●リプレイ本文
高速艇内は植松・カルマ(
ga8288)と愛梨(
gb5765)の空回りな会話が支配していた。
「で、この依頼文に俺はロイヤルな気配を感じたんスよ! そしたら和服美人(仮)と知り合い?! マジ俺に紹介してよー」
「知り合いっていうか‥‥」
「えー、彼女は北条さんと言いまして‥‥」
ドッグ・ラブラード(
gb2486)が会話を広げようとするも失敗。何故なら本来は賑やかす側の少女に元気がないからだ。
少女――春夏秋冬 立花(
gc3009)が自身の薄い胸に手を当てると、激痛が走った。
先日負った重傷。体の傷と、心の傷。結果的に罪なき人を死に至らしめた後悔が心を苛む。が。
『プリマスまで30分――』
状況は待ってくれない。だから立花は自らの頬を抓った。
「何をしているの」
「いえいえ、気合入れてただけですよ?」
「‥‥そう」
ロッテ・ヴァステル(
ga0066)が頷く。舞 冥華(
gb4521)が立花の頭を撫でた。
「立花、いーこ」
「‥‥」
「‥‥」
なでりなでり。
「‥‥」
「妙に長いです!?」
ツッこむと何となく気分が晴れてきた。ロッテが微笑を浮かべて深呼吸する。
「私も暫く故郷に戻っていたから‥‥気合入れないとね」
「ですよぉ? 久しぶりに一緒ですし‥‥頑張るのですぅ!」
ぐっと幸臼・小鳥(
ga0067)が胸の前で両手に力を込めた時、1人無線でやり取りしていたラナ・ヴェクサー(
gc1748)が腕の動きで静粛にと伝えてきた。
片手で懐から錠剤を取り、噛み砕く。
「‥‥そう、です‥‥ただ‥‥現状、では‥‥上の人間のみ、に‥‥」
『――北条琴乃については了――後日――るかも――』
欧州軍との秘匿回線を切るラナ。これで最低限の準備はできた。あとは。
「‥‥の、敵が」
ラナの呟きは、機内の誰にも届かなかった。
●不透明な力
プリマス市街、公園前。8人が空を仰ぐとそこには。
「隠れる気なし」
「あのキメラ俺より大物じゃね、度胸的な意味で」
「確かに」
「ちょ、そこ否定するトコッスよ!」
「多分冗談よ」
ロッテがカルマの肩を叩き、園内に入る。敵は林の上を悠然と周遊したまま。ならば問答無用で墜とすまで。ドッグが歩きながら肌を白から黒へ変貌させた。
「さぁって。派手に暴れてやろうか!」
林の手前で止まる前衛4人。後衛が林に入るや、真下から弾雨を浴びせた。
猛る敵。咆哮を上げ怪鳥が標的を探す。そこにレルネを引き絞ったカルマの一矢が飛び込んだ。
「てめェらの相手はこっちの美女2人ッスよぉ」
『――■■!』
「まずは貴方を囮にしようかしら」
「らめぇ!」
ロッテがツッこむうち、2羽が前衛に向かってくる。ラナが新たな錠剤を噛み砕きながら敵を見据えた。横へ跳ぶ!
「リミット‥‥まで、に‥‥殲滅、します‥‥!」
「まずはご挨拶!」
ラナのいた空間を敵が襲う。そこにドッグが莫邪宝剣を叩きつけた。
「こっち来いや!」
「林から離すわよ!」
4人が噴水広場目指して駆け出すと、後衛3人もそれを追っていく。
ただ1人立花はその場に留まり、木に体を預け座り込んだ。天使の盾で前も塞いでおく。
「生死のかかる戦闘は好きじゃないけど」
でも、自分が何もできないのもやはりつらい。
立花がアリスパックを地に下ろした、その時。背後に隠し切れない気配を感じた。
「ともかく‥‥攻撃の届く距離に‥‥落とさないとぉ!」
「ん、小鳥がそっちなら冥華こっち。だんまくうすいよなにやってんのっていわれそ」
小鳥と冥華、2人の機関銃から大量の銃弾が吐き出される。飛び散る薬莢。跳ね上がる銃身を押さえつけ敵を追う。が、敵は予想以上に速くなかなか直接被弾させられない。
2羽がシザーズの如く交錯、そしてこちらに向き直った――瞬間を愛梨が捉える!
「そこ! あんたら単細胞の動きなんか目瞑っても分かるわよ」
「愛梨ちゃんナイス!」
紫翼を射抜かれた敵が姿勢を崩すも滑空に転換。小鳥目掛けて突っ込んできた。斬。腕で受ける小鳥。舞い上がらんとした敵へロッテとラナが跳ぶ。
ロッテの蹴りが敵の背を砕き、ラナの雷爪が片翼を散らす。だが落ちない。間髪入れず敵が翼を震わせると衝撃波が3人を襲った。
「速い上に硬い‥‥」
吹っ飛ぶ3人。ロッテとラナは着地するや爆ぜるように肉薄、飛翔する暇も与えず短剣を投擲した。躱す敵。直後、弾幕が敵を打ち据えた。
「私が‥‥押さえますぅー!」
藍の怪鳥を3人が囲い込む!
ロッテ達が藍色の敵と交戦する一方、カルマ達は橙の怪鳥と相対した。
「このイケメンの犠牲になれやオラァ!」
散弾を宙へ放つカルマ。敵が翼を交差して受けると、流れるように衝撃波を放った。魔剣を地に突き立て防ぐカルマ。冥華がその脇から発砲した。命中。高度を下げた敵に愛梨が横走りして発砲。翼を穿つも効果は薄い。気合充分、愛梨が連続で引鉄を引く!
「前衛、いくわよ!」
「応!」
赤龍の銃弾を浴びる度、宙で踊る敵。衝撃波の反撃。ドッグと愛梨が各々耐える。朦々と砂塵が舞う中、敵が急降下してきた。カルマがいやらしい笑みを浮かべる。
「ドッグサン、コンボで」
「一気に決めてやるか!」
「や、俺マジ謙虚なんで、そこまでは」
腰を限界まで捻ってカルマが魔剣を振りかぶる。突っ込んでくる敵。カルマが敵進路上へ踏み込んだ!
「言わねェスけどねェ!!」
斬!
圧倒的すぎる力が敵を両断――できない。正面衝突した衝撃が両者を襲い、正反対の方向へ弾けた。直後、ドッグが敵へ飛び込む!
「俺を忘れちゃいけねーなぁ!」
地でもがく敵に大上段から機械剣を振り下ろす。手応え。ドッグが獰猛に口角を上げた。が。
至近からの衝撃波が彼の腹を引き裂いた。
「チィ!?」
「硬すぎ。なら一斉にやりましょ!」
「ん、みんなでいじめる?」
愛梨が敵の目を狙い、冥華が翼を削る。その間にカルマとドッグは視線を合わせ、同時に得物を振り下ろした!
『――■■!』
断末魔を上げ果てる敵。返り血を拭う事なくカルマが嘆息した。
「雑魚のくせにクソうぜーんだよ」
銃声銃声。絶え間ない小鳥の弾幕が敵を押し留め、ロッテとラナがにじり寄る。小鳥が再装填する間に退避しかけた敵へロッテが跳びかかる!
「打ち、落とす‥‥!」
迎撃する敵。その翼が届くより先にロッテが『宙を蹴った』。縦に6m近く跳ねるロッテ。翼が空を切った直後、踵を振り下ろす!
強烈な衝撃が脚を伝う。
轟音と共に地に墜ちる敵。土煙舞う中ロッテが着地すると、傍をラナが駆けた。下段から雷爪が伸びる。斬、転じて回し蹴り。稲光が敵を貫く!
「‥‥一撃、で死ななければ‥‥死ぬまで、殺す‥‥!」
「ラナ!」
苦し紛れの衝撃波を辛うじて受けた。小鳥が射線をずらして弾幕支援。ロッテが低空を跳ぶように懐へ潜るや足刀で弾いた。そして敵が地に着くと同時に。
「‥‥状況、終了‥‥!」
這い寄ったラナの雷爪が、敵の心臓を抉り取った。
断末魔が尾を引き園内に響く。ロッテは無表情に視線を外した。
「ラ・ソメイユ・ペジーブル‥‥」
辺りを見回す3人。すると若干早く橙の怪鳥を倒していたカルマ達が丁度こちらの様子を窺っていたところだった。合流する7人。ひとまず林へ戻らねば。
そんな7人を出迎えたのは。
●不透明な心
戦闘終了から遡る事約10分。
7人が林を離れた頃、立花の背後に現れたのは他ならぬ北条琴乃だった。
「戦わぬのか?」
「‥‥私。今、怪我してるから。戦闘は無理みたい」
潜伏場所が被ってしまったか。
平静を装い苦笑する立花。座ったまま振り返る。琴乃はイジイジと両手を合わせていた。
「勿体ないのう、愉しみが減った気分じゃ」
「う。でもほら。怪我してても琴乃ちゃんに会いに来たこの気概は評価してほしいな!」
どーん、なんて効果音が聞こえそうな程精一杯薄い胸を張る立花である。
「? お前は妾と何がしたいのじゃ」
「私は友達になりたい!」
遠く銃声が響く。立花はまっすぐ琴乃を見つめたまま続ける。
「もっと貴方の事、教えてよ。琴乃ちゃんはいい子だと思うから。きっと私達仲良くなれるよ?」
「ううむ。<友達とは互いを思いやれる関係>であろや?」
「うん。そしてこの世界で遊ぼう」
――やっぱり。ちゃんと話せる、筈?
未知との遭遇的な緊張感に包まれる立花。琴乃が袖で口元を隠して尋ねた。
「つまり友達になればお前は妾を慕い、妾もお前を好きになるのかの」
「きっと」
「ならば構わぬぞ」
「よかった。じゃあこれ、お土産」
痛む体に鞭打って荷から手作り弁当を出すと、琴乃に座るよう合図する。
だから気付けなかった。琴乃が口元を隠した理由に。
そして今。ロッテはひくつく頬を抑え、確認した。
「で、弁当をつついていたと」
「うむ」
「あぁ、もう。調子が狂うわ‥‥」
「こういう相手‥‥なんですぅー」小鳥がロッテを宥めて琴乃に言う。「その‥‥和菓子、食べますかぁ?」
「ほう、これを食べ終えたら出すがよい」
「はい‥‥ですぅー」
何気に嬉しい小鳥である。が、ロッテは苦虫を100匹噛み潰した表情だ。そしてそれは愛梨も同様だった。
「‥‥ハン。こんなトコで余裕かまして覗き、ね。はしたないってパパに習わなかった?」
「ぱぱ?」
「男親。ファザー。オトーサマ。ま、バグアなんかにはいないだろうけど」
「その程度知っておる、が。さあ、のう」
顔を伏せる琴乃。その姿を眺めるうち、愛梨はふと言葉を漏らしていた。
「あんたにとって御父様って‥‥」
「うむ?」
「‥‥別に」
父なんてもの話題にするだけで反吐が出る。
芝を踏み鳴らして愛梨が誤魔化すと、琴乃は興味を失ったように右隣の冥華に視線を移した。冥華を抱き寄せ銀糸に顔を近づける。冥華が目を細めた。
「ん、くすぐったい」
「よいであろ」
「んー」
「ちょ、何スかこの百合展開!」
思わずツッこむカルマである。小鳥が秘かに赤面し、ドッグは見て見ぬ振りをした。ラナが爪を噛みながら集団から離れる。
「煩いのう」
「いやいや俺の大活躍は? すげー活躍したっしょ! 見た? 惚れたッスよね!?」
「ううむ。あれであろ? 何やら色々騒いでおった」
「うっわ適当マジ凹むわー」
「カルマさんはもっと手順を踏みましょう。お土産が効果的です」
えへんと立花が助言すると、一行は和やかな雰囲気に包まれる。苦笑しつつドッグ。
「相変わらずお綺麗で容赦がない」
「うむ?」
「ここも、海は苛烈ですが空は優しく街並は落ち着いた良い所ですね」
「妾は惹かれなかったがの」
「これも手厳しい」
――惹かれない。どうでもいいという意味なら逆に街は安全とも言える?
ドッグが思案を始めると、琴乃は冥華弄りを再開する。冥華もそれはそれで快いが、ずっとこうする訳にいかない。
「んと。冥華、琴乃に――」
意を決して伝えんとした、次の瞬間。
小さな舌打ちが、耳朶を打った。
●少女達の道標
琴乃を中心とした冥華の視界。その隅に影が突如現れた。人間大のその影は雷光に似た何かを振りかぶり、琴乃の首筋に振り下ろす。ごり、と生々しい音が皆の耳に届いた。
「‥‥いつまで‥‥人間、ぶるのです‥‥貴女、所詮‥‥敵、でしょう‥‥この、バグアが‥‥ッ」
それは影――ラナ・ヴェクサーの発した言葉。事態を把握できないままの冥華。一方ある程度距離を取っていた他の6人はそれを完全に理解していた。
いつの間にか回り込んでいたラナが、背後から琴乃を襲撃したのだと。
ラナがさらに爪を振り下ろし、叩きつけ、貫――かんとした直後。
「ッ、ラナ退がっ‥‥!」
ロッテが叫ぶも遅い。左腕で爪を受ける琴乃。ゆらりとラナに向き直るや、不意に右腕を突き出した。
ぐちゅ、と嫌な音が大気を伝う。琴乃はラナの腹に手首から先を埋め、腸を引きずり出しては掻き回すのを2度繰り返した。むせ返る臭いが充満する。
「ぁ‥‥」
「今助けるわ!」
間髪入れずロッテが接近せんとした時、冥華が琴乃の右腕に縋りついた。
「琴乃、ことのっ、やめよ? ことの、いいひとだから。冥華しってる。ことのはいいひと。ことのはいいひと‥‥」
冥華の悲痛な嘆きに誰もが動きを止めた。純真な瞳が間近から琴乃を捉える。
1秒にも満たなかったそれはしかし彼女の心を動かすのに充分だった。琴乃がラナの体から腕を引き抜く。夥しい量の血が芝を濡らした。ドッグが急いで治療するが応急処置にしかならない。
琴乃が嘆息して扇を開く。
「仕方ないのう」
「ん‥‥ありがと、ことの、ありがとー」
「うむ。やりすぎはカジョーボーエーなのじゃ」
わざとらしくのたまう悪に嫌悪感を抱く者もいたが、今刺激する訳にもいかない。ぎゅ、と冥華が琴乃に抱きついた。
「んと。冥華ね、お願いある」
意識の無いラナの姿が冥華に最後の後押しをした。琴乃の着物に顔を埋め、仰ぐ。左肩口が裂け、白い肌を一筋の紅が彩っていた。
「でもただでお願いはだめってきゃす爺もいってた。だからしょーぶして冥華が勝ったらお願いしていー?」
「勝負?」
「ん。負けたほーが勝ったほーのお願いを1個きく罰げーむつき」
皆が困るって言うから。
だから誰も困らない所で始めよう。戦いと、その先を。
「罰げえむ‥‥おお、世に謳われる王様げえむであろ!?」
「王様ゲーム! じゃ俺王様なったら琴」「貴方は黙ってなさい」「のぁぐ!?」
耳慣れた言葉に反応したカルマをロッテが瞬殺した。冥華が続ける。
「あふりかとか人がいないとことかでしんけんしょーぶ」
「むぅ。ここでは拙いのかの」
「それは」
冥華が言葉を紡ぐより早く、愛梨が横から口を出した。
「こんな所で隠れてないと拙いの? そりゃそっか。北アフリカは人類が押してるもんね」
愛梨の脳裏に浮かぶのは同僚の背中。朴訥とした、でも優しいアフリカ出身の同僚。琴乃を今アフリカに戻せば彼の故郷はきっと遠のく。それを理解した上で、そしてこう言えば琴乃を焚き付けられると確信に近い推測を得た上で。
愛梨は、言った。
「あんたはせいぜい眺めてれば? あたしの友人が向こうで大切な故郷を取り戻す様を」
ぴく、と琴乃が僅かに反応したのを、ラナを除く全員が見て取った。
「むう。そこまで言われては戻るしかないのう」
などと平静を装う琴乃。冥華がぎゅーと腕に力を込めた。
「しょーぶのほうほーはKVでも生身でもいいけど、冥華は団体戦がいー。琴乃もきめらとかつれてけば楽しくなる」
「構わぬ。場所は‥‥じぶらるたるとかいう所の南でよいかの」
「ん‥‥」
冥華が名残惜しむように離れると、愛梨が手を伸ばして保護した。玩具を取られた少女の如く口を尖らせる琴乃に、立花。
「また会えたらもっと話そう?」
琴乃は答えず、扇を閉じる。今日は満足という事か。全く子供だと立花が嘆息する。
別れの挨拶もなく林の奥へ去りゆく琴乃。風に遊ぶその黒髪を睥睨し、愛梨はここにはいない同僚に懺悔する。
その声を聞いてか聞かずか。幸薄く胸も薄いが心は優しい少女が、言った。
「和菓子‥‥食べてもらえなかったですぅー」
<了>