タイトル:陸軍士官学校の趨勢マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/03/18 01:21

●オープニング本文


「上の人間には、会えない?」
「ああ。俺達がより有益な組織になれば、色々と便宜も図ってくれるだろうが、な」
 お前が戦車の1つもかっぱらってきてりゃあよ、などとこれ見よがしにため息をつく男に形ばかりの礼を述べ、あてがわれた自室へ戻る。
 一見ごく普通の家屋。ごく普通の部屋。親バグア派へ入り込んだ今となっても、彼女の生活自体はそれ程激変したわけでもなかった。
 椅子に腰掛け、手っ取り早く信用を得て内部で活動しやすくする方法を考える。
 単なる煽動や嫌がらせなどでは意味がない。バグアの陣営にとってもプラスとなる功績を作って多少なりとも名を広めなければ、反戦派どころではないだろう。まずは自分自身が自由にできる『信者』を確保し、その後、少しずつ反戦を盛り上げていく。上手くやって将来的には異星人にまで厭戦気分が少しでも広まれば、直接、間接の両面で多大な影響が出るに違いない。
「その為には‥‥」
 この組織の戦力強化、人材アピール。あるいは、既に各所で鹵獲されてはいるが、KVや戦車の献上。それに。
 傭兵の言葉が頭を過った。ただ否定するだけではない、自分を心配までしてくれた声。確かに危険かもしれない。無意味かもしれない。しかし町が、両親や近所の家が疲弊していく姿を思い返すと、やはり今動いているのは正しいのだと思えてくる。
 そうしてペットボトルの水を口に含むと、彼女――ルカ・ロッドは、ほんの1ヶ月前まで在籍していた陸軍士官学校のある方へ、視線を向けた‥‥。

 ◆◆◆◆◆

「ッ退け!!」
 正規の軍服と異なる装束の若者達がキメラの群から離れると同時に、数輌配備されていた戦車主砲が滑らかに動いた。
 雷の如き大音響が鼓膜を震わせる。眼前に展開する3m程度のキメラの群が一気に勢いを失い、次いで歩兵達による反撃で少しずつ数を減らしていく。
 頭上には戦場特有の雨雲のような黒煙が広がり、いつ止むとも解らぬ軍とバグアの戦線争いが続く。
「ッしゃ、一旦戻って補給! それと司令部の命令を待とうぜ」
 戦車の中から冷静に声をかけるのは、ハンスだった。戦車兵という特性上、小隊長は別の候補生に譲っていたが、第1小隊の精神的主柱となっている事には変わりない。元から実技は良かっただけに、感情の抑制を覚えてからは、校内だけの評判とはいえ若きエースのような存在となっていたのである。
「解ってんな。死ぬんじゃねェぞ!」
 士官学校の過激な『課外授業』が続く。
 ハンスは狭い視界の中で、今打撃を与えた箇所に突っ込む正規兵達の姿を見た。
 彼らは知らない。この戦域の名が、ルカの部屋で見つかった紙片に書かれていた事を。

 ギリシア戦線は膠着していた。こちらが穴を開けられ、大量の敵の侵入を許してしまう時があれば、東欧戦線を支えるのは我らだと言わんばかりに立て直す。海を挟んで暗黒大陸から、あるいはクレタ島等から飛来する敵と対峙し、どれ程経ったか。地味ながら、文字通り命を以て欧州を守る戦線。それが、ここギリシアだった。
「冬眠から醒めたのかは知りませんが、今日はクソ蟲どもがえらくご機嫌なようでありますな」
 軍司令部。少将の指揮統制車に乗り込む副官が通信の情報を取りまとめ、悪態をつく。
「昨日も我が機甲師団は失態を演じた。こんな時になんだが、このままでは私も、君も、下士官からやり直しだぞ」
「は。全く上級士官から下士官まで、人材を欠いた状態でして」
「士官候補生にまで尻拭いさせる始末だ」
「死亡率が高いのが問題です。が、それより目前の状況をどうにかすべきかと」
 副官が促す。実際のところは通信を受け取った時点で秘かに中隊単位で動かしていたのだが、流石に上官に面と向かって独断専行したと言う程の胆力はなかった。
「‥‥予備兵力も少ない。私の無能を晒すようで苦しいが、傭兵に助力を請うしか‥‥」
 少将が時間をかけて常識的な判断を下す。指揮車に乗る1人が長距離通信を試みる。しかし繋がらず、少し後方の軍への通信に切り替えた。
 が、その通信が始まらぬうちに、再び前線から救援要請が届いた。疲れたように応じかける副官だったが、その時、気になる言葉が飛び込んできた。
『――ッ‥‥‥‥こちら‥‥、後方より人為的‥‥‥‥ひっ、し、少女がRP――――ッ‥‥』
「おい、応答しろ! 何があった!? 状況を伝えろ!」
 副官が怒鳴るも、返ってくるのは雑音ばかり。面倒な予感がした。
「少佐。こちらからも通信し続けろ。可能な限り最新の情報を傭兵に届けてくれ」
「了解!」
 無線を握る少佐は1秒を惜しむように、早口で後方へ連絡を取った。

▼戦況(□:UPC軍 ▽:陸軍士官学校、士官候補生の遊撃小隊 ■:敵キメラ群)
   1320時「少女?」ら襲撃
    ↓   1315時、楔を打たれる
   □ □□□ □□↓       □□□□
 ▽□   ■   □■■□□□□□ ■■■
    ■■  ■■■▲▲■■■■■
   ■       ▲
   ↑
 1240時、遊撃小隊の横撃

●参加者一覧

ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
翠の肥満(ga2348
31歳・♂・JG
八神零(ga7992
22歳・♂・FT
エドワード・リトヴァク(gb0542
21歳・♂・EP
セレスタ・レネンティア(gb1731
23歳・♀・AA
猫屋敷 猫(gb4526
13歳・♀・PN
ファブニール(gb4785
25歳・♂・GD

●リプレイ本文

「通信にあった少女‥‥ルカかもしれない」
 エドワード・リトヴァク(gb0542)は指揮車傍で独りごちた。他の4人の傭兵が頷き、副官はその名は何かと首を傾げる。残る傭兵3人は既に右翼へ出発しているが、彼らにも簡単に想像できる事態だった。
「士官学校の元候補生です。彼女なりに考えた結果、敵側から厭戦気運を高めようとしています」
「こっちを襲ったのは入団試験みたいなものか」
「‥‥そう、ね」
 セレスタ・レネンティア(gb1731)が副官に答える横で、ロッテ・ヴァステル(ga0066)はどう叱るか考えるように僅かに眉を寄せ、蟀谷に指を置いた。
「正規軍が少女を発見したら信号弾を上げてくれないかしら。更生できれば戦力になるわ。当然私達の仕事もキッチリ果たす」
 副官に交渉する。人材不足に悩む副官がそう言われて断る筈もない。ロッテに頷いた。幸臼・小鳥(ga0067)が不安げに声を上げる。
「でもルカさん‥‥何を狙って来たのかぁ‥‥戦車の鹵獲とか‥‥他にもありそうですねぇ」
「私達の命、とか」
「へ、ふぇえぇ?!」
「冗談よ。私の目の前でそんな事は絶対させないから‥‥」
「る、ルカさんってそんな人なんですか?」
 小鳥の髪を猫耳ごと撫でるロッテに、ファブニール(gb4785)が訊く。
「可能な限り殺傷は避ける。本来は優しい子ですよ。ただ」エドワードが悲しげに言い淀む。
「殺傷も已む無しと判断すれば、というところです。それより中央突破から30分。救援に向かいましょう」
「‥‥はい」
 促すセレスタに応じる一行。彼女の用意したジーザリオに乗り込んだ。ロッテは迅速に対応する為に後扉を開き膝立ちとなった。
「理想を掲げてその為に力を得る」
 ファブニールは後部座席で目を瞑る。
 ――それも真理だよ。でもそれで皆の笑顔が見れるのかな。視野狭窄かもしれないけど、僕は、尊い理想と同時に目前の笑顔も守りたい‥‥。

「無事かヒヨっ子ども! ランボー様のご到着でい!」
 翠の肥満(ga2348)が遠くから叫んだ時、そこは交戦中だった。中央より余裕はあるが前線に変わりない。数人が翠達に気付き、騒ぎが伝播していく。
「これこれ」翠は自らのライフルをいきなりぶっ放し、気を抜く生徒に迫った鳥型を墜とした。「いくら僕が好きでも戦闘中に余所見はいかん」
「凄いのか酷いのか解らないです」
 翠の言動に呆気に取られる猫屋敷 猫(gb4526)。その間に八神零(ga7992)は戦車に近寄る。
「紙片に書かれていた文字は気になるが‥‥ハンス」
『何‥‥で、すか』
「報告すべき事がある」
 無言で返すハンス。零が淡々と続けた。
「ここにルカが来る可能性がある」
『ッ! ハ。あの勝ち逃げ女がか』
 様々な感情を内包した声が無線から聞こえる。やはり完全にはまだ矯正できていないらしい。
「君は、皆に頼られる立派な士官候補になったんだ。前みたいにカッコ悪く勝手に熱くなんじゃないよ?」
『解ってる!』
 飄々と警告する翠へ、ハンスはバツが悪そうに答えた。また改めて警告しようと決意する猫である。零はこれ見よがしに嘆息した。
「ルカよりもまずは迎撃だ。‥‥下らない所で死ぬなよ」
『おお!』
 零は戦車より前に出るや、手近にいたケンタウロスを紅く輝く月詠の連撃で6つの塊に変えた。

中央:ロッテ 小鳥 エドワード セレスタ ファブニール
右翼:翠 零 猫

●ルカ・ロッド
「貴女は徒歩で接近。私がコレで行くから」
『了解』
 右翼某所。戦線後方を、屋根のない指揮装甲車が移動する。乗員は軍服の女1人。
 ――墜ちたKVでもあればいいのに‥‥でも、まずは。
 女――ルカは心を落ち着け、最右翼にハンドルを切った。

「2時方向、フッ飛ばせデューラーくん!」
『皆合わせろ!』
「てェ!」
 翠の観測にハンスが呼応する。轟音。連続する衝撃の直後、ケルベロスの頭部2つが爆散した。
「上手い! そこですかさず僕の芸術的狙撃!」
 さらに翠自身の銃弾が止めとなり、番犬がくずおれる。
 その穴へ一瞬にして零と猫が潜り込んだ。小型は適当に、中型以上に狙いを絞る。馬。スライム。ビートル。有象無象を視界に収めると同時に、敵戦線を崩す事だけを考える。
「来いです‥‥っ私はキメラでもルカさんでも、なんとかしてみせるです!」
 剣が煌き、沈み込んだ猫が回転剣舞を岩のような敵へ叩き込んだ。岩が四散し倒れる。その礫に紛れて伸びる触手を零が落とし、根元へ走る。
 斬。軟体を事もなく殺し、すぐ周囲を警戒する。
 一方で翠は中衛から撃ち続ける。左、正面、右。歩兵より一歩前を縦横に駆け巡り、次々射殺していく。合せて歩兵の集中砲火が敵を崩す。
「フムン。せっかくのライフルなのに正確に狙わずとも当たるのは手応えがない」
「一度退くぞ! 遊撃小隊が戦線に呑まれても拙い」
『了解!』
 零の合図で一旦下がる間際、ハンスは磁力砲で6m級の甲虫外殻を破った。

「無事な者は私と共に突出するキメラを抑えて下さい。その間に後衛は戦線形成を‥‥!」
「まずは‥‥楔を叩かないとですねぇ‥‥。囲み‥‥ましょぅー」
「「了解!」」
 迫り来る敵最先頭をセレスタ、小鳥が中衛、斜めから射撃する。それに追従する兵もパラパラと3点バーストで応射、十字砲火で少しでも敵の勢いを止める。
 その弾雨を抜ける敵の鼻先を抑えるのが
「無理はしないで。怪我した人は退いて下さい」
 血を流しながら突っ込むケンタウロス数体を、エドワードとファブニールが盾で防ぐ。
 衝撃で持っていかれそうな上半身を抑え込み、下から剣を突き上げる。だがその2人の脇をさらなる数体が抜ける。十字砲火に参加していた兵が薙ぎ倒される。セレスタが突撃銃を広範に向ける。
 それを受け、エドワードは自身を囮にするように前進した。つまり、群の真正面へ。
「今のうちに、戦線の穴を塞ぎましょう」

 が。それより前で鬼神の戦いを繰り広げる人間がいた。
「邪魔よ、ヴェルミン!」
 害虫を駆除するが如く。
 敵の群を穿つような奇襲。楔に対し斜めからの突撃を、単独で敢行する。あるいは避け、あるいは突っ込み、生きた敵の体すら障害物として利用し。敵が爪を振るった時には軽やかな跳躍で姿を消し、着地際には逆手の短剣で上から下へ引き裂く。圧倒的な風が、確実に楔の勢いを殺いでいた。
 また1匹の尻尾を前方倒立回転でかわし、その勢いを右踵の爪へ乗せる!
 直撃。頭蓋の砕ける感触が脚を伝う。そこから捻り、両足で首を挟み地に叩きつけた。
「小鳥、お願い‥‥喰い放題よ」
『――ょう‥‥ですぅ‥‥!』
 伏す蜥蜴人へ止めの一刺しを加え、彼女――ロッテはさらに奥へ駆ける。

 それを小鳥のアンチシペイターライフルが援護する。とはいえ内部に入りつつあるロッテの直接援護はなかなかできない。辛うじて見える蒼髪の背中側の敵へ撃ったとしても途中で別の敵に命中するのだ。が、それでも。
「ロッテさんは‥‥傷つけさせない‥‥ですよぉー!」
 銃声銃声。小鳥の執念か。遠距離からの隙を突いた銃撃が、次第に奥へ入り込んでいく。すると穴を塞ぐ為に敵は動かねばならない。その動きこそが、ロッテの回避行動を援護していた。
 セレスタは地に伏せた位置から突撃銃で確実に至近をカバーする。いくら敵が来ようとフルオートはしない。彼女につられて一般兵も落ち着きを取り戻していく。
「砲撃を‥‥!」
 自走砲が火を噴く。空高くから落ちる砲弾が、ロッテより奥の楔根元へ炸裂する!
 ファブニールの細剣がセレスタに向かっていたコカトリスを貫いた。
 各員の役割が明確に機能し、瞬く間に15分が経つ。そうして敵の楔を食い止めるうち、右翼からの増援が戦線を形成していた。天馬をエドワードが斬り捨て、それに気付く。
「損害を負った隊は一度後方へ‥‥!」
 傭兵達も一旦戻ろうかと思案したその時。
 右翼に、照明弾が上がった。

 第2小隊の生徒からその報が届いたのは、遊撃小隊が位置を変えようとした時だった。
『来ました‥‥目標は軍の装甲車に乗車中。適当に時を稼ぎます』
 ルカの発見。やはりここを狙ってきた。
「キメラもかなり押し込めた。僕らも行きますか?」
「‥‥ああ」「なんとか、するです」
 零と猫の返事を受け、翠が照明弾を放つ。
 3人は第1小隊を連れ、急ぎ最右翼後方へ――。

「行きましょう」
 淀みないセレスタ。唇を固く結びエドワードが、次いでロッテ、小鳥が首肯する。
「行って、連れ戻してあげて下さい。ここは僕が‥‥」
「貴方も来なさい。戦線が回復した今、ここは大丈夫よ。‥‥これは、必ず貴方にとって良い経験になるわ」
 ロッテがファブニールを強引に車へ放り込み、ジーザリオは右翼へ急発進した‥‥!

「成程。自分以外が全滅した訳でありますか」
 第2小隊の1人が応対すると、車上の軍人が目深に被った軍帽に触れ頷く。
「ああ。無線も壊れてな」
「それは大変で」
「すまないが通信させ‥‥」
「無駄だ、ルカ‥‥!」
 軍人――ルカがそちらに目を向けると、そこには零達の姿があった。

●――彷徨える理想の翼、
 戦場と隔絶された雰囲気が漂う。これが最後の機会だと、本能的に解った。
「‥‥戻る気は、ないですか?」
 猫の低い声に嘲笑するルカ。それを見た瞬間、戦車に乗るハンスの怒声が無線に流れた。その雑音に翠が肩を竦ませ耳を押える。
「たく、熱くなるなって言ったでしょうに! 君のせいで僕ァ死にたかねえぞ!?」
「感情に流されず、ちゃんと周りを見て考えろです!」
『ッ、解ってんだよ糞!!』
「相変わらず馬鹿しか取り柄がないのね」
『アア? この糞‥‥』
「そんな事はどうでもいい。‥‥ルカ」
 考え直せ。覚醒を解いた零が、出来る限り穏やかに。ハンスは舌打ちして押し黙る。あまり表情を出さない零の眉間が微かに動いた。
「今のお前は自分の命を軽視している‥‥お前の命もまた仲間に想われているのだと考えた事がないのか?」
「‥‥」
 血を流さず解決したい。零の真摯な言葉が車上に投げかけられる。こちらを見下ろすルカの瞳が軍帽から覗く。
 1人でも彼女なりに戦っている心を認めていると伝えていれば、そして軍で足掻く利点を挙げていれば。そんな揺れる瞳がそこにあった。だが現実は
「私は皆が戦争に生き残れる為に戦う。‥‥それ、だけ」
 届かなかった。軍帽が彼女の全てを隠す。
「そうですか」そのルカを見上げ、翠が銃口、猫が刀を向ける。「では、お覚悟を」
「まァ拘束後に納得するまで話しましょうや」
 翠の銃が火を噴くと同時に、ルカが車内で屈むと。装甲に銃弾がめり込んだ。数発でいける。猫が走る。目を瞑る零。1秒後には、再覚醒と共に猫に追従していた。
「‥‥止むを得ないな。最後まで信じる道を往くなら」
 零と猫が車へ足をかける。
 が、刹那。装甲車が急発進した‥‥!
「ッく‥‥」
 辛うじて斬りつける零。装甲側面に一筋の跡が刻まれるが、止められない。装甲車は2人を振り落とすような急旋回から、一気に後方へ走り去った。翠の銃弾が後部に集中する。
「追いますよ!」
 3人が駆け出そうとしたその時、第2小隊に戦慄が走った。
 気付けば、3人から遠い位置の戦車1輌が消えていたのである。

「首尾は」
 アクセル全開、ルカは慎重にハンドルを切る。
『皆そっちに集中してるんだよ?』
「なら貴女は可及的速やかに離脱」
『‥‥名前で呼んでいいのに』
 通信終了、と一方的に切った。次にどうするか。装甲車程度では追跡されたら終る。隠れ逃げるしかない。
「‥‥命」
 不意に傭兵の言葉が蘇り、苛立たしげにルカはハンドルを握り締める。
 ――私の命が何。困窮する家の手伝いも出来なかった私が、皆死なないで幸せに戻れる道を創る。家は手伝えないけど、町は救える。それが、私の戦い! 能力がなければ自分の努力をしたら駄目? 私は幸せを掴む為に戦ってる。傭兵も生きる為に戦ってるのに、私の戦いはやり方考えろって否定されるの? 何で?
 前を向く。まだ戦場だ。早く抜けねば。
「私は、間違ってない!」
 急加速したその時。
 装甲車の前を突如何かが遮ったと思うや、一瞬にして視界が回転した。

●君に願う。せめて安らかな夢を。
 激突。
 衝撃がジーザリオを襲う。小鳥の悲鳴が一瞬響く。
 車体は凹み、窓は割れ。中の5人の記憶は、爆走する装甲車の進路を阻もうとしたところで途切れていた。そして気付けば、横転した車内に体を横たえていたのである。
「っ無事‥‥?!」
 痛む体に顔を顰め、ロッテが声を発する。朦々と白煙が車を覆い、外の様子も解らない。
「装甲車はあのまま激突した?」
 セレスタの疑問に答えられる者はいない。
 が。
 5人が後扉から這い出てそこで見た光景は、言葉を失わせるに、充分すぎた。
「‥‥る、か」
 信じたくない。何かを否定するようにエドワードは近付く。
 ‥‥横転した装甲車に胸から下を潰されている、ルカの許へ。
「ぁ、‥‥」
 微かに漏れる息。エドワードは脚の力が抜けたように膝をつき、彼女の頬に触れた。生暖かい。大量の粘つく何かがルカから吐き出される。遅れて傍に来る4人。
 瀕死。
 セレスタが無線へその言葉を口にした時、ルカの右腕が動いた。生にしがみ付かんとする手。その手をエドワードは握り締める。どうにもならないと知りながら。
 焦点の合わない瞳がエドワードを捉えた。
「るか」
「‥‥‥‥」
 耳を寄せても聴き取れない。そのうち彼女の呼気は浅くなり、そして何を伝える事もなく彼女の手の力が抜けた。
 それが、理想を掲げた少女の呆気ない最期だった。
 溢れそうな何かを必死に堪えるエドワード。小鳥はロッテの胸に顔を埋め嗚咽を漏らし、セレスタとファブニールは天を仰ぐ。車がなければ逃げられ、敵に利用されていた。車があったから今死んだ。どちらが良かったかなど解らない。
 右翼の3人が到着したのは、そんな時だ。5人の様子だけで近付かずとも結末は解る。それでも3人は間近へ来て亡骸を見る。それがケジメなのだ、と。
 零は彼女の苦しげな瞼を優しく撫でた。皆を代弁するようにファブニールが重い口を開く。
「一緒に探していきたかった‥‥君も皆も笑顔になれる道を」
 夢だと思いたい感情を、戦場の砲声が虚しく現実へ引き戻す。『これは演習ではない』。よく言われる台詞が身に沁みた。
「‥‥戦場に戻るぞ」
「そんな‥‥」
「零の言う通りよ。私達は私達の方法で戦い続ける‥‥それが、彼女に対する礼儀‥‥」
 ロッテは付近の軍に装甲車と亡骸の保管を依頼した。

 戦闘は続く。そして戦争も。8人は最後に亡骸を一瞥し、戦線に戻る。その8人の多大な力もあり、この戦場は今日を乗り越える事ができた。
 こうして、陸軍士官学校に端を発した少女の物語が、世の無情を伝えて幕を閉じたのだった。

‥‥‥‥
‥‥


 ――ハンス・デューラー少尉、ギリシア方面第2軍、第1機甲師団への配属を命ず。
 数ヵ月後。陸軍士官学校には、どこか無味乾燥な声が響いていた‥‥。

<了>