●リプレイ本文
「貴方は忠実な兵士ですか? 優秀な戦士ですか?」
ゴゥンゴゥンと重低音が響く艦内。CIC――戦闘指揮所への通路で国谷 真彼(
ga2331)が対空砲手に言葉をかけた。
殆どの場合、質問の両者はほぼ同じ意味だろう。だが今は。
「後者さ。ここのクルーは皆後者だ」
「成程、安心しました」
別れ、中に入る。通信管制と少将が振り向いた。
「どうかね、我が艦は」
「快適ですよ、離れたくない程に。それより」
意味深に言うや、機雷と流氷対策へ話を変える。各管制が誇るように大丈夫だと断言する中、少将はのらりと微笑した。
‥‥一筋縄にいかないね。
真彼は正面モニタに向いたまま苦い笑みを見せた。
艦隊上空。3機が眼下の艦と広がる空、計器を絶え間なくチェックしつつ通信に耳を傾ける。藤田あやこ(
ga0204)機アンジェリカが東へ機首を向けた。
「自沈はいいとしても鹵獲は断固阻止よ。色んな意味で辛いから」
「ええ、作戦は全うさせてあげませんと。大切な最期の花道ですからね」
イビルアイズのスイッチを撫でる乾 幸香(
ga8460)。高度を違えて里見・さやか(
ga0153)機ウーフーと交錯する。
「彼女を失う少将のお気持ち。その想いを無駄にできません。必ず、成し遂げましょう‥‥!」
操縦桿を強く握るさやか。巡洋艦とのリンクを確認、付近情報を更新する。
嵐の前の静けさ。
艦隊は輪形陣で刻一刻と東進する。
「う〜、底冷えしそうな光景っすね。早く帰ってホットワインと洒落込みたいっす」
「この作戦には多くの人達の意思が込められてる‥‥早く終るのが良い事か解りませんが、完遂はしたいですね」
三枝 雄二(
ga9107)に応えるファブニール(
gb4785)。加えて天龍寺・修羅(
ga8894)とカララク(
gb1394)の4人が等距離を保って輪形陣の外周を哨戒し続けるのだが、哨戒とは精神的に重労働だ。意識して軽口を叩くも、疲労の色は拭えない。
「少将殿と娘殿の最後のパーティだ。それが早くとも遅くとも『その時』まで最善を尽すだけだろう、俺達は」
「‥‥若造に計り知れない想いもある筈。ならばせめて若造らしく、最後まで歴戦の勇士を見送らねばな」
海を艦が切り拓く。遠くでは流氷が漂い、普段と違う太陽の位置は妙な感覚を呼び起こす。雄二が人間ドラマっすねーなどと言葉を返した、その時。
光点が、突如出現した。5、6。僅かな間に増えた光点が驚異的速度でこちらへ迫る!
「こちらpastor、敵影6確認‥‥視認したっす! 小型5、中型1、キメラ多数!」
「急行する。何とか持ち堪えろ!」
雄二が目で捉えたと同時に肉薄してくる敵編隊。一方各機が離れて反時計回りに哨戒していた4人。偶然この時南東に差し掛っていた雄二は、ただ1機でその圧力に曝された。
「ここの通行料は高いっすよ!」
フェニックス両翼から放たれるAAM。正面から超高速で飛来するHWに着弾する。爆煙を突き抜ける敵。交錯寸前、2条の光線が雄二機を貫いた。
「それくらい‥‥!?」
が。その己を狙う光線の少なさ。それはつまり。
「この‥‥KV1機なんかどうでもいいって!?」
ほんの数秒で駆け抜けていった敵。雄二はその尾部を睨みつけ、一気にブースト点火する!
●迎撃態勢
「艦隊より2時方向、HW迎撃求む!」
『了解。できる限り遅延行動を』
速い。拙い。不利承知で高度を下げ速度を取っても届かない。白煙を上げてAAMが敵に追い縋り、辛うじて後尾の1機にぶち当たる。小爆発と共にそれが急停止、見る間に追いついた雄二機にフェザー砲を放った。ロール、機銃を適当に中て駆け抜ける。
「誰か、正面頼む!」
「飛んで火に入る‥‥今からぶんぶん飛び回るカメムシに殺虫剤撒きますわね。弱ったところを思いきりはたいちゃいましょう」
艦隊側から不可視の網を広げるや、AAMを連射する幸香!
爆発。敵5機が散開してまたもスルーしかける。がそこに突っ込む雄二。幸香が北、雄二が南回りで敵を追う。各々のAAMが敵を捉え、弾幕が空を横切る。小爆発と同時に敵光線。幸香機左翼被弾。重機の応射が敵を縫い止める。
「早く、疾く!」
2機に対応するHW3機。その間に残るHW2機が艦隊方向へ直進する。さらに雄二の追い越してきたHWとキメラ群が次第に追いついてくる。
今回は極論、巡洋艦さえ自沈まで無事ならいいのだ。哨戒といえ東と南以外ある程度割り切りが必要だったか。思った瞬間。直進していたHW2機を、左右から飛来したAAEMが挟みこんだ!
「FOX2――各員退避」
着弾と前後して通信に流れる冷静な声。咄嗟に幸香と雄二が操縦桿を押し倒した刹那、大量の花火が空を彩った。
「敵の勢いを止めるには先制攻撃が1番だな」
「間に合いましたか!?」
250発の白煙の中を3つの影が翔け抜ける‥‥!
キメラ群を突っ切ってきた修羅機の前を白煙が塞ぐ。左右から煙に突入するカララクとファブニール。闇雲に内部から乱射される紫色光が翼端を削る。ペダルを踏み姿勢制御、前を見続ける。光線が風防真上を通過。唸る音すら聞こえる至近弾でも引鉄を引かない。その我慢が、機会を生んだ。
「目標捕捉。攻撃を開始する」
「『彼女』の道に無粋者はいらないですから。僕も確認後追撃します!」
静かにカララク機シュテルンから放たれた幾筋もの奔流が敵を灼く。2機中破。応射を装甲で耐えるやファブニール機が吶喊、厳つい砲身に蓄積された粒子がHW横腹に伸びる!
轟音。爆散。2人が旋回して煙から飛び出す。空が眩しいと感じた瞬間、敵に弾かれた強烈な大気が2機を襲う。ふらつく。そこに叩き込まれるプロトン砲。激しい振動の中旋回して立て直す。追撃せんとした残るHW3機。が。
「こちらががら空きです!」
遅れて参じたさやかとあやこの機体が、太陽を背に上から突っ込む!
88mmレーザーがHWを貫き、ほぼ同時に狙撃銃が火を噴く。傾いだHWへ肉薄するあやこ。エンハンサ起動、交差の瞬間に数条の光を解き放った。
漏電と小爆発を繰り返し墜ちる敵2機。最後の1機が機首を上げたあやこ機に光線を喰らわせる。次弾、直前。さやかの号令一下、KV6機の攻撃が集中する!
「キメラも少しでも削っておきましょう。死に化粧に相応しくありません」
幸香が言うや、機首を鳥の群へ差し向けた。
「さて、傭兵諸氏のおかげで無事10分を経過した。諸君は脱出したまえ」
厳然と告げる少将の真意を確かめるべく、真彼が返す。
「では行きましょうか、閣下」
「うむ。私は艦内に残る者がおらんか見てこよう」
CIC内にレーダーの電子音が響く。秘かに息を吐き、真彼は周りを見る。クルー達と目が合った。頷く。
「諸君、全艦に通達。これよりこの艦を放棄する。これは命令である」
「‥‥了解」
席を立ち、退出する兵。だが真彼は微動だにせず、少将と正対した。
扉が閉まる。電子音が緊張感を醸し出す。
「僕は貴方の部下ではありませんから。それに見回るなら2人の方が効率が良い。見回るのならば、ね」
ゴゥンゴゥンと艦が啼く。少将は真彼の脇を抜けCICを出ると、艦橋への道を進む。
「年長者の話は聴くべきだと教わらなかったかね。ましてや依頼側の現場責任者でもある」
「いや申し訳ありません。実は先程の支援砲撃で耳をやられましてね。それに」
追従する真彼。戦闘中と思えぬ沈黙の中、艦橋の扉を開けた。海と空が広がる。
「貴方に命を捨てさせるなと。それが僕の受けた依頼なんですよ」
「ふむ。戦闘中毒でイカレとるのかね。良い病院‥‥」
「『彼女』から受けた、依頼ですよ」
空の爆音が伝わる。少将と真彼の視線が交錯する。がその時。
振動‥‥!
「ぬぅ?!」
「プロトン砲!?」
吹っ飛んだ少将の体を真彼が支える。操舵席に掴まった。胸元の無線からさやかの声が響き渡る‥‥!
『――敵増援――ッシュ1、突っ込ん――斉砲撃を――!』
●一斉砲撃
「そう、簡単にいかんか」
真彼の手を払った少将が自ら駆け出す。主砲だけでも撃たねば。艦橋を飛び出しかけたその少将を、真彼が止める!
「何をするか! 貴様の仲間も苦境に陥っとるのだぞ、早く行かせ‥‥!?」
激昂する少将。が、言葉の途中、艦のあらゆる砲の動く音がした。少将が目を見開いた時、艦の通信が声を伝える‥‥!
「ロビン、左右から挟撃!」
「了解!」
キメラ群を割るように一直線に近付いてくる光点。あやことファブニールが7時、5時方向に離脱後、旋回して敵側面へ向かう。正面に幸香、修羅、雄二、カララク。高高度にさやか。些か薄いが砲撃支援がきっとある。それまで何とかす‥‥!?
「敵プロトン砲、きます!」
「チィ!」
遠距離から俯角に放たれた光線が彼らの下を通過する。破壊音。モニタに映る巡洋艦の左舷対空機関砲群が中途から折れていた。
「出るぞ。まず打撃を与えねば話にならん」
「目標捕捉――小型HW6、中型1、BF1。‥‥付き合おう」
修羅機に続きカララクが突っ込む。肉薄する両者。前のキメラを撥ね飛ばした刹那、眼前に敵機体が出現した。咄嗟にスイッチを押す修羅。250の芸術が乱れ飛ぶ!
一塊となったHW5機が次々黒煙を上げる。が、それに守られ2人に体当りしてくるBF。強引に抜けた。
「自沈するのが作戦の内といえ、ここでちょっかい掛けさせる訳にいきません! 私達もいきましょう!」
「っす! さっきの借りはすぐ返す!」
雄二機から切り離されたトライデントがBFに向かう。紛れて幸香がBFと交錯しつつキャンセラ起動、直掩のHWへAAMを発射した。BFとHWに同時に着弾。
合せてカララクがプラズマ砲を放つ。小型1機撃破。暴れ回るが如くフェザー砲を連射するHWのせいでBFへ近付き辛い。K‐02を使い果した修羅がスライスバック。カララク、幸香と共にHWへミサイルをぶちこむ!
その、視界端で。3つの影が降下するのをカララクは見逃さない。
――拙い、な。
「悪いが、俺は砲撃後着艦する事になりそうだ」
カララク機シバシクルから放たれた螺旋弾頭がHWをまた1機大破に追い込んだ。
雄二のASMが直撃して尚推進力を保つBF。機銃に翼を削られる。左旋回、敵機銃がそちらを向いた瞬間にさやか機がダイブする。
「何一つ人に勝るものがなかったとしても、この意志は、この想いは私だけだから‥‥!」
88mmとAAEMが交互にBFへ走る。機銃が風防を叩く。僅かな交錯。BF小爆発。下へ抜けんとしたさやか機レドームに攻撃が集中する。と修羅達と小型3機の巴戦の隙間を翔けてきた中型から放たれた光線が右翼を直撃した。黒煙を噴くも機首を上げる。AAEMを中型へぶっ放す。
「BF、が‥‥!」
さやかが微かに逡巡した、その時。
「看看兮‥‥冥府魔道に光あれ!」「艦には近付かせません!」
左のあやこ、右のファブニール、2機の光が一直線に迸る!
衝撃!
傾ぐBF。あやこが至近から引鉄を引き続ける。ファブニールの粒子砲がBF上の凸部を呑み込んだ。小爆発に合せて反転したさやかと雄二が各々のミサイルを発射する。が。
着弾寸前。敵の腹が開かれ、大量の何かが降下していくのをさやか機モニタは捉えていた。
「キメラの空挺‥‥」
警戒を促さんとしたさやかの声を遮るように、待望の号令が下される!
『一斉砲撃開始まで9、8‥‥』
即座に急降下、波飛沫を上げて海面スレスレに到達する7機。同時に。
『ッテェ――!!』
臓腑震わす重低音が轟き渡る。艦の推進力すら凌駕しそうなその咆哮。それは後数分の命とは思えぬ猛りで、興奮する一方、如何ともし難い寂寥感が胸を衝いた。
「お疲れ様です」
深呼吸してうむ、と頷く少将。軍帽を目深に被り「奴らは命令不服従で独房だな」と呟いた。
「貴方の部下も上官の命令を受け取っていただけでしょう。『彼女』の命令を」
真彼の握る操舵席が脈打った気がした。少将を正面から見据え、真彼が超出力銃を抜く。
「では改めて。閣下――最後の命令を」
雨霰と降り注ぎ、艦橋の硝子に張り付いてきた蟲を真彼が撃つ。
『これより着艦する。衝撃に注意を』
蟲の群で滅茶苦茶な甲板にカララク機がバーニアを噴かせ降り立つ。衝撃。いや着艦の衝撃だけでなく足元からも振動がした。さらに甲板を極大の炎が舐める。少将を庇う真彼。カララク機が人型となってプラズマ銃を連射した。翼竜1体撃墜。2体が遠巻きに上昇する。
その攻防を目にし、漸く少将は口を開いた。
「‥‥了解した。私も『娘』の命令に従おう」
――総員、脱出せよ。
●墓標
夥しい数の銃砲弾が空を遮る。肉塊となって落ちるキメラ。破片撒き散らすHW。黒煙を上げ高度を下げるBF。海が埋まる。
曳光弾の軌跡が消える間もなく、6機は戦場へ舞い戻った。
「一気に決めようか」
「最期の一撃を、無駄にする筈がありません!」
修羅とファブニールが機首をBFに向ける。丸出しの機体下部へ吸い込まれるAAMと粒子砲。敵の応射。ロールして弾いたファブニール機を後ろからあやこ機が追い越す。同箇所に撃ちまくる。ブーストして激突寸前、遂に穴が貫通し、BFが爆散した。旋回して姿勢制御するあやこ。
その間にもさやか、幸香、雄二が咄嗟に組んだ3機編隊のままHWとキメラ群へ突っ込む。残るHWは中型1と小型3。が、両者には圧倒的な差がある。
損傷ではない。確たる意志と、砲撃時まで握られていた流れだ。
「横隊で行くっすよ!」「HW撃破後はそのまま群を蹂躙と致しましょう」
雄二のAAMが煙を曳いて小型に向かい、幸香の螺旋弾頭が中型に深々と突き刺さる。
眼下、巡洋艦から救命ボートが離れていくのをさやかはモニタで捉え、引鉄に指をかけた。
目前の敵が背後の勇士達を汚さぬように。
万感の想いを込めて放たれた88mmはHW中心を穿つ。漏電、爆発。カンカンと破片が装甲を叩く。
残る1機が驚異的機動で後退していく。無理に追う必要はないか。3機は次いで群へ機首を向けると、有りっ丈のミサイルを解き放った。猛威を振るう弾頭。その勢いに本能的な恐怖を覚えたか。幸香が恍惚の表情を浮かべる程に暫く続けた結果、3分の1に減ったキメラ群は撤退していったのだった‥‥。
そしてHWが逃げんとする頃。巡洋艦が巨大な火柱を上げた。これなら撤退中でも観測できよう。『艦隊を壊滅させた』。その報がロシア・バグア軍に齎されれば敵を引きつけた上に油断も誘えるかもしれない。
「今まで‥‥お疲れ様でした。安らかに‥‥」
機内で海自式の敬礼をするさやか。肘が当り、横に置いた通信教範がカタと音を立てた。
「最期の晴れ姿、だな」
「必ず、これに連なる作戦を成功させます。ゆっくりお休み下さい‥‥」
「‥‥偉大な戦士の最期、か」
修羅にファブニール、カララクが上空を回る。今や火は収まり、中途で折れて沈みゆく艦体と7隻へと数を減らした駆逐艦の航跡が残るばかり。カララク機の補助席で少将が深く息を吐いた。
カララクは何か言おうとして、思い浮かばずに止める。
「巡洋艦の自沈を確認。当機はこれより上空警戒に移る」
雄二が機械的に言った報告が、穴の空いた心を虚しく叩いた。