●リプレイ本文
「これまた醜悪な‥‥」
丘を上り、斑鳩・八雲(
ga8672)が独りごちる。8人が急行した結果辛うじて迎撃に間に合ったのだが、巨大芋虫は今や指呼の間に迫っている。
稜線から下り八雲が陰へ戻る。傭兵の後方に第1小隊が待機しており、それを見ると気分が和らいだ。
「うねってました‥‥」
「報告によると土竜も目撃されてるそうよ」
八雲の言を受けて、ロッテ・ヴァステル(
ga0066)が最終確認に入る。直近の依頼で負った傷が痛む。服から覗く包帯は血が滲み、致命傷を避けていたとはいえ無理はできない。が、逆にその姿が士官候補生に言葉で表せぬ影響を与えているとも言えた。
「分断しましょう」
「突然地面から引っかかれると‥‥怖いですしねぇ‥‥」
同じく包帯姿の幸臼・小鳥(
ga0067)が賛成する。傷を分散させたおかげで甚大な損傷ではないが、少女に包帯という倒錯的な光景はかなりクる。
「誘い込みますか」
懐かしそうに戦車を眺め、エドワード・リトヴァク(
gb0542)。
「ならば俺が囮となろう」
「ふえぇ?! 大丈夫です?」
淡々と銃に弾を込めつつ言ってのける南雲 莞爾(
ga4272)に対し、過剰に反応したのが猫屋敷 猫(
gb4526)である。莞爾はさり気なく掴まれていた袖を引き剥がし
「可能な事を果たすだけだ」
「気をつけて‥‥下さぃー。予定地点で‥‥待機してますからぁ」
小鳥に首肯して返す莞爾。傭兵同士の意思疎通は容易に終る。問題は。
「ハンスさん‥‥勝手に突撃しないと‥‥いいですけどぉ」
8人の視線の先には小隊の面々。小鳥の言葉は全員の危惧だ。
「ルカの方も‥‥このままでは大事になりかねないな」
「ええ。以前見た時から少し引っ掛かってます」
八神零(
ga7992)とエドワードは少女の方を見ながら。彼女と僅かに視線が交錯した。何かしら決意の籠った瞳が2人を見据える。だが2人が逡巡するうち、その視線は外されていた。
「少しいいかしら」
一方でロッテはアッシュ・リーゲン(
ga3804)の燻らせる紫煙を潜り、戦車に近付く。
「絶対に、先走る事は許さないわ」
「りょーかい!」
「‥‥‥‥」
主砲の前に立ち、中のハンスを睨み付けるロッテ。平行に伸ばした右手にはライフルが握られていた。
「貴方は死に急いでいるだけ。それに味方を巻き込むなら‥‥私が殺してあげる」
「わ、分かってんだよ! 皆して俺ばっか言い‥‥」
愚痴りかけるハンス。ロッテの指が引鉄にかかるのを見て慌てて口を噤んだ。
それを聞いて含み笑いを漏らしたのは、
「オイオイ‥‥こんなのが士官候補生だって? 人材不足も程々にしてくれ」
煙草を咥えたアッシュである。そのままロッテの横を通り過ぎると、戦車の履帯に右足をかけた。
「お前さんらも退屈しねぇだろ?」
随伴歩兵の方を向きながら、戦車装甲を叩く。あからさまに挑発していた。
「ッてめ‥‥」
「候補生より」短くなった煙草を吐き捨て「まだ俺らのが身分もたけぇ。人類サマへの貢献なんてなァ言わずもがな。言う事聞いとこうぜ?」
砕けた物言い。だがその中に、有無を言わせぬ何かがあった。
「うー、そうです。命は尊いもの、粗末にする人はメー! です」
猫まで突っ掛かる。そこで流石に分が悪いと思ったかハンスも引き下がり、ようやく全員が作戦行動に入る。
‥‥前途多難な滑り出しと言えた。
芋虫班:アッシュ、零、八雲、第1小隊
土竜班:ロッテ、小鳥、莞爾、エドワード、猫
●分断
「可能な限り作戦通りに。多少の間隙は俺達で修正する。‥‥突出しすぎるなよ?」
丘手前、稜線から戦車主砲が微かに覗く位置で待機するハンスに零が釘を刺す。戦車周辺に歩兵が集まり、その前方に3人が展開し敵を待つ。心なしか地面を擦る気色悪い音がした。
「お前ら。俺が良いっつーまで動くんじゃねえぞ。どれだけウマそうでも涎タラして待っとけ」
「奇襲で引きつけつつ受け止める。あの質量はキツそうですねぇ」
生徒の方を向くアッシュと、横で八雲。蟲の臭いが漂ってきた。アッシュが愛銃の安全装置を外す。
「勝手に動いたら‥‥躾けてやっかんな?」
「来る‥‥!」
「ッし、砲撃用意!」
触覚、上部‥‥。眼前、次第に気味の悪い緑が大きさを増していき――!
莞爾が独り、丘から露出する形で敵を見据える。西の中腹に佇み、土竜を誘い出す。彼は微塵も後ろを向かず、自身の役割を反芻していた。
――土竜の跡が見えるのは僥倖か。
風が丘を撫で、靡く髪が視界を遮る。彼我の距離は100mか。芋虫はたかが1人に見向きもしない。敵が丘に差し掛かる。
徐に莞爾が動いた。
縮地の如く横から接近するや、盛り上がった土の軌跡に銃弾を送り込む。芋虫までこちらに気付いた。即座に離脱する。と同時に。
「ッてェ!!」
雷鳴。
一瞬遅れて芋虫上部に着弾の衝撃。体液が飛散する。
「援護を頼む‥‥!」
零が飛び出し、芋虫へ駆ける。八雲が続き、次いでアッシュは小隊と共にやや距離を詰める。アッシュの正確無比な弾丸が歩脚に炸裂する。戦車から第2射が放たれた。
爆発。狙い通り、聞き取れない音を発して芋虫がこちらに突進してくる!
「流石にまともに受けたくはないですねぇ」
その足を穿つべく、八雲の散弾銃が火を噴いた。
「派手にやってくれるな‥‥それだけ撃ち込めば‥‥」
時折後ろの地面を撃ちつつ、莞爾。自らを囮として敢えて殺気を放ち、土竜のみを釣っていく。一直線に丘へ伸びていた軌跡は、敵も意識しないうちに西へ曲がっていた。
付かず離れず。上手く操る莞爾が再度肩越しに見ると、先程より土の隆起が激しい。つまり、
刹那の交錯!
突如地表へ跳び上がってきた土竜を銃床で受け流す。弾倉を入れ替え反撃。前方、回りこんできた土竜を挟んで林まで数十m。丘からは離れているが、最後まで引き付けるべきか。
――愚問。完遂してこそ。
莞爾は4mの土竜に発砲するや、『瞬天速を用いず』駆け抜けた‥‥!
●地の利
「誘われてるです! 20秒ですよー」
樹上から猫が報告する。それを機に猫はやや林に入った所まで移動し、地に下りる。そこにはエドワード、猫を前衛、ロッテ、小鳥を後衛とした布陣が敷かれており、莞爾到着の次の瞬間が勝負だった。
木漏れ日と言うには明るい光が地面を照らす。木の間からは走る莞爾が視認できた。
10秒。
「土から出たところが大事‥‥ですねぇ」
「エドワード、猫。私達の事は気にせず、敵に集中して」
万全でなかろうと、一度受けた依頼は全力を尽くす。解けかかった腕の包帯を、ロッテは自ら破る。
5秒。
「土に潜っても俺が指示しますから」
エドワードの瞳が鋭く輝く。視界に波紋が広がる。全てを見通せそうな静かなその世界で、林に飛び込む莞爾達を捉える。
「‥‥来ます!」
警告と同時に、ロッテと小鳥の銃声が響いた。
斬。
零の月詠が紅く煌き、鮮やかな剣筋を残して歩脚を切断する。その二段撃が敵の勢いを弱め、さらに至近からの八雲の銃撃は確実に敵を削っている。が。
『――■■ッ!』
斑模様から昏いブレスが噴射される。
咄嗟に跳んだのは零。八雲はまともに浴びてしまう。反射的にしゃがみ横へ逃れるが、痺れた感触が体に残る。
「無理するな。俺達が止め、戦車に援護‥‥」
敵の真正面に着地、零が言い差したその瞬間。敵は狙いすましたように突っ込んできた。
刀を前に受ける零。だが止まらない。重戦車の衝撃が零を弾き、諸共に丘の下へ一直線に落ちてくる。
質量、そして丘の上という状況。歩脚を失ってなお、敵はより多くの人間を殺戮しようと突進したのである。土を抉り、足と蠕動運動で巨体を運び。それが第1小隊を呑み込まんとし――、
ガガァン‥‥!
アッシュの銃弾が芋虫の両眼を穿った。
「後退しながら砲撃‥‥!」
『退けるか!』
止まらぬ敵にその身を晒しアッシュが命令するが、返ってきたのはハンスの怒声。だが今は口論する暇もない。
体が軋む。僅かでも耐えようと踏ん張るが、零と同様弾かれる予感だけが脳裏を過る。
実時間にして数秒。たったそれだけの衝突がアッシュを吹き飛ばし、
「「‥‥ァアア!!」」
戦車と立ち上がった零が攻撃する隙を作り出した!
「抜剣」
走りこんできた莞爾が、ロッテと小鳥の援護を受けて振り返る。同時に月詠の柄に手をかけるや、反転すら利用した強靭な一歩を踏み込んだ。
「――煉獄双牙」
二閃。刹那のうちに繰り出される刃が、隆起した土ごと土竜を斬り裂く!
「土竜さん、オシオキです!」
猫が詰める。寸前、敵は呻き声を上げて頭と腕を振るった。
「礫弾!」
視認できたロッテだが、疲労した肉体と認識の齟齬が、微かに反応を鈍らせていた。銃を盾にする。
パァン‥‥!
「ふぇ‥‥?」
「やはり見過ごせませんから」
向かい来るそれを相殺したのはエドワードの盾。咄嗟に射線に入ったエドワードが、見事に礫弾を弾いていた。小鳥の方は猫が同じく盾で受けている。
「全く‥‥」
「援護くらいはぁ‥‥!」
小鳥が僅かに射線をずらして弾丸を放つ。その間にロッテは懐から貫通弾を取り出し装填、急所を狙い撃った。
土竜が地表で縫いとめられる。すかさず反撃に出るエドワードと猫。猫が間合いへ飛び込むと、低い姿勢から逆手の刀を薙ぐ。そのまま身軽に伸び上がって回転するや、連撃を叩き込んだ。
「決めましょう!」
側転する猫の脇を、エドワードの刀が過ぎる。平突き。顎から斜めに入り込んだ刃が、敵の咽頭を斬り裂く。音なき声が林に響く。
敵が土を巻き上げ爪を繰り出す。盾で受けるエドワードの陰から側面に抜ける莞爾。十字の軌跡が敵に吸い込まれる!
「‥‥戦闘終了」
断末魔すら許さず、敵の四肢は力を失った。
「くたばりやがれ!」
磁力砲が敵顔面に直撃し、零の鋭い剣閃が胴を斬り裂く。
「アッシュさん、大丈夫ですか?!」
痺れを振り払い、八雲が後方から莫邪宝剣を叩き込む。三連撃。芋虫に反撃の暇を与えない。歩兵の対戦車砲はこの巨体に効きそうにないが、それでも援護にはなる。白煙を上げて飛来するそれを見上げ、零と八雲は最後の攻勢に出た。
「小隊退避‥‥あとは俺達が‥‥やる」
地に打ちつけた背が痛む。アッシュは跳ね起き、両手の銃を敵口腔に向けて解き放った。同じ箇所へ、何度も。顔の横を薬莢が落ちる。
その銃撃は敵の体力を削り、今にも斬りかかる2人の援護に充分だった。
「‥‥お前が飛び立つ事はない」
どちらが先だったか。懐に入った零と八雲が胴体を左右から抉り、完全に命果てるまで斬り続けたのである。
結局前衛の少なさで不意を突かれたものの、辛うじて小隊に損害はなく撃退できたのだった。
●2人の岐路
「もうこんな状態は御免だわ‥‥」
「今日を乗り越えたですし、すぐ治るで‥‥」
にゃぎゃッ!? 疲れ気味なロッテに抱きつこうとして躓き、地面に抱擁される猫である。見ると前足的な物が落ちており、心臓に悪い。
かくして荒れた演習場で合流を果たす2班。8人はそのまま小隊の方へ向き直り。
「まずはお疲れさん。で、だ」
真っ先にアッシュが戦車に上る。無理矢理ハンスの首根っこを掴んで引き上げると、至近から睨みを利かせて放り投げた。丘に来るまでに事の顛末を聞いていた土竜班も止める事はない。アッシュが跳び下りる。
「お前の言う『責任』だが、どうやったら『責任とった』事になるんだ? 人の話聞かねぇ、退かねぇで」
「迷惑かけてねェだろ!」
「部下を死なせる覚悟、お前と同じ境遇のガキを作る覚悟あんのか? 俺は死んだ部下の家族に『魔女』だの罵られても指揮し続けたヤツを知ってるぜ」
「今のまま部下ができたとしたら、部下が可哀想ですねぇ‥‥」
言葉を足す八雲。候補生は黙して見守るしかない。
「い、いざって時は俺が特攻して自爆すりゃ責任も取れて一石二鳥じゃねェか」
その中で言ってのけるハンス。やってられんとアッシュが煙草に火をつけかけたその時、横を通り過ぎたのは
「何言ってるです!」
意外にも猫だった。彼女は徐に接近すると驚異的速度で金的を繰り出し、捲し立てる。
「貴方が馬鹿やって1人で死ぬなら仕方ないのです。ただ、部下も、何もかも復讐の道具にするのは許せないです‥‥みなさんの命まで使おうとするなら‥‥!」
ハンスが悶絶する傍で、猫は普段見せない思いを吐露する。人の命の重さを知る故に。
「ハンスさんはまず人の言う事を聞いて‥‥周りを見る必要が‥‥ありそうですぅ」
小鳥にまで嘆息される。ハンスはうつ伏せのまま睨もうとし、小鳥がロッテの陰にいるのを見てやめた。土を舐める。
――部下に、同じ境遇のガキ‥‥。
頭を横殴りにされた気分だった。自分が死んでケジメをつければ後は知らないというのは、結局バグアと一緒なのではないか。ギリと噛み締める。
「貴方達も」彼の変化を察知したロッテが話を変える。「教官が諌めるまで我関せず。それでも仲間? 小隊は一蓮托生なのよ」
歩兵1人1人に目を合わせていく。
「私達ですらこんな傷を負う‥‥敵は容赦しないわ、子供であろうと。一度頭を入れ替えなさい」
その殆どが後悔するように唇を噛み、学生気分を振り払うべく敬礼で返す。
ただ独りを除いて。
「‥‥撃つ事に迷いがある、といった感じだな」
零がその独り――歩兵の中のルカに目を向けたまま。彼女はその場で、迷いはないと返答した。
「じゃあ何で戦ってるです?」
「命を奪いたくない、なのに銃は持ってる。矛盾してると思わないのか?」
猫と零が踏み込んでいくのに対し、ルカはある種の熱を込めて返す。
「矛盾はないわ。あの馬鹿と違って過去にも何もない。私は私の持論を貫く為に軍に居るだけだから」
「持論?」
「‥‥そう。戦略。戦争を人類が生き残る為の」
口元に手を当て、聞き入るエドワード。確実に生き残る術など現状そう考え付くものではない。にも拘らずそれに邁進できる策とは何なのか。
「‥‥あんた、まだまだだな。兵をやるにも若すぎる」
「私は兵じゃない」
夢物語だと切り捨てる莞爾にも真っ向から対立してくる。ハンスより余程芯が強い。
「それでも。持論とやらを上に持ち込む前に、撃たなければ自分が死ぬ。俺達やあんたの前に在る命は只の命じゃない、敵という名の標的だ。キメラにとっての俺達も同様。躊躇えばこっちの命が消える」
「標的‥‥? なら、より上位のバグアにとっては?」
「各々なんらかの意思が介在してはいそうだが‥‥命の奪い合いには違いない」
「‥‥忠告、ありがとうございます」
莞爾が思ったところを述べると、それきり俯き口を噤むルカ。
その引き際に違和感を覚える莞爾だが、相手が話さないなら特にできそうな事もない。もう一度ロッテとアッシュが小隊に釘を刺し、解散となる。
そうして校舎へ戻っていく一行。
その中でゆらりと前を見たルカの瞳に先程とは別の覚悟が宿っていたのを、零とエドワードは見逃さなかった。