●リプレイ本文
「高速艇トラブルで欠員が生じたのは残念ですね」
レールズ(
ga5293)が開口一番。皆疲れ気味で、もはや苦笑を返すしかない。頭を切り替えるように如月・由梨(
ga1805)が。
「ですが相手はスパイとはいえ、恋仲を引き裂くのは気が重いですね‥‥」
「スパイか。気持ちは解らなくはないけれど」
きっと異星人に付き従っても殺される。アグレアーブル(
ga0095)が感情を敢えて抑えたように呟く。
「不要な人間程扱いが面倒なものはありませんからね。それでも味方するというのですから」
「ああ。親バグア派ってのは信じがたい」
「そのように複雑だからこそ、人間だと呼べる気がします」
翠の肥満(
ga2348)とソウ・ジヒョウ(
ga5970)が早くも良い連携を見せ、ナオ・タカナシ(
ga6440)は生来の性格が表に現れた台詞。
沈黙。やはり同じ人間が相手だと経験者も慣れないものだった。
そこに比良坂 和泉(
ga6549)が、
「ですがそんなにも好き合えるというのは羨ましいです。俺は‥‥」
途中で女性能力者の視線を感じて下を向き、そういうの苦手ですから、とのたまった。笑顔が戻る一行。
「ふむ、なるほど」
何気なく由梨を和泉に近寄らせる翠である。引き締めるように由梨が宣言する。
「悩んでいても致し方ありません。私達は戦わなければならないのですから」
それが正義なのだと。
「街を、人類を危険に晒しかねない以上、仕方がありませんね」
レールズも同意する。
職員の用意していた安宿に入る一行。欠けてしまったキメラ対策は翠が兼任する事になる。必然的に、アパートから離れすぎない裏道に追い込む事が決まった。自宅を監視できる位置にキメラはおり、翠は処理し次第、裏道で待伏せなければならなかったからである。
●1日目――準備
広くはない街。だが住み心地の良い街並み。パリ縮小版とも言える見事な放射状。その割に中央駅、扇子のような大通りで分かりやすく、バグアの脅威など忘れたかのようだった。
そんな爽やかな朝。アグレアーブルは安宿で職員を通じて、今回調査した人間に話を聞く。結果、ロドリゴに不審な行動があるのは確かだった。
カプロイア社の子会社勤務らしい彼の父に、数ヶ月前から急に部品工場の話を聞き始めた事。毎週金曜深夜、街外れの廃工場に出かけている事。最近はそれ以外の外出は大学を除いて全くない事等。ヴィレッタに関しては、アパートでの会話から今のところバグアと関与はない事が分かった事。その手段について言わないところ、やはり超法規的組織である事が窺えた。
その後アグレアーブルは、レールズと共に弟の許を訪ねる。北西の住宅地。ベルを鳴らすと、ややあって玄関が開いた。
「誰」
パジャマの少年。
「ヴィレッタさんはご在宅ですか?」
「姉の知り合いですか? 姉がいるわけないでしょう」
それで弟だと理解する2人。
「俺達はULTの者です。少しお尋ねしたい事があって」
「‥‥そうですか」
どうぞ、と静かに促す弟。玄関を上がり廊下を進む。扉を開けると南向きの大きな窓から午前の光が差し込み、桂葉宅の気だるい空気との対比が逆に気持ち悪い。3人が座る。弟は、何を知りたいんですかと口を動かさずに。
「まずお姉さんの予定を‥‥」
「予定?」
はは。
「そんなもん姉にあるはずない。最近は奴の家にずっといますよ」
「そっか」
「と、ところでお母さんはいないんですか?」
「働いてますよ。朝から晩まで。父の分も」
環境が少年を歪ませたのか。さらに母親代わりだったろう姉まで男に溺れて壊れてしまった。それで、世界が割れた。
「独り、か」
アグレアーブルが僅かに目を細めて。
「学校、行こうね」
弟は答えず、他にないんですかと素っ気無い口調。この家を誰にも見せたくないようだった。レールズが慌てて、
「あと明日ヴィレッタさんと話したいんですが」
「そう。私はあなたの友人として、お姉さんと2人だけで恋愛相談したいんだけど」
「いいですよ。何時頃がいいですか」
「できれば夜が‥‥」
慎重に会話する2人だが、それを察したように弟は提案した。
「常識的にせいぜい夕方でしょう。じゃあ6時。場所はうちの近くの喫茶店で」
「え、あ」
押し切られる2人。早く出て行けという視線に押されるように、リビングを後にして急いで玄関を出る。閉まる間際。
「お姉さんの事は好き?」
閉まる。扉の向こうから「僕の知ってる姉ならね」とくぐもった声が聞こえた。
夜。情報収集から戻った7人は、余分に取った部屋で会議をしていた。
「つまり明日は18時前後しか無理って事か」
ソウが顔をしかめる。
「こちらが主導で約束の時間を動かせれば良かったのですが」
「プロは望まない状況でも遂行しなければならない時もあります。まずは‥‥」
翠が実感のこもった台詞を吐き、本日の成果を基に詳細を決め始める。
キメラはロドリゴ宅の東西50M、適当な家の屋根等に逆さに止まっていた。そこで対キメラ班はソウが西、翠が東を担当する。構える場所はアパートやや北西からソウ、北東から翠。さらに翠は近くの裏道で由梨と待伏せる。
次に確保は時間が限定された事により、18時過ぎに彼の部屋に突入する事が決定。突入班はレールズ、ナオ、和泉。そこで取り逃がした際は追跡方向を利用、誘導して待伏せの北東路地に追い込む。アグレアーブルの調査によって、その時間に彼が外出している事は殆どないと考えられた。そして北への連行方法は。
「UPCでは現在、近々実行される大規模作戦の影響か、こちらには車輌が出せないようです」
由梨が残念そうに。5人の顔にも失意の表情が表れたが、そこで由梨が続ける。
「ですが街で翠さんとレンタカーのミニバンを調達しておきました」
一度落としてから、救済する。なかなか良い話法の由梨だ。
「という事は部屋かアパート北東で確保後、大通りに駐車している車で北へ、ですか」
「ですね。比良坂さん、運転お願いできますか? 翠さんはロドリゴさんを捕まえていて他の突入班の方は未成年、俺は今日十分に下見できていませんから」
レールズの話をじっくり聞くナオと和泉。和泉が緊張して了解した。
「何か他に報告すべき事はあるか?」
ソウが全員を見回すと、特にないようだったので解散となる。勝負は20時間後だった。
●2日目――決行
1730時。7人が配置に着く。レールズ、ナオ、和泉が南、アパートの表の見える位置に潜む。幸いな事に人通りは殆どなかった。
『突入班、完了』
和泉が胸に提げたナイフを弄って気分を落ち着かせる。
『了解。翠はどうだ?』
答えるソウはアパート北西の3階建てビルの屋上に布陣。対して翠はやや離れた北東の待伏る裏道入口に隠れる。その路地の奥には服に小太刀を隠した由梨。
『完了です。待伏せの方も大丈夫です』
そして1人喫茶店内にいるのは。
『私だけ仲間外れ‥‥』
ぼそりとアグレアーブル。翠が、あなたが重要なんだとフォローする。
1750時。部屋の扉が開き、女が階段を下りていった。
『作戦開始』
「ヴィレッタさん?」
店入口で辺りを見回しているゴシックな女性にアグレアーブルが話しかけた。自前か詰め物か、胸の辺りの成長が著しい。
「弟の友達だそうで。早くして下さいね」
中世から抜け出た姿で、辛辣に。早々アールグレイを頼む。
「で?」
「‥‥先輩がいるのだけど、もっと仲良くなりたいけど部活以外の話があまり‥‥」
「先輩」に反応するヴィレッタ。紅茶をストレートで飲みつつ、左指で机を叩く。
「こんなに想ったのは初めてで、それであなた達は普段どんな話をしているのかなって」
「別に。ただ心が結ばれていれば‥‥」
進む恋愛相談。
アグレアーブルの演技が冴え渡る。次第に彼女の方の惚気話になっていく。
「それなのに彼はあたしを見て『お前は俺のものだ』なーんて皆の前で言ってきちゃのん!」
などとやっていたその時。
ガガガガ。テーブルに置いた彼女の携帯が震える。画面を見て顔色を変える彼女。
「用事‥‥!」
「どうし‥‥」
即座に席を立って店を出ると、南に駆け出す彼女。
メールなのか。だがそれだけで急ぐ理由が解らない。
『何か緊急‥‥』言い差した時。
『対象は窓から逃亡! これより追込誘導に入ります!』
これなのか。彼女が急ぐ意味。執念だけではない、異常を報せる仕掛け。彼から電話。窓に警報装置。あるいは。
●確保
突入班が一般客のように歩いてアパートの階段を上る。レールズがノック。裏ポケットの拳銃を意識して。反応はない。もう一度。ない。
「警戒が強いですね」ナオが目を伏せて「荒っぽくせざるを得ないのでしょうか‥‥」
コンコン。
中でガタリと音がする。
「突入するしか‥‥?」
和泉がやや震える声で問いかけると、3人で頷いた。
「UPCの調査にご協力願います」
レールズが扉越しに。
「了承いただけないのであれば申し訳ありませんが‥‥」
何かの開く音。そして。ダン! トタン屋根に何かが落ちたような音が響いた。
「ッ蹴破りましょう!」
言うや突入する。台所と8畳間の2部屋。奥には開いた窓があり。
「どれだけ敏感になってるんですか‥‥!」
レールズは愚痴りつつ無線で連絡する。幸い道の見通しは良い。3人も窓から跳び、追跡を開始した。
『作戦開始』
ソウはゆっくりと照明銃を20M先のキメラに構えた。
「やれやれ、銃が使えんのはツライとこだな」
しかし嘆いてばかりもいられない。多角的な視覚情報分析によって精度を上げる。見据える。引鉄に指をかけ。
「頼むぜ‥‥!」
指を絞る。微かな抵抗。普段、天高く飛ぶその球がキメラに向かう。
ゴッ! 投石のように蝙蝠キメラにぶち当たる。だが衝撃は吸収される。あとは光の熱。よろよろと飛び退る。ソウは即座に拳銃に持ち替える。弾はペイント弾。街に被害を与えかねないと判断した結果だった。
動く標的に合わせて、撃つ。それは過たず敵に命中し、突然の暗黒の為か、垂直に落ちていった。
これで時間は‥‥だが。
街の事を考えるならば、時間稼ぎだけしても結局奴が援軍を引き連れてくるのではないか。完全に死んでいれば、背後の敵も諦めるか、援軍にしてもより遅くなる。では‥‥。
ソウは考えるや、短剣に触れつつ急いで屋上を後にした。
『作戦開始』
その言葉を合図に、迅速に翠が動く。包んでいた棒状の金属を前方60度の位置にいるキメラに向ける。その姿は、得物は違えど狙撃兵そのもの。今回はその棒から電磁波が発射されるだけ。
照準を定める。そして。
突然爆ぜる敵。紅い物が壁にこびりつく。翠の強烈な電磁波が、音もなく蝙蝠を内側から破壊していた。
「‥‥やはり撃った手応えがないと寂しいですね」
言いつつもそこを離れ、由梨のいる待伏せ場所に移動する。
「お疲れ様です」
「これくらい僕には朝飯‥‥いや、朝の一杯前です」
人差し指を立てて。
「牛乳ですか?」
「今度ご馳走しますよ」
「さあ、どうでしょう」
残るは、確保。
●護送と誤算
窓から飛び降りた3人は、和泉が装備を切り捨てた身軽さで先行。簡単に背中が見えてきた。
容疑者は北に逃げていた。彼女と落ち合う可能性。そこにアグレアーブルの声。
『ヴィレッタが突然駆け出しました‥‥何かあるのかも』
『警報機とか?』
和泉が一旦西に折れ、北西に逃げるのを妨害する陣形。ここで追いつく事もできるが、大通りでは目立ちすぎる。やはり裏道に追い込む方がいいと判断する。
『もしかしたら発‥‥』
『ッすいません確保に移ります!』
一般的速度で15秒も北進した辺りで、和泉が西から北に回りこむ。容疑者は思惑通り東に折れる。まさに予測地点。前日に予行演習した成果だった。
『如月さん、翠さん!』
『了解致しました』
由梨が手錠を取り出す。翠が路地入口から対象を窺ってタイミングを計る。
「僕が秒読みを」
了承する由梨。4。3。2。
爆発するように飛び出すと、翠が前に立ち塞がる。対象は避けようとするが、速度が落ちたところで由梨が一息で後ろ手に縛り上げた。ついでとばかりに地に転がす。
『確保、完了』
追跡していた3人は、丁度男を組み伏せる由梨を目撃したのだった。
「比良坂さん、車を」
和泉が先にエンジンをかけに行く。一方容疑者は手錠を右手にされ、逆側は翠が自らの手首に嵌めて逃亡を防ぐ。
上にコートをかけて隠し、他の3人は周りで談笑するように装う。そして大通り、駐車中の車輌に辿り着く。暴れる容疑者だが、もはやどうにもできないのは明白だった。
「大人しくしていただけませんか?」
運転席の和泉に容疑者が突っかかろうとし、翠に引っ張られる。どすんと翠の横に強制着席。
安全運転気味に発進する。
「愛しの姫君とでなく、諸々不詳な野郎とで失礼」
翠がユーモアを交え話しかけるが、相手はガンを飛ばすだけ。しかし気にせず、仕事でしてね、と翠はスバラシイ笑顔である。
「僕の横に座れるとはあなたも‥‥」
急ブレーキ。
「どうしました?」
「い、いえ何か‥‥」
「皆さん!!」
ナオが左手前を指す。見る。そこには。
携帯とゴツイ銃を携えた、ゴシックな女。
力なく横垂れた顔で、こちらを見据えていた。速度を上げる。だが女は徐に両手を水平にすると、ガァン!
何の前触れもなく発砲した。女の真横を通り過ぎる。刹那の邂逅。その顔は悲痛に歪み、振り乱した黒髪が独特の凄みを出していた。
女は車が通り過ぎた風に任せて車道に出ると、やはりこちらを眺めたままずっと銃を構えていた‥‥。
●狂い、乱れる
「あれがヴィレッタさんだったんでしょうか」
車を降り、容疑者を歩かせる途中にナオが。建物も疎らになってきた北端。あの後一旦東端に出て北上した為、かなりの時間が経っていた。おかげで全員が引渡すのを見届けられる。
「何か叫んでおられましたね」
「あの細腕であの口径、下手すれば折れますよ」
由梨が彼女の切々とした姿を捉えており、翠は銃の方に目がいっていた。
「どんな姿だったんだ?」
「黒いフリルで引き攣った顔の‥‥」
役割上仕方ないとはいえ見られなかったソウに、和泉が優しく答える。その時アグレアーブルが職員に
「念の為に服を替えさせた方がいいかもしれません」
提案する。あの時携帯が震え、車輌を特定できた理由。発信機だと考えての事だった。
「では‥‥」
「俺は生きる為に敵となった人を知っています」
職員が言い差した時、レールズがロドリゴに向かって。
「悔やんでいました。自分の甘さを、大切な人を傷つけた事を。俺はあなたに悔やんでほしくない‥‥!」
容疑者は無言で車に乗り込む。排気煙が漂い、遠ざかる。
「‥‥打ち上げでも行くか」
ソウの言葉が空気に溶ける。恋人達の日を前に、一つの花は露と消えた‥‥。
<了>
――後日経過報告。
容疑者、催眠時に錯乱。現在精神病棟にて経過観察中。ヴィレッタ・桂葉、消息不明――。