●リプレイ本文
天候のせいか、清藤村が拒んでいるのか。薄ら寒い空気が肌を刺す。
山は暗く、ざあざあと降る雨は冷たい。
「これでお赦し頂けるといいですが」
麓の人を見送り本殿に来た一行は、ロボロフスキー・公星(
ga8944)が日本酒を奉納するのを神妙に見守る。古い日本の札を本殿の中に置いた。
劉黄 柚威(
ga0294)と幡多野 克(
ga0444)が拍手を打って首を垂れる。
「人が居ないならこれ位しかできないか」
「歓迎されては‥‥ない、よね‥‥」
「まんま墓荒らしやからな。ちゅーかほんまあるんかいな」
懐疑的な見方をする九頭龍 剛蔵(
gb6650)。その声に反応したのが、
「あり‥‥ますぅーっ」「若いのに浪漫が解んないですかね〜っ」
手を合せて本殿にムニャムニャしていた幸臼・小鳥(
ga0067)と白蓮(
gb8102)だ。高い声が雨の廃村に響き渡り、見つめ合う2人。猫と犬。気が合いそうな感じがした。
「ややっ、貴公」「やるな‥‥ですぅ」
「何、その意気投合」
嘆息してロッテ・ヴァステル(
ga0066)がツッこむと、2人が即座に捲し立てる。
「だって‥‥楽しい宝探しですぅ! そう思いません‥‥かぁ?」
「ですよっ♪ こんな格言があります。『何故宝を探すのか。それは其処に宝があるからだっ!』」
「深いですね。実際宝に命を賭ける人と初めて会いましたけど‥‥折角ですし、全力でやりましょう!」
純粋に信じたファブニール(
gb4785)が白蓮、次いでダンを見て拳を握った。剛蔵がジト目で見上げる。
「でも曰くありげやで?」
「社の前で罰当りな事は‥‥」
真面目に参拝を終えたロボが忠告するが、廃墟となった村を見回した小鳥は声を漏らす。
「た、確かに‥‥薄気味悪いですけどぉー」
たじろぐ小鳥。そこで偶然彼女の背後を取る形になった克が小声で呟いた。
「大切な宝‥‥取って‥‥呪われたりして‥‥。人死‥‥出ないといいね‥‥」
「ひぁあぁあっ!?」「ぅ‥‥」
悲鳴を上げる小鳥と身震いするダン。
大音声と雨音に紛れて自身の呻きは聞かれなかったと安堵しかけるダンだが、秘かに注目していた柚威が近寄り
「トレジャーハンター、引退した方が身の為ではないか?」
「る、るせェ!! とっととやるぞ!」
生暖かい視線で哀愁の背中を追う8人である。
「虐めてばかりでは‥‥可哀想ですし‥‥ロッテさん、行きましょぅー」
小さな小鳥に手を引かれ、ロッテは苦笑した。
「小鳥、いつになく楽しそうね。‥‥まぁ私も嫌ではないけど」
●鬼門
「あ〜るといいなっ、たっからもの〜♪」
合羽の下に着込んだ忍装束といい、見るからに「楽しんでます」と主張しながら白蓮が本殿裏を覗き込む。山の木々と距離が近く、猫の額程の広さしかない。失礼しまぁす、と徐にシャベルを突き刺した。
「ゲンノオニとかキオベエとか解んないけど、まずはさくっといってみるしかないですよねっ」
「確かにそうですが‥‥麓の役所で貰った資料によると、村は変化を拒むかのように不変なんですよ」
ファブニールは周囲を観察しつつ白蓮に言う。雨足が弱まる気配はなく、廃村を幻の如く覆い隠す。柚威と克が本殿正面で話している声すら聞こえ辛い。
「つまり?」
「村の広さも伝承と違わない。とすればこんな狭い所の可能性は低いかも」
「やっぱり伝承を読み解かないとダメでしょうかっ」
首肯。が、白蓮はそのまま掘り続ける。妙に楽しげな彼女を不思議に思い、ファブニールは資料から顔を上げた。
「別の場所行かないんですか? 僕は移動しますけど」
「や、そのっ、ヤミツキというか、浪漫だからいいんですっ! ファブニールさんも泥濘でこけない様にお気をつけっ」
移動するファブニールを見送ると、白蓮は梃子を利用し土を返す。土に刺さるシャベルの感触が気持ち良い。
村に入った時の妙な悪寒は消えていた。‥‥まるで、気配に慣れてしまったかのように。
克と柚威は本殿正面を掘り返して手応えがなかった事から、瓦礫となった東の家々を見て回る事にした。雨と泥のせいで意外に体力を使う。
「で、例の伝承。どう思う」
「そう、だね‥‥」
瓦礫を退け、壊れた家財を手に取り柚威が訊くと、克は自論を展開していく。
「キオベエの宝が一族の宝で‥‥ゲンノオニの祟り‥‥とすると‥‥オニは家来、村人の祖先‥‥だから‥‥家の下?」
「家だとすれば、村長宅が怪しいが」
次々調べつつ柚威。雨が音を立てる。
「清藤村。ゲンノオニ。『清』の宝に手を出せば『源』の鬼が現れる、か」
「東北、源‥‥どこかで聞いたような‥‥」
克の脳裏を何かが過った気がした。だがそれは確かな形を成す前に霧散してしまう。
そんな克を見て、柚威は中腰をやめ背を反らした。
「謎解きを考えるのは楽しいものだが‥‥この先は村長宅に行って考えようか」
●裏鬼門
本殿から北回りで村の西へ5人が向かう。途中、ロッテは風化した人か何かの彫刻を見つけ、拾い上げた。
「ジャパンには珍しい物が多いわね‥‥」
「鬼、でしょうか」
「こっちにも‥‥ありますぅー!」
率先して南西の瓦礫に突き進んでいた小鳥が、ソレを見つけ出し持ってくる。
剛蔵とロボを両脇に連れたダンが2つを手にし、見比べた。手彫りでほぼ同じ形状。
村に伝わる風習だろうか。一応鞄に入れておく。
「オニが信仰の対象ってか?」
「単に祭っていただけか、鎮めていたか。気になりますが、解りそうにないですね」
ロボの言葉が不吉に響く。雨はざあざあと村を圧しつけるよう。
ダンが作業を促し、南西の探索が開始された。
「やれやれ。探せ、探せぇて」
急かされつつ剛蔵が万物の瞳を開くと、不思議な視界が脳内に広がった。空から降る雨。大分風化した残骸。流れる泥。村の南西境界には大木が聳え立ち、何かを護るかのようだった。
「? おい。早く探すぞー」
「黙っとれ。今俺なりのやり方で探しとるんやないか」
「あ、ああそうかい。なら俺ァ勝手に独りで探すさ!」
いじけて村の西側で最も広い場所のど真ん中を掘り始めるダンである。
「ガキか、オノレは」
まさに子供の喧嘩を繰り広げる2人をよそに、ロボはその大木に歩を進める。
大人3人が輪になって手を掴める程度の幹は、付近の木より明らかに太い。樹高は解らぬ上、伝承の時代に生えていたのかも不明だが、周囲と違うのだから調べる価値はある。
「これを目印、あるいは宝と共に植えた可能性も‥‥」
根元から1mの所にシャベルを突き立てると、剛蔵とダンを呼び本格的に掘り始める。飛び跳ねる泥が油絵具か顔彩のように見え、ロボは我知らず微笑を浮かべていた。
一方でロッテと小鳥は家の残骸から数mの所を掘りながら、時折瓦礫を見て回る。
例の彫刻や古い机の破片が雨に流され、僅かに動く。
「宝‥‥金銀財宝‥‥ですかねぇ‥‥楽しみですねぇー」
さくさくと残骸を拾っては投げ拾っては投げする小鳥。もはや投げる事が目的とすら思えるその姿をロッテは見守り、土を掘る。
「こういうのも悪くないわね。これで掘り当てたら良い土産話に‥‥」
「にゃぁ! ロッテさん、ここ掘れにゃんにゃん‥‥ですぅー!」
達観した瞳で言わんとした瞬間、小鳥が声を上げた。残骸の隙間で何かを見つけたのか。
ロッテが行くと、小鳥は土壁に囲まれた所で幼女の如く謎ステップを踏み犬のおまわりさんを口ずさんでいた。どうしようもない虚脱感を堪え、ロッテはそっと指定の所を掘り始める。
「‥‥小鳥。人前でやらない方がいいわよ、それ」
13時には到着した筈の一行。だが手掛りの少ない作業は、成果のないまま3時間が30分のように過ぎていった。
●接近
「ココ掘れわんわんですっ」
幸臼さんが猫なら自分は犬だ、とは考えるべくもないが、白蓮は先頭で村長宅跡を探索していく。すぐ後ろのファブニールが異論を唱える。
「いえあっちです」「ここですっ」
「や、あるなら蔵とかの下でしょう。それか寝所に隠された秘密通路とかです!」
「う〜っ」
ちぐはぐなようで妙に合う2人である。
――ぴちゃ。
比較的損害の少ない村長宅は屋根と外壁こそ半壊していたが、家の造りが解る程度には残っていた。だからこそ張り切っているのだが、
「宝の地図なんてのは普通残さないか」
「骨も‥‥残ってない、ね‥‥」
懐中電灯片手に物騒な事をのたまう克に、
「‥‥。ああ、まぁ」
言いつつ距離を取る柚威だ。そのままばしゃばしゃと雨を弾き土蔵跡らしき所に入り、白蓮達に進捗具合を尋ねる。
「目星はつきそうか?」
「元から床がないようですので、埋めた上に蔵を造り、腹心の部下が長として管理したとも考えられます」
掘る価値はあると判断するファブニール。
柚威は白蓮と共にシャベルを土に差し込んだ。3回。8回。交互に掘っては土を置き、また掘り進める。半壊した家とあって掘った土の置き場に困る程狭く、周囲の見通しも悪い。
――祟りかキメラか‥‥どっちにしても襲撃する‥‥なら‥‥この状況‥‥。
克が嫌な推測をした時、無線からロボの声が聞こえてきた。
『1645時です。夜になる前に中央へ集まりましょう』
「了解」
――ぴちゃ。
克がそれを告げ、柚威らに作業を終えさせる。まだ村中央を調べる猶予はあるといえ、流石に落胆の色が隠せない白蓮。ファブニールが首を捻る。
「この辺だと思うんですが‥‥もっと早く村長宅を探すべきでしたかね」
――ぴちゃ。
急ぎ土蔵を後にする4人。『ぴちゃぴちゃと』音がなる。
彼らは気付かなかった。掘り進めた最奥、人工的な壁か何かが僅かに覗いていた事に。
そして。
ねっとりとした音がいつの間にか付き纏っていた事に。
「今から向か‥‥」
ファブニールが無線に言いかけた刹那、横の壁が吹っ飛んだ‥‥!
●死霊
「ッ察知できないなんて、ね‥‥!」
瓦礫の中、あるいは木々の間から脚を引きずった武士の如き者どもが姿を現すのを、村の中央にいたロッテ達が悔しげに見回す。5体か。他にも村長宅に襲撃があったらしい事が無線から伝わる。
「うー、廃村にこんなキメラぁ‥‥バグアも空気読みすぎですぅ!」
「正真正銘亡霊やったりしてな」
魔弓に矢を番えて震える小鳥に剛蔵が言い、自身も銃を構える。ダンを庇うように剛蔵とロボ。ロッテは徐に西へ踏み出した。北の敵は別班に任せる。ならこちらは。
「行くわよ!」
息を止め、しなやかなステップで敵懐に入り込むや、伸び上がる勢いでツインブレイドを斬り上げる。籠手で弾く敵。刀の突き。ロッテが半身ずらし紙一重で躱した。遠心力を加え斬り、払う。
「小鳥、援護! 公星と剛蔵はダンをお願い!」
「ロッテさんには‥‥手出しさせないんですぅ!」
ロッテが隙を突いて蹴り飛ばした瞬間、小鳥が矢を放つ。驚異的な2射が過たず鎧と面の隙間を穿つと、同時にロッテは前宙から杭を打つように渾身の力で敵顔面を貫いた!
「各個撃破されるようじゃ、折角の埋伏が台無しよ」
次の獲物にロッテは向かう。
一方で東から南にかけての敵3体がダン達に殺到する。力強い踏み込み。素早い居合が伸びてきた。
衝撃。
盾で受けんとする剛蔵だが勢いを殺しきれない。盾が泳いだ隙に胴を払われた。痛みを堪え発砲する。
「大人しせぇ、すーぐ楽にしたるわ!」
「右です!」
ロボの指示が飛ぶ。右を向く事なく転がる剛蔵。刀が脚を掠めた。血が噴き出る。ロボが超機械をぶっ放す。
「ダン氏の守護を第一に考えましょう」
背に依頼人を守りつつ、彼らは次第に北へ退く‥‥!
ガァン‥‥!
側頭部を叩きつけられたような衝撃にも拘らず、4人の対応は素早かった。
「固まって‥‥!」
克とファブニールが左右の斬撃を受けきる。瓦礫が視界に舞う中、合間に覗く武士の姿。返す刀で敵の腕を貫いた。斬、連撃。狭い空間で柚威を中心に決して崩れぬ陣形。白蓮が北の敵と正対するや、一瞬沈み込み草摺の下から脚爪で蹴り上げた。傾ぐ敵。背と腕を使った回転に敵を巻き込み立ち上がる。
「武士の亡霊‥‥伝承の守護者を踏み躙る様で気が進みませんが、キメラを放ってはおけませんっ」
追撃しかける白蓮だが、突如肘鉄を繰り出す敵。避けきれない。鳩尾に喰らった次の瞬間、肩口から斬り裂かれる。
「キメラじゃなかったり‥‥して」
「それはそれで浪漫だが」
柚威が追撃せんとする敵を撃つ。敵の手首から先が弾けた。間隙を突き白蓮が首筋に豪快な蹴りをお見舞いした。
「そんなの浪漫じゃないですっ」
殺った、と思った直後、敵が体当りしてきた。白蓮が屈み、直後柚威がぶっ放す!
「邪魔をしないでもらおう」
「折角宝に迫った気がしたのに‥‥!」
左の敵を盾で抑えていたファブニールが一気呵成に攻め立てる。連続刺突がみるみる敵を削っていく。同時に背後では克が完全に敵の剣筋を見切り、受け、返す。雨に紛れる剣戟の音。斬り、受け、払う。さらに流して膝を薙いだ。
「終り‥‥!」
克とファブニールの刺突が別々の敵に吸い込まれ、呆気なくキメラを土へ還した。伝承を冒涜した罰を与えるが如く。
「宝を――この地を守ると誓った人。僕達は会えそうにないけどその心は‥‥受け継いでますから」
こんな事がない限り近付く事もない。安心して眠っていて下さい。
崩れるキメラを見下し、ファブニールは真の守人に誓った。
「いけます!」
5体目とロッテが斬り結んだ刹那、ロボの合図が聞こえた。
合せてロッテは体重の乗った刺突を鎧にぶち当てる。衝撃に吹っ飛ぶ敵。同時にロボの電磁波が敵を襲い、常世へ送り出した。
「ラ・ソメイユ・ぺジーブル‥‥」
雨中、いちいち急所を狙わねばならなかった面倒さ。流石に疲れ気味にロッテは呟いた。
●かくて宝の旅は続く
村中央に集まった8人は、1時間程掘っても手応えがない事から帰還、そして依頼の終了を決断した。当然渋るダンだが、
「また敵‥‥出ないとも限らないし‥‥夜は危ない‥‥と思う」
「固執するのも良いけど‥‥最善の判断をしてまず生き残らなきゃ、トレジャーハンター失格よ」
克とロッテに痛い所を突かれ、首肯せざるを得ない。投げ遣りに返事して元来た道を戻り始めるダンにロボが声をかけた。
「形ある物だけが財宝じゃない。死して尚主君に仕える心。受け継がれる伝承。視えない想いを知る事も立派な宝よ」
「それに宝探し‥‥面白かったですしぃ」
「宝を求める浪漫こそ、きっと宝なんですよっ」
なんとなくイイ話に持っていく小鳥と白蓮である。
「んぅ〜、でも今はシャワーも宝ですねっ」
こうも楽しげにされると、いつまでも不機嫌でいるのすら馬鹿らしくなる。ダンは苦笑して歩調を緩めた。
「世界中に宝はある、か」
「夜は長い。麓の町で緑茶飲みながら冒険譚でも聞かせてくれ。緑茶、飲みながら」
「お、おお! 宇宙人だのタタリだのがなけりゃ、俺ァ大活躍よ! なんたって‥‥」
柚威が依頼人を立ててやると、ダンは少年のような瞳で語り始めた。
こうして9人は村を後にした。忠臣に抱かれ眠り続ける宝を残して。