●リプレイ本文
●レラのカゾク
「‥‥家族よ、私達は。観光しにきた家族」
雲が光を遮りがちな空の下、ロッテ・ヴァステル(
ga0066)が2人に言い聞かせる。2人――幸臼・小鳥(
ga0067)と翠の肥満(
ga2348)は頷き商店街を並び歩くが、苦笑を禁じえない。
「‥‥え、とぉ」
「異色なのは重々承知よ」
道の真ん中を闊歩する翠に白い目を向けるロッテと小鳥。牛乳片手に楽しげなのが憎らしい。
「ム? 僕がどうかしましたかね、ヴァ‥‥ろってねーさん」
「姉っ‥‥」「ろ、ロッテさ‥‥」
拳を握り締める音が聞こえた。諫めんとする小鳥の頭をわし掴み、気を静めるロッテ。そしてそんな事を意にも介さず歩き続ける翠‥‥のコートから僅かに覗くソレを見、漸く言葉を返した。
「グリーン。子供だから仕方ないけど、町中ではマジックハンドを仕舞いなさい」
町はどこまでも平和で、曇りがちなのが残念なほど。赤茶けた煉瓦がそこかしこに使われ、昔ながらの生活が垣間見えた。
「普通に‥‥平和ですねぇ。手がかり‥‥あるんでしょうかぁ」
「長閑すぎると疑えなくはないわ。何事もなければ、いいけど」
肉屋、玩具屋、服屋。と、鐘が町に響き渡る。学校か。実際に学校として機能しているならそこは問題ないだろう。
家を1軒ずつ訪ねた訳ではないが、レラに妙な点はなさそうだった。小鳥がへぁ〜、とカフェの店先でへたり込む。ロッテが椅子に引っ張り上げた。
「休憩して、遺跡に行く?」
「っはぃー!」
何が小鳥を駆り立てるのか。永遠の謎だ。
向かいに座った翠はポケットに突っ込んでいた手を挙げ、店員を呼ぶ。
「ご注も‥‥」「牛乳1杯」
‥‥。
即答に女性店員が若干引いたが、構わず翠が続ける。
「のんびりした良い町ですねえ‥‥でも戦場が近いでしょ、これで大丈夫なんですか? 生活とか、町に来る人とか悪くなってない?」
「元々ドラマで働く人が多いですし、今まで通りです。時々観光の人が休憩してくくらいで」
「僕達みたいな変な客?」
冗談ぽく、しかし目は笑わず。ロッテが話に加わる。
「この前南の町が襲われたでしょ‥‥その時逃げてこれた人だとかいなかったのかしら?」
「そういえば、煤けた格好の女の子が泊まっていったとか。でも何でそんな‥‥?」
「あーいや。僕らも町をヤられましてね。それで今旅路の途中、まァいわゆる、故郷無き旅人? 愛と安らぎの求道者ですな」
「は、はぁ」
関わっちゃいけない。そんな顔で店員が奥に引っ込むのを見て、翠はポケットからソレを取り出した。特製小型カメラ。さらにケーブルで繋がれた手帳も卓に出し、操作を始める。
ロッテが呆れて、
「怪しまれはしないけど‥‥今の物言い、変人よ」
「襲われるよりゃマシです」
「‥‥愛、実るといいわね。中将と」
「そちらもア‥‥」
録画した町の景色が映る手帳画面を見つつ、翠は殺気を感じて口を噤んだ。
●瓦礫の心
ゆったり私服をふにゃっと着こなした里見・さやか(
ga0153)が積み重なった瓦礫を少し動かし、中を覗く。散乱した本が見えた。
雨でも拭えぬ死臭漂う廃墟。一方で手掛りはたとえ当時あったとしても時と共に消えていく。九十九 嵐導(
ga0051)は町の北を見回し、息を吐く。
「やはり北の損害が大きいようだが‥‥あの時は深夜といえ、町の方から歩いてきたのか‥‥?」
「どんな敵だったんですか?」
「中型の剣牙虎だな。少女とやらは既にいなかった」
「それでこの似顔絵、ですか」
さやかがコピーを懐から出し、再度見る。子供の歪んだ絵だが、無いよりマシだろう。それに
「僕がギリシアで見た親バグア派と同一人物とすれば、特徴は捉えてます」
町の南から戻ってきたファブニール(
gb4785)が、自分の紙に線を描き足していく。多少髪型や目元を整えた後、それを2人に渡した。
確かに近い。が、ファブニールの言う「少女」と今探している「少女」が違う可能性もあるだけに、決め付けは危険だった。さやかはニット袖に隠れ気味な手を顎に当て思案する。
「であれば少なくともキメラは人のいない場所にしか隠せない‥‥少女よりキメラを探す方がいいかもしれませんね」
「うむ」
北を回る。肉塊となっていた町民の遺体は葬られた後で、無味乾燥な瓦礫が残るばかり。足跡等もなく北西の道に辿り着いた。
「む」
とその時、嵐導が小石のような物を茂みで見つけた。手に取ると妙に軽い。水洗いしてみるとそれは。
「骨片、かもしれん」
人を襲い、肉を喰らいながら去った虎がいたのか。
嵐導が写真を撮る脇で、さやかはもう出会う事も出来ぬその人に黙祷を捧げる。自分にできる限りの事をすると。
ファブニールも同様に目を瞑り、しかし一方で少女に思い巡らせた。
――赦される事じゃないのは解ってる。でも、それでも彼女も‥‥救いたい。
●ドラマの旅情
「マジ、もー、アバンチュール! チョリ――ッス!!」
「煩い」
「いいッスよ2人とも! こっち向いてこっち!」
パシャパシャとシャッターを押しまくる植松・カルマ(
ga8288)からヒメが顔を背けるが、効果はない。変わらずヒメとクラリア・レスタント(
gb4258)の周りを動きながら撮り続けるカルマ。レンズ越しに風景を見る。2人の私服、白い首筋、不機嫌と困惑の表情、靡く髪。――背景の街並。
「みたメは‥‥ふツぅだとおもウのデすが‥‥ソの‥‥」
「はいキター! 花の恥じらい頂きッス!」
「‥‥アレは無視でいきましょ。ガイド見せて」
観光で舞い上がる客のフリだとは一応理解できるが、なんとなく不快。複雑な表情のヒメにクラリアは首肯しページを捲る。水と緑溢れる公園や丘からの夜景等、温かい街が紹介されていて黒い影の欠片もない。
『最近物騒だし、ここものんびりしていられないのでは、だとか人に訊いてみては?』
筆談でクラリアが出した案に異論はなく、公園に向かう3人。途中で水面に立つ謎のサンタ像がいたが、ひとまずスルー‥‥したかったのにやはり撮るカルマだ。
「それは関係‥‥」
言いかけ、隣のクラリアもせっせとサンタをスケッチしているのにヒメは気付いた。
愉快犯と真面目すぎる娘。少し泣きそうになった。
「まぁ平和なもんで。近くでキメラを見たいう話も殆ど聞かん。軍人さんが頑張っとる証拠ですな」
「ジジイも見た事ねェんスか?」
カルマの言い様にも腹を立てず、朗らかに老人が頷く。
水のせせらぎが涼風を呼び、木々は空気を浄化する。ベンチに座ると仕事中という事すら忘れそうだった。
「ハ。何もねースねェ‥‥てかもー俺ら遊ぶしかなくね!? なくね!?」
「もう少し真面目を維持なさい」
もはや自然を背景に撮られるがままのヒメだ。クラリアはそんなヒメの袖を引くと意を決して覚醒し、口を開いた。
「その。少し、時間を貰っていいでしょうか‥‥?」
●クラリアの違和感
ドラマ北の丘はどこまでも穏やかで、南は街並、北はロドピ山脈のパノラマが広がっていた。クラリアはカルマの車が街に戻るのを見下ろしながら草の上に座る。
――このどこかに『敵』がいるの?
ジオラマの街を見るうち、いつものようにスケッチを始めていた。手元に世界を切り取る。流転する刹那の世界を。
巡る。
巡る。
どれだけそうしていたか。雲の向こうに少し橙が差してきたのに気付き、クラリアは急ぎ立つ。そして街に戻らんとした時、不意に、全く何の気もなしに山の方へ目を向けてみた。
――雄大な、自然‥‥。‥‥?
まさに偶然だった。北西の向かいにある山肌に、直線的な異質感を覚えたのは。
「要望はどっかあるッスか? 適当に回ってもいいスけど」
「‥‥西の教会の方」
「了解ッス」
車で街を移動する。窓の外は平和そうな人々や建物。
60km南は戦場だというのに。ヒメは若干眉を寄せる。
停車。扉を開けて歩道に出る。中心より建物が少ないだけに探索し甲斐があった。ヒメが歩き出そうとした時、カルマが話しかける。
「ま、気長にやるッスかね。てか見つかんねェ方がヒメさんといれるし!」
「‥‥なら、別行動で」
「ちょちょ待っ!」
うはー漸くオトナの時間ッス、と伸びをしていたカルマが慌ててヒメを引き止める。振り向いた彼女の表情には焦燥感や苛立ちのようなものが珍しくありありと浮かんでいた。途端に手を引っ込めるカルマ。
「あー。そーいう顔もいいんスけど」カメラを弄りつつ「こー、余裕かまして笑ってる方がらしいスよ」
ヒメが返答に窮するうちに教会の方を撮り始めるカルマ。
居た堪れない空気が漂ったその時、無線からクラリアの声が聞こえた‥‥。
●遺跡と頭
「はぁあ‥‥遺跡‥‥ですぅー」
「だから何でそこまで浮かれるの‥‥」
ロッテが声をかけるより早く小鳥が車を飛び出し駆けていく。家や教会跡らしき石壁の間を抜け、未だ屹立したままの石柱の前へ。小鳥は車の方に振り返りながら
「ロッテさん達も早っ‥‥あにゃあ!?」
こけた。ガァンなどと壮絶な音と共に倒れ伏す小鳥。
流石にロッテと翠が駆け寄ると、妙に嬉しげにクラクラしている小鳥がいた。
「‥‥大丈夫?」
「私の‥‥いせきぃ‥‥」
「いや幸臼さんの頭には脱帽ですな。ほらココ」
翠が指差す石柱の根元をロッテも見てみると。そこには、今の衝撃が原因と思われる真新しい亀裂があった。
「この手の場所は利用され易いけど‥‥録画は?」
「録った先から見てますが‥‥」
利便性を求めた手帳型モニタへの出力では限界がある。後程見直すか、この場で自身の目と勘を働かせるかしかなかった。
「ロッテさぁん‥‥この辺ですかぁ?」
小鳥が100m程先から細い声で問いかけてくる。頭に巻かれたロッテのランニング切れ端が痛々しい。
「ええ、そこをお願い。私はざっと回ってくるから」
「では僕も」
息も合い、適度に余裕を持って真剣に取り組める3人。効率的な探索が続く。
●誘き出し
ジーザリオが徐行しながら所在なげに北西へ進む。というのもあの骨片付近で僅かに土に残る獣の足跡を見つけたものの、途中から忽然と消えていたのだ。
「やはりトラックか何かで運搬したのだろうか」
助手席で嵐導。白い軽トラが通り過ぎるのを観察し、ナンバーをメモする。
後部座席では道路脇を注視するさやかが曖昧に頷いた。
「運搬したとすれば余程躾が行き届いているようですね。どこかで休憩して暴れさせたりという事がなさそうですので」
今のところ脇の茂みや木、歩道に不自然な破損は見当たらない。あるいは意外と隠れ家は近いのだろうか。
そんな時だった。運転しつつ考え込んでいたファブニールがその案を口に出したのは。
「あえて一般的な周波数で通信してみませんか? いや実際繋がらなくていい、とにかくこちらの位置を発信するんです」
17時を回り、野を駆ける風は冷たくなってくる。分岐点で停車、武装して外に出た。3人は全方位に意識を向ける。見晴らしは良い。こちらに有利だろう。
「‥‥適当な周波数で何度か試します」
ファブニールが微妙に弄りながら呼びかけていく。雑音雑音。
10分が過ぎた。
そもそもが市販の物であるだけにやはり難しいか。落胆しかけたその瞬間。さやかの直感が、大気の変化を感じ取った‥‥!
「きます!」
北北東。さやかが超出力銃を中空に向けた直後、空飛ぶ針の如き魚が飛来した。
瞬間的に体を捻るさやか。風切音。首筋を削ってソレが過ぎる。振り返ると地に突き刺さった魚。嵐導が連射して処理するうちにファブニールが矢面に立つ。相次いで襲ってくる3つの影。
衝撃衝撃!
盾に突き立つ感触と、右肩に灼けるような痛み。残る1匹が無理矢理方向を変え嵐導に突っ込んだ。
「ぐ‥‥!」
「九十九さんっ」
「急、所は避けた。強化を頼む」
腹から血を流しながら嵐導が刺さった魚を引き抜くや、銃口を押し当てて引鉄を引いた。
一方で2匹の特攻を受け止めたファブニールは、尾を振る肩の魚を右手で掴み、さらに盾を、判子を捺す要領で地に押し倒してもう1匹も封じる。
「そう何度もやられません!」
幾度も繰り返してきた刺突。
動きを抑えさえすれば空魚の勝ちはない。ファブニールが強化の光を纏った細剣で訓練の如く処理し、戦闘は終った。
「他に敵影はない、ようです、ね」
暫くそのままで警戒してみるが、気配はない。さやかが辺りを見回しつつ嵐導に近付き、治療を施す。
「剣牙虎も来ていたら危なかったな」
「ですが、はっきりしました」
ファブニールが山脈を見据えて。
「ここから北北東の遠くない所に、少なくともキメラの隠し場所がある‥‥」
●遥か
瓦礫の町班から連絡を受けた一行は、20時を回った頃カヴァラに集合した。目印の水道橋で落ち合うとホテルを確保し、部屋で情報整理を行う。
ロドピ山脈の斜面。キメラ。途中で消えた足跡。レラの煤けた少女の話。
「今日道路ですれ違ったのは正式な運送屋だったが、敵も運搬手段を持っていると見ていいだろう」
メモ帳に書き留めたナンバーをULTを通し照会してもらった嵐導が言う。翠が出た話を素早く纏め、録画したテープも付けてヒメに渡した。
「ま、1日でこれなら充分でしょ。さらに動くならまた準備して、ですな」
「この情報で‥‥上手く追えるといいですけどぉ」
報告会はそれまでとなり、各々帰っていく。と、立ちかけた嵐導がヒメに向き直り、軽い気持ちで、
「情報は集まりつつある。が、不用意に独りで飛び込む事だけはしないと約束して貰えるだろうか」
「‥‥ぇ」
半開きの口を隠す事もできないヒメである。図星かと嘆息する嵐導とロッテ。
「貴女の決意は解るわ。でも独りで根を詰めない。息抜きも大切よ‥‥」
「ッスよ! てか俺がヒメさんの息抜きになるッス!」
カルマにまで囃し立てられ、曖昧に頷くヒメ。そのうち小鳥が観光に誘いにきた為、お開きとなったのだった。
「あのお城、何なんですか?」
「ん? 嬢ちゃん観光かい。あれはな‥‥」
港を歩いていた地元の人にさやかが訊く。地道な工作がいざ噂になった際の防波堤となる事を十二分に承知しているが故の保険である。解説を適当に流しながらさやかは夜のエーゲ海に目を向ける。暗い海に浮かぶクルーザーが見えた。
「‥‥うみ」
潮騒は心を掻き立てるようで。
ふら、と港の端に歩を進めると、体操座りで海を描いていたクラリアを危うく蹴飛ばしかけた。
「すみません」
「‥‥?」
横に座る。潮の匂い。暗くても澄んだ海面。遠くの空がぱっと瞬き、遠雷の如き砲声が聞こえてきた。その光によって分かたれる、夜の空と海。不謹慎とは思ったが、綺麗でもあった。
後ろから来たファブニールが独りごちる。
「きっと少女も、ヒメさんも‥‥人類皆も、憎しみは連鎖して。それがダメなんて誰も偉そうに言えない。だったら。僕達が出来る事は何があるんでしょうね‥‥」
自問に外から与えられる答えなどない。あるのはただ自分の思いだけ。
断続的に輝く遠い海面。3人は言葉もなく、じっと深い海を眺めていた。