タイトル:うつせみの世マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 10 人
サポート人数: 2 人
リプレイ完成日時:
2011/06/17 04:25

●オープニング本文


「出航はまだかのう」
 とある商船の片隅で、北条琴乃(gz0346)は街の方を振り返った。
 暫く潜伏してきたプリマスの街並。港があって、公園があって、商店街があって、話しかけてくるニンゲンもいて。
 けれども、特に心惹かれるものは見つからなかった。何らかの発見があるかもしれないと思ったからこそ人類圏に潜伏するなどという面倒な事をやってみたのだが、それも無駄だったというわけだ。
 ――ニンゲンの中には妾が目をかけてやってもよい者がおるのは確かだがのう。
 が、それだけならば自由に探した方が面白いではないか。
 琴乃は街並から頭上へと視線を移す。曇りがちな灰色の空はどこか閉塞的で、琴乃の感情を表しているかのようだった。手慰みに扇を広げ、はたはたと扇ぐ。
「‥‥勝負。しかし、こうなるといかにして連絡するかのう。戦えれば誰でもよいのであろや?」
 少し考えようとしたが、ふと思い直した。
 いざとなれば欲しいものはただ普通に貰っていけばいいのだ。勝負など結局は退屈しのぎにすぎない。であれば、特定のニンゲンと戦う必要すらないのではないか。要は、愉しく遊べればいいのだ。
「そうだの、適当に集めればよいであろ」
 琴乃がそう独りごちた時、ようやく船が動き出した。

 アフリカ大陸北西部。人が消え、建物は朽ち、名前すら失われた小さな廃墟。
 北条琴乃はアフリカに戻って適当な機体に乗り込むと、反攻作戦を展開中の人類勢力とできるだけ接触しないようにしながら遊び場を探した。そして見つけたのが、この廃墟だった。
「なんと言うておったかの。みなで遊ぶとたのしい、であったか」
 廃墟を見下ろす。
 直線的な通りが幾つか交差し、若干歪な円を描いた町全景。自然と調和した、というよりは機能的な面を重視していたらしき町の名残。全体的には元々15m程度、今となっては10m程となった建物が連なっているが、町の中心には7階建て程度だったと思われるビルが半壊したまま残っており、前衛的と言えなくはない姿を晒していた。
 琴乃は機体を操り、その7階建ての屋上に静かに着地――しようとして、落下の勢いを殺せずかなりの速度で着地してしまった。がらがらと屋上の半分近くが崩れる。慌てて無事な部分へ跳び退った。
「‥‥。やはり『この機体』はだめじゃな。全く以て慣れぬわ。‥‥‥‥、わ、妾が下手なわけではないのだからの!」
 誰に聞かせるでもなく、噂に聞くつんでれを演じてみた琴乃である。激しく虚しくなった。
 コクピットを開き、両の脚で廃墟に降り立った。少しだけ砂の混じった風が髪と着物の裾を弄ぶ。その風はただただ古びたような何かに近い臭いしかせず、空虚そのものだった。
「‥‥この地はやはりつまらぬ」
 屋上の縁から凸凹した道路を見る。踵を返し、屋内へと続く扉へ。取っ手を掴んで引くと、盛大な音を立てて崩れた。気にせず中に入る。
 ぎし、ぎしと歩くたびに不吉な音が鳴るが、通れない事はない。ガラスの落ちた窓際に寄り、外を見る。
「さて。早う誰ぞ呼ばねば妾まで朽ち果ててしまいそうじゃ」
 頭上に広がる空は、やはり灰色だった。

 ◆◆◆◆◆

『――聞こえておるかの』
 オープン回線による通信がアフリカ北西部某所近辺で流れたのは、1810時を過ぎた頃だった。
『聞こえておるならば返事をしてくれぬであろや? 特に傭兵の者どもは元気に挨拶してほしいのだがの』
 返事はない。『なんじゃ、つまらぬ』などという声が僅かに流れるも、気を取り直したように通信は続く。
『――妾はゼオン・ジハイドに属する者である。実はつい先頃、お前達の中の幾人かと勝負の約束をしてのう。しかも罰げえむ付きじゃ! どうじゃ、羨ましかろう。‥‥だがの、それはそれはなかなかに面白そうだとは思うたのだが、考えてみると連絡のしようがなくてのう‥‥』
 何だろう、これは。宣戦布告なのだろうか。
 内容のバカっぽさと、無線から流れる少女らしい声色のせいで、なんとなく癒されるような気がしないでもない。
 鈴のような声がさらに言う。
『そこで、じゃ。この通信を聞いた者のうち、妾のおる場所に来た者達と勝負する事にしてみた。妾個人としては会いたい者がおらぬわけではないのだが、そやつらとは先に言うた通り連絡が取れぬからの。早い者勝ちで先着10名、いやさぷらす3名までじゃ。ただし10分しても誰も来なければどこぞへ行かせてもらうがのう。どうじゃ、愉しそうであろ?』
 いや、それはどうだろう。そんな常識的なツッコミはもはや通用しそうになかった。
 各々の戦場で既に半日近く戦ってきた者達や、これから哨戒に出る者達。多くの傭兵がそれを耳にする中、通信は「勝負」の情報を読み上げていく。
 向こう側の戦力、待っている場所等。そしてその通信は、最後にこう締め括った。
『――妾は退屈で腐ってしまいそうじゃ。早う来てたもれ‥‥』
 ぶつ、と通信の途切れる音がする。後には荒野の風が吹き荒ぶばかり。
 その風を生身の肌で、あるいはKV越しに浴びながら、傭兵達は今聞いた情報を整理し始めた。

●参加者一覧

ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
月影・透夜(ga1806
22歳・♂・AA
叢雲(ga2494
25歳・♂・JG
智久 百合歌(ga4980
25歳・♀・PN
植松・カルマ(ga8288
19歳・♂・AA
舞 冥華(gb4521
10歳・♀・HD
愛梨(gb5765
16歳・♀・HD
ムーグ・リード(gc0402
21歳・♂・AA
ハーモニー(gc3384
17歳・♀・ER

●リプレイ本文

●続・少女達の道標
 バイクはアフリカを駆け抜ける。荒涼とした地を庭のように颯爽と。
「あの、ね」
「喋ら、ナイ、デ。舌ヲ、噛み、マス」
 前にムーグ・リード(gc0402)、後ろに愛梨(gb5765)。愛梨は眼前の大きな背にしがみつこうとして、やめた。
「あたし、あんたに‥‥」
「?」
 景色は流れる。だがコレは同じようには洗い流せなかった。
「‥‥ごめん。後で言うから。後で、絶対」
「大丈夫、デス、カ?」
「ん。ほら。もう着くし。あいつにお灸据えてやんないと!」
 ムーグは肩越しに愛梨の様子を窺うが、彼女の真意は解らない。
 視線を前に戻すと小さく廃墟が見えてきた。町からやや離れた位置には既に何人か待機しているようだ。ムーグはスロットルを全開にして言う。
「掴マッテ。速度ヲ、上げ、マス」
 少しして、ムーグは服の裾を掴まれる感触を覚えた。

「あぁ、横槍が入れば逆上しかねないからな。来ないでくれるとありがたい」
 月影・透夜(ga1806)はディアブロ――月洸弐型の操縦桿を弄りつつ付近の軍に連絡する。機内で待機するロッテ・ヴァステル(ga0066)と幸臼・小鳥(ga0067)は通信を邪魔しないよう周波数を変えた。
「それにしても‥‥琴乃さんとの連絡方法‥‥忘れてましたねぇー」
「彼女なりに頭を捻ったと思うと妙な哀愁が漂うわね」
「まぁ‥‥結果おーらい、ですぅー」
 そうするうち、地平線の向こうから何人かやって来るのが見えた。その中のバイクが瞬く間に近付き、土煙を上げ停止する。元気な声が響いた。
「蛍! 蛍持ってきてもらわない? 夜になったらきっと綺麗!」
 愛梨である。透夜が嘆息して軍に訊く。
「あー。蛍、あるか?」
『流石に今すぐは‥‥』
「だ、そうだ」
 肩を落とす愛梨。ムーグは数分前と正反対のその様子に、首を捻るしかなかった。

「これで全員かしら」
 1817時。町外れに集った傭兵を見回し、智久 百合歌(ga4980)が確認する。
 KVで来られたのがロッテ、小鳥、透夜、百合歌、植松・カルマ(ga8288)、舞 冥華(gb4521)、ハーモニー(gc3384)。生身が叢雲(ga2494)、愛梨、ムーグに加えてゼンラー(gb8572)と春夏秋冬 立花(gc3009)。
 普通にジハイドを相手取るには心許無い。だからこそ集まるまでに冥華達が妙案を捻り出したのだが、それが通用するかは判らなかった。
「ッスね。ま、遊びのプロこと俺がいるからには楽勝ッスよ!」
「そうね、期待してるわ」
 百合歌が大人の微笑でカルマをあしらうと、町へ進入した。

 KVが瓦礫を踏み越える。物陰には蟲系と思しきキメラが蠢き、暗闇で長居はしたくない場所だった。
「しかし話を聞く限り、私は気が合いそうですね」
 ゼカリア機内、ハーモニーは各種計器から目を離さず笑う。愛梨が噛みついた。
「あんなのと?」
「えぇ。私も人生はたのしみたい方ですから」
「でもあいつの楽しむは別物っていうか」
「楽しいは楽しい、遊びは遊びっしょ。イケメン紳士の俺には解るッス」
「適当言うなッ」
「ひぎぃ!?」
 敵地でどつき漫才するカルマと愛梨である。叢雲が執事服の皺を伸ばし、
「限度を知っていれば私も娯楽はあらゆる手段を以て遊び倒しますがねぇ」
「仕方ないです。彼女は精神基盤が違うだけの単なる子供、だと思いますし」
 立花の分析に数人が頷く。
 細道を抜け大通り跡へ。直進すると、やがて中央広場に辿り着いた。冥華がゼカリアのハッチを開き、無表情で万歳した。
「ことのー、あーそーぼー」
『時間通りだの。よく来たのじゃ!』
 そんな声と共に一際高いビル屋上に2つの影が現れる。影は徐に跳び、轟音を上げて広場に着地した。ビル奥から本星型HWが舞い上がり、亀が姿を見せる。どこかにMIもいるのだろう。
 事前通告通りの面々。琴乃が嬉しげに言う。
『早速やるぞ。妾は待ちくたびれたのじゃ。して如何にする。せえので戦うのかの』
「ん、まって。しょーぶの中身、冥華達かんがえてきた」
 冥華が切り出し、説明していく。それを聞くにつれ、琴乃の声に苦い色が加わっていった。
『‥‥つまり3本勝負という事かの』
「ん、きめらがりとかめたいじとだるまさんがころんだ。しょーぶもるーるないと面白くない」
『むぅ。お前が言うならば考えなくもないが』
「冥華はこれがいー。琴乃はいや?」
「私が審判やるね。だから琴乃ちゃんも思いっきり楽しめばいいよ」
 立花が架け橋になれると信じて名乗り出る。
『‥‥う、む。面倒だがそれもまた一興やもしれぬ。早速始めようぞ。と、その前に』
 突然タロスが前進して不気味に装甲が蠢いた。そして中から出てきたのは、北条琴乃その人だった。
「お前達は生身の者が多いようだからの。妾も己の足で狩りへ赴こうぞ」
「陣容を聞いた時から疑ってはいたけれど‥‥本当にティターンに乗ってなかったとはね」
 ロッテはKVから降りつつ微かに眉をしかめた。
 確信を持てぬまま戦闘になっていたら、どんな奇襲を受けていただろうかと。

●宵の口の狩猟
「すたあとじゃ!」
 1840時。琴乃の掛け声でキメラ狩りが始まると、傭兵は一気に散開した。
「小鳥、透夜。準備運動がてら、やるわよ」
「頑張り‥‥ますぅー」
 魔弾の3人が大通りを疾駆する。ロッテと透夜が瓦礫を跳び越えた。瞬間、左の2階物陰に気配を感じる。
「小鳥、10時方向距離40」
「了解‥‥ですぅー!」
 3連射が影を捉えた。5本足の犬が地に落ちる。微動だにしない犬を横目にロッテが走り、角を曲がる――直後、横っ飛びに何かを避けた。暴風が体を煽る。正体を確認する間もなくロッテが呼ぶ。
「透夜!」「了解」
 ロッテの脇を抜けた敵――3m大の鼠へ透夜が迫る。左脚踏み込み、右左と槍を振り上げた。跳ね上がる敵体躯。左脚を軸に反転、左右の連翹を1本にして薙ぎ払った。
 宙で槍を受けた敵が見事に吹っ飛ぶ。その方向へ先回りしたロッテがそれを待ち受ける。腰をぎりぎりと捻り、一気に力を爆発させた。
「墜ちなさい!」
 斜めに刈り落す回し蹴りが無防備な敵を屠った。が、死体の行く末に目もくれずロッテは跳び退る。そこに後ろから飛来する石弾。間髪入れず小鳥がそちらへ応射、透夜が迅雷の如く加速する!
「小鳥、間違ってこっちに当てるなよ?」
「ぜ‥‥善処しますぅー」
 謙遜しつつ正確な射撃を細道入口へ撃ち込む小鳥に、透夜が人知れず口角を上げた。

 狭まる視界。吹き抜ける疾風。道の凹凸を巧みに躱し、時に迂回し、ムーグのバイクは南西へひた走る。
「何するの?」
「来れ、バ、判り、マス」
 1人では対処しきれない可能性を考え、ムーグは愛梨を伴い風上へ。
 と、突如一矢が後ろからバイクを抜き、2階から飛び降りんとしていた敵を貫いた。
「どこ行ってんスか2人で」
「カルマサン、モ、来ます、カ?」
「当然っしょ! 俺の目の前で野郎と女の子を2人っきりになんかさせねー!」
「‥‥ばかじゃないの?」
 愛梨の罵倒を物ともせずカルマは2人を追いかける。

 ――しかし、聞き覚えのある声と口調に誘われて来てみれば。
 叢雲は独り奔走する。大通りを東へ。十字架が火を噴いた。ほぼ同時に左で抜き放った機鞭が細道から特攻してきた猫のような敵2体を弾く。止まる暇なく十字架を背に戻すや横の壁を駆け上がると、宙返りして射手の一矢を猫に放った。
「これも何かの縁、ですかね」
 着地、直後体を肥大化させた猫の体当りを十字架で受け、0距離から銃弾を叩き込んだ。くずおれる敵。次の瞬間。
 耳をつんざく轟音と共に左手の建物が崩壊した。
 砂塵が朦々と視界を染める中で現れたのは、アースクエイクにも似た5m大の蟲。
 叢雲が銃器を地に放り、凄皇を構えた。そして踏み込――みかけた時。
「ん、あぶないかも」
 蟲の真後ろから叢雲の眼前まで、AUKVが突き抜けてきた。蟲を轢き殺す勢いで。
「‥‥」
「しっぱーい。はんどるそーさまちがった」
 AUKVに乗って走り去る冥華。ぼくさつぼくさつー、なんて掛け声が聞こえたが、叢雲は華麗にスルーした。
 轢かれてもめげない蟲へ向き直り、叢雲は地を縮めて肉薄、袈裟に斬り下ろす!
「さぁ――踊りますよ!」

 無限軌道が不整地を踏破し、複合装甲が白く輝く。ゼカリア――ハーモニー機調和が不意に砲塔を左旋回させると、同軸機関銃が火を噴いた。弾幕が瓦礫ごと敵を貫く。銃声が町に轟いた。
「あぁ‥‥」
 機内、恍惚の表情で白煙を観測するハーモニー。続いて砲塔を右へ。真一文字に描かれた弾着が接近しかけた敵数匹を縫い止めた。再装填、引鉄の感触を噛み締めるようにそれを引いた。
 飛び散る血潮。ハーモニーは愛おしげに計器を撫でた。
「はぁ‥‥琴乃君、でしたか。彼女と私に違いがあるとすれば、彼女は強く私は弱いという事でしょうか」
 後で話してみたいものだ。
 ハーモニーは外見と不釣合いにすら見える妖艶な笑みを浮かべ、前進した。

「琴乃さん、お先に♪」
「うむ? ま、待つのじゃ!」
 そんな宣言と共に百合歌は一瞬で加速して裏路地に進入し、闊歩していた駱駝を斬り捨てた。
 百合歌がひいふうと着物を摘んで走ってくる琴乃に向き直る。琴乃が衣の裾を握り締めた。
「ぬぬ‥‥面倒な所に隠れおって」
「ふふ。ゆっくり楽しみましょ?」
「おのれ。こうなれば妾にも考えがあるぞ」
 路地を抜け、通りの真ん中で両腕を広げた琴乃が声無き声を発した。百合歌が油断なく周囲を窺う。すると。
「ずるいー。冥華も琴乃といっしょにぼくさつしたーい」
 通りの向こうからAUKVに乗った冥華がやって来た。冥華は百合歌の傍で停止すると2人の間に割って入る。
 百合歌、苦笑だ。
「‥‥えっと。舞さん用の犬笛かしら?」
「そんな訳がなかろ。見ておれ」
 5秒6秒と時が経つ。百合歌と冥華が見守っていると、不意に廃墟の陰からシマウマらしきキメラが飛び出してきた。2人がそれに集中した時、その後ろからさらに別の敵が現れてくる。3、4と次第に増えるキメラ。気付けば琴乃を中心に10以上の敵が集っていた。
 琴乃が不満げに右手を掲げる。どこからかHWが現れ、頭上で静止した。
「数が少ないの。所詮野良か、命令も聞けぬ愚図ばかりよ」
「‥‥そ、か」
 バグアなら操れて当然。今回は何が原因か、全キメラは制御できていないけれど。
 百合歌がどうすべきか逡巡するうちにHWは次々と紫色光を解き放ち、集った敵を見る間に蒸発させていく。そして残った敵を琴乃が扇で打ち据えた。
「‥‥流石ね」
 百合歌の素直な賛辞に琴乃は「雑作もないわ」と応じた。

 その、一方で。
 琴乃が野良キメラ全てを操れなかった要因の1つを作った彼らは、未だに戦い続けていた。
「うぉおおイケメン無双ぉおぉお!!」
「煩い! さっさと手動かしてよ」
「狩りノ、時間、DEATH」
 四方八方撃ちまくるムーグ。屍はうず高く積み上がり、血潮は道の砂を洗い流す。愛梨が正確に敵の脚を射抜けば、その隙にカルマが金の一閃で斬り捨てる。それでも尚こちらへ寄ってくる敵。
 全ては3人の足元で煮え滾るビーフシチューが原因だった。
 ムーグの発案で糧食を温めた3人。その香りが風に乗って拡散し、敵本能を刺激したのだ。本質的には餌が必要ないキメラもいるだろう。しかし獣の本能がこの匂いを無視できなかった。
「時間は!?」「あと2分!」
「脱出ノ、準備、ニ、入り、マス」
 片手で撃ちつつバイクに跨るムーグ。後ろに愛梨が乗り、カルマが散弾銃を構えた。
「いやーモテる男はつれーわー」
「言っとくけど、あんたがモテた試しなんか一度もないからね」
「お、おおお俺マジご婦人に大人気だし!」
 カルマが散弾を北東に集中する。そして生じた間隙に3人は飛び込んだ!

●見世物、故に彼女は灰に染まる
 1920時。日も殆ど没し、KVのライトだけで照らされた中央広場。
 各自の申告を元に、立花は裁定を下した。
「勝者、傭兵組ー」
「なんじゃと! 今一度確認せい、妾が敗れるなど‥‥」
「傭兵組61に琴乃ちゃん組39。不正申告する人なんていない筈だから正確だよ。ごめんね」
「うむ‥‥!」
「まぁ‥‥和菓子でも‥‥どうですかぁー?」
「早う出せい!」
「はぃー」
 ぐぎぎと顔を紅潮させる琴乃に、小鳥が紫陽花の形の饅頭を差し入れる。琴乃は小さな口でそれを頬張り、お茶を要求した。叢雲がどこから出したのか、執事らしく即座に手渡す。
 どうやら敗北は不本意だろうが、熱中はしていたようだ。ゼンラーが愛梨達を治療しつつ、
「不思議な光景、だねぃ」
「ある意味平和な戦いではあるな」
「‥‥これも人の妙、か」
 透夜に同意し、夜空を仰ぐゼンラー。上弦の月が雲間に見えた。
 それは吉兆に違いない。彼はそう信じ、次の勝負に赴く者達を見送った。

 中央広場。夜に浮かぶ瓦礫の舞台に、タートルと7人は上がった。
「此処迄の相手だと闘り応えがあるわね‥‥!」
 ロッテが独りごちた時、立花の合図が響いた。
 直後、爆ぜるロッテと百合歌。左右へ跳んだ2人が同時に初撃を叩き込む。ロッテの蹴りと百合歌の旋律。ST‐505で奏でられるワグナーの音色が敵前脚を破壊せんとする。が、敵は体を振って2人を弾き、砲口を後衛に差し向けた。
『――■■!』
「散開!」「やらせねー!」
 カルマの一矢が前脚に突き刺さる。小鳥と愛梨が瓦礫の陰へ走りつつ銃撃。敵首元を5、6と穿つも、巨躯は止まらない。砲口に粒子が集まる。叢雲が瞬天速で敵側方へ、驚異的集中と共に光の弦を解放した。
「これで通らなければ‥‥!」
 必殺の一矢が亀の腹を横から貫く。姿勢を崩す亀。しかし敵は、止まらない。
 敵砲口から迸る奔流。大気が震え、地が轟く。紅の光は瓦礫を灼き、傭兵に降り注いだ。
 目を見開く小鳥と愛梨。その前にムーグが仁王立ちして盾を構えるも、奔流は彼らをまとめて呑み込んだ。誰もが眩い光に目を向ける。
 次第に収まっていく奔流。その後に残ったのは、ただ一撃で体力を半分削られた小鳥と愛梨の姿だった。
「く‥‥やっぱ生身は無謀だったかも?」
「――ガ、ア――!」
 愛梨の弱音に、ムーグが駆ける。まるで火線を辿るように敵の許へ。視線は甲羅の上、狙いは砲塔!
「私も上るわ。ヴァステルさん、援護お願いします」
「了解‥‥!」
 百合歌がムーグに追従する。合せて敵懐に入るロッテ。前脚を踏み台に、首筋を下から蹴り上げる!
「まだ‥‥!」
 宙で腰を捻って刈り込む連続蹴撃。神速の力がFFを抜いた。傾ぐ敵。体を引き摺りつつ小鳥、愛梨が撃ちまくる。
 ムーグ、百合歌が一気に甲羅を上り、砲塔に辿り着いた。百合歌が砲と甲羅の継ぎ目を狙って弦を弾く、弾く。ムーグが渾身の練力を込めて引鉄を引いた。
 銃声銃声銃声銃声!
 絶え間ない早撃ちが亀を襲う。堪らず亀が身を捩った。いける。脳裏に過った直後、敵は再び巨躯を蠕動させた。突起にしがみ付く2人だが、無数の刃が飛び出し2人を襲った。
「っ、一度降り――!?」
 跳躍した百合歌に射出された刃が突き刺さる。辛うじて着地するも、次の1歩が遅れた。刹那、亀の獰猛な脚が百合歌を弾き飛ばした。
 無残に瓦礫に叩きつけられる百合歌。悲鳴も出ない。立ち上がろうとすると全身から血が溢れた。視界がブレる。百合歌はそれでもギターに手をやり、瓦礫に背を預けて立ち上がった。
「ごめ、なさ‥‥後は援護‥‥徹す‥‥っ」
 百合歌は弱々しく、しかし確かに超音波を飛ばし続ける。
 旋律は、ボレロ――。

 百合歌とムーグを弾き、自由になった亀。近くのロッテに脚を振るうもロッテが躱す。その隙に忍び寄ったカルマが足元で魔剣を振り上げた。
「ッらァ!!」
 剣の紋章が輝き、黄金の衝撃波が敵首筋を撫で斬りにする。黒い体液が噴出した。さらにカルマが振り下ろす!
 カルマの重すぎる斬撃が確実に亀を死に近づける。亀が傾いだ。小鳥が貫通弾を連続装填、1mmも狂わずカルマの斬撃跡へ3連射。次いで愛梨と叢雲が撃ちまくる。再装填。叢雲は小鳥達と合流しつつ練力充填して光矢を放った。集中砲火が敵を穿つ!
 しかし、それでも。
 亀は、後ずさって砲口を差し向けた。
「退‥‥!?」
 手負いの小鳥と愛梨、そして再度矢を番えていた叢雲にそれを回避する余力はなかった。
 光が3人を襲う。痛覚も時間感覚も消え失せた空間が、3人を呑み込んだ。
「ッ、小鳥‥‥!」
 駆け寄るよりも追撃を防がねば。なのに。ロッテの理性が激しく揺れる。が、それを定めたのは男達の気迫だった。
「勝つんだろうが! 俺らァよぉお!」
「ロッテサン、合せ、テ‥‥!」
 カルマもムーグも1度はプロトン砲を浴びたにも拘らず真正面から亀へ肉薄する。ロッテは微かに笑い、横から一気に突っ込んだ。最初に叢雲が貫いた、一矢の間隙へ!
「ラ・ソメイユ・ペジーブル‥‥!」
「死ねや雑魚がぁ!!」
 ロッテ、カルマ、ムーグの一斉攻撃が敵を抉る!
 絶叫が町に木霊する。その後、静寂。ムーグが息を整え、確かめた。
「終り、マシタ、カ?」
 が。
 それでも、亀は死ななかった。死を目前にしながら亀は距離を取り、砲口を向けてきたのだ。
 ――今撃たれれば後ろ‥‥!
 逡巡する間もなくロッテが小鳥の倒れているであろう場所へ走り――かけた直後。
「やめ! 勝負は引き分け! いいよね、琴乃ちゃん」
 中央ビルから観戦していた立花が叫ぶ。そして琴乃がどうでもよさげに了承し、亀退治は幕を閉じたのだった。

●少女の思い/彼女の価値観
 琴乃は傭兵と共に広場へ戻ると、男女が重傷者を手当てしているのを横目にため息をついた。
 成程、亀とニンゲンの対決は趣向を凝らした見世物だった。そう『見世物』だった。ではそれが一体何の愉しみになる?
 観察するのは好きだ。だが観察させられるのは嫌いだ。そも真剣勝負をしようと約束したのだ。無論こちらとしては余興の域を出ぬ範囲でやるつもりだった。しかし実際は、きめらと戦い、傍観し。これでは余興未満だ。
 扇を開いて口元に当て、傭兵の方を見る。
 治療の甲斐あってか重傷者は意識を取り戻したようだ。
「‥‥次の『演目』は何であったかの」
 琴乃の言葉は、誰にも届かず雲散霧消した。

「これで大丈夫よぅ。拙いやられ方してる人はいなかったからねぃ」
 ほっと息を吐くゼンラーの周りでは小鳥、叢雲、百合歌、愛梨が痛々しい姿を晒していた。比較的傷の浅かった愛梨が救急セットで処置を手伝う。
 大破して後方へ退いた亀に目をやり、ロッテ。
「流石に生身で正面切ってやるには‥‥堅すぎたわね‥‥」
 弱点とされる知覚武器を用いたのが叢雲と百合歌だけだったのも響いたかもしれない。とはいえこの被害で万全の亀を完全破壊とはいかずとも大破に追い込んだのは1つの成果と言えた。
 立花が琴乃に声をかける。 
「琴乃ちゃんも回復する? このままじゃ不公平だし、勝負が終ったらキャンプファイヤーするんだから。1人でも欠けてたら私、嫌だよ」
「‥‥よい。早う次を始めるぞ」
「ん、次は機体でだるまさんがころんだ。るーるは‥‥」
「<知って>おる。して鬼は誰じゃ」
「んー、琴乃がやる?」
「‥‥そうだの」
 ぞんざいに冥華の頭を撫でる琴乃。ハーモニーが戸惑いつつも話しかける。
「みんな人型、ですよね。初体験なのでどう工夫すればいいか見当もつきませんが、たのしみましょう」
「確かに、まさかKVであれをやるとはな。経験者は10人いるかどうかじゃないか?」
 透夜が苦笑しつつ月洸に乗り込む。ハーモニーが琴乃に微笑んだ。
「後でお喋りしませんか。私も少しは人生をたのしんできたつもりですので、話は合うと思いますよ?」
「‥‥気が向けば、の」
 琴乃は背を向けてティターンに向かった。

 ロッテ、小鳥、百合歌、カルマがKVのライトで広場を照らす。西端に琴乃機、東端に透夜機、冥華機、ハーモニー機。残る5人はビル屋上に陣取った。
「返す返すも不思議な光景ねぃ‥‥」
『どこか憎めないのが琴乃さんの魅力かもしれないわよね。さて、と』
 百合歌が言うや、徐にヴァイオリンを奏で始める。
 風防を開けた機内で、軋む体に鞭打って。なのに痛みを感じさせぬカンタービレ。ゆっくり歩くような主旋律は流れて、飛んで。和の音階を優しく撫でる。
 琴乃の思いを揺り動かせるように。
「始めよっか」
 立花の合図が静寂を破った。

『だるまさんがころんだ』
 冥華が慎重に操縦桿を固定する。機体がぐわんと揺れるも、琴乃が振り返るより早く透夜機が肩部を掴んで無理矢理静止させた。
「く、これは‥‥いくらKVでも限度がある‥‥!」
「ぜかりあーもでぃあぶろもがんばれー」
 人任せな冥華である。
『だるまさんがころんだ』
 1歩進む度に瓦礫を踏みつける感触がシートに伝う。ハーモニーは辛うじて操縦桿を元に戻した。透夜機が中途半端に重心を移した状態で止まってしまう。咄嗟に建御雷を後方に突き刺し転倒を防いだ。
「冥華もうだめ」「早すぎるぞ」
「私も無理です‥‥」「諦めるな!」
 1人気を吐く透夜が少し可哀想だった。
『だるまさんが‥‥』
 むむーと冥華が四苦八苦してKVを動かす。やはり経験の差か、透夜が先頭に立った。広場の半分を越える。その時。
『‥‥仕舞いじゃ』
 鈴の声が、空気を凍らせた。

●勝負の終り――ゴドーは町に背を向ける
 静かな声が傭兵の耳朶を打ったのは、2000時を回った頃だった。
 水を打った静寂。数秒前とは正反対の緊張感が一瞬にして漂う。
『やめよ。妾は気分が悪い』
「琴乃、何かあった? だるまさんがいやだったら冥華、他のかんがえ‥‥」
『これがお前達の真剣勝負か』
「ん‥‥冥華よくわかんない‥‥。でも冥華、だれもいたくないよーにいっぱいかんがえてきた。琴乃もたのしいよーにって」
『確かに趣向は凝らしておったの。お前の提案じゃ。妾とて面白ければ付き合うてやらんでもなかったが』
 琴乃がこちらに向き直る。脚の横に吊られたサーベルが剣呑に輝いた。
『つまらぬ。妾はきめらを壊す他、何もしておらぬ!』
 そこに至って漸く冥華達は気付いた。だるまさんの鬼すら琴乃がやるのが前提になっていた事に。
 鬼ごっこなら良かったかもしれない。あるいは缶蹴り、ドッジ。
 いや、そんな瑣末な問題ではない。冥華達は真剣勝負の約束をし、琴乃は話に乗った。その契約を反故にしたのだ。例えそれが両者の思い込みと打算に満ちた契約でも、感情を変える事はできない。
 何でもいい遊びではない、本気の『遊び』をできなかった。それが唯一にして最大の失敗だったのだ。
「琴乃、ごめんね。今からまにあうなら3たい3でばとる‥‥」
『もうよい』
 冥華の言葉を遮り、琴乃が剣を抜いた。
『ニンゲンに期待しかけた妾が愚かであったという事よ!』

 瞬く間に3機に肉薄するティターン。透夜がペダルを踏み抜き操縦桿を倒す。ステップ回避。直後、真横を神速の剣が過った。
 飛び散る瓦礫が装甲に当って甲高い音を立てる。それを合図にしたかの如く月洸はブーストして舞い戻り、琴乃機へ建御雷を振り下ろす。
「ロッテ、避難先導!」
「了解!」
 激しい剣戟。競り合う刃。ロッテ達が屋上にいた5人を自機の手に乗せ移動するのを見届けると、透夜は勢いに任せて敵をビルに向かって弾き、そこに機関砲をばら撒いた。
 轟音。瓦礫が琴乃機に降りかかる。が、物ともせず突っ込んできた。
『面倒だの。暫し黙っておれ』
 踏み込み、伸び上がってくる両腕。躱す間もなく手首を掴まれると、一瞬にして透夜の視界は反転していた。
「ッ!?」
『<琴乃>曰く、お嬢様に護身術は必須科目らしいぞ』
「攻めに使っておいて護身術か‥‥!」
 真下に投げ付けられた透夜機を追撃する琴乃。腹部を剣で貫くと、地に押さえつけ固定した。
「冥華君、他の人が脱出するまで私達で時間を稼ぎましょう」
 撃ちまくるハーモニー。弾幕が琴乃機を僅かに鈍らせる。その隙に透夜機が抜け出さんとするが、まだ時間がかかりそうだ。
 冥華は引鉄に指をかけた。だが引けない。後悔が心を侵食する。しかし、
「やれ、冥華! 琴乃はぶつかりたがってるんだ!」
「‥‥冥華わかんない。でも、すこしでもきがはれるなら‥‥」
 冥華がスラスター銃の引鉄を引く。響く銃声。琴乃機が舞うような挙動で2機のゼカリアに隣接、調和を盾で殴りつけた。調和がブースト、後退して変形するや主砲を敵に差し向けた。
「足止めを」「ん」
 冥華が至近から撃つ。合せてハーモニーが重々しい感触のそれを一気に――!
 ずん、と機体が後ろに引っ張られたような衝撃が調和を襲い、直後、破壊の砲弾が琴乃機胸部に着弾した。
 吹っ飛ぶ敵機。同軸機関銃が火を噴く。が、宙で不自然に止まった敵機がそれを受け、徐に砲口を露出させた。
『ふぇざー砲は無粋なのが玉に瑕じゃ。そう思わぬか』
 紫色光が1、2条と調和に伸びる。金属の悲鳴が木霊した。琴乃機が着地。背から短刀を抜きゆらと踏み出したと思うと、次の瞬間にはハーモニーの眼前で背を向け伸び上がっていた。
 琴乃機が腕を振り下ろす。逆手の短刀が戦車の屋根を楽に貫き、操縦席を叩き潰す。そして次の刺突が動力を破壊した。
「っ、ぁ‥‥!?」
 琴乃が冥華の方を振り返る。同時に、ハーモニー機調和が爆散した。

 爆発が宵闇に浮かび上がる。郊外にまで伝う地響きが彼らの焦燥感を煽った。
 他の者に戦闘行動は無理としてもロッテとカルマはまだ戦える。自機で加勢に行くべきか否か。
 周りに目をやる。生身の人間とKVに乗った重傷者ばかり。後先を考えるとここを動く事はできなかった。
 ――透夜なら切り抜けられる筈‥‥。
 ロッテが夜空を見上げる。月は、見えなかった。

「おぉおおおぉおぉおお!!」
 斬り下ろし、弾いて反転から一閃。月洸の猛攻が琴乃機を圧倒する!
『全く面倒な奴め!』
「褒め言葉として受け取っておこう」
 調和の爆散直後、拘束を抜け出した透夜が仕掛けて数合。ティターンと互角以上の戦いを繰り広げる透夜に焦れてきたらしい。
 至近から銃撃する透夜。敵が左へ躱す。予期したかの如く透夜が続き、斬撃。琴乃機は腕で受ける。冥華がそこを狙って銃撃するも、琴乃は意にも介さない。琴乃機が慣性制御によって不自然な軌道で舞い上がった。
『情趣を解さぬ下郎! あやつと会話くらいさせてくれてもよいであろに!』
「敵の都合など知るか!」
『であるか』
 ブースター全開、透夜機が飛び上がって追従する。が、その刃が届くより先に、紅色光の奔流が透夜を襲った。思いきり地に叩きつけられた透夜は機を起こそうとし――叶わなかった。脳震盪のように意識が混濁する。
『ほんに慣れぬ機体じゃ、てぃたーんといいたろすといい』
 その間に琴乃機は冥華の傍に着地した。冥華が引鉄を引く瞬間、琴乃は沈み込んで手刀を繰り出す。ず、とコクピットを貫いた。
 金切音が機内に響く。計器やら何やらが爆発し、そして――、
「?」
 琴乃機の腕は、冥華を包むようにして止まっていた。
「琴乃?」
『‥‥ニンゲンはいらぬ。だが』
 ティターンが亀裂を押し開く。外が見えるようになったそこには、夜目に鮮やかな朱の着物の姿があった。
 腕の上に立ったまま琴乃が言う。
「お前と‥‥あの弁当の娘か。お前達だけは妾が目を掛けてやってもよい」
「めをかける? すなにめをかける?」
「何じゃそれは」くっくと笑い、琴乃。「妾のものにしてやると言うておるのじゃ」
 冥華は目を丸くして琴乃を見つめた。
「冥華わかんない。でもまた遊ぼー。次はがんばる」
「‥‥うむ。あの下郎のせいで今はお前を連れ帰る余力もない。ではな、冥華」
 琴乃は初めて冥華の名を呼び、自機に戻る。腕を引いて夜空へ舞い上がると、超加速して消えた。それを見守るうち、気付くとHW達も姿を消していたのだった。

<了>

 琴乃が去り、静寂を取り戻した廃墟。
 2100時を過ぎ、虫の声すら無い町の片隅で、男女は瓦礫に背を預けて座っていた。女――愛梨が隣の男の目を見ようとして、でもできなくて、首筋辺りに視線を漂わせた。
「あの、さ。あいつをここに呼び寄せたの、あたしも原因の1つ、なんだよね」
「琴乃、デスカ」
 男――ムーグが確かめる。愛梨は首肯した。
「‥‥あたし、は。あんたの望郷の念を知ってて。こう言ったら琴乃がアフリカに来るって解ってて。それで、こうした。強敵が増えてあんたの故郷が遠のく。解ってて、こうした」
 言わない方がいいのかもしれない。隠して、自分だけ勝手に苦しめば、そしたら他の誰も傷つかない。きっと色んな人がそんな気遣いという名の妥協をするんだと思う。でも、これが自分のエゴだとしても。
「ごめん、なさい。許してもらうつもりはないし、謝って済むとも思ってない。けど」
 謝りたかった。罵られたかった。
 今日初めて愛梨はムーグの顔を見た。座っていても首を上にしないと見えない彼の顔は――困ったような、辛いような、そんなへの字口だった。
 ムーグが包帯を巻かれた愛梨の腕を手に取り、優しく撫でる。それで思いが全て伝わればいいのにと、願って。
「‥‥大丈夫、デス。大丈夫、ダカラ」
 だからそんなに苦しまないで。これで故郷が消え去る訳じゃない。そんな事では心は折れない。だから。
「ダカラ、泣か、ナイ、デ」
「ないてない!」
 そっぽを向いて顔を隠す愛梨。
 体育座りで完全防御したその姿は、野良猫そのものだった。

「そっか」
 郊外。
 冥華から琴乃とのやり取りを聞いた立花は、頷くしかできなかった。
 きっとまた解り合える。でもそれには沢山の障害があって、立花の理想は離れていくばかりで。それでも立花は前を向いた。
 叢雲が皆にお茶を配る。四次元からお茶を出すのは執事の必須スキルとでも言わんばかりだ。
「でもま、勝負は俺らの勝ちッスから。今度きっつい罰ゲーム言い渡してやるッスかねぇ」
「琴乃さんのストレスを全て植松さんが受け止めてくれるなら、良い案ね」
 怪我を負って尚、百合歌の微笑は黒かった。



 ――そして数日後。
 アフリカ奪還作戦が発令された‥‥。