●リプレイ本文
曳航機の力を借りグライダーが浮き上がる。
その独特の浮遊感に植松・カルマ(
ga8288)が機内でバーを掴むと、緩やかな加速と共に上昇していった。KVよりずっと優しい速度で。
「こりゃ長旅になりそースねぇ」
「70年前の機体だから。でも」
ロッテ・ヴァステル(
ga0066)はオットーの肩を持って支え、窓の外に目を向ける。
雲はなく、景色は良好。行く先にはアルプスの山々が阻むように屹立しており、大自然がロッテの心をくすぐった。
「偶にはこんなのも悪くないわ」
「約4時間の航路か。その間に打ち合せを行わぬとな。ヴィネ」
イレーネ・V・ノイエ(
ga4317)に促され、隣のL45・ヴィネ(
ga7285)がアリスパックから資料を取る。そこにはイレーネが主導となって計画した模擬作戦の概要が記されており、ヴィネはその資料すら愛おしむように目を細めた。
「グラン・サッソ、標高2915m。私達はホテル前に強行着陸後、監禁された政府高官を救出する事になる」
「騒ぎすぎないようにしないとだねー」
イレーネを挟んで逆、鷲羽・栗花落(
gb4249)がふにゃと笑う。イレーネが重々しく首肯した。
「うむ。大佐とホテルに了承を得ているとはいえ、万一にも一般人に危害を加える事がないように」
「そうだよ? ヴィネちゃん」
「‥‥私より栗花落姉様の方が」
「にゃにおー!」
義姉妹らしいノリで盛り上がる3人。
カルマが仲間に加わらんとした瞬間ヴィネの眼光鋭い牽制が入り、流れるように回れ右した。
「HAHA、男同士空を楽しもうぜー!」
「?」
カルマの嘆きは10歳の少年には届かなかった。
●君と一緒に
「しっかし」
サウル・リズメリア(
gc1031)はスカイセイバーを駆り、前方を飛ぶ護衛対象を眺めた。
「こんなんよりド・ゴールだろ、やっぱよ。フランスの、フランス人の為のフランス国!」
素早く計器を読み、手際よく位置調整。サウル機ゴリアテは対象よりやや高く位置取った。右に滑り、グライダー共々山間の峠に吸い込まれていく。両側に聳える山に圧迫され、空が急激に狭くなった。
「‥‥この辺さっさと抜けてーなー」
対象の左右を固める友軍機が、前に出たり下降したりと警戒を密にする。
サウルは深呼吸して百合の香りを堪能すると、操縦桿をぐっと引いた。
「こちらLunar、周辺に異常なし。極めて順調だな」
『了解』
月影・透夜(
ga1806)機グリフォンが上下動と旋回を繰り返し、透夜は目視で警戒し続ける。操縦桿を傾ける度、機体は即座に主に応えた。
まるで自分ももっと役に立ちたいとでも言うように。
――なんてな。
実戦ではあまり乗れていないグリフォンに思いを馳せてみる透夜である。咳払いして幸臼・小鳥(
ga0067)に呼びかけた。
「小鳥、そっちも大丈夫か?」
『ですぅー』
「まぁこんな所にHW大編隊とか来られても困るが」
『ですねぇ‥‥困った‥‥お子さんも‥‥いますしぃー』
いっそ清々しいとばかり透夜は苦笑し、風防越しに空を仰いだ。雲もなく、電探も調子が良い。音速だの何だのと無関係な速度で飛ぶ景色は、妙に心が和んだ。
「グラン・サッソ、か。あの歳で何を観たんだか」
アルプスを越えイタリアに入ると、途端に平野が広がった。小鳥が眼下を眺めんと少し身を乗り出し――!
「んにゃ!?」
ごちんとレバーに頭をぶつけた。
『ん? どうしたよ』
「いいいえ‥‥何でも‥‥ないですよぉー?」
無線がオンだったのか、声をかけてきたサウルに小鳥が涙目で言い繕う。そして改めて景色を眺め、限界まで速度を落した。先程ぶつかったレバーを撫でて点検。操縦桿を再び握り、その感触に感慨を覚えた。
「そういえばぁー‥‥」
バイパーに乗るのは久しぶりだと、小鳥はかつて戦場を駆った時の事を思い出した。
グライダーは空を滑る。
猫の額の如き平野を抜けると遂にアペニン山脈へ。時に3000mを越す山が右手に現れ、それを掠めて飛んでいく。
ロッテは、オットーが傭兵曹長の階級章を矯めつ眇めつ眺めるのを見て微笑した。
――子供が喜ぶなら‥‥あれも捨てた物じゃないかもね‥‥。
「君は‥‥如何してグランサッソが好きになったのかしら?」
「本にね、ふかのうをかのうにする男の話があったんだ! それでその人をしらべたらしゅうげきじけんがでてきてね、その‥‥」
嬉しげに語る少年。ロッテが優しく目を細めて聴いていると、カルマが割り込んだ。
「で、ヨーロッパ一危険な男になりてーって?」
「うん!」
「仕方ねーなー、じゃそっちはお前に譲ってやんよ。んで俺がヨーロッパ一のイケメンな!」
「えー、僕の方がいけめんだよ!」
「いや俺だし」「僕だよ!」「ハ? マジ俺っしょ。ね、ロッテサン!」
「あれに絡まない方がいいわよ、オットー」「はーい」
「ちょ」
オットーを抱き寄せるロッテである。カルマが少年顔負けにはしゃぎ回る。
「はぁ」
ヴィネはそのやり取りを離れた所で斜に見、イレーネの右肩にこてんと頭を乗せた。
「少しくらいこちらに配慮してほしいものだ‥‥」
「現地で楽しもうよ、ヴィネちゃんっ」
イレーネの左腕を絡め取る栗花落。対照的な機内だった。
●救出作戦
グライダーは滑空を続け、ゆっくり予定航路を進む。操縦士の注意が聞こえ、ロッテは少年を膝に抱いた。次第に高度を下げ目標に接近する。窓から見える斜面が急速に近付いてきた。
「衝撃備え。4、3‥‥1」
ランディング。接地の衝撃が機内に走る。直後、後ろに引かれる強烈な負荷がかかり、ベルトが体に食い込んだ。
「GOGOGO!」
完全停止を待たず開け放たれる扉。一瞬で高原の匂いが吹き抜けていく。一行が機内から飛び出すと、そこには古臭いホテルと広大な自然が広がっていた。
「わぁ‥‥」
「さて少年。かつての作戦はここから‥‥」
イレーネが資料片手に話す。そのうち小鳥、透夜、サウルのKVがホテル前に着陸し、3人が降りてきた。ヴィネ、栗花落がさり気なく少年の視線を遮るよう位置し、最終確認を続ける。カルマとサウルが秘かにホテルに入った。
「では状況開始といこうか。少年は指揮官だ、自分達が‥‥」
イレーネが言い差した、直後。ホテルから従業員が次々駆け出してくる!
「テ、テロリストが――!?」
「どうしたの、一体」
「武装した奴らがお客様を人質に!」「10人くらいで‥‥」
「何だと」
即座に戦闘態勢に入るロッテ、透夜、栗花落。小鳥、イレーネが少年の左右を固め、ヴィネが徐に告げた。
「こちらは数的不利。故にオットーにも手伝ってもらう。できるな」
少年は唾を呑むと、正義に燃える瞳で見返した。
「やれるよ、僕!」
透夜、栗花落を先頭にロビーを抜ける。忍び足で階段を上り、天井の低い通路へ出た。さっと角に隠れ、ロッテが振り返る。小鳥が実弾を抜いた銃をこれ見よがしに構えると、少年は鼻息荒く拳を握った。
「そ、そういえば金ぱつのお兄ちゃんは?」
「静かに」
透夜が封殺。角からそっと通路を覗くや、中腰で素早く移動した。
銃声!
「わ‥‥!?」
「落ち着いて」
ロッテが少年の口を押えた。小鳥がどうするか訊くと、少年は狼狽えロッテとイレーネを見上げる。答えない2人。透夜が口を開く。
「幸い道中は敵と遭遇しなかったが、この中には必ずボスがいる筈。隊長、指示を」
「な、中に入って、その‥‥」
何とか自分で考える少年だが、流石に限界らしい。ふと栗花落が微笑み、景気良く細剣を掲げた。
「じゃあ思いっきりいこー! せーのぉッ!」
ばぁん!
掛け声と共に栗花落、透夜が扉に体当りして中に飛び込むと、そこには。
「おぉっと、動くなよ?」
一見高貴な男――サウルが、チョビ髭と黒縁眼鏡に黒髪七三分けの人質に銃を突きつけていた。
雪崩込んだ一行は各自得物を構える。ヴィネに促され、少年が勇気を振り絞った。
「お前はほーいされてる。とーこーしろ!」
「チ、あいつらサボりやがって」サウルが部下に裏切られた演技をしてみせた。「条件がある」
「う、うん」
「こいつは売国奴だ。こいつを調べてくれ。俺こそ正義なんだよ」
「えと。わ、解った。だからとーこーしろっ」
沈黙。時計の音が大きく聞こえ、不意にサウルは鼻を鳴らして手を挙げた。同時にロッテが懐に潜り込み、サウルの腕をキメる振りをした。
「――制圧。対象の保護を」
少年が慌てて人質――カルマに近付き引き寄せる。イレーネが高らかに宣言した。
「状況終了!」
赤いホテルの前には6人の傭兵と勇敢な少年、そしてチョビ髭の人質と美貌の犯人が並んでいた。後ろにはグライダーを囲むように人型のバイパー、グリフォン、スカイセイバー。
「よく救出してくれた。ヨーロッパ一危険な男の名は君にこそ相応しい!」
カルマが重鎮になりきって鷹揚に笑ってみせると、少年は照れてカルマを見上げた。
「あっ、ありがとう! って金ぱつのお兄ちゃん?」
「あれ、気付くの遅くね? いやこの俺の変装が完璧すぎたって事か! アー、流石イケメンだわー」
「解ったから動くな。撮るぞ」
透夜が撮影してくれる従業員に軽く頭を下げる。
中央がオットーで両隣は膝立ちのロッテとカルマ。ロッテ側に小鳥、透夜が続き、サウルはカルマからやや離れた所で空を仰ぐ。少年の後ろにはイレーネ、ヴィネ、栗花落が並び、後者2人がイレーネを取り合うような有様だった。
「いきまーす」
シャッターの音が高原に響き、その瞬間が切り取られる。いかにも何かを成し遂げた後のような、幸福感溢れる1枚。
少年の中でこの思い出がずっと輝き続けられる、そんな未来があれば。
小鳥は風に舞うふわふわワンピの裾を押え、そんな事を思った。
●いつだって追いかけた
1645時。帰るには遅く、太陽も橙に色付き始めた時間。
現地に泊まる事を大佐に報告した一行は、ひと時の休暇を楽しんでいた。
「作戦‥‥上手くいって‥‥よかったですねぇー」
「オットーは満足し、私達も英気を養える‥‥こういう職権濫用なら時々は協力してもいいわね」
「高地だけあって空気も美味いし眺めも良い。悪くないな」
にゃーと笑う小鳥に、ロッテと透夜。3人はホテルを離れ、斜面を登る。山全体の8合目といった場所だけに若干空気も薄い。丘を登りきると、視界一面に空と大地が広がった。
青と橙と緑がせめぎ合う、そんなパノラマ。
「はふ‥‥忙しかったのが‥‥嘘みたいですぅー」
「小鳥、お茶の準備よ」
ロッテはいっぱいに自然を吸い込み、ほんのり上気して提案した。
「レストラン、まだだって」
栗花落が肩を落して帰ってくると、イレーネは普段崩さない表情を和らげ労った。
「先に買物を済ますか」
「早く行こう、1秒たりとも無駄にできない」
ヴィネが逸るように踵を返す。2人が後ろから愛しい義妹の両腕を取ると、ヴィネは一瞬身を固くし、すぐ頬を赤らめた。栗花落がヴィネの腕を高く挙げる。
「まずは服! 折角だからイタリア風にキメよー!」
小走りにホテルのブティックに引っ張っていく栗花落。
3人が店内に入る。店員の案内も断り、まさに姉妹水入らずで物色だ。イレーネは義妹達に似合うドレスを、ヴィネと栗花落は義姉が映えるスーツを。互いを想って下した選択は、打ち合せる事なく3人が調和する選択となった。
クラシコイタリアのキュッと絞った黒のスーツはイレーネの腰から尻のラインを引き立て、女らしさと凛々しさを同居させる。一方で真紅を纏ったヴィネは豊かな胸を敢えて押え、細身のドレスに合せていた。レースに隠された胸元が零れんばかりで
「あぁああ惜しい、年さえ、年齢さえ‥‥だがイレーネ、こいつァ良い!」
こんな男を引き寄せる始末である。
横から突然湧き出た男――サウルをヴィネが睥睨し、絶対零度の圧力を加える。サウルはわざとらしく口笛を吹くと、足早に店外へまろび出た。
「‥‥さて。何もなかった、な」
「そ、そうだねー」
苦笑する栗花落は、裾が適度に膨らんだ純白と空色のドレス。無垢な魅力を全面に押し出す選択だった。
「お嬢様方、お手を。エスコート致しましょう」
不意打ち気味にイレーネが恭しく片膝をつき2人の手の甲に口付けると、ヴィネは目を見開き、腰から崩れそうになった。咄嗟にイレーネが支える。
「っと」
「は、ぁ‥‥よ、ろしく‥‥姉様‥‥」
対する栗花落は仰々しく裾を抓み、小首を傾げてみせた。
「宜しくお願いしますね、王子様♪」
空は朱に染まっていく。
カルマは一通り高原でオットーの遊びに付き合うと、ホテルでマルゲリータを買って外へ出た。少年を伴い、丘に向かう。チーズを滴らせるように頬張ると、草とミルクの匂いがした。
「ンメー! やっぱ本場違うわ。どうよ少年」
「んめー」
真似する少年の頭をカルマが軽くはたき、登りきる。そして見たのは、襲いかかってきそうな大自然と先客――ロッテ達のお茶会だった。
「俺らも混ぜてもらっていースかねぇ」
「ひぁ、は、はぃー‥‥どうにゃぁあっ!?」
「ッ易々と熱湯を浴びる訳には!」
運悪く紅茶を注ぎ、透夜に渡さんとしていた小鳥。手元に集中すればいいのに返事と共に顔を上げてしまい、盛大にぶちまけていた。しかも何とか持ち直そうとしたもんだから結局つんのめって顔面ダイブだ。
が、それを予期していたかの如く後転で回避する透夜は流石である。
「いつもこんなお茶会してんスか?」
「‥‥えぇ。『こんな』お茶会よ」
ほら小鳥、とロッテが助け起すと、小鳥のおでこは赤く腫れ上がっていた。上目に自分でさすさす撫でる。
「うぅ‥‥私の‥‥ゆーがなお茶会が‥‥」
「ん、何だって小鳥。もう一度言ってくれ」
「優‥‥もう‥‥いいです‥‥解ってますぅーっ」
いじめられたーとロッテの胸に飛び込む小鳥である。カルマが紳士的と書いて胡散臭いと読む笑みで座った。
「ま、ここはピザでも食って豪華にいくッスよ!」
「豪華ね。じゃコイツも混ぜてくれよ」
とサウルまでやって来て赤ワインを掲げてくる。まったり3人で始めたお茶会がいつの間にか6人の宴会になっていた。
「フレッシュ、そしてスパイシー。マルゲリータに合うか知らねーけどな」
サウルがふらっと空を仰ぐと、地平線に月が見えた。
「愛おしい妹達に」
レストラン。
イレーネはグラスを掲げ妹達のそれと軽く合せる。ヴィネが「私の姉様に」と返すと、栗花落は残念そうに言った。
「ヴィネちゃんも早く飲めるようになるといいね」
「こればかりは、な」
少し口を尖らせ、自分の年齢を恨むヴィネ。イレーネが手を伸ばし、頬に触れた。
「ヴィネを置いてどこにも行かぬさ。ゆっくり成長すればいい」
家族。もう絶対に大切なものを奪われたりしない為に。
イレーネの手にヴィネが猫の如く頬をごろごろ押し付けていると、前菜が来た。咳払いして居住いを正すヴィネ。栗花落が笑う。
「今日はまだまだこれからだよー!」
チーズとバジルの乗ったトマトを口に含むと、優しい清涼感が体を満たす。
グラン・サッソの夜は、始まったばかりだ。