●リプレイ本文
騒然とした空気が漂い、町民は木陰に座り込む。何度目だろう、自分の町から逃げ出すのは。そんな無念が伝播していく。
呪詛の如き呻きを平然と聞き流し、火絵 楓(
gb0095)は母親の肩を「羽」で叩いた。
「安心して。メリナちゃんはこの楓ちゃんのみりょくびーむで助けてみせるから! ね♪」
「は、はい」
桃色鳥の着ぐるみに身を包んだ楓に不安を隠せない母。
「お願い、します」
「私達と、自分の娘を信じてほしい‥‥」
同じく娘に配慮してバニーさんな御沙霧 茉静(
gb4448)だが、何故か茉静に言われたら心が落ち着く。永遠の謎だ。
「それで、娘の写真とかはあるかしら?」
「命がかかってますから‥‥万全を期した方が‥‥いいですしぃ」
「あ、はい!」
ロッテ・ヴァステル(
ga0066)と幸臼・小鳥(
ga0067)が言うと、母親は財布から写真を出した。ロッテはそれに加えて町の地図へ目を落とす。
一刻も早く駆けつける必要があるが、一方で情報がなければどうにもならない。
――それに、キメラの背後の影。前もギリシアで統率された敵に遭遇した事を考えると。
「これも頭の回る馬鹿がついてそうッスねェ」
同様の考えが頭を過ったのだろう、植松・カルマ(
ga8288)が小鳥の肩越しに割り込んでくる。悲鳴を上げ前に転ぶ小鳥である。
「準備するに越した事ァねーッス」
「これ以上厄介になると、女の子の救出も困った事になるからねぇ」
「まそれでも、情報さえありゃ戦えるっつー訳よ」カルマが七ツ夜 龍哉(
gb3424)に応える。が。
「‥‥とか言っちゃう俺、マジヤバくね?! てか惚‥‥」
「あー、行くぞ。地図は後で見せてくれ」
即座に調子に乗るカルマの言葉を、ユウ・エメルスン(
ga7691)が遮った。
「さぁて。んじゃすぐ戻ってくるよんっ」
母親に楓は満面の笑みで。
町の崩壊音が微かに届く。敵は手当たり次第に破壊しているのか。ならば逆に有難い。娘――メリナは、引っ込み思案なのだ。だからじっと隠れている筈。
「では行きましょう!」
「時間との争いってのは面倒なんだよな‥‥」
意気込むファブニール(
gb4785)と、いかにも冷めたように独りごちるユウ。が、ファブニールは目撃していた。走り出す直前、ユウが母親の方を振り返り、絶対に連れ帰るとでも言うように視線をかわしたのを。
●見えざるもの
「‥‥で。何だあれは」「余裕、て事かねぇ」
大通りの家の陰で嘆息したのはユウと龍哉。そして50m程南、瓦礫の只中で威容を示すかの如く悠然と浮いているのが戦乙女らしき敵影なのだが。
「他は発見できません」
ファブニールが顔を出し、双眼鏡で見回してもその1体以外はまだ見えない。
「罠、かしら」
「裏で誰か率いてやがんのが濃厚ッスね」
あからさまな誘い。だが捨て置く事もできない。ならば。
「どうせキメラは全て殺すのだから‥‥私と小鳥が奴の相手でもしてやるわ。皆は他の敵を探して」
「俺も残ろう。ここを抜かれたら救助班まで一直線だしな」
中腰で敵を窺うロッテに続き、ユウ。カルマ、龍哉、ファブニールは頷くと、後退して東西の細道に進入していく。
足音を聞きながら、目前の敵に集中する3人。瓦礫の臭いが鼻につく。埃が舞い上がる。
「小鳥‥‥目障りな蚊蜻蛉に熱いベーゼを見舞ってあげなさい!」
「っ‥‥ぅ、撃ち落した後は‥‥お願いしますぅ」
小鳥が紅潮した顔で低姿勢から照準を合せる。目標は神に仇なす模倣物。いつものように自らの鼓動を感じ、息を止める。
1秒が限りなく引き伸ばされる感覚。ロッテとユウが一瞬早く陰を飛び出した!
銃口が敵を捉える、刹那。
ガァン‥‥!
僅かな力で放たれた銃弾が、羽の根元を撃ち抜いた‥‥!
店の扉を潜り、慎重に店内に入る楓と茉静。カウンターには無造作にパスタが置かれ、店内で目を引くのは所在無く漂う湯気だけだった。
「メリナちゃ〜ん、お〜いメリナちゃんや〜い、楓ちゃんだよ〜?」
「‥‥」
対称的な2人である。
「怖くないよ〜? ただの愛くるしいだけの鳥さんだよ〜♪」
店内無反応。
む〜、と眉を寄せる楓。羽と化した両手をカウンターにつき、跳び越えてキッチンに入った。階段発見。だがここには何の気配もない。
店の外で銃声が轟いた。別班の戦闘が始まったか。楓は決意を新たに、両腕を自身の体に回してしなを作る。
「待っててね〜、すぐぎぅ〜って抱っこしたげるから♪」
そのまま茉静の方を肩越しに振り返ると、店内を探していた茉静もすぐ追いついてきた。階段を上る。2階廊下が見えてくる。瞬間。
物音。
各々が得物を構える。右の部屋。視線を交わす。2、1‥‥
「誰だ‥‥!」
部屋へ飛び込むや茉静の蛇剋が煌く! 次いで楓はステップから短剣を投擲し――ようとし、動きを止めた。何故なら。
「それはこっちの台詞だ。いや、その珍妙な格好、傭兵か?」
無防備に両手を挙げた青年がそこにいたからである。
「そだけど、そっちは〜自警団の人かな?」
「ああ。ここまで捜索したが、まだ見つ‥‥」
「うも! 坊や、ココはあたし達に任せなさいっ」
彼の言葉すら遮って胸を張り、無情に言い放つ楓だ。茉静は嘆息して天井を仰いだ。
――物語好きな大人しい少女‥‥自宅に隠れている筈‥‥それなら‥‥。
「少し、話をしようか」
「無様に這い蹲りなさい!」
ロッテが地を縮めて懐に潜り込むや、特殊銃を撃ち上げる。直撃。片翼を貫かれた敵は体勢を崩しながら大剣を振るう。側方宙返りで躱す。半身引き足刀蹴から銃撃を叩き込んだ。
天使の返り血から逃れるようにバク転してロッテが号を発す。
「小鳥、ユウ!」
「頑丈そうな体してやがる‥‥!」
ロッテの後退に合せてユウの発砲。銃声鳴り止まぬうちにユウは接近、下段に構えた機械剣を豪力で振り上げた。同時に小鳥の狙撃が敵顔面を穿つ。が。
「チィ!」
仰け反ったまま左手を突き出す天使。ユウ、ロッテが銃を向けるも間に合わない。刹那。
『――■■!』
波動が辺りを包んだ。超振動が瓦礫を弾き、3人の臓腑を震わせる。振動、振動。堪らず吐血するユウ。辛うじて天使に剣を振るった。
振動が止まる。それを好機と跳躍するロッテ。両手の銃を真下の敵へ撃ち込む!
着地、さらに追撃を仕掛けようとしたその時、腰の無線が鳴った。
『天使発見。それとその脇に、人が、います‥‥』
ファブニールの応援要請が。
逡巡は僅かだった。ロッテは小鳥とユウに叫ぶ。
「先に行って。コレは私の獲物よ‥‥!」
●2人の少女
耳障りな金属音。
振り下ろされた大剣をファブニールの盾が受け、流す。反動を利用しての連続刺突。敵は大剣で強引に受け、間髪入れず薙ぎ払う。
それをなんとか流し、ファブニールは瓦礫に腰掛ける少女を見据えた。
「あなたは『誰』なんですか?! 洗脳‥‥」
「ダメだよ、喋っちゃ。ただ殺すだけじゃ赦されないんだから、おにいさん」
かかった。仲間が来るまで天使と少女を縫い止めておくだけでいいんだ。早鐘を打つ心臓を抑え、「困惑してみせる」。
「ただ、殺すだけ?」
「あ、『最後の希望』に助けを求める?」少女が嗜虐的に唇を薄く伸ばし「正義面して『テキ』を殺して下さいって」
嗤う少女。ファブニールは嫌悪感を紛らわすように天使に攻撃するが、舞い上がり避けられた。中空から大剣が伸びる。辛うじて盾で防ぐ、が同時に翻り左手に着地した敵が超振動を起こした。
息もできず、視界は霞む。その、極限の最中。ファブニールは、天使後方に待ち望んだ人影を確認する。
「ッ、あなたはどうして、こんな事をしてるんですか!!?」
次の瞬間。その影から銃弾が放たれた‥‥!
「天使は取られたッスけど、ま、楽させてもらうッスかねェ」
瓦礫の山の向こうから伝わる戦闘音で状況を推測するカルマ。その気楽な姿のまま、秘かに足元に接近していた蠍に剣を振り下ろした。
衝撃。刃が敵の尾と交錯する。
「つっても、こんなカスにボコられるわけにいかねーけど」
切先をずらすや、押し込まれた流れに乗って敵側面に動くカルマ。右の突きが敵の甲殻を貫き、同時に左の拳銃が火を噴いた。さらに尾を切断すべく袈裟に振り下ろした時。
ピィ――
前触れもなく、蠍から甲高い音が響いた。
「糞‥‥娘と俺を待ってる奥さんがいるってのによ!」
銃声銃声。カルマが低く跳ぶ。筋も何もない粗暴な剣。煌く刀身が後足を斬り――
直後、嫌な予感と共にジャケットを被ると、横合いから高熱が押し寄せてきた‥‥!
肌が焼け、木々が燃える。黒煙は黒煙を呼び、さながら永久機関だった。
――このエネルギー。何かある筈だけどねぇ。
一直線に伸びる炎帯に耐えつつ、龍哉が考えを巡らせる。
だから反応が遅れてしまった。甲高い音に導かれるように動き出した「炎」に。
「ッダンスの相手が、違うんじゃないかねぇ‥‥!」
低姿勢から一瞬にして潜り込む。弓手を前に矢を番え、その手が炎に触れた瞬間、零距離から弾頭矢を解き放った。
小爆発。「炎」が明滅する。が、敵は龍哉を取り込むや、音がした方へ浮遊していく。
喉が灼け目が蒸発する。死を感じた。しかし。
呻く事もできない龍哉だが、締め付けられたそこに固体らしき感触を覚えていた。
――こいつは、自分の体を‥‥!
包まれた炎の外、誰かの影が見えた。炎がソレに向かって攻撃したのか、幕が薄くなる。その隙を突き渾身の力で伸び上がり、跳躍する龍哉。
「そこの誰か、悪いねぇ、迷惑かけたようで」
「迷惑は受け入れるのが漢っしょ」
咳き込む龍哉に、気障ったらしくカルマが応えた。
「話をしよう。ある城の姫の話を‥‥」
朗々と語りだす茉静。楓と自警団員は軽く腕を揺らす茉静の姿を見ながら、辺りに気を配っていた。
戦乱絶えぬかの地
城はその日、魔物に襲われてしまった
炎に包まれた城
崩れゆく広間
魔物の恐ろしい声が体を凍らせる
『でも、お母様の大切なものを』
姫は母親の部屋へ行き、髪留めを持って出ようとする
しかし、遂に魔物の声が部屋の前から聞こえてきた
怖い
ベッドの下に潜り込む
その時、姫は部屋の外の変化に気付いた
姫の名を口にし、魔物と戦う騎士達の声だ
『姫様、我らが皇后様の許へお連れします』
姫は意を決し飛び出す
するとそこには、頼もしい騎士の姿が‥‥
「騎士役はあたしだねっ♪ それで〜姫様と禁断の‥‥」
喋り出す楓を視線で制し、茉静が一際声を高く呼びかけた。
「さあ我が姫、参りましょう。私達が貴女をお護りします‥‥!」
跪き、じっと姫――メリナの姿を待つ。
5秒。10秒。
そして。
階段の軋む音が聞こえ、頭を上げると、そこに少女がいた。
茉静は慣れない微笑を浮かべようとし
「わっきゅ〜い♪ かぁいいね〜楓ちゃんの子供になってくれるかにゃ〜♪」
「ひあぁっ」
少女に飛びついた楓に阻まれた。
頬擦りしてそこにキス、ちろと舌を突き出し一舐めする楓。自警団員が止めに入り、やっと落ち着く彼女である。
早速階段を下り、外に出る4人。気を抜きかけたその時。
「っ伏せ‥‥!」
風切音。
茉静がメリナに覆い被さった直後、その背に、細長い空魚が突き刺さった。それでも尚庇い、少女を地に倒す。
両手の特殊超機械を素早く装着した楓が、疾風の踏み込みから左ジャブ、引き抜きながら右爪で魚を裂く。さらに放電が魚を襲い、たった一度の連撃で粉砕していた。
「邪‥‥」
言い差してメリナの視線に気付き、楓は深く息を吐く。
「ささ、今日もハピハピ笑顔で世界征服だよ♪ ほらほらっ、この鳩さんも遊ぼって誘ってる!」
着ぐるみから手品の如く白い鳩を出し、北へ飛ばす。それは、避難所の方角へ正確に向かっていた。
●選択
「っと、危ないねぇ‥‥」
龍哉の服が焦げ、それでも怯まず脚を伸ばした前宙によって間合いを急激に詰め、遠心力たっぷりの爪を振り下ろす。
炎の中心を抜ける瞬間の僅かな手応え。だが致命傷に至らない。炎は再度龍哉を取り込もうとする。
そこに割り込むカルマ。蠍を銃撃しながら、過たず炎を突き刺した。
「マジ俺イケメンすぎて自分が怖ェわ‥‥」
「どっちの敵もまだ死んでないけどねぇ」
独特の粘っこい体捌きで甲殻の殆ど剥がれた蠍に向かう龍哉。薙ぎ、その勢いで爪を脱ぎながら弓を構える。
一発必中。至近から放たれた一射が蠍の頭部を貫き、全身を瓦礫ごと串刺しにした。
「後は」
炎に向く2人。集中攻撃しようと考えた時、突如として「炎」が浮かび上がった。そして炎は徐に速度を上げ南へ逃げていく。2人の銃と弓が敵を掠めるが、高度を下げる事はない。無駄と思いつつペイント弾を付着させての追跡を狙い、カルマが撃つ。
「‥‥ひとまず合流するッスか」
「逃亡、かい。嫌な方の考えばかり思いつくねぇ」
ペイント弾の効果もなく逃げていく敵を見つめ、2人は顔を見合わせた。
猛攻が続く。空を跳び、地を駆け。ロッテは右に左に敵を翻弄する。
『――■■!』
「囀るな。お前達のようなものが居るから‥‥ッ!」
跳ねるロッテに合せて傷ついた羽を展開する敵。それを上回る神速で瓦礫を跳び、確実に銃弾を当てていく。
1発。背後、ソバット気味の打撃から馬乗りになるや、実銃と超出力銃の乱れ撃ち。顔面の形すら変えていくロッテ。少し前まで町だった筈の周囲を見回し、焼けた公園の樹を見つめ。ロッテは引鉄を引き続ける!
「業火に眠れ」
――ラ・ソメイユ・ぺジーブル。
もはや動かなくなった敵から離れ、ロッテは小鳥らに呼びかけた。
「‥‥やっぱ、親バグア派か?」
ユウは膝をつくファブニールの許へ走り、銃と剣を天使に向ける。遅れて駆けつけた小鳥が、瓦礫に足を取られつつ言葉を発した。
「そこの方‥‥動かないで‥‥下さぃー。あなたは誰‥‥ですかぁ?」
「‥‥貴方達に幸せを奪われた、多数の1人」
奪われた。その言葉にファブニールはある少女を思い出した。敵側から戦争を止めようとし、ここギリシアで命を落とした少女を。
「君は、まさか‥‥」
「はぁ。お仲間が来るのがもっと遅かったら殺せてたのになぁ」
心底楽しげに嗤う少女を、ファブニールは慄然として見つめる。もしこの少女が、自分も死に立ち会った彼女の知り合いなら。――今何を言っても通じない。
「またね。今度はちゃんと殺すから。そしたら、赦したげる」
「ッ、よく解らねぇが、逃がすとでも思うか?」
ユウが銃を構える。そして発砲しようとした刹那、周囲の瓦礫から5体を超える空魚が飛び出してきた。それに天使まで加わる。
「邪魔‥‥ですぅ!」
撃ち、払い、突く。背中合せに3人が固まり、1体また1体と倒していく。小鳥は遠くなる少女の背を無理に狙うが、この乱戦では当たるものも当たらない。
仕方なく付近の敵を一掃してから追おうと考える3人。しかし
「町の被害は食い止めた。でも‥‥」
飛び回る空魚全てを彼らが処理した時には、少女は完全に姿を消していたのである‥‥。
<了>