●リプレイ本文
「重大な任務ね‥‥」
旗艦、艦橋。海軍少将に軽く目礼しながら、小鳥遊神楽(
ga3319)が口を開く。
「ふん。2階級特進も間近だ」
傭兵を一瞥しただけで答える少将。高速で突き進む艦が多少揺れた。
「そんな事にはならないわ。私達が護るから、全力で」
「とはいえ上層部の命令もある。どれだけ突っ込めるか、だな」
ロッテ・ヴァステル(
ga0066)が少将の背にある種挑戦的な言葉を投げかけると、月影・透夜(
ga1806)が続けて作戦のバランスを指摘する。
「耳目を引き付ける囮‥‥」
「それも敵陣真っ只中だ」
「どの程度の戦力がこちらに来るかしらね」
「群となって殺到するであろう。‥‥空も、海も」
恐怖でなく、純粋な興味のようにアズメリア・カンス(
ga8233)が独りごちると、少将に負けない貫禄でシリウス・ガーランド(
ga5113)が答える。じき訪れる物量の波にすら動じた様子はない。
「全方位警戒が必要だな」
「艦隊への‥‥被害は最小限に‥‥抑えたいですねぇ‥‥」
透夜の後に、本人としては精一杯緊張感を孕んだ声で告げる幸臼・小鳥(
ga0067)。近くのクルーが子猫を見るように振り向いたのは気付いていない。
「貴重な海上戦力ですからね。できれば無傷で帰還させたいところです」
フォル=アヴィン(
ga6258)が揺れる艦内を軽々と歩きながら。彼はそのまま司令席の真横まで行くと、如才ない微笑で話しかけた。
「万一艦隊への被害が出たら、少将の判断で撤退して頂いて構いません」
「そうならんよう守るのが貴様らのし‥‥」
「誰一人」静かな、しかし耳朶に響く声で「‥‥艦を残しての撤退など考えていません」
少将が声の方を向くと、無表情のアグレアーブル(
ga0095)。何か言うかのように数秒少将を眺め、視線を外へ転じた。
「‥‥と。勿論こちらも最善は尽くしますが。ま、保険ですね。信頼してます」
取り繕うフォル。そこまで言われては押し黙るしかない。少将は苛立ちを隠して部下へ指示を飛ばした。
「正直気が重いけれど」
本気なのか解らない台詞を吐く神楽。それに反応してロッテが「これで多くの戦友が‥‥」と言いかけるが、
「誰かがやる必要がある。そして任された以上は全力を尽くすわ」
解ってるとばかり神楽が遮った。
と、その時。
「そろそろイベリアの先へ出る。仕事は果たせよ」
少将の言葉と前後して速度が落ちる。
ここを過ぎれば、任務を完了するまで留まる事は許されない。敵に上限などなく、限界まで戦い、生きて撤退する事が目的なのだ。俄かに艦橋が騒がしくなる。通信士が幾度となく交信し、僚艦の防空火器が僅かに角度を変えた。8人もKVの許へ向かう。
「小鳥、透夜」
ロッテが同小隊の2人に声をかける。
「‥‥無傷で帰還が私達の誉れ。頑張りましょう」
「はぃ‥‥今回も一緒にぃー‥‥」
「当然だ。俺達も、艦隊もな‥‥!」
8人は甲板に出ると、相棒の待つ格納庫へ足を踏み入れた。
●砲撃集中
『α‐2、正面ジブラルタルよりHW群確認!』
『要塞より高速接近する熱源!!』『アフリカは最後にお出ましって事みたいだ‥‥』
索敵を頼んだ艦載機から次々情報がもたらされ、艦隊上空で防衛網を敷く7機が各々の機動で艦の南北へ機首を向ける。と同時に、
「敵捕捉ですぅ。射程圏内‥‥今ぁ!」
ガァン‥‥! 小鳥機バイパーのライフルが火を噴き、海峡先頭のHWを穿った。ロッテと小鳥が遊撃に出る。
「――交戦開始。データリンク良好。海峡方面にHW群。次いで要塞、アフリカ方面軍。艦隊11時の方角へ砲撃お願いします」
最も艦に近い空を飛び、アンチジャミングを展開するアグレアーブル機ウーフー。さらに
「俺達は光学迷彩も考慮に、奇襲を警戒しましょう。シリウスさんは大丈夫でしょうか?」
『問題ない‥‥』
フォルとアズメリア、2機の雷電が主に艦の後方に意識を置き、海中ではシリウス機テンタクルスが孤軍奮闘する。この歴戦の4機が艦隊を守り、残る4機が打って出る。
「南はやや遠いようだが‥‥俺達も出るぞ!」
「了解。先制して焼き尽くしてあげるわ」
良い作戦だと言えた。敵の物量に、呑まれさえしなければ。
「小鳥、呼吸を合わせていくわよ!」
ロッテ機ワイバーンがロールしながら急降下すると、剣翼をHWに衝突させる。酷い衝撃。通り抜けた瞬間に操縦桿を引き上げた。対して小鳥は斜めから進入、軌跡を交差させ同様の刃をお見舞いする。一瞬の空白、爆発。爆風を背に、さらに2機が群に向かう。
「魔弾の連携‥‥見せてあげるのですぅ!」
機首を合わせ小鳥の白い指が重機の引鉄を絞る。
6機並んだHWの中央に弾幕が張られる。それに気を取られる敵に、ロッテ機が鋭い剣翼で強襲する!
1機中破。と、翻ったロッテの視線がモニタの一部を明確に捉えた。
「小鳥、9時にキューブ!」
「後でゼリー‥‥作ってあげますねぇ‥‥!」
左旋回。狙撃銃がHWの群を抜けて立方体を射抜いた。一旦停止する青。が、代償にそのHW達から嵐のようなプロトン砲が返ってきた。あるいはロールし、あるいは空を滑り落ちる機動。機体上部を衝撃が掠めた。
先制攻撃で敵の動きは鈍ったものの、やはり北東側は基地も近く増援が早い。艦隊の方へ自然と目が行く。その時ようやく
『北、一斉砲撃準備完了。退避に合わせます』
アグレアーブルの澄んだ声が。
スライスバック、フェザー砲を尾翼に喰らいながら一気に舞い戻る。
「追って‥‥来てますよねぇ」
ブースト。2機が射線から左右に散る。
「さあ、観客には全力でお礼しないとね‥‥!」
「お願いします‥‥!」
アグレアーブル機が正確にデータを送り続ける。彼女の合図が司令部へ届き、少将の命令が全艦へ轟く!
『ッてェ!!』
轟音‥‥!
鳴り止まぬ砲声。圧倒的な火力がHWとキメラへ襲い掛かる。空に絶叫が鳴り響く。
『吶喊!』
朦々と漂う白と黒の煙の中に、2機が再び躍り出た‥‥!
「神楽、南東の中型を追い込む!」
鋭く旋回して風を切る透夜機ディアブロ。彼がその火力を発現させる寸前、先制して神楽機アンジェリカが中型を囲むようにG放電を解き放つ。敵機から漏電。しかし中型HWは狙われたと悟るや、不規則な動きで高度を上げ、強烈な光を撃ちだした。二条。三条。一条が艦隊脇へ。海水を蒸発させる。
透夜機両翼にもまともに命中するが飛翔速度は変わらない。操縦桿横のスイッチを押し、螺旋ミサイルを発射する。白煙が中型へ向かう。大音響。黒煙が混じる。透夜機はそのまま角度をつけ一気に駆け抜けた。剣翼が空間を斬り裂き、視界が拓けたところで中型が爆散する。幸先良好。が。
「単調すぎる。別働た‥‥」
神楽機の機関銃が2羽の巨大鳥の羽を散らせた、まさにその時。
『こちらα‐1、西南西より接近する敵影確認!』
真南でこちらを引きつけ、半分が迂回したか。
「やってくれるわね」「艦砲まだか!」
くく、と喉の奥で笑う神楽と、小さく舌打ちする透夜。そこに、ようやく後方から轟音が響いた。
北へ向けた、第一撃の音が。
――ッ、第二射まであと‥‥!?
「護衛班、次の一斉射撃まで‥‥」
『解ってるわ。そう簡単に崩させはしない』
「ああ、頼む!」
透夜は高高度から降ってきたキメラの突撃を受けながら、アズメリアに西南西を託した。
●押し寄せる波
静謐な、耳が痛くなる世界。時折外界から墜ちてくる物体が波紋を起こし、その度に自己と世界の繋がりを意識させられる。そんな孤独な空間でじっとソナーを見つめる。少しの異常も逃すまいと。
一条の緩和された光が海中に飛び込んできた。敵光線か。
――我ならば空に奇襲をかけ、さらに。
敵側となって考えようとしたその瞬間
「上に気を取られている隙に下から‥‥常套手段の一つであるな。爆雷申請。艦隊より225度――」
案の定、ソナーに光点の集合が。南に1つ、南西に2つ。多い。だが。
「我が名はシリウス・ガーランド。餌に喰らいつきたくば我を沈めてみよ」
『深度60――』
シリウスの超長波通信が届き、フォルの指が流れるようにコンソール上を踊る。水中はアフリカの敵のみらしい。ならば。
「アズメリアさん、まずは俺の爆雷で。多少艦から離れますが、その間お願いします!」
充填、そして発射。フォル機の集積砲が頼もしい音を立て極太のエネルギーを放ち、HWを巻き込む。周囲のキメラすら慄き退り、その隙を突いてフォルは急降下しながら所定位置へ飛ぶ。
「設定完了。安全圏へ退避を。投下5秒前、3、2‥‥」
南西群の鼻先に泡を立て投下される爆雷。それが前方頭上から次第に沈み、
ッ‥‥!
群の中心で爆発した。衝撃が上に抜け水柱を作る。シリウス機は艦隊付近で限界深度まで潜り、余波が続くうちに早くも動き出す。真南の一群に魚雷を放り込むや、南西へ。さらに南に爆雷を依頼しておくと同時に、南西の激しい水泡から脱出してきたマグロに機関銃を浴びせる。
直後。
白い幕を抜けたもう1つの群が、海流となって眼前に現れた‥‥!
「なるべく敵を‥‥一点に集めてぇ‥‥」
小鳥機の重機から放たれる弾雨がHWにまともに命中し、黒煙を上げて墜落する。一方でロッテは激しく操縦桿を操り接近する。衝撃。右翼先端に両爪を喰らいながら至近の超小型竜を両断した。
艦砲によって小破したHW、数を減らしたキメラを相手に、ロッテと小鳥の2機は対となって勇戦する。
だがモニタにはバグア軍なら程なく飛来するだろう距離、北東の空に蠢く大質量がはっきりと映っている。
「来るだけ来なさい‥‥!」
ロッテが僅かに口角を上げた。
次々と増援押し寄せる南。情報管制に従事していたアグレアーブルまでが南西に対応せざるをえなくなってきた。
「30秒で南に砲撃開始します。準備を」
アグレアーブルがG放電で中型を縫い止めた隙に、スラスターライフルを放ちながら南へ急行するアズメリア。爆雷設定、高度を下げ投下しようとした刹那。抜け出たHW2機のプロトン砲が‥‥!
『ッ回避行動!』
割り込めるか。
空を滑らせ機体で受けようとしたアズメリアだが間に合わない。二条の光が駆逐艦右舷、甲板に直撃した。その2機をフォル機が横からの集積砲で押し返す。
「これ以上近づかせない!」
「‥‥投下」
混沌とした中でスイッチを押すアズメリア。爆雷が海面に吸い込まれると共に、彼女の戦場たる南西へ引き返した。
「30秒‥‥」
流石に引き伸ばすのも限界か。
艦対空砲準備時間中に来た敵が多すぎた。それが透夜の思惑を僅かに狂わせていた。
水柱が噴きあがるのを斜め後方に感じながら、透夜は重機をばらまく。相互支援する形で神楽機の放電。HW1機撃破。その周囲のキメラの動きが緩慢になる。
四方を囲まれていく2機。透夜機が敵の間を縫って凶刃の翼を翻し、青く半透明な何かが視界に入るや、そちらに機首を差し向ける。
敵フェザー砲の軌跡が空間をカットするように多重交差する。うち数条が神楽機コクピット付近に命中、下方に伸びた光線が偽装揚陸艦の船腹に穴を開けた。艦の方は幸運にも喫水線の上。それを横目に確認し、神楽機はバランスを崩しながら試作型G放電を周囲へ展開する。
透夜機左翼端に亀裂が走る。それでも続くドッグファイト。全方位からの攻撃が狭まってくる。キメラまで手が回らない。次々抜けていく飛行型が光弾を放つ。甲板に損害。さらに数羽がそのまま1隻の艦橋へ特攻した。自爆。黒煙が立ち上る。
『ッ転進!』
少将の怒鳴り声。
そして、待ち望んだ時がようやく‥‥!
「秒読み開始。退避して下さい」
アグレアーブルの指が目まぐるしく動く。レーザーが突撃するキメラを撃ち落とす。
「一斉射撃後転進します。皆さん準備を」
●撤退掩護
「私がM12を放ったら後退よ」
「うー、艦の損耗率も‥‥上がってきましたしねぇ‥‥」
艦首から要塞側にかけても敵増援が到着しつつある。だが先制して艦の砲撃が炸裂し、間隙を突いて第1波を四分五裂にした北は、他方に比べると優勢だった。が、それでも2機の装甲は塗装が剥れ所々溶解しかかっている。
小鳥機が前に出て弾幕を張る。東から北東へ。敵光線の束が飛来する。逆噴射から高度を下げロール。主に敵に剣翼で仕掛けていたロッテ機の主翼が悲鳴を上げる。漏電し始めた。
『6、5‥‥』
アグレアーブルのカウントが続く。ロッテの粒子加速器が凄まじい電圧を帯びた。
「小鳥!」「了解ですぅー!」
「さあついて来い‥‥!」
透夜と神楽が螺旋ミサイル、G放電の集中で西へ敵中突破を敢行する。
『2、1‥‥』
ブースト、急降下して速度を稼ぐ。キメラが機体にぶち当たった。骨が軋む。空が滑る。前が拓けた。残るミサイルを南西の群に放り込む。そして
「発射」
大気震わす一斉砲撃。アグレアーブルの号令に合わせて全艦全砲門が南に火力を集中する。周囲を覆わんばかりの白煙が艦を薄く包み、種々の銃砲と対空ミサイルが、至近に迫っていた軍勢を迎え撃った。
「燃え尽きなさい‥‥オ・ルヴォワール!」
臨界突破。ロッテの粒子砲が唸りをあげて一直線に放たれる。直撃して爆散するHWと辛うじて逃れる敵。ロッテはそのまま操縦桿を無理矢理左に、旋回を開始した。細くなり始めたビームの残滓が群を横に薙ぎ、強烈に牽制する。
それをモニタに捉えつつ、ロッテと小鳥は北西へ機首を向けた。
艦が徐に取舵の方向にUターンし始める。猛烈に熱を発する砲身を携え、煙の中で必死に生き残るべく。
その動きを背に、流線形の魚の体当りを人型で受止めるシリウス。
「貴様らに遅れを取る我ではない」
鋼鉄爪を懐に突き立て止めを刺す。その時爆雷が海中へ侵入してきた。それは直前に要請した位置と違わず、群やや上部に到達し。
音なき衝撃が群を襲った。
シリウスは深くからそれを見上げて確認すると、漏電する機体を変形、平然と艦隊の真下へ向かう。後は、生き残った敵との速度勝負だった‥‥。
アグレアーブル、アズメリアが弾幕を張り、フォルが最後の爆雷を切り離す。フォル機はそのまま敵陣に近い位置からミサイルで攪乱し、さらに煙幕を展開した。
殿となる3機。各機が弾幕とG放電で群の鼻先を抑えていく。幾筋ものプロトン砲が放射されるが、咄嗟にアズメリア機が艦との射線に割り込んで盾となる。即座に応射する3機。
その遅延行動を厄介と感じたか、元より深追いしないのか。
強固で見事な殿軍を前に、敵はいつの間にか追撃を止めていた。
『ご苦労だった。これだけやれば文句も言われんだろう』
どれ程経ったか。イベリアの岬を越えた辺りで、傭兵嫌いの少将が精一杯の褒め言葉を発した。
そこでようやく一息つく一行。
「何とかなったわね‥‥私達も本隊へ合流しましょう」
東の空を見つめ、ロッテが全機に言葉をかけた――。
『本格交戦時間、14分 艦隊被害、中破1小破3。――我、陽動に成功せり』