●リプレイ本文
青い海。照りつける太陽。瓦礫の砂浜。一面に響く、魔性の歌声。
歌声と共に現れた蜥蜴人の襲撃は砂浜を一瞬にして戦場に変えた。が、流石に未だLHに留まる者は違った。月影・透夜(
ga1806)や植松・カルマ(
ga8288)が敵と50m隔てて素早く対峙するのと入れ替り、作業員は蜘蛛の子を散らすように避難する。
ギン・クロハラ(
gc6881)が周囲を窺う。
「この歌声はトカゲさんとは別‥‥?」
「ぽい。てかあんなのがこんな透明感溢れる声だと逆にヤダ」
滑らかなフォルムのAU−KVに包まれた愛梨(
gb5765)が中で顔を顰める。ギンが振動探知に集中する一方、智久 百合歌(
ga4980)は2歩3歩踏み込んだ。低い笑みが零れる。
「私に音楽で勝負を挑むだなんて上等じゃない!」
「ん、人魚? ととかげ早くたおす」
「ですぅ! 宝探しの前に邪魔なモンス‥‥もといキメラ退治ですよぉ!」
妙に意気軒昂な舞 冥華(
gb4521)と幸臼・小鳥(
ga0067)。ロッテ・ヴァステル(
ga0066)が呆れ気味にツッこんだ。
「珍しくノってるわね‥‥」
「宝探し‥‥ですよぉ?」
「撤去、よ。でも」ロッテは天拳を打ち鳴らして「一刻も早く作業を始めたいのは同意だわ‥‥!」
じりじりと接近する傭兵。次第に脳を掻き回される嘔吐感が強くなる。ロッテは格闘着の裾を千切って口に含み、丸めて耳に詰める。集中していたギンが小声で警告を発した。
「距離50、トカゲさんの周りに同じような反応が2つ。それと10mくらい離れた瓦礫の中に声の主が2体です」
「そんなに? 何処かここまで入り込める箇所とかあるのかも」
「後で報告だな」
愛梨の指摘に、透夜。
圧力に圧され後退する蜥蜴人を見、カルマが徐に動く!
「とりまあいつヤっちまうスよ!」
●大西洋の魔物
真っ先に突っ込むカルマ。その背を追い越すように透夜と百合歌の斬撃が飛んだ。
「速攻で潰す!」
歌が感覚のズレを引き起す。百合歌の斬撃は躱されるも、透夜のそれが敵左腕を一撃で切断した。怯んだ敵にカルマの魔剣が迫る!
「ッらァ!」
が。
大上段からの唐竹割りを敵は紙一重で躱す。剣を跳ね上げるカルマ。敵はそれすら躱し、毒の爪で3、4閃と払ってくる。
正面から受けるカルマに代り、左から愛梨の電磁波、右からギンの一矢が敵の脚を穿つ。そこに透夜が飛び込んだ。
斬!
瞬く間に縦横に刻まれた敵が瓦礫に沈む。透夜は息を吐き、双槍を納めた。
「え‥‥?」
「ロッテ、人魚は任せた。しかし流石にこの距離だと‥‥拙いな。悪いがギン、回復頼む」
「あ、はい」
これ見よがしに頭を押えて後退し、瓦礫に『躓いてみせる』透夜。その、狙いは。
『――■■!』
案の定飛び出てくる影2つ。透夜が口角を上げた。
「よし、こいつらを逃、‥‥!?」
ここまではまさに狙い通り。が。
歌の影響は自覚症状より遥かに重かった。透夜が槍を再び構えるより早く、2つの影が裂帛の気合と共に――!
「ん、冥華いちばんに吶喊するー」
冥華がバハムートの装甲を頼りに次々瓦礫を乗り越え声に近付く。追従するロッテ、百合歌、小鳥。
眼の奥が破裂しそうな不快感。闇の衣を纏った百合歌が冥華に並び、大雑把に当りをつけてST‐505をかき鳴らす。
「心ない歌声に負けてたまるものですか!」
「おー、百合歌がんばれー」
少しずつ狙いを変え、弾きまくる百合歌。直後、敵のユニゾンが乱れた。それを捉える!
「1時方向距離20、赤い砲身の向こう!」
「了解!」
一気に瓦礫を跳び越えるロッテ。だが空中から見ても敵に至る隙間がない。冥華が瓦礫を押しのける。着地したロッテは瓦礫を蹴り上げた。その間に敵の歌声は元の力を取り戻し、ロッテと冥華の脳髄を鷲掴みにしてくる。眼、耳、鼻から血が溢れた。
やや離れてじっと狙う小鳥。百合歌がギターのネックを極端に下げた。
「音楽を戦いの道具にするのは気が引けるけど‥‥響けラプソディ!」
どこか郷愁を感じさせる弦の響きが力となり、魔性と拮抗する。その隙を逃さずロッテ達は瓦礫を除き、敵への射線を拓いた。同時に小鳥が撃つ撃つ撃つ!
「この機を‥‥逃しませんよぉ!」
遂に敵2体が歌唱を中断、跳び退る。一瞬遅れて跳んだロッテが宙で2体の尾を掴み、地に叩き落す!
「べおうるふでお魚かいたいー」
瓦礫に背を打ちつけた人魚へ、冥華が斧を振り下ろす。轟く絶叫。百合歌が納刀したまま鬼蛍の柄を握り、
「あら、随分汚い声ね。さっきの歌はどうしたの?」
居合の一閃で人魚の頭と胴を切り離す!
「音楽で私を倒そうなんて十万年早くてよ」
百合歌は冷笑を浮かべて事切れた敵を見下ろした。
一方敵を地に叩きつけたロッテも、間髪入れず人魚へ迫った。
「小鳥!」
敵が咄嗟に水弾を放つもロッテは右に回避。ロンダートで瓦礫を越えて肉薄すると、勢いままに左の裏拳を叩き込む。
「まだまだ!」
流れに任せ右ストレート。拳の軌跡が残像となって瞳に映る。右を引いて左アッパー、肘鉄で牽制して上から右の拳を敵顔面へ叩きつける!
「それだけでは‥‥終らないですよぉっ」
ロッテが屈むのと相前後して小鳥が滑り込む。右のラグエルと左の真デヴァステイター。2つの銃口が0距離から火を噴き、6連射が敵の胸に穴を穿つ!
「続きは冥界で歌いなさい‥‥ラ・ソメイユ・ペジーブル」
血の海に沈む人魚にロッテが言い捨てた。
爪が食い込む。毒が急激に体を侵す。
透夜は自らの体に刺さる敵の爪を知覚し、舌打ちした。敵の勢いを利用して後ろへ倒れつつ、爪を中途から叩き折る。
瓦礫にどさ、と透夜の倒れる音が妙に響き、直後、3人が動いた。
「透夜サンの仇ィイ!」「死んでない」
カルマが小跳躍で肉薄し、ギンは透夜の体を引っ張って敵から遠ざける。愛梨がカルマに集中する敵へ横から指揮棒を差し向けた。
「カルマ、後はさっさとやっちゃって」
「ウィ、マドモワゼル!」
電磁波で体勢を崩す敵2体。カルマは2体の間に着地するや、膂力に任せて右の敵へ魔剣を振り上げた。
『――■■!』
「るせぇよ」
一刀両断、転じて左。敵が行動するより早く、袈裟に斬り伏せる!
「‥‥透夜サンの犠牲は忘れないッス」
「だから、死んでない」
透夜のツッコミはやはり無視されたのだった。
●各々の肉体労働
ギンが敵の血臭に顔を顰め、嘔吐感を堪えて振動探知するも、気配はなし。愛梨がせっせと戦場を掃除した後で作業員等を呼び戻し、本来の作業に入った。
カルマが不覚とばかり頭を押える。
「おおう」
「? 何よ」
「流石女の子、気配り上手ッスねー。普段ツンツンなのに」
「っるさい、早く作業!」
「了解ッス!」
と言いつつ何故か着替え始めるカルマ。とりあえずスルーして愛梨は砂浜を見渡した。
見事に鉄塊だらけで砂浜とも呼べない有様だった。
「‥‥折角綺麗な浜辺だったのに」
「早く美しい姿に戻してあげないとね‥‥」
通りすがりにロッテ。独り言を聞かれた気恥ずかしさで愛梨は俯く。が、自分の影を見るうちに、ふと同僚の横顔が脳裏を過った。
アフリカが自分の故郷だからって、LHや人々が被った損害にまで責任を感じてしまう。そんな優しすぎる同僚の横顔。
「‥‥まぁ、あのばかの分まで気合入れて片付けましょっか」
夏の日差しが、愛おしく思えた。
血臭が薄れてくると、ギンはまだ歌声の影響が残っていた透夜と冥華の許に急いだ。
「念の為に回復させて下さい。万が一後遺症が残ると大変ですから」
「ああ、助かる」
2人を前に、ギンが深呼吸した。
――ひまわりの唱。‥‥大丈夫、特訓したもの。きっと大丈夫。
腹に息を溜め、空気の通り道を意識する。目を瞑り、徐に旋律を紡いだ。10秒が瞬く間に過ぎる。そして
「ん、ぐるぐるなおったー」
ギンが目を開けると、2人から感謝の視線を向けられていた。内心ほっとして微笑を返す。
「‥‥よかった」
秘かに達成感を覚えつつ、ギンは改めて作業へ。
技術者を伴って瓦礫を見回り、再利用の可否で印をつける。さらにその重量や破損状況で危険度を定め、自分達が担当すべき物の優先順位を決めていく。
「あ、その辺は不用意に近付かない方が。不発弾が残っているかもしれませんから」
迅速に、しかし安全に。
ギンは効率良く作業を進める。
「これも誰かが使ってた物、なのよね‥‥」
百合歌がタロスの一部や機剣が折り重なっていた山を少しずつ崩していくと、シラヌイのコクピットらしき鉄塊を見つけた。状況から察するに、敵と接近戦を繰り広げて相討ちで墜ちたのだろう。
百合歌が唾を飲み、風防を抉じ開ける。果たして中に、死体はなかった。
脱出できたに違いない。安堵して息を吐き出した、その時。百合歌の目にソレが映った。
「ねこみみふーど?」
何で機内に。というか持ち込んだのに何故着てないのだろう。そこに少尉が声をかけてきた。
「どうかしました?」
「いえ、これが」
百合歌がふーどを取り、広げてみせる。少尉は事も無げにのたまった。
「使えそうですね‥‥じゃあ約束通り僕が申請しておきます!」
「えぇっ」
サムズアップして去る少尉。百合歌はそれを手にしたまま空を仰いだ。
「‥‥この年でねこみみ‥‥。に、似合うかしら」
「超お似合いッスよ」
瓦礫山の麓に、カルマがいた。よりによって。
「超お似合いッスよ。何歳か知らねースけど」
「‥‥え、永遠の17歳!」
引き攣った笑顔でふーどを投げつけた。
当のカルマはニッカボッカに軍手と、まさに作業員といった出で立ちで砲身を運んでいた。
――フフッ、一見不良が真面目に掃除。しかも作業着。マジパネェ!
煩悩まみれで。
「くはー。超重ぇー。でもやんねーとな、俺頑張ってるわー」
ちら。
「マジすっげ頑張ってるよ俺。やっぱ浜辺キレイにしてーからさー!」
ちらちら。
「ちょー見て見てこの輝く汗! 俺すご」
「うっさい黙れコレ運ぶ!」
「‥‥はい」
愛梨の強烈なツッコミがカルマのドタマに炸裂した。
●宝探し
「冥華のおてつだい、だめ?」
冥華がくてんと首を傾げる。言われた側は苦笑だ。
「まぁそれが仕事ですし」
「ん、ありがとー」
冥華の前に集っていた作業員が散っていく。それを見届け、冥華は嘆息した。
「冥華もさがさないと‥‥」
「では宝探‥‥撤去‥‥頑張りましょぅー!」
小鳥が何故か盗賊スタイルで気合を入れると、途端に茶化された。
「貴女って娘は‥‥」「気合入れすぎると空回りするぞ」
「うー」
ロッテと透夜を涙目で見上げ、目に物見せてくれんと小鳥は力強く踏み出す。フレームがごろごろ転がった山に向かう――寸前、透夜が忠告した。
「瓦礫に埋まるなんてベタな事するなよ?」
「そんな事‥‥しにゃぁっ!?」
反論しかけた瞬間転ぶ小鳥である。2人、唖然。ロッテが助け起す傍ら、透夜は、
「ロッテ、お守りは任せた」
「了解」
最も高い瓦礫山へ向かう。足場を登ると、上部の塊をサイズ別に東、南、西へ落していく。
「作業員は暫く近寄らないでくれ、後で纏めて運ぼう」
「うぇーす」
透夜はそれを30分続け、山が半分消えた頃に下山した。そして中サイズを集めた小山の基部に手をつくと、豪力で無理矢理押していく。
「おぉ!」「すげぇぜ兄貴!」
「誰が、兄貴、だ‥‥!」
限界以上の力を出して尚、律儀にツッこむ透夜だった。
ロッテは大胆なビキニを惜しげなく披露し、海中に潜っていた。
――結構透き通ってるわね‥‥。
やはり水は快く、焼けつつあった肌を冷ましてくれる。とはいえ海水浴気分に浸る訳にいかない。深度4m程の所まで泳いで海底を眺め、鉄塊の目ぼしい場所を覚える。次いでKV用拳銃の弾倉の欠片らしき塊を持ち、浜辺へ戻った。
「ひとまず場所を報告して‥‥」
ロッテが段取りを纏めつつ駆け出そうとしたら、小鳥の姿がなかった。辺りを見回す、と。
「ぅー」
「小鳥?」
「ひぁっ‥‥なな何れすかぁー?」
「どこ?」
「さささ作業‥‥ひれますよぉー?」
妙にくぐもった声。
もはやピンとくるまでもない。ロッテは瓦礫山の陰を覗いて回り、波打ち際の山で小鳥を発見した。
瓦礫の穴に両腕を突っ込み、砂に顔を埋め、尻を突き出した小鳥を。
「‥‥こういう時どんな顔すればいいか解らないの、とか言った方がいいかしら」
「笑わないでいいので‥‥助けて下さぃー」
小鳥を救出するロッテ。スカートがずりずりめくれ、くまさんが白日の下に晒された。小鳥は泥塗れの顔をはたき、その後やっと気付いて慌てて裾を戻す。
そして立ち上がろうとして、ふと瓦礫の奥に朱色の何かが見えた。
「これはぁ‥‥」
「ん? 何かみつけた?」
面白そうな気配を感じて近付いてくる冥華。小鳥が手を伸ばして引っ張り出すと、それは‥‥。
●永遠の予約
撤去はつつがなく夕刻まで続き、無事解散となる。冥華はその足で自然公園へ向かった。朱色の――唐衣を持って。
遊歩道を外れ、林の中へ。目立たなさそうな木の前で足を止めた。唐衣を胸に抱き、しゃがむ。
静寂が辺りを支配する。
「冥華しってる。だって冥華、ぎゅーってされたから」
アフリカ奪還作戦の折、撃墜された北条琴乃。これは彼女の着物だ。
冥華は唐衣に顔を埋める。そうすればどこかからまた現れてくれると、そんな幻想を夢見て。
「舞さん」
「‥‥ん」
百合歌が声を掛け、シャベルをそっと差し出す。
「お墓、作るんでしょう? ここならきっと見逃してくれるわよ」
冥華は生返事してゆっくり掘り始めた。
少しずつ、まるでそこに友達の体が埋まっているかのように。
「俺ァ冥華ちゃん程思い入れもねースけど」
カルマが見守りながら、口を開く。
「‥‥でもま、怒らせちまったのは苦い思い出っつーか。アー、それだけは謝りたかったかも?」
「何か、寂しそうだったしね」
カルマと愛梨が話す傍ら、一心に掘り続ける冥華。
さく、さくと嫌な音が耳に残る。ただ掘り、掻き出す。掘り、掻き出す。そのうち冥華の視界は涙に滲んでいた。瞬きすると一筋熱いものが零れ落ちる。それが、彼女の臨界点だった。
シャベルに体重をかけようとして、くずおれる。じっと声も上げず、ただただ膝の間に顔を隠して。はらはらと涙が零れ、土に染み込んでいく。
百合歌がその背を優しく包む。大声で泣く事も知らぬ娘の心が、少しでも和らぐように。
「冥華さん‥‥っ、手伝い‥‥ますぅー」
小鳥はもらい泣きしながら名乗り出る。愛梨も加わり、2人で穴の形を整えた。
冥華は百合歌から離れ穴の前で正座すると、唐衣を底に横たえる。
「‥‥もっと琴乃とあそびたかった。冥華、おもちかえられてもよかった‥‥」
百万言が溢れそうで、喉につかえて言葉に詰まる。
百合歌がヴァイオリンを構え、ゆっくりと子守唄を奏でた。
「眠らせてあげましょ?」
「‥‥ん」
土を戻し、丸く形を作る。冥華が小鳥と共に最後に手を合せた。
昼と夜の狭間。橙の光と子守唄が墓を包む。
――お前は永遠に妾のものじゃ、冥華。
ふと、そんな言葉が聞こえた気がした‥‥。