●リプレイ本文
「じいや殿」
夕暮れ直前の日射しは柔らかく、しかしこの地に集った者達にそれを甘受する余裕はない。
翠の肥満(
ga2348)が車の中に声をかける。
「照明銃がどの辺から上がったか、覚えてます?」
「気付いた時には空にあったのでして。ただ低くもなく高くもなく、というのは解ったのですが」
後悔を滲ませる爺や。黒瀬 レオ(
gb9668)は持参した周辺地図に怪しげな地点をマークしてもらう。ランドクラウンを隣につけた植松・カルマ(
ga8288)が降車し、カブト虫の屋根を叩いた。
「ま、俺が来たからにゃ安心スよ。それよりジジイは即発進できるようエンジン暖めといてくれねスか?」
力強く頷く爺や。ファブニール(
gb4785)が山肌を双眼鏡で眺めていく横で風羽・シン(
ga8190)は嘆息して紫煙を吐く。
「しっかし相変わらず直情突貫娘だな、あのお嬢は。じっとしてられん性分なのは解っちゃいるが、こっちの身にもなってみろってんだ」
「無茶が‥‥好きみたいですしねぇ‥‥。敵に捕まる前に‥‥見つけないとですぅー」
「そんな子、なんですか。やっぱり女の子だし、心配‥‥」
幸臼・小鳥(
ga0067)まで諦め半分といった様子なのを見、レオは苦笑する。ロッテ・ヴァステル(
ga0066)が首を横に振り「ええ‥‥」と実感を込め肯定した。
「本当に世話の焼けるお嬢様よ。『また』勝手に飛び出したんだから‥‥」
「民間人の分際で頑張りすぎなのである。‥‥心意気や良し、であるが」
仏頂面で身長より長い愛銃を点検する美紅・ラング(
gb9880)。ファブニールが山頂の方から目を離す。
「でもそれでこそヒメさんだと思いますし、今は無事を信じて向かうだけです。狂戦士になってでも、僕に守れる者を守る為に」
「言うッスねェ。俺も負けてらんねーし! てかお姫様だっこは俺のモンだし!」
その言葉に「そういえば」とシン。
「確か別の奴がお嬢抱き上げて敵から逃げた事もあったな。トラウマにでもな‥‥」
「あああああああ」
「何その僕みたいなポジション、羨ま‥‥。やや、僕は必ず某中将と本懐を遂げちゃりますが!」
「今すぐ北米に空挺降下させてやりたいわ‥‥パラシュート無しで」
色ボケ2人にロッテがツッこむ。
山肌は鳴動する。異物に陵辱されるように。
陽が傾く前に発見、脱出せねば。ロッテは目的を再確認すると、翠とカルマの首根っこを掴んで山に入っていった。
●3合目
「むわーったく、あのムチャ大好きっ娘め。昔の誰かサンじゃあるまいし!」
翠が消音器を付けながら斜面を登り、前転して茂みに身を隠す。周囲を見回し腕で合図、レオが追いつく。
黒炎を極力抑え、地図に確実にマーク。じっと翠を見つめる。
「誰かさん?」
「な、ぼ、僕がそんな素人クサイ意地だか何だかで死地に赴く訳がないッ」
「へー、流石翠さん。俺も‥‥もっと頑張らないと」
それはもう澄んだ瞳で。屈んでいるせいでレオが少年に見え、そんな少年が目を伏せているのだからもうね。
「やめてッ、純粋な目で僕を見ないでッ」
「?」
「黒瀬さんは僕みたいになっちゃダメよ。いや待て、こんな子を堕‥‥っと」
妙な事を考えかけた翠の視界端が揺れた。銃口を向けると同時に引鉄を引く。幹の陰から這い出てきた蛇の頭を潰した。ついで中空に下りていた毒蛾にレオが跳び掛る。
一閃二閃。飛散する敵。刻んだ端から鱗粉が舞う。咄嗟に口元を覆うが間に合わない。レオの視界がブレた。
「こんな下まで捜索の手が‥‥」
「大丈夫ですか?」
翠の声に、レオは思わず鱗粉を吸引した事を告げず、頷いた。翠が左右の陰に目をやる。
「まずは役目を果たしますか。堕落云々はその後です」
樹と茂みが増え始める。常緑樹は空と山を断絶し、落葉樹が地と山を隔絶した世界。虫の音もない山肌で、美紅の声が小さく響く。
「ヒメ、いるであるか? ‥‥こんな所にいるなら自力で下山できそうであるが」
巨岩の隙間を覗く美紅。くぅ。腹が鳴った。ファブニールがそちらを見、徐に荷物からチョコバーを出した。
「食べ、ます?」
「携帯糧食は重要なのである」
‥‥入山後4分弱の出来事であった。
「しかし、いませんね」
ファブニールは木陰を見て回る。その時、極めて至近に蛇3匹を見つけた。辛うじて踏み留まる。全長1mの蛇とは想像以上に長く大きい。
脅威を前にじりと後退、美紅を促し茂みに潜った。2、3秒。鎌首をもたげる蛇。分泌液が滴り、落葉を溶かす。
「‥‥む、ぅ」
ジト目の中のジト目を敵に向ける美紅。その念が効いたか、そのうち敵は首を下げ、麓へ下っていった。
「あのような輩が跋扈する中、民間人の脚でここまで来れるのか甚だ疑問なのである」
「ですね。上っていきますか」
樹の合間に見え隠れする頂上をじっと観察し、ファブニールが言った。
●5合目
「さて。彷徨い姫は何処に居るのかしら」
ロッテが茂みを掻き分け足元を注視した。目は土に、耳は周囲に。五感を鋭敏に働かせる。一方カルマは落葉のクッションを裏返し、穴でも掘ってないか探っていく。
「ヒメさんがもう捕まってたら俺正面から行くんで、ロッテサン色々頼むッス」
「注意を引く?」
「それもあるスけど」意図を察しようとするロッテを見据え「もし捕まってたら、一刻も早く何とかしてやりてェんで」
了解、とロッテが返した時、その視線の向こうの土に、僅かな凹みを確認した。2人が急いで付近の落葉を払い除けていくと、左右に点々と続く足跡。そして麓側の先には立ち止まったような跡と
「‥‥どうやら事態は悪い方に進展しているようね。キメラを引き上げてない点から、時間は経ってない筈だけど」
道中で見た蛇に拘束されたのだろう、引き摺られたような跡が残されていた。
「こっそり‥‥迅速にですぅ。ミイラ取りがミイラになっても‥‥だめですしねぇー」
入山後10分。麓方面を別班に任せ中腹に辿り着いた小鳥とシンは、高さ3m幅5m程の壁となった岩肌に触れ、付近を探る。
「そう言って足許が覚束ないのは、なかなか興味深い」
「ぅー‥‥」
崖から崩れ落ちたのだろう。両腕で抱えきれない程度の岩が樹々を巻き込み停止した溜まり場を見つけた。
中腰で下りる2人。屈んだ時、樹の間を毒蛾の群が浮遊してきた。鱗粉が光を乱反射する。小鳥が猫耳マフラー部で口を覆う。シンの軍用マスクが心強い。
ふわと頭上に差し掛かり、過ぎていく群。小鳥が安堵の息を吐く。
「この調子では‥‥いずれ見つかりますねぇー」
「非能力者の女1人が身を潜めながら登山しても距離稼げる訳ないからな。この辺にいそうなんだが」
シンが岩の奥から一旦視線を上げた。と。
「‥‥の娘のせい‥‥目立‥‥」
微かな呟きが、崖上から聞こえてきた。目で訴える小鳥。
『崖を回りこんで‥‥1人なら‥‥捕まえましょぅー』
首肯して動く2人。小鳥は左、シンは右。匍匐でにじり寄る。体感で2分。崖上に顔を出し、様子を窺う。敵は1人。深呼吸した。鼓動が早い。敵が崖下を覗き、後戻りを始めた。
――今!
示し合せたように飛び出る2人。シンが地表から伸び上がる斬撃。もとい小太刀の柄を水月に打ち込む。音もなく敵が吹っ飛んだ。小鳥が全身で敵を押える。その間にシンがバンダナとグローブで口と手を塞ぐ。
「しかし。確かに有用だが、今捕まえちまうと邪魔だな」
シンの言葉に小鳥が苦笑した、その時。
ガァン‥‥!
●強行策
ロッテとカルマが駆け上る。木々を抜け、茂みを越え。岩に上り頂上方面を見た。敵らしき影。ロッテがカルマから離れ迂回していく。
一直線に進むカルマ。右に陽剣、左に拳銃。見栄え。効率。そんなものと正反対の、障害を踏み越える為だけの走りで。
「ヒメさん発見。捕まってるんで、とりま俺出るッス」
無線連絡するや、カルマは腹から声を吐き出した。
「てめェら大人しくしろや! 正義の紳士サマがよ、そこの女取り返しに来てやったからよォ!」
岩から跳躍、射線が見えた瞬間発砲する。
ガァン‥‥!
弾ける30m先の蛇。さらにヒメを担いだ男の右脚を粉砕した。絶叫が響く間にカルマが肉薄する!
「チィ!」
ヒメを落した男に代り、軽々彼女を持ち上げるもう1人。カルマが再装填して銃を向けた。
敵は能力者らしき男とミノタウロス、毒蛾に毒蛇。ヒメの細い息遣いだけが聞こえる中、両者は対峙する。
「‥‥や。まー『俺ァ』お前らが何だろうが構わねーんで、女返してほしいんスよね」
一転して腰を低くするカルマ。怪訝そうな相手に近付く。
「その女にゃ俺が言い聞かせる。何とかしてくんねッスか?」
「何考えてんのか知らんが、否、だ。この状況で応じると思うか」
「状況? お前と刺し違えんのも余裕っしょ。だから見逃せっつってんの」
凶暴な笑みを見せるカルマ。男と牛魔がこちらに向き直った。カルマは剣を持つ右腕をだらりと下げ、足を踏み出す。男が反応して銃を抜いた。刹那――!
「traitre――背ががら空きよ!」
敵背後上空から突っ込む影!
弾丸となったソレが男に激突直前、右脚を伸ばし踵落しを繰り出す。頭蓋を滑り男の左肩を砕いた。悲鳴を上げヒメを落す。正面からカルマが飛び込む!
「ぐっじょぶロッテサン! ヒメさんは俺が!」
「横!」
影――ロッテの警告でカルマがヒメを抱え転がる。直後耳元に振り下ろされる牛魔の斧。地が裂けた。力ないヒメの四肢。お姫様抱っこで持ち上げカルマが駆ける。
「今は、退却‥‥!」
ロッテの手から閃光弾が放たれる。姿勢を立て直した男と牛魔の攻撃を屈み、スウェー。左ハイで敵と距離を取った時、閃光が迸った。耳を塞いで走り出すロッテ。数秒意識を失った敵は、気付くと同時にぶっ放してきた。
回復が早い。牛魔の圧力が降り掛かる。流石に1人抱えたカルマも思うように駆け下りられない。毒蛾の鱗粉が風に舞う。一戦交えるか。頭に過ったその時。
「どんだけ大騒ぎしてんだ!」「ロッテ‥‥さんー」
横合いから投擲されたシンの短剣が男の脚を削り、小鳥の一矢が牛魔の右腕を貫いた‥‥!
●逃走劇
走る。走る。4人は各々の反射神経を頼りに急斜面を跳ね、泥濘を滑り抜ける。
男達が猛烈に迫ってくる。前を塞いでくる毒蛾と蛇。小鳥の矢が群を割り、ロッテとシンが左右から斬りつける。鱗粉が体内に入り込む。手足が痺れる。シン以外マスクをしていなかった事が禍した。遂には小鳥が木の根に足を掛けてしまう。
顔から斜面を滑る小鳥。ロッテが急停止、小鳥の横に立ち後ろを睨め付ける。
「皆は先に。私は‥‥アレを始末していくわ」
木々の間を追ってくる男と牛魔に狙いを定め、腰を落した時――!
「本来の目的を見失っては本末転倒なのである。こっちだ、走れ」
麓側、岩陰から十字砲火を浴びせる美紅と翠!
弾雨がロッテ達の横を抜け、樹と土を巻き上げる!
けたたましい銃声が敵の足を止め、幹を抉り、時に牛魔にぶち当る。斧を振るう風圧で落葉が舞った。
「サングラスと耳栓は用意したか、こんにゃろ共!」
いつの間にか投げていた翠の閃光弾が破裂する。援護に紛れてロッテと小鳥が翠達――3合目の4人の許まで後退する。
「ヒメは?」
「植松さんが先行して下ってます!」
「下にも敵が‥‥いるかもですし‥‥私‥‥追いますぅー」
「俺はっ」
額に絆創膏を貼り駆け出す小鳥を見、レオが逡巡する。着いていくもここで足止めするも、ヒメを守る事に繋がる。なら。
「露払い、しましょう‥‥!」
「後退戦で重要なのは殿なのである」
気を吐くレオに美紅。翠とシンが微笑した。ファブニールが盾を構える。
「黒の騎士‥‥参る!」
斜面を思いきって上る!
撃ち下ろされる敵銃弾。盾が不快な音を立てる。ファブニールの陰からロッテとシンが飛び出す!
回り込む2人。小太刀が牛魔左腹を抉り、脚甲が斧と拮抗する。右脚で跳ぶロッテ。空中で捻るや右ソバットを敵顔面に叩き込んだ!
『――■■!』
斧が2人を弾く。同時に2列目から肉薄するレオ。敵後衛の男から銃弾が乱れ飛ぶ。姿勢を崩した。斧が振り下ろされる。
「有望な新人をそう簡単に殺らせんちゅーに!」
茂みから放たれた翠の弾丸が敵の右手首を正確に穿つ!
ついで貫通弾を装填した美紅が引鉄を引く。敵左顔面で小爆発した。傾ぐ牛魔。レオが走る!
「あぁああッ!」
合せて飛び出したファブニールが盾の陰から細剣を突き出す!
衝撃‥‥!
牛魔を貫く細剣と黒刀。断末魔を上げ牛魔が倒れた。後ずさる男を6人が見る。
「貴方には後で囀ってもらうわ‥‥Dorme」
ロッテの宣言から20秒後。6人はこの親バグア派能力者を拘束していたのだった。
●非能力者
ばちーん!
下山早々寝惚け眼なヒメの額に叩き込まれたのは、溜めに溜めたシンのデコピンだった。
「ぃっ――!」
「どれだけ心配したと思ってんだ! 痛みが消えるまで反省してろ」
「さて。悪い子には‥‥お尻か頭か。選ばせてあげるわ」
「不用意に飛び込むなって言われたばっかでしょうが。も少し『仲間』の言う事聞きなさい!」
次いでロッテと翠が両手の袖を捲った。反射的に目を瞑るヒメ。その手が振り下ろされ
パァン!
と来る筈の衝撃は、一向に無く。瞼を開けたヒメが見たのは、不健康そうな金髪の後ろ姿。
「まま、ヒメさんも自分で判ってるだろーし、デコピンで充分っしょ」
ロッテの腕を左で受け、翠の平手を直に喰らい。金髪――カルマが2人を見返した。
「な、ヒメさん」
「え、えぇ‥‥」
「でもま、こんくれーは言わせてくれ」
カルマがヒメに向き直る。
「俺ってそんなに頼りねェか? そりゃあんたみてーに頭の回転速ェ訳じゃねーけどよ。でも弾除けにゃなれる。それも信用なんねーってならパネェくれー強くなってやる! だからよ、頼ってくれよ。頼む」
正面から射抜かれる瞳。裂いたスカートが風に煽られ、白い肌を露にした。伏目がちに返す。
「別に、頼りない訳、ない。ただ私は私のできる事くらい、やりたいだけ‥‥」
「できる事の結果がこの騒動、なのである」
言葉を詰らせるヒメ。美紅が嘆息し、敢えて言う。
「戦争は遊びではない」
沈黙が圧し掛かる。小鳥とレオの困惑する声も場を壊すに至らず。永く、真綿で絞められる沈黙。ヒメが小さく口を開きかけた時。
「なーんて! 真剣な俺マジパネェ! まー無事だったんスから、パーッと飲みましょ! 俺の奢りで!」
カルマの空気を読まない発言が見事にそれをぶち壊した。翠が続く。
「ですな。次におバカやったら僕が戒めのちゅーしちゃいますよ、全く!」
「聞くだけで‥‥怖いですぅー!」
心の底から震える小鳥に翠が凹む。苦笑が場を包む中、ヒメが紡いだ言葉は辛うじてカルマに届き、霧散する。そのうち拘束した男の元にいたファブニールがやって来ると
「ヒメさん、貴女が成したい事を成す為に、僕達はどこへでも行きますよ。‥‥勿論、親バグア派の隠れ家にでも」
目視と尋問の結果、隠れ家の位置が判明した事を告げたのだった。
<了>