タイトル:とある少女の桜色戦争マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/04/08 01:31

●オープニング本文


 桜の名所、というと読者諸兄は何を考えるだろうか。
 どんなに美しいのだろう。そんな桜を見ながら花見をしたい。そういえばうちの会社は今年誰が仕切るんだ。むしろ家族と行きた‥‥え、地域の婦人会と子ども会で遠足? 父さん1人? え、やめてそんな意地悪しないで父さんと一緒に遊んでく‥‥。
 ‥‥ともかく、楽しげなイメージが浮かぶと思う。
 が。名所にはもう1つの顔がある事も、今一度思い出してほしい。
 会社やサークルで新人だった頃に誰もが経験したであろう、花見の暗部の事だ。
 血で血を洗う地獄絵図。血湧き肉躍る野性の発露と、しかし手を出せば警察行きという理性との狭間で揺れ動く、ヒトとしての生き様。いかにして自らの領土を守り、敵を無傷で退けるか。大学や会社が激戦区に程近い諸兄は特に、この季節になるとそのような事を考えていたのではないかと思う。
 つまり、場所取りだ。
 そして福島県、某所。
 名所の1つとして名高いそこでは、今年もまた様々なドラマ渦巻く激戦が展開されるだろう(この名所のローカルルールとして『特定の1日を定め、その日に全ての決着をつける』との規定がある点が非常に興味深い)。
 実のところ私は花見自体はそこまで好きではない。しかし、この場所取りという名の戦争には非常に惹かれるものがある。言うなれば私は、彼らがぶつかり合う瞬間に交錯する、それぞれの人生の表出を見るのが好きなのである。
 甲子園に勝るとも劣らない戦い。それが、場所取りだ。

                        ――季刊サクラ日和福島版 P47『嗚呼、我が花見人生(著・佐藤一)』より抜粋

 ◆◆◆◆◆

 同、福島市。
 武田信乃(9)は暮れなずむ自室で独りベッドに座り込んでいた。
 家族の仕事は残念な事にこんなご時世にもかかわらず順風満帆。屋敷には使用人数人と信乃しかおらず、両親には今日で1週間会っていない事になる。
 窓から覗く外には少しずつ色濃くなっていく春の息吹。しかしそれとは対照的に信乃の小さな胸の中は、いつまでも晴れない靄に覆われていた。
「‥‥‥‥おとーさん‥‥おかーさん‥‥」
 声に出せば飛んで来てくれるんじゃないか、なんて思ってみたところで、実際に来る筈はない。
 ため息を吐きかけて、信乃はだめだと首を振った。
 こんな姿を使用人にでも見られたらどうする。大好きな両親に報告されて、もしそれで大好きで応援している両親の足を引っ張る事になったら。そしたらきっと自分で自分が赦せない。
「でも」
 どうしても、会いたくて、会いたくて。ぎゅってしてもらいたくて。図工の時間に描いたハンガが先生にほめられたことや、体育の時間にこけちゃったらクラスの男子がほけんしつにつれて行ってくれて手当てしてもらえたこととか、たくさん話したくて。でも男子の話をしたらおとーさんが泣きそうだから、「やっぱりおとーさんの方が好きだけど」って言って安心させてあげたくて。
 ‥‥どうしようもない寂しさが、胸を引き裂く。
「大丈夫、大丈夫」
 自分だけではない。両親も大変だけど、生きる為に仕事を頑張っているのだ。
 そう思い込む事にして、信乃は空気でも入れ替えようと窓に近付き、それを開ける。すると途端に外から春の涼風が吹き込み、気だるい部屋を洗っていった。
 と、そこに。
 風が数枚の花弁を運び、丁度信乃の目の前にまで舞い上がらせてきた。それは桜の花びら。そういえば『サクラガシチブザキ』とか何とかテレビで言ってた、などと大人ぶって観ていたニュース番組の言葉をそのまま思い出したその時、信乃の頭に面白い事が浮かんだ。
 ――お花見いこって、こんどかえってきた時に言おう。
「クレナイノウエ、だったかな」
 近所の絶景スポットを確保しておいてあげるのだ。きっと驚くに違いない。
 しかしそれには問題がある。近所のそこは毎年確か人が呆れるほどいたのだ。その中で自分が場所を確保し続ける事など絶対に不可能。だったら使用人にお願いするか? いやあの人達は両親のお金によって両親と契約しているのだから、仮に引き受けてくれたとしても報告されかねない。なら‥‥。
 幼い頭で必死に思案する信乃。
 そして呻きながら窓枠を叩いた瞬間、天啓が降りてきた。
「ようへい! 何かへんなのがいるって言って来てくれたらこっちのもの!」

●参加者一覧

ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
ハンナ・ルーベンス(ga5138
23歳・♀・ER
植松・カルマ(ga8288
19歳・♂・AA
ファブニール(gb4785
25歳・♂・GD
宵藍(gb4961
16歳・♂・AA
アーシュ・オブライエン(gb5460
21歳・♀・FC
エリノア・ライスター(gb8926
15歳・♀・DG

●リプレイ本文

「まだ満開じゃないですけど‥‥綺麗な桜ですぅー」
 開戦前夜2200時。紅の上に陣を張りつつ幸臼・小鳥(ga0067)は桜を見上げる。麓の桜が前座に見える程壮美な枝振りだった。ロッテ・ヴァステル(ga0066)とアーシュ・オブライエン(gb5460)が小鳥の足元――小さな落し穴を横目に、シートに食糧を運び込む。
「これが音に聞くハナミ‥‥」
「‥‥これは極端ではないかと」
「いやマジッスから! 日本全国天下分け目の大戦よ!」
 嘘知識を植えつける植松・カルマ(ga8288)である。依頼人武田信乃まで信じそうになり、慌てて小鳥が訂正した。
「花見に命賭けてんのは違いねぇみてぇだけどな。で、キメラはと」
 周囲を見回すエリノア・ライスター(gb8926)。前夜にも拘らず人は多い。と様子を窺う彼女の視界に妙な燕尾服とメイド服が映った。彼らは感付かれたと見るや即座に身を隠すが、見逃す筈がない。
 ――はン、成程な。大方‥‥。
 エリノアが独り得心、静かに東へ下っていく一方、宵藍(gb4961)は信乃に目をやる。
「そうだ。具体的にどんなキメラだった? というか信乃は此処にいて大丈夫か?」
「あのあの、おっきいうさぎとかー」
「大きい、となると2m前後か? 他に特徴は」
「えとあのねこみたいでアザラシっぽくてー」
「兎で猫で海豹? ‥‥面妖な」
 宵藍が大真面目に眉を顰めていると、ハンナ・ルーベンス(ga5138)、カルマ、ファブニール(gb4785)、アーシュが顔を見合せて頷いた。宵藍が遅れて頷き、
「そう、だな。どんな外見であろうと見敵必殺あるのみ」
「いやそうじゃな‥‥」「なんとなく雰囲気的に‥‥キメラは出てこ‥‥」
「やー! そッスよ、マジ宵藍サンパネェ!」
 言いかけるファブニールと小鳥の口を塞ぐカルマ。しー、と指を立てる表情が生き生きしすぎだ。
「? では俺は立入禁止のロープでも張ってこよう」
 麓へ向かう宵藍を見届け、ハンナは膝をついて目線を合せ微笑した。
「初めまして、信乃さん。『よろしく』お願いしますね」
「‥‥私でよければ、お手伝いさせて頂きます」
「まま、頼れるイケメンに任せときゃ完璧ッスよ!」
 次いでアーシュとカルマ。『危機』が去って安堵した信乃は満面の笑みでシートに体育座りする。そのまま眠りに就いた彼女にハンナとファブニールがブランケットを掛けた。
 照明は控えめ。夜に桜が映える中、各々が陣の準備をしていく。
 そして0時。長い戦いが幕を開けた。

●深夜〜未明
 静かな幕開けだった。
 終了直前に雪崩れ込むという、ルールを逆手に取った作戦の賜物ではあるが、こちらにとっては有難い。南にロッテと小鳥、東に宵藍、西にカルマとアーシュ、紅の上本丸にハンナとファブニールと信乃で陣を固める7人。
 残る1人、エリノアは。

「だがら争ってどうなんのって! こごいっぺー桜あるしよ、俺ら先ヤらね?!」
 高台東。クイっと酒を呷った窓際族(36歳男性)に賛同した10人程が集団を作る。その集団が座り込んだ時機を見計らって彼女は千鳥足で近寄った。
「うぜぇ。何で私が場所取りなんか」
「お、ネエチャンもうんざりってクチがい? OK、一緒ん飲もうぜ!」
「汚ぇ手で触んなよ?」
「あ? 俺もーあれよ、会社もやる気ねーくらいヘタレよ?」
 窓際族の隣に座るエリノア。適当なノリで盛り上がっていく。
 場所取り放棄派とも呼べる集団。周囲の戦いと関係なく騒ぐ彼らの声が、僅かずつ人の士気を削いでいく。
 エリノアは放棄派の愚痴を流しつつ、鋭い視線で辺りを窺い口を開いた。
「なぁ、そういえば知ってるか?」

 同時刻。
 鬨の声を上げ南正面から突入してくる影。ぬらりと立ち上がるロッテと小鳥。影が吼える!
「先輩の無念を晴らすんだあああ!」
「空気‥‥読めてないですねぇー」
 嘆息する2人の前で影達はパッと光を照射する。薄暗闇から一気に光を浴びる2人。目を細めた瞬間、敵が肉薄し――!?
「オイタがすぎるわよ、大学生‥‥」
 怒りを押し殺した『ような』ロッテの声色に、影の動きが止まった。仁王立ちしたロッテの姿は某うごくせきぞう的だ。
「な、何やってんすか、姐‥‥」
「姐・さ・ん?」
「ひぃい!?」
「ロッテさんに‥‥そういうのは言わない方がぁー」
 小鳥が心ばかりの忠告をするがもう遅い。瞬時に間を詰めたロッテが先頭の肩を掴んで微笑した。あくまで先輩的に。
「貴方達、サークルは?」
「テニサー‥‥」
「コーチ、してあげるわ‥‥」
「ええ遠慮しますぅうう!!」

 彼らの敗因は‥‥ロッテさんを照らしてしまった‥‥事ですぅ。敵が判らなければ‥‥相討ちできたのに‥‥鬼の巣を覗いてしまったのですぅ。

 脱兎の如く逃げる影を見て小鳥がナレーションすると、鬼が振り向いた。

●夜明け〜正午
 0455時。西の木陰がざわと蠢く。
「往くぞ同志」
「勝率96%。九州と同じ轍は踏まん」
 西から接近する影。なんと業界で噂のシンクタンクが桜前線と共に北上する企画を実行中なのだ! と紹介したところで
「バレバレッスねー」
「‥‥肉体労働を怠っているのでしょう」
 カルマとアーシュに余裕で見破られていた。
「泳がせますか」
「やんなら敵が本陣から離れきった時っしょ」
 視線の遥か先には木陰に潜む敵4人。その一挙一動を見張る2人。だが彼らは気付かなかった。敵のさらに向こう、2つの影が北へ回り込まんとしている事に。

「んぃ」
「おはようございます。こっそり外でお泊りした感想は如何ですか?」
「んー」
 0845時。本丸、ハンナ。寝惚け眼を擦る信乃に濡れタオルを渡し、コンロで湯を沸かす。ハンナが市販のスープを用意する間に、ファブニールはチョコを取り、
「食べる?」
「ん!」
 寝起きで年相応な反応の信乃に差し出す。そして信乃が手を伸ばした瞬間、ひょいとその手を躱した。
「!?」
「その前に聞かせてほしいんだけど」ファブニールが微笑みつつ「キメラって、本当?」
「ほ、ほんと」
 不意に言い淀む信乃の手をハンナが導く。慈しむように自らの胸に押し当てた。
「キメラが出ても出なくても。私達が信乃さんを叱る事はありませんから。絶対に『ここは守りましょう』ね」
「ぁ‥‥」
「ですね。それにしても何でここなんだろう。敵は人が集まるのを知ってたのかな」
「おとーさんがきれいって前言こんないい所こわすキメラは許せないねっ」
 ファブニールの誘導に露骨に引っ掛る信乃である。狼狽する少女の頭を撫でた。
「あと13時間、頑張ろうね」

●日没
 刻限2200時に近付くにつれ激しくなる戦場。朝までに考えなし集団が脱落。日中は牽制に留まっていた玄人達が、2030時、遂に牙を剥く‥‥!

「押せェ! 数で攻めろォ!」
「俺達は何だ!」「夢野商事!」「俺達は何だ!?」「常勝夢野ォオオ!!」
 数と声で威圧する敵に小鳥が肩を震わせる。
 無言で進み出るロッテ。行進してくる敵圧力を一身に浴び、胸を張った。
「だから熱すぎよ‥‥でも」
 今回は私達のもの、と瞳に言葉を込めて睨みつける!
 ギィン!
「く‥‥」
 剣戟が鳴り響く。視線がぶつかる。血潮が舞う!(※イメージ映像)
 そして。
「ぬぅ‥‥だが! ゆけ同胞、俺の屍を越えていくんだあああああ!!」
「おおおおお!」
 ロッテと敵代表、両者が膝をついた瞬間に敵19名が駆け上がる!
「ぅー、風情もなくて‥‥ロッテさんも傷つけて(?)‥‥そんなの‥‥ダメなのですよぉー!」
 小鳥が禁断のピコハンを手にするや、一般人からすれば驚異的速度で交錯する!
 2、3、456! 次々ピコハンの餌食になっていく敵。躱しざまに一閃、敵が崩れ落ちた。残り13人。いける。そう思った小鳥の耳に、
 ピ――!
 笛の音が聞こえた。そちらに顔を向けると、そこには警官の‥‥。

「‥‥きます」「っけーッス!」
 西、木陰から木陰へ移動してきた敵4人が駆け出してくる。同時にアーシュとカルマも躍り出る!
 急停止。どん、と効果音が鳴りそうな静かな対峙。カルマが口火を切る。
「悪いッスねえ。ここ先約なんスよ」
「譲ってくれれば君に一儲けさせてやろう」
「先約なんスよ。ねぇ? 解ってくれるスよねえ?」
 見下ろしながら笑顔のカルマ。アーシュが紅の上の様子を窺いつつ。
「‥‥申し訳ありませんが。叶えてあげたい純粋な願いがありますので、お引取り願います」
「は、言葉を返そうご令嬢。願いとは、双方にあるものだよ」
 押し通る気満々の敵。うち2人が背からバットを取り出した。端から犠牲を出す気だったか。それでもアーシュが両手を後ろに組み立ち塞がった。その時!
「その方が解りや‥‥ってちょ! アレお前らの陣地じゃね!? 盗られそうじゃねーか! ありえねー! まずは奴らぶっ潰して勝負すんぞ!」
「え、な!?」
 敵が思考するより早く、敵を引っ張り高台を下るカルマ。そのうち確かに拙いと敵もノせられ、麓まで下りきってしまった。
 あと、頼むッス。
 高台を振り返ったカルマが、アーシュに向け爽やかっぽい笑みを送った。

 一心不乱に宵藍は準備運動をこなす。拳を握り、腰を落す。丹田に気を溜め拳を打つ。前蹴りから反転、突き。足刀蹴りから回し蹴り、中途で転じて踵落し。近くの『この先進むべからず』札が風圧で舞う。
 ふと周囲を見ると、人だかりができていた。
「すまない、詳しくは言えんが危険だから退いてくれ」
「‥‥は、はぁ」
 素直な観衆に気を良くする宵藍。
 と思ったら彼らは一旦退くと改めて立入禁止を潜っていく。花見に似合わぬ真剣な面持ちで宵藍が駆け寄る。
「だから危ないんだ!」
「速ッ」「気にすんな、俺らは俺らの目的を果たすぞ」
「く、だからキメ‥‥」
 言えない。パニックでも起きたら、もしそこにキメラが来たら。
 大虐殺‥‥!
 苦悩する宵藍をよそに高台を登る彼ら。慌てて宵藍が止めんとした、そこに!

「行くぜてめぇら! 健気な願いをよ、叶えてやんだよ! なぁ!」
「おう! 今時いい娘っごじゃねえがよおおお!」

 東の桜から飛び出してくる10人!
 土煙を上げ集団が駆ける。宵藍の脇を素通り、高台に登りかけた敵の前へ回りこむや大音声で威嚇する!
 たじろぐ敵。横列となって集団が立ちはだかる。首を傾げる宵藍に、集団から進み出た少女――エリノアが会心の笑みを浮かべた。数には数を。信乃の話で人情に訴えたエリノアの作戦勝ちだった。
 膠着状態に陥る彼ら。宵藍が一息つき、紅の上の方を見た。
 が。
 そこに映ったのは‥‥!

『紅の上、北だ!』
 無線から聞こえる宵藍の警告。2人が反応した直後。
 ガァン!
 盾と手甲が激突、甲高い音を立てた。勢いに引きつつファブニールは盾で敵を押し返す!
「ッ手甲!? 花見の場所取りじゃないでしょこれ!」
「相手は2人。このままいきましょう」
「了解!」
 ハンナが抱きつくように敵を止める。ファブニールが盾で進路を塞いだ。それでも敵は攻め続ける。
 登山者の如き様相。その重装備で北斜面を踏破した敵だが、それ故に残る体力は雲泥の差。奇襲に驚いたもののこれならいける。10分、20分と敵を防ぎつつファブニールが公算を立てた時。
「仕方ない。やるぞ!」「おお!」
「? ともかく気をつ‥‥!?」
 ファブニールが言う前に彼の横を何かが伸びる。見ればチェーンに繋がれたフック。つまり敵は!
「だめぇえええ!」
「信乃さん!?」
 射線に割り込む信乃。フックが迫る。目を瞑る信乃。懸命にハンナが腕を伸ばす。伸びるフック。それが前髪に触れ――る寸前、ハンナが信乃を引き寄せた!
 間一髪。しかしフックは幹に絡みつき、さらにハンナが止めていた1人も駆け寄ってくる。ファブニールが唇を噛み締め無手で迎撃せんとした、瞬間。

 号砲‥‥!

「‥‥え?」
「終、り‥‥?」
 余りにも出来すぎな瞬間だった。呆然とする2人をよそに、襲撃者は舌打ちして下っていく。
「あんたらの粘り勝ちだよ。直前に気付かれてなきゃな、クソ」
「あ、あ‥‥っ」
 敵の捨て台詞を聞き漸く勝った実感が湧いてくる。
 信乃の押し殺した嬉し泣きが、高台に小さく響いていた‥‥。

●黒に映える桜色
「にゃぁ〜‥‥」
「小鳥、貴女の遺言‥‥もとい弁当は確かに受け取ったわ」
 終結と同時に和やかな空気を取り戻す周辺一帯。戦争中に手を出してしまった人がまとめて連行される中、小鳥も襟を掴まれ引き摺られていく。控えめな照明に照らされた桜が夜目に流麗な雰囲気を醸し出していた。
「ロッテさんに‥‥お花見のごくいをぉー‥‥」
 小鳥がそれをじっくり見たのは、数秒だったが。

 花弁がはらはら舞う。桜色の風は枝を揺らす。ざぁ、と快い音が聞こえ、匂いが広がった。
「ちょおま、それ俺が目ェつけてんだっつーの!」
「む? すまない、ほら」
「だからって男のあーん体勢やめて!」
 カルマに律儀に付き合う宵藍。箸を近づける宵藍に根負けし、カルマは海老をあーんされた。ハンナが目を細めつつ信乃の口元を拭う。
「良いものですね、こうして‥‥」
 バグアも何も忘れて自然の下で語らう。絶望を知らず無垢だったあの頃の香りが不意に蘇り、心の鈍痛を奥に閉じ込めた。
 ‥‥ーテ修道院長様‥‥私は元気です、から。
 ハンナは信乃を膝上で抱く。そういえば、と宵藍が非難がましい視線を信乃に向けた。
「嘘はダメなんだぞ。今回は親孝行という事で許すが」
「‥‥あれは気付かない方が不思議かと」
「な、う、ッ!」
 ジュースをこくこく飲むアーシュにツッこまれ涙目の宵藍。恥ずかしさを誤魔化すように「あ、こんな時は歌と舞だなっ」と無理矢理席を立った。

 ――我――夜鶯――

 歌が風に乗る。波打つ舞は桜の精に捧げるようで。
「‥‥春の月夜に咲き誇る、儚き桜花の美しさ、ですか」
「東洋の神秘、ね」
 幻想的な雰囲気に脳を揺さぶられるアーシュにロッテ。
『どこか』から丁度戻ってきたエリノアも囃し立てる。ファブニールが緑茶を用意した。
「どこ行ってたんですか? 折角の桜、堪能しましょう」
「あー、色々あんだよ」エリノアは信乃の楽しげな顔を見「キメラ退治ってのも強ち間違いじゃなかったかもしれねぇな」
 エリノアを見るファブニール。視線から逃れるように上を向くと壮大な桜が広がっており、つい言葉が漏れた。
「キメラ――言っちまえば魔物か。魔物といや心に居ついて具現化すんだ。孤独とか寂しさとか、そういう名前の魔物がよ。それを」
「それを今回退治できたとすれば」
 最高の戦果だとファブニールが継ぐ。いつの間にか信乃まで注目していて。真っ赤になってエリノアは話を変えた。
「あー信乃ちゃん、帰る時は荷物置いて玄関から帰れよ。絶対見つからねぇルートがある」
「?」
 木陰で燕尾服が揺れたのは他の誰も知らない。
「ま、んな事より今はこの世界を楽んぐがぼぐ!?」
 カルマが口に小鳥弁当を詰め込みながら格好つけようとしたら盛大に詰った。慌ててお茶で流し込むと、皆の顔に微苦笑が漏れた。
 笑い声はいつまでも木霊する。
 夜桜を、彩るように。