タイトル:大空に舞う夢マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/05/21 04:26

●オープニング本文


「今年こそ、でありますか」
 オーストリア、ブラウナウ郊外。
 2人の老人が古い軍服に身を包み、静かに言葉を交わしていた。真っ白の短髪が風に靡く。
「‥‥うむ。去年は俺の息子の入院、一昨年は貴様が曾孫だなんだと騒いでお流れだった」
「その前は少佐が家族に人間ドックに入れさせられてたじゃないですか。延期の原因は少佐の方が多いです」
「貴様、上官に向かってその態度は何だ! それに俺は異常もなかったんだ!」
 ‥‥静かに、会話していた。
 遥か昔を思い出し。一戦闘機乗りだった自分達には大きい事、難しい事など解らない。また空を飛びたい。ただ、それだけだった。
 そして今、目の前には仲間とコツコツ手作業で作り上げた2つのプロペラ機。昔の記憶のままの物を作るどころか、普通に飛べるのかすら怪しいが、このプロペラで少しでも飛んで空に上がるだけでも充分だ。燃料を多く積む為に太っているのはご愛嬌だ。
「ゆくぞ」
「は!」
 2人は老骨に鞭を打ちコクピットに潜り込むと、レシプロエンジンを始動させた。

 ◆◆◆◆◆

 大規模作戦が一応の決着を見せ、のんびりした雰囲気が漂う本部。とはいえ、あまりにも果てしなくだらだらとした昼下がりの団地ほどのほのぼのさではないが、ともかくとして今日も今日とて依頼の集まるその本部に、1つの依頼が舞い込んだ。
『突如レーダーが謎の飛行物体を捉えた。操縦士はよく解らないが老人。万一敵の襲撃がないとも限らない為、軍から出動する訳にもいかず、だからとて放置するのも危険。よって傭兵になんとかしてもらいたい』
 と。
「この前買い換えた機体の試運転代わりにやってみるか?」
「ええぇ〜? でもさでもさ、もしそのお爺さんがすっごい偏屈な人で、言う事なかなか聞いてくれなくて、しかもそのうちアフリカの方に特攻なんてしちゃったらヤじゃない?」
 いちゃいちゃと腕を組みつつ、男女。男は苦笑しながら詳細を読んでいく。
 曰く。
 オーストリア方面から現れ、ベルヒテスガーデン上空を通過してドイツ領内に侵入した光点は、そのままベルリン方面に飛び続けている、との事。通信も「通行させてもらう」と一度向こうから連絡してきたきり、繋がらないのだそうだ。
「今から急行するとして、ベルリンを越えた頃だろうか」
「ほらほら、その後どこ行くか解んないでしょ? だから‥‥」
「いや、選択肢があるとすればオーストリアに引き返してるか、パリ方面か、燃料があればロンドン方面にチャレンジしてるか‥‥そんなところじゃないか?」
 男が大胆に推測してみせるが、女の方は今日は仕事気分ではないらしい。しきりに腕を引っ張ってくる。
「もー、いこ! 最近頑張ってたんだから、休んでも誰も文句言わないでしょ!」
 周囲の人間からすると多少、いやかなり面倒な女だが、当の男はとことん甘やかすらしい。嘆息しながら本部を出て行く。
 後には、その新着依頼だけが残っていた。

●参加者一覧

里見・さやか(ga0153
19歳・♀・ST
ナレイン・フェルド(ga0506
26歳・♂・GP
植松・カルマ(ga8288
19歳・♂・AA
斑鳩・八雲(ga8672
19歳・♂・AA
フェリア(ga9011
10歳・♀・AA
ファブニール(gb4785
25歳・♂・GD
ティリア=シルフィード(gb4903
17歳・♀・PN
氷室 昴(gb6282
19歳・♂・SN

●リプレイ本文

 雲が流れ、陽光がコクピットに差し込む。眩しげな太陽が世界を照らし、そしてその広い空を翔ける。敵の影も見えない絶好のフライト日和。アンジェリカの機内でナレイン・フェルド(ga0506)の指輪が煌く。
「いいわね〜この陽気♪ あ、でも日焼けに気をつけなきゃ」
「その良い天気に面倒事を持ち込む老人は、何を考えているのやら」
 氷室 昴(gb6282)は操縦桿を倒しつつ左旋回する。眼下、起伏の緩い平野に道路が伸びていた。ずっと先にベルリン。
 ファブニール(gb4785)が右手に河を眺め、管制塔と通信する。
「ベルリン外周を反時計回りに旋回した後、西に飛んでいったと」
『目撃情報からも確かです。その後、光点が消失しました』
「超低空飛行でもしているのか?」
「何、しているのでしょう」
 昴の嘆息に、ティリア=シルフィード(gb4903)が同意して。次いで里見・さやか(ga0153)の柔らかい微笑が通信に乗った。「どうしました」と斑鳩・八雲(ga8672)が問いかける。
「ぁ、いえ。老人という事ですし、昔を思い出して地上を守ってらっしゃるのかな、とか」
「‥‥成る程」
 若くしてワビサビを解する男八雲である。
「ではこちらも捜索しますが、そちらで情報を得た場合は連絡お願いします」
『了解』
「人騒がせなお爺さんだけど、キメラが来ないとも限らないし仕方ありませんね」
 ファブニールが苦笑してロビンのコンソールを撫でる。飛行物体が西に向かったとすると、大まかに英国か大陸か。2班で2方向を追うしかあるまい。
 そんな彼に、幼い声が響く。
「仕方ないのです。それに臥せっているご老体より元気な方が、私は元気になるですよ!」
「そうッス、ジジイが暴走したおかげで俺ら報酬貰えんスから! てかマジこれ楽すぎじゃね!? バイトでもねーよ!」
 フェリア(ga9011)に続き、植松・カルマ(ga8288)。アヌビスとディアブロ、機体は同じMSI製だが、搭乗者は全く正反対というか、仮にカルマが口説こうとしたら、生暖かい笑顔で斬り捨てるフェリアが目に浮かぶ。
「じゃ、行きましょ? 折角おじい様方がこんな機会をくれたんだもの」
 心底楽しげに、ナレイン。
 8機はベルリン上空に到達するや、4機ずつの編隊となって再加速する。瞬間、さやかはモニタにかのブランデンブルク門が映った気がした。

パリ:さやか カルマ 八雲 昴
ロンドン:ナレイン フェリア ファブニール ティリア

●大空のご褒美
「前方180度異常な‥‥」
 あくまで役割を果たすさやか。双眼鏡で直接捜索しても機影なし。フランスの長閑な地を堪能するのも後回しだった。のだが。
「こうして何も考えず飛べるのは初めて、かもしれませんねぇ」
「アー、簡単なのはイイんスけど早くもねみィ」
「‥‥異常、なし‥‥」
 即のんびり突入な八雲とカルマに、黄昏れたくなるさやかである。
 そのS‐01とディアブロを追い越し、昴のミカガミがウーフーに並ぶ。操縦桿を引き急上昇、重くなるGを意識しながら雲を抜けた。翼端が水蒸気の線を作る。
「面倒事は先に片付けた方がいい」
「焦らずとも機体差は歴然。見落とさなければいずれ見つかりますよ」
 それより今は、命の洗濯をしませんか。
 S‐01の機内を見回し、八雲は落ち着く。そう遠くない空では今も戦闘が繰り広げられているだろう。だがずっとその空気を纏っていては精神が死んでしまう。
 八雲は傭兵経験の浅い昴に、自分の生き方の例でも示すように言うが、それでも昴は何かしようと長距離通信を開く。
「氷室よりロンドンメンバー。そちらの様子は?」
『‥‥痕跡もありま‥‥』
「KVで追えない訳ない筈だが‥‥あるいはさらに別方向なのか?」
「まぁ人事を尽して天命を待ちましょう」
 朗らかに八雲。一方その傍らには
「あ、俺マジ思いついちまった‥‥パリ土産で俺モテまくりじゃね!? 俺天さ‥‥」
「ない、かと」
 間髪入れずカルマにツッこむさやかがいた‥‥。

 フェリアの鼻歌をBGMに陸から海へ、海と空の青の間をロンドンに直進する4機。機内にはお菓子にシートその他諸々、紛う事なきピクニックだ。
「♪倫敦〜」
「それ以上歌うと某組織に狙われます‥‥」
「?」
 ティリアの声に首を傾げるフェリア。極上の可愛さと言えなくもないが、きっと言われた意味も理解している故意犯に違いない、絶対に許さないのか。
「でもおじい様はどちらに向かったのかしらね〜」
 流石ナレイン、細かい機微に気付く良いヲトメ(?)である。
「個人的な事ですが、コレの機動を確かめたいので早く見つけたいものです」
「けせらせらなのですよ〜」
 ロビンを思いきり動かしたいファブニールに、母親探しの旅のコツでも授ける調子でフェリアがのたまう。その楽しげな声色が、4人の心を尚更和ます。
 ナレインは操縦桿を引き太陽に向かうと、ループしてみせた。大規模作戦とは違う、軽い空。引鉄に触れなくていい。それだけでこんなにも青が広がる。
「おじい様方の気持ち、解るわ〜。いつでもこの空を飛べたらって、ね」
「です、ね‥‥」
 ティリアがバイパーの計器を見つめ、呟く。
 ほんの数週間前の光景がまざまざと浮かぶ。極寒の会戦、強大なLHから乱れ飛ぶ弾雨に曝されながら、Gargoyleの仲間と生き抜いた事を。風防の真横を幻の光線が通過する。
 ――空の匂いも色も違う‥‥。
 一度目を瞑って開くと、光線は消え、代りにドーバーの力強い風が吹き抜けた。やや翼を煽られる。と、そこに。
「今一瞬レーダーが反応しました、10時方向です!」
「う? 波間に見え隠れするあれです?」
 ファブニールとフェリアの報が届いた。

●60年後に越える海
『目標‥‥見。ロン‥‥合流しましょう』
 パリに向かっていた4機の通信が鳴り響く。昴にとって自分の手で発見できなかったのは多少思うところもあるが、厄介事が片付く事に違いはない。返答する。
「了解。今からそちらに向かう」
「ね、心に余裕を持つ事は意外と重要ですよ」
「イイ事言うッスね! そしたら俺は余裕を持ってモンマルトル行ってくるッス! ボンジュールマドモアゼール!」
「ええ?! そこのキャバレ‥‥その、仕事中ですからっ」
 本当に機首を下げたカルマ機に、謎の連想をしたさやかは極めて自然な動きで引鉄を引いた。ヒュンヒュンと翼下を通過する銃弾。渇いた笑いと共にカルマが戻る。
 通信が本職だったとはいえ元海自の名は伊達ではない。見事な威嚇である。
「‥‥行きますか」
 勤めて冷静に、久々に触れるS‐01を右に傾ける八雲だが、一筋の冷や汗が頬を伝ったのは気のせいではない。
「あぅ、ごめんなさい‥‥」
 さやかも旋回する。次々雲を映していく斜めの視界の中、不意に不思議な感傷が彼女の胸を包んだ。過去、パリを目指し、パリから目指し、パリに生きた偉人の想いのようなものが。
 ――そ、か。ただロンドンの空を飛んでみたかっただけ、なんですよね。
 その瞬間、確かにさやかは騒動主の老人と同じ時代を生きていた。

「にゃあ、どうもなのです。本日は良い空翔け日和ですのう〜」
『どこの軍だ。ご丁寧に翼を振っておったから適当に周波数は合せてやったが、貴様らの話は聞かんぞ』
 ほのぼのと問いかけたフェリアに答える老人。その声だけで、即座に引き返すよう説得する事を諦める4人である。
「え〜、本来なら即時着陸を要求する、ところですが」ファブニールが真面目な声色から一転して「着陸予定地を聞かせてくれるだけで構いません。のんびりしたいですしね」
「それでなのです。私達もイギリスに用があるですが、まだまだ不安な戦模様。できましたらば歴戦の猛者と思しきお二方にエスコート願いたいのですが、よろしいです?」
『うむ?』
 予想と反する展開に、老人の方が不意を突かれたようだ。沈黙。のち、青空に負けない豪快な笑い声が聞こえてきた。
『そりゃ断る訳にいかんな。良い女になるぞ、嬢ちゃん』
『ちなみにロンドン郊外に降りる予定であります』
 第一声と正反対の上機嫌。ツギハギだらけのプロペラ機が老人の感情に呼応するが如く楽しげに揺れる。
「お二人も良い男なのです。こんな痛い系な乙‥‥」
「自分で申告‥‥」
 ぅごほん。ティリアを封殺してフェリアが続ける。
「こんないたいけーな乙女の願いを聞き届けて下さるですし」
「‥‥‥‥」
「で、では僕は先行します。あの、ティリアさん」
「模擬戦ですか。了解」
 微妙な空気を残して加速する2機をジト目で追いながら、ナレインは秘かに白衣の中に仕舞っていた小袋からオヤツを取り出し、口に含んだ。
「おじい様、のんびり気持ちよく行きましょ♪」
『うむ。最近のジェットなんぞは風情を解っとらん』

 ロンドン郊外、上空。ロビンとバイパーの2機が絡み合うように飛び、かと思えば同時に散開から急旋回、照準を見る間もなくバルカンをぶっ放した。ロールして交錯。
 20発と30発。命中、命中、ミス。ティリア機右翼が朱に染まり、ロビンは風防の3分の1が青に覆われた。ところが。
「システム起動。もうひと‥‥!」
「油断、大敵」
 ファブニールが僅かに計器から目を離した隙を衝き。
 交錯するや即座に反転していたティリアが、ロビン噴射口にペイント弾幕を送り込む!
「ッく、ぅ‥‥!」
 操縦桿を倒しながらペダルベタ踏み。ブースターが猛然と火を噴く!
 間一髪。尾翼が染まり、そのままスライスバック。ファブニールは機体の腹を見せる相手に引鉄を引いた。真っ赤になるバイパー。さらに追撃しようとした、その時。
『到着なのです。お爺ちゃん、折角ですので下でお茶会でもいかがです?』
 プロペラ機に先導されるような陣形で、仲間達の機体が見えた。

●大英帝国の空
 よく言われる霧はなく、15時を回ったイギリスの空は遥か高い。8機が道路脇、2機が道路から、木陰にシートを敷く主人達を見守っていた。いや正確には
「いっぬみみねっこみみくいっくいっ☆」
 敢えて人型で待機させた自機アヌビスによじ登るフェリアを除いて、だが。
「ろうら〜んっ」
 なんという事でしょう、位置調整された猫耳アンテナが元の犬耳との絶妙の調和‥‥か解らないが、ともかく真下で見上げれば小宇宙だったのは間違いない。
「フェリアちゃん、オヤツッスよー!」
 カルマが呼ぶと、フェリアはそろりと降り――ようとしてぽてっと落ちた。

「じゃあ頂きましょ‥‥っと、コレもないとね〜♪」
 ナレインが懐から柿ピーチョコ(業務用)を人数分出しながら音頭を取り、小さなお茶会が始まった。紅茶の匂いがこの地に合う。
 ちなみに彼の方で解説はないが、何故か着陸した時からナレイン(白衣)はナレイン(チャイナドレス)にクラスアップしている。不幸にもそれに最初に触れたのが、八雲だ。
「お綺麗ですねぇ」
「本当? ありがとぉ、実はねこれ‥‥」
「ぇ、あ〜」
「(前略)こ見て、ラメあるでしょ、そ(中略)からお化粧も日差し(後略)‥‥あら、八雲ちゃん?」
「既に向こうに退避済だ」
 昴に言われ辺りを見ると、S‐01に乗り込む八雲が見えた。
「こっち来ないの〜?」
「いいんじゃないスか? てめェの相棒と語りたい時もあるッスから」
 あと俺の菓子増えるし、などとふざけ気味にカルマがフォローすると、元少佐らしい老人も我が意を得たりとばかり頷いた。そんな少佐を見つつ、フェリアは紅茶やジュースに紛れて秘かに某ロリ店主特製液体をグラスに注ぐ。
「しかしまたお爺ちゃん達は何でこんな危険な事したですか?」
「理由がない訳はないだろうからな」
「後学の為に、何か聞かせていただけませんか?」
 昴やさやかに加え、ティリアも無言で老人に目をやる。数人で持ち寄った菓子折りをカルマが貪る音が、春風に流された。
「別に、長々語る事などありゃせん」
「語ったら今でも捕まりそうな気がしますからな、少佐」
「口を慎め!」「は!」
 つくづく高齢らしくないが、楽しげではある。微笑みながらさやかが少佐に目配せした。
「こっちの空を見たかっただけ、ですか」
「‥‥ああ。一度海を越えてみたかっただけだ」
 かつての戦争に勝ちたかった云々ではない。ただ結局自分はイギリスに飛ばなかった。だから、最後になるかもしれないフライトで行ってみたかった。それだけだった。
「格好良いと思います」
 両手で持ったドラ焼きをリスの如く食べるさやか。一方でカルマが平穏な空気から逃げるように言い放つ。
「で? 少佐っつーからには何か撃った事あるんスよね。そこが、大事っしょ」
「ふん。誇れるもんなんぞないわ」
「何言ってんですか。アフリカ、イタリア、ドイツ。米英相手に私が生きられたのは少佐のおかげでして!」
「それは貴様がいつまでも腑抜けた‥‥」
 何やら盛り上がる2人をカルマが横目に見やる。刻まれた皺の数々は、タトゥー等より余程貫禄を感じられた。
 ――俺もこんな皺できる、かねェ。ま、死なねー程度にはやりてェけどよ。
 ドーナツを齧っていると、中華なナレインが
「信念を持って飛び続ける。それがお爺さまの『美』ね。今でも輝いてるもの」
 私ももっと輝くべく頑張らないとね〜、と老人に紅茶2杯目を注いだ。
「輝くですか。私ももっと光りたいのです! ‥‥エミタ的な意味で」
「いえ、その、光ってます、覚醒的な意味で充分光ってますので、抑えて‥‥」
 輝く左手を無邪気にティリアに向けるフェリア。傍目に不思議ないぢめだ。
「少佐は部下を守り通したんですね! 尊敬です!」
 そしてファブニールは誰かの差し出したグラスを手に取り、下も見ず一気に呷った。
「僕も皆を守‥‥‥‥、‥‥ッひゃぱぐ!!!!!?」
 突然白目を剥き、痙攣を始めるファブニール。誰もが彼に注目する中、人知れずフェリアは黒い微笑を押し殺した。
「どうかしたですか? 口が痛いのです?」
「ど、どっだ、さま‥‥‥‥」
 そんな遺言を残し、ファブニールがシートにくずおれる。
 沈、黙。
「‥‥ロッタ様?」
 いやきっと聞き違い。美味しさのあまり気絶したんだ、絶対、そう思う事にします。
 傭兵達がガクガクと震え始めたのを、老人達は不思議そうに眺めていた‥‥。

 ――さて、と。
 お茶会が盛り上がる中、八雲は僅かに貰ってきたワッフルを機内で味わう。
 傭兵になった頃に支給されたS‐01。これからの傭兵には支給される事もなくなった、機。
 ――僕自身もあまり乗ってませんが、それでも‥‥。
 操縦桿と、脇にあるスイッチ。計器は今も新品のように見やすい。しかし確実に使っていたのだと解る傷を見つけ、愛しくなった。
 ――一度飛んでしまうともう一度飛びたくなる。厄介なものを植えつけてくれて‥‥。
 巨大ペンギン相手にS‐01で飛んだ日の事を思い出し、深呼吸した。
 菓子の甘い匂いに微かに混じる、油や鉄の臭い。
 ――また、頑張りますか。
「皆さん、30分後に出発しましょう! 遅すぎると始末書が怖い」
 八雲のよく通る声が、倫敦の風に乗って平野を駆け抜けた。

<了>