タイトル:時の音色を取り戻せ!マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/11/07 22:54

●オープニング本文


 イタリア中北部。
 ナポリ以南が再び戦火に巻き込まれる事になり、安穏としていられない地域。
 そんな場所の小さな森の中に、場違いなような、逆に妙な風情を醸し出しているような、人工物があった。
 ミニ時計台。
 イギリスはロンドンにある、かの有名なビッグベンを1/6スケールにしてそっくり持ってきたかの如き建築物が、ちょっとした小広場に聳え立っていた。
 高さ約16m。広場が森の動物達の憩いの場だとすると、このミニビッグベンはさながら森の学校のよう。
 そしてその学校の「先生」たる老人が、内部の梯子に座ってため息をついた。
「むう。あの歯車が届かん限り、代用品でこいつに命を吹き込むわけにいかん‥‥」
 肝心の歯車を特注したドイツの職人に連絡してみると「わざわざ配達人を雇って最後の1つを確かに送り出した」と言われた。が、到着予定日から3日過ぎているにもかかわらずこっちにはそんな者は来ていない。道中で何かあったのだろうか。
 ――何かあったとすればイタリア国内、か。ならばこちらから遣いをやった方が早いかもしれん。
「しかし‥‥」
 このご時世、予期せぬ事と言えば十中八九キメラ絡みだろう。とすれば自分が行っても全く状況は変わらない。
 傭兵を雇うか、否か。だがせっかくここまで自分にできる事はほぼやってきて、建築の勉強もして、時計も‥‥歯車はどうしても無理だったができる限りやってきて、独りで作り上げてきたのだ。だのに。だのにこんなところで他人の力を借りてしまうのか?
 腕を組んだまま時計台の外に出る。一般人とすら思えぬ、職人の如き気難しさを醸し出した彼を見て、野良猫か兎かが陰に逃げた。それを視界の端に捉え、寂しげに老人が呟く。
「‥‥うむ。私もいつまで自分で動けるか分からん。早く完成させる方が先決、か」
 そうして、息子に等しい時計台を見上げる。
 ――どうせ雇うなら、ワンポイントの装飾か何かを作らせて箔でもつけてみるか。
 そう考えてみると、なんとなく傭兵を呼ぶのも楽しみになってきた気がする。老人――ファビオ・ラニエリ(67)は我知らずにやりと口元を歪めると、きびきびした足取りで森の近くの自宅へ戻っていった。

 ◆◆◆◆◆

 本部。今日も今日とて無数のモニタが稼動し続けるそこに、新たな依頼が追加された。曰く。
『ドイツから運ばせていた時計台の歯車を乗せた輸送車が、何らかの事故に巻き込まれた。探し出して持ってきてくれ。やり遂げてくれたら、私の時計台の装飾を手伝う権利をやる』
 なんとも、尊大な文章で。
「手伝う‥‥権利?」
「‥‥。あ、あれじゃないかな。このお爺さんは自分の時計台に自信を持ってるんだ。それで、報酬とは別に一緒に装飾して、その後で時計を動かしてお茶会でもしませんかって遠まわしに言ってるんだよ。ただ恥ずかしいだけで」
 自分の胸をドンと叩いて「任せろ!」的な雰囲気で笑いかけてくるような、そんな誰かの姿が何故か脳裏に浮かんだ気がしたが、全く関係ないだろう。
 依頼を見た男が自分に言い聞かせていると、女が腕を絡めて甘えだし、それに流されるように2人は本部を出て行った。
 後には、苛立ちを抑えきれぬ同胞達と、尊大な依頼が残るばかりだった。

●参加者一覧

ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
柚井 ソラ(ga0187
18歳・♂・JG
翠の肥満(ga2348
31歳・♂・JG
勇姫 凛(ga5063
18歳・♂・BM
橘川 海(gb4179
18歳・♀・HD
白蓮(gb8102
18歳・♀・PN
エリノア・ライスター(gb8926
15歳・♀・DG

●リプレイ本文

「わぁ‥‥凄いですねぇ」
 森は外界を遮断し、時計台に来た傭兵達を柔らかく包む。
 柚井 ソラ(ga0187)が天辺を見上げて呟くと、同じく仰ぎ見た橘川 海(gb4179)と白蓮(gb8102)が依頼人を振り返りはしゃぐ。
「うんっ、すごいすごい! これお爺さんが独りで作ったんですかっ?!」
「当然だ」
「大きいです‥‥飾りつけだけでも大変かもですねっ」
「まぁ。悪くはない、な」
 チラと上に目をやるエリノア・ライスター(gb8926)に、
「悪くないどころか‥‥凄いですぅー」
 幸臼・小鳥(ga0067)が言うと、エリノアは「や、別に、私も悪いっつー事じゃ」と何やら反論する。
 そんな彼女らの反応に耐え切れずそっぽを向く依頼人だが、満更でもないらしい。頬が緩んだ老人を見てソラも微笑する。
 ――みんな、みんなこれくらい‥‥。
 蟠りかけた心を無視してソラは広場を見回す。茂みが揺れ、陰に爛々と光る目があった。
 ロッテ・ヴァステル(ga0066)と勇姫 凛(ga5063)もそちらを見る。が、3人に射抜かれたそれは一目散に逃げていった。
 肩を落とした凛がロッテとソラの視線に気付き、慌てて旅行鞄をかき抱く。
「凛、鞄のせいで疲れただけだっ!」
「何も言ってないわよ」
「ム。鞄から飛び出たふわふわは幻の」
 神妙な顔つきで凛に近付く翠の肥満(ga2348)。耳的な何かがぴこぴこ生えた鞄を持って凛が後ずさる。にじり寄る翠。焦れた凛が叫ぶ。
「な、何でもないっ、鞄なんか別に、何でもないから開けちゃダメなんだからなっ!」
「何でもないならば僕にそれを拝ませ‥‥」
「虐めるのは後になさい」
 いかにも楽しげな翠をロッテがはたく。すると冗談はさておき、と翠は突然真剣になって出発を促した。
 この人、面倒。7人の意思疎通が完了した瞬間だった。
 海が目を伏せ言う。
「運転手さんの事、お願いしますね。私も気になりますけど、でも」
 樹の幹を輪切りにして作られた椅子に座る依頼人を覗き見て。
「でも同じくらい、やってあげたい事がありそうかなって」
「うん、歯車は宜しく。その間に凛達は凄い装飾しておくんだからなっ!」
「ま、運転手も時計もどうでもいいが『ウチ』の職人のモンがぶっ壊されんのは嫌だしな。ついでに連れてきてやるよ」
 祖国ドイツを誇ってエリノア。
 輸送車を探す5人が森の外に向かう。小鳥と翠のジーザリオ、加えてエリノアのバハムート。仮に輸送車が動かなくとも牽引できそうな陣容だった。
「小鳥‥‥まさかと思うけど。車で‥‥」
「く、車で転ぶわけ‥‥ないのですぅ!」
 ジト目のロッテと目が合い、小鳥は「多分」という言葉を呑み込んだ。

●鐘は鳴らすもの。心は触れるもの
 長靴を北上していく。道中見えるのは田畑で農業に勤しむ者ばかり。
 そんな田舎風景をロッテやソラ、エリノアが警戒しつつ、車とバイク計3台で2時間程走り続けた時。

♪ふ〜ん りんご〜ん はぁなたに逢えて〜

「へぁっ!?」
 あまりの突拍子なさに小鳥の腕がくりんと滑った。畑に突っ込みかける車。助手席のロッテが間一髪ハンドルを握って切り返す。
 辛うじて制御を取り戻すが勢い余って小鳥のヘッドがバンギングした。小刻みにクラクション。
「何してんだ」
 エリノアがバイクで並ぶが、その間にも謎の歌は続く。

♪孤独がふむ〜ん おりむ〜ん

 無線からs‥‥もといラジオのBGMだ。ラジオの‥‥いや解っている。解ってはいるがラジオだと信じていたい。そんな今日この頃。
「翠さん聞こえてます、無線ついてます‥‥」
「ム、これは失礼、ではきちんと歌いますか」
「違ぇよ」
 ソラの気持ちを代弁してエリノアが突っ込むが、翠に通じる筈がなく。

♪僕ら触れて触れられて〜 おりm(中略)


 町に出た凛、海、白蓮は工具店等でペンキや菓子類を買い込む。そして早速森に戻ろうとした時、海が足を止めた。
「町の人も呼びませんかっ?」
「?」
「皆でお茶会したいんですっ」
 突然の事に首を傾げる2人に海が言う。
 お爺さんの姿が独りで凍えそうで。独りで建てたのは凄いけれど、その嬉しさを皆で共有できたらもっと温かくなる。時計台だけじゃない、お爺さんも照らしてあげたい、と。
「だから私作業手伝えないかもだけど、いい、ですか‥‥っ?」
 申し訳なさそうに様子を窺う海。凛が頷いて海の手から荷物を手繰り寄せた。
「凛達、先に帰って作ってるから」
「ですっ! お爺さんが寂しいままも嫌ですし、こっちは任せて下さいっ」
 頼もしい白蓮と凛に海が頭を下げ、駆け出した。
 目的地は中央広場。昼過ぎの今、そこなら母子が多い筈。通りを抜け、丸い空間にベンチと街路樹という典型的広場の真ん中で止まった。
 向日葵の髪留めの位置を直し、息を吸い。
「みなさぁん、一緒にお茶会、しませんかっ?」
 喧騒が困惑に変わり、海に無数の視線が集まる。早まる鼓動を感じ緊張を隠して続ける。
「近くの森に時計台があるんですっ! 夕方くらいに完成する予定で、あの、ケーキとか持ち寄ってお喋りできたらって‥‥」
「時計?」「何でそんな所に私達が?」「ケーキならこの前出来たスター何とかってお店‥‥」
 依頼人が独りで建てた事や、こんな時だからこそ皆で楽しみたい事を主張するが、主賓が見ず知らずの老人とあって反応は悪い。白けた空気。
「そんな‥‥」
 人の心に裏切られたような無力感。憤り。
 説得できない自分が悔しくて。溢れ出そうなものを堪え、一度だけ目元を拭って帰ろうとした、その時‥‥。

●人形は弄ぶもの。メカは尖るもの
 某中将に捧ぐ愛のテーマをBGMに道なりに進んでいた5人は何だかんだで道を逸れるタイヤ跡を発見した。停車して降りる。
「輸送車は‥‥見えますかぁ?」
「あります。10時方向、オリーブの向こうの岩陰に。でも何で‥‥」
「んなの、こっちが探さなくても」
 双眼鏡で辺りを見回すソラに、エリノアがAUKVを装着しつつ。その彼女の言葉が終らぬうちに、ぎこちない動きの敵5体が姿を現した。
「な。にしても。随分不細工な人形じゃねぇか。バグアのセンス疑うぜ」
「形なんて無意味よ。所詮ここで土に還るのだから‥‥小鳥!」
「先手必勝‥‥この距離なら外さない‥‥ですぅ!」
 縮地の如く翔ぶロッテ。小鳥が矢を番える。その間に翠は素早く草むらに飛び込むや、兵卒さながら腹這いとなって撃ちまくる!
「時には僕も後方支援と。いわゆるギャップ萌?」
「もえ‥‥」
 呆れつつソラが洋弓を構え、小鳥と同時に放った。2体の胸を正確に穿つが敵は倒れない。結果的に1人で接近していたロッテは敵3体に180度から襲われる。が。
「砕けるのはNoixじゃない‥‥お前達その物よ!」
 翠の援護が敵の動きを縛り、故に敵がロッテに触れる事は、ない!
 左の振り下ろしを退き前の突きをスウェー、右の放った鋼糸をバク転してブーツで絡め取るや脚爪で蹴り上げ、下ろす。跳躍して右踵を頭頂に叩き込むとそこを支点に回転、両脚で頭を挟み地に捻り落とした。
「っと、吹き飛べッ!」獲物を求めてエリノアが暴風を巻き起こす!「シュトゥルム・ヴィント!」
 小規模な竜巻がロッテ左の人形を切り刻み空へ運び、それが周囲の敵をも怯ませた。
 風が消え敵が地に落ちた刹那、小鳥とソラが連射する。先程射られた敵2体が同時に胡桃散弾を投げつけてきた。散弾と矢。一瞬の交錯の後、敵顔面に突き立つ矢。散弾は小鳥、ソラ、エリノアに降り注ぐ。だが、
「パンツァーシュレックでも持ってきやがれ!」
 敵の抵抗もそれまでだった。風を招来するエリノア。狙撃する翠。ロッテがこの程度の敵に苦戦する訳もなく、程なく5体を撃破したのである。
「運転手さんは?」
 休む間もなく輸送車に近付くソラと小鳥。岩に寄り掛った車の様子を窺うと、隙間で体操座りの男を見つけた。
「大丈夫ですか? よく、頑張りましたよね」
 水を手渡し、怪我を見る。応急処置で何とかなりそうだ。
「運が良いのか悪いのか。敵がマヌケで良かったな」
「ん、水でなく牛乳がいい、と?」
 這い出てきた運転手にエリノアと翠。ロッテが荷台の歯車の無事を確認して一息つく。瞬間。
「は、牛乳とか飲まねーし」
 ふてぶてしい運転手に翠のマジックハンドが炸裂した。

「リスと兎はこんな感じかな‥‥」
 50cm大の立方体を削り、動物の木像を作っていく凛。兎の頭にリスが乗ったソレを離れて見てみる。が、自分を見ている白蓮に気付き、慌てて頬を引き締めた。
「だ、だから別に凛、好きでこんなの作ったんじゃないんだからなっ!」
「可愛いですね、子供に大人気ですっ」
「‥‥」
「勇姫さんがっ」
「な、う‥‥!?」
 真っ赤になる凛。反論しかけるが、そうするとドツボに嵌りそうで矛先を変えてみた。
「は、白蓮はそれな‥‥」
「これはですねっ!」
 彼女が両手に持つ円錐に目を向けた瞬間、白蓮が語りだす。
「時計といえ一種の機械ですよねっという事は機械=メカでメカすなわち回転機構を備えねばならない訳でそこで私は人類の浪漫を時計に求めたんですあっとこれは私個人の欲望でなくメカが螺旋円錐を備えねばならない全人類的命題に従った義務であってであるなら時‥‥」
 怖い。後悔した凛の前で、白蓮が拳を突き上げ言い放つ。
「つまりドリルは浪漫ですっ!」
「‥‥装飾は?」
「ですから、ドリルですっ!」
 確かに、円錐は紛う事なきドリルだった。木を削って金メッキを塗布した細長いソレが長短2本。時計の針か。
「では勇姫さん、そろそろ素敵に飾り付けてやりましょ〜っ」
 若干疲れつつ、凛は地上近辺に不規則に飾り棚を付けていく。そして5mの所に、件の木像や猫、パンダの木像も置いた。
 他の棚には本物が跳び乗り休んでほしい。そんな願いを込めて。ついで塔表面にペンキでゆる熊を描いておく。とその時、上から白蓮の声が響いた。
「見えますかっ?」
 ドリル針完成か。意を決して時計盤を見る。
 ‥‥、美術の教科書に載ってそうな気がした。
「これで完璧っ☆」
 大仕事を終えたような白蓮。
 シックな文字盤に燦然と輝く防水式黄金ドリル。もはや変形してもおかしくない。
 そんな時に帰還したのが、海だ。
「只今帰りましたっ! ‥‥思ったより‥‥だったんですけど、でも、来てくれましたっ」
 2組の母子を連れて。海の言葉に耳を傾けてくれた人。数なんて関係ない。塔を見上げ目を輝かせる子供がいる。それだけで、塔が一層輝いて見えた。
「では、必ず仲間が歯車を持ってきてくれますから『みんなで』お茶会でもしませんかっ?」
 そうして広場に木の丸テーブルと椅子を用意した時、無線に連絡が入ったのだった。

●時の音色
 歯車を依頼人とロッテ、翠、海が協力して塔内部に運び込み、その間にソラ、凛、白蓮はお茶会セットを並べ母子を座らせる。エリノアも秘かにバウムクーヘンを菓子群に混ぜたりで、そのうち小鳥がやって来た。
「できましたぁ」
 マロンなケーキを乗せた大皿を覚束ない足取りで運び、卓に置く。
 暫くして。ロッテ達も席につきいよいよ時を待つばかり。
「いいか、しかと聞いとれ!」
 尊大な声が上から。目を閉じた。
 森のざわめき。風の感触。菓子の匂い。五感が快い自然を感じ取った時、かこんと音がした。そして。
 ほんの微かな振り子の音。きし、きしと塔の鼓動が空気を伝い、確かに耳朶を打つ。瞼を開け、10m上の時計盤を見てみる。
「‥‥故郷の息吹、か」
 時は流れる。多くの物質を風化させ。だが、強い想いは輝き続ける。
 ドイツの風を感じてエリノアが見たそこには、4時丁度から4時1分へ時を進めた2本のドリルがあった――。

「お疲れ様」
 まったりお茶会は進む。鳥と時計は美声を響かせ、町の子供は食べまくる。
 その中で凛が買っておいた瓶牛乳をふわと放ると、パブロフの翠が空中で掴んだ。着地した時には一口目を試飲済だ。
「全く罰当たりな」
「あっ、野ウサギ!」
「わぁ古典的っ」
 ‥‥ともあれ楽しんでいる事に違いない。
 一方でその兎達を呼び寄せたのが、ロッテだ。道中で買った胡桃を撒きつつケーキを食べる。マロン風味が口に広がり、酸味を抑えた珈琲によく合う。
「実に贅沢な時間ね‥‥」
「次は何が‥‥いいですかぁ? 私‥‥取りますぅー」
「じゃあ果物」
「待っていて‥‥下さぃー」
 とてとてと卓の周りを走る小鳥。胡桃に釣られたリスが落葉の合間に見え、幼少の自然の面影と重なった。
「取って‥‥きましたぁ」
 褒めてー、と両手で皿を差し出す小鳥の頭をロッテが撫でる。ほわんとなる小鳥を白蓮が見つめ、
「小鳥さんって小動物ですよねっ」
「はぇぇ!?」
 隠喩、というか。『みたい』を省く白蓮、天然言葉攻めだ。

「そういえば、どうしてここに作ったんでしょう?」
 みゃーみゃー、かこんかこん。猫と時計の二重奏の中、ソラが依頼人に訊く。
「理由などない。ただここは昔から私だけの世界だった。それだけだ」
 頭で考えた理屈ではない。もしかしたら死にゆく最後の寄る辺が欲しかったのかもしれない、と。
 スコーンを摘んでいた海も聞き耳を立てる。憑物が落ちたような依頼人を見、ソラは紅茶に目を落とした。
 色んな想いが浮かんで消える。依頼人の事。身近な人の事。近くにいるのに解らなかった事と‥‥。
「笑顔になるって、とっても力のいる事なんですよ?」
 ほんの少し揺れたソラの瞳を知ってか知らずか、海は依頼人に言葉を紡ぐ。
「今少しでも笑えてたら、どんな事でもきっと良い事だったんですっ! だから死にゆくとか、ダメですっ!」
「そう、か」
 まっすぐな心が広場に響く。エリノアは聞いてる方が恥ずかしいと頬を赤らめるが、空気に流され口を開いていた。
「職人達の想いが込められ、あんたの想いが込められ。こんだけロックしてりゃこれから何だってできるぜ」
「‥‥凛もそう。皆の幸せな気持ちで、頑張れるから」
 菓子を頬張り凛。エリノアが気恥ずかしさを紛らすように鞄に手を突っ込んだ。
「想いは心を動かす。動いた心は地球だって転がすさ」
 取り出したのはケース。中にフルートが横たえてあり、それを口元に持っていく。
「その、ま、サービスな」
 素朴な音色が森に広がる。
 エリノアの郷愁を音に乗せ、心から平穏を祈って。兎を見ながら凛もハーモニカを吹く。鳥と時計と、エリノアと凛。優しい四重奏が広場を浄化する。
「はあぁ‥‥」
 とろんと世界に浸り目を瞑る白蓮。これがいつまでも続けば戦争なんてなくなる。そんな、幻想的な世界。
「――フムン、何か変だと思えば」
 が。
「正面の絵は普通おりむんだろ、おりむん! というか天辺に何も立てないのがそもそもあり得ない。旗だ旗、おりむんの! でビン牛乳オブジェ散りばめ‥‥」
 翠の妄想によって一気に現実に引き戻された。
 や、その。
『イイハナシダナーで締めようとしたのにっ』なんて言葉が8人の脳裏に響いた気がしたが、そんな誰かの泣言に関係なく音色は続く。
 時計の想いと翠の欲望を乗せ、遥か彼方へ。