●リプレイ本文
軍が蠢く。一塊となった兵達は黙々と戦地へ向かう。絶える事ないエンジン音と、銃と手榴弾がぶつかる音が混ざり、低く伝っていく。
「司令部、データはこれで全て?」
『我々が近辺で見たキメラは、な』
「そう」
葵 宙華(
ga4067)は小声で頼りないわねと悪態をつき、コンソールに目を向ける。
「でも、蹴散らしてあげようじゃないの」
「兵の皆さん。ご覧の通り僕達が先陣を切ります、頑張りましょう! 理想を成し遂げられなかった人達を想い、前に進むんです!」
「貴方達の地を完全に取り戻す第一歩なんだから‥‥死んだらお仕置きよ!」
「「「おおおぉおぉおお!!」」」
ファブニール(
gb4785)とロッテ・ヴァステル(
ga0066)の檄が飛び、軍が鳴動する。
「流石に壮観って奴か」
三田 好子(
ga4192)のリッジウェイの上に腰掛け、秋月 九蔵(
gb1711)。
一方でコクピットの好子はそれを聴きながら胸に手を当てた。散るかもしれない多くの命を想い、それでも限界まで救おうと決めて。
1歩ずつ進む。遥か、バレンシアへ。
「この意気で進んでくれると有難いね。そうしたら早くコーラが飲める」
「ならその時は俺が奢ろう」
「当然ツマミもつくだろうな?」
誰ともなしに呟く九蔵にアロンソが声をかけると、佐賀十蔵(
gb5442)が付け加えた。苦笑するアロンソである。
今回生身で赴くのは2人のみ。陸軍を先導する以上、KVでケアし辛い部分に備える事は重要だが、危険なのは言うまでもない。九蔵とアロンソが打合せしていると、
「真面目モードと思えば、相変わらずかアロンソ」
龍深城・我斬(
ga8283)が雷電の中から。次いでサイレントキラーに向かっていた幸臼・小鳥(
ga0067)が何やら方向転換して走ってきて、
「あの‥‥怪我には気をつけて下さ‥‥ってはわぁあ!?」
いつもの如く転びかけ――
「その手は通じないわ‥‥」
「あむぐっ」
背後に忍び寄っていたロッテが、小鳥の首を掴んで引き寄せた。見上げる小鳥とロッテの視線が交錯する。恐ろしい緊張感だ。
「行くわよ。‥‥アロンソ、皆も。怪我しないようにね」
妙な騒動を残してSKへ向かう2人。後ろに兵が迫ってくる。先導すべく8人が出撃しようとした時。
「ぁかしゃっ!?」
小鳥が段差で躓き白衣の下の魅惑のくまさんを晒したのは、先頭の兵だけの秘密である。
●遠きバレンシア
「酔い止め。飲んでおきなさい。いつもと違うから」
「は、ぃー。て、偵察‥‥頑張りましょぅー」
SKの操縦桿を握るロッテが、射手小鳥に。微妙な空気のままSKは先頭を飛び続ける。
初めの5kmを無事越える。平穏そのもの。とはいえそれは単に敵防衛圏内に入っていなかっただけとも言える。
問題は、1体目の敵を見てから。その後にどれだけの敵が続くのか。そこが重要なのだ。
そしてさらに10kmを踏破したところで、遂にその時が来た。
「敵影捕捉。あちらはお待ちかね‥‥」
「っ! 速‥‥」
1kmはある筈の空間を瞬く間に飛び越えた中型HWが、眼前に‥‥!
「メメントモリ、出るわよ!」
瞬間、宙華機ワイバーンが後方から躍り出るや、チェーンガンの引鉄を引く、引き続ける。振動。中型HWの姿勢が崩れた。SKも小鳥が機関砲を回しながら巧みにロッテが後退させる。プロトン砲が立て続けに飛来した。SK下部に直撃。黒煙を噴く。
「皆、今のうちに‥‥!」
「了解!」
「考えてみれば、敵の盛大な歓迎確実な平野にSKは不向きだったかもな」
ファブニール機バイパーと我斬機雷電が両サイドから回りこむ。バイパーの重機が、宙華の抉った箇所を重ねて穿つ。紫の光がファブニール機左翼を直撃するが、その隙に我斬がレーザーを叩き込んだ。
小爆発。敵が2機の間を抜け後退する。
が。
「初っ端から逃がすか!」
操縦桿を引く我斬。90度。120度。逆さまの視界で狙撃銃を放つ!
命中。黒煙を上げながら高度を下げる敵。不時着しそうな気配を感じた時
「止めは刺してあげないとね」
宙華機が急加速、体当りの如く剣翼で敵へ突っ込み、ロールし、突き抜けた。
爆散。機首を上げると、いつの間に集まったか、15体程の飛竜が迫っていた。いち早くファブニールがAAMをぶっ放す。群が割れ、左の集団に着弾。
「安心できませんね」
「陸戦班も気をつけて。結構多いわ」
『こっちも観測してる。フレア弾でもあれば良かったけど、後の祭りだね』
無線から九蔵。その間にも小鳥がヘルファイアのスイッチを押し、陸の敵を牽制する。土煙が舞い上がった。その刹那。
「‥‥黒煙?」
地平線の辺り。ロッテはSKのコクピットから、何かが見えた気がした。
好子機が先頭で狙撃銃をぶっ放すと、斜め後方の十蔵機ハヤブサが同じく遠距離を狙っていく。さらに後ろの軍装甲車は一時停止、歩兵がバラバラと降りて対戦車砲で迎撃し始めた。
「無理はしないでよ、バケモノは化物に任せてさ。君らが死んだら僕が怒られるんだ」
「俺は側面を警戒する!」
好子機から降りながら九蔵とアロンソが叫ぶ。随伴歩兵の如く好子機の左右で構える2人。敵を見据えた。正面、斜め、真横。敵は平野に散らばり迫ってくる。
尾を引く咆哮。突如として雷撃が飛んできた。
土木用の腕まで広げる好子。攻撃を一身に受ける。
「敵を倒す。線路を守る。皆を守る。全部やらなくちゃいけないのが辛いところよねぇ」
「わしもおる事を忘れるなよ。狙撃するのに走ったりせんからな」
1時方向、上方修正。十蔵は照準を見つめるや、60m先の雷撃の元を狙い撃った。命中。血飛沫を上げる敵に目もくれず次の標的へ。その十蔵機の風防に張り付かんとした蛾のような敵を九蔵の2丁拳銃が撃ち抜いた。
「さぁ、トリガーハッピーに逝こうじゃないか」
「前進しよう!」
一寸刻みの戦線。
先頭で善戦する傭兵だが、次第に側面から軍に攻撃してくる敵が出てくる。
『ぐ‥‥進め! 我らの女神と傭兵達を信じて進めぇええッ!』『おおおお!!』
無線から否応無しに聞こえる断末魔。損害が増してきた。
「っ、私が少しでも‥‥!」
対戦車砲や敵の行動で砂煙が立ち上り、戦場は白く包まれていく。
ガガァン‥‥!
けたたましい音を立て、好子機の重機が接近しかけた敵の群を縫いとめる。次々落ちる薬莢が堪らなく心強い。歩兵が走る。100m程後方が左右から締め上げられる。拙い。十蔵が一方のケンタウロスの脚を穿った。
瞬間。
逆側の敵にまで、弾着が生じる‥‥!
『援護‥‥しますぅ! 大型でも足を止めれば‥‥集中砲火でぇっ』
それは低空の友軍。SKの40mmが土を捲り上がらせる!
『早く態勢を整えて。何か、来るわよ!』
ロッテの警告に好子、九蔵、十蔵、アロンソ、全員が顔を上げて耳を澄ます。
すると突如。砂塵の中から、不気味な汽笛が聞こえてきた‥‥。
●対機関車
おぼろげに見えたそれは初め黒い点だった。それが轟音と共に近付き、巨大な影となり、そして唐突に砂塵を抜けた。
「っ!」
「一般人は伏せてなよ‥‥!」
九蔵が兵を下がらせると同時に黒い機関車から炎弾が放たれた。銃把で受ける。腕の焼ける臭い。素早くコートを脱ぎ、敵を見る。
厳つい機関車。生体なのか何なのか。確実に言えるのは線路を走る敵という事だけ。
速度を下げるソレ。好子が思いきり接近しながらライフルを発射する。車輪に弾かれた。
「早く、援軍お願いね」
止める間もなく。人型となった好子機が、列車に正面から立ち向かう!
「ここから先は地獄行きに路線変更よ♪」
ドリルを突き出す好子。それが正面装甲を抉り、しかし押し返される光景を目に映しながら、九蔵が無線に声を張り上げる‥‥!
『‥‥ら陸戦班、救援‥‥!』
「ファブニール、降りるぞ」「了解」
「あたしが援護するわ。我斬兄ィ、ミンチにされないようにね」
宙華が盛大にAAMを撒き散らす。それが空の敵を牽制し、煙幕代りとなって2人を隠した。白煙に包まれた我斬とファブニールが操縦桿を押し倒す。
「あれか‥‥ッどうします!?」
「機関車と言えば、脱線だろう!」
目標は列車の真横。線路に沿って着陸後、電光石火で列車に取り付く。地が迫る。列車と正対する形で膝をつくリッジウェイが見えた。おかげで列車の速度はほぼ0。今しかない!
逆噴射。急制動。猛烈なGが体を襲う。機体が悲鳴を上げた。
「アレを横に倒す!」
我斬が呼びかけたその時、2機の脚が土に触れた。
「退きなさい!」「独りで粘るな!」
SKとハヤブサの弾幕が列車に注がれる。その分、他の敵が銃撃から解放され軍に向かうが、余裕がない。フレア弾やグレネードがなかったツケが回ってきていた。
好子が重機をばら撒きながら跳び退る。が、弾幕の半分を受けてなお動き出す列車。やはり誰かが近接して止めねばならないか。そう覚悟を決めた時。
「やるぞ雷電‥‥ファブニ――ル!」
「了解! ブースト‥‥ォォァアアアア!!」
列車の向こう、白煙の中から装輪で突っ込んできた我斬とファブニールが、敵左側面に体当りを敢行した‥‥!
「人様の作った物勝手に利用してんじゃねえ!!」
スラスター全開、限界突破。我斬が先頭車両、ファブニールは3両目に機体を食い込ませる。敵の刃が機体を貫く。車両が浮き上がった。
だが後一押しが足りない。突進の衝撃はレールから片輪浮かせた段階でなくなった。噴射口からは炎が見え隠れする。馬力不足。失敗か。火花が散るも構わず操縦桿を倒し続ける。その2人を好子と十蔵の銃弾が、SKの砲弾が援護する!
「舐めとったらいわしたるぞ!」
「うぅうー!」
轟、音。
弾幕と皆の執念が不足を補って列車を押し倒し。
「ッ力を合せばやれるんだ!」
間髪入れず、ファブニールの銃弾と我斬の機槍黒竜が叩き込まれた‥‥!!
●点と面
宙華機の剣翼が陽光に煌き、飛竜を両断して滑空する。そのまま押し寄せる群へ狙いも決めずAAMを発射。爆煙が風に流れ、その中から新たな敵が飛来した。高度を上げつつそれを視界に収める。
――今、空はあたし独り。
旋回しながら重機をばら撒く。
「天衝は天空を翔ける覇者なんだから‥‥見せ付けてあげる!」
飛竜に向かって急降下。視界一杯に敵が広がっていく。それでも操縦桿はそのまま、引鉄を引き続ける!
激突、寸前。敵の翼が力を失って墜ちていく。その脇を抜ける宙華。
息を吐き姿勢を整える。そして陸に目を向けた彼女は、未だ退く気配のないキメラが点在するのを確認した。
小爆発。列車の機関部と何を積んでいるのかも解らない3両目が小破する。我斬とファブニールは手を止めず連撃に入った。それにドリルを構えた好子が加わる。列車型という何かしでかしそうな敵でも、横転させてしまえば動き回る事も不可能。戦力を集中させたが故の勝利だった。
好子のドリルが2両目を粉砕する。次いで3両目。機関部は流石に装甲が硬い。と、十蔵の苛立ったような声が無線に流れる。
「デカブツばかり構っとらんでこっちも頼む!」
「ならさっさと済ませるか」
そして我斬が機槍を腰に溜めたその時。内部の僅かな隙間から抜け出した何かが、雷電に張り付いた。我斬はそれに気付かず槍を機関部に突き立てる。爆散。破片を受けつつ機体をバレンシア方面へ向け――ようとし、初めて感じた。
腰関節部に、何かいる、と。
「ッ俺から離れろ!」
叫ぶ我斬。高熱を出し始める謎の敵。
それが奇声を発し、真っ赤に膨張した次の瞬間
「成る程ね。敵にも頭を使う馬鹿がいるって事か」
素早く雷電に接近した九蔵が、下から発砲した。
銃声銃声銃声。大質量スライムらしき敵が腰部から剥がれ始める。
「アロンソ!」「了解!」
再装填。アロンソの銃撃が敵を完全に剥がすと、宙に投げ出された敵に九蔵はあらん限りの銃弾を叩き込んだ。
地に落ち、萎む敵。動かない事を確認し、好子が外部出力で呼びかけた。
「強敵は私達が地獄に送ってあげたから、前に進みましょ! ‥‥でも、死んじゃ嫌よ」
「「おおぉおぉぉおお!!!!」」
「風上は、コッチね」
事前に入力しておいたデータが表示され、それに従い宙華が旋回する。やって来る敵からある程度離れて風の根元に向かうや、ぐっと機首を上げ反転した。操縦桿を通して剣翼が軽やかな風に乗るのを感じる。
――風よ。バレンシアの風よ。あたしが護ってあげる、だから。
「あたしに力を貸して!」
小型ブースト点火。髪飾りが凛と音を立て、爆発的に加速した。
一気に敵に迫り、一瞬で翔け抜けていく疾走感。1体。2体。3体。列となっていた3体を数秒にして置き去りにする。
「そうして臓物を晒してる方がお似合いよ?」
微笑を湛えた死の天使が空を舞う。後には斬り裂かれた飛竜が残るばかり。勢いままに前方のHWへAAMをぶっ放す。白煙を曳くそれを追いかけて飛ぶ宙華。着弾から間を置かず交錯、翼を煌かせた。
中破するHWだが、敵はあろう事か宙華でなく地上の方にプロトン砲を撒き散らし始めた。HWを挟んだ向こう、軍のど真ん中に炸裂する光景が宙華の目に映る。
「っ、あんたの相手は」至近距離、下から重機を撃ちつける!「あたしよ!」
小爆発と共にフラフラと東へ逃げ出すHW。追撃すべきかと逡巡する宙華だが、こちらを攻撃してくる敵は他にもいる。それをなんとかせねば。
宙華が咳払いして通信する。
「お・に・い・ちゃん、戻ってほしいかも?」
『‥‥、了解』
軍の方へ飛ぶ宙華。SKを襲う敵と軍を狙い急降下する敵。僅かに迷い
「こっちはなんとかするわ。軍を」
「無茶しないでね」
軍に迫る敵に、横から突っ込んだ。
「小鳥、狙い撃ちなさい」
「不利なんて‥‥言ってられないですぅ!」
SK下部の機関砲が回転し、砲弾が飛竜を穿つ。翼に穴の開いた敵はそのまま墜落した。
戦果を確かめもせず、ロッテが超低空を飛ばす。軍の前を行くように、出来るだけ敵に接近しないように。
「‥‥山は越えたようね」
「ぁ、はぃー」
無言。激戦の最中は忘れていた事が、急にロッテの脳裏に再度過ったのだ。以前、小鳥がアロンソに抱きとめられる形となり、また今回もそうなりかけた事が。小鳥と完全に敵対したいのでは決してない。が、譲れない線もある訳で。
それを感じ取っているからこそ、小鳥も下手な事は口に出せないでいた。のだが。
「ぁ、の、その、こ、この前のは偶然転んだだけで‥‥」
耐えられず言い訳する小鳥である。
「こここ今回も‥‥偶然でぇ‥‥あぅうぅ」
ぐるぐるした目で続ける小鳥を視界端に捉え、ロッテも勢い込んで何か言う気力が萎えてしまう。嘆息して答えた。
「全く。そうね、この話はいつかするとして。今は集中しましょう」
「はぃー!」
ロッテの言葉通り、気を抜く事はできない。
これは都市攻略への第一歩なのだ。しかも思いの外軍に損害を出している。
――広域兵器を持ってきていれば。
ロッテは低空から兵達を眺め、忸怩たる思いで唇を噛み締める。
そして40分後、一行は空港周辺に到着したのだった。
<了>