●オープニング本文
前回のリプレイを見る ――前回までの軍法会議。
ドイツ、某空軍基地に降り立った一行を待っていたのは、無実の罪を着せられたクルト・シェンカー少尉だった。かくして一行は少尉の要請に従い反撃の糸口を探る事になる。
司令。その副官バイエル中佐。クルトの友人ハンス。親バグア派の侵入。火災現場。クルトの受け取った謎のメモ。『備品』として取り置かれる12.7mm弾。金回りの良い通信士。擬装ID。監視カメラ。内通者。‥‥。
様々な角度から傭兵達が事件に再アプローチしていくその中で、彼らの脳裏に1つの疑惑が浮かび上がる。
基地上層部の闇の動き、である。
しかし。
彼らがその推測に辿り着いたのと時を同じくして、『敵』は、攻勢をかけてきたのだった‥‥。
『さて傭兵諸君、私の部屋で話でもしないかね』
●取引
キィ、と扉の軋む音がする。
後ろ手に扉を閉めた傭兵が改めて部屋の中を見回すと、果たしてそこには。
「全員揃ったようだな。――さて」
執務机に両肘をつく司令官と机の傍に立つバイエル中佐、そして中佐の横で何やら分からず俯くクルトと、彼ら3人と正対して仁王立ちする傭兵仲間の姿があった。
張り詰めた空気が弾けるより早く、司令が口を開く。
「本当にいいのかね? 真実を暴いて」
「?」
「ふむ、どう切り出したものか」
ここは三流映画に倣ってみようか、と呟いた後、司令は、
「これ以上調査すればどうなるか、分かっているだろうな」
と分かりやすい台詞を口にした。
あまりに露骨すぎる言葉に、傭兵の1人が鼻で嗤って言い返す。
「そんなストレートな物言いしてたんじゃ、それ以上偉くなれねえんじゃねえかい?」
「いやいや、これがなかなか我が基地も居心地が良くてな」
軽口を叩く司令と正反対に、中佐は唇を引き結んだまま。司令が微笑を湛えて本題に入る。
「中佐の身辺調査までしてしまったようだが。本当かね?」
「‥‥」
「まあどちらでも構わんのだがね」ふ、と目を細める司令。「もしも諸君の気付いた真実とやらを軍法会議で証言するのであれば。私としてはしかるべき手段を取るつもりだよ」
何をするつもりなのか。思わず顔に出てしまった傭兵がいたのだろう、司令は好々爺然とした笑顔を崩さず続ける。
「君達はULTに所属しているのだよ。帰属意識の如何にかかわらず、な」
「‥‥つまり」
「除籍、などは到底無理だろうがね。諸君の今後にプレッシャーをかける事はできるかもしれんよ?」
瞬間、空気が沸騰した。
「それが‥‥それがお前のやり方か!!」
「私は、基地を守らねばならんのだよ」
「言うに事欠いて‥‥!」
「む? 私は今命の危険を感じた。抗議の際はこの件も報告するとしよう」
「‥‥ッ」
顔を歪める傭兵。塵を見る目をしていると自ら分かったが、そんな視線すら司令には届かないらしい。導火線に火のついたままの空気で尚、さらに『敵』は言葉を吐き続ける。
「1人の少尉と真の内通者。どちらが我が基地にとって価値があるのか、分からんような人間はおるまい? クソ喰らえな政治家もとい政治屋の言葉を借りれば、『これは政治的判断』なのだよ」
「成程、ね‥‥」
「言っているだろう。少尉が自主的に罪を被って軍を辞めれば全てが終わるのだ。無論少尉の今後についてもできる限りの便宜を図ろう。諸君については‥‥少々甘く見すぎていたようだが」
この件について口出ししない者は抗議の際に除外しよう、と司令は脅迫とも取引ともとれる条件を出してきた。静寂が訪れる。クルトが固く沈黙を貫いたまま、中佐を、次いで司令を見る。
どうするのがいいのか。自分さえ全てを受け入れれば確かに丸く収まるのかもしれない。親バグア派騒ぎは全て自分が画策していた事だった事にすれば‥‥。
「1時間、時間をやろう。その間に大人になってもらうのがベストだが‥‥再調査をするのも自由だ。暇ならばここで珈琲でも用意しよう」
少尉も最後の基地を謳歌してくれ給え、と司令は立ち、窓の外を向いた。
軍法会議まで1時間。
何を成し、何を考えるべきか。この1時間に唯一の正解など――ない。
●リプレイ本文
沈黙の帳が司令室に圧し掛かる。
「ぅー‥‥その、あっとぉ‥‥」
幸臼・小鳥(
ga0067)が微苦笑を浮かべると、堰を切ったようにファブニール(
gb4785)と植松・カルマ(
ga8288)が続いた。
「オトナの事情、ですか。馬鹿馬鹿しいです」
「俺ごときが言えたもんじゃねーけどよ‥‥譲っちゃなんねー一線とかあんじゃねーの? アァ?!」
『大人の社会』で戦った事のある者と、年を経ればそこに飛び込まざるを得ない者。ファブニールは若者の勢いを羨望の眼で見る。
同じく若者から見れば汚い社会と縁のあったオルランド・イブラヒム(
ga2438)、杠葉 凛生(
gb6638)、クアッド・封(
gc0779)、エティシャ・ズィーゲン(
gc3727)は冷静に司令の脅迫を受け止めていた。
――あぁ、やっぱりメンドウな事になった。
エティシャが後ろで髪にくしゃっと触れる。クアッドがクルトに声をかけた。
「大丈夫、か。顔色が悪いぞ」
「‥‥ん」
俯くクルトをオルランドと凛生が見定める。ロッテ・ヴァステル(
ga0066)は労るようにそれを見、一転して絶対零度の視線を司令に投げかける。
「生憎、その程度で臆する柔な生き方はしてないわ。傭兵を、舐めるんじゃないわよ‥‥!」
小鳥! とロッテが乱暴に扉を開け放ち、出て行った。小鳥は一応お辞儀して続く。
「ぁの、ロッテさ‥‥ま、待って‥‥下さぃー!」
「俺も、んなトコにいたら腐りそうだわ」
とカルマ。クアッドはクルトの肩を支え「外で休もうか」と元軍医らしい配慮で退室する。直前。
『っと、頼んだよこれ。私の感じたポイントは書いてるから』
『了解』
すれ違い様、エティシャが『逃げろ』と書かれた紙をクアッドの腹に押し付けた。そして2人が扉を潜らんとした時、ファブニールがクルトを傍に引き寄せる。
「酷かもしれませんがご決断を。『敵』と戦うかどうか。もし戦う意志があるのなら、僕達は貴方の味方ですから」
クルトは俯いたままファブニールを見上げる。その背にクアッドが腕を回し、今度こそ出て行った。
「ミルク等の希望は?」
中佐が備え付けの電話を手に尋ねた。
●1555時
ソファに腰を下ろす4人。珈琲とドーナツがテーブルに置かれ、芳醇な香りが鼻腔を刺激した。
「こんなものしかなくて済まんね」
諸君は解ってくれたかね、と司令が問うた。凛生は大股を開いて返す。
「残念だが脅しは通じん。あんたと違ってな、俺には守るべきものが無い。ULTに働きかけるなり好きにするといい。此方も好きにやらせてもらうがな」
嘆息する司令。エティシャがおずおずと口を開く。
「恐れながら。少尉を犠牲に‥‥いえ『餌』に何を釣るおつもりで?」
「釣る?」
「その、親バグア派と繋がりがあった事実を隠すにしろ、こう」
ぐるぐるになるエティシャ。ファブニールが補足する。
「彼に罪を擦り付けたいだけ? それとも他に理由が? 理由があるなら聞かせてもらえませんか。偉い人ってのは正しい事でも隠したがるから‥‥」
だから下が不満を持つんです、とやり切れないように。
何を調査したか知らんが、と司令がカップをすすった。
「私は基地を守りたいだけだよ」
「‥‥ふむ」
ブラックに口をつけ、オルランドが立つ。
――脅迫という形は面白くないが。少尉を捨て、組織を生かす‥‥しかし。
「私は手を引きましょう。傭兵の報酬程度で社会的に危険な橋を渡るのはどうも、ね」
「助かるよ」
「しかし司令と顔を突き合せる義理もない。友人にでも連絡して時間を潰します」
時計に目をやり、オルランドは扉に向かう。
「脅しに屈するんですか?!」
「奴を見ただろう。意志のない依頼人の為に自滅する気は、ない」
声を荒げるファブニールを一瞥し、オルランドは扉を閉めた。
その、足で。
通路を3度曲がった直後、彼は覚醒して景色に潜行する。
「自滅する気はない、が」
彼は静かに階段を上る。屋上へ出た。吹き付ける風がスーツを煽るに任せ、無線を手にする。
「いざ動く時に備える気は、あるさ」
●1605時
「時間が惜しい。手短に答えてくれるかしら」
ロッテが1時間前に会った物資管理の兵に詰め寄る。傍らで小鳥は基地の物資リストと訓練報告を3ヶ月遡って検証するが、ロッテの微笑が目に入って気が気でない。
「ロッテさん‥‥恐喝‥‥いえ脅迫‥‥や、や、拷問はやめた方がいいですぅ!」
「言い直せてないわよ」
小鳥にツッこみ、兵に向き直る。先程中佐の話をしていた際に恍惚の表情を浮かべた理由を訊いたのだが、
「この想いは秘めないといけないです‥‥」
と頬を赤らめる始末である。ロッテが疲れて肩を叩く。
「報われるといいわね‥‥」
「12.7mmの使用報告‥‥見つけましたぁ」
「偉い。見せて」
小鳥の頭を撫でつつ背後からPCを覗き込む。
どうやら訓練に使っているのは1部隊のみのようだが、用途が限られるだけにあり得ない事ではない、が。
「私は直接話を聞いてみるから、貴女はこの日の弾薬庫周辺の監視カメラを当って」
「ふぇ‥‥またにらめっこ‥‥ですぅ?」
小鳥の泣き言は華麗に無視され、ロッテは廊下に出るや瞬天速で加速していく。小鳥はそれを見、先程映像を引っ張ってきたままの通信室へとぼとぼと向かった。
カルマは司令への憤りを奥深く押し込み、頬を叩く。そして火災現場でまだサボっていた軍曹に近付いた。
「ウィース、あー呼び出しとかマジうぜー」
「食いっぱぐれねぇ程度にしろよ?」
「でよでよ、例の通信士サンとも打ち合わせしたいんスけど! 合コンてアレじゃん、チームプレーっしょ!」
「おぉ任せとけ! 今あいつ勤務中かもしんねぇけど」
「ジョートーよ!」
通信室へ特攻するバカ2人である。
通路をひたすら突き進み、目的の扉をばーんと開け放った。
「ギュンちゃん合コンいくぞー」
「は?」
「ギュンちゃんサンお疲れース。世界のイケメン紳士が春を運びに来たッスよ」
懐から新たな酒を取り順調に潜り込んでいくカルマ。もはや基地に馴染みすぎである。
「どう、だ」
通路。休憩所の椅子にクアッドがクルトを座らせる。
「足元が全て壊れたような不安感があると思う。が、まず落ち着こう」
「はい‥‥」
「それに、だ」
エティシャから貰ったメモを見せる。『今すぐここから逃げろ』。クルトの身を案じているに違いない。
「君を救おうとする人間は、俺達以外にもいるようだし、ね」
まずは。この問題を解いてから、でもいいんじゃないかな。とクアッドが背をさすると、クルトは子供のように目を細めて頷いた。
●1610時
「あんた、今まで負け続きだったんじゃないか?」
「うむ?」
「派閥争い、だ。世の中、先に仕掛けた方が大概負ける」
くっくと声を殺して笑う凛生。目を丸くした司令が「実は同期が中央で」と苦笑して話しだした。
ある種和やかな空気に、エティシャは焦れたように口を挟む。
「このままでは! 少尉があまりに報われません。何か別の打開案を」
「しかしね、横流しだけならまだしも事件は起きてしまったのだ。誰かを犠牲にせねばならんのだよ、『曹長』」
「‥‥、ッ!?」
言葉を失うエティシャ。一気に血の気が引くのが自分でも解り、辛うじて表情を取り繕った。が、遅い。
「傭兵が来るというのに登録データすら見ない将校はおそらくおるまい? 元曹長」
「それは」
司令を見る。奴は1人でも敵を排除しようとしているのだ。引かないなら少なくともお前の周囲がどうなるか解らない、と。
「‥‥い、いえ」
クルトの事が頭を過った。だがそれ以上の奔流が心を駆け巡る。1歩踏み出していた脚は我知らず後ろに下ってしまう。ファブニールがギリと奥歯を噛み締める。爪が掌に食い込んだ。
凛生が話を変え攻める。
「その話だがな。真実を表沙汰にしたくないのなら、脅迫じゃなく嘆願じゃないのかね?」
「嘆願? 私が? 私は何もしていないのに、かね?」
「‥‥何を今さら恍けてやがる。あんたも‥‥」
凛生が眉根を寄せ、確かめるように言葉を選ぶ。司令が中佐を見やった。
「『私は何もしておらんのだよ』。ただ基地を今まで通り運営すべく尽力しているだけだ」
「‥‥」
つまり。誰でもいい、犠牲者さえいれば体裁が整い司令自身は痛くもないという事か? ただ出来れば今の形が基地にとって望ましいから、だから‥‥。
「ッ中佐! 貴方はこれでいいんですか!」
ファブニールの感情が溢れ返る。真面目で真っ直ぐで、だからどうしても赦せなくて。思わず中佐に詰め寄っていた。
「僕は納得できない! 彼の為に、クソッタレな世界を見返す為に真実を話して下さい!」
沈黙が続く。ファブニールの拳が震えた。中佐が目を逸らす。
「俺にも食わせてやらねばならん者がいる」
「弟みたいな彼を捨ててでも、ですか」
中佐が顔を歪めて頷くのを見、ファブニールは溢れそうな言葉を呑み込んで深呼吸する。そして踵を返すと、部屋を出て行った。良い青年だと微笑する司令に、エティシャ。
「自分も元は国に命と忠誠を預けた1人です。司令のお考えは未だ解りません。が、その先に‥‥」
国家の安寧があるのなら。そしたら、自分は、と。
言おうとした筈の台詞は喉を通らない。エティシャが自らのアリスパックに詰められたかつての記憶にちらと目を向け、「失礼します」と退室していった。
残ったのは凛生のみ。煙草に火をつけ、自嘲して煙を吐いた。
「――家族、軍、クルト。中佐、あんたは何を守りたいんだ?」
●1625時
「12.7mmを使った訓練が活発なようだけど。特別な事はしてるのかしら」
ランニングから戻ってきた部隊が目的のそれと確認した上で、ロッテは先頭の少尉に訊く。相手は胡乱げに目を細めた後、答える。
曰く、大破した戦闘機等を使っての制圧訓練が主な内容である事。確かに12.7mmは使っている事。中佐がよく訓練の準備を手伝ってくれる事‥‥。
「バイエル、中佐が?」
「ええ。あの方は副官の鑑ですよ」
「‥‥鑑、ね」
微かに表情を険しくするロッテ。無線をオンにしたまま、訓練の日付へ話を変えていった。
『確か‥‥』
無線の向こうで挙げられる日付を確認し、小鳥は映像を戻していく。合せて出力した物資の出入記録を見ると、記録上では問題なさそうだった。
「目が‥‥回りますぅー」
「マジスか!? ギュンちゃんサンさ、俺の代りに傭兵やんね? 俺が通信士やるわ」
通信室の外からカルマの笑い声が聞こえるが、それは無視だ。監視映像が件の日付に到達する。再生。
弾薬庫近辺の景色が静かに進む。そして記録された時刻、中佐が段ボール箱程度に小分けされた弾薬を何度も運んでいく姿が映った。30分以上かけ、全てを1人で終えた中佐。それだけを見れば献身的な副官だが。
「これだけ‥‥となるとぉ」
同時刻の別の映像も次々見ていくが、訓練場までの道のりには確実に中佐が映っている。途中で時間と歩く速度の繋がりが妙な箇所を見つけたが、それもまた疑惑でしかない。
小鳥がため息をつく。
「ログをもっと‥‥調べてみればよかったかもぉ?」
『簡単に』しか調べていない擬装ID。『詳しく』調べていれば何か出たかもしれない。が、それも既に遅きに失していた。
「でよ、そんな楽勝なのに何なの? 聞く所によると羽振りいいみたいじゃねースか。俺なんか命懸けでヤって1発10万よ? 酷くね? マジ労組作る勢いじゃね!?」
通路。カルマが漸く本題に切り込んだ。ヘラヘラと笑い話にしたのが功を奏したか、ギュンちゃんは気分良さげに顔を寄せてくる。
「偉い人とは仲良くした方が良いってやつですかね。司令の副官とか。ま、上も色々あるんだろうし」
かかった!
カルマの瞳孔が鋭く収縮するが、気付く者はいない。カルマは頬を緩めたまま話を続ける。
「へー。て事ァ何だっけ、俺が見た奴。クルト少尉? とかも仲良いんスか?」
「ん? まぁ時々ここ来るけど別に。てか仲良いってのは‥‥や、うん」
私怨がないのなら。軍法会議で彼の証言が取れれば追い込める?
カルマは少し考えると、焦らず再度合コン話に合せていった。
クアッドはある程度持ち直したクルトを連れ、彼の部屋へ向かう。扉を開けるとハンスが心配そうに様子を尋ねてきたが、構わず中佐宅の番号を探す。
「確か引出物貰った時に」
机を漁る彼。そのうち目当ての物が見つかり、電話をかけに行く。
一方、入れ替わりにファブニールが部屋を訪れると、開口一番ハンスに問い質した。
「現在の状況はお知りかもしれませんが、彼が窮地に立っています。何か知ってるなら話してくれませんか!?」
純粋な瞳に圧されるハンス。申し訳なさそうに返す。
「すみません。本当に何も知らないんです」
「そう、ですか」
やはり聴取するとすれば中佐か? ファブニールが顎に手をあて思案する。
「‥‥生けれども生けれども道は氷河なり、か」
でも。人生に極寒しかなかったとしても。心に灯された光があれば、人は生きていける。
途切れがちな電話で中佐の配偶者に話を聞くクアッド。だが証拠のような話は聞けず、あるのは中佐や軍への愚痴と贅沢への渇望ばかり。が、それでも。
「これでは中佐自身が仮に高潔な人間だとしても、犯罪に手を染める事もあり得る、か?」
絶える事ない甲高い愚痴に辟易してくる。適当なところで礼を言い、受話器を置いた。
心労。家族。責任。金。敵。
そんな事が中佐を雁字搦めにしたのだろうか。
屋上。独り静かに無線で情報を集めるオルランドは、要点を紙に走り書きしていく。
「やはり中佐」
調べれば調べる程、中佐の影しか見えない。となれば中佐が首謀者で、司令は共犯者か、ただ擁護しているだけか。しかし。
「問題は決定的証拠か」
オルランドが金網に背を預け、空を仰ぐ。初夏の空が灰色の雲に隠され、気分は晴れない。
「通信士から話を聞き出せれば一応戦えるが」
他の疑わしい状況証拠を合せても心許ないのは確かだ。ここは1つ打って出るべきか。
懐からジッポを取り出す。火を灯し紙をかざした。燃え落ち、寂しげにたなびく黒煙。オルランドはそれをじっと見つめた。
<了>
1650時。
司令室に戻る一行。煤けた独軍服に身を包んだエティシャに凛生が眉をひそめるが、何も言わない。揃ったところでオルランドがクアッドからメモを貰って宙に晒した。
「これなんですがね。手を引いた私の知ったところではないですが、ご存知ですか」
司令の反応を見る予定だったそれはしかし。
「それは、俺が書いた物だ。首尾よく逃げ出していれば良かったものを」
「‥‥?」
「お前がいなければ被疑者逃亡としてこちらで処理できたのだ。そうすれば、俺も心を痛めず済んだ‥‥」
「!」
と、聞きたくもなかった中佐の意図を暴く事となった。
息を呑み、膝から崩れるクルト。クアッドが脇から支える。だがその目は虚ろに中佐を見るばかり。中佐の瞳が一瞬揺れ、しかし事務的に司令を促した。
「これより10分後、特設軍法会議を開廷する」