●リプレイ本文
追い詰められる5人と棍棒を振りかぶる鬼。その光景を見た瞬間。
「待てェいバグアども! 天下御免の仮面ヒーロー翠の肥満参上ォッ!」
「伏せなさい!」
エミタが彼らを突き動かす!
バイクを噴かす翠の肥満(
ga2348)が左腕を広げるや、翻ったコートの陰からロッテ・ヴァステル(
ga0066)が躍り出る!
動き始める鬼の腕。
地を縮めてロッテが右の小鬼に迫る。翠のバイクが唸りを上げた。幸臼・小鳥(
ga0067)はロッテに合せ魔矢を番える。同時に駆け出す龍深城・我斬(
ga8283)。
「「それ以上は‥‥やらせ「ないですぅー!」「ねーよ!」」
期せずして異口同音に叫ぶ小鳥と我斬。
鬼の腕が振り下ろされる。遅れて銃を両手に走る魔宗・琢磨(
ga8475)。次第に吸い込まれる鬼の棍棒。アレックス(
gb3735)のAUKVが輝きを放ち、直後、音の壁を突き抜ける!
「いくぜレオ!!」「ッく、ぅ‥‥!?」
その肩に掴まり共に翔ばんとした黒瀬 レオ(
gb9668)だが、圧倒的な加速を前に指が離れてしまう。鬼の哄笑が響き渡る。左の小鬼に槍を突き立てるアレックス。杠葉 凛生(
gb6638)が指揮棒を鬼に差し向けた!
そして。
各々が各々の最速を目指し、命を繋ぎとめんとした――寸前。
鈍い、音。
動き出した彼らの耳朶を、その音は、無情にも打ちつけた。
飛び散る脳漿。OLらしき女が倒れていく。コマ送りの如き情景が等しく彼らの目に映り。
「ぁあアあああぁぁあァあああああアアア■■■■■!!!!」
誰かの慟哭が、胸を衝いた。
●紙一重
直後放たれる凛生の電磁波。それが棍棒を振り抜いた大鬼を縛り、次いで小鳥の矢が腹に突き立った。咆哮を上げこちらを見る大鬼。小鬼2体にはロッテとアレックスの刃が届き、既に臨戦態勢。我斬が真っ向から立ち向かう。
しかし。
犠牲者が蘇る事は、ない。
「クソ‥‥クソがぁああああ!」
我斬とレオの得物から衝撃波が飛ぶ。受ける敵。
ほんの少し。ピースが噛み合っていれば、あのOLが頭蓋骨を撒き散らし脳を晒し眼球を取りこぼす事はなかったのだ。
例えば小鳥の得物が自動式拳銃だったら。例えば琢磨のラッパ銃が命中など二の次で射程外から火を噴いていたら。例えば凛生の超機械が1秒早く発動していたら。例えば、駆け出したうち誰かが何でもいいから投げつけていたら。
大鬼の棍棒は止まっていたかもしれない。
「人の地元でッ‥‥テメェら何しやがったァッ!!」
遅まきながら琢磨のラッパ銃弾がけたたましい音を立て、大鬼顔面に炸裂する。
同時に竜斬斧で斬りつける我斬。圧される事なく敵が応戦する。棍棒が振り下ろされた。柄で受け、返す刀で薙ぎ払う。一文字に朱が散った刹那、大鬼と要救助者の間に回り込んだ凛生が敵の背に銃弾を撃ち込む。2、3。敵が我斬の斧を受ける片手間に骨片を蹴り上げ、裏拳で弾き飛ばす!
両手を前に敢えて受ける凛生。煙草を吐き捨て応射する。
「キメラの分際で‥‥」
「皆さん急いで避難して下さいねー? 見物してたら巻き込まれて死んじゃった、なんて人生勿体ないでしょ!」
同じく回り込むレオ。逃げ遅れた4人がひっくり返るように移動するのを見「愚図が‥‥動けん奴は言え、無償で手を貸す」と凛生が人を優先する。母子に肩を貸した凛生を見届ける間もなくレオは大鬼背後へ突っかかった。紅と黒の入り混じった刀身を斬り下ろす!
『――■■!』
苦悶の声を糧に。反転から一閃、敵の裏拳を左腕で受け、吹っ飛びながら斬りつける。横から撃ちまくる琢磨。遅れて凛生の援護射撃が届く。側背2方向の十字砲火が敵を縫い止めた時、小鳥の一矢が右顔面を貫いた。
「お前さんがタフなのは解りきってる。だったら」我斬が腰溜めから解き放つ!「因果応報、狩られる恐怖を存分に味わわせて地獄の底に叩き落してやる!」
膂力に任せた大振りが敵を薙ぐ!
生々しい骨折音。が。
敵は数m横に動いただけで倒れない。どころか我斬に肉薄、勢いを縦に大上段から振り下ろす!
「させない‥‥ですぅ!」
「助かる‥‥!」
小鳥の放った矢が胴を穿つ。逸れる軌道。棍棒の先が地を叩く。下にまで穴が貫通した。そして周囲へ舞い上がる欠片。それらを。
鬼は、腕を振り回して弾いた‥‥!
●鬼
「Chasseurはお前達じゃない‥‥私達よ!」
ロッテの一直線すぎる縮地。それ故、振り向き様に小鬼は棍棒をぶん回す。が。
「甘い!」
凶悪な軌跡の下を潜り。ロッテが地に手をつくや、前宙の要領で近接、伸ばした右踵を敵に叩きつけた!
『――■■!』
「逃が、さない!」
脚を引き敵懐に屈むロッテ。敵が仰け反った。さらに右ロー、崩れる敵を迎え撃って左ミドルを叩き込む。
吹っ飛ぶ小鬼。木の幹に背を打ちつけた敵はしかし、起き上がって周囲を見回す。その視線が着物の少女を捉えた、瞬間。
弾丸の如く駆け抜けるロッテ!
髪が靡く。体躯がしなる。反転するや、地を掴んだ右脚を軸に小跳躍から左回し蹴り。交差気味に棍棒が迫る。振り抜いた脚が敵を崩した。棍棒が左頬を掠めたと同時に。
右踵が鬼の頭蓋を打ち砕く!
溢れる体液を浴び、ロッテは見回す。右手に着物と翠、左後方に要救助者。そして大鬼に振り返った視界に映ったのは大量の瓦礫。それ故、
「ッ‥‥早く! 西へ、そっちの橋を渡りなさい!!」
瞬天速からの跳躍で、鬼と4人の間に割り込んだロッテが叫ぶ‥‥!
ズ、ン‥‥!
アレックス渾身の刺突は、音もなく肉を貫いた。音速の炎槍が骨すら滅し、一瞬にして背から腹へ突き抜ける。それを敵が理解したのは鉄の臭いを感じた時で。
「‥‥助けに来たぜ。とっとと逃げな」
小鬼と触れ合う至近距離。鬼の向こうの護るべき彼らに言葉をかけ、アレックスは槍を引き抜いた。
黒い血がミカエルの装甲を伝う。それがデッキに達するや、さらに爆ぜる!
翻る外套。敵は辛うじてこちらに向き直り棍棒を突いてくる。胸部が僅かに削れた。が。代りに見舞うのは。
「――日々を壊した罪を詫びろ!」
赤と金の爆裂槍!
むしろ場違いにさえ思える音を立て弾ける敵。体液と内臓が粉々に散り視界を穢す。アレックスが舌打ちして拭った、その時。
『伏せ‥‥ッ!!』
誰かの声が聞こえるや、無数の殺意が飛来する‥‥!
「大丈夫か? 怪我はないかっ! さあ早く逃げるんだッ!」
「‥‥」
傭兵7人が鬼へ向かう一方、翠はぽつねんと立ち尽す着物少女の真横にバイクで突っ込んだ。
残念ながらツッコミの方はなしだ。
「僕かい? 見て判る通り僕はヒーローだ!」
「‥‥」
「‥‥。きらーん」
自らSEを発する翠である。少女はどちらかと言えばバグアの様相に近い翠を観察し
「お前の事は知らぬが、言うていいかの」
「やめて言わないで僕を沈黙の檻に閉じ込めないでッ」
「愚‥‥」「あーあー聞こえなーい」
耳を塞ぐ翠だが、刹那、膨れ上がる殺意を感じ取った。半身動かし左腕を曝す翠。直後腕に礫が突き刺さる!
「ッとりあえず離れますぜ、着物ッ娘!」
言うや、翠は有無を言わさず少女を小脇に抱えアクセルを噴かす。
「な、何をするのじゃ! 妾を‥‥」「だーらっしゃい! これ以上うるさくしたらキスしちゃうど!」
前輪が浮き後輪が滑る。力でそれを抑え込み、無理矢理急発進した。タイヤが悲鳴を上げる。礫が無差別に降り注ぐ。真横の床を抉り、瓦礫が視界に巻き上がった。
時間にして数秒。野次馬の手前で旋回停止、翠は降車し少女を地に降ろす。少女はオカンムリ、と思いきや、何やら思案顔だった。
「‥‥あれがオヒメサマダッコ、なるものかの。はて。きす‥‥?」
脳内で検索をかけているらしい少女。翠はフルフェイスの中で目を細めた。
「で、君は? どうしてそんな格好でこんな所へ?」
●必殺
礫の爆風が遍く全てを叩きつける。
最接近していた我斬が腹に喰らい、敵背後、下段から斬り上げんとしていたレオがカウンター気味に打ち据えられる。四方へ飛んだ礫から4人を、さらに野次馬を守らんと射線に割り込んだ琢磨と凛生は体勢を整える間もなく全身に凶弾を浴びた。
遠距離だったおかげで掠り傷だけの小鳥がいち早く矢を放つ。我斬とレオに向けた敵追撃が空を切る。
「皆さんー‥‥っ」
「ッ大丈夫ですか?! 今のうちに俺の後ろに‥‥早く!」
「だから‥‥見世物じゃねえんだ、散れ‥‥巻き添えで死にたい奴はさっさと死んでろ‥‥!」
全身を襲う鈍痛。筋肉にめり込んだ礫を引き抜き琢磨と凛生が野次馬に視線を向ける。2人が庇ったといえ向こうにも礫は飛んだのだろう、それを機に漸く人々が離れていく。
「お前らも。早く行きやがれ」
「ぁ、あ‥‥」
母子に告げる凛生の脳裏に生々しい記憶が蘇る。だがそれはほんの一瞬。記憶と今とは全く状況が違うのだから。ただ、母子の姿から連想しただけ、だ。
震える脚で逃げる母子を見届け、凛生がコートの皺を伸ばす。新しい煙草に火をつけると、彼は盾へ持ち替えた‥‥。
「ッ我慢比べといこうじゃねえか! お前さんにとっては地獄への一方通行だがな!」
我斬の体表が淡く輝く。光が収まるより早く、再度敵に突っ込む我斬。遠心力たっぷりに薙ぎ払う!
「うぉおらぁあああああ!!」
『――■■!!』
ガギィ、と棍棒と斧が噛み合い、次々火花を散らす。
正面から敵を引き付ける我斬。小鳥の魔矢がここにきて精度を増す。棍棒を振る腕に矢が突き刺さったと同時に琢磨の銃弾が仰角で敵の背を貫通した。身を捩った敵の脚をレオの黒刀が払う。やっと崩れ始める敵。退く敵だが我斬が離れない!
「おい、もう終りか自称ハンター!」
「気を抜くな。死に物狂いになる前に殺せよ」
中距離から警告する凛生に応えるように我斬の斧が縦横に暴れ回る。呼応してレオの斬撃。敵が棍棒を袈裟に下ろす。受ける我斬。反撃せんとした彼に粗暴極まりない前蹴りが炸裂する。やや飛ばされた我斬の隙を突き、鬼が背後を薙ぐ!
「!?」
完全に虚を衝かれたレオ。肋骨が不吉な音を立て体内で弾けた。さらに敵が大上段に振りかぶり、下ろ――!
――リミッター解除。ランス「エクスプロード」――
刹那。緩やかに流れる時の中で。
科学の加護に包まれた駆動鎧が、地を縮めて懐に飛び込んだ!
「オーバー・イグニッション!!」
轟!!
下段から伸び上がる炎槍と、上段から振り下ろされた棍棒。絶対の破壊力を纏った両者はしかし、それ故に互いが威力を殺し合った。
レオの頭蓋を滑る形で命中した棍棒と、鬼を宙高く打ち上げるに留まった炎槍。
大量の血潮を降らせつつ咆哮を上げる敵を見上げ、傭兵各人が得物を構えた。が、その時。
「墜ちなさい‥‥!!」
ロッテが同じく宙に舞い上がる。前宙、遠心力を右踵に、跳ね上がってきた敵頭部を打ち下ろす!
「ナイス!」
「後はこっちの‥‥」
上から下へ。ボールの如く翻弄された敵が、体勢を整える間もなくデッキに叩きつけられる。直後。
「「「仕事だろう!!!」」」
我斬、琢磨、レオ。
近接し、準備万端だった3人の怒りが爆発した‥‥!
●鬼と着物とお気に入り
「答えられませんかね」
「‥‥敢えて言うなら」
翠と少女が視線を交す。80m南では依然交戦中。その音すら抜け落ちたような沈黙だった。
20。60。120秒。翠が我斬に借り受けていた雷遁に手をやる。「音声認識って楽しそー」と場違いな事を思ううち、南では音が収束していく。翠が声をかけた。
「では。あちらに『行きますか』」
「言うなれば。来てみたかったから、かの。人に紹介されたからには行ってみたいであろ?」
「フムン。じゃー僕のおうちを紹介しようっ!?」
渾身の誘い文句はやはり無言でスルーされた。
断末魔が響き渡る。
琢磨が倒れ伏した敵の背に銃口を向けると、再度引鉄を引いた。ぴくりとも動かぬ敵を見、クソ野郎と独りごちる。デッキに転がるのは鬼3体と一般人2人の亡骸。顔が半分未満になった亡骸の傍で屈み、ブランケットをかけてやる。
「‥‥ワリィ‥‥もう少し早く着いてれば‥‥。本当に、スマン‥‥」
「無事倒せたといえ。犠牲者が出てる以上、素直には喜べんな‥‥」
目を瞑り、震えるように息を吐く琢磨。その肩を我斬がぽんと叩く。
周囲に目をやると、仙台駅の窓が数ヶ所割れ木の1本が折れていた。デッキも所々穴が開き、結構な戦場跡のようだ。
「で、その時代考証間違えてる娘っ子は誰子さん? 気が強いのか知らんけど、理不尽な暴力の前に死は平等だよ〜」
構いすぎるのも逆効果か、と我斬がバイクを押してくる翠の方に声をかける。翠がマスクを脱ぎつつ
「自称何の変哲もない観光者。あいや、僕の誘いを断れる強靭な胆力を有してるか」
「グリーン。貴方、あの方はどうしたの、あの化‥‥」
「いやいや! 愛人の3人や4人や5人囲う甲斐性‥‥」
咳払い。アレックスが剣呑な瞳で見据え、一応自ら名乗った上で詰問する。
「アンタ、何者なんだ」
「何者、と言われてもの」
ぬばたまの黒髪を指で弄ぶ。険悪な雰囲気になりかけたところでレオがフォローに入る。
「あーその、怪我はない? 僕、黒瀬レオって言います。病院とか必要なら紹介したいし、名前訊いてもいいですか?」
少女が口を開くより早く琢磨が唯一の救いを見つけたような勢いで立ち上がると、少女に近寄って肩の埃を払う。辛さを奥歯で噛み締めた微笑を浮かべた。
「嫌な場面、見せちまってごめんな。もう怖い事はないから。泣いてもダイジョブだぞ‥‥俺達が絶対護ってやるから‥‥」
「ええい近寄るでないわ暑苦しい!」
全身隈なく着物に身を包んだ少女がのたまった。
「あの手の娘って、変り者が多いのね」
「ぇ、ぁ、ろ‥‥、でしゅねぇー」
ロッテから目を逸らして言い繕う小鳥である。少女に向き直り、改めて名前を問いかけた。が。
「御父様よりみだりに名乗るなと言われておるのでな。お前達の疑惑は晴らせぬ」
「おもうさまて」
「箱入りにも程があるな」
紫煙を燻らす凛生。辺りを見回す少女に翠が殊更明るく振舞う。
「諸々不詳、と。僕の大好きな言葉の1つですな」
「はは。強化人間だったりしてな!」
‥‥。
調子を合せて言った我斬の冗談で薄ら寒くなった。少女はきょとんとして、
「強化人間?」
キメラの亜種みたいなもんだと簡単に説明する我斬に、少女は初めてころころと目を細めた。
「妾が、かようなものである筈がないであろ?」
我斬を観た後、翠に目を向ける少女。酔狂な趣味だ、と視線を追っていた凛生が嘆息した。
その時、8人と話していた少女が不意に空を眺め、
「そろそろ観光してもよいかの。こう見えても妾は忙しいのじゃ」
と楚々とした歩みで駅前から離れていった。突然すぎて唖然とする8人である。
「‥‥え、と。ULTに終了報告、入れますか」
レオが疲れたように提案した。
<了>
『――――』
「うむ、妾も参ろうぞ。かように愛らしい――」
宙に向かって呟くと、少女――北条琴乃は口元を隠して微笑した‥‥。