タイトル:乱れ咲くは妙なる傀儡子マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/03/08 04:04

●オープニング本文


「ッだからやめてください‥‥!」
 真白い病室に高い声が響き渡る。
「彼はもう喋ったじゃない!! もういいでしょ! もう離して! あたし達の好きにさせてよ‥‥!!」
 ラスト・ホープ内、精神病棟。
 ぼんやりと窓から外を見ている男を錯乱気味に擁護しているのはヴィレッタ・桂葉。先日、男――ロドリゴ・トパラッティが敵側へカプロイア社子会社の情報を流出させた親バグア派スパイとして、傭兵の活躍により拘束された結果、彼は精神崩壊を引き起こしていた。正確には「地球軍側に捕まった事によってバグア側に貢献する事ができず、自分自身も、愛する人間も守れなくなった」事に対しての絶望的なまでの衝撃が、彼をこの状態にしてしまっていた。一方恋人とはいえスパイ疑惑に関係がなかったと証明されていたヴィレッタが何故いるのか、というと。
 傭兵達、あるいはUPC職員は、連行中に追ってきた彼女を撒いて、ここ移動島にまでやってきたはずだった。これに関与した誰もがそう思った。発信機を警戒して職員は途中で車輌も換え、下着から着替えさせた。落ち度などない。にもかかわらず、どういうわけか、彼女は世界中に派遣している高速艇の一つが戻ってきた時にそこに不法乗船していたのだ。これまたどこから手に入れたのか、UPC職員の制服を着て。
 そうして侵入した彼女は、ロドリゴが入院している施設を見事に探り当て、現在に至る。というわけであった。
 そして、今日も今日とて望みは薄そうだがなんとかロドリゴからバグア側の情報を少しでも得ようとするUPCの人間と、彼女は押し問答を繰り広げていたのである。
「し、しかしね、桂葉サン」
「‥‥‥‥、なんですか? リュートさん」
 打って変わって極上の笑顔である。こういう時が一番恐ろしい。泣き喚いている時はただ煩いだけで済んだものが、こうなると何がしかの警戒をせざるをえなくなる。誰でもよく表情を見れば分かる。上がった口角の辺りや黒目のところに、深い謀略の影を感じるはずだ。いわゆる悪い意味でイッてしまわれた、というものである。
「我々は君たちを‥‥世界を守る為に戦っているんだ。その為には少しでも情報が欲しいんだよ。反撃の狼煙を上げられるようなものがね」
「‥‥‥‥。‥‥じゃあ」
「うん?」
「じゃあ、もし何か情報があったら、あたし達は解放されるし死ななくて済むって事ですか?」
「きみが彼から何か聞いてくれるのかい?!」
 勢い込んで尋ねる職員。それも当然だ。上に自分が持っていった情報によって反攻作戦が立案され実行される。後方支援の白組にとって最も興奮する瞬間の一つなのだから。
「訊く、というか‥‥今まで黙ってたんですけど」
 怒らないでくださいね、と前置きして続けるヴィレッタ。
「‥‥以前に彼がうわ言のように呟いてた事があって。『廃工場に24時、工場長室ノック5回』って。今考えると初めてあっちと交渉する時だったんじゃないかな、と思うんです。あ、廃工場っていうのはあたし達の街の北東の郊外にあるんですけど‥‥」
 迸るように言葉を紡ぐヴィレッタ。何かの魂胆が見え隠れしていた。
「――5年くらい前に移転したんですけど、昔は小さな航空機の部品を作ってたみたいで‥‥」
「‥‥それで、きみの要求はなんだい」
「‥‥‥‥要求?」
「今までと同じようにしてるだけじゃずっと解放されない、だったら協力して交換条件で自由になる‥‥ってとこかな。その情報が本当かは分からないけど」
 職員がニヤリと横目に推論を述べると、ヴィレッタは心底面食らったように目を丸くし、
「‥‥く、っあはは。あはははははは」
 少女にあるまじき凄惨な笑みをこぼした。
「――ッはは。よく考えました。正解で――す。あはははは」
 職員は抑揚もなく嗤う少女に気圧されるように後退りした。とん。背が扉に当たる。
 壊れていた。なにもかも。
 どこからか。いつからか。
 2人が付き合い始めた時か。出逢った時か。
 あるいは奴等が来てからか。
 ヴィレッタ・桂葉の全てはロドリゴ・トパラッティの為に存在し、それが故にもはや直る事は、ない。
「‥‥今の話は本当?」
「くはあははは。なに声震えてるの? あたしと話してるだけなのにィ――」
「ッ本当なのか聞いてるんだ!」
「え――? 解放してくれるゥ――? あはは」
「‥‥ああ」
「ほんとに?」
 小首を傾げた可愛らしい仕草。少しでも人生が違っていたら、大学のキャンパスにでも華を咲かせられる乙女の魅力があった。
 大学は工学部で周りが男子学生ばかりだった職員には、残念でならなかった。
「情報が本当だと確認が取れたら、解放する。一般の病院の手配と金銭援助もしてやる」
「やった! きっと今も何日かヤってたらバグアの副官サンが来たりするんじゃないですかァ? 知能がないとダメだしねあははっ」
 きゃんきゃんと、背もたれのように起こしたベッドで虚ろにしているロドリゴに絡まりながら適当に言うヴィレッタ。
 職員――リュートは、後任を指名してもう関わらないでおこうと心に決めて病室を出る。
「っふふ、くふふふ。早くこんな危ない所出て安全で幸‥‥」
 刹那、大きく音を立てて扉を閉じる。
 そしてリュートはその足で本部に向かった。

●参加者一覧

藤田あやこ(ga0204
21歳・♀・ST
如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
佐竹 優理(ga4607
31歳・♂・GD
レールズ(ga5293
22歳・♂・AA
アンドレアス・ラーセン(ga6523
28歳・♂・ER
比良坂 和泉(ga6549
20歳・♂・GD
ジャクソン・ウェストフ(ga7009
24歳・♂・GP
デル・サル・ロウ(ga7097
26歳・♂・SN

●リプレイ本文

 ――未明。街の北を彷徨っていた。雨が身体を打ちつける。黒衣は死化粧のよう。
 発信機は捨てられた。車は判らない。ねえ。どこにいるの?
 絶望感。
 彼に会えない。彼に会いたい。その瞳と肌を感じたい。あの胸に顔をうずめて彼の匂いを感じたい。何で何で何で赦されないの?
「どうかしたのかね」
 誰。どうでもいい。彼がいなければ全て灰色。会いたい。会いたいよ。あたしから全てを奪わないで。
「私が助けてあげよう」
 お願い助けて。独りじゃ生きてけない。
「私の駒を1体貸そう。彼は希望という悪夢の島にいるはずだからね。君なら目立たず入れるだろう。その代わり」
 うん。何でもする。彼さえいればあたしは。お願い。あたしに力を――。

●作戦会議
「拳銃に密航、そして潜入‥‥恋人より余程スパイらしいですね」
 比良坂 和泉(ga6549)が呆れたように。
 金曜、1900時。ヴィレッタの街の軽い居酒屋で、8人は調査報告を兼ねた最終確認を行おうとしていた。未成年がいる事は気付かれていない。
「だからこそ真実が何か、正確に見極める必要がありそうです」
「腹の探り合いは苦手ですが、やらなくてはなりませんね‥‥」
 レールズ(ga5293)、如月・由梨(ga1805)が呼応して。3人はロドリゴ確保にも尽力しており、各々思う所も深いと言えた。
「誰かさんとの知恵比べってぇ事だねぇ」
 佐竹 優理(ga4607)が敢えておどけた様に言うと、アンドレアス・ラーセン(ga6523)が、
「ぶっ壊れた女か‥‥引き込まれないようにしねぇと、な」
 含蓄深く。熱狂的信者の恐ろしさを知っているようだった。
「まあ真偽は置いておくとして、なんか見つかるといいがね」
 親バグア派というものに嫌悪感を抱くジャクソン・ウェストフ(ga7009)は、エールをくびりと飲む。
「俺達はあそこに行くしかないんだしな」
 確かめるだけだ。デル・サル・ロウ(ga7097)が淡々と述べていた時、藤田あやこ(ga0204)が立ち上がって叫んだ。
「科学が不思議に屈服してなるもんですか! 認知できる現象は全て解‥‥」
「少し声を‥‥」
 レールズが苦笑いで窘める。
「この段階から出来るだけ気配は消しておくべきですから。こんな所で奇襲されてはたまりません」
 つまめる軽食も出揃い、本格的な報告が始まる。
 まずLHのロドリゴ、ヴィレッタについて。彼のカルテは見られなかったが、主治医曰く彼は本当に精神薄弱状態にある事。両者の身体検査を実施するも、異常は見られなかった事。UPC側関係者に自発的に自白剤を打ってもらった結果、少なくとも薬で吐くような軽い感情で協力した人間はいない事。ヴィレッタは時折LHで買物に出る以外付きっきりという事。そして2人を引き離しての監視強化の要請も受理され、成否問わず今日を含め5日間は監視が付く事になる。ただヴィレッタの場合、不法侵入とはいえ武器はなく、未確認ながら情報提供者という事で監視付きの買物は許可された。
「ほぼ単身でLHに潜入した相手。温い気はするがな」
 ジャクソンが、監視に対する愚痴をこぼす。優理も報告書を見ながら同意する。
「私達を出し抜いて逃走ってぇ事もこの子ならできそうだねぇ」
「だが悪意の確証がねぇと監禁とかは厳しいかもな。最近はホーリツがうるせえしよ」
「こうなっては何か仕掛けられないよう、監視の方の頑張りに期待するしかありませんね‥‥」
 アンドレアス、由梨の言葉で、議題は次へ移る。
 今度は作戦上重要になる廃工場の詳細について。出入り口は南面の搬入口と裏の非常口。窓は吹き抜けの2階部分にあり、工場長室へは1階にある従業員控え室を通った先の階段を上る必要がある。2階廊下、工場長室の横を抜けた先に非常口。また商売自体は近隣都市の自動車会社へ納めていた全うなものだったよう。これは役所の昔の登記情報だが、さすがに数年前に移転した工場の実態等は少人数で目立たず行う聞き込みでは判明しなかった。
「昼に搬入口付近から見た感じでは、何か隠されてるとかはなかったわ」
「特に怪しい人影の目撃情報もありませんでしたし」
「近辺の屋上から双眼鏡で覗いたが、窓が割れてた以外に工場長室にも異常はなかった‥‥」
 あやこ、和泉、デルが各々の報告をする。『人影』がなく『部屋に異常』がない。これでは。
「‥‥完全な嘘、という可能性も」
 レールズが唸る。
「ですがやはりそれは桂葉さんに全くメリットがありません。彼女が24時に何か起こるよう仕掛けてあるとしてそれに対処すべきでは」
 由梨が相手の立場で考える。腹の探り合いが苦手という割に深い意見で、7人もそれを前提として動くようにした。そこに優理が、
「その罠に目を向けてるうちにロドリゴを連れて逃亡ってぇ策、とかね」
 眼鏡を光らせて付け足した。思い出したように卓の料理に手をつける。
「ま、慎重かつ大胆にってやつだ。ビシッとやろうぜ」
 アンドレアスも料理にがっつき始めた。調査で100%になどならない。出来るだけの準備と、割り切る勇気。任務においてこれも必要な事だった。

●廃工場の声
 一行は早めに食事を切り上げ、2230時に廃工場を訪れた。用心して中には入らず、そこで遠目から様子を見る。暗闇に全く変化はない。電気も点いていない。ランタンは突入班、待機班に1つずつ、暗視装置は由梨が持つのみという点が多少不安だったが、各員の声かけと連携で切り抜ける決意をする。無線は各班1つ。
 さわさわと風。
「やっぱり何もないみたい」
 あやこが近くの廃棄冷蔵庫を開けつつ。工場裏から見上げても、部屋や彼方の屋根に動くものはなかった。
「出たとこ勝負‥‥やってやりましょう」
 レールズの意外な強気さに皆一斉に彼の顔を見る。心なしか輝いていた。頷き、配置につく。
 待機班:搬入口にあやこ、和泉、ジャクソン。非常口に優理、アンドレアス。
 突入班:由梨、レールズ、デル。
 そして24時が、きた。

 ランタンを点け、3人が廃棄されて開けっ放しの搬入口から中に入る。事前調査通り、流れ作業の痕跡があちこちに残っている。左手の従業員室らしき部屋へ。巨大なテーブルと棚だけが放置されていた。さらに奥の扉をくぐり、細い階段を上る。途端に張り詰める空気。何かが、いる。
 さわさわ。
『外の様子は?』
『風も止んで静寂そのもの』
 ‥‥では、この動いている空気は。
「とにかく参りましょう」
 片手に小太刀、片手にランタンの由梨。対して長柄のレールズが先に立ち、デルは隠密行動で援護する形。廊下途中の扉を見つける。
『‥‥ノックします』
 コンコン‥‥『入り給え』
 機械音声。いた。情報は正しかった‥‥?
 レールズがノブを掴み、一気に押し開ける。
「ULTだ! 無駄な抵抗はやめ‥‥」
 3人が見たものは。
 どんと据えられた社長机。その上に鎮座する無線機。そして3体のハーピーの姿。
『君らは能力者だね』
 無線機から声が流れる。
 由梨は一旦ランタンを脇に置くと、呼笛で合図を送る。その間にレールズが敵に槍でしかけ、デルが後方を警戒しつつ拳銃を構えて様子を窺う。無線からは言葉が続く。
『君らが来たという事は、彼女が上手くやったという事だ』
 由梨も戦闘に加わる。レールズが2体を巻き込んで薙いだ隙を埋めるように、デルの発砲。そこに由梨が小太刀で体をずらすように正面から横に回り、敵腹部、羽を深く斬り裂いた。まず1体を倒し数的優位を得る。
『出来ればここで君らの骸が欲しいところなのだがね‥‥』
「あの無線を持って脱出しましょう!」
「階下も騒がしくなっている‥‥!」
「正面の敵を撃破後、非常口の方達と表へ」
 矢継ぎ早に方針を決める。
『私なぞに与えられるキメラの質はたかが知れておる』
「親バグア派の人間か!」
 戦闘を繰り広げながら。
『そうだ』
 ハーピーがさらに1体地に伏す。由梨が逡巡するように目を細め、口を開く。
「どうしてあなたはバグアに味方なさるのですか‥‥!」
『‥‥君らは何故足掻くのかね。異能に身をやつしてまで』
「それは人を、せめて目に見える方を助け‥‥」
『私はね、疲れたのだよ。箱の中身に縋って生きていくだけの日々に』
「そんな、ラストホープや様々な場所で私達は皆生きる為に生きて‥‥」
『ラストホープ! その言葉こそ、私が世界に絶望したきっかけでね』
「何を‥‥」
 レールズが部屋に残った最後の敵を刺し穿つ。デルはいち早く廊下を確認し、非常口の方へ。途中で優理とアンドレアスに出会う。工場長室に戻る。
「行きましょう」
 レールズが無線を手にする。由梨は溢れる感情に言葉を詰まらせる。ランタンはデルが代わりに。5人となった一行が搬入口へ急ぐ。
『やはり君らを相手にするにはこの程度では無理か。お喋りもここまでとしよう』
「待て!」
『‥‥親バグア派というのも大変でね。また上への貢献度を上げる仕事だよ』
 ぶつ、と回線の切れる音。
「UPCに連絡取るにも、とにかくここを抜けてからってぇ話だ、ねぇ‥‥!」
 優理が盾になるように先頭で下りる。そして従業員室を越えた先では。
 黒い群が蠢いていた。

 ピィ――――‥‥
 呼笛の高い音が周囲に木霊する。
「キメラでもご丁寧に見つけちまったか?」
 ジャクソンが立ち上がって毒づく。
「行きます!」
「突っ込むわよっ!」
 和泉、あやこも覚醒して搬入口をくぐる。広い敷地に物が散らかった様子。ジャクソンがランタンを点けようとし、
「伏せて!」
 あやこの警告と前後するように。多数の蝙蝠らしき羽音が四方から飛び込んできた。
「早く合流、しないと‥‥っ!」
 和泉が氷雨を振るうが、暗闇に動き回る蝙蝠とあってなかなか当たらない。その間に複数の蝙蝠が3人に体当たり、あるいは噛み付いて体力を僅かずつ損耗させる。
 ジャクソンがその中でランタンに火を灯す。敵は蝙蝠。既に攻撃されている今、灯りがなければこちらが一方的に不利なだけ。しかしこのおかげで、暗闇のまま眼球まで抉られるといった惨状はどうにか避けられそうだった。
「援護するわ!」
 小銃に持ち替えたあやこが敵1体の羽を打ち抜くと、それを逃さず機敏に動いてジャクソンが床方向に殴りつけて粉砕する。その2人より多くの敵の攻撃を受ける和泉だが、巧みに致命傷を避けつつ着実に斬り裂く戦法に切り替える。あとは奥からこちら側に出てくる何かに気を配ってさえいれば役割は果たせるのだ。その後に、眼前の敵をどうにかする。優先順位は、従業員室だった。
 ほの暗く、急所をかばった体勢で工場内を注視し、時に蝙蝠の群に刃を入れる和泉。その間にもあやことジャクソンは1体ずつ仕留めていくが、数が多すぎた。全く動けない。
 そんな時に、左手から一芒の光がやって来る。
「止まってください!」
 和泉がその光に牽制を入れる。が。
 ――そこには、仲間の5人の姿がぼんやりと浮かんでいた。

 優理は先頭で、1階作業エリア中央で薄く浮かび上がっている3人の人影を発見する。
「止まってください!」
 待機班としての役割を果たさんとする声。
「無事か!?」
「突入班、一応の任務完了。撤退だ‥‥!」
 デルが単刀直入に伝える。廃工場、蝙蝠の羽音に負けない声で。
「了解! ただこの、キメラが‥‥!」
「こんな事もあろうかと、ってな。支援する、一気に畳んじまえ!」
 アンドレアスが各々の武器に強化をかける。そして黒の群に突っ込んでいく。優理が先頭で蝙蝠の注意を引き、由梨とレールズが続く。アンドレアスは一足先に外に出て、そこから退いてきた仲間を援護する構え。デルはその中間に位置し、交戦中に別角度から銃で牽制する。
 懐に敵の無線を入れたレールズは、突っ込む勢いをそのまま群に叩きつける。一旦散る群。しかし再び小さくなった黒い濃霧に戻る。由梨が優理の影から一太刀ずつ浴びせていく。優理も、搬入口の3人の分まで引き受けるべく霧の中心に居座り続け、刀を振るう事は少ないものの、小隊で重要な役割を担う。
 そのうちに搬入口の3人が外の方へとやや後退し、それを見て由梨、優理、レールズもやや外へ。その3人が追いつくとまたあやこ、和泉、ジャクソンが外へ向かい、つるべのように後退していく。
 そうして次第に外に釣られて月明かりに晒される事になった黒い霧は、もはや滑稽以外のなにものでもなかった。8人はそれぞれ十分な基礎訓練を終えた者か、あるいはまさに歴戦の戦士。陣形が整いさえすれば強化もされていない蝙蝠キメラなど物の数ではない。
 由梨、優理、レールズ、和泉、ジャクソンが前衛で包囲殲滅し、あやこ、アンドレアス、デルが後方から群の上部を射抜いていく。
 そして1分後には、全ての敵はその命を散らしていた。
「早くUPCに連絡した方が良さそうだねぇ。桂葉の様子が気になる‥‥」
「確かに。無線の方の語りからすると桂葉さんも‥‥」
 優理、由梨が難しい表情で。
「ですね。とにかくこの無線を調べれば周波数などから多少は‥‥」
 レールズが懐から取りながら言い差したその時、そこから女の声が聞こえてきた。

●怨嗟の恋人
 当日、夜。LH、精神病棟前。
 黒衣の女が6階部分をじっと見つめていた。隣には1人の男。しかしそれも束の間。2人は港湾部に急ぐ。
「待ってて、ね。あたしがきっと、こんなところから連れ出してあげる‥‥」
 その為には、もっと戦力を連れてこないと。まさか隔離なんて手段を採るとは。
 女――ヴィレッタの唇から紅いものが流れる。掌には食い込む爪。隣の男は虚ろな顔で追従する。ロドリゴではない。自分の意志など消えたかのような人間。これが彼女の貰い受けた戦力だった。マークもなく外見普通の人間であれば、LHへの侵入など旅券で事足りるのだから。
「急いで下さい。緊急依頼です。イタリアへ‥‥」
 整備しようとしていた高速艇に乗り込み、有無を言わさず発進させるヴィレッタ。
 24時過ぎ。自らの街に戻ってきた彼女は、言い渡されていた場所にやって来る。本当はロドリゴも連れてくるはずだった場所。
「上手くいかなかったのかね」頷く彼女を見て。「私の許にいれば必ず機会は訪れるよ‥‥」
「その無線、少し貸して下さい」
 ヴィレッタが受け取り、オンに。ごそごそと向こうの話し声。赦せない赦せない赦せない。
『‥‥喋るな悪魔』
 あたしの未来は真っ暗なのに、談笑なんかしないで。
『黙れ化物!!!!』
『っその声はヴィレッタさん、ですか?』
 ははは。うるさいうるさいうるさい。
『バグアが、同胞を裏切った人間を優遇するとでも?』
 あたしは、絶対に赦さない。
『おまえ。何処、往くつもりだよ‥‥』『ヴィレッタさん‥‥』
 そんな言葉いらない。欲しいのは一つだけ。たった。
『‥‥またね? あははは』
 無線を放る。
 深夜の郊外に溶けていく男と女。
 その背後、廃工場の向こうには、急いで希望の島に向かわんとする8人の姿があった‥‥。