タイトル:闇に蠢く軍法会議・序マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/06/16 03:56

●オープニング本文


「やぁクルト、調子はどうだ? それにしてもこの年になると夜はつらい」
 0320時。ドイツ南西部某空軍基地。
 不寝番として基地を巡回していた彼に声をかけたのは、丁度若さと渋さの溶け合った、脂の乗り始めた男の姿だった。
「おっさ‥‥。は、バイエル中佐、異状ありません!」
「おいおい、真夜中のこんな通路のど真ん中で誰が見ているというのだ。昔のようにおっさんで構わんよ、このチビガキ」
「いえ、任務中ですので」
 歩き続けるクルトに並ぶ中佐。扉を開け、中を見る。異状なし。
 後は気紛れに基地内をぶらついて戻るだけか、とクルトは安堵して肩から提げた短機関銃に目をやる。近頃は基地周辺でも親バグア派の活動らしき破壊工作や情報操作の跡が残っており、不寝番とて気は抜けなかったのだ。
 そんな彼に、中佐が露骨に肩を落として口を開く。
「というか、おっさんと呼んでくれ。いやな、最近嫁と娘が何やら口利いてくれないんだ。しかも最近生活もあまり‥‥あれで。色々家族に買ってやれなくてな。その、なんだ、あれだ。気軽に話せる奴がいないんだよ‥‥」
「‥‥おっさん。せめて女に抱きつけよ」
「あァ? 訴えられんだろうが馬鹿野郎!」
「いや知るかよ!!」
 貫禄充分のまま少尉に縋る中佐の図がそこにはあった。
 嘆息して建物内から外へ出る。薄明かりの中、右手には遠く滑走路や格納庫があり、また臨時で積み上げた物資や弾薬の山も見える。逆側には兵営。このところの大規模作戦で離発着する輸送機が多く、気合の入った子守唄が耳を苛むが、寝る心配がないのは不寝番にはありがたい。
 そうして適当に5分10分と外を歩きながら話すうち、いつの間にか見回りも終わりを告げていた。
「じゃ俺戻りますから。おっさんもちゃんと家族と話し合えばいいじゃないすか。寂しいなら寂しいって言えば、少なくとも気持ちは伝わる筈でしょ」
「‥‥今さら、そんな情けない姿は見せられんよ」
 なら俺にも見せるなよ、とクルトが言い差した次の瞬間だった。
 轟音と共に。
 滑走路、いや物資の山から、激しい炎が上がったのは‥‥。

 翌、1100時。
 煩雑な雑務を終わらせ、自室で深い眠りに就きかけたクルトの耳にカタ、と扉の鳴る音がした。
 ベッドから起き、扉を開けるとそこには「今すぐここから逃げろ」というメモ帳の切れ端。首を捻るクルトだが、通路を小走りに近付いてきた友人がさらなる異変を運んでくる。
「1300時、司令官室に出頭せよ、だとよ。お前、何かしたのか?」
「‥‥何も」
 同室の友人――ハンスの言葉がどこか別の言語のように聞こえる。
 何だ。何かがおかしい。何が起きている。いや、それよりもまずは身の安全を固めた方がいいのか?
 クルトは底知れない不安を抱えたまま部屋へ戻る。そして携帯電話を取り出すと、電波の繋がる場所を探して駆け出した。

 ◆◆◆◆◆

 1300時。
 ULTへの依頼という形で一応の安全を買ったクルトは、友人ハンスと共に司令官室へ足を運んだ。傭兵の到着には後1時間程かかるらしいが、流石に司令官室で昨夜の爆発炎上と関係する危険が起こる事はないだろう。
 ノックし、扉を引く。1歩踏み入れ扉を閉め、形式的な挨拶。
 内部を見回すと、司令と、おっさん――バイエル中佐がそこにいた。
 ――そういや副官だっけ。
 気さくで全く偉そうに見えないくせに、現場から管理に至るまで顔を出して作業を手伝う。ある意味この基地の顔と言ってもいい程の実力が、中佐にはあった。
「呼ばれた理由は解っているな?」
「‥‥は?」
「惚ける気かね、少尉」
 バイエル中佐が口を真一文字に引き締め瞼を閉じる。この基地の長はやおら立ち上がると軍装の皺を伸ばして言った。
「残念だが君を、昨夜の爆破事件の犯人、いや犯人達を手引きした裏切り者としてこの場で軍法会議にかける事が決定した」
「‥‥‥‥え?」
「は、少尉が‥‥え、ど、どういう事か詳しく説明していただけないでしょうか?!」
 呆然とするクルトの横で彼より幾らか冷静なハンスが司令に尋ねると、司令は少しずつ話していった。
 爆発は物資を奪おうとした親バグア派の不注意が原因だった事。実行犯達は警備状況等の内部情報をどこからか入手していた事。昨夜の襲撃より10分前、何らかの合図のようなものが通信室から流されていた事。合図の発信にはハンスのIDが用いられていたが、少し調べると擬装工作らしき跡が垣間見えた事‥‥。
「何か申し開きはあるかね、少尉」
「ま、待って下さい! 何から何まで全てが解りません! こんな軍法会議の前に弁護人を要求します」
「そうか。では誰か名を挙げ給え。無論、今この部屋にいる我々は裁判官となる故、弁護などできんよ」
「いや、そこのお‥‥バイエル中佐が昨夜の私のアリバイを証明してくれます! ですから中佐‥‥」
 ばぁん、と司令が机を叩くと、刺すような視線をクルトに向ける。老獪さの滲むその眼光に思わず言葉を呑み込むクルト。その彼を見据えたまま、司令はむしろ慈愛を与える調子で告げた。
「そもそも申し開きの機会を与えてやる事自体が私の配慮なのだよ。あるいは正直に罪を認めれば、君は身体的理由等により自発的に退役したとして秘密裏に処理してやってもいいのだがね。しかし見苦しくも自己弁護するのであれば‥‥」
 そんな事を言われても、やっていないものはやっていない。夢遊病状態で無意識の自分がやったのか? あり得ない。ならば無実を証明したいのは当然だろう!
 クルトは溢れかかった百万言を辛うじて押し留め、言った。
「で、では2時間だけ猶予を下さい。私が傭兵と共に、私自身の無実を証明してみせます」

●参加者一覧

ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
オルランド・イブラヒム(ga2438
34歳・♂・JG
植松・カルマ(ga8288
19歳・♂・AA
ファブニール(gb4785
25歳・♂・GD
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG
クアッド・封(gc0779
28歳・♂・HD
エティシャ・ズィーゲン(gc3727
15歳・♀・ER

●リプレイ本文

 男は深く息を吐く。
 どうしようもない罪悪感を消し去るように。
 逃れる事などできる筈がないのに。
 それでも男は、息を吐く。

●1405時
 鈍色の空。滑走路に着陸した高速艇を降りた8人は出迎えた3人を順に見た。
 右からハンス、クルト、バイエル中佐。
 風がオルランド・イブラヒム(ga2438)のコートを靡かせる。
「通信で大体の推移は聞いたが‥‥面倒な事になっているな。一応元本業だが時間がまるで無い。期待してくれるなよ?」
「‥‥悪い」
「構わん。しかし親バグア派、ね。お前さんも厄介事に巻き込まれたもんだ」
「その『巻き込まれた』点。どこか状況が歪だ。何が隠されているか‥‥」
 杠葉 凛生(gb6638)とクアッド・封(gc0779)が言いながら敷地を見回す。近くには火災跡があり、にも拘らず脇にまだ物資を積んでいる。胡乱げに眉根を寄せていると、エティシャ・ズィーゲン(gc3727)が徐にクルトの前まで歩き、背伸びして鋭い双眸で見据えた。
「念の為聞いとくけど。あんたじゃ、ないんだね?」
「と、当然だろ!」
「‥‥」
 緊張感は数秒で霧散した。至近から見つめたまま、突如エティシャが笑ってみせたのだ。
「やー悪い悪い。私ァメンドウが嫌いなんだ。徒労に終りたくなかったんだが」
 ま、やり甲斐はありそうだ、と乱れた髪に手櫛を入れる。
「そういえば」
 各々が荷の確認をしていた頃、ファブニール(gb4785)が思い出したようにクルトへ尋ねた。
「話によると中佐とお知り合いとか。近所だったりしたんですか?」
「ガキの頃に。おばさんに夕飯ご馳走になったりしてたよ」
「では今のご家庭は?」
「相手は披露宴で見たきりかな。中佐になんかなられると付き合いにくいんだよ」
「な!? 俺は変らずフレンドリーだろうが!」
「むしろ神出鬼没すぎて怖ェよ!」
 肩を落す中佐と、苦笑しかないファブニールである。
 ――流石に直接中佐に「家族と話させて」とは言えない、か‥‥?
「てかファブニールサン早くね!? 仕事モード早くね!!? もっとこーのんびりやんねッスか? あんさ、俺さ『何か解んねーけど危険かも。護衛して』つー依頼見て来たの。それが着いてみればこんなんなっちまってよー。マジだりーんスわ」
 だらりと両腕をぶらぶらさせて植松・カルマ(ga8288)。幸臼・小鳥(ga0067)が唖然とする横で、ロッテ・ヴァステル(ga0066)が、
「カルマ。何をふざけ‥‥!?」
「サボるなら勝手にサボれ。現場検証にでも誘ってやろうかと思っていたが‥‥成程やはり屑は屑か。ならば私1人で充分だ」
 詰め寄らんとするロッテを止め、オルランドがサングラス越しに一行を見回す。それだけで残る6人は意図を悟り、カルマは秘かに口角を上げた。最前線に身を置く者特有の連帯感がそこにあった。
 大股で火災跡へ向かうオルランドを横目に、凛生は咳払いしてハンスに向き直った。
「少しいいか。今日こいつに出頭命令を伝えに行った時、あんたは人影を見たか?」
「え? いえ。何かあったんですか?」
「‥‥いや。誰かに聞かれていて騒ぎになるのは面倒だからな」
 凛生が濁し、捜査を始めんとする。大まかに3班に分かれた7人だったが、そこに中佐が「こちらから『記録係』を同行させよう」と提案してきた。
 予想的中である。7人を代表し、小鳥が薄い胸を張って鷹揚に頷いた。
「いい‥‥ですよぉっ?」
「ふむ。では君には私が同行しよう」
 にやりと中佐に返され、言葉も出ない小鳥だった。

●1450時
 格納庫脇。焦げ跡生々しいそこには至る所に弾痕が刻まれており、爆ぜた弾の量を物語っていた。オルランドは初期消火に当った兵と共にそれを眺める。
「犯人は親バグア派らしいが。どんな様子だった」
「そう、ですね」
 聞きながら覚醒して鋭覚狙撃を発動してみる。生物の急所を探る観察眼と今回のそれは意味が違うといえ、僅かな努力が実を結ぶかもしれないのだ。
「焼死が2。逃げたのは1人で拘束したのが1人?」
「はい、僕が見たのは」
 兵が言う。
 1人から得た情報となると確度は低くなるが‥‥。
「物資は雑多に積んでいた訳か?」
「弾薬糧食その他を種別でなく部隊別に分けて置く形でしたので」
 ならば何らかのミスで発火する事はある、か?
 オルランドが顎に手を当て思案するうち、カルマが『記録係』と談笑しながら近付いてくる。カルマは一瞬だけオルランドと目を合せ、わざとらしく屈んだ。
「あー‥‥なァんで俺がこんなチンケな事よォ‥‥」

「最近、物資に関して違和感とかなかったかしら」
 ロッテは基地の記録室でモニタを次々見ながら担当に話しかける。違和感? と生返事を返す担当に「搬入と搬出の量が明らかに違ったり、妙な物があったり」と答えて顔を見る。
 コンピュータ特有の温い臭いが部屋を満たす。
「少なくともPCがエラーを起こした事はありません。実際この目で全ての工程を確認はしてないですが」
「それが杜撰、という訳ではないけど」
 膨大な量だけに仕方ないかもしれないが、抜く余地はあったという事だ。
「基地への人の出入りはどこで管理しているの?」
「こちらです」
「時間が惜しいわ。手早くお願い」
 席を立ち、監視役に目を向ける。望むところといえ、やはり良い気分ではなかった。

「ファブニールさんは‥‥監視カメラをお願いしますぅ。普段と違う事‥‥とか映っていればぁ」
「了解」
 監視役の中佐が監視映像を通信室まで引っ張ってきた為、小鳥と共にここで作業するファブニール。
 監視役の不足か。つまり軍法会議の事を話せる程の手駒が少ないのだろう。では何故話せないのか。士気を考えて?
 昨夜0230時の映像から見直しつつ、ファブニールは考える。
「そもそも不注意とかって、何故判ったんだろう」
「あぁ、実行犯を1人捕まえてな。重傷だったが」
「成程。ところでここから0320時頃クルトさんがいた場所までどれくらいあります?」
「歩いて10分弱だろう」
「爆発現場までは」
「同じく10分。一旦外に出ればほぼ走るだけだからな」
 首を捻ってファブニールが映像に集中する。
 逆に今度は小鳥がたかが1ヶ月されど1ヶ月と言うべきか、莫大な量の通信ログに圧倒されつつ中佐に訊く。
「中佐は‥‥あの時間にクルトさんと‥‥話していたとかぁ?」
「そうだ」
「どうして‥‥司令に言わなかったですぅ?」
 沈黙。
 関係者のログは、直近から司令、司令、中佐、司令、中佐、司令、件の擬装ID。次が事件2時間前のハンス。
「‥‥俺とて信じたい。だが通信など幾らでも細工できる」
 搾り出すような声を聞きながらIDを調べる。擬装IDとハンスのID。5分見れば前者は各所経由する等誤魔化しているのが判った。そして元を辿るとクルトのIDに行き着く。
「む? どうやら君の仲間が俺に話を聞きたいそうだ。監視は‥‥まぁいいか」
 無線片手に中佐は出て行く。後には小鳥とファブニールだけ。
 じー、と監視映像の流れる音が響く。そこに不審者は、誰も映っていなかった。

●1500時
「少尉、か。勤務報告を見るに勤勉だったようだが、それも演技だったのだろう」
 司令官室。重い空気の中、司令が口を開く。そうしながら、横に首を振った。
「私が脅迫されている、と?」
「失礼しました。では」
『盗聴等されているか』と書いたメモを懐に仕舞い、クアッドが関係者の噂話等を尋ねる。が、クルトの話はおろか中佐の話も有能という以外出なかった。
 一通り話が終ると、エティシャは乱れた髪をゴムで纏め、背筋を伸ばして進み出た。
「ご協力感謝します。最後にこちら、サイン宜しいでしょうか?」
「うむ?」
「はは、ULTも煩いんですよ。正式提出用と、控えで。控えは独語で結構です」
 ノートとメモを机に置くと、司令は眉を寄せるも素直に書いてくれた。エティシャが敬礼して下がる。
 再度謝辞を述べ、2人が退室する。途端背が丸くなるエティシャにクアッドは苦笑し、次はハンスの許へ行こうと歩き出した。

 その2人とすれ違いに。凛生とクルトは司令と顔を突き合せた。
「まず訊きたいんだが。今提示された情報だけではこいつを内通者とするには弱い。何か隠しているカードでもあるのかね?」
 前職時代の経験を活かし、凛生は敢えて高圧的に切り出す。だが司令も伊達に年を重ねていない。薄く笑って返してきた。
「擬装IDを調べればすぐ判る。それに昨晩の巡回は少尉のみ独りだったそうじゃないか」
「それは不寝番の1人が急病で‥‥」
「だが事実だ。何より、既に知っているのだよ。君が足繁く通信室に通っていた事は」
「は?」
 事実を指摘されたからか唐突な捏造に焦ったか、狼狽するクルト。凛生は咳払いして話を変えた。実行犯の詳細。聞き出した事。そして、
「何故ハンスまで呼び出した?」
「IDを使われたのだぞ。彼にも裁く権利はあろう?」
 睨めつける凛生の視線をやり過ごす司令。
 これ以上は無意味か。凛生は相方の肩を押すと、自らも下がって退室した。
 通路で止まって凛生が煙草に火をつける。煙が染み渡る。
「中佐は夜も出歩くのか?」
「時々? 夜間発着もありますから」
「奴も生活が苦しいのかね」
「このご時世、十全とはいきませんよ‥‥誰も」
 凛生はまだ半分以上残る煙草を灰皿に押し付けた。

●1510時
「そそ。この辺ですっげーねーちゃんとかいるトコ教えてくんね!? 俺ゲットすっから、したらマジ軍曹ドノにも礼するし!」
「あ? おめコレあんだろな、ぜってーゲトしてくんだろな!?」
「マジパネェスよ?」
 地に腰を落し腕を小突く兵と、自信満々背を叩くカルマ。現場で資料を捲りつつ耳を傾けていたオルランドが呆れ気味に紙上へ意識を戻すと、カルマは懐から酒瓶を取り出し話題を変えていった。
「てかアレ何スか。俺護衛しろとか言われてついて来たらこんなんなってっし。マジうぜー」
「あー、まぁ色々な」
 あまり話したくないようだ。カルマが咄嗟に方針を変える。
「あ、それより礼は合コンでいいスかね? 男は俺と軍曹と、後金回りよさげな奴とかで!」
「ん? おぉ、それで頼む! 金持ち‥‥あいつらでも呼ぶか」
「あいつら?」
 軍曹曰く、通信担当の友人がよく奢ってくれるらしい。階級は大して変らないのに、何故か金を持っているのだという。
『聞いてるスか』
『ふむ』
 口内で呟いたカルマに反応し、オルランド。無線越しに軍曹の話を聞いた彼は火災跡を観察して考察する。
 通信担当なら合図は容易い。だが親バグア派を引き入れるような大それた事を通信士が実行できるのか。それより一協力者として金を貰っていると考える方が自然。そして内通主犯は、基地上層?
「軍曹」
 普通は箝口令を敷くか抱き込むかする。通信士の友人にまで手が回らなかったのか? つまり内通者にとっても突発的事態。
「しかし。私の身形ではこうはいかんだろうな」
 本気で合コン実現へ相談し始めたカルマに、オルランドは秘かに頬を歪めた。

 覚醒し、煌く蒼髪を揺らすロッテ。処理速度を上げんとしての覚醒だったが、仮に効果が薄くとも気分に余裕が出る上に物理的妨害が入る事はなくなる。次々画面を上に送っていく。
 人の出入りに不自然な点はなさそうだ。そもそも不審者が素直に記録される筈はないのだから、その時の映像と共に見るべきだったかもしれない。
 ページを戻って物資リストを開いた瞬間、不意にそれが目についた。
「この12.7mm、どうしたの?」
「ああ、それはここの訓練用らしいです」
 空軍基地が、12.7mm弾。対ハイジャック訓練でも頻繁にしているのか。あるいは。
「らしい?」
「先輩に聞いただけなので」
「‥‥そういえば、司令やバイエル中佐とは話したりするのかしら」
 なんとなく聞いてみたロッテに、中佐はよく来て下さいますと妙にうっとりした表情で兵が答えた。
「‥‥」
 あるいは、12.7mmが親バグア派への主商品なのか。

●1525時
 ハンスへの聞き込みでクルトの人柄以外何も掴めなかったクアッドとエティシャは、早々にサインを貰って中佐の部屋へ急いだ。
「専門家じゃないけど‥‥んん‥‥違、う?」
 司令、ハンスのサインとクルトの受け取ったメモを間近で比べ遠くで比べ、筆跡を見るエティシャ。3つの筆跡は偶然「n」が共通して入っていた為まだ比べやすい。
「nの終り‥‥メモの方は随分鋭角‥‥あぁメンドイ」
「一旦やめにして入ろう」
 クアッドに促され、エティシャは髪をゴムで纏める。
 ノック。扉を開けると、中佐は準備万端珈琲まで淹れて待っていた。
「お呼び立てして申し訳ない」
「いや。だが早めに終らせてくれると助かるね」
「では」
 クアッドがやはり関係者の人間関係について尋ねる一方、メモで盗聴の有無を確認する。が、相手の反応も司令と変らず脅迫といった類でないのが明確となった。
「少尉は良い人間だ。‥‥それこそ、軍人に似合わぬ程な」
 特定の女性はいないようだが早く幸せになってほしい、と弟を想う中佐。一転してアリバイの話になると、自身もクルトも確かなものはないと自供した。
「ご協力、感謝する」
「最後にサイン宜しいでしょうか?」
 ノートとメモを差し出すエティシャに中佐が応じる。数秒後、それを受け取ったエティシャがチラと見ると、「a」全体の傾きに比べその撥ねが鋭角に見えた。
 そして2人が退室せんとした時、扉が鳴った。クアッドが開けるとそこには凛生とクルト。面倒だろう、と中佐が2人を止め、計5人が部屋に留まる事となった。
「早速で悪いが」
 珈琲の香りが漂う中、凛生の低音が切り込んでいく。
「こいつは昨夜あんたと会ったというが、どうしてそれを証言してやらん」
「爆発の直前直後のそれがあったとして、内通者でない証拠にはならんだろう。実行犯は既にいるのだよ」
「それでも司令の心象は良くなる筈だ」
「関係あるまい」
 引かない凛生。平行線の予感に、凛生は無線で聞いていた各班の進捗状況を元にブラフを口にした。

「そうかね? さっきあんたの身辺調査をしたんだが‥‥いや、これはあんた自身の方が解っているか」

 半分以上鎌掛けだったそれはしかし。
 突如立つ中佐。凛生が懐の銃に手を伸ばす。その隙に中佐がクルトの隣につくや、肩に手を置き言い放った。
「成程。ではこちらからも話があるのだがね」

●1540時
「それっぽいやり取りが‥‥あればぁ」
 通信室でログを漁る小鳥。だがその通信内容に拘るあまり決定的反証は得られない。
 監視映像を担当するファブニールにしても同様だ。
 そもそも内通者なのだから不自然な人間など余程でないといないのでは、と彼が思い至った時だった。

『さて傭兵諸君、私の部屋で話でもしないかね。少尉は既に来ているよ』

 無線越しに5人へ伝えられる司令の出頭命令。
 予想だにしない事態だった。仲間は決定的なものを掴めているのか。だが掴めていなくとも行かないという選択はできそうにない。
 準備不足の一行。
 確かなものを得られないまま、彼らは敵地に集合する‥‥。