タイトル:アンダルシアの作戦マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/11/26 00:39

●オープニング本文


 スペイン南部、アンダルシア地方。
 グラナダに一時根を下ろしていた難敵も既におらず、アフリカ進攻に際して一旦かなりまで敵を掃討していたこの地方だが、暗黒大陸からの撤退に従ってある程度の敵は再び入り込んでいた。
 そんな中、過日目撃された動く巨木。
 目算で全長約20mともなれば、確かにそれは発見しやすいかもしれない。‥‥その樹が単体で動いている状態であるならば、だが。しかし一度見失い、木々の間にでも隠れられると途端に空からの偵察だけでは難しくなってくる。『巨木』という大きすぎる特徴があるが故に、普通の『樹』との見分けがつけづらいのだ。
 そこで付近の部隊が要請し、空は通常戦闘機・哨戒機で数を頼りに、地上は要請した大隊が中心となって捜索する事となった。
 それは巨木――兵卒が俗称するところの『バーブ』を発見する事を第一に考えた軍の動きだった。しかし。

「ブレイク! 各機回避行‥‥!?」
 真横にいたカナードデルタの機体がパッと散華する。彼は辛うじてバレルロールから左方旋回、主翼を掠めるように何かが飛来し、衝撃が彼を襲った。思わず機関砲をばら撒きながら林の脇を通過する。機首を上げ大きく反転すると、操縦者は自機の後ろにいた筈の仲間の姿を確認する。だが。
「クソ野郎‥‥植物のくせに人間サマに楯突いてんじゃねえよ!」
『単なる植物じゃねえッスけどね。サーセン、少尉』
「さっさと離脱しやがれ! てめェは後でオシオキ決定してんだ!!」
『ハ、じゃオシオキの後で俺イザベルちゃんに慰‥‥!?』
 彼――少尉が通信に叫び、少しでも敵の気を引かんと急降下、敵背後――といってもどこが背後なのかも分からないが、ともかく最初の突撃とは正反対の位置からミサイルを解き放つ。白煙を曳いて茂った枝葉に吸い込まれる弾頭。彼が敵の真上を通り過ぎた時、くぐもった爆発音が轟いた。
 僅かに旋回しながらそちらを振り返る。倒せるとは思っていない。しかし多少なりとも影響があっておかしくない。
 筈、だったのに。
 そこには、幾筋もの黒煙が伸びるばかり。その根元、巨木の周りには、数十秒前まで仲間の乗っていた機体の残骸が転がっていた。
「ッ、クソがあぁ‥‥!! 残ってる奴! これから全方位、同時攻撃を敢行する!」
『隊長、それよりこのデータを持ち‥‥』
「ならば貴様だけ帰投しろ。残りは全員ついてこい。これは、命令だ」
 告げるや、急旋回から機首を敵の幹へ差し向ける少尉。重力が脳を圧迫し、視界が薄くなった。敵の方から何かが次々飛来する。尾翼損傷、機体が振動する。構わず少尉がミサイルのスイッチを押した。ラダー制御、機首は寸分違わず敵を向いたままさらに2、3。迫る敵。機関砲の引鉄を引き続ける。周囲を見ると敵の左右からも白煙が4本5本と敵へ突き刺さっている。
 ――よくついてきてくれた。
 少尉がふとそんな感慨を覚えた。機関砲の振動が機体すら後ろに引っ張りそうな、それ程の連射。これなら。これなら。少尉が敵ぎりぎりで右に操縦桿を倒した。いや、倒そうとした。しかし、
 衝撃‥‥!
 寸前、少尉の機体主翼を遂に『何か』が貫いた。制御せんとペダルを踏み操縦桿を傾ける。その彼を追尾でもするように、風防を突き破って何かが飛び込んできた。咄嗟に緊急脱出装置へ手を伸ばす。だが無情にもその手が命を救うより早く、何かが左目を食い破り、脳髄を破壊した。
 ――ぁ、‥‥‥‥。
 生存本能か、あるいは執念か。少尉が自らの左目の奥に指を突っ込み、抜く。脳漿にまみれた指に絡まっていたのは小さな萌芽。しかし彼がそれを認識する事はない。自らを殺した何かを知る事もなく、彼は意識を失う。
 そしてその死から数秒後。
 その場の全ての戦闘機が、地に墜ちた。

 ◆◆◆◆◆

 大隊に帯同していたアロンソ・ビエル(gz0061)を通して付近にいた傭兵が緊急招集されたのは、信号が途絶えて途中離脱した機が戻ってきた10分後だった。
「正確な位置の分かっているうちに何らかの糸口を掴まねばならん。効果的な攻撃場所、敵攻撃の特性、敵行動のパターン‥‥何でもいい、次に繋がる何かを得てくれ!」
 拳を突き上げ力説する中佐。幕舎内の参謀がおべっかを使うように拍手する。
「しかし今、我々にKVはない。よって諸君には、生身で接近して前述のような何かを掴んできてほしい。今すぐ倒せずとも構わん。糸口を掴み、然るのち、散った仲間達の仇を討つのだ!」
「ですがそれでは期待されるような事を十二分にこなす事ができるかどうか‥‥」
「能力者は! 貴様らは我々一般の軍を補助する義務がある!」
「そんな横暴‥‥」
 アロンソの抗議は無視して盛り上がる幕舎。一方で傭兵達の反応は様々である。辟易する者、怒りに拳を震わせる者、物理的に巨大な敵と戦う興奮を抑えられぬ者、命令であるならばと淡々と準備に取り掛かる者‥‥。
「了解。10分後、ターゲットへ接近します」
 傭兵の1人が応えた。

●参加者一覧

ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
月影・透夜(ga1806
22歳・♂・AA
辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN
智久 百合歌(ga4980
25歳・♀・PN
舞 冥華(gb4521
10歳・♀・HD
愛梨(gb5765
16歳・♀・HD
エシック・ランカスター(gc4778
27歳・♂・AA

●リプレイ本文

 帰還した戦闘機は一見無傷に見えた。だがひょんな事から何かを得られる事もあり得る。辰巳 空(ga4698)は確実に敵を研究すべく、その戦闘機の調査を依頼した。自らも立ち会いたくはあるが、今は時間がない。
「損傷箇所は勿論、電子機器の僅かな狂いも注意して頂きたいです」
 そう言付け、空は戻る。
 来るべき戦場へ。

「割り切りなさい‥‥」
 対車輌用地雷を慎重に荷に加え、ロッテ・ヴァステル(ga0066)はアロンソの肩を叩く。彼の方は未だに釈然としないらしい。それは自らが依頼を仲介したという責任もあるのだろう。
「どんまい‥‥ですぅー」
「これは信頼、よ。私達の力ならそれが出来るという事‥‥」
 幸臼・小鳥(ga0067)も彼を慰める。2人とも彼より年下といえ潜った死線の数は比較にならない。アロンソは自らの未熟さに顔を歪めた。
 月影・透夜(ga1806)が不敵に笑う。
「あの程度、今更だ。やる事はやればいい。後々こちらにも関わってくる事だしな」
「別に生身で対KVとかフツーにあるし、驚く事じゃないでしょ。20mだか何だか知らないけど、やれっていうならやってやるわよ。仕事選んでちゃバグアなんて倒せない。解る?」
 髪をかき上げ手櫛で直す愛梨(gb5765)。腕を組んで挑戦的に見回す愛梨だが、どことなく背伸びな感じで憎めない。
「‥‥精々見返してやるとしよう」
 アロンソが嘆息した時、突如背後から「めいちゃんあたーく」と舞 冥華(gb4521)が飛び掛ってきた。アロンソが辛うじて踏ん張ると、冥華は全体重をかけたまま言い放つ。
「どーでもいーからあろんそせつめー。一般へーき使っていいっていうけど冥華わかんなーい」

●遥かに仰ぎ
「皆さんの背中は‥‥私達が守るのですよぉー!」
 丘の麓から200m離れた物陰で小鳥が陽動、潜伏各班を見送る。ロッテは片手を挙げ「任せたわよ」と応じる。
 観測班――小鳥とアロンソは木陰から木陰へ渡り接近する7人と、300m以上向こうの木々を注視する。陽動が攻撃を開始すればどの樹が敵かはっきりし、そうなると観測の他、万一に備えて丘の麓まで2人も接近する必要があるのだ。
「しっかり観察して‥‥何かを掴み‥‥っ」
「どうした?」
 アロンソの分まで軍用双眼鏡を用意した小鳥。それを手渡す時偶然指が触れたりして小さな胸が高鳴ったりなんかしちゃったりして「ロッテさんがいなくいや何でもないですぅ!」などと自爆しかけたのは小鳥だけの秘密である。
「こ、こっちの点検も‥‥しましょぅー」
 小鳥は努めて冷静に対戦車ロケット砲の砲身を伸ばした。

 陽動班5人――ロッテ、智久 百合歌(ga4980)、冥華、愛梨、エシック・ランカスター(gc4778)は中腰で素早く移動していく。得物はSES武器の他に軽機、ロケット砲、火炎放射、地雷と効果の高そうな物が出揃っていた。その中でエシックは腰の手榴弾を揺らし地図に書き込んでいく。
「それ程のデカブツ、どうしたものかな‥‥」
「ま、倒せとは言われてないんだし、何とかなるでしょ」
 百合歌の鬼蛍が妖しく煌く。とーぜん、と愛梨が同調した。
「まず1体なのか群体なのかから謎だけど‥‥っと、あれが全滅したとかって戦闘機ね」
「散開して半包囲の形から一斉に撃ち込むわよ」
 ロッテが合図し、5人が秘かに分散する。東から南回りに西まで、5方向に陽動班が配置についた。
「ん、冥華のかえんほーしゃきでもやし祭りー」
 彼我の距離は150m程か。まずは一般兵器だけに、多少離れないと巻き添えを喰らいかねない。
 心臓が早鐘を打つ。無線が鳴った。各自得物を構える。照準、中腹の木々全般。ロケット砲上部のゴムを、
『FIRE!!』
 押し込む!

 轟音、衝撃、熱波。
 あらゆる感覚が奔流となって2人の体を駆け巡る。
「さて、敵はどう出ますか」
 空が呟いて間もなく、中腹の木々の1本が突如その身を震わせた。枝葉の超振動が耳障りな音を発する。眉を顰める透夜。
 空は運んできた自動擲弾銃をひとまず丘上に三脚で固定する。透夜が手榴弾数個を棒に括り付けた。
「これより接近を開始する」
「お気をつけて。私は残骸の方に」
 遠目に敵が何かを飛ばすのが判る。それをロッテが躱し、側転から一気に肉薄する。合せて別方向から百合歌、エシックが駆け寄る。彼らを追って『何か』が地を抉り、土煙を巻き起こす。
 そんな光景を見下ろし、透夜と空は別ルートで丘を下る。
 ――以前出てきた枯木‥‥ジェラート。あれと関係あるとすれば、木陰からいきなり出現したり、あるいは。
「空、戦闘機に種でも埋まっていたらすぐ潰しておいた方がいい」
『了解』
 服に葉を纏わせ迷彩とした透夜。中腰で丘を下るうち、敵から約60m地点に辿りついていた。未だ爆発の余波で噴煙が漂うが、逆に隠れやすくもなる。その距離で透夜は敵を見上げる。
「未知の感覚で無条件に知覚する訳ではない、か」
 敵を挟んで南では陽動班5人の入れ替わり立ち代り試すような攻撃が続く。それを他人事の如く観察し、透夜は深く潜行する。

●調査
 敵の葉がロッテ、百合歌、冥華に降り注ぐ。刃の如きそれが冥華の装甲を削った。気を取られた隙に根が暴れ回る。エシックとロッテが向かってきた根を切断、そこにできた隙間に愛梨が潜る。
「すぐあたしが化けの皮剥がしてあげる!」
 電波の尾が敵を襲う。効かない。もう1発、不発。諦めない愛梨がさらに電波を飛ばすと、遂に敵の何かがぱぢゅ、と爆ぜた。会心の笑みで懐の閃光弾を投げる。
「目瞑って口開けて耳塞いで!」
「了解」
 次いでエシックが破砕手榴弾を絡まった根の上に投げた。味方が退く。葉が追う。百合歌の肌から血が舞った。直後、2種の手榴弾が破裂する!
 ッ!
 耳を聾する無音。強烈な光が瞬き、消える。手榴弾の破片を根のFFが弾くのを辛うじてエシックが視認した。愛梨がSMGを1連射、敵から削り取れた木片を宙で掴んで左に投げる。が、それを敵の葉が追う事はない。
「脅威だと認識してないか、木片自体認識してないか‥‥?!」
 愛梨が思案する間もなく敵の怒りが愛梨に集中する。周囲の根が突如収縮し、愛梨を締め上げた。AUKV諸共圧迫される。骨が軋んだ。SMGを取り落とした。懐のザフィエルを取ろうとして失敗。徐々に死が近付くのが愛梨自身に解り、奥歯を――
「ん、もやし祭りー」
「やらせないわ!」
 炎が奔る。それに沿って影――ロッテが疾る!
 冥華の炎が愛梨を縛る根を直撃する。じりじり焼ける気配はあるが、やはりFFが効果を激減させる。が、他の物より格段に効いていそうだ。
 直後、地を縮めたロッテが勢いのままに小跳躍からの踵落しで根を切断した。
「私達は陽動よ。簡単に諦める事は許されないわ」
「‥‥誰が、今、諦めたっていうの」
 愛梨が膝をつき、咳き込みながら返した。

「レコーダー‥‥ブラックボックスは出来すぎにしても何かしらあればいいですが」
 空は細く黒煙棚引く戦闘機の残骸を慎重に調べる。
 大半は砕け、あるいは延焼し、探査の眼を以てしても手掛かりはなさそうに見える。人肉の焼けた臭いが機内に充満しており、空は顔を顰めた。袖で鼻を覆って割れたコンソールに触れる。反応無し。
 操縦者を見る。胸部に何か穴があり、そこを覗くと木片のような物があった。操縦者から認識票を取り、黙祷して胸に刃を刺し入れる。先端を木片に引っ掛けた。
「これは」
 樹の萌芽のようだ。元々発芽しないのか、その時間を与えなかったのか解らないが、危険な予感はする。懐に包んだ。
 その後空は一転して残骸を捜索、目的のレコーダーを発見した。
 費やした時間は約10分。気付けば戦闘音は激しくなっている。
「離脱する前に根元でも薙ぎ払ってみますか」
 その為に自動擲弾銃などという重い物を持ってきたのだから。
 空は丘上へひた走る。

 その頃陽動班は巨木の根の蠢動によって一旦後退し、中距離からの攻撃に移っていた。百合歌の一閃が衝撃波を生み、それがロケット弾で僅かに損傷した根を襲う。
 悲鳴代りの枝葉の鳴動。それを透夜は見上げる。
「根の近接戦、葉の中距離戦。空、そっちは何か判ったか?」
『芽のような物は発見しました。後は戻って解析が必要な物です』
「芽の遠距離戦といった処か? 比較的単純な攻撃ばかり‥‥他に何かありそうだが」
 それに、と透夜は考察する。
 ――先程見えた、枝葉に隠された幹上部の紅光。露骨に怪しいが。
 と、その時遂に透夜の方へ葉刃が飛来する。岩陰から転がって躱した。透夜が連翹を構え無線に投げかける。
「どうする、空もある程度収穫はあったようだが」
『見極めは大事ね。でも私、少しやってみたい事があるの。いいかしら?』
 無線から百合歌の声。心なしか楽しげな気がしなくはなく、似たような突撃系友人も多い透夜が無理に止めようと思う訳がない。
「了解。俺は‥‥」
 透夜が言い差した、それを遮って。
『皆さん‥‥退避ですぅー!? 何か‥‥きますぅー!』
 小鳥の警告が、耳朶を打った。

●コア
 それを見た時、小鳥は毛虫の群を思い出した。
 丘の麓まで接近し、双眼鏡を覗いたり裸眼で見たり、詳細に観察していた小鳥達の前で、枝葉が妙な動きを見せた。例えるなら今までが上下の揺れで今回が左右の揺れのような、そんな印象を受けた次の瞬間だ。
 茂った巨木上部から蔓人間――ジェラートがぼとぼとと落ちてきたのは。その数10前後か。
「っひ‥‥!?」
 丁度双眼鏡で見ていた小鳥が体を震わせ警告を発する。直に見た気持ち悪さで思わずアロンソの腕にしがみついた。が、さらに敵は根を上下して土煙を張り、超振動による高音を解き放った。陽動班が各自後退する。エシックが肉体を活性化させる隙に集中攻撃された。ロッテが気を引くべく根から幹へ跳び蹴りつける。
 慌てて小鳥がアロンソから離れ、無線に向かった。
「敵の動きを‥‥伝えますぅ!」
 狙撃手2人が外から敵攻撃を観測する‥‥!

 葉を腕で受け、根を躱す。百合歌は土煙の中で右に左にステップを踏みながら、じっと一点を見続ける。
 それは。
「やっぱり、行ってみないとね♪」
 地を縮めて跳ぶ百合歌。鋭葉が次々とそれを追う。冥華の設置した指向性地雷が無差別に葉の軌道を変える。愛梨が四肢に鞭打ち百合歌に並走、先を塞ぎかけた根を超機械で払った。百合歌が根を足場に幹へ縋りつく!
「そのナカ。見せてもらえないかしら?」
 一気に幹を駆け上がる百合歌。僅かな凹凸に手をかけ腕と脚で体を持ち上げた。敵の振動が百合歌を落とさんとし、しかし彼女はひたすら上り続ける。縦に跳び、身を捩って枝を足場に跳躍する。そして地上15m程か、奥も見えぬ枝葉の中に突入した百合歌が見たのは。
「‥‥敵の核、かしら」
 視界360°に広がる太い枝に細い枝。日光すら遮られる薄暗闇の中心、幹に埋め込まれるように紅球があった。
 百合歌は吸い込まれるようにそれを見つめる。数秒後、我に返った彼女が超出力銃を構えるや引鉄を引く――刹那。
 周囲の枝葉が、百合歌に殺到した。
「準備もなく1人じゃ‥‥!」
 右回避、左を受け前に転がる。辛うじて枝に掴まるも、その枝自体が撓り、百合歌を排除せんととぐろを巻いた。上半身を締め付けられる百合歌。苦痛に顔が歪む。刀を握る。触れない。体力がみるみる低下する。肋骨が嫌な音を立て砕けた。肘で隙間を空け、そこへ切先を刺し込んだ。枝が緩む。そこに別の葉が襲いくる。血が噴出す。なますに刻まれた全身が悲鳴を上げた。鋭い痛みと鈍い死がじわじわと百合歌を攻め立てる。緩んだ拘束を何とか振り解き、自由落下に任せて中心部を脱出する!
「っ、よゆ‥‥ないかも‥‥!」
 視線が落下に追いつかない。普段なら途中の枝にでも掴まれそうだが、既に体は満身創痍。伸ばした腕が枝に触れ、力が入らず跳ね飛ばされた。地上が近付く。数人が遮二無二真下へ来ようとしているようだ。なんとなく心が温かくなった。百合歌が仲間を信じて意識を手放す。誰かの声が脳に響く。

「誰も、死なせないわ‥‥!!」

 約20mからの落下。
 猛烈な速さで地に落ちるその体を、跳躍したロッテが宙で引き込んだ!
 自身の体まで引き摺られる。このままキャッチして着地など至難の業。ならば他の仲間を頼るだけだ。
「お願い!」
 落下のベクトルを斜めに変換、衝撃を僅かに殺して手を放す。百合歌の体がロッテを通り抜け地表へ。
 そしてそこで待ち受けた冥華、愛梨、エシックが互いの腕をマットのように組んで百合歌を確保した!!
 上から車で撥ねられたような衝撃が4人を襲う。各人がばらばらに飛ばされた。だが百合歌も、誰もが無事。ロッテが脇に着地して根を払った。態勢を立て直した5人が無線に撤退連絡をして駆け出す。
「時間がない‥‥!」
 最後尾、対車輌用地雷を露出した形で敷設するロッテ。冥華がAUKVを解き、バイクとして先頭で突き進む。騎龍突撃、AUKVから溢れた衝撃波が左右に広がり、一気にジェラートと点在する木々を薙ぎ払った。暴風の如き冥華の疾走が道を作る!
「追ってくるのか。あるいは元の進路を辿るのか」
 そんな騒動の中、エシックは懐の地図に印をつけて思案する‥‥。

 空の擲弾が次々根に命中し、土煙を上げる。多少は効いているのか陽動班を追う葉の命中率が悪い。そのうち陽動班は丘下にまで離脱に成功する。それを見届け、空は無線に連絡を入れた。
「いざとなれば掩護できますが、無理はなさらず」
『了解』
 そして空は北側中腹に置いてきた地雷を取ると丘上――元々敵が進行していたらしき方へ敷設を開始する。

「全力攻撃。防御力の最終確認だ‥‥」
 岩陰から飛び出した透夜が陽動班の後退に合せて連翹を払った。練力最大。今の自分の最高瞬間火力を目指し、透夜は瞳を閉じて精神を研ぎ澄ませる。
 月のように清廉に、影の如く暴虐に。
「喰らえ」
 透夜が、駆ける。手榴弾投擲。根元で爆ぜた瞬間、迅雷となって透夜が翔んだ。視界に広がる敵巨木。根を足場に幹へ跳躍、目に付いたウロに狙いを定める。
「おぉおおおぉぉおおぉおおおおおおお!!」
 剣の紋章が槍を包み、槍に包まれ。一点に集中された力の波動を手に、透夜がそのまま刺突を繰り出した‥‥!
 衝撃が、幹から向こうに突き抜ける。大気すら震わす一撃が幹を中途から半分に『灼き』取った。戦果を確認し、透夜は脱力した体で辛うじて着地に成功するや即座に陽動班と同じ退路を辿る。
 それを待っていたかの如く乱れ飛んでくるロケット弾。小鳥達か、と呟く気力すらなく透夜は走る。根が逃がすまいと脚を削り、葉が背を抉った。それでも透夜は駆ける。駆ける駆ける。そうして数秒か、数分か。
 透夜が気付いた時には、目前に味方の姿があったのである。

<了>

 大隊司令部は傭兵の得た情報によって慌しさを増していた。
 特にエシックの記録した敵予測進路が彼らに余裕を齎した。
「万全の態勢で迎え撃とうではないか!」
 幕僚の1人が拳を握った。