タイトル:西欧の残滓マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/02/06 23:48

●オープニング本文


「北の村にいた避難民が騒いでる?」
 家で休んでいたラ・マンチャの傭兵――アロンソ・ビエル(gz0061)は、突如闖入してきた村の仲間の方に目をやり、しばらくしてそう尋ね返した。
 闖入者はまだ大して事態を把握していないアロンソに焦れるように詰め寄ると、言葉を返す。
「そうだ。この前の大作戦の首尾が上々だってのはスペイン中に広まってるからな。自分の村に帰りたいって、今にもマドリード駐留軍へ直訴しに行きそうな雰囲気だった。俺もさっき見てきた」
「だがここはまだ正規軍が治安維持に努めるって段階でも‥‥」
「それは分かってる。まだ時間がかかるのも分かる。でも、お前だってこの村には一刻も早く帰りたいもんだろう?」
 苦々しくアロンソは首肯する。
 今のスペイン情勢は極めて悪いというわけではない。大きな要塞を破壊し、一応敵の浸透作戦は防いだ。当然、スペイン中の人間は拍手喝采である。が、敵本陣を叩いたとて、まだ国に放たれたままの敵戦力を駆逐できたわけではないのだ。ところが戦勝に沸く人々には、そんな現実と関係なく今まで忘れていた故郷への感情まで蘇ってきてしまう。
 帰りたい。しかし帰れない。
 その相反する現実が避難民の心に重くのしかかってしまうのも、無理からぬ話だった。
「正規軍も西仏国境近辺を打開しようとしているのだから、もう少し待てないんだろうか?」
「どうだろうな。俺が見たのは北の村だけだが、全土でそんな事になっていると仮定すると、大変かもしれん」
「‥‥村や町に人が戻った方が、情報は集まりやすくなる、が‥‥」
 まずは駐留軍もいて少なからず安定しているマドリード近辺から拡大していけば、拠点ができる分だけ軍事行動も楽になるだろうか。拠点となるその町々を確実に守る事が前提となってくるが‥‥そうすれば、人の不満も少しずつ解消できる。
「‥‥軍がスペイン全体を見据えるなら、俺達は細かいところをケアするのもいいかもしれないな」
「森に比較的近い村だけでも、なんとかできないか? 復興したら、その村の男衆も見張り等を厳重にして、脱出路も設けておいて‥‥」
「そうだな。俺達にとっては他人事じゃない」
 方針が決まり、支度を整える。能力者は彼1人。気張らねばならない。
 そうして1時間のち、アロンソと村の男数人が森の東に位置する町へ偵察に出たところ。
「UPCに連絡‥‥敵だ‥‥!」
 ふらふらと頼りなげな敵を発見したのである。

「お、おいアロンソ。本当に敵なのか?」
 蹂躙され、屋根も壁も殆ど残っていない納屋の陰から顔を出し、村の仲間が訊く。その視線の先には覚束ない足取りの少女と4頭の羊がおり、そこだけを見ると普通の村の光景と言えなくもない。が。
「‥‥ああ。あの女の服、ボロキレになってるが、俺が要塞で見た機械のメイドそっくりだ‥‥!」
「でもケガしてるみたいだし、弱そ‥‥」
「馬鹿やろ‥‥ッ!」
 立ち上がりかける仲間をアロンソが辛うじて制する。心臓は激しく拍動し、短く吐く息も震える。慎重に慎重を重ねて出来る限り気配を消す。要塞の時は先輩傭兵がいたが、今は実質1人なのだ。
 こんな所で強力な敵に遭うと覚悟していなかった分、静かな緊張がアロンソを蝕む。どれだけこうして隠れていられるのか。ライフルを持つ手が汗に濡れる。
「‥‥皆。1人ずつ、ゆっくり下がって森に戻ってくれ。俺はここで奴らを見張る」
「あ、ああ‥‥! ULTにもじき連絡がいく。死ぬなよ」
「了解」
 煩い心臓を抑えつける。
 離脱していく仲間の気配を感じながら、アロンソは隠密潜行して敵を見つめた‥‥!

●参加者一覧

ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
霞澄 セラフィエル(ga0495
17歳・♀・JG
アイロン・ブラッドリィ(ga1067
30歳・♀・ER
諫早 清見(ga4915
20歳・♂・BM
智久 百合歌(ga4980
25歳・♀・PN
月島 瑠奈(gb3994
18歳・♀・DF
ファブニール(gb4785
25歳・♂・GD

●リプレイ本文

 快晴。その町は、空と反比例するように焦がれる緊張感に包まれていた。
 ――まだか。
 5分が長く、30分が酷く短い。気配を消してどれ程か。前に集中するアロンソが気付く間もなく、背後にその8人は立っていた。
「‥‥、状況は?」
「ッだ‥‥!」
「静かに」振り向きかけた彼の口をロッテ・ヴァステル(ga0066)が手で塞ぐ。「私よ」
「信じてましたぁ‥‥きっと敵にも見つかってないってぇ‥‥!」
 横で幸臼・小鳥(ga0067)が袖を掴む。声が震えていた。ロッテも隠そうとしているが、多少息が荒い。
「‥‥ありがとう。状況は見ての通り。メイドに不具合でも起きたかも」
「戦闘、大丈夫ですか? 可愛い女の子に任せては?」
 その光景を見、なんとなく遊ばねばと思う月島 瑠奈(gb3994)である。アロンソは苦笑するしかない。
「俺も町の為に何かしたいんだ」
「ですね。日常を取り戻そうとしている町の人の為にも、頑張りましょう」
「笑顔を取り戻す為に。うん。目指すものは遠いけど、積み重ねていけばきっと叶うよ!」
 双眼鏡でメイドを視る霞澄 セラフィエル(ga0495)。諫早 清見(ga4915)が続く。
「ですが本当に、ご無事で何よりです」
 煌く銀髪を押さえるアイロン・ブラッドリィ(ga1067)に、アロンソは首肯する。
「スペインもまだまだ油断禁物、ね。まずはあれを排除しましょうか」
 智久 百合歌(ga4980)が敵の方を窺い、話を戻す。と視線を戻す時、最後尾のファブニール(gb4785)の姿を捉える。見るからに緊張していた。
「ついに、初陣‥‥」
 口に出した事すら気付かず、ファブニール。そんな彼を見て
 ――初めはこんな方が可愛いわよね‥‥。
 自身の初戦を思い出し、目を逸らす百合歌。
「落ち着いて深呼吸。貴方なら出来るわ」
 幾度もの死線を潜り抜けた余裕、そして既婚者の余裕を心に、極上の微笑を向ける。ファブニールは胸に手を当て深く吸い込むと、モヤが晴れた気がした。
 ――出来る事を全力で。今の僕の精一杯を。
「では行きましょう?」
「ぁ、メイドは直接攻撃型かもしれません。注意して下さいね」
 ずっと観察していた霞澄が警告する。改めて秒読みに入る百合歌。
 鈴の声を聞きつつアロンソが屈んだまま深く息を吐く。その背にロッテは小さく唇を動かした。
「‥‥心配させた代償は‥‥」
 ふと肩越しに見上げてくるアロンソ。だが言葉まで聞く事は叶わなかったか、再び前を向いた。
 ――全く。
「‥‥1」
 目前に迫る作戦に、ロッテは頭を入れ替える。快い緊張感がいや増す。瓦礫の音。
「GO!」
 9人は同時に行動を開始した‥‥!

●初撃
 ロッテ、清見、百合歌の3人が疾駆する。東回り、直進、西回り、各々の軌道で敵の裏へ抜けんと、低く。敵がそれに気付き態勢を整えようとする。が。
「貴女の敵はこちらです」
 先手必勝。敵北西から機敏に弾頭矢を放つ霞澄。それがメイドを庇う羊に着弾するのと前後して、北東から狙いをつける小鳥の銃弾が敵を襲った。次いで北東アイロンの破魔矢、北西アロンソの銃弾。矢継ぎ早の十字砲火。
「習性が不明な分、厄介ですね」
「グラナダの生き残り‥‥でしょうかぁ? 油断せずにぃ‥‥!」
 アイロン、小鳥の声から遠ざかるように清見が真直ぐ走る。
 初撃は敵の出鼻を挫いた。今なら敵を抜け、退路を断つ事もできる筈!
 短く吼える。硬化する皮膚を感じ、清見は一気に速度を上げた。80mあった距離が僅か数秒にして消える。
 流れる視界に塞がる羊。避け、時に腕で押しのけ。目前に邪魔する物もない町が広がった、と思った刹那。
『――■■!』
 横腹を、羊の角の感触が襲った。

「アンコールはない予定だったけどね‥‥」
 全開。先の依頼で前線に立てなかった憂さを晴らすように、ロッテが躍動する。始動直後に小鳥と視線をかわす。
 東から回り込もうと駆ける。が、半分を越えた頃か。敵の方を見やると、直進して抜けようとした清見が足を止められる光景が映った。致命傷ではないだろうが、混戦になるのも拙い。ロッテは一瞬にして最高速を超越した。強烈な負荷が脚にかかる。構わず気合で予定より急角度に敵背後へ跳ぶ!
 当然それは西の百合歌も同様だった。抜き身の鬼蛍片手に急制動をかけるや、快いリズムを刻む独特の間合いで、爆ぜた。
「戦いのCapriccioを奏でてあげる!」
 敵集団と町の間へ割り込む2人。
 一足早く飛び込んだロッテが勢いのままに右の逆手短剣を、清見を取り囲む羊に見舞う。敵に背を向けて着地。間髪入れず捻転、左後ろ回し蹴りで追撃した。
「主演は貴方達じゃないのよ。大人しく舞台を降りなさい」
 首に喰らった羊が、無理矢理地に叩きつけられた。ロッテは止まらず回転、小跳躍から流れて左踵を頭蓋へめり込ませた。
 僅かに遅れて百合歌がその場へ乱入する。裂帛の気合と共に至近の羊をひとまず吹っ飛ばし、多少拓けた中、一息でメイドを狙い撃つ。
「Accelerando――狂い踊ってみせて」
「ありがと!」出会い頭の衝撃から立ち直り、清見が集団から南へ抜ける。「逃がさないようにしないとねっ」
 振り返り様、爪を振るって羊を北へ押しやる。翻るコートに穴が開いていたが、体に刺さったわけではないようだ。
 ロッテが大音声を発する。
「行くわよ!」

●阻止
 一呼吸遅らせて納屋を出る瑠奈とファブニール。敵が射撃班と3人に意識を集中させた隙を突き、徐々に接近した。
 と、ロッテの声が響いてくるのとほぼ同時に、羊がこちらへ押し出されてきた。
「とりあえず、町を壊させるわけにはいかないのよ」
 瑠奈のイアリスがその羊を抉る。間を置かず左の天剣を羊毛へ突き入れる。羊の怒声。一瞬の判断。天剣を右に持ち替えた。
 その瑠奈へ、突如腕を凶刃に換装したメイドが迫る。
「どれ程の力か。確かめさせ‥‥!」
 下段からの斬り上げを辛うじて受けるが、勢いを殺しきれない。関節が軋みを上げる。メイドの瞳が光った気がした。上段から振り下ろされる。瞬間。
「ッ絶対負けられない‥‥」
 横合いからファブニールが盾をかざし突っ込んできた。
 金属音。
 受け、反撃。腿を斬りつける。が、剣を戻すより早く敵の刃が襲ってきた。腹に熱い痛み。
「か、帰る場所を作る‥‥誰も傷つけさせないんだ!」
 吼えるファブニールの陰で体勢を整え、瑠奈がメイド右肩を刺突する。浅い。一時後退するメイド。その瞬間を狙い、十字砲火が火を噴く。ともかく2人で相手するのは危険すぎた。南の誰かがメイドに近接するまでは‥‥。
 2人はメイドに注意を向けつつ、突出した羊の撃破に主眼を置いた。

「メイドさんは‥‥速攻でぇ‥‥!」
 重い銃声が小鳥の銃から鳴り響く。反動を体で抑え込み、狙いはメイドから外さない。虚を突き、敵に一瞬の休息も許さず。横ではアイロンが次々矢を番え、羊を穿っていく。
 それらに呼応して動くのはロッテ。南で羊の突進をかわし、殺気を放つ。
 メイドが羊に指示する余裕がなくなってきた。その微かな戸惑いを逃さず、ロッテは短剣を羊顔面に刺し入れる。
「アイロン!」「‥‥覚悟」
 ロッテが中段蹴りで盛大に飛ばしたそれを、アイロンが正確に射抜いた。
 残るは2頭とメイド‥‥!

 敵北西に位置取る霞澄は、小鳥とタイミングをずらしメイドを穿つ。それが瑠奈、ファブニールの2人を援護する事に繋がるのだ。あからさまに敵集団が算を乱していく。
「百合歌サン、頼む!」
 自身の防御に気を取られたうちに、巧みにメイドを守る動きをしていた羊の脚をアロンソがようやく撃ち抜いた。一気に百合歌と清見がその羊を刻む。
「機械化されていても頭や関節は急所‥‥でしょ?」
 そのまま跳びこんだ百合歌の斬撃が、北を向いたメイドを襲う。腰部へ伸び上がる軌道。敵は右刃で逸らそうとするが、懐に入った百合歌の勢いは止められない。半ばから右腕が飛んだ。しかしそれが僅かな隙を作り、やや北へ退く事を許してしまう。
 死力を尽くすように、メイドは左の予備刀を構えた。

「これから大仕事が残ってるのよ。早く倒れて」
 その時点で2頭残る羊のうち北の1頭へ、瑠奈とファブニールの白刃が煌く。羊毛という間合いの錯覚を利用し損傷を軽減する敵。緩く曲がり先鋭化された角で薙ぐ。瑠奈が自身の腕で受ける。瑠奈と敵の間にファブニールが入り、大上段から斬り下ろす。
 瑠奈は内的集中で治癒を早める。羊に止めを刺そうと並びかけたその時。
 ピィ――!
 背後、3人に迫られたメイドが高い口笛を鳴らしたのを、瑠奈は咄嗟に振り返って見た。
「警戒」
 ファブニールに声をかけ、羊に向き直ろうとし。
 紅いブレスが2人を包んだ。

 弾頭矢が飛ぶ。霞澄は絶えず細かく動きつつ弦を引き、ともすれば射線に入る羊と瑠奈達を避ける。
 一発必中。その矢がメイド脚部を貫いたのも、予定通りだった。
「そろそろ決めましょう!」
 霞澄の檄が飛び、正対する百合歌、清見、ロッテが反応する。が。
 ピィ――!
 突如として発せられる音。そしてメイドは足を引きずり東への逃亡を試みた。
「主はもういないのに、どこへ行こうっていうんだ?」
 清見が爪を前に突進する。敵は辛うじて受け流すが、全く精彩を欠いている。度重なる攻撃に加え、脚部の損傷で限界を超えていたのである。
 メイドを庇うように最後の羊が立ちはだかる。瑠奈達に見舞った灼熱の噴射口を羊毛から出したまま。数秒、メイドが地に線を引く音だけが支配した。しかし見逃す人間は、いない。
「仲間が待ってるわ」
 ロッテが短剣で羊の顔面を斬り裂き、北に蹴り上げる。そこで待ち受けるは瑠奈とファブニール。無感情に止めを刺した。
 ロッテの脇を抜ける清見と百合歌はメイドに急接近していく。
「メイドさんはもう‥‥見たくないですぅ!」
 小鳥の銃に踏み出す足を穿たれ、敵は転びかける。
「――Fine」
 紅の鬼蛍と純白の爪が、メイドの背を致命的に斬り裂いた。
「ラ・ソメイユ・ぺジーブル‥‥」
 永遠の眠りを。
 ロッテの宣告を聞く事もなく、メイドは地に沈んでいた。

●確かな光
 数時間後。その報を北の村の避難民に伝えた9人は、護衛と手伝いを兼ねて町人と共に復興の始まる町に入っていた。
「言ってなかったわね」ロッテがアロンソの横に立ち、首に腕を巻きつけ引きずる。「無事で何よりだわ‥‥」
「痛い痛い痛い」
「何言ってるの。準備が整うまでにこの区画の瓦礫を選別しておくのよ」
 眼前には、気も遠くなる山が数個あった。
「‥‥はい」
「全く‥‥」
 従順に頷くアロンソの横顔をどこか楽しげにロッテは見つめ、瓦礫の前で解放する。リヤカーでもないかと見回すと、2人の耳にギターの音色が入ってきた。
 瓦礫に腰掛ける清見の爪弾く、雪解けのメロディ。

 ――まだ大変だと思う。けど。

 苦しい旋律が続く。耐えて。聴衆も力を込め、懸命に戦うが如く。強く。強く!
 それが次の瞬間、一転して柔らかいコードへ進行した。琴線を撫でるように。きっと幸せを掴むのだと。

 ――けど俺達もいる。独りじゃない。皆が皆の為に頑張ってるから。

 清見の歌が辺りを包む。町人は安らかに耳を傾ける。
 ロッテとアロンソはそれを聴きつつ、作業を開始した。

「私も同じ事を経験をしました。その時の私達は混乱するばかりで、後悔しか‥‥。ですから皆様は協力し、頑張りましょう?」
 空の下、アイロンが町長に話しかける。運良く残っていたテーブルにクロスを掛け、珈琲を用意する。芳醇な香りが漂ってきた。そこに霞澄が来ると、鞄から何かを丁寧に取り出した。
「皆さん、お茶のついでにこれもどうぞ」
 長い、ロールケーキだった。30cm程が、十数本。町の若い衆も圧倒されている。
「恵方ロールです。静かに厄払いを願い、東微北を向いて丸かじりです」
 霞澄のような天使がはにかんだりするのは、男には反則である。
「あら。じゃあ私はBGMで急かせてみようかしら」
 ヴァイオリンによる剣の舞アレンジが奏でられる中、集まった人は恵方ロールにかぶりつく。優しいお茶会の筈が、天使の「善意」によって死闘に様変わりだ。しかしそれは、不安ばかりの町人にとって久々の贅沢な時間だった。

 ファブニールは町外れで俯き座る妙齢の女性を見つけた。
 足元の瓦礫が音を立ててしまう。
「‥‥逃げる時ね」痛みを吐き出すように「彼に助けてもらったの」
「そう、ですか」
 おそらく、死んだのだ。彼女の目前で。
 だが涙はない。唇を噛み。普段の強い性格が見えるようだ。
「私は絶対に、幸せにならないと」
 気丈に告げる彼女を見ていられない。目を逸らすファブニールの手に、硬い感触が当たった。
「辛いのと町に戻ったのと。今日は休んでもいいと思います」
 彼女の横にオルゴールを置き、傍に立つ。曲名も知らぬバラード。その音が彼女の涙を解かす。きちんと悲しみ、明日を生きる為に。ファブニールが鼻を啜った。
 ――僕は、皆の幸せを守りたい。

「でき‥‥ましたぁ!」
 小鳥が精一杯の大声で叫んだのは、それから1時間後だった。
 集まってくる8人と町人。視線を恥ずかしげに受け、小鳥は笑顔で続ける。
「豆まきを‥‥しましょぅー」
「え」
「後でお料理に使いますから‥‥潰さないで下さぃー」
 持参した落花生を配っていく小鳥。アロンソの前に来ると、黄と黒の縞模様の薄い布を秘かに渡した。
「鬼は外、福は内ぃ‥‥って鬼の人に投げるんですぅー」
 アロンソさんが鬼ですぅ。小鳥はさらっと言ってのけた。
「‥‥気晴らしは必要だもの。皆さんの勇姿を私が撮ってあげます」
「な、とめてく‥‥!」
 アロンソが助けを求めるが、意外と乗り気な瑠奈はカメラを手に心なしか目を細め、
「止めると思います? 覚悟して下さいね」
 その背に翼が生えた。霞澄、百合歌の2大天使も覚醒し、天使3+大勢対鬼1の四面楚歌である。
「鬼のパンツを穿いたら‥‥開始ですぅ!」
「これ、被った方がケガ少ないよっ」
 清見が鬼の面を渡してきた。その細やかな親切には涙しかない。
 小鳥の秒読みに促されアロンソが穿こうとするが、下を向いた瞬間、早くも誰かの落花生が命中した。
「ッ痛‥‥」
「いっくぞー!」
「ちょ待ッ‥‥!」
 開始時間など子供に通用しない。なし崩しに豆まきは開始され、アロンソは中途半端に穿いたまま、逃げる。逃げる。瓦礫の町に悲鳴が響く。
 笑い声に包まれた町人も次第に参加し、アロンソは追い詰められていく。
「可哀想なので‥‥私も鬼役やってあげま‥‥っひぃん!」
 小鳥が元気に飛び出しかけるや、即座に落花生で転んだ。裾から白い脚と鬼パンツが見えた気がして隠すが、瑠奈は激写済である。
 傭兵達も参加する。落花生を投げ、華麗に避け、挟撃で集中砲火。童心に返って遊ぶ。明日の活力を養う為に。笑顔は皆に力を与えてくれる。
「あああがぼ!!?」
 大口に落花生をぶち込まれるアロンソを見て、暖かな感情が胸を満たした‥‥。

<了>