●リプレイ本文
「ごきげんよう。アイロン・ブラッドリィ(
ga1067)と申します。この度はよろしくお願いしますね」
既に町の北端で出発準備を終えていた幌付荷馬車の前で、各々が未来の能力者(仮)と仲間に挨拶する。早朝。天気は良好。多少の寒風が肌を刺激するが、活動する上で寒暖が激しすぎるより余程快適だと言えた。
「また一緒ですねぇ‥‥。ロッテさん‥‥今回もお願い‥‥しますぅー」
幸臼・小鳥(
ga0067)が儚げな笑顔で。ぽふ、とその柔らかい髪に手を置き、ロッテ・ヴァステル(
ga0066)も頷く。
「旅行産業も知恵を絞ってくるものだ」
もっとも悪知恵の類だがな、とメディウス・ボレアリス(
ga0564)は客に聞こえないように。
「怪しさ大爆発なツアーだよねぇ」
「まぁ、のーんびりと楽しみ‥‥じゃない、しっかり警護しますか」
「未来の能力者を護る仕事として、こなしましょう」
ケイン・ノリト(
ga4461)、翠の肥満(
ga2348)、智久 百合歌(
ga4980)がそれぞれ旅行会社への皮肉を込めて言うと、アイロンが苦笑して、
「ツアーの主旨としては大変素晴らしいもののはずなのですが‥‥」
「とにかく。皆に夢を観させてあげよう‥‥!」
勇姫 凛(
ga5063)が客に向かう。
「途中、色んな困難があるかもしれないけど皆の安全と未来は、凛達が絶対に護るから」
それと知りたい事があったら気軽に聞いて、と。まさに憧れとなるように凛は微笑んだ。
「‥‥では、ルートの説明をするわ」
ロッテが場を締める。予定路はマドリードから北東の山越えの道。競合している地域も殆どない。しかし勿論古い道路を行く事になるが、3月初旬ではその道路自体が高所で雪に覆われている上に広くない。キメラよりも山の脅威に気をつけなければならないと言えた。
ローテ:馬車内休憩/斥候/前方護衛/後方護衛
R1:小鳥・アイロン・百合歌/凛/メディウス・翠/ロッテ・ケイン
R2:メディウス・翠・凛/ロッテ/ケイン・百合歌/小鳥・アイロン
R3:ロッテ・ケイン/百合歌/小鳥・アイロン/メディウス・翠・凛
●山越え1日目
平地を問題なく突破した一行は、遂にピレネー山脈に差し掛かる。平野では春の息吹が感じられる時期とはいえ、標高が高くなると未だに大量の積雪が残り、雪崩、土砂崩れ等に注意する必要があった。
R1。
凛が双眼鏡で山頂の方を観察し、しばらくして逆側、滑れば真っ逆様といった急斜面と空を見る。雪の量が増え始める。異常はない。ただ曇り空のみが気に掛かった。
その後ろには牧歌でも聞こえそうな風景。テンポ良く馬蹄が響き、護衛も特に異常は発見できなかった。
「この空気‥‥あまりに健全すぎて身体に悪そうだ」
「お酒、好きなんですか?」
翠がメディウスのアリスパックを差して。瓶が僅かに覗いていた。
「酒は命の潤滑油。こんな世の中でもこれと煙草と、少しの生き甲斐があれば生きていける」
「なるほど。僕にとっては牛乳に美しい女性と‥‥」
会話に興じる前方2人だった。
後方では一見のほほんとしつつ警戒を怠らないケインと、自然を満喫しつつ気を引き締めているロッテが無言で職務を全うしていた。会話はなくとも心地良い雰囲気。良い緊張感だった。
そして馬車内では。
「うー‥‥一体何を話したら‥‥いいのでしょぅー‥‥」
彼女にとっての戦いが繰り広げられていた。
アイロンと百合歌の陰に隠れ、小鳥がチラと客を一瞥する。それに反応してじっと見据えてみるアロンソ。びくぅ。小鳥は一層隠れようとし、危うく馬車から落ちそうになった。
そんな小鳥を見かねてアイロンが彼に話しかける。
「先日は挨拶もできませんでしたね。ミシェルさんとフアン君はお元気でしょうか?」
彼の村がキメラに襲われ、その時に村の子どもを救出したのがアイロンをはじめとした傭兵だった。その中で今回も参加しているのは6人。その6人には、鋭い眼光でこちらを睨んでいたアロンソが多少印象に残っていたのだ。
「特にフアンは姉、いや女性を守るんだと息巻いてますよ」
「女性。女たらしにならない事を祈るばかりですね‥‥」
百合歌の微笑に、浮気というものへの黒い感情が少し混じった雰囲気がしたが、きっと気のせいだとアロンソは目を背けた。
「ところで皆さんはどうして能力者に‥‥」
アイロンがふと。自らがそうなった経緯や生来の性格が、彼女を複雑な感情にさせていた。
「適性があったとして、皆さんが能力者になるとして素直におめでとうございますと言ってしまっていいものでしょうか‥‥」
独りごちる。
返ってきたのは実直な答えばかり。自分の村を守る。愛する人をこの手で。侵略されゆく祖国を解放する。その為の手段。死にたくはない。それでも戦って守らねばならないと。スペインというお国柄か。進んで旅に出るだけあって、その覚悟は強い。
「ただ、能力者になるという事の意味を考え続けてほしいのです」
アイロンが指輪に目を落として。沈黙。候補生も先輩の言葉をゆっくりと噛み締める。そんなしんみりとした空気を打ち破ったのは、
「ぅきゃぷ!?」
大きく馬車が跳ねた時に舌を噛んだのであろう、小鳥の悲鳴だった。
●山越え5日目
昼食。大休止を兼ねて皆で食べる事になる。食材等はロッテの要請により、このままイギリスまですら行けそうだった。
「やや、これはお美しい! どうでしょう、向こうで親密なお話でも」
「そんな‥‥ぽっ」
「仕事中にナンパはやめましょうね〜」
本当に実行しそうな翠に、満面の笑顔で百合歌が釘を刺す。
「あはは〜。あ、珈琲、欲しい方どうぞ〜」
それにしても、とケインがアロンソを眺めつつ。
「‥‥何か?」
「ん、なんでも〜」
感慨深く。昔の自分もこんなだったのかねぇ、と重ね合わせる。今は、こうして足下の事にも気を配れるようになってきたという事だろうか。
「ケインさん、急に老け込んだ顔をされてますね」
アイロンがうふふと穏やかに突っ込むと、最近身体がねぇ、と平和に返すケインである。
「凛は事務所の都合だったから‥‥。今も大変だけど後悔はしてない。皆を守って、夢を紡げるから‥‥」
一方凛はそのサービス精神で自らの簡単な経緯を話す。元々ファンだったのか、2人の男女が妙に食いついていた。
「ふむ。そうだな。我の美学、それは酒! そして超科学二足歩行兵器! 現在もKVはあるにはあるが、やはりあれ以上の物を我の手で創りたいものだ‥‥」
「わぁすごい‥‥ですねぇー」
メディウスの周りには、あまりよく解らないがその熱意を聞いている人間。そんな輪に適度に混じりつつ、時間等に気を配っていたロッテが、
「そろそろ出発するわ」
と客を馬車に戻し始めた時、それは来た。
山すそ側の曇り空から、不快な声を発するキメラが。山頂からは巨大な猪が駆け下りてくる。
「近い‥‥馬車を前進、敵に備えて!」
ロッテが即座に指示を出す。自らは爪を装着し馬車を守るように。その隣で小鳥が長弓を怪鳥に向ける。射撃武器のある者は怪鳥と対峙し、近距離武器の者は猪に備える。ロッテが他方向も警戒するが、特に気配はない。とにかく今は眼前の敵を近付けない事だ。
「申し訳ない、紳士淑女の皆さん! ツアーは一時ショウダウン、そしてこれから‥‥」
翠が棒術を操る武僧のように、その得物を巧みに腕、身体で一回りさせ、鳥に構える。
「ショウターイム‥‥!」
猪が突進するのを凛が相殺するようにランスの突撃で真正面から当たる。さすがに猪。敵の額からは多少血が出る程度だったが、勢いを止める事こそが目的。百合歌が凛の陰から前足を斬りつける。
「参る!」
そこに肉薄するのはケイン。滑るように敵の横を取るや、次の瞬間には神速の居合いで敵を半分にしていた。一回空で蛍火を振り、鞘に納める。背中で語る。その哀愁が、漢の人生を映すのである。
怪鳥の方は。
「うー‥‥そこですぅっ!」
小鳥が長弓、翠が電磁波で遠距離から先制攻撃を加え、気勢を殺ぐ。さらにアイロンが銃声による雪崩発生を警戒して短弓を構え、メディウスの高出力銃と共に射程いっぱいで放つ。ほぼ同時に怪鳥も広げた羽から2発の光弾を発射する。
交錯する互いの弾。こちらの矢とエネルギー弾が敵の羽、胸部に命中し、敵の光弾が1発は4人付近の道路、もう1発は――。
ドォン!
山頂側の山肌に着弾した。散っていく怪鳥。次第に地響きが聞こえてくる。
「なんて置き土産を‥‥!」
ロッテが双眼鏡で雪崩を観測し、一刻も早く離れるよう指示する。
「早く横へ! あれの進路上から退くんだ!」
ケインが声を限りに警告して前に走る。幸い馬車は先行しており、直撃コースには能力者だけ。歩幅の小さい小鳥を補助するべくロッテが手を取ると瞬天速で一気に馬車まで辿り着く。他の者も瞬速縮地、全力疾走でその場を離れた。そして。
ドォ――‥‥。木々を巻き込み道を呑み込み、白い溶岩が一行の後ろ10Mを通過していく。奔流以外、時が止まったよう。何分経ったのか。ようやく雪崩の暴食が終わった時、そこには白く化粧して崩れた道路と横たわった大木だけが残されていた。
●山越え6日目
雪崩以降、別段キメラが現れるわけでもなく、高所帯も4分の3を越えただろうか。道幅も狭く転落防止柵もない道もあったが、慎重にクリアしていく。とりわけ3ローテーションの休憩、斥候、前後護衛という分担が、疲労を最小限に抑えていた。その見事な連携は候補生の尊敬を集め、ツアーは順調に評価も上げていたのである。
昼。そして一行は60M程の橋に差し掛かった。この先は雪もほぼない。あとはこれを越えればよかったのだが。
「一部が崩れ落ちてる‥‥」
斥候の百合歌が止まっていたところに後続が辿り着く。余程古いのか、橋の中間が抉れたように抜けていた。徒歩なら端を通過できるが、馬車となると。
「ここからずっと歩かせるのは修行すぎるねぇ」
ケインが刀と工具で、近くの木から渡せる板を作ろうと考える。表情をやや暗くするロッテ。仕方がない。依頼の成功を第一に考えなければならないのだ。
早速作成にかかる。板の長さは5Mもあれば足る。太い板を数本骨組みのようにしてまず穴の上に掛け、その上に実際に馬と車輪の通る丈夫な道を置く。1時間でその作業を終わらせる。しかし。
「またですか」
百合歌がその背に淡い翼を宿して、後方の敵を見据える。飛行蟲2匹に猪2体。戦力としては能力者には大した事はない。だがここは橋の入口。もし1匹でも馬車に行かせたら。万全を期すならば馬車を渡らせ迎撃。
ここでローテーションを活かす。現在はR3。ロッテ、小鳥、アイロン、ケインが馬車と共に渡り、メディウス、翠、百合歌、凛がこの場で交戦。決定するや馬車を急がせる。
馬車が渡りきらぬうちに敵が来る。メディウスが飛行蟲に撃つが、動く物に反応しているのか2匹は脇目も振らず馬車の方へ向かっていった。まずは猪をやらねば。
「――Quantus tremor est――」
「鎮魂歌ですか。では僕はアッラーアクバル‥‥は違うか」
遠距離から2人が狙い撃つ。よろける2体。そこに百合歌、凛が走る。各々1体。
「皆の夢の邪魔は絶対にさせない! 燃え上がれエクスプロード‥‥明日へと続く道を、この手で貫き通す為に!」
2人のビーストマンが一瞬で敵に近づくと、一方は一刀両断、一方は串刺しで敵を仕留める。
「Lamento e trasmesso voi――死出の餞を」
どさ。くずおれる猪。百合歌の剣が淡く輝く。得物から落ちる敵の血液すら神々しい。そんな一枚絵がそこにあった。
「早く、馬車に向かおう‥‥!」
凛が僅かな逡巡も許さず反転する。夢を守り、導く為に!
橋を渡り終える直前に飛行蟲に追いつかれる馬車。速度を出す為、客と小鳥、アイロンが車内、ロッテとケインは外を走る。
敵は中空から縦に並んで急降下してくる。外の2人はさすがに走りながら狙い澄まして跳び斬りつける事は難しい。そこで車内から2人のスナイパーが集中攻撃で先頭の蟲を撃ち落とす。しかしそれが逆に後ろの敵の盾になる。前に出る蟲。素早く馬車の左側幌にへばり付く。
「っあう!」
昆虫の足を伸ばしてくる蟲。小鳥がまともに喰らう。さらにもう1本が無差別に中から掻き出そうとしてくるが、アイロンが身を挺して客をかばう。
守りきれない‥‥!
ようやく橋を渡りきる馬車と外の能力者。足場も広がる。傭兵を信じて御者が速度を緩める。これならば狙える! ロッテが瞬天速で追いつくや、跳びあがる。
「堕ちろ、海よりも深き眠りへ‥‥!!」
装着した爪で左ハイキック、さらに反転した勢いを右足に込め回し蹴り気味に敵脳天に振り下ろした。馬車に集中していた蟲は、たまらず道路に叩きつけられる。透明の体液が辺りに飛散する。
「‥‥ラ・ソメイユ・ぺジーブル」
キメラに安らかな眠りなど訪れないと言わんばかり。ロッテは、なびく髪を静かに押さえた‥‥。
●夕食にて
その日。標高も大分低くなったところで野営となる。この先は地形に問題はなくキメラにも普通に対処できる。難所は越えたと言える。そこで、ささやかながら昼間の猪でぼたん鍋が振舞われる。前祝としてメディウスのアルコールも栓を抜いた。笑顔の漏れる一行。能力者候補生達も、憧れや自らの理想だけではない、リアルに戦うという事を実感できたのではないだろうか。
「いっぱい‥‥ありますよぅー」
「今日は奮発いたしました」
小鳥とアイロンが誇らしげに。凛はすっかりファンの候補生に捕まっており、ケインも和やかに会話している。逆に体育座りで漢泣きをしているのが翠だ。
「む? どうした、ファットマン君。振られたか?」
メディウスが声をかける。それは的を射ていたようで、翠はうっう、といじけだす。それをほろ酔いで楽しむメディウス。陽気だった。
一方で火から少し離れるようにアロンソが座っているところに、ロッテがふらりと近づく。
「‥‥何、でしょうか」
なんとなく彼女には1番敵いそうにないようで、敬語になるアロンソである。
「今度逢ったら聞かせて頂戴‥‥貴方の『覚悟』をね」
それだけで皆の許に戻るロッテ。
「覚悟」
彼が考えようとした時、さらに百合歌の声がその場に響く。
「能力者になる理由なんて様々。詮索もしない。大事なのは過去じゃなく『今』から如何したいのか‥‥」
でも、最初の気持ちは忘れたくないわね。と微笑んで。
覚悟をもって『たった今』から何をすべきか。そして能力者になるという事。深く、深く。旅でただ良い所を見せただけではない。一流の傭兵として『何か』を考えるきっかけを与える事もできた、素晴らしい護衛任務となったのだった‥‥。
<了>
――後日、報告。
以下4名の適性反応を確認、ULTへの志願を許可。
――――、アロンソ・ビエル:スナイパー、――――。