●リプレイ本文
1840時。
夜の帳が街を包み、十人十色の目的で人々は大通りを足早に進んでいる。街灯がちかちかと点滅し、路地は薄暗さで別世界のよう。
そんな路地の程近くに9人の人間が集まっていた。目的は路地の奥「戦乙女亭」。そこでは今夜、高級食材を使った晩餐が振舞われる。彼らは、その死線を越える為にやって来たのである。
「ラカイさん、今日はどうぞよろしくお願いしますね♪」
白鴉(
ga1240)が元気に話しかける。ラカイが重々しくうむと返す。一方で綾嶺・桜(
ga3143)は横目に響 愛華(
ga4681)を見上げて嘆息する。
「全く、何でわしがこんな依頼に出ねばならぬのじゃ‥‥お主が美味しいご飯を食べたいが為に」
「わぅ〜♪ だってご飯だよ〜ひとつぼしだよ〜!」
「そうです。高い報酬に美味い飯、請けねぇ手はねぇってヤツです」
桜が処置無しとばかりに首を振っていたところ、シーヴ・フェルセン(
ga5638)が愛華に同意する。
「フカヒレなんてもん、久しく食してないしな。楽しみだ」
もちろん第一は依頼人の為だが。今さら付け足す九条・命(
ga0148)。「そう、依頼人の為よ」くすくすと薄く笑いながら鯨井昼寝(
ga0488)が念を押し、稲葉は、とさらに話を振る。年下の割に言動が堅苦しく妙に気になっていたのである。
「自分は高級だなんだとは興味ありませぬが、依頼とあらば全身全霊を尽くすのであります」
やはり堅い返事の稲葉 徹二(
ga0163)。なんとなく嗜虐心がそそられる。それを眺めつつ月影・透夜(
ga1806)は人生を考えていた。
「何故俺はこの依頼を受けたんだろうな‥‥い、いや腹が減っていただけに違いない、ならば本能‥‥」
透夜が独りごちた時、路地入口の看板に取り付けられていた無線からマイクを通して音楽が流れ出した。
タン、タタタタン、タタタタン、タン‥‥
ラヴェル、ボレロ。よく決戦前の気分高揚にTVでかけられる曲だった。時刻を見ると1850時。
ターン、ララララララ、ラ、タララ――
メロディに乗せるように声が響き渡る。
『皆の者! 食とは――』
TVに影響されすぎる一つ星。
『(中略)最後に! 我々は最高の食材を崇め我々最高のシェフを用意した! 皆は最高の客という権利を得られるよう頑張ってぇ、ほしい! 我々はぁ、諸君の顔を姿を見られる時を楽しみに、している』
音楽は省略されラスト2小節。
タラララ――ダララララダダン‥‥
「‥‥こんな事に力を入れるから上のランクにいけないんじゃないか?」
「危機感ってものがないのかしら」
「わぅ〜♪ 皆頑張ろうね〜えいえい、おーだよ♪」
呆れ果てる人間と、盛り上がる犬娘。桜は無理矢理手を掴まれて「おー」させられて、逆隣のシーヴもノリで手を挙げさせられている。
「まあ依頼を受けた以上はきっちり仕事はするがの‥‥」
じゃがこんな恥ずかしい真似させるでない、と抗議する桜だが、当然それを聞くわけもなくはしゃぎ続ける愛華。
1855時。開始の鐘はすぐそこだった。
●始まりの攻防
先行遊撃:命・昼寝 先行迎撃:桜・愛華 依頼人護衛:白鴉・シーヴ 後方迎撃:徹二・透夜
「ともあれ入口を確保だ。そこさえ抑えれば勝てる」
最終確認として透夜が言う。
「了解」
「わしらに任せるのじゃ」
「敵は今3人が路地前にいるみたいだ。チーム5人は俺達と同じように窺ってるんだろうね。この様子じゃ見つからずに行くのは難しいかな」
白鴉が顔を出して周囲を確認する。
「まずは3人と5人が問題だな。残りはどうとでもなる」
「3人は私達が引き受けましょう。その隙に依頼人を入口へ。九条、なんなら私が3人を相手してもいいけど?」
敢えて挑戦的な昼寝。相方にそう言われてノらない命ではなかった。早くも覚醒して無言で思いを伝える命。
「馬鹿な野郎ばっかです。ですがシーヴも手加減抜きでいくです」
覚醒。鋭い双眸。触発されるように次々戦闘準備を整える面々。
「先行隊、頼む。始めに力を見せ付ければ他の敵への牽制にもなる」
「任せろ」
命が闘志を燃やす。そこに再びアナウンス。
――10秒。9。8。
丁寧にカウントする看板無線。いやが上にも盛り上がる。
「では行くぞ! 天然貧乏犬娘!」
「わぅ!」
――2、1、‥‥!
先行の4人が弾け跳ぶ。命、昼寝は同じく一斉に動き始めた3人に向かい、桜、愛華は脇目も振らず路地を駆け抜ける。護衛班はその後をラカイの足に合わせて走り、徹二、透夜は5人と喫茶店から出て来始めた5人を警戒する。
先に路地に侵入した敵の3人は、遊撃班に対応する為にこちらを向く。
「作戦を練る暇なんて与えない。行くわよ九条!」
「俺が2人をやる!」
言うや盾を前にそのまま突進する。命は全身をバネのようにして猛攻を繰り広げる。
その横を一瞬で通過する先行迎撃班。刹那の交錯。しかし4人は言葉を交わしていた。全力を尽くすと。晩餐の為に。
命が隙を突いて敵顔面に右掌打。ついで強烈な左アッパーを水月に打ち込んだ。舌を突き出すようにしながら倒れる敵。倒れ掛かるのを避けると敵は地面に落ち、痙攣していた。
やっとラカイ達が横を通過する。ここはまだ路地10M。捕捉される予感がした。しかし構っていられない。命は電光石火で1人を倒すともう1人と向かい合う。肉弾戦を挑もうとしたその時。
「敵チームが動いた!!」
命が思わず声の方を振り向いた隙に回し蹴りを喰らう。それによろめきつつ反撃する。
その横を走り抜ける5人。1人を10M先に出し、残り4人が菱形で突っ込む。その勢いはここでは止められない。焦る命。決定打を与えられない。そこに、
「先に追うわ!」
昼寝の心強い声が響いた。
命が2人を相手していた間に、昼寝は1人のファイターと敵対していた。対戦士では一気には片付けられない。足で翻弄して打撃を加える。下段に蹴りをいれていく。敵は竹刀で反撃するがその全てをかわす昼寝。そのうちに敵が薙いだ瞬間、膝に強烈な前蹴りを与える。盛大に転げた。そして。
ガン!! 止めは金的だった。
「あら、はしたない」
舗装された地面で悶える男を足元に、クスクスと心にもない事をのたまったその時。
「敵チームが動いた!!」
後ろから、透夜の警告。見やる。丁度1人が瞬天足で路地を駆け抜けるところだった。その後に続く敵4人。
ここでは止められない!
判断した昼寝は計5人を素直に通す。先に行った仲間を信じて挟み込むのだ。
「先に追うわ!」
返事も聞かずに路地奥に駆け出す昼寝。滑るような超移動。数的不利を補う為に早く合流せねばならない。早く、早く! 美食の為に!
●中盤の攻防
4人が先行し、依頼人らが走っていったその後で、徹二と透夜は路地入口にさり気なく位置し、大通りで未だ動かないチームと喫茶店を監視していた。喫茶店の5人はようやく各々出てくる。が、中の2人は一般人だったのだろう。路地の比較的浅い位置で戦っていた命と昼寝の姿を目の当たりにし、どこかに去っていった。
喫茶店組残り3人が何事か話す。そして堂々と向かってきた。前衛1人後衛2人。ぎりぎり間合いで一時止まり。
示し合わせたように3人のファイターが同時にぶつかる。徹二はハリセン、透夜はデッキブラシ、敵はグラスファイバー製物干し竿。
敵は得物の長さを活かして巧みに2人の攻撃をいなしていく。そうして攻めあぐねているうちに敵後衛の1人が砂を詰めた水風船を投げる。避けるが、そこを捉えて物干し竿が胴を突く。
透夜がブラシの柄で突く。確かな手応え。いける。一気呵成に攻め立てようとした時。もう1人の太っていた後衛が完全に身体を覆っていたコートを脱ぐと、その「腹の脂肪と思っていた箇所」に抱えていた超機械で前衛を回復する。踏み止まる戦士。
一進一退。このままでは援護に行けない。
焦る透夜がちらと5人チームの方を見るのと5人が動くのは、ほぼ同時だった。
「5人チームが動いた!!」
自ら動けない不甲斐なさを噛み締めて、せめてもの警告を発する。それは役割を果たし、命と昼寝が透夜の方を振り向き、それぞれの行動に移っていた。まず安心すると共に、無理矢理眼前の敵を撃破する覚悟を決める。
「稲葉!」
「いくであります!」
視線で。透夜が前衛を引きつけ徹二が後衛をと。だが気配を悟ったか、後衛が大量のパチンコ玉をばら撒き気味に投げつける。それは徹二の動きを止めたが、同時に近くの味方の背にまで当たっていた。
よろめく前衛。影にいた透夜が勝負を決める。ブラシを見事に操り喉元に突き刺した。白目を剥きくずおれる敵。
それを見、気勢を殺がれていた徹二も後衛に向かう。前衛が倒れた事で逃げ腰になる敵。
「や、やめギブ‥‥」
「話して判れば傭兵の仕事はいらぬであります」
含蓄深く。
「問答無用! 御免!」
すぱぱーん! 能力者の腕力で2人の脳天に巨大ハリセンが叩き込まれる。
「‥‥次に会う時は仲間であります」
どさ。時代劇の如く倒れる2人。大怪我しないように倒れたようなものだった。
「またつまらぬも‥‥」
「早く援護行くぞ」
余韻に浸る徹二を透夜が引っ張って行った。
●終わりの攻防
先行迎撃の桜と愛華はいち早く店前に着くと布陣を始めた。といっても道中で路地中央に看板を倒したりした結果、ここでやる事は。
「ほれ、罠に使うからもっとバナナを食うのじゃ。‥‥代金は身体で返してもらうのじゃがの」
後半は小さく。気付かず餌付けされる愛華である。
「わぅ〜後でお掃除しなくちゃだよ〜」
皮を増やす愛華と、全方位にばら撒く桜。ポリバケツも転がし、蹴りそうな箇所には五寸釘だ。激しい足音が近づいてくる。
「時間があれば凝った罠も作れるのじゃが」
今回は無理じゃな。桜が不満足に呟く。そして。
走るラカイと護衛、後ろに迫る5人チームの姿が暗闇に見えた。
「おっさん速く走りやがれです!」
シーヴがラカイの前を駆けて叫ぶ。
「これじゃ追いつかれるよ!」
「大体一般人がこんな事やりやがるのが悪いです! おっさんは素直に奥さんの手料理で満足しやがるです!」
「そんな事よりどうやって凌いで桜さん達の所に行くかです!」
「ふひぃふひぃ」
後ろを見る白鴉とシーヴの会話まで邪魔する依頼人。黙りやがれですおっさん。シーヴがドサマギに言うが、それも聞こえないほどラカイなりに必死だった。
そうこうするうちに敵チームの先行1人が白鴉に追いつく。白鴉が左エルボーをかますが、敵は華麗に避けてさらに加速。
前のシーヴが急減速、交差気味に鍋の蓋を払う。減速した勢いをそのまま半回転に乗せて遠心力として伸ばした腕で薙ぐ一撃は、鍋蓋であろうとかなりの衝撃だ。
カーン! ふらふらと路地壁に激突する敵。
だが喜ぶのはまだ。すぐに4人が迫る。
「こうなったら例の作戦で!」
「解ったです! おっさん、人間死ななきゃなんでもできるです!」
ラカイをガッシと両側から掴む。ラカイ恐怖。溜める気配。聞こえる声「せーの」
「誰か受け取りやがれです!!」
急加速。走ろうとする足が空を踏む。気付けば。走り幅跳びの如く発射されていた。
「ひぎぃいぃッ」
可愛くないんだよ〜。15M先にいた愛華は秘かに思うが避けるまではせずにキャッチしようとし、支えきれず後ろに転がった。
「わ〜ぅぅぅ〜」
店入口のまさに目の前、桜の傍まで転がり停止する。依頼人は気絶していた。
「全くお主らは」
呆れつつハリセンを構える。
「お遊びは終わりじゃ。行くぞ!」
わぅ、とばかりに飛び起きて先制攻撃。すぐそこまで後退しつつ交戦していた白鴉、シーヴの間を抜けて頭から突撃する。武器のハリセンはお口だ。そこから乱戦が始まった。
1人ダウンした敵4人は科学者を中心に前衛3人が器用に奮戦する。切り崩さんと試みる能力者達。しかしこちらは前衛型が一方向に4人。路地では自由に動けない。そこを巧みに突いて戦う敵。チームが1人の手足のように上手く機能していた。
だがそこに反撃の兆し。
駆けつけた麗しの狂戦士が。近くのポリバケツを蹴り飛ばす。それは科学者へ向かう。敵が避ける。同時に力の乗った中段蹴りが炸裂した。昼寝が、バケツをブラインドに接近していたのだ。腰から落ちる敵頭脳。
「お生憎サマってね。悪いけどこっちは行き止まりってコトで」
ばっちんと昼寝ウインク。
「今! 行くよ桜さん!」
せ〜のぉ〜わぅ! 愛華が確認も取らずに敵に向かう。桜も慣れたもの。躊躇なく攻撃を合わせる。さらに1人撃破。
形勢は逆転して5対2。もはや決着は時間の問題だった。
●ああ晩餐会
命、徹二、透夜がやって来た時には、敵は全て地に伏していた。
「全部終わったか!?」
「最後まで戦いやがりましたから、シーヴ疲れたです」
「能力者として退却も大事だと思うんだけどなぁ」
「で、上にいた奴はどうした」
透夜が訊くと、桜が説明した。
最後の1人と戦闘中に背後、東から降ってきた彼。虚を突かれたがバナナで滑っていた。そこで後方に下がっていた白鴉が気付き、手錠を出して「コレと黙ってうち帰るのとどっちがいい?」訊くが愚かにも白鴉にナイフで攻撃してきた。白鴉は間一髪かわすと、羽交い絞めて手錠をはめた。そしてこれから用心棒に渡すと。他にのした敵は仮にも能力者、これから逆襲などは考えられなかった。
「卑怯でありますな‥‥」
「ま、無事だったんだ。料理でも頂いて忘れろ」
白鴉も楽しそうに同意する。
「と、それであと1食はどうする? 依頼人の奥方を呼べば仲直りも出来るかもしれんが」
異議がある奴はいるか。命が問う。彼としては早く食事にありつきたかったのだ。
晩餐会。
円形卓に同じ班だった2人が隣り合う形。依頼人の妻も来て万事解決だった。
オードブル、そしてフカヒレのスープ。ジャズと芳醇な香りが店内を支配する。カチャリと時々金属音。
「ふうん、星一つにしちゃ悪くない味ね。伸びるんじゃない、この店」「う、うまい‥‥生きてて良かった‥‥!」「運動の後のご飯は美味いな。さらに奢りときたら」「うむ良い腕じゃ‥‥ってこれはわしのじゃ! お主にはやらぬぞ!?」「わぅ弱肉強食なんだよ♪ 美味しいんだよ〜幸せだよ〜♪」「ほ、他にいないんだからもっと量増やしやがれです」
皆が感想を述べる。暖かい空気。バグアなど来なければもっと多くの場所にあったはずの空気だった。
そして次は。
「なんだそりゃ」
フォアグラのパイ包み焼き。と、横に添えてあるグロテスクな造形物と抹茶色ソース。
「こちら、特別にアワビで拵えた天使像でございます。ソースは肝のみをすり潰し‥‥」
食べ物粗末にするな。そんな声は「戦乙女亭」には届かない。
こうして多くの幸せと、微かな苦さを含んだ夜が更けていった。
「食後の運動は大掃除だよ〜皆頑張るんだよ〜わぅ〜〜〜♪」
そんな遠吠えが聞こえたとか聞こえなかったとか。