●リプレイ本文
『まぁるいの』が夕暮を反射する。
北条琴乃は港に足を踏み入れる8人を目聡く見つけた。到着早々作業員等を退避させているようだ。
「今日は何をするかの」
遊戯を考える子供の如く呟くと、彼女は伏臥して脚を動かした。
●それぞれの港
「しっかし、冥華達に聞いたコトノの特徴、すっげえ心当たりあんだよなー」
埠頭から倉庫へ向かう4人。春夏秋冬 立花(
gc3009)が双眼鏡で周囲を見回している時に、龍深城・我斬(
ga8283)が呟いた。
「がーくん見た事あるのっ」
「少しな。でも別人かもだから」
驚く大泰司 慈海(
ga0173)に我斬が答えた。ラナ・ヴェクサー(
gc1748)は退避する作業員を注視したまま、
「キメラを倒せればそれでいい。懸念要素があるなら排除するだけです」
「まぁな。今から心配しても意味がない」
己を崩さぬラナに同意する我斬。が、その時。
「‥‥そうも言ってられないかもです」
「立花ちゃん、何か見つけた?」
「アレ、何ですか?」
立花が宙を差し、皆がそちらに目を向けた。
すると、丸い建物の上にぴょこんと何かが突き出ているのが見えた。その何かが風にそよぐ。
「建物の付属品では?」
「あんな所にカツラなんて置かないです」
「どうせなら見つけたくなかったよね」
「じゃ、今はスルーしよう」
途轍もない疲労感に襲われ、我斬は独り離れて索敵を始めた。
噂の『敵』は数も形も判らない。そこで傭兵は2組に分かれたのだが、慈海達が妙な物を目撃した頃、他班では効率的な捜索が進んでいた。
「陰や屋根に注意しましょ。何の痕跡も残さず扉を開閉するキメラなんてあまりいないわ」
「同感です。まずは港湾全体を」
智久 百合歌(
ga4980)がジーザリオを運転し、助手席で叢雲(
ga2494)が周囲を観察する。舞 冥華(
gb4521)とフィン・ファルスト(
gc2637)は冥華のバハムートで別行動だ。
車が徐行で倉庫脇を抜け、海に出る。百合歌は海面すら警戒し、左折して隣の筋へ入った。
「それにしても古風なのね。そのコトノって」
「聞いた事はありますが、まさに文体通りの口調ですよ」
「‥‥何がしたいのかしら」
「現段階では何とも」
視線は外を監視したまま。2人は順調に捜索していく。
逆に冥華達は。
「なんかおもい。ふぃん実は90きろ?」
「ないし! あたしのどこにそんなお肉が!?」
「ん? 今はやりのないぞーしぼ」「うあぁ怖いコト言うなぁああ!」
フィンの悲鳴を引き摺り、バイク形態のAUKVは資材の隙間を通る。直進して金網まで来ると右折、円柱が並ぶエリアに入った。右に左に探索していく。
「くー、あんにゃろめ。今度こそ取り立ててやる!」
「琴乃?」
「当然!」
「でも琴乃いい人。きめら教えてくれた」
「違ーう! きっとあいつが呼び出‥‥!?」
フィンが冥華に抗議しかけた、その時。AUKVが『ねっとりした空気』に突っ込んだ。
停車する冥華。フィンが無線に叫ぶ。
「近くにいる! とりあえずB班、座標は――」
●深き魚人
冥華がAUKVを装着する。左右確認。橙に照らされた円柱の影が各所に伸び、建物間は広い筈なのに存外認識し辛い。フィンが右に神斬を持つ。左の義手から溢れる光を抑えた。
音と気配の空白。海の匂いが鼻をつく。眼前に円柱。
「冥華ちゃんは左。あたしが右で‥‥」
言い差した瞬間。気配が上から膨れ上がる!
「ふぃんー」「!?」
フィンが退きながら刀を振るう。敵の爪が肩口を削った。左に拳銃を持つや0距離射撃。敵がたたらを踏むと同時に刀を一閃――しようと踏み込むと、膝から崩れ落ちた。
「れ、からだ‥‥?」
「ふぃんっ」
敵がフィンに抱きつく。ぬらりとした感触が全身を巡り、何かが傷から侵入した。冥華が盾付機関銃の引鉄を引く。敵を捉える弾幕。敵がフィンから離れた。何かを吐く。それが冥華の脚元で爆ぜた。
竜の翼でフィンの許へ跳ぶ冥華。庇いつつ撃つ!
「いまのうち。冥華だけじゃ2人ともなむなむ」
「あり、がと‥‥!」
敵は弾幕を受け流しにじり寄ってくる。フィンがキュアで麻痺を克服した。腕が振るわれ、粘液が冥華に飛散する。敵が跳ぶ。
「いけ、る!」
フィンが冥華の陰から躍り出るや下段から突き上げた。手応え充分。にも拘らず、両腕を伸ばした敵がフィンと冥華の間で回転した。粘液が肌を灼く。拙い拙い。しかし。
「あたしの力が足りなくても‥‥引き下がる理由になんないってば!」
フィンが気丈に刀を振るった。敵が漸く離れる。距離4m。視界がぼやける。踏み込もうとして前のめりに倒れた。冥華が敵の前に立つ。
沈黙。冥華が引鉄を引く――寸前。
「お待たせ、しました」
爆走する車から跳んだ叢雲が撃ち下ろす!
銃声銃声銃声。それは罪人に打ち出す十字架。叢雲の銃弾が次々敵を穿ち、その度敵が血の舞踏を舞う。冥華が合せて撃った。停車した百合歌は戦闘の様子を一瞥し、鬼蛍を薙ぐ。迸る衝撃波が敵を裂いた。地を縮めて肉薄、勢いのままに胸を突く!
「彼女達をいたぶってくれたお礼よ?」
百合歌が刀を抜き跳躍、敵が苦し紛れに振った腕を躱す。叢雲のSMGが火を噴いた。
「終りよ」
百合歌が宙で大上段に構える。敵は銃弾に曝されながら上を見た。同時に。
紅刃が敵を捉えた‥‥!
「‥‥今度は纏まって行動しましょ」
体液をべっとり浴びた百合歌が、顔を顰めて言った。
●戦闘、そして
それは、気付けばそこにいた。
建物間の陰と一体化したようで、しかし一度気付けば無視できぬ存在感。見る者の正気を削りそうな体表の蠢きを視認した刹那、ラナは空間を越えた。
「!?」
自身すら驚く肉体反応。残像を残して敵に肉薄したラナが雷爪を一閃する!
「これが新しい力ですか。稲妻が迸っているようです‥‥!」
「これで、どうっ?」
慈海が敵を不可視の鎖で絡め取った。敵が弱体化した隙にラナは連撃を叩き込む。脚捌きで側面へ。慈海の超出力銃が閃光を発する。直撃。敵が腕を振るった。強烈な腐臭がラナの胸を覆った。肌の焼ける嫌な臭い。怯んだラナの隙を埋めるべく立花が縮地から当身を喰らわす!
「こっちです」
「がーくん、敵発見! 戻ってきて」
『了か‥‥!?』
慈海が無線の向こうの異変を感じ取る。倉庫の外と内、距離にして60mそこらの間に、何かがあった。敵襲撃だ。だが救援に行けない。まずは目前の敵を!
「気をつけてっ」
「同士討ちはごめんです」
知覚の弾丸が頭部を穿つ。合せて立花が屈み、本を開いた。電磁波が敵を覆う。爪で追撃して距離を取ると、確実に本の力を解放する。ラナが震える脚に鞭打ち、一気に駆ける!
「排除、します」
小跳躍、手の爪と脚の刃の両方を腰に溜める。慈海の2連射。敵の腕が左右の壁を打った。壁の溶ける白煙が溢れる、瞬間。ラナが3連撃を宙から叩き込む!
敵が倒れ伏す。
「救援に行きましょう」
「‥‥ごめんね」
傷だらけのラナに慈海が治療を施す。その傍ら、立花は独り黙祷を捧げた。
「おおおおぉぉおぉおおお!!」
右から襲ってきた腕を我斬の爪が迎撃。だが間隙を衝き左から放たれた粘液をまともに浴びる。灼ける臭いを堪え左を窺う。敵の姿はない。我斬が鉄骨の陰から別の陰へ移った。それを追って粘液が次々飛来する。
「チィ!」
物陰が多いのは不利か。扉から倉庫外へ出ようとするも、その脚を何かに絡め取られた。倒される我斬。咄嗟に受身、顔を捻るとすぐ傍を腕が貫いた。
組み伏せられた形。蹴り上げて敵を崩すや敵の腹へ銃口を押し当て発砲、ぶん投げる!
「悪いが、ここはお前達の居場所じゃねえんだよ!」
一気呵成に攻めんとした我斬だが、投げ飛ばした筈の敵は既に陰へ退避済。苛立ちを隠せず周囲を窺った刹那、腕が上から襲い掛かってきた。爪で弾く。再び粘液が別方向から来るも、躱す事もせず我斬は戻りゆく腕を追って走った。材木の裏へ飛び込み敵の姿を確認、敵の腕をぎりぎりで掴む!
「漸く捕まえた。皆が来るまで付き合ってもらうぜ」
『――■■』
叫ぶ敵。溶解液が乱れ飛ぶ。掴んだ体表から刺激性の何かが滲み出た。頭に靄がかかる。構わず我斬はじっと耐える。抱きついてきた。それを最低限の反撃で躱す。そして短くも長い30秒が経過した時。
「俺の勝ちだ」
我斬は、仲間の駆けつける音を聞いた。
●北条琴乃の思惑
少女が現れたのは、A班が倉庫内の敵を倒し、開けた埠頭で応急治療やB班との情報交換をしていた時だった。
「助かったのじゃ!」
小走りに駆けてくる着物の少女。艶やかな黒髪が風に靡き、夕暮と相まって煽情的に見えなくもない。が。
冥華とフィンから話を聞いており、さらに先程丸い建物の上で黒髪が棚引いていたのを見たA班が、騙される筈もなかった。
「ハ。やっぱ仙台の‥‥そか、そうだよな。はは!」
我斬が嗤う。
半年程前仙台で見かけた女。我斬は彼女に「強化人間なのか」とカマをかけた。その時の答えは否。それも当然だ。何故なら。
「強化人間とバグアは別ってか。俺の言及が甘かったって事だ」
凄みを感じさせる我斬の笑みも気にせず少女はやって来る。慈海とラナが曖昧な表情、立花は満面の笑みで彼女を迎えた。
「おー、お前が依頼人か」
無線をオンに、棒読みで我斬が応じる。
「うむ。遠くから見ておったが流石傭兵じゃ!」
「はー、そうかい」我斬が首を鳴らし、
「で。何の用だ、北条琴乃」
「む?」
少女――琴乃が寂しげに目を伏せる。
「お前を滅ぼしたいのは山々だが、街に迷惑がかかる。早く用件言え。暇なのか? 人里離れた所でなら遊んでやってもいいぞ」
「‥‥つまらぬ。もっと驚いてくれてもよかろうに」
口を尖らせる琴乃である。立花が荷を漁りながら進み出た。
「初めまして。お近づきの印にこれをお納め下さい」
「おお? 何じゃ、解っとるのう!」
トリュフチョコを受け取る琴乃。一口頬張ると満足そうに目を細めた。独特の香が香る中、ひとまず接触に成功した立花が続ける。
「ねぇ。私と遊ばない?」
「よいぞ。して何をする」
「戦争の時は仕方ないけどそれ以外で‥‥暴れたくなったら、私を呼ぶかうちに来て。そしたら止めてあげる」
「それは遊戯と呼べぬぞ。妾は愉しい事をしたい」
「んーじゃあ。私を殺しに来い。これなら燃える?」
無邪気な顔で恐ろしい事を言ってのける立花。が、琴乃は嘆息して扇を口元にやった。
「お前。妾を狂人と勘違いしておるのかの?」
剣呑な光を帯びる双眸。立花が言葉に詰った直後、慈海が話を変える。
「ね、キメラなんてけしかけちゃって大騒ぎになったら偉い人に叱られない?」
「うむ? むぅ、それは、の‥‥」
「ここに居辛くなったら困るんじゃない? だってここ、大切な場所でしょっ」
「?」
首を傾げる琴乃。はたと扇が閉じられ、一行を眺める。朱に彩られた唇が開きかけたその時、遠くからエンジン音が聞こえた。B班か。4人はさり気なく琴乃を半包囲する形に動く。
停車。
B班が到着し、これで8人。眼前のバグアが生身でどれ程の実力か判らないが、数は勇気となる。怒鳴り込むようにフィンが
「見っけたぁ――! おいこら治療費! さっさと謝れ金払えちくしょー!!」
「‥‥誰じゃ」
「ッ、くああぁこいつムカつくぅう!!」
フィンが掴みかからんとするのを百合歌が止めた。
「しつこいのう。払えばよいであろ。されど妾は金など持たぬ故‥‥そうだの、そこな情趣を解さぬ男から奪うが、よいの」
「俺かよ!?」「へ?」
「妾も無駄に騒ぎは起こしたくないのだが、仕方あるまい。あの娘のせいでお前は死ぬ」
「ハ、やれるもんならや‥‥」「ちょ待、わわ待った!」
不敵に笑う我斬を見、一転してフィンが狼狽する方に回る。慌てて言い繕う。
「解った、請求しない今は! しないからバトルストップ!?」
フィンが折れて矛先を収める両者。琴乃もなかなか好戦的である。
にも拘らず冥華は生身で琴乃に近付いた。手の届く範囲に入る。
「琴乃、きめら教えてくれてありがとー」
「う、うむ?」
「おかげでね、すぐたおせたー」
「そ、れは良かったの‥‥!?」
何やら純真無垢な冥華に押されているようだ。ふわと琴乃の手が冥華の頭に置かれる。冥華が僅かに目を細めた。途端、がばぁと抱擁する。
「<愛い奴め!>お前は妾が可愛がってもよいぞ?」
「んー、くるしい」
和やかな空気が流れる港。夕暮が沈みゆく中、百合歌はヴァイオリンを取り出した。
「初めまして、お嬢さん。新しい友情に、一曲如何?」
そして奏でる桜の幻想曲。秋風には不似合いだが、抱き合う2人の姿には丁度良い。紅と薄い青。2人の衣が溶け合うように、曲は優美に世界を包む。百合歌の繊細な指使いが揺れる旋律を創り出した。
「この曲、知ってるかしら?」
「うむぅ。生で聴いたのは妾は初めてだが、不思議なものよ。知識とは何かが違う」
冥華を確保したまま百合歌に言う。
と、機を見計らい叢雲がソレを放った。琴乃が片手で受け取る。
「それはいつぞやの亀のお詫びです。あの現場にいましてね」
雪だるまのぬいぐるみ。まん丸フォルムでふわふわボディが妙な中毒性を醸し出していた。琴乃は冥華を抱いたまま両手でそれを弄り回す。朱の唇から笑みが零れた。
「うむ。赦される事ではないが気持ちは受け取っておくぞ」
「ありがとうございます。ところで、ここでは何かする予定でも?」
「いや。好きなものでもないかと来たが、無駄足での。じき他所に行こうかと思うておった」
「成程。遊ぶならもっと大きい舞台の方が楽しいでしょうからね」
「それは解らぬ。してお前。これは、お前が、大事にしておったのか?」
妙な事を尋ねてくる琴乃。叢雲が「まぁ適度に」と答えた。直後。
ぬいぐるみが、縦に横に後ろに前に、千切られた。
そして塵の如くそれを捨てる。琴乃がいかにも愉しげに憫笑した。
「『おお、壊してしもうた。悪いのう、折角の物を!』」
「いえ問題ないですよ。既に貴女に贈った物ですから」
微動だにせず叢雲が返す。その如才なさすぎる微笑が逆に琴乃を刺激した。両腕に力が入る。冥華が呻いた。ごぎゃ、と生々しい音が響く。冥華の体の至る所が不自然に曲がり、骨が肌を破って突き出る。
「い、ぁ、こ、と‥‥」「冥華ちゃん!」
「つまらぬ。つまらぬつまらぬつまらぬ!」
「く‥‥!」
我斬が迅雷で肉薄する。続く立花。冥華を放した琴乃の前に我斬が立ちはだかった。その間に立花は冥華を確保、地に横たえ慈海に合図を送る。超機械が輝き、冥華の体が燐光に包まれた。
「遊ぶなら街の外にしようぜ‥‥今すぐよォ!」
「興が冷めた。今回は仕舞いじゃ」
我斬の激昂を琴乃が軽くあしらう。扇を開き追い払うように扇ぐと、彼女はそのまま去っていく。その背に立花が声をかける。
「あ、私の名前は春夏秋冬立花! 覚えておいて」
返答はなし。冥華の苦しげな息が耳をつく。
夜の帳は港を閉ざす。
可燃性ガスの充満した密閉空間。傭兵達は何処かへ去った敵を思い浮かべ、そんな状況を連想した。