タイトル:【BD】密林の食物連鎖マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/09/23 23:45

●オープニング本文


 バグアの突きつけてきた脅しと共に、ボリビア領内へはキメラが侵入を開始していた。本格的な侵攻ではなく、これも脅しの意味合いなのだろう。
「‥‥でも、この国にはそれに抗う力がない」
 国王ミカエル・リアは項垂れる。中立を標榜するボリビアの主権を尊重し、UPCは駐留していない。援助という形で持ち込まれた僅かなSES武器や能力者らの力では、長大な国境線はおろか、人里を守ることすら困難だ。それゆえに、彼は。
「ULTへ依頼を出す。それならば国是を犯してはいない‥‥。そうだとでもいうのか? それで納得させるにも限界はある」
 一歩を踏み出した若き国王に、摂政のマガロ・アルファロは不快げに眉をしかめてみせた。

「俺、煙草の臭い嫌いなんだよな」
 そう言ってため息をついたのは、20歳そこそこの日本人傭兵だった。バディが応える。
「仕方あるまい。これだけでも自然の蛇はおろか、もしかするとキメラの蛇だって逃げるかもしれんのだからな」
「そうだけど、よ」
 ズボンから立ち上るニコチン溶液の臭いに顔をしかめる。
 大体覚醒さえしていれば自然の脅威どころかキメラにだって充分対抗できるわけで、そうなるとここまでして交戦を避けたくはなくなってくる。それに今の任務は入り込んできたキメラを掃討する事なのだから、こんな索敵ばかりして逃げるのはどうかと思うのだが。
「‥‥ん?」
 不満を脳内でぐるぐるさせていたその時、前方から激しく樹を揺らす音が聞こえてきた。即座に臨戦態勢となる2人。突撃銃とそれに装着した銃剣が鈍く光る。頭上からは大半が遮られ、柔らかくなった日光。来る。瞬間。
「ッ!?」
 2人を飛び越すように、樹の上をしなやかな体躯が駆け抜けていった。さらには猿が歯を剥き出しにして跳び越えていく。
「最初のはピューマか? 真昼間から何をやっている‥‥?」
「普通の動物だったっぽいが。この先でキメラでも出たか?」
 2人が意を決して先へ進む。粘つく唾液を勿体ないとばかりきちんと飲み込み、うねる樹の枝の下を潜る。と、その先に広がっていたのは。
「空き地、か。キメラは?」
「クリア。蚊一匹飛んでやしねェ。丁度いい、ここで休んで一旦戻ろうぜ」
「そう、だな」
 日本人がどっかと座り、バディ――イギリス人が腕を組んで樹に寄りかかる。
 河からはかなり離れただろう。見晴らしはそこそこ良く、日当たりもまぁ木漏れ日が当たる程度とはいえ一応ある。ここをベースキャンプにして国境線での簡易基地のような形にすれば、ジャングルを歩く手間が少しでも省けるのではないか。
 イギリス人が樹から離れ、日本人の傍に座った。アリスパックから出したレーションの缶を開け、フォークで中身をつつく。頬張り、腰の水筒を口につけた。まだ比較的新しい水が体内に染み渡る。美味くはないが、命の洗濯をした気分だ。一滴たりとて零さないように蓋をして一息つく。そして、その時になって漸く気付いた。
 目の前――北の方の密林が、蠢いているのに。
「‥‥おい、相棒。こういう映画、俺ァ何度か観た事あるぜ」
「しかし問題は、俺達が映画のような装備を持っていない事だ」
「だったら」
 逃げるしかないだろう。
 言いかけた日本人が痛苦に顔を歪める。いつの間に忍び寄ったのか、敵が日本人傭兵の脚に噛み付いている。しかも通常より大きそうだ。拙い拙い拙い。即座に払おうとするも身体の動きが悪い。宙を蹴ったところで日本人が躓いた。イギリス人が手を貸す。来た道を転がるように駆け戻る。後方の気配が一層増した。
「ッく、そ‥‥!」
 敵が来る。脚がなかなか言う事を聞かない。敵が飛びついてきた。半身後ろを向いて突撃銃をぶっ放す。銃声が響いた。だが密林は終わらない。次第に敵が増えてくる。脚に、腕に、首に、この場における食物連鎖の頂点が襲い掛かる。前を塞がれた。脚が止まる。絶望感が支配――するより早く。
「――――」
 断末魔すらなく。
 傭兵2人の命は、密林に消えた。

●参加者一覧

ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
大泰司 慈海(ga0173
47歳・♂・ER
月影・透夜(ga1806
22歳・♂・AA
智久 百合歌(ga4980
25歳・♀・PN
旭(ga6764
26歳・♂・AA
舞 冥華(gb4521
10歳・♀・HD
夢守 ルキア(gb9436
15歳・♀・SF

●リプレイ本文

 スクリューが水を掻き、小型船舶が河を下る。左右の密林からはぎゃあぎゃあと動物の奇声が木霊し、踏み入る者に警告するよう。
 1500時。
 太陽の姿も隠される深い自然に、一行は降り立った。
「皆気をつけて。何が起こるか、判らないから‥‥」
「環境そのものが厄介だからな。いつも以上に慎重にいかないと」
 ロッテ・ヴァステル(ga0066)に、月影・透夜(ga1806)。各自がアリスパックを再点検して密林に備える。中でも夢守 ルキア(gb9436)は上着で完全に肌を隠しズボンをブーツに入れる等、生存術に詳しい事が一目で窺えた。
「MIAの2人、無線ONになって無いかなぁ」
 ダメ元で周波数を適当に弄ってみるが、反応は無い。が、バグアによる干渉の他にそもそも遮蔽物自体が多いのが密林だ。移動していけば無線も反応するかもしれない。
「能力者2人が行方不明、か」
 それってよっぽどの事かもね、と軽く大泰司 慈海(ga0173)が笑うと、旭(ga6764)が人当りの良い微笑で頷いた。
「種さえ割れれば‥‥対処は可能だと思いたいですねー」
「私達も同じ結果になるのはごめん蒙りたいわね」
 獣に昆虫に植物と密林で動きやすそうなキメラを思い浮かべつつ、智久 百合歌(ga4980)が煙草を浸した水を服に霧吹のようにかけていく。煙草水はAUKV着用の舞 冥華(gb4521)を除く全員が服に振りかけ、誰もが独特の臭気を漂わせていた。
「この煙草の臭いは‥‥好きになれないですぅー」
 と顔を顰める幸臼・小鳥(ga0067)の肩をぽんと叩き、透夜が百合歌の話を続ける。
「以前テレビで密林での軍隊蟻の脅威をやっていた番組を観たが‥‥まさか、な」
「ありそう。でもバグアって場所を考えない事もあるから、決め付けも危険ね」
「ん、きめらはあえばわかる。そんなのより冥華、これじゃまー」
 伸び放題な草に紛れて樹の根があったりして、生身の人間よりは快適だが冥華にとっても充分動きにくい。
 うー、とじたばたする冥華と小鳥をロッテが纏めてよしよしと窘め、時計、方位磁石、無線、照明銃を手に取った。
「定時連絡等は予定通りに。各班約500mの間隔を維持するわよ」
「了解」
 キメラ、MIA2人の捜索と密林踏破。準備は幾らやっても足りない程だった。

●緑の絨毯
「慎重に進むわよ」
 腰を屈め、他の3人に言うロッテだが、むしろ自分が早足になりがちだったりする。
「ロッテさんが‥‥輝いてますぅー」
「こういう所、好き、なんですか?」
 小鳥どころか旭にまで率直に尋ねられ、先頭で背を向けたまま咳払いするロッテ。覚醒中なのも相まって紅潮した頬を隠し、浮ついた心じゃ密林に喰われるわ、と何故か忠告した。
 獣か何かの奇声が思いの外近くから響く。談笑していた小鳥がびくと体を震わせた拍子に土にダイブし、旭が真顔になった。
「‥‥普通の野生動物が近くにいるうちはキメラの襲撃は大丈夫かな」
「それも楽観的すぎるケドね」
 ほら、とルキアが落葉を踏み越え樹の裏へ回る。その根元にはピューマの死骸があり、乱暴に喰われた後だった。骸は干乾びている為捕食者はもう付近にいないだろうが、動物の勘も当てにしすぎるのが良くない事は確かだ。
 と、遠くから爆発音が聞こえた。空の友軍が激戦を繰り広げているのだろう。
「ひん‥‥他にも人がいるって思えて‥‥安心しますぅー」
 転んで全身土まみれの小鳥を、意図的に顔に土を塗っているロッテが苦笑して助け起こした。
「異常ないかしら。じゃあ‥‥」
「待って」
 ルキアが言うや、小鳥のズボンを払う。すると避けた箇所があり、その中――膝の内辺りに蛭が付着しているのを見つけた。小鳥の緊急袋のアルコールを使って火で炙り、殺ぎ落とす。一応水で流して患部を吸い、包帯を巻いた。
「密林じゃ万全を期しても足りないくらいだからね」
 金糸が薄暗い陽光に煌く。片膝をつき余裕のある微笑を浮かべたルキアの姿は、どこか生を感じさせない色をしていた。

 10mに1つ、慈海は樹に短剣で矢印をつけていく。慈海の前に透夜、後ろに百合歌、そして横に冥華が位置し、1個の個体のようだ。
「時間、方角、問題ないか?」
「1630時、異常なし。今のところ足跡とかもないかなっ?」
「それにしても蒸すわね。ただ暑いのよりキツイわ」
「冥華のAUKV、いる? すごいかいてき」
「ありがとう。でもそれだと舞さんが着られないわよ?」
「むむ、それはこまる」
 ‥‥きっと1個の個体のようだ。
 百合歌が大人の対応で冥華をあしらい、水を口に含む。服を摘んで胸元を開けると、篭った熱気がむわっと霧散した。
 一方で定時連絡を終えた慈海は枝を用いて茂みを掻き分け進んでいく。そこらに謎の果実や虫の死骸が落ちており、薄暗い密林の雰囲気を無駄に盛り上げる。
「あっ」
「?」
 慈海に釣られて顔を上げた冥華の顔面装甲へ、べちょっと何かが落ちてきた。冥華がそれを認識したのは、文字通り目と鼻の先で軟体生物の腹(?)が蠢いた瞬間で、
「ぴっ――!?」
「じっとしていろ‥‥!」
 冥華が騒ぎ立てる前に透夜の連翹が煌く。振り向き様の一閃。それが軟体のみを掠め、冥華の眼前を横切った。
 直後散華する軟体。視界いっぱいに粘液が散った。
「‥‥」
 びくびくと百合歌に抱きつく冥華である。
「はいはい」
 百合歌が苦笑して拭ってやった、その時。がさ、と茂みが何かで揺れた。
 顔を見合せる4人。各々得物を構え慎重に接近する。慈海が先んじて電磁の指揮棒を振り下ろした。獣の悲鳴。透夜と百合歌が一気に茂みを跳び越えるとそこには。
「‥‥何もない?」
「いえ」
 半ば土に覆われ、鈍く銀色に光るそれ。百合歌が、中途で溶けたような認識票の一部を手に取った‥‥。

●黒の絨毯
『――グタグを発見――き続きキメラ捜索――』
 他班から齎された、MIA2人のほぼ確実な死亡通知。ルキアが損壊状況を訊くと、血に塗れた衣服の一部しか残っていなかったと返された。
「素材として持ち去られた後か、そうする事もできないくらい殺されたか」
「森に抱かれて、せめて安らかに‥‥」
 ラ・ソメイユ・ぺジーブル、とロッテが黙祷を捧げる。ルキアがスポーツ飲料を口にする。
「認識票以外に‥‥何かあればぁ‥‥」
『暫く遺品を探――ッ!?』
 小鳥に相手が答えんとした次の瞬間、突如無線の向こうから銃声が響いてきた。透夜の鋭い警告が飛ぶ。
 即座に旭が空を仰ぐ。木々に覆われ見えない。急いで近くの幹に足をかけ、蛇剋を刺し、そこを支点にさらに上へ。頭上の枝葉を戦乙女の刃で刈り、青に橙の混じり始めた空を眺めた。明るい空に漂う星、否、照明弾が西北西。確認と同時に跳び降りる!
「向こうです! ただし道中の襲撃も考慮に!」
「了解!」

 慈海が無線でMIA2人の死亡を報告し、3人が周辺を捜索する。どう考えても面積が小さすぎるシャツの一部を発見し、せめて遺品か遺骨でもあればと考えた故の行動だったそれはしかし。
「‥‥失敗、したな」
「遺品を囮に待ち構えてたとしたら、頭が回るわね」
「ん、きめらうじゃらうじゃら」冥華が照明弾を打ち上げ「かこまれてる?」
 言い終えた直後、360°の密林が蠢いた。
 透夜が背からSMGを取るや間髪入れずぶっ放す。木々の陰、落葉の隙間、枝葉の上、陰という陰から敵が湧き出てくる。
 軍隊蟻。
 圧倒的な黒い絨毯が4人を呑み込んだ‥‥!
「ッ何とか距離を!」
「戦術的こーたい。冥華につづくー」
 装甲を頼りに地を縮めて跳ぶ冥華。10cm大の蟻4匹が纏わりついた。機関銃の盾で払う。眼前に樹が迫る。辛うじて身を捻るも完全には躱せない。衝突で脳が揺れた。それでも霞む視界で前方へ撃ちまくる。慈海がそこへ雪崩れ込めと言わんばかりに棒を振った。電磁波が包囲の南東に穴を空けるや、4人が塊となって駆け抜ける!
「冥華ちゃん、大丈夫っ?」
「だいじょばないー。冥華もうだめ。とおくで休んでる」
「食い止めん事には遠いも近いも無いがな」
「それは私達の役割、でしょう? 他班が来るまで5分かそこら、やれない筈がないわ」
 百合歌がたおやかな微笑を浮かべて急停止するや反転、ショットガンを腰に固定し引鉄を引く。銃声銃声。遅れて止まった透夜のSMGが火を噴く。横一閃。樹に遮られようが関係なく120°へばら撒いた。
 黒い蠢動が樹の陰で僅かに停止。ぞわぞわと左右に広がっていく。ほぼ囲まれる透夜と百合歌。冥華が完全に包囲外で、慈海は両者を必死に繋がんとする糸のよう。
「無茶やらかすなら、やらかす顔をしてくれ」
「女性に言う事じゃないわね」
 ここなら2人が暴れても邪魔になるまい。背中合せで連翹、鬼蛍に持ち替える透夜と百合歌。冥華の機関銃弾が唸りを上げ弾着を生じた。
「さあ、死のダンスを始めましょう?」
 同時に2人が爆ぜる!

●紅の絨毯
 走る。疾る。奔る。木々を一瞬で置き去りに、枝葉が服を引っ掻くに任せて。
 ロッテ、旭を先頭に、小鳥、ルキアが追い縋る。
「密林といえば蚊。蟻の他に蚊もいるかも。マラリア蚊キメラ」
「それは遠慮したいね」
「耐性は獲得済み、さあ来い!」
「‥‥」
 秘かに小鳥がルキア背後につけ、その背に狙いを定め、
「えいぃーっ」
 指で突く!
「あ、嘘、やっぱり来ないで、美人じゃないし」
 肩を僅かに震わせたルキアが後ろを振り向くと、苦笑した小鳥がいた。
「え、とぉ‥‥び、美人さんです、よぉー‥‥?」
 返ってきたのは完璧な冷笑である。怖い。
 ともあれ4人は密林を駆け抜ける。

 斬り、払い、突く。
 蟻を正確に狙う事すらなく、傍若無人に死を振り撒く透夜と百合歌。透夜が小跳躍、大上段から叩き落す。土煙が舞った。左脚を軸に反転、払って視界を確保するや樹に向かう。
「足場が悪いなら」三角跳びの如く切り返し、透夜が黒の絨毯に突撃する! 「固い場所に踏み込めばいいだけだ!」
 宙で体を捻り穂先を旋回、敵1匹を抉った所で連翹を切り離す。着地、勢いのままに右左と槍を振るう。
 その刃から放たれる衝撃波が枝諸共2匹を裂いた。が、隙を衝いて足元に忍び寄る蟻。舌打ちして透夜が土ごと蹴り飛ばそうとした刹那、豪快な斬り上げが体スレスレを伸び上がった。紅の刀が頭上で軌道を変える。
「毒があるかもしれないわ。気をつけて」
「了、解!」
 互いの姿を確認する事もない。ただ気配を読む。無論常に共闘している訳ではない為完璧ではない。だが互いが少しでも互いの領域を意識する。熟練者同士だからこそ、それだけで充分なのだ。
 透夜が跳んだ。百合歌が落葉を蹴り上げ地を舞う。敵を一閃する鬼蛍。粘液が飛び散った瞬間、慈海の電磁波が百合歌の前方空間に広がった。百合歌が腰を捻って葉の下からにじり寄った敵を躱すや、即座に紅刃が敵を両断する。

 状況を見て取ったか、陰の蟻が一斉に呑み込まんとしてくる。
 いち早く察知した冥華が何とか射線を確保して引鉄を引き続ける。ガガガガ。永遠に続きそうな銃声。再装填。焼け付く銃身に無理をさせ発砲。装甲が薬莢を弾く。陰の敵の勢いが削がれた。慈海の横まで移動した冥華は東方面の陰を撃ちまくる。慈海が合せて透夜達の頭上に指揮棒を向けた。
『――■■!』
「多い‥‥っ」
 頭上から降る死骸を百合歌が反転して避け、流れるまま刀を右から左に持ち替え薙ぎ払う。両断された蟻から粘液と酸が迸った。顔を顰める4人。
 周辺の木々ごと焼き払いでもすれば、倒せずとも状況は楽になったかもしれない。が、誰もが手近な対応に追われていく。次第に後退せざるを得ない4人。張り付いてきた数匹が蟻酸を放出した。全身に痺れる痛み。黒の絨毯が包囲を狭めた。手数が圧倒的に足りない。10匹単位の蟻が殺到した。顔面を触覚で撫でられ、辛うじて透夜が払った。
「後退し‥‥」
 言い差した、瞬間。
「貴方達の相手はこっちよ!!」
 1時間にすら思える時を超え、突風が密林を駆け抜ける!

 取られそうになる足を無理矢理動かし500mを踏破した4人が目にしたのは、今にも呑み込まれんとする仲間の姿だった。
「いきます!」
 旭が斬撃を飛ばす。それは前方に林立する木々に遮られるが、それでいい。2、3と繰り返した衝撃波が樹を次々へし折り、突進と遠心力を加えた刃がさらに樹を斬り飛ばした。拡がる射線。夕暮の光が差し込み視界は良好。小鳥とルキアが銃撃した。敵群がこちらに振り向くより早く、神速のロッテが獅子の拳を構える。
「喰らいなさい‥‥!」
 樹の断面を足場に跳躍、自身を1本の矢として無理矢理黒い影に突っ込んだ!
『――■■!』
「小鳥!」
「援護は‥‥任せて下さぃー!」
 2つの拳を地に打ちつけるやそこを支点に前転。大量の敵が絡みつかんとした時、その敵を小鳥のSMGが縫い付ける。ルキアが弾幕から逃れた敵を正確に超出力銃で狙い、算を乱した敵へ旭が突入する。
 ロッテと旭、2人が次々敵を食い破る。酸を浴びながら両断し、僅かに捻って粉砕する。討ち漏らしなど今は捨て置け、ただ救援するだけだとばかり2人の突進が黒を貫く。そして。
「待たせたわね」
「いや、問題ない」
 完全包囲されていた透夜と百合歌の許へ、辿り着いた。
「さて。一旦退いて態勢を立て直しますか?」
 聖剣を携えたまま、旭が訊く。が。
 もはや、それは決定事項だった。
「冗談でしょう?」
 旭を除く3人が、同時に踏み込む!

 合流した一行に蟻の群など大した脅威ではなかった。ロッテ、透夜、百合歌、旭が半包囲の内部から敵を切り崩し、慈海、ルキアの超出力が敵を滅する。小鳥と冥華の弾幕は十字砲火となって敵を襲い、陰から敵を燻り出していく。
 しかし敵の数は多い。地に死骸が積もれば南へ移動し、再び蟻を殺しては移動する。
 そして1時間。
 仕切り直しを3度繰り返し、河の匂いが漂う程MIA発見現場から南下した位置で、漸く最後の蟻を仕留めたのである‥‥。

●青の絨毯
 河は冷たいとは言い難いが、それでも汚れを落してくれる。
 延々と戦い続け火照った心には物足りないが、簡単に服と体を洗うには充分だった。
「結局見つけたのは認識票と服の切れ端だけ、か」
 酸と毒で焼け爛れた仲間の手当てをして慈海が息を吐く。河辺に作ってやった墓とも呼べない程度のそれに目を向けた。
「心安らかに‥‥できればいいのですがぁ‥‥」
「しぼーふらぐかいしゅー。なむなむー」
 小鳥に続いて冥華が手を合せると、川面に反射した橙の光が墓を照らした。
「俺達も1歩間違えば同じ運命だった訳だからな。2人ではどうしようもなかっただろう」
「骨も残らないとは、ね」
 今回最も敵の重圧に曝され続けた透夜と百合歌だけに、その言葉は重い。再度認識票発見現場に赴いて探せば何か出るかもしれないが、流石に今その余裕はなかった。
 手の中の認識票の欠片が、冷たい感触を返す。
「‥‥帰りましょうか」
「私達の世界に、ね」
 旭とルキアが船舶に乗り込み、一行が続く。
 ロッテは最後尾、肩越しに密林を振り返った。
「私は、この世界も嫌いではないけどね‥‥」

<了>