タイトル:海岸線の郷愁マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/03/05 22:53

●オープニング本文


「もし。貴女がヨーロッパを飛び回ってらっしゃるというお嬢さんですか‥‥?」
「‥‥は?」
 スウェーデン。地元の町で親バグア派等の動向について聞き込みを中心に探っていたヒメは、そんなお婆さんに遭遇した。
「おそらく、そうかと」
「あの。あの。もしよろしければ、私の孫の遺品を取ってきてはくれませんでしょうか?」
「‥‥できれば、始めから話していただきたいのですが」
 お婆さんは曲がり気味な腰をさらに屈めて謝る。それをヒメが止め、喫茶店へ誘導すると、ようやく話に入った。曰く。
 ギリシア戦線に回された孫がPN作戦――イタリア解放戦の折に亡くなったという報が届けられたらしい。正確には作戦行動中行方不明であるようだが、ともかくその報ののち、野営地等にあった孫の私物も軍人が持ってきたのだそうだ。
 ところが、孫はICレコーダーの記憶媒体を数ヶ月に1度、郵便で送ってくれていたのだが、その私物の中にICレコーダー本体がなかった。つまり死の直前までそれを身に着けていたに違いない。
 それを代わりに取ってきてくれ、と。
 涙も枯れ果てた口調で淡々と話すお婆さんに、胸が痛くなる。息子は生きているらしいので救いはあるが、出来る事なら力になってやりたいとも思う。が。
「身に着けていた物や遺骨が届けられなかったという事は完全な行方不明、もしくは目も当てられないような惨劇だった可能性もあるわけで。少しでも戦場の手掛かりはあるんですか」
「はい。ギリシアの南東の海岸で――」

 ◆◆◆◆◆

 強化カブト虫が荒れた道を走る。あまりスピードを出しすぎると、片輪走行にでもなりそうな凸凹である。
「まずは偵察、と」
「その後で傭兵を待つのですな?」
「多分ね」
「お、お嬢様‥‥爺はお嬢様の御身が‥‥」
 リィカ・トローレ――「ヒメ」と名乗り、単なる小娘にすぎないと思い込みたかった少女が、窓の外に注意を向ける。
 入り組んだ海岸線の中の一角。それが、お婆さんに聞いた情報だった。とはいえULTにお婆さんと共に連絡した際、孫のいた部隊の正確な場所は聞いている。あとは現場に何か残っているかどうか、だ。
「お嬢様、あちらの方でございます」
 老執事が砂浜に車を進入させ、100m程の所で横向きに駐車した。降り、見渡す。戦場の跡を。
 岩場や浅瀬、砂浜には砲弾やその欠片が転がり、時に軍服にも似た切れ端が埋まっている。迫撃砲か何かが横転して砂や海水に侵略され、散った命が近く感じる。
 それにしてもやはり、自分達だけで探すには広すぎる。傭兵を待つしかないか。
「入り組んで解り辛いとはいえ、いつまたキメラがここに来るかも解らない‥‥早く‥‥!」
 その場から動かず一通り見回したヒメが焦れるように空を見上げると、ここより南西に、暗い雨雲が浮かんでいた‥‥。

●参加者一覧

九十九 嵐導(ga0051
26歳・♂・SN
幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
伊佐美 希明(ga0214
21歳・♀・JG
比企岩十郎(ga4886
30歳・♂・BM
ユウ・エメルスン(ga7691
18歳・♂・FT
風羽・シン(ga8190
28歳・♂・PN
植松・カルマ(ga8288
19歳・♂・AA
クラリア・レスタント(gb4258
19歳・♀・PN

●リプレイ本文

「お久しぶり‥‥ですぅー」
 完全郊外仕様のジーザリオが砂浜に侵入した途端、運転していた幸臼・小鳥(ga0067)は窓から乗り出しヒメに手を振った。
「おま、危‥‥!」
「ぁ」
 助手席から慌ててハンドルを掴んだ伊佐美 希明(ga0214)にはにかむ小鳥。希明は軽く額をはたいてやった。カブト虫の横に無事停車し、4人が降りる。
 次いで植松・カルマ(ga8288)の駆るランドクラウンが砂を巻き上げターン、強引に停まった。残る4人も姿を現す。
「チョリーッス!」
「‥‥見てるだけで酔いそうだ」
 秘かに口元へ手をやるのは小鳥車から降りたユウ・エメルスン(ga7691)。が、そんな彼を吹き飛ばす勢いでカルマらが依頼代理人たるヒメに寄っていく。クラリア・レスタント(gb4258)のみ無言で袋を渡してくれたが、吐く訳にいかない。皆の許へ歩み寄ると、早速顔合せ兼作業分担が始まっていた。
「しかし全く、お嬢も相変わらずだねぇ? ま、その方が好感持てるがね」
 と、風羽・シン(ga8190)。
「モチ俺もいるッスよ! ヒメさんの助けはいつでも応じる。そこに理由なんかねェ! それは俺があな‥‥」
「金属探知機、助かるわ」
「‥‥むごい」
 続いて口を開くカルマを黙殺するヒメ。漢の涙を流し、比企岩十郎(ga4886)は咳払いした。
「とりあえず初めまして。探し物は遺品らしいな。是が非でも見つけてやらねば」
「大分骨が折れそうだな‥‥砂漠でゴマ粒を探すよりはマシだが」
「だが遺留品があれば‥‥」
 ――残された人は救われる。
 九十九 嵐導(ga0051)が骨を鳴らす傍でユウが言いかけ、決まり悪そうに押し込めた。半数がその想いを察した事は内緒である。
「お婆さんの為に‥‥見つけましょぅー!」
 両拳を握り、小鳥なりの気合を入れる。一方、
「‥‥たとえICレコーダーが駄目でも、お婆さんの元に何かしら届けてあげたいな」
 異星人に殺された親の、兄の顔が頭に過り、希明のいつもの強気に翳りが差した。忘れる事はしない。その感情を胸に自分は先へ進むのだ。
「と、そうだお嬢」すぐさま意識を現在に向け「本名は嫌、出来るだけ戦いたい。まぁ事情はあるだろうから深くは聞かんさ。だが、戦闘は私らプロに任せてくれた方が助かる」
「‥‥解ってる」
 不承不承といったヒメ。それをクラリアは羨ましげに見つめ、次いで冷風に混じる嫌な気配に体を震わせた。素早く文字を書き、肩に触れる。
『時間との勝負です。頑張りましょう』
 不吉な空は刻一刻と近付いていた。

砂浜:クラリア ユウ 小鳥
岩場:嵐導 希明 カルマ
浅瀬:岩十郎 ヒメ シン

●想い、遥かに
「せめて生死がはっきりすりゃいいんだが」
「死の報告を俺達がしても、か?」
「‥‥MIA、行方不明なんて言われてるよりマシさ」
 無線に入った希明の独り言に嵐導が反応した。金属探知機を交互に用い、岩場を広範に探す。ともすれば躓きそうな凹凸が煩わしく、と言って1ヶ所に3分もかけられない。
「かなり海に落ちているようだな」
 思ったより探知機の反応が少ない。これならまず反応を見て探索、最後に判り辛い場所に行くか。嵐導が思案する。
「‥‥隊、Je‥‥。やっぱりタグがあったとしても削れてるね」
 希明は名も判らぬ兵に祈り、タグの破片を陽の当る所に置く。かつて行われた戦闘に思いを馳せ、その無念が少しでも晴れるよう、この場所を胸に刻む。
「どうスか? 俺の繊細な感覚にビンビンきてるんで、早めに海岸から離れたいッスけど」
 空や海に警戒を向けたままカルマが声をかけた。

 ユウ、クラリアが黙々と砂浜を探索する。その沈黙は元々あまり話さない2人だからなのだが、周囲を警戒するべく様子を窺う小鳥には微妙に寂しい。
「邪魔しないようにぃ‥‥ってふみゃ!?」
 砂から突き出た銃身に躓く小鳥。ツッコミも助けもなく盛大に顔が埋まり、涙目である。
「いいです‥‥1人でも生きて‥‥いけますぅー」
 立ち上がった拍子に猫耳がぴこんと揺れた。
 そんな1人漫才が繰り広げられる脇で探索が進む。
「薬莢なんかが多いな。そっちはどうだ」
「芳しく、ありマせん」
「‥‥まぁ。遺留品くらい帰還‥‥いや何でも」
 ユウは僅かにクラリアの銀糸に目を留め、即座に作業を再開した。
 そんなユウと逆端から探索するクラリアは、砂礫の中に軍服を発見していた。掘り起こすとほぼ白骨化した左肩から先だけが現れ、微かに残る腐敗肉が落ちた。付近に他の骨はない。細菌など何の問題があろう。クラリアは慈しみを込めて触れた。
「‥‥安ラかに」
 魂が巡り、戻ってくるように。黙祷する。
 ――私達はその巡りを見る事ができないけど。
 だから、証を。確かにその人が生きたという。
「何かあったのか?」
「‥‥きっト、見つカります」
 想いの分だけ物は応えてくれるから。
 タグを取り、立ち上がる。
 とその時、海を注視していた小鳥の警告が、2人の耳に届いた。
「気配が強く‥‥、キメラ来てますぅ!?」

「転んで濡れぬようにな。この時期は風が冷たい」
「こんな所で転ばない」
「ったく。素直に『大丈夫』くらい言えんのか?」
 ヒメに気を配る岩十郎と、ひたすら海中を見つめるヒメに呆れるシン。
 口と共に手も動かし続ける3人。浅瀬は1番広い。その広さを、周辺警戒のシンが程よく手伝う事でカバーしていた。
「これ‥‥」
 裾が濡れるのも構わずヒメが屈み、浅瀬の底を掘り起こす。
「何だお嬢、もう見つけちまったか?」
「違った」
 ひしゃげたロケット。中にはかつて鮮明だった筈の写真が入っていた。ヒメは布で包み、それを回収する。
「こっちもまだない。まぁ、見つからぬ故に見つかった喜‥‥!」
 岩十郎がヒメの方を向こうとしたその時
「キメラも獲物を待ってたってか?」
 俄かに膨れた殺気に反応し、シンと岩十郎は背後足下へ長物を振り下ろした‥‥!

●想い、その手に
『キメラのお出ましだ!』
 無線から発せられたシンの言葉が、雑音混じりに皆の耳朶を打つ。
「お嬢、さっさと見つけろ!」
「ヒメさんは探索を。いよいよという時はなんとかしよう」
 水飛沫の中で蟹や海老が跳ねる。それをシンが両断、散弾銃に持ち替える。ヒメは急いでそこから離れ、探索を続ける。
 岩十郎も棍棒で跳ね上げ、敵を振りぬいた後で海面へ目を戻した。まだ浅瀬の半分。焦れば逆に目が素通りしそうになる。
「そんなに長くは保たんからな‥‥!」
 水に向け、銃をぶっ放すシン。その銃声に釣られたかの如く、西の空にもいつの間にか敵影が見えていた。

 カルマの銃弾がカモメのような鳥を相次いで撃ち落す。億劫そうな、しかし素早い再装填。気付けば足場を蠢いていた巨大船虫の影を捉え、右の剣で両断する。体液が飛散した。
「ちょ、マジキメェ! まだッスか!?」
「少しは我慢しな! 前線から飛び出してんだ、こうなるのは解ってた事さ」
 希明の怒声が飛ぶ。苔の生えた岩を慎重に踏み、一段下がる。波が足を濡らす。目線を下げて覗く。一層暗い所に手を入れるが、すぐ奥の岩に触れた。
 ――どこにある‥‥。
「お前もお婆さんに会いたいだろ!?」
 憂さを晴らすように希明が急降下するカモメを射る。そして鳥の行く末を見届ける間もなく探索に戻ろうとした、その視界に。
 輝くような何かが過った。
「九十九!」
 それは、嵐導が移動中に偶然懐中電灯で照らした場所だった。強い光がなければ、その瞬間希明が見なければ、解らなかったかもしれない場所。そこを、希明は指差した。
 そこかしこから湧く船虫に鉛を喰らわせ、嵐導が岩の上を躍動する。跳び下り、隙間の空洞を照らす。
 果たしてそこには。
「‥‥各班、ICレコーダーを発見した」
「じゃ、とっとと逃げるッスよ!」
 これを戦場に持ち込む人間は小隊に1人くらいだろう。ならば孫の物の筈。
 塗装が剥れ液晶の割れた物を嵐導が懐に入れる。それを確認し、カルマは砂浜に戻るべく小跳躍して目前の敵を斬り捨てた。

「皆さぁん‥‥殿は私が勤めますから‥‥早く戻って下さぃー」
 両手の銃の反動が小鳥を襲うたび、カモメが地に墜ちる。嵐導の報から2分が経過していた。辺りは散った羽と、浅瀬を抜けてきた小蟹で埋め尽くされているが、まだ空には敵の波が待っている。流石に地中海沿岸は増援が早い。
「俺だけ車に乗っても意味はない。つか出来るだけ乗りたくない、んだよ!」
「はヤくこちラに!」
 ユウとクラリアの剣が、回りこむ黒蟹を刻む。しかし保持できる範囲も限りがある。辛うじて敵群の数ヶ所を薄くさせるだけで精一杯。どこからともなく増える敵に、3人は砂浜で待つしか手段がない。
「時間もかけていられませんし‥‥2点を全開で‥‥抉じ開けるのですぅ!」
 小鳥の2丁が岩場と浅瀬、別々の方向に放たれる。別班の様子も敵に塞がれ時折しか見えない。それでも信じ、亀裂を作るのだ。
 次いでユウも銃撃。その脇を抜けてクラリアが踏み込み、そこを軸に一瞬にして回転した。急降下してきたカモメが地に激突する。
 と。
『――今‥‥破す‥‥』
 雑音だらけの無線に、シンの声が飛び込んできた‥‥!

「逃げるが勝ちってな」
 ヒメを庇って戦い続ける岩十郎。水を巻き上げるように下段から棍棒を振り上げる。敵が粉砕され、同時に牽制となる。
「無理矢理行くしかないかね‥‥」
「ならばヒメさんは任せてくれ」
 探知機、落とさんでくれよ。岩十郎は屈むや、ヒメを横向きに抱き上げた。
「な、や、やめ‥‥!」
「こちら浅瀬。今から突破する!」
 有無を言わさず。シンを先頭に、砂浜方面に駆け出した!
 銃声銃声。散弾銃が少しずつ群を削る。海水が足に纏わり付く。跳ねてくる蟹の鋏が無数の裂傷を作る。シンが砂浜直前で急停止、岩十郎を襲うカモメに散弾を放った。
「行け!」
 咆哮と共に獅子――岩十郎がただただ足を動かす。懐に抱いたヒメに傷1つ付かぬよう自身の体を丸め。
「私、走‥‥」
「怪我させる訳にはいかんだろう」
 牙を覗かせる岩十郎。そしてシンの横を、一気に駆け抜けた。
「程々で切り上げるのだぞ」
 首肯するシン。止まらず岩十郎は砂を蹴る。
 既に発見の報から3分が過ぎていた。

●思惑、交錯
「早く‥‥こっちにぃ!」
 小鳥の檄が飛ぶ。岩十郎に迫るカモメを遠距離から撃ち殺す。その小鳥を囲むようにユウ、クラリアが位置取り保持する。四方から飛来する敵に、衣服が裂け、生々しく紅く染まる。それは自身の傷であり、敵を滅した証拠でもあった。
 こちらから岩十郎へと標的を変えた3体の蟹が跳ぶ。
「邪魔しナいで!」
 咄嗟に跳び出しクラリア、ユウが2体を屠る。が、もう1体が岩十郎の胴から首に飛びかかる。
 急停止、体の向きを90度変え、腕で敵を受け止める岩十郎。噴き出る血を物ともせず振り払った。
「俺達は先に戻る‥‥!」
 ユウは岩十郎の後ろ、クラリアが前。3人が車へ走る。風に靡くヒメの金糸に数秒目を奪われるユウだが、敵の処理も忘れない。抱き上げられ手持ち無沙汰なヒメがその視線に気付かない訳もないが、敢えて突っ込まず一団が進む。
「右に5匹!」
「ッ、手が足りねぇよ‥‥」
 ユウが悪態をついたその瞬間、
「じゃ、私も混ぜな!」
「ヒメさんの騎士、参‥‥ッてちょ、守るの俺じゃね、俺の役目じゃね!?」
 希明の一矢が敵を貫き、直後嵐導とカルマが群を突き抜けてきた‥‥!

「こうなりゃ発車まで絶対通さねー!」
 カルマがそこで留まり小鳥、シンに叫ぶ。防衛線を張る3人。弾幕と言うには少ない銃弾が敵を少しでも釘付けにする。
 鳥の喚声が耳に障る。柔らかな光がシンの体を癒す間もなく、群の中で小太刀を振るう。小鳥、カルマの銃身が焦げつく。
 どれ程引きつけたか。無線が準備完了を伝えた時、3人は踵を返した。
『――カブ‥‥進させ‥‥』
 嵐導らしき声が聞こえたが、聞き返す暇もない。彼らが着くより先に発進するカブト虫を視認し、その良判断を理解した。3人が開いていたドアに飛び込む。
「出発して‥‥下さぃー!」
 敵が指呼の間に迫る中、2台のエンジンが唸りをあげた。

 なんとか砂浜を抜ける一行。だが一度見た物は壊せと入力されているのか、カモメも必死に追い縋る。砂浜で車に取り付かれたのが痛かった。閃光弾などで敵全体の意識を僅かでも寸断しておけばと後悔しても遅い。後は速度と牽制で追い落とすしかない。
 ゴンゴンと体当りが車を襲う。
「しつこい野郎は嫌われるよ!」
 岩十郎の運転するジーザリオ後扉を開き、希明は弓を斜めにギリギリから射る。それは過たずカモメに命中するが、流石にこのバランスで何射もできそうにない。小鳥の銃に任せる事になる。
 一方でそれと並行するランドクラウンからは絶えず銃声が轟く。シン、カルマ、クラリアが窓から銃撃し、比較的余裕のあった嵐導がアクセルを踏む。火薬の臭いが充満してくる。風が後頭部を撫でる。
 速度が出てきた。敵も脱落してくる。が、頭上から金属を爪で掻く嫌な音。カルマが上半身全てを乗り出した。
「俺のモン傷つけんじゃねーよカス!」
 銃弾がカモメを貫き、敵の体が路面に落ちる。
 いつの間にか2台の外装は無残な姿となっていた。敵を引きつけた事になり、それだけ前を走るカブト虫の安全性は増したと言えるが、所有者としては塗装の剥れた車は見たくない。カルマは心で涙した。
 いよいよ車は速度を上げ、海岸から遠ざかる。張り付いた敵を各々が撃ち落すと、ようやく振り切れたようだった。
『無事‥‥?』
 ヒメの無線が入る。各自その生存を伝えると、無線の向こうで安堵したように息を吐く音が聞こえた。
『俺達はそこまで貧弱じゃねぇよ』
 念の為カブト虫に分乗していたユウのツッコミ。思いもかけず大群に襲われた緊張が、やっと解けそうだった。
『‥‥あ、岩十郎サン、ちょっと話あるんスけど』
『何だ?』
『あ、あんなお姫様抱っこ‥‥ッ俺がしてぇッス!!』
 カルマの嘆きに一同がなんとも言えない表情になる。が。
『‥‥今、路肩に人影がなかった?』
 ふと、ヒメからそんな言葉が漏れた。ここは、前線から飛び出しているのだ。そんな所、普通は出歩かない。だが既にその地点は遥か後方。戦闘後だけに、降りて調査するのも危険すぎる。軍への報告だけに留める事になった。
 こうして、忘れ去られた戦場から少しの救いを持ち帰ったのだった。ゆくゆくはより多くの幸せを取り戻さねばならないと感じながら‥‥。

<了>

『‥‥日、作戦発‥‥っちは支えるだけ‥‥‥‥』
 耐水性のケースに入れられていたのが良かったのだろう。中に入っていた記憶媒体から辛うじて再生される。文脈は殆ど解らず音質も滅茶苦茶。それでも、今のお婆さんにとっては最高の戦利品だ。
 お婆さんが嗚咽を漏らす。希明は背を擦り、小鳥がハンカチを差し出した。
 咽びながら、お婆さんは礼と謝罪を繰り返す。
 ‥‥、わたし、も‥‥。
 クラリアは歪む視界に昔の光景が蘇りかけ、気付かれぬよう感情を奥歯で噛み殺した。