しょうがないでしょ! もういいじゃない、ちゃんと捕まえたんだから!」
「ふん‥‥みんなの邪魔になったんじゃないの?」
「うるっさいわね!」

 そして、軍がカイリの身柄を引き取りに来るまでの短い時間、能力者たちはそれぞれ最後の言葉をカイリにかけた。

「‥‥ボクは別にあなたが何をしようといいんですけど‥‥何か気に入らなかっただけだし」
 優は自分の言葉の歯切れが少しばかり悪いことに自分で気づいていた。気に入らないのは本当だが、事件解決前の「気に入らない」とは少し違っているような気がする。自分でも意識できないほどの微妙な変化が、心に生まれているのかもしれなかった。
「私からは特に言えるような事はないけど、復讐と逆恨みは別。関係ない人は巻き込んではだめ!」
 しのぶが優の後に続く。
「関係ない‥‥」
 そのつぶやきにはわずかな苦味があったが、カイリは二人のドラグーンの言葉に小さくうなずくようにうつむいた。
「世界を変えようとしても世界は変わらない。だが、自分が変われば世界は変わる。‥‥爺の口癖だった。貴様の母から受け継いだ愛情が本物ならば、その手は誰かを守る為に、抱く為にあるのではないかな?」
 御巫が諭すように問いかけると、長い沈黙の後、カイリは「できるだろうか?」と自問するようにつぶやく。
「本当にあなたが母親を思っているのなら、生きた証を立てたいのなら‥‥あなた自身、誇りを持って、立派に生きて見せなければならないのだと思います‥‥」
「‥‥」
 シエラの言葉に、カイリは目を閉じ、右手で顔の片側を覆った。
 そんなカイリに、紫は小さく息を吐いた後でようやく話しかけた。しっかりと結んだ手が細かく震えているのを、自分でもどうしようもなかった。
「切り結ぶ前に聞いた事‥‥覚えてます?」
「‥‥」
 しばらく待ったが、カイリはなかなか口を開こうとしない。
「そう、ですか‥‥仕方無いですね」
 残念なような、それでいてどこかほっとしたような気持ちで紫が去ろうとすると、カイリはそっと顔を上げた。
「‥‥きみは大丈夫だよ。きみはきっと許せるし、許される‥‥そう思う‥‥」
 カイリの手が、狐の面の右頬に触れたのがわかった。

 ほどなく軍が到着し、菅谷カイリは連行されていった。
 なお、これは後になってわかることだが、先の車の男はカイリに頼まれただけの民間人で、今回のことでは少し注意を受けた程度で放免となった。

 走り去っていく車が見えなくなるまで見送ると、紫はカイリの落としていった白い仮面を拾い上げた。
「‥‥」
 見上げる月はいよいよ青く、寂しげな冷たい光を能力者たちに投げかけていた。