●リプレイ本文
一行が城郭へ上ると一面のパノラマが出迎えてくれた。北に地中海、南に地平線。空は伸びやかな青で、この地が再び戦火に曝されるとは思えない大自然だった。
「かぶとむしどこー?」
舞 冥華(
gb4521)がとててと走り、ヒメがそれを追う。
「すぐ案内するから」
「はやくー」
そんな冥華達をスルーして少尉が一角を指差した。
「父と妹です」
不機嫌を隠そうともしない父妹。智久 百合歌(
ga4980)が苦笑した。
「何というか。露骨ねぇ」
「全く困ったもので」
「大事な『家族』だからね‥‥気持ちは解るわよ」
恐縮する少尉の肩を叩くロッテ・ヴァステル(
ga0066)。クラリア・レスタント(
gb4258)が小声で訊く。
「ご家族の写真とか、あります?」
「えぇ。それが‥‥?」
「貸していただけませんか? 説得に役立つかもしれません」
それなら、と少尉が写真を渡す。クラリアがそれを懐に仕舞った時、父の方が威嚇してきた。
「何かあるとか!? 俺らは何ち言われても帰らんけな!」
「父さん‥‥」
「それに俺は」「まま、まーパパっち落ち着くッスよ」
植松・カルマ(
ga8288)が激昂しかける父に卑屈な笑顔で近付いた。
「パパっちは商売やりたいんスよね」
「そんなん決まっとろうが」
「じゃムーグサン、ムーグサァン、やってくだせぇ!」
何故か親分的登場を余儀なくされるムーグ・リード(
gc0402)である。父の前に歩を進め、彼は大胆にもこう提案した。
「‥‥壮行会ヲ、シマ、ショウ」
「あぁ?」
「酒宴、デス」
●要塞のある1日・昼
早速準備に入る一行。杠葉 凛生(
gb6638)はムーグ、ロッテと共に壮行会の許可を得る為に少尉の彼女の上官と接触した、のだが。
「ううむ」
微妙な反応。凛生とロッテがさらに押す。
「戦いを前に少しでも英気が養えるなら、一時の休憩も重要では?」
「酒は潤滑油、戦の前の壮行会とすれば体面も保たれるだろう」
「むぅ」
典型的な事なかれ主義らしい。が。
じー。とロッテ、凛生、ムーグ。目を背ける大佐。見つめる3人。俯く大佐。微動だにしない3人。冷や汗を流す大(略)
5分後、大佐は3人に屈した。
「判ったよ‥‥」
「助かる。酒代は軍が出してもらいたいんだが」
「そりゃ困る!」
「全部とは言わん。半分だけでいい」
凛生の素早い交渉に圧され、渋々承諾する大佐。ムーグが一息ついた。
壮行会で酒を使えば父は儲かる上に商機にも繋がる。これで父の説得はできるだろう。後は、
「壮行会自体を成功させないとね‥‥」
ロッテが妙に楽しげに言った。
「凄い‥‥ですぅー」
調理場。幸臼・小鳥(
ga0067)は百合歌の手際の良さに感嘆の声を上げた。百合歌が唐揚げを揚げながら笑う。
「ありがとう。でも主婦としては当然だし、貴女も結婚すれば手早く作れるようになるわ」
「けっこん‥‥ですかぁ‥‥」
「好きな人、いないの?」
あうあうと狼狽える小鳥。誤魔化すように小鳥が猛烈にサンドイッチの具を挟んでいく。
アルティメット包丁が唸りを上げて胡瓜を輪切りにし、泡立て器がホイップを作り上げる。まるで道具に導かれるような感触は流石究極だ。
「あの‥‥結婚生活って‥‥」
ふと小鳥が訊こうとした時、調理場に入ってくる影があった。2人が見やるとそこには、
「小鳥、順調?」
ロッテが、いた。びくと震えた小鳥をよそにロッテは続ける。
「手伝える事あるかしら」「大丈夫ですよぉー?」
「手伝えるこ」「絶対的に‥‥大丈夫ですぅー」
「て」「ロッテさんは‥‥遊んでて下さぃー!」
有無を言わせぬ小鳥である。百合歌が察して助け舟を出した。
「ヴァステルさんはサロンの準備、お願いできるかしら」
「‥‥了解」
とぼとぼと調理場を後にするロッテに、小鳥も罪悪感が募る。が。数時間後、小鳥はこの選択を後悔する事になる‥‥。
カブト虫は格納庫の陰に鎮座していた。
冥華が小さな腕を振って改造案を出し、技術者がメモする。それがあまりに楽しそうで、ヒメは離れた所で静観していた。カルマが真面目な顔で話しかける。
「足回りッスよね、ヒメさん。あと防塵対策?」
「普通に考えればそうだけれど、彼女は色々したいみたいね」
「ッスよねー」
どこか顔色を窺うようなカルマにヒメは向き直り、顎で水飲み場を示した。
「私は、露骨にすり寄ってくる馬鹿は嫌いよ。一直線なバカもどうかと思うけれど」
「‥‥、ッたー。やっぱ俺程のイケメンは唯我独尊じゃねーとダメッスかね。顔洗ってくるッス!」
カルマが走り去る一方、冥華の方は白熱してきたようだ。ばっさばっさと腕で翼を表す姿が可愛い。
「ん、追加そーこーがかぶとむしの羽で、きんきゅー時にぱーじ。ぽちっとなーって」
「羽? 主装甲から離して増設するって事?」
「んー? 冥華わからないけど羽。それとどかーんな主砲は角みたいにこてー。さいきょーせんしゃーめざしてえむいちの部品まわせー」
いつの間にか最強戦車を目指していたらしい。
ヒメはひとまずこの場を爺やに任せ、踵を返した。
●要塞のある1日・夕
サロンに橙の光が差し込む中、ロッテは物憂げに溜息をついた。
――小鳥、反抗期かしら。
姉的気分に浸って会場を見回す。と、隅で目が留まった。そこには‥‥。
サロンの片隅で、クラリアは記憶にある様々な風景を描いていた。ただ、無心に。父妹を説得する手段として考えた絵も完成間近だ。
「クラリアさん」
顔を上げるとヒメがいた。クラリアは破顔して迎える。
「あ、どうですか? かぶと虫の様子」
「舞さんが‥‥やってる」
苦笑で答えるヒメである。
「‥‥あの。またヒメさんを描いてもいいですか?」
「貴女なら、いつでも」
ぱぁっと花開くようにいそいそ準備するクラリア。紙に筆を置き、上目にヒメを観る。斜光に照らされたヒメはどこか寂しげに見えた。
「今後何か予定はあるんですか?」
「どうかな。砂漠って小手先が通じないから」
自らの金糸をくるくる弄るヒメ。クラリアは確かな思いを筆に乗せ、言葉を紡いだ。
「ヒメさんなら‥‥いえ、ヒメさんだからこそできる事、沢山ありますから。より取り見取りですね」
●要塞のある1日・夜
「さー! 皆くたばっちゃやあよ、大作戦直前壮行会!」
1900時。カルマが壇上で進行し、集った兵が囃し立てる。隅にはスチュワート家の面々が座っており、父の方は既に満更でもない表情だった。
――とりま俺の出番はねーかな。
カルマが説得の成功を確信した。
小鳥と百合歌が大量に作った料理に多くの兵が舌鼓を打ち、酒も見る間に消えていく。
百合歌は気付けにロゼを飲むと、テーブルの傍でヴァイオリンを構えた。弓を弦に乗せ、腕を引く。零れる音色。歌う旋律。第5番ヘ長調、春の希望がサロンを満たす。
――もう初夏だけど、この地にとって雪解けの春って事で。
心の中でてへぺろして視線で伝える。聴き入らなくていいから好きに楽しみましょうと。そして和やかな空気に満たされた頃、それは唐突に現れた。
ガンと開け放たれた扉から、
「皆、楽しんでる?」
堂々たる歩みで、黒猫スーツを着たロッテが。手を目元に当て綺羅星とポーズした。ただし指は肉球。
突然の闖入者に百合歌すら唖然だ。皆が注目する中、さらに廊下から、
「ロッテさん‥‥やっぱり‥‥やめましょぅー」
「何言ってるの、小鳥」
来ないとオシオキと言外で語るロッテに、小鳥も姿を現す。こっちは白猫スーツ。肉球に握るのはエノコロで、真っ赤な顔と相まって凄く、アレだ。
「何で‥‥私までぇ‥‥」
「やるわよっ」
覚醒してターン、バク転からにゃーん。一瞬反応に困った兵だが、百合歌が軽妙なワルツに切り替えたのが奏功した。かわいーとか誰かが言ったのをキッカケに男性諸氏が一気に盛り上がる。
「小鳥ちゃーん、世界一かわいいよ!」
何故名前を知っているのかと見れば、カルマだった。ともあれ舞は佳境へ。3拍子に合せてうー、なー、にゃーんで肉球くいくい。小鳥がエノコロを上へ投げるとロッテが跳躍、口でキャッチした。
「ふぎゃうに、なーん」
くてっとキメたのを見、百合歌が音楽を締める。数秒の間と、大歓声。猫2匹は惜しまれながら会場を後にした。
「HAHA、あいむべりーすとろーんからてまーん!」
次に登壇したカルマ。持ち込んだ瓦を前に腰を落し、それっぽく構えた。一転して唾を飲む兵。沈黙が会場を支配しきった、直後。
「きえぇええ!」
奇声を上げてカルマが右腕を振り上げ、下ろす!
瓦の割れる音が連続し、止まる。カルマが息を吐き、重々しく元の構えに戻った。またしても歓声。カルマが澄まし顔で手を挙げる。内心「超いてー!」だが、ここは我慢の子だ。
カルマが降壇してヒメの隣に座る。
「どッスか俺の雄姿! 好感度赤丸急上昇的な!?」
「えぇ、女性兵士に大人気ね」
「え、あれ、ヒメさんヤキモチ?」
「まさか」
席を立ってどこかへ行くヒメ。同席していたクラリアが嘆息してカルマを見やる。が、その顔は何故か計画通りという表情だった。
カルマが老執事と肩を組み、顔を近づける。
「飲んでるッスか爺さーん!」
「いえ、私は」「マジメすぎっしょー」
ふざけつつ間近から覗き込む。じっと目を合せて。
「爺さん達も衝突したとか聞いた。‥‥リィカちゃんはさ、やりたいようにやってッ時が1番眩しいんスよ。だから冒険させてやってくんねーかな」
「‥‥」
「危険ってのも解る。けどよ、そういう時の為に俺がいるんだぜ?」
口角を歪めて笑うカルマ。クラリアが野次馬的に頬を染める。執事は満更でもない表情で、返した。
「ご冗談を。私の目にはまだ貴方様も悪い虫にしか見えませんな」
一方ムーグ、凛生は父妹の説得に当たっていた。
「ロバートサンよ、ここでお偉方のご機嫌取ってコネでも作ればどうだ」
「‥‥あんたらすげぇなぁ。いきなりこんなんやらかして」
「傭兵なんてならず者だ。人生捨てりゃ何でもできる」
凛生は肩を竦めて煙草を燻らせようとし、痛みに顔を顰めた。先日のラバト攻略で負った傷が完治していないのだ。シャツの胸元を開き、血塗れの包帯を『父妹にも見えるように』確かめる。
ムーグが目を伏せ、父に言った。
「今、ハ、将来ノ、芽ヲ、育て、ル、時、デス」
必ずここを守り抜く。だから今は、と父を見据える。父は気圧されたように唾を飲み、息を吐いた。
「ここまでされたら俺の負けよ。在庫、ハケるんやろ?」
「イザ、ト、イウ、時、ハ、私ト、カルマサン、ガ、買取り、マス」
ならいい、と父。完全に発想の勝利だった。後の問題は、
「お父さんなさけない。家族がはなればなれでいいの?」
少尉の膝の上に座る妹である。凛生がゆっくり紫煙を吐く。
「時には離れた方がいい事もあんだよ、嬢ちゃん」
「私、こわい人の言う事は聞いちゃだめって教わったわ」
「‥‥」
真正面から視線を合せてくる妹に凛生は女の恐ろしさすら感じた。
「なら怖い人が1つ言っといてやる。男と女は隠し事がある方が上手く‥‥」
「凛生サン」
「‥‥あー、任せたムーグ。それと少尉、あんたは自分でちゃんと言え」
唐揚げをつつき始める凛生に苦笑し、ムーグが精一杯言葉を紡ぐ。
「家族‥‥兄ヲ、失う、ノガ、怖い、デス、カ?」
「えぇ。だって兄は私がいないと何もできないんだもの。だから私がずっとついてあげるのよ?」
「家族、ダカラ、怖い。ソレ、ハ、兄モ、同ジ、デス」
ムーグが少尉を見た。ムーグに妹の感情の種類は正確には判らない。だが何にしろ腹を割って己の口で話さないと進まないのだ。
少尉は妹の髪を手櫛で漉き、話しかける。
「俺もマリナを失うのが怖い。だから家で待っててほしいんだ」
「でもお兄ちゃんは1人じゃ何もできないから、だからついてあげないといけなくて」
「や、その事だけどな、マリナ。その‥‥」
少尉が左の方に目を向ける。妹が視線を追っていくと、2つ先のテーブルに座った女性が軽く会釈しているのが見えた。それだけで解った。あの女が、兄を奪ったのだ。
「‥‥そ、か」
「俺、頑張るから。マリナが待ってる家に帰ってくるから」
優しく説得する少尉だが、妹の耳には届いていなかった。
今すぐでもあの女を締め殺してやりたい。そんな悪意が鎌首を擡げてきた時、妹の胸に凛生の言葉が思い起された。
『男と女は隠し事がある方が上手くいく』『時には離れた方がいい』
それが彼女の憎悪を奥底に隠す。妹は深呼吸して笑った。
「‥‥じゃあ、帰る。絶対おうちに帰ってきて。絶対よ?」
「兄ちゃんを信じろ!」
これで一件落着か。
そんな兄を祝うように壇上では冥華――もといIMP、DIVAの1人Mayが歌っていた。
――前だけ向き 突き進むの
自分達が決めた道を 後ろ見ずに
その歌詞は兄の希望で。だから誰も気付かなかった。妹の笑顔の裏にある仄暗い感情に。
ただこの場は説得に成功した。それだけが傭兵に解る事実だった。
●1つの別れと2つの‥‥
翌朝。タラップの前でクラリアは妹を呼び止め、丸めた画用紙を手渡した。妹が開くと、それは亡き母も含めた家族の絵。少し、じんときた。
「不安だと思うけど信じてあげて。それがきっと、お兄さんの力になるから」
「ハイ」
汽笛が鳴り響く。ロッテは父妹の背に声をかけた。
「戦士にとって出迎えてくれる人は貴重よ‥‥Bon Voyage」
ムーグはそんな彼らを後ろから眺める。視界には小隊仲間の凛生の姿もあり、スーツの首元から覗く包帯がどうしようもなく彼の感情を揺り動かした。
凛生がその視線に気付き、
「どうかしたか」
「‥‥イエ」
様々な言葉が浮かんで消える。ムーグは掌から零れそうな感情の残滓を、しかし確かに掬い取った。
それは、2度とないかもしれないと思っていたものだった。家族を失いたくない。凛生を、戦友を、絶対に。
「‥‥家族、ねぇ。俺ァ‥‥」
「? ドウ、カ、シマシタ、カ?」
「いいや。ま、これで心置きなくお前さんも故郷を取り戻せるって事だ。それを手伝うってのもまあ、悪かねえ」
空を仰ぎ紫煙を吐くと、煙は天高く立ち上る。行く末を眺めていた凛生の頬を一陣の風が撫でていく。
とその時、背後からエンジン音が聞こえた。皆が振り返るとそこには。
「舞女史ぃ、こりゃ無理っす〜」
「ちじょーさいきょーのせんしゃーにだきょーはゆるさないってひめが言ってた」
無理矢理履かせた無限軌道でがくがく前進するカブト虫の姿があった。
「‥‥過積載‥‥ですねぇー」
小鳥の苦笑が終わらぬうちに、屋根に備え付けた120mm砲がべきんと剥がれたのだった。
<了>
「これ、あげる」
要塞へ戻る途中、ヒメはカルマに菓子を手渡した。疑問符を浮かべるカルマに言う。
「余ったお酒の代金」
カルマとムーグがそれを負担したのは知っていた。しかしムーグは酒を受け取ったが、カルマは未成年だからと固辞したのだ。だから、代りに。
「チョコ? ってこれ‥‥」
「10万Cの価値があるでしょう?」
極上の営業スマイルで、ヒメが言った。