●リプレイ本文
長閑な田舎道を、ガイドのバンと佐倉・拓人(
ga9970)のランドクラウンが走る。肌寒さが少し気になるが、それでも絶好の行楽日和と言えた。
向日葵畑の手前で停車する2台。8人の傭兵とガイドが降りる。
「‥‥ですが、大丈夫でしょうか」
トマークトゥス(
gb3699)がガイドに言うと、拓人も気を遣う。
「そうですね。案内して下さるのは助かりますが、退院したばかりで‥‥」
「ありがとうございます。でもこれは私の使命なんです!」
先輩におかしな教育をされているようである。
「体にはお気を付けを」
決意が固いのを見て取るトマークトゥス。一行は朽ちた外壁を傍で見上げ、内部へ入った。
「人のいない場所というのは‥‥不思議と安らいだ気持ちになりますね」
目を瞑り、拓人。外と内を隔てる屋根も扉もないというのに、やはり「侵入」すると何かが違う。脳髄を揺さぶられる濃密な世界。異なる場所に放り出された空気の違いが、目に視えるのだ。
カツ。床と靴が音を立てる。
「こんな所で、ずっと」
――のんびりできたら、いいなぁ‥‥。
六道 菜々美(
gb1551)はいつもの鞄をぎゅっと抱え込む。声が存外響き、頬が赤くなる。
「物好きな観光もあるものですね。もっとも、確かにある種の神秘性は感じますけれど」
あの地のように破壊されたものと違って。アイロン・ブラッドリィ(
ga1067)が無意識に自身の指に触れる。
「このような雰囲気でお茶を楽しむ‥‥癖になってしまったらどうしましょう」
「その時はあたしとまた外でお茶会したらいいんです! ワビサビ? とかよくわかんないけど、外でおだんごはおいしいですから! ‥‥うちのアレがご迷惑おかけしてますし」
保護者の事まで愚痴りだす呉葉(
ga5503)を柔らかく見つめるアイロン。そこにある愛情に、隠れて微笑まずにいられない。
一方で逆に廃墟につられてきたのが、
「この空気‥‥落ち着く‥‥」
壁にそっと触れ、その感触すら楽しむルイス・ウェイン(
ga6973)だった。
「本当。こんな修道院跡でお茶会なんて、ステキな企画じゃない?」
夢見る乙女よろしく智久 百合歌(
ga4980)の声が響く。彼女はその調子のまま「邪魔する無粋なキメラには綺麗にいなくなって貰いましょ」と続けた。
「笑顔がこ」「なぁに?」「こ、かわいいですね‥‥」
呉葉と百合歌の攻防をよそに、水枷 冬花(
gb2360)も百合歌と同感だったらしく、
「こんな場所に現れる輩は手早く片付けてしまいましょう」
とガイドに先を促した。
曲がる。直線の側廊がさらに続く。左手、規則的に並んだ装飾柱の陰から中庭が見える。だが敵の姿はない。中庭に足を踏み入れたら現れるのだろうか。早速行こうとする7人に後ろから提案する者がいた。床に届きそうな銀髪。アイロンだ。
「先に礼拝堂でここの方に挨拶してよろしいでしょうか」
「‥‥私も。事前と事後、ご加護があるかもしれません」
と、トマークトゥス。ガイド襲撃から考え、敵は中庭から追ってはこないようだ。それなら、と一行は側廊を進み、正面の礼拝堂跡に出る。
小さめの講堂。頭上には落ちそうな梁が残り、用を成さない長椅子が左右に転がっている。正面には女神像があったと思しき空間と、その上にサンガルガノを象徴するようなバラ装飾の窓。肌寒さが静謐さを醸し出す。
「お騒がせします事をお許し下さい‥‥」
目を伏せ、祈りを捧げるアイロン。
「いい所、ですね。静かで‥‥落ち着くような感じ、です」
「じっくりうろつきたいところだが‥‥まずは仕事、だな」
菜々美とルイスが各々ここを気に入ったように。ともかく、敵を処理せねばここも壊されかねない。
「‥‥参りましょう」
アイロンが得物を手に取った。
●棲家の番人
「さあ、何時でもいらっしゃいな」
中庭に侵入して、百合歌。その声を聞き届けたが如く、2体が上から降りてきた。端と端。彼我の距離は約30m。
羽が舞う。ある種幻想的な光景。
それを唐突に冬花の銃声が引き裂いた。次いでアイロンの一矢が石像の喉を穿つ。
「手が届かないなら叩き落すまで!」
天使を狙い撃つは菜々美の矢。さらに呉葉が電磁波で動きを阻害し、拓人の知覚機雷が一直線に羽へ突き刺さった。小爆発。
高度を下げる天使。完全にこちらを外敵と認識している。息を吸い込む石像と、滑空してくる天使。
「人を見下ろすなんて失礼!」
「ブレスなんて喰らいたくないよっ!」
呉葉が天使を攻撃すると同時に、ルイス、百合歌、トマークトゥスが石像へ地を縮めて跳ぶ。敵連携を崩し、石像優先の各個撃破。その作戦は成功していた。あとは天使班がどれだけ耐えられるかだった。
「挨拶だ、受け取れぇえぇ!」
トマークトゥスが勢いままに、敵側面を薙ぐ。同時に逆側からルイスが非実体剣で斬りつける。敵の短い怒声。3m大の体躯が震えた。
極寒のブレスが徐に放たれる。それは近接した3人には影響が少なかったが、
「あぅ!?」
天使と相対していた4人にまで被害が及ぶ。厚着が幸いして致命的な隙は作らなかったものの危険なのに変わりない。迅速に片付けねば。
そこでようやく完全な背後へ回り込めた百合歌が、紅い刃を一閃する。止まらず左の銃口を押し当てると、無慈悲に人差し指に力を入れた。石の欠片が飛散する。
「キメラが、守護者を気取らないで」
絶叫が轟く。前線の敵より体力は少ない。このままいける!
「ガーゴイルのくせに大きすぎ!」
百合歌の斬撃に合わせてルイスが柄を振るう。
トマークトゥスも細かく動きながら削るが、反撃とばかり敵は石の翼を羽ばたかせ周囲を薙ぎ払った。吹っ飛ばされる2人。地を転がり、背が破れる。直に喰らったトマークトゥスは即座に跳ね起き咆哮を上げると、
「この痛み、百倍にして返してくれるッ!」
低姿勢から一気に突っ込む。
「流れに逆らわず、リズムに身を委ね――反撃よ」
一方で直前に自ら後ろへ跳び、実体のない翼に包まれるように着地した百合歌は、彼を援護すべく刀を振り衝撃波で敵を再び斬りつけた。
ルイスも体勢を整えるや懐の銃を取り出そうと、
――しまっ‥‥!
忘れていた事に気付く。しかし銃がなくともやりようはある。駆けつつ疾風脚からの回転、遠心力を剣に、敵を見据える。
が。
その時、再び敵が息を吸い込む。両側面の2人は止まれない。直撃覚悟で突っ込むか。刹那の逡巡。敵は顔を上げ口腔に冷気を溜める。そして吐、
「その姿を縫い止めてさしあげましょう」
限界まで引き絞り待っていた、瞬間。アイロンが強烈な矢を解き放つ。
『ッ――■■!!』
それが、絶対零度を作り出す直前の顎を下から突き破った‥‥!
「Ensemble!」
アイロンが敵の動きを阻害した隙を突き。百合歌の掛け声に合わせてルイス、トマークトゥスがその刃を叩きつける!
「いっけぇ――!」
斬。連斬。
棲家を奪われる怨嗟か。石像は苦しげに翼を広げる。パキパキ、と表面の材質が変わっていき、呻き声を発すると、やがて動かなくなった。
それを見届ける間もなく、4人は天使の方に意識を向けていた。
●聖ならぬ者
空を滑ってくる剣の天使。
「命中、次ッ!」
彼女の間合いと思われる範囲に入る前に菜々美、拓人の遠距離攻撃が敵を穿つ。体勢が崩れた。ショットガンに持ち替え、敢えて急接近する冬花。敵足下に入り込むと、銃口を真上に引鉄を引、
左からの剣戟。翻って鋭い一閃が冬花を襲う。短剣で受け流しながらしゃがみ、間髪入れず浮遊する敵にぶっ放す。
――FF、確認‥‥。
たった1人で天使に近接して仕掛ける冬花だが、冷静にその瞬間を見つめ、敵の得物の正体を見破っていた。
これは、聖剣を模した紛い物であると。
「武器破壊へ移行‥‥!」
「了解! あったれー!」
呉葉が超機械を天使に向ける。
だがその時、横合いから白く輝く息が吹きつけた。小さい悲鳴。肌が痛い。僅かながら顔を覆わざるをえず、それが呉葉の、さらに機雷をセットしていた拓人の照準を狂わせた。刹那の間隙。だがそれを巧みに突いて天使が飛翔し、頂点から急降下しての断罪剣を冬花へ振り下ろす。
斬。むしろ澄んだ音の直後、冬花の右肩口が朱に染まった。顔を歪めながらもステップで距離を取る冬花。だが天使が追い討ちをかけてくる。
「撃ち抜く‥‥!」
菜々美の矢が敵の進路を塞ぐ。左肩を射られ体勢を崩す敵に、素早く冬花が狙いをつけ、引き絞った。
銃声。銃声。
「‥‥これでどうかしら?」
手首から聖剣にかけて放たれた散弾が、天使の得物を吹っ飛ばした。好機とばかり呉葉が思い切り超機械の威力を発揮させ、同時に冬花も再び距離を詰めようとする。が、敵はこれまで使ってこなかった左腕を横に伸ばすと、甲高い奇声と共に力を解放した。
昏い、衝撃波を。
実体のないそれが4人に降り注ぐ。その間に天使は後方へ落ちた剣を取り戻し、構え直した。
拮抗。火力のある前衛を欠いた事が、一進一退の攻防を招いていた。苦戦しながら徐々に後方へ下がる4人さらに後ろの奥にはガイドも隠れている。劇的な打開策は。誰もがそう思ったその時、
事態は唐突に好転した。
「Kyrie eleison――少しなら憐れんであげる」
凛とした声がミサを奏でる。石像を倒し終え瞬速で接近した百合歌が、膝のタメをたっぷりに天使の背を斬り上げたのである。
『――■■ッ!』
「今だよ!」
咄嗟に呉葉が電磁波を放つのに呼応して、冬花は敵足下から銃口を上に向けた。
銃声。銃声。限界を超え放たれる弾丸。それは百合歌と呉葉によって無防備となった天使の体を遍く貫いていた。皮肉にも純白の羽が宙を舞う。
「こんな場所に出るなんて無粋な真似、もう止めなさい」
力なく地に堕ちた天使に、冬花の言葉が降り注ぐ。しかし、その時にはこの堕天使は完全に息絶えていた。
四角に切り取られた空。白い羽が風に舞い、只中に8人が立つ。
そんな光景を、もはや動く事のない石像がじっと見つめていた‥‥。
●悠久に香る
「これ、焼いてていいかしら」
まだ多少片付けの残る中庭。百合歌がごめんなさい、とダッチオーブンを取り出す。お茶会の為なら皆文句などない。
「この像、このまま置いておきましょうか? ‥‥羽を広げて荘厳なポーズをしていますし」
薬莢を拾い土をならし、アイロンが呟く。彼女自身ある程度狙ったものではあるのだが。
「‥‥聖堂に置けば、今度は私達を守って下さるのでは‥‥」
「では帰りがけに運んでしまいましょう」
トマークトゥスの考えに乗るアイロン。
それきり片付けに問題はなく、丁度3時過ぎ、日も少しずつ赤みを増していく時刻にお茶会へと移行した。
と言っても大した飾り付け等はない。多めの簡易椅子と、幾つかの少し洒落た折り畳みテーブルだけ。他には喫茶店勤めの拓人のフライパンや簡易コンロ、呉葉、菜々美、冬花のポットセット等が広げられていく。唯一百合歌の、
「水を張った器に花を浮かべたり‥‥凄く、綺麗よ?」
との案。流石に今すぐ器まで凝る事はできなかったが、予行演習のつもりで適当な物に黄色い野花を浮かべてみた。
「さて。私は今から作るから、先に始めてて」
これは私の生きる場所、と言わんばかりに拓人がフライパンの前で手早く材料を混ぜる。
「そんな、その、手伝い、ます‥‥」
「ああ‥‥俺も既に作ってきているしな。しかし」
何か言いたげに菜々美を見るルイス。何故なら、いつの間にか。
可愛さばっちりパフスリーブ。フリフリキュートなエプロンワンピ。ワンポイントきめちゃうヘッドドレス。
「え、と、その、姉が‥‥作業着なら、これだって‥‥」
メイドオブメイドな姿で、急いで言い訳する菜々美である。
「待ちますよ♪ 皆で食べた方が美味しいですからっ」
呉葉が言い切る。その間にお湯を沸かして飲み物の準備も整える。朽ちた壁に囲まれ、所々横からの日差しが透ける中庭に、甘い匂いが漂う。廃墟が廃墟でなかった頃に戻ったかのような錯覚。甘い中に仄かに果物の爽やかな香りが舞う。アイロンの御香だった。
種々の茶葉、珈琲に湯が注がれる。正確に時間を数え、カップに注ぐ。透き通る茶色が揺らめき、芳醇な香りが辺りに立ちこめる。ストレート。ミルク。贅沢な程に。
「俺のものも出しておこう。まあ、甘党、でな‥‥」
「私も‥‥自信はないけど、良かったら‥‥」
ルイスのパウンドケーキと冬花のクッキーが出されたところで、拓人のクレープと百合歌のスコーンも焼きあがったようだ。菜々美がふるふると慎重に運ぶ。それを補助するべく、割烹着をかけたトマークトゥスが慣れた手つきでテーブルに並べた。甘い匂いが暖かく包む。
「いただきましょう」極上の微笑でアイロン。
各々が紅茶に口をつける。芯から満たされていく。呉葉が待ちきれない、と様々なお菓子を一口ずつ摘んでいく。吟味し、咀嚼。にゃー、と頬が緩んだ。
「外で皆で食べるの、いいよね〜」
「ああ、格別のものがある‥‥っむ、このスコーン‥‥!」
「『新妻』として当然よ」
「これを何時でも食べられる男‥‥羨ましい、な‥‥」
目を見開くルイスに、くす、と答える百合歌。反論できない何かがあった。
「このクッキー、どなたが?」
「ぁ、私です。どう、ですか‥‥?」
「上手。あとは思い切って貴女の愛に溢れた個性を出したりすれば、もっと美味しくなるかと」
「なるほど」
拓人の料理教室まで開催される。
自然と会話も弾み、中心に置かれたお菓子の数々が簡単に消えていく。紅茶の方も料理好きを誇る玄人が何人もいれば淹れ方を失敗する筈もなく、心と体を豊かに満たす。
「ルイスさんもケーキ、お上手ですね。少し意外でした」
アイロンが話しかけると、
「まあ、色々と、な‥‥」
微かに目線を逸らし紅茶を飲んで誤魔化す。その時。優しく弦が震え、そっと耳に届くヴァイオリンの音色が。
カンタービレ。歌うように演奏されるパガニーニ。そうしている事だけでも幸せなのだと、音の隅々から伝わってくる。言葉を奏でる百合歌の曲が香りと溶け合い、廃墟を幻想へ連れていく。
「良かった、です。ここが、壊れなくて‥‥」
「こういう場所でお茶会もいいものね」
メイド服のまま、はむ、とクレープをくわえる菜々美に癒されながら、冬花。
「ここに、誰が、どんな思いでいたのか」
戦争に震え、日々の安らぎを祈り、歌で心を救っていたのか。遥か彼方に思いを馳せるトマークトゥス。
ふと。9人は交ぜてほしそうな女性の声を聞いた気がした。見回してみるが、変わらず朽ちた壁と柱があるばかり。
曲は続き、香りは立ち上る。
「‥‥どうか我々を、世界を」
きっと、永久を漂う修道女に違いない。
トマークトゥスが祈ると『声』が微笑む。後は生きる者が頑張る番。
‥‥でも、今は。
たった一度の遥かなるお茶会。宵闇が修道院を包むまで、それが終わる事はなかった――――。
<了>