タイトル:【AC】今、試される希望マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/08/09 23:42

●オープニング本文


 防衛線の一部を突破され、バグアの侵入を許してしまったLH。
 敵の主目的は中央部及びスチムソン博士であろうとの予測はついたものの、だからといって他の被害が皆無というわけではない。道中気まぐれに家屋を破壊していく敵がいれば、あるいは本隊からはぐれて自然公園を蹂躙する敵もいた。
 そんな中、僅かな間隙を縫って傭兵達は弾薬等の補充とKVの整備、そして自身の休息を求め、少数ずつ一時帰投した。
 そこで彼らを待っていたのは‥‥。

「あたしの娘がいないの!」
 軍施設から出て避難所に程近い場所を通りかかった傭兵達が目にしたのは、ヒステリックに叫びながら兵士に食って掛からんとする若い女性だった。
 対応する兵卒が「落ち着いて」と両腕で制止するも、彼女は止まらない。
「あたしが配給に並んでる間にいなくなったのよ! 何でちゃんと見てくれなかったの!? ねえ、あんたこれが仕事じゃないの!? さっきからあちこちで鉄砲みたいな音も聞こえるし‥‥あ――もうあたしの蘭ちゃん返してよおおおおおお!!」
「で、ですから落ち着いて、奥さん。いなくなったのに気付いたのは何分前ですか? またどこに行ったのか心当たりは‥‥」
「知らないわよ! 早く何とかしなさいよ!!」
「えーと、とりあえずお名前を‥‥」
 と兵卒は名前を聞き出して近くの同僚に目線で合図すると、同僚がそれを受けて問い合わせと捜索を上に依頼するべく駆け出していく。一方で運悪く絡まれたままの兵卒は、処置なしとばかり生ぬるい苦笑を張り付かせていた。
 通りかかった傭兵の1人が、こっちはこっちでやはり大変そうだと嘆息した。
 兵卒も気の毒ならば、女性の方の気持ちも分かる。攻め込まれた側の悲劇だった。この女性以外にも子どもや家族、あるいは心の拠り所たる我が家の事で胸を痛めている人も多くいるだろう。また、侵入してきた敵の攻撃で崩壊した区画等もあるに違いない。
 遥か向こうの空からは絶え間ない砲声が遠雷の如く響いてくる。また比較的近く――LH内部からも時折銃声が轟く。
 戦闘中の、僅かな休息。
 傭兵達はそれを噛み締めるように、ゆっくりと歩いた。

●参加者一覧

ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
相沢 仁奈(ga0099
18歳・♀・PN
里見・さやか(ga0153
19歳・♀・ST
智久 百合歌(ga4980
25歳・♀・PN
植松・カルマ(ga8288
19歳・♂・AA
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG
ムーグ・リード(gc0402
21歳・♂・AA

●リプレイ本文

 遠雷の如き砲声が轟く。戦火に曝されたLHに降り立った里見・さやか(ga0153)はいつもの大通りに穿たれた穴を見、自分の胸にまで穴が開いた気分になった。
「こんな光景、少し前まで思ってもみなかったわね」
 智久 百合歌(ga4980)に同意するさやか。深呼吸して表情を取り繕うと、目前の通りを兵卒4人が駆けていった。ロッテ・ヴァステル(ga0066)が嘆息する。
「やはり此処も混乱しているわね‥‥」
「皆よくやるッスわ。マジ俺とか労働しすぎ。世が世ならアレよ? ローキホーがソレで真っ黒な企業のコレ的な?」
「ナニがドレやねん」
 無理に法律云々と口にする植松・カルマ(ga8288)にツッこむ相沢 仁奈(ga0099)。が、カルマは返すでもなく、未だに娘云々で騒ぐ女性へ近付いた。スプレーで自らの硝煙の臭いを誤魔化すあたり、紳士と言えなくもない。
「どうしました奥さん。よろしければ能力者の中でもグンバツに頼りになると評判のこの俺がお話を聴きましょう」
「煩いこのチンピラ!」
「‥‥」
 如何せん言葉のチョイスが残念だった。

●母娘とイケメン
「ちっちゃい子って待ち時間ヒマだと思うんスよ。何か遊び道具とか持ってたスか?」
 ともあれ例の母親と共に街を歩き、訊くカルマ。母は辺りを見回し、娘の名を叫ぶ。
「取る物も取り敢えず避難したから‥‥」
「て事は大事な玩具取りに戻ったとか家で遊んでるとかじゃね?」
「そう、ね‥‥うちに‥‥!」
「ほら、心配なのは解るけど落ち着いて考えりゃ大丈夫っしょ」
 カルマが一見爽やかに笑い、先を歩く。
 街は閑散としており、装甲兵員輸送車等が東奔西走するばかり。時折営業中の店に一般人が集っているが、やはり軍関係者が目立つ。
 戦車が砂埃を上げて通り過ぎた時、カルマが言った。
「で、家ってどっちッスか」

 銃声が響く中で件の家に辿り着く。すると
「鍵開いてる!」
「きたー! いややっぱ俺パネェわー。マジ自分が怖ぇ!」
「蘭ちゃん! 蘭ちゃぁん!」
 慌てて廊下を駆け抜けた。果たしてそこには、
「まま?」
 娘が、いた。
 髪を振り乱して娘を抱き締める母。その姿は確かに鬼気迫るものがあったが、だからこそ純粋な想いがカルマにまで伝ってくる。「いるかさんあったのー」なんて微笑む娘が何とも可愛くて小憎らしくて、カルマはウインクして忠告した。
「蘭ちゃん、何も言わずにママから離れちゃダメだぜ? イケメンとのヤ・ク・ソ・ク☆」
「まま変な人がいるー」
「うっわサーセンお茶目な俺でサーセン!」
 幼女に土下座するカルマである。
 母親がしゃくり上げて微笑し、頭を下げる。カルマは白い歯を見せ「どうよ、頼りになったっしょ?」とキメると、最後に調子に乗った。
「つきましては俺と散歩でもしません?」

●3人が食べたり食べられたり
 気だるげな空気とそれを切り裂く銃声。時折走り抜ける兵。混沌に包まれた広場で、幸臼・小鳥(ga0067)は木陰にシートを敷いた。
「ここで‥‥食べましょぅー」
 木漏れ日に目を細めるロッテ。仁奈が水着のままシートに飛び込んだ。
「おべんと、はよ食べよー♪ ちゃんとウチ保冷剤も仕込んどったで?」
 小鳥が座って包みを解くと、弁当特有の食欲をそそる匂いが漂ってきた。弁当箱が各々の前に置かれ、3人の「いただきます」が唱和する。
 姿を現すのは色とりどりのおかず達。ロッテと小鳥の主食枠にはミニオムライスが入り、仁奈のそれはサンドイッチだ。
「小鳥ちゃんのはこれまた可愛らしいお弁当やねぇ」
「そちらも‥‥美味しそうですぅ。仁奈さんの料理‥‥初めて見た‥‥かもぉ?」
「そやっけ?」
「それにしても‥‥私にも手伝わせてくれていいのに‥‥」
 ハンバーグにフォークを突き刺しつつロッテが今朝を回想する。それは2人の料理を手伝おうと包丁――
「わぁ‥‥美味しいですねぇー!」
「‥‥人の回想を妨げるなんて。おそろしい子‥‥」
 ともあれ3人は料理を平らげていく。しんなりレタスにポテトサラダ。きゅうりの歯ごたえを楽しむと、唐揚げを頬張ってはジューシー何とかなんばわーんわんとか口ずさむ。鶏肉の脂が口内に広がり、咀嚼するごとに舌を刺激した。
 そして終盤戦に差し掛かった仁奈がソレに箸を伸ばす。
「たっこさーん。ウチのナカで1つになってな♪」
 仁奈が着色料満載の赤ウインナーを一口で食べる。
 そのうちロッテがスイカを飲み込み、ご馳走様と小鳥に感謝した。仁奈も続き、最後に小鳥が蓋をする。
「はふ‥‥」小鳥がお茶を注ごうとし、突如頭が前後に揺れた。「何か眠たく‥‥なって‥‥」
「早ッ」
 仁奈のツッコミすら聞く暇もなく小鳥の体が横に倒れる。ロッテが辛うじて支え、頭を自らの膝に乗せた。
「お子様やねぇ。ロッテさん脚痛ない?」
「この子軽いから」
 ロッテが小鳥のワンピ裾を直しつつ。くまさんが全開だったのは永遠の秘密だ。
「んー。ほんなら肩? ウチ、マッサージしたるよ!」
「いや大丈」「えーから、遠慮せんと♪」
 有無を言わせずロッテの背後に回る仁奈。両肩に手を置くと、やにわに指に力を込めた。
「っ、は、ぁ‥‥」
「ほら、じっとしとかなー」
「や、め‥‥っ、ぅ、んんっ」
 調子に乗って仁奈が体重をかけて揉む。ついでに水着から零れる双丘をロッテの首に押し付け、親指で肩甲骨を抉った。それでも「ふ、ぅ」なんて漏らすもんだから仁奈はさらに胸で首を挟んで上下――
「‥‥貴女は、何をしてるの」
「ん? そりゃもー、当ててんのよ、的な?」
「‥‥少しは」ロッテが覚醒、一瞬にして後方宙返りで後ろを取るや、ヘッドロックをキメた。「悪びれなさい!」
「ちょま、ウチの可愛い出来ごこはひんっ!?」
 オシオキとばかりキメるロッテだが、痛いと呻く一方で頬に押し付けられた胸を堪能する仁奈には気付かない。そして突然跳躍した為に膝枕されていた小鳥の頭が結構な勢いで地に落ちた事は、それにも増して誰も気付かなかった。

●心の在り処
 稀に銃砲声と瓦礫の音がする以外、何もない世界。そこに杠葉 凛生(gb6638)とムーグ・リード(gc0402)はいた。
 敵が残した破壊の残滓。幸運にも根から引き抜かれて倒れた樹は2人がかりで元に戻し、自然の回復力に期待してみる。芝に穿たれた穴には土を盛り、種を蒔く。
 ――美シ、カッタ、LH、ガ‥‥。
 黙々とムーグが汗を流す。眉を顰めたその表情を凛生は横目に見た。
「‥‥」
「代償ハ、オオキイ、デス、ネ‥‥」
 独りごちるムーグに凛生が、
「勘違いするな、ムーグ。戦略的に、人類はアフリカを取り戻した方がいいんだ。お前さんが責任感じる事じゃねえ」
「‥‥ハイ」
 そんな言葉が無意味だと知りながら、少しでもムーグが報われるようにと。凛生は1つ1つ確実に作業する。ムーグも再び手を動かそうとしたその時、遠くで声がした。
「――たしのたからばこ――」
「や、この辺まだ危なそうスから向こう――」
 幼い声と、それを止める声。ムーグが視線を上げた。するとふと視界隅、1本の木の根元に何かが見えた。それは土を掘り返され半ば露出したピンクの宝石箱で。
 これが幼い声の『宝箱』か。ムーグが声の主を呼び止めんと公園をまろび出た。
 が、そこには既に人はなく。
 こんな事もできない。故郷を落ち延びた時から成長しない自分に、反吐が出た。

●幕間
 声の主――カルマ達は、避難所へ帰るついでに散歩を満喫中だった。
 公園前を通過し大通りへ。多くの店がシャッターを閉めた通りは寂寥感を覚える。
「この辺でブラついたら‥‥」
 広場を横切りつつカルマが言い差したその時、遠めから声をかけられた。
「はれ、カルマくん何しとるん? ちびっ子と手ぇ繋いで‥‥は、まさか!」
 仁奈である。うつ伏せで芝生に押し付けられた仁奈が妙な妄想を働かせる。ロッテと小鳥が続いた。
「カルマ、貴方って男は‥‥」
「ちょ、ちげーし! 俺がこんなガキんちょ‥‥」
「つまり‥‥そっちの女の人との‥‥隠し子ぉ‥‥っ」
「おかしくね!? 何この通り魔!?」
 いつものノリが、見ず知らずの人から見ると妙に怪しい。母ジト目。カルマ涙目だ。
「や、違うスから! 俺マジ紳士だし。あでもそんな冷たい目も好」「!?」「HAHA、紳士ジョークッスYO!」
 身振り大きく弁明するカルマ。耐え切れず仁奈が笑った。
「やー、すまんすまん。人生笑いが大事言うやろ? こんな時こそ笑かそ思てな」
 母に説明すると納得したようだ。仁奈が謝罪してカルマに言った。
「ええトコあるやないの、見た目アレやけどな♪」

●Eternity
「私にも手伝わせて下さいな」
 盛大に崩壊した一画を見つけた百合歌は、勇んでそちらに足を向けた。兵が誰何する。
「能力者の方ですか?」
「あら、よくお判りで」
「はは。このご時世、刀なんて佩く人は大概能力者ですよ」
「残念だわ、驚かせられなくて」
 くすと悪戯っぽく微笑する百合歌。付近に兵と志願作業者以外の人影がないのを確認し、改めて瓦礫に向かった。
 家の外壁や屋根の残骸、あるいは棚、舞い散った書類。TVの液晶が無残に割れているのも見えた。百合歌がワンピ裾をなびかせ颯爽とコンクリ塊を持ち上げ、山を崩す。一般作業者が危険なアングルから囃し立てたのを百合歌は軽く封殺し、瓦礫山の中を覗く。
「あれは」
 砂埃に塗れたテディベアが転がっていた。他にも子供部屋らしきクリーム色の内壁があって。これは瓦礫だけど、瓦礫じゃない。大切な、家だった思い出なのだ。
 当然と言えば当然だが忘れがちな現実。それを百合歌は感じた。
 深呼吸して周辺確認するや、百合歌は鬼蛍を一閃した。斬、とずれるように大きな塊が真っ二つになる。
「‥‥他にも細かくする物があれば言って下さい。斬りますから」
 激情を押し込めた百合歌の声に兵がたじろぐ。作業者もその姿に何か思うものがあったのか、一層効率良く撤去を始めた。
 そして橙の光が影を長く作り出した頃、漸く一段落ついた。
 百合歌が夕焼けを仰ぎ見る。休憩も残り僅かか。
 ――自由時間が少なくなると、やっぱり演りたくなるのよね。
 苦笑して百合歌が親しんだソレに手を伸ばす。弦の調子も良好。弓をそっと弦に重ね、労るように引いた。
 ――In my life‥‥家の主人やここの皆が、きっとこれからも頑張れますように。
 繊細な音色は静かに伝う。

●おしごと
 避難所の救護エリアを手伝っていたさやかは、次々応急処置を施していく。
「転んだ時、頭等は打ちませんでしたか?」
「それは大丈夫です」
 医療班だけでは手が回らなかっただろう細かい部分に気を配るさやか。
 一般避難所の救護であるだけに、重傷者はまだいない。少しだけ安堵し、次は老齢の男性に向かった。左足首に手を当てているのを見逃さず、救急セットを開く。
「痛みますか?」
「ええ‥‥申し訳ない」
「そんな、謝る必要ないです」
 老人の表情は酷く草臥れていて。さやかは長い人生の一端を垣間見たような気がした。
 チノパンの裾をめくると足首が腫れ上がっていた。仰向けになってもらい脚の下に布団を置く。患部に冷却スプレーを長めに当て、包帯で固定した。そしてさやかが裾を戻しかけた時、ふとふくらはぎに銃創が見えた。
「え‥‥」
「うん?」
「いえ、その。傷が見えて‥‥実は凄い方なのかなと」
 素直に口にすると老人は目を丸くし、豪快に笑った。口元を緩めて老人が言う。
「昔、暴動に巻き込まれただけのしがない元会社員ですよ」
「そう、ですか。またこんな事に巻き込まれて、大変ですよね‥‥」
「大変なのは皆同じですからな」
 老人は体を起し、皺だらけの両手で握手してきた。
 柔らかく温かい掌。無性に家族と会いたくなった。
「ありがとう」
「い、いえ」
「‥‥私も能力者だったら、ね」老人が顔を歪ませ「君が羨ましいよ」
 手に一瞬力が入り、放される。老人の表情はすぐ元の柔和さを取り戻したが、それが逆にさやかの胸を衝いた。
 痛々しい沈黙が横たわる。さやかは視線を外すと、我知らず口を開いていた。
「私は。私は‥‥なりたくなかったとは言いません。でも、なれなくてもよかった」
 家族を守る手段を得られた。大切な人とも出逢えた。それでもふとした時、鏡に映る自分が自分に見えない時があって。
「贅沢な事だと解ってます。でも‥‥私は、平和な世の、普通の自衛官でありたかった」
 思わず抑え切れぬ思いを吐露するさやか。頭を垂れ、ごめんなさいと呟く。
 老人は孫をあやすような目でさやかを見つめ、言った。
「目的地さえ忘れなければ時に回り道もいいものだよ。まぁ、爺の戯言なんだがね」

●魂の在り処
「ムーグ、一寸立ち寄りたい所があるんだが、いいか」
 黄昏時。
 自然公園での活動を早めに切り上げた凛生は、確定事項のように口にした。
「ハイ」
 言葉少なに2人が10分歩いた先には、鉄柵に囲まれた墓地があった。どこからかヴァイオリンがビートルズを奏でる音色が風に乗って響き、夕空と相俟って心を揺らす。
「公園で花でも摘んでくりゃよかったか」
「コレ、デ、イイ、ナラ」
 ムーグが一輪の黄色い花を手渡す。それは茎から裂かれていたのを偶然ムーグが拾ったものだった。受け取り、凛生は墓前へ。疲れを感じさせる緩慢さで屈み、花を置いた。墓石と真正面から向かい合う。
 凛生がかつて愛し、殺した者の名がそこに刻まれていて。その名を見るだけで胸が締め付けられた。だが、それでも向き合う事ができる。
 ――起しちまったか? 全くダメな野郎で、悪いな。
 目を伏せるとアフリカの事が思い起される。今も背に佇むかけがえのない男の、故郷の地。そこに住んでいた者に叩きつけられた呪詛。彼らの為などとご大層な事は言えないが、今の自分にできる事は何があるのか。
 ――今まで見向きもしなかったくせに、な。
 そんな自分を、ムーグはどう思うだろう。
 ‥‥お前に言う事じゃねえか。ま、俺は俺なりにやるさ。‥‥心配するな。
 凛生は微かに自嘲した。

 ムーグは屈んだ凛生の背を眺め、様々な感情と戦っていた。白と黒が鬩ぎ合い、渦を成すが如き思いの奔流が彼を弄ぶ。
 ――凛生サン、ハ‥‥。
 こうして墓を参り、前に進むのは良い事だ。そんな凛生を見るのは自分だって喜ばしい。
 なのに何故か胸がざわつく。こんな痛みを感じ始めたのはいつからだろう。これに近いのはそういえば、北京でもあったと思う。
『一寸外す。話したい事があってな』
 多くの死線を共にした戦友で、尊敬する男で。その男が、自分には言えない事を他人に話した。その事実が心を焼く。
 ――ショウ、ソウ、カン? 解ら、ナイ、ケレド。
「戻るか。戦場へ」
 いつの間にか立ち上がっていた凛生がすれ違う。
 肩が触れるか触れないか。その距離感の中、ムーグは胸に渦巻く何かを奥底に追いやり、並んだ。
「‥‥ハイ。古代ノ、都ヲ、取リ、戻シニ」

 ヴァイオリンは夕闇に溶け、遠雷は大気を伝う。
 傭兵達は砲声に誘われるように休息を終えた。