タイトル:世にも崇高なる戦いマスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/01/01 06:19

●オープニング本文


「諸君。時は、満ちた」
 重々しい声色が地下に響く。少なくはない党員の前で40代も半ば、渋さに磨きのかかった壮年男性が、腕を振り上げ長広舌を振るう。
「‥‥そう。戦うべきは今! 心配する事はない、我々は見えざる仲間にすら支えられているのだ! さあゆけ同胞よ‥‥奴らに一矢報いてやるのだ!!」
「「「おおぉぉぉおおぉおおぉ!!!」」」
「――だが、決して散るでないぞ。我々は、次なる聖戦も乗り越えねばならぬのだからな‥‥!」
 胸の前で拳を作り、男はその部屋から出て行く。後には恐ろしく団結する青年と、それよりやや少ない数の女性が残されていた‥‥。

 ◆◆◆◆◆

「クリスマス、か。でかい鳥でも買って実家帰るかねェ、俺は」
 ソファに寝転がり紫煙を燻らせ、髭面の男が独りごちる。脂の乗った風体が暇を持て余していた。
 それもそうだ。ここLHは比較的治安もよく、こんな季節にわざわざ凶悪事件など起こす人間は殆どいない。しかもいざ事件が起こったとしても、警察だけでなくUPC軍、またはULTなどのある程度超法規的存在まで時に介入してくるのだ。楽ができると言えば確かにそうだが、バリバリ第一線で足を頼りに捜査してきた人間にとっては身体が鈍って仕方がない。
 栄転か左遷の予兆か。こんな出向、受けなければよかった、などと彼がぼんやりと考えていた矢先、
「ッ先輩! なにやら起こりそうな予感ッス!!」
 慌しくドアを開けっ放しに、部下が転がり込んできた。
「あ? どこぞのバカがUPC本部前でシュプレヒコールでも上げんのか?」
「さ、さすが先輩ッス‥‥! でもどうにも本部前じゃないみたいッス!」
 これ見てください、と差し出してきたのは、どこにでもありそうなポスターだった。髭の方が身を起こしてそれを凝視すると、そこには。

『立ち上がれ、勇士たちよ!』

 バ――ン、と謎のシルエットに重ねるように目立つ文字で。脇に「羨‥‥もとい運命の日、世界は変わる‥‥」と好奇心をそそられる文言が添えられている。さらに端には、大通りから外れた雑居ビルの住所が記されてあり、その横に開戦前日まで同志募集中です! などと可愛らしいフォントで書かれてあった。
「‥‥なんだ? 新興宗教の類か?」
 その言葉に、後輩はヤキモキした様子で反論した。
「ッなに言ってんスか!! ここ! これ見てください!」
 シルエットの左上。小さなハートに杭を振り下ろしている影――に、見えない事もない。未だピンとこない枯れた先輩に、後輩はびしっと突きつけた。
「これは、イヴの聖戦ッス!!!!」
 ‥‥かくして、1つの依頼がULTにまで舞い込んだのだった。

――――――緊急依頼(重要!!)――――――
 12月24日夜になんらかのアクションを起こすと思われる組織に入りこみ、当日の事を探ってくれる人を募集ッス!
 有事の際は事件鎮圧の手助けもお願いしまッす!
※ただし、相手組織に感化されそうな人は注意してくださいッス! つまり現在寂しい独りクリス‥‥や、なんでもないッス!!

●参加者一覧

幡多野 克(ga0444
24歳・♂・AA
ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
智久 百合歌(ga4980
25歳・♀・PN
レディオガール(ga5200
12歳・♀・EL
八神零(ga7992
22歳・♂・FT
真田 音夢(ga8265
16歳・♀・ER
山崎・恵太郎(gb1902
20歳・♂・HD
佐渡川 歩(gb4026
17歳・♂・ER

●リプレイ本文

 光が瞬き、街を照らす。丸くなった人々は家路を急ぐ。
 そんな大通りから折れてすぐ。個人商店奥の一室で、その会合は開かれていた。
「可哀想な奴らが聖夜に騒ぎを起こすらしい」
「寂しい野郎共です」
 ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)に、真田 音夢(ga8265)が付け加えて。
「こちらとしても穏便に済ませたい。そこでご協力をお願いしたく」
「我々はどうすべきと?」
 ホアキンが促すと、音夢は卓を叩き、言い放った。
「鍋パーティです」

 闇夜に紛れて『そこ』を訪れる影があった。
 影はよどみなくもう1つの影の前へ立つ。そして紙のような物を渡しながら小声で何事か伝えると、即座に踵を返す。
「‥‥楽しみ」
 幼い少女の黒い含み笑いと共に、その影は路地裏に溶けていった。

●渦巻く欲望
「甘い。甘すぎるわ」
 地下へ降りる一行。智久 百合歌(ga4980)が独りごちる。再婚して数ヶ月、ある種正反対の境地の彼女である。遠慮がちに幡多野 克(ga0444)が反応する。
「気持ちは解る‥‥俺も‥‥だし。だけど迷惑をかけるのは‥‥」
「はい、迷惑行為は駄目です。身に沁みてよく解りますが!」
「ですよね佐渡川さん! これは聖戦‥‥いえ。心から説得すれば大丈夫ですよ」
 見つめあう佐渡川 歩(gb4026)と山崎・恵太郎(gb1902)。通じ合った気がした。
「‥‥‥‥」
 その2人をじと目で射抜くレディオガール(ga5200)と音夢である。
「家族で‥‥クリスマスを楽しむ人も‥‥いるんだよ‥‥?」
 山崎さん。克が同情の目を向けた。
「俺も時折寂しくはなるが、空しいデモに参加したいとは思わない。他の皆も、流石に大丈夫だと思ったんだが」
 ホアキンが嘆息した。
 そんな食い違う思惑の中、階段を進む。
 暗い扉の前で深呼吸する。八神零(ga7992)はポスターにもう一度目を落とし、複雑な表情を引き締めた。
「こんな事が依頼になるならまだ平和な方と言えるが‥‥放置する訳にもいかないか」
「いざ合り‥‥潜入開始です」
 恵太郎が扉を押し開き、8人はそこに潜り込んだ。

 大広間に散って団欒する彼ら。8人は早速接触する。
 まず判明したのが、聖戦の場所は広場、繁華街、本部の3ヶ所という事。これだけでも役立つ情報だが、8人はさらに調査を進めていく。
「幹部の‥‥方なんですか‥‥?」
「ああ。私は別都市を含め今年で9年になる」
「それは‥‥辛い経験を‥‥」
 克が巧妙に聞き出すが、そんな相槌を打たれると彼も泣かずにはいられないらしい。本格的に捕まっていた。
 ――解ってしまう‥‥自分が辛い‥‥。
 克は辛うじて踏み止まっていた。

 零と百合歌はその近くで、より実戦的な事を訊く。
「場所ごとに統率者などはいるのか?」
「あそこの人達が広場と繁華街。演説してた人が本部だけど‥‥何で?」
「いえ。今日入ったからご挨拶しておきたくて」
 取り繕う百合歌。相手が納得したのをいい事に、零は人数まで尋ねていた。
「ま、俺達は同志だ。勝って帰ろうぜ!」
「そ、そうね‥‥」
 百合歌は変わらず柔らかな表情。だが幾度か面識ある零には、ここの人間全員性根を叩き直したいのを我慢しているようにしか見えなかった。

 一方、壁際。ホアキンは煙草を燻らせ呟く。
「とことん、非生産的な連中だな‥‥」
「確かにそうですが。これは人の孤独に付け込んだ暴動。ならばそれを逆手に取るだけで」
 音夢が、見ていて下さいと言うように近くの男に話しかけた。
「暴れるのもいいですが、私は皆で楽しみたいです。折角こんなに解り合える人が集まったのですし」
 無表情に見上げる音夢。相手青年はそれだけで大ダメージである。
 辛い思いをしてきたこの子を、僕は一生かけて守らねばならないと(勘違い)。
「ッそうだよね。僕、君を笑顔にし‥‥!」
 感情を持て余し気味な青年を音夢がいなしつつ、振り返る。
「‥‥俺も油断していられない、な」
 ホアキンは困ったように薄い微笑を張り付かせるしかなかった。

「僕が間違ってましたッ!!」
 歩の魂の叫びは幸いにも仲間に届く前に掻き消えていた。党首はそんな歩を別室に引っ張り込む。
「仲間もいるのだろう? 今露見するのは拙い」
「すすいません! 僕、僕、先輩の意志に心打たれて、たった17年と1ヶ月の僕なんか‥‥!」
「よい。心は同じ。そうだな?」
 勢い込んで首肯する歩。して何用だ、と党首が話を変えた。
「はい。敵方の情報について」
「うむ。それは既にある程度把握している」
 カタ、と音を立てて人影が入ってくる。
「え‥‥!」
「こっちの方が面白いに決まってる」
 影はそこで立ち止まると、無表情に嗤いながら上半分だけの仮面をつけた。党首は頷き、言葉を続ける。
「が、情報はあって困る事はない。言ってくれ」
「は、はい。敵方能力者は僕達を除いて恐らく3ヶ所に2人ずつ。ですが大丈夫。覚醒を禁止され、武器も制限されてますから。それに」
 歩は僅かに開いた扉の隙間から大広間へ目を向ける。
「僕に考えがあります」
 そこには、妙に組織に馴染む恵太郎の姿があった。

広場:克、恵太郎、レディ
繁華街:ホアキン、音夢、歩
本部前:百合歌、零

●開戦
 24日、22時。
 模範的なキリスト教徒は教会へ赴いている時刻。しかしここLHは、雑多な盛り上がりを見せていた。
 遠く音楽が奏でられ、広場はひと時の夢に酔いしれる。
 ――え、と。独り‥‥?
 茂みに隠れ、克が世の無情に思いを馳せた。そこに。
 突如投げ込まれる煙幕。白煙が恋人達を覆う。と同時にメガホンの音が広場に響き渡った。
「あーてすてす。こんばんは。我々はイブ本来の趣旨を尊ぶ非営利博愛団体です」
 広場の空気が一変する。軽い悲鳴。
 それは克の耳にも届いていた。紛れもなく恵太郎の声が。
「山崎さんは予想してたけど‥‥レディオガールさんは‥‥?」
 思案しながらも克は茂みから躍り出た。
「えー我々は本義を啓蒙すべくミサを開催し‥‥」
「山崎さん‥‥!」
「と。同志よ、早速我々の敵が現れました」
 白煙が晴れていく。マスクを被った恵太郎は腕を振って大音声を発した。
「皆さん、出陣です!」
 デモ隊が広場に散り、声を大にして戦う。その時になってようやく隠れていた警察も動き出した。全面衝突だ。
「っ俺も本当は‥‥そっちで暴れたかった‥‥のに‥‥!」
 克の悲痛な呻きは、デモ隊の喚声に掻き消された。

 時を同じくして、繁華街中央でも聖戦は始まっていた。逃げ惑う通行人をよそに戦士達が練り歩く。列の2番目には、
「行きます! 僕達の想いの力を見せ付けるんです!」
 ハタキ片手に特攻する歩の姿があった。前方には予め配備された警察。
「何故感化されるんだろう」
「お灸を据えてやりましょう」
 サンタで看板を持っていたホアキンと和装の音夢。異色の2人が秘かに列背後に接近した。

 本部。
 多少飾りがあるだけの、いつもの本部。にも拘らず、何故かデモ隊はかなり多い。
「UPCならモテるって聞いたのに!」「りーたーん!」
 一塊となったデモ隊。警備員と警官が周囲を固む中、戦い続ける。
「休み少ねェんだよォ!」「金もねェ!」「リネーア様ぁ!!」
「‥‥、どいつもこいつも」
「待て。統率者を説得できれば殴り倒す事もない」
 その一団に埋伏し、百合歌と零が小声で打ち合わせる。
 このままでは警察デモ隊双方に被害が出る。完全成功が依頼を受けた義務だと固く考える零。が。
 四方から上がる大音量の愚痴。次第に警察の包囲は狭まり、揉みくちゃにされていく。耳が痛い。目が回る。
 零は人を押しのけ辛うじて前方へ移動した。
「あんたが統率者だな」なんとか肩を掴み「何故ここまでやる?」
「我らは。嘲笑に晒され日々を生きている。ならば決起してもよいではないか!」
「それどころかバグアの脅威に晒されているのに、人間同士でいがみ合って何の意味が‥‥」
「貴様には解らぬ! 才能に恵まれた貴様には!! 我らの無念を、我らの悲願を!!!」
『そうだ――!』
 雰囲気に酔った彼らが生卵を取り出し、振りかぶった瞬間。
 心胆を寒からしめる不快音が、辺りに木霊した。

●聖戦の行方
「黙りなさい」
 黒板を引っ掻くのに近い嫌悪感すら催させるヴァイオリンの奇声。
 一瞬の沈黙。誰もが耳を塞ぎ、そちらを向いた。
「あのね。煩いの。独り? 寂しい? 馬鹿ね。これだけ集まって!」
 人の波で髪も乱れた百合歌が、視線の中心で冷笑を浮かべる。
「独りで寝るダブルベッドの広さも‥‥思いの外洗濯が早く終る虚しさも知らない子供が! 騒ぐなら離婚してからなさい!!」
 時が、止まった。百合歌のリアルな感情に。
「でも結婚してんじ‥‥」「黙りなさい♪」
「そうだ。彼女はそれでも腐らず、今年再婚したらしい」
 以前顔を合せた依頼を思い出し、零。
 感受性が強いのか。それだけで泣きだす人までいた。百合歌は折り良く、心を静める旋律を奏で始める。
「何でそんなに強いの?」
 答えず、無言で微笑む。一転して心を溶かす柔らかさで。
「繁華街でお鍋の準備ができてる筈よ。皆で、行きましょ」
「あんた達の為に用意してくれたものだ。たまには大人数で食べるのもいいと思うが?」
 統率者に直接提案する零。鎮圧は大成功だった。
 刹那。もはや見る事も叶わぬ家族の笑顔が、鮮やかに蘇った気がした。

「煩悩退散! と。妬み嫉みに満ちたデモで恋人はできないと思うよ?」
「ひぎぃっ」
 列後尾から2人が統率者へにじり寄る。
「皆が楽しめるよう準備しているから、待っていてくれ」
 ハリセンで進撃路を作っていくホアキン。
 20を超える屍を築き、遂に統率者と歩に相対した。
「四天王さん、お願いします」
『おう!』
 体育会系な同志が立ち塞がる。その間にも他のデモ隊は警察を牽制し、街に騒ぎを巻き起こしている。
「ホアキンさん、お任せします」
「じき準備も整う。それまでにこの空気を取り払わないと、ね」
 得物を構えたホアキンが突っ込む。一閃。返すハリセンでチャンバラ剣を受ける。
 その横で説得を開始する音夢。まごねこが頭で揺れた。
「貴方がたはカップルを邪道と言うが、それこそ心の貧しさの証明、独り身の貴方を作り出していると言い切れます! 他人を不幸にしても自分は変わりません。それで暖かいクリスマスを迎えられますか? その醜い心が、愛情を受けるに値しますか?」
 気圧される歩。音夢が裁判でもしそうな感じで指を差し、追撃する。
「貴方がたを本当に救うのは、嫉妬や復讐ではありません!」
「そんな事詭弁です! 僕達は辛いだけだ。ただこの想いを知ってほしい、少し気遣ってほしいだけ‥‥街に僕達の居場所なんてないんです! なら」
 歩の主張を遮って音夢が合図すると、集団から3人の青年が駆けつけた。各々『真田親衛隊』の腕章を身につけ、妙に幸せそうである。
「居場所など自分で創ればいい‥‥恋人同士過ごすだけが聖夜ではありません」
「じゃあこの寂しさはどうすればい‥‥」
 ぎぅ。接近した音夢が、ブーツで歩の爪先を踏みつけた。
「折角こうして沢山集まったのですから。皆さんで楽しめばいいんです。全て心の持ち様次第。博愛精神です」
「い、痛いんですけど」
「博愛です。なので今日は鍋パーティを企画しました」
 パァン。ホアキンのハリセンが四天王最後の男を捉えた音が響き、水を打ったように静まり返る。
「そろそろ来る筈ですので。一緒に、祝いましょう」
 音夢が慣れない微笑を浮かべ、振り返る。その時、遠くに巨大鍋数個を運ぶ青年団を発見した。
「寒いと心まで凍ってしまう。身も心も温めて、改めてメリークリスマスといこう」
「でも、世間は‥‥」
 ホアキンの言葉にも納得できない歩の頭に、音夢はハリセンを見舞う。
「馬鹿野郎ですね、全く」
 幼くも強い彼女に、歩は膝をつくしかなかった。
「こ、この感じは‥‥恋?!」
 胸の高鳴りを勘違いして。

 警察が包囲を狭め、広場で勇戦していた彼らも戦線を縮小していく。
「俺達の苦しみも知らないくせに弾圧か!」
 いつの間にか背の低い仮面の少女らしき影が、恵太郎と背を合わせ共闘しているが、克の意識は恵太郎に囚われていた。現場統率者を凌駕する勢いを持つ恵太郎さえ捕縛できれば、瓦解も確実なのだ。
「続いて聖書の時間です! まずこのおしべとめしべの図をご覧く」「それはやめよ‥‥」
 ピコハンで突っ込む克である。
「な! 我々は人々にイブの精神を普及している博愛団体なんだ! 不当な圧力になど屈しない!」
「そーだ、我々が受けた数々の屈辱を忘れるものかー」
 黒い仮面少女が絶妙に合いの手。克が目線を下げると、人相の悪い人形が見えた。
「けれど人の幸せを壊して‥‥主張ばかりして。それで幸せになれる‥‥?」
「幸せは犠牲の上に成り立つんです」
「寂しいのも‥‥解るけど」
「嘘だッ! また俺達を晒し者にするんだー」
 しれっと仮面少女。言葉と表情が一致していない。
「そんなだと‥‥この先も1人だと思うよ‥‥?」
「なぁっ!?」
「言わせておけばー。やっちまえ!」
「はい! もはや話し合いなど無用。戦うのみです!」
 謎の声に押され、恵太郎が克を無視して付近のカップルに駆け寄る。デモ隊も戦線を押し返す。
「仕方ない‥‥警察の方、鎮圧しましょう‥‥」
 真っ先に恵太郎を狙う克。ベンチの端に座り男女に話しかけていた恵太郎の横に立つと
「け、警察呼び‥‥」
 恵太郎の警告も半ばでピコハンを振り抜いた。
「な、殴ったね」
 容赦ない克の攻撃が続く。遂にはベンチから下がらざるを得ず、警察まで恵太郎に狙いを絞る。
「二度も‥‥もとい警察の方、傷害罪で逮捕して下さい!」
 マスクがずれ、必死に直そうとする。が、それに気を取られた瞬間!
「確保ォォ! お前らの指導者は捕まった、観念しろ!」
「く、くそ覚えておけ、俺達は必ず蘇るッ」
 どこかからそんな声が聞こえた時には、組伏せられた恵太郎を見捨て強引に逃げ出すデモ隊の後姿があるだけだった。大多数に逃亡されたが、この人数差では仕方ない。
「あぁっ」
 恵太郎のその声で、克はそちらに目を向ける。そこには無惨にもマスクを剥かれた恵太郎の姿が。
「く、世に不条理がある限り、俺は現れる!」
「山崎さん‥‥鍋行った後‥‥始末書書こ?‥‥それにしても」
 克は思案する。あの仮面少女はやっぱり‥‥。
 その時。
「疲れた。レディも鍋は行く」
 サンタなレディが、どこからともなくやって来た。
「今までどこに?」
「警察側。通れなくて向こうで加勢していた」
「そう‥‥?」
「早く行こ。闇鍋なくなる」
 闇鍋にするつもりか。克が脳内で突っ込みながら、恵太郎を引きずり追従する。
「楽しみ」
 独りごちるレディの腕には人相の悪い人形が抱かれていたのだが、克が気付く事はなかった。

 かくして、聖戦は僅かな犠牲と共に幕を閉じたのである。

<了>

 また、逃げ果せた仮面少女は、何食わぬ顔で報酬を受け取れた事を追記しておく。