タイトル:【AA】ぬばたまの黒マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/05/15 04:29

●オープニング本文


 亀。といえば大量の水が必要なのである。
 という多少偏った知識を元に、彼女は砂漠で見つけた小さな亀を水辺に連れてきてその挙動をぼーっと眺めていた。
「むぅ‥‥このラインは‥‥」
 小さいくせに妙に丸っこい甲羅を背負い、のそのそと歩く姿が何とも愛らしい。ぜひともその行く先に砂山を作ってやって転ばせてしまいたい。そして腹を見せ懸命に足掻く姿を目に焼き付けて、壊してあげたくなる。
「いや、しかし」
 他にはいないのか。もう1匹いればもっと愛いやつになってくれる気がする。
 そう考えると、矢も盾もたまらず彼女は近くに転がしてあったタロスに乗り込み、亀捜索の旅に出た。
 地表を滑るように飛ぶタロス。自機の所まで行くのが面倒で適当にかっぱらってきたタロスだったが、近くにあったのがゴーレムでなくてよかった、などと彼女は思いつつ、機体を滑らせる。
 砂漠を渡り、川を渡り。それでも見つからず、1時間して彼女は元の水辺に戻ってみた。すると。
 亀がいた辺りに、無骨なヒト型の機械達がいた。そして。
 そのヒト型――KVの足元には、無残に踏み潰された亀の死骸が。
「‥‥‥‥。‥‥のかめ‥‥」
 KV達が慌てて陣形を整え後退していく。彼女はそれを一顧だにせず亀の死骸の傍まで行き、タロスの機内から呆然と見つめた。
 その様子を観測したKVが、チャンスと捉えたか、微動だにしないタロスに向かって突撃をかけた。ビーストソウル、計6機。剣や機弓等、隠密特化した軽装機体が一気にタロスとぶつかり、各々の刃を突き立てる!
 が。
「もうよい。話す気も失せたわ」
 蠢きながら修復されていくタロス。ゆら、と立ち上がると、舞を踊るようにKVの間をすり抜けていく。タロスが6機と相対した。
 ――その、30秒後。
 そこには、6つのKVから生まれた大量の残骸が転がっていた‥‥。

 ◆◆◆◆◆

 2130時。
 先行偵察に出した小隊からの合図がない。
 地中海上。所定のポイントに所定の時間で通りかかった艦を待っていたのは、ただ潮風に揺れるさざ波だけだった。
 先遣隊に何らかのトラブルがあったに違いない。では何が。それを調べて不確定情報をできる限り少なくするのが、戦闘の準備段階である。となればやはり再度部隊を送ってみるしかないだろう。
 艦長が作戦室の机に両手をつき、この艦に同行してくれた傭兵に集合をかける。
 こうしている今も、この艦自体かなりの危険が伴うのだ。艦の戦力は減らしたくはない。が、かといって役割を充分に果たせないまま欧州に帰っても意味がない。どうしてもある程度の成果は欲しかった。
 艦長がペットボトルの水を口に含む。扉が開いて傭兵が入ってくると、開口一番用向きを訊いてきた。艦長は話の早さに気をよくしつつ、机に広げてあった地中海周辺の地図を指差す。
「先日、我々は先遣隊を出した。そして順調であれば、彼らは丁度30分前にこの地点にいる我が艦に向けて合図を送る手筈であった。が」
「それがなかった、と」
 艦長は首肯して、その先遣隊が行動を予定していたルートを指でなぞっていく。
 エジプト北部。アレクサンドリア近辺から上陸して多少内陸へ。その後西に向かい、メルサマトルー周辺で海に戻る。約200kmの探索行。それ以上でも、以下でもない任務だった。
「そこに行って詳細を調べるわけですか」
「君達は上陸後の事だけを考えてくれればいい。そこまでは我が艦が全力を以て援護しよう」
 苦い顔のまま、艦長。
 エジプト付近はおそらく来たるべき日の主進攻ルートというわけではない。しかし、ここを不明瞭のまま放っておけば側面からの脅威に怯え続けなければならないという事になり得る。
 先遣隊を潰した敵を発見できずとも、せめて彼らのKVの残骸でも見つかればどんな敵のどういう攻撃でやられたのかくらいは想像できるだろう。むしろ残骸を見つけるだけである程度対策できるのだから、行かない方がおかしいと見る人もいるかもしれなかった。
「‥‥了解」
「十二分に気をつけてくれ。君達のような者をこんな任務に駆りだしておいて何だが。私はね‥‥若い者に死んでほしくない‥‥」
 艦長一個人の本音が、静かな作戦室に吐露される。
 傭兵達は深呼吸すると、各々のKVが鎮座する格納庫へ急いで向かっていった‥‥。

●参加者一覧

幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
里見・さやか(ga0153
19歳・♀・ST
月影・透夜(ga1806
22歳・♂・AA
叢雲(ga2494
25歳・♂・JG
シーヴ・王(ga5638
19歳・♀・AA
櫻小路・あやめ(ga8899
16歳・♀・EP
ドッグ・ラブラード(gb2486
18歳・♂・ST
ファブニール(gb4785
25歳・♂・GD

●リプレイ本文

 潮騒が波音を運ぶ。
 ざん、ざん。漆黒と海に紛れて。
「く、こんな時にこのザマか」
「透夜さんー‥‥無茶しちゃダメ‥‥ですよぉー?」
 翼のノズルから光が漏れる。月影・透夜(ga1806)は幸臼・小鳥(ga0067)に合図を返し、霞む視界で暗闇を見晴るかした。
「本当に、体、労って下さいね。しんどいと思いますけど‥‥」
 ドッグ・ラブラード(gb2486)機S‐01H――Garmが低空で逆噴射。道中のHWに削られた装甲を酷使し、その地に強行着陸を果たした。
 眼前に広がるは――広大に波打つ月夜の砂漠。

●砂嵐
「レーダーは‥‥中和してみますが、期待しすぎない方がよさそうです」
「消息不明のリヴィングストンを探す旅、と」
「スタンリーになれればいいのですが」
 水中用キットを外し、里見・さやか(ga0153)機ウーフー。叢雲(ga2494)と櫻小路・あやめ(ga8899)が反応すると、ファブニール(gb4785)は自機で曳いてきた巨大な袋を開けつつ
「先遣隊の方々、無事だといいですが‥‥」
「合図も出せねぇような敵地でのトラブルと言えば、十中八九敵わねぇ敵が出たっつートコじゃねぇですかね。問題は」
 逃げ果せたか否か。シーヴ・フェルセン(ga5638)が機内で薬指のリングに触れる。
「その辺りも含めて。大規模作戦も進む今、情報は少しでも多い方がね」
 叢雲機シュテルン――レイヴンの脚が砂を噛む。
 環境や準備は万全と言えない。だがそれでも。
 進むしか、ない。

 0120時。
 敵索敵網を警戒し、8機は地道に砂漠を歩いていく。丘陵とその狭間が濃淡2色の黒を作り、進むのはその中間。2班に分かれて80m程の距離を取り、右左と蛇行しながら彼らは歩み続ける。
 甲高い銃声。小鳥機破暁とシーヴ機岩龍――鋼龍、ドッグ機から放たれた銃弾が蠍3体を貫く。次いでタートルに似た巨大亀に叢雲が引鉄を引いた。ファブニール機ロビンの光線が迸る。亀の砲口から大口径が放たれた。あやめ機雷電の盾に正面からぶち当たる。別角度から幾条ものさやかの光線が伸びる。
 透夜機ディアブロ――月洸の銃弾が亀に届くや、2方向から肉薄した叢雲とあやめが敵を屠った。
 しかし。
「音が‥‥」
 呟く小鳥に同調してシーヴが眉をしかめる。
「‥‥シーヴ達も人間でありやがる、っつーコトですかね」
「それに」
 雑音だらけとはいえ調査隊たる自分達が通信を使用している現状。砂漠に気を取られすぎていた事実をさやかが口にする。
「‥‥幸先は悪いですが、今後に活かせばいいんです! さ、もう少しして休憩しましょう」
「ですよ。寝不足で強敵に遭遇しても悲惨ですしね」
 明るく振舞うファブニールとドッグだが、悔恨の念は消えない。
 特に透夜は砂漠模様、ファブニールは黒のシートを各々機転で持参していたのだ。それだけに、迷彩以前の失敗は痛かった。
「忙しい休憩になりそうだ」
 血の滲む包帯に目を落し、透夜が独りごちた。

 休止しては歩を進める。2時間進んでは休止する。
 2班交代で仮眠と栄養を体に与えながら指定ルートを辿る8人だが、やはり襲撃が絶える事はない。稜線の向こうに影を発見するやその時の担当班が迎撃に動き、時に別の敵集団を休止班が緊急出動で相手取る。
 さらに休止中は自機関節部の砂を除く等、神経の休まる時はない。
 長い夜が明け、砂漠本来の姿が現れた。
 日は昇り、また沈む。極寒から灼熱、また極寒へ。敵を殺し、歩けばまた敵は来る。
 繰り返される単調な世界。廻々と。廻々、廻々、廻々と。過酷な自然が8人を襲う。
「砂漠‥‥初めて来ましたが、やはり苦しいですね」
 ファブニールが呟いたのは何時間前だったか。
 無心に踏破していく彼らの前で、2度目の夜が明ける。

●一時の恵み
「ルートを考えるに、ここは立ち寄りやがった筈ですが。痕跡は見つからねぇです?」
 0800時。水辺の傍の木陰で風防を開け、シーヴが地図を見る。風が温い。日が高い。じゃり、と砂が口に入った。
「この砂漠ではじっと座っているだけで埋まりますから」
 足跡はおろか残骸すら見つけ辛いでしょう、とあやめが顔を拭う。
 上陸から30時間を越え、誰もが砂埃に塗れていた。
 各自持参の飲料は3分の2が消えた。ドッグとファブニールがKVを降り、全員分の水を水筒に入れる。
 朝日に照らされオアシスは文字通り煌いていた。無論精神的にも輝きは天井知らずだ。
「こういう場所は新鮮‥‥と言える状況じゃないですかね」
「や、何事も経験ですよ!」
 元気な2人である。
 糧食が残り3分の1なら、道程は後4分の1。当初南西へ向いていた進路も既に北西へ変えている。後少しで帰れる。一方で先遣隊の手掛かりはないのだが。
「60年以上前に戦場だったこの砂漠が、今また戦場になろうとしているんですね‥‥」
「ロンメルですか」
 機内で独りごちるさやかに、紫煙を燻らせ叢雲。
 破暁と透夜機月洸が2機に寄り、背中合せで四方を見張る。
「砂地でのバランス調整はしてあるが、やはり機動は制限されるな。路面より傷には優しいが」
「傷に響かなくても‥‥体に響きますぅー!」
 機内で控えめな胸元を大胆に露出し扇ぐ小鳥。水辺である事に加え、探索行の終りが見えた事で漸く余裕ができたらしい。いかにも暑そうな小鳥の声に透夜が苦笑する。
「ま、後少しだ。そう腐らず‥‥」
 行こう。言い差した透夜を遮り、叢雲の言葉が8人の耳朶を打つ。
「? 皆さん、あちらを」
 風に踊る流砂。一晩で丘を丸々作るという自然の驚異の合間に、鈍色の光が見えた。
 そしてそれは。
「先、遣隊‥‥?」
 全滅した友軍の発見を、意味していた。

●赤と黒
「レイヴン、データ照合を」
「周囲、異常ありません」
「掘り起こしましょう‥‥!」
 叢雲のコンソールに次々現れる画像。さやかがレーダーを確かめる。あやめが盾を使って砂を掘り始めると、小鳥はそれを手伝う。警戒する透夜とシーヴ。ドッグとファブニールが愛機に乗り込んだ。
 次第に露わとなるソレ。滅茶苦茶に斬り裂かれた痕から金属が飛び出し、潤滑油が砂に吸い込まれる。辛うじて原型を保っていた鉄塊を抉じ開けると‥‥物体。紅くぐちゃぐちゃでどうしようもなく脳裏を埋め尽す肉の――
「ひっ」
「っ、未確認機捕捉! 識別反応なし‥‥来ます!」
 小鳥が悲鳴を上げるより早く。さやかの警告が走る‥‥!

『む? お前達、かような所で何をしておる』
 それは、不似合いな程のんびりした到着だった。
 低空を滑ってきたタロス。外部に拡声された音が8人に届く。2班が僅かに左右へ分かれた。慎重に操縦桿を傾ける。激しくなる鼓動を抑えて鋭い視線を向ける彼らの前で、タロスは悠然と舞い降りた。
『もしや。妾の亀を持ってきてくれたのかの』
「亀?」「‥‥この声ぇ‥‥?」
 7人が言葉の中身に眉を寄せ、小鳥は音色に首を傾げる。
 ――最近‥‥聞いたようなぁ‥‥?
『そうであろ? うむうむ、妾は<知って>おるぞ。ニンゲンは気の利く者が多‥‥』
「このKVは、てめぇの仕業でありやがるですか?」
 思い出さんとする小鳥を置いて状況は動く。
 未成熟で落ち着いた少女の声を遮るシーヴ。間を空け、さめざめとした啜り泣きが聞こえた。しゃなりとタロスが膝をつく。
「動くんじゃねぇよタコ野郎!」
 Garmの銃口が敵頭部を捉える。叢雲機レイヴンとシーヴ機鋼龍が機体を軋ませると、敵は愛猫に愚痴を零すように口を開いた。
 亀の話を。もっと可愛がりたかったのに、そこのKVに潰されたと。
『だから、壊した』
 じり、と間合いを測る8人。ドッグは困惑と罪悪感をない交ぜに、眉尻を下げた。
「‥‥そいつは、すまねぇ。代りに謝るぜ‥‥」
「亀にゃ悪いコトしたですね。とはいえ‥‥」
 シーヴも構えたまま言葉を返し――
『うむ。妾の愉しみを奪いおって。お前達は話が解るの』
 やめた。
 ころころとした鈴の音を掻き消すように、鋼龍が爆ぜる!

「援護頼みやがるです!」
「隠密仕様といえBS6機全滅だ。油断するなよ」
「右から行きます。合せましょう」
 鋼龍とレイヴンが砂を蹴って肉薄する。日射しを反射する銃身。放たれた弾幕をタロスが受けた。小鳥、ドッグ、さやかと十字砲火が続く中、あやめとファブニールも操縦桿を倒す。
『い、いきなり何じゃ! 妾はお前達と亀について語りたいと思うて‥‥』
「亀は確かにこっちが悪ぃ。だがここで手は抜けねぇんだよ!」
『今は戦いとうないというに‥‥』
 ガァンとGarmの正確無比な銃弾がタロス頭部を貫く。僅かに傾ぎ、敵は腰から長刀を抜いた。一直線に突っ込んだ鋼龍から女神の槍が伸びる。柄で受け、吹っ飛ぶタロス。叢雲が一気にペダルを踏みつける!
「個人の思惑で避けられる状況では」機槍が炸裂する!「ありませんよ」
 小爆発。タロス胸部、焦げ付いた穴が煙に紛れる。が。
 操縦桿を引いた刹那、斜めに奔った剣閃がレイヴンを襲う。漏電、遅れて跳ぶ。低い。爆煙から飛び出す敵が叢雲の視界にみるみる迫る。振り上げられる刀。銃身で受けんとした瞬間、刀が引かれた。急に反転した敵肩部がぶち当たる。蹴り落す!
 衝撃。背から砂に突っ込むレイヴン。
『そもそもないとふぉーげる自体あまり好‥‥』
「体が満足に動かなくてもやれる事はある‥‥!」
 悠然と着地しかけたタロスにぎこちない動きで透夜機月洸が撃ちまくる!
 たたらを踏む敵。胸部が蠢く。敵が緩慢に左腕を上げた時、ファブニールのワイヤーがそれを絡め取った。あやめ機から光線が乱れ飛ぶ。DR‐2の引鉄を引くファブニール。合せて小鳥機破暁が両脚を砂に固定する。
「大きいの‥‥いきますぅ! 射線あけて‥‥下さぃー!」
 鋼龍が跳ぶ。敵が拘束を解きそれに追従――しかけた刹那、さやかが粒子砲を放った。2機による怒涛の連射。敵姿勢が崩れ跳躍失敗、直後小鳥のM‐12が迸る!
「回復される前に‥‥一気にぃ!」
『機械は嫌いじゃと言‥‥』
 直撃。粒子が敵を貫き砂丘を穿つ。ドッ、と砂の爆発が起こり、それを浴びるようにタロスが膝をつく。
 瞬間。

「有人機にゃ弱点もありやがるです」

 中空から。重力を味方にシーヴがアテナを突き出した‥‥!

●お嬢様の好き嫌い
 金属の不快な音が響き渡る。ひび割れた敵装甲が削げ落ち、僅かに敵機内が外気に曝される。そこから艶やかな黒髪が覗いた時。
『く、ぅ‥‥む? あれは‥‥』
 タロスの視界がさやか機を捉えた。正確には、背部レドームを。
『何じゃ。あれは何ぞ‥‥』
「?」
『それを妾に触らせい!』
 蠢くタロス。眩い光を発したと思うや幾条もの熱線が放たれた。致命傷を避けるシーヴ機。あやめとファブニールが怯み、再接近せんとしていた叢雲機が腕を掲げる。その隙を衝き、タロスが舞う。
「ッ、下がれ!」
『むぅ。1つくらい、よいであろ?』
「るせぇ!」
 透夜とドッグが撃ちまくる。独特の脚捌きで前衛を抜けた敵に銃弾がめり込む。再度撃ち込まんとした刹那、敵が重力を振り切った。
 一瞬でさやかに肉薄する敵機。さやかがDR‐2の引鉄を引く。溶ける敵装甲。横合いから小鳥の88mmが唸りを上げる。合せてさやかが装輪で砂を巻き上げた。同時に後退する!
 が。
『触らせいと言うておる』
「私、の‥‥私のこの子に誰1人‥‥」
 さやかの口から溢れんとした言葉は空気を伝う事なく。
 3度の耳障りな音と共に、瓦解した。

『‥‥しもうた。まぁるいのだけを取るつもりであったのじゃ。許すがよい』
 これだから刀は、と呟くタロスの前で、辛うじて原型を保つさやか機が地に落ちる。それは触れそうな程、透夜の間近で。
 瞬間、何故か透夜の脳裏に直前の依頼で相対した少女の姿が浮かんだ。
 迫りくるメカRC。破壊されゆく自機。朦朧とする中、雑音紛れに無線から聞こえた今際の言葉。温もりを知らぬ彼女が裏切られ、唯一の望みを叶えられず逝く悲哀。
「‥‥‥‥きず、‥‥させな‥‥」
「く‥‥!」
 敵である少女。崩れ落ちるさやか機。透夜の胸にどうしようもなくあの――小野塚愛子がフラッシュバックする。
 バラバラの機体。それでも尚動かんとするさやかの想いに。
 7機が、爆ぜた。
「ッおぉおおぉぉおおおおおおおぉおおおおおおおおお!!」
 撃つ透夜。叢雲が弾幕を張りドッグが狙撃する。命中。同時にシーヴが白雪の光を解き放つ!
『ぅ、すまぬと言うておろう。妾はもう帰る‥‥』
 斬!
 鋼龍の刃が敵を裂く。敵の当身が鋼龍を弾いた。跳ばんとした敵にファブニールの光線が直撃する。ゆらめくタロス。跳躍方向変更、敵がファブニール機に突っ込む!
『帰る。聞こえたかの?』
 煌く刀が大上段から振り下ろされ――
「絶対‥‥!」
 たと同時に。並び立つあやめがファブニールを押し出した。
 ガギィ!
 ぶつかり合う刀と盾。均衡する両者だが、しかし次の瞬間タロスが瞬いた。零距離からのプロトン砲があやめを灼き尽す。2、3。黒煙を上げるあやめ機。姿勢を崩すもファブニールがDR‐2を放つ。その砲口を敵が切断した。返す刀でファブニール機を薙ぎ払――!

「ッ、ぼ、僕はファブニールです! 最近降りてきたんですよね、貴女の名前は?」

 それは、あまりに唐突だった。が、タロスを止めるに充分で。
 薄ら寒さを押し殺し、ファブニールが笑う。少女も鈴の音を響かせた。
『ニンゲンはそれが好きだの。<御父様よりみだりに名乗るなと言われておるのだが>』
「おもうさまぁ‥‥?」
 デジャヴュ。離れた位置から観察する小鳥の脳裏にとある駅前の情景が浮かんだ。鬼を退治したそこで見た、着物の少女。
「あなたはまさかぁ‥‥?!」
 小鳥が言い差した時、シーヴと叢雲が突撃する!
 示し合せたかの如き槍の連撃。左右から迫る刺突に少女も対処が遅れる。装甲が削れ、亀裂が広がった。小爆発。敵が飛ぶ。
『むぅ‥‥たろすでそう何機も相手できぬの‥‥!』
「させません」
 88mmで追撃する叢雲。光線が敵機を掠める。さらに各々が銃口を空に向けるや引鉄を引かんとした時、敵機から無数の光が降り注いだ。受ける6機。大量の砂が舞い上がる。

『――――』

 何事か黒髪の少女が言い放つが、視界が砂に覆われ反応できない。さやか機の中和が切れた事も相まってレーダーも全くの役立たず。
 そうして何分経ったか。漸く砂の幕が薄れてくると、6人は周囲の空を見やった。だがそこに機影はない。
「逃げられましたか」
「‥‥あの、人はぁ‥‥」
 叢雲と小鳥の独白が虚しく響く。誰知らず息を吐いた。大破したさやか機とあやめ機に寄って彼女らの生存を確認する。
「‥‥2人を収容して帰りやがるですよ。原因は判りましたですし」
 調査は何とか完遂。敵は刀――というよりタロスに乗り慣れていない気配だったが撃退もできた。
 シーヴが水を口に含む。6人は軍の6機に目をやりながら最後に聞いた言葉を思い返した。
 耳慣れぬ言語だった。しかしその中で、6人にも聞き取れた単語がある。それは。
 ゼオン・ジハイド。そして、ホウジョウコトノなる言葉だった‥‥。

<了>