●リプレイ本文
間断なく銃声が響き、四方に9ミリ弾が飛散する。兵卒がトーチカに隠れ、敵を窺う。移動自体は驚異的に速い訳ではないが、その外見と凶弾が恐ろしすぎる。
その現場に市内から幸臼・小鳥(
ga0067)のジーザリオともう1台が到着する。やや遠めで停まるや、即座に跳び下りてその陰に身を伏せた。
「南からって事は報告書にあったグラナダの要塞? で作られたのかな」
ハットを被り直し、諫早 清見(
ga4915)。ロッテ・ヴァステル(
ga0066)が陰から顔を出す。
「おそらく、ね‥‥」
偶然を伴った銃弾が耳の脇を抜ける。しかし眉一つ動かさない。
「あれがラ・マンチャに行かなかったのは‥‥」
「僥倖、とも言ってられないわ。戦略的にはもっと危険になってる。‥‥だけど、ね」
智久 百合歌(
ga4980)が冷静に述べる。だが彼女が冷めている訳ではない事は、姿を見た事のある者の誰もが解っていた。
「どちらにせよ私達がやるべき事はただ1つ」
「必ず食い止める。敵が何であろうがな」
ロッテに月影・透夜(
ga1806)が続く。
「ロッテさん‥‥透夜さん‥‥頑張りましょぅー」
同小隊として気心の知れた3人が目を合わせた。
「うん。ここで首尾よく撃退できたら、次の攻撃に敵も躊躇して時間が取れるかもしれないしね!」
清見が建設的な考えを示す。彼ら8人は本営が急ぎ派遣できた戦力、少ないながらも能力者としての期待があった。そうして食い止めておいて徐に水面下の動きを増す。その為の一歩なのだ。
「僕もここに縁がない訳ではないからね。護りたいものだ。‥‥にしても」
甲羅に蠢くもの。今のところ見えないが、収納でもされてるのか。
国谷 真彼(
ga2331)が双眼鏡でカメを観察しながら。
「硬い上にこの移動砲撃‥‥空飛ぶ戦車ね‥‥」
同じく詳細を見つめて、緋室 神音(
ga3576)。
「なんとかして‥‥おいしく料理しないと‥‥いけないですねぇ‥‥!」
「回転と精密照準は同時に行えません。状態変異する隙を見切ればちゃんと料理できます」
熊谷真帆(
ga3826)が前向きに的確な予測を述べた。近頃義姉がこのスペインで有力機撃墜に貢献しただけに、意気が上がる。
「いかな万能小要塞キメラとて、此方の攻撃が偏れば手薄な面が生じる筈ですから」
「‥‥周辺部隊に砲撃してもらうか」
透夜が敵を、次いで周囲を見やる。相変わらず高速回転して弾雨を撒き散らす敵に、兵卒は散発的に銃撃を加えては物陰へ引っ込む、という状況だった。
「少しでも意識を逸らし、その隙にどうにか近付く。多少力技だが」
「近付けなければ近付けるよう、身を隠す場所を作るまでよ」
「俺達が装甲車を弾きながら、遮蔽物を動かして接近する?」
清見に頷きつつ、百合歌。
「付近で使えそうな物は‥‥1台、ね。コレでは貫通した時が怖いから」
コツ、とジーザリオを叩く。
「いざとなったら‥‥私の車も何かに‥‥使って下さぃー」
「薄い場所の補強に私の盾を」
小鳥、神音などが意見を出していく。
「ついでに突撃する時はぶち当てましょう。万能そうな敵の弱点は『想定外』です」
真帆の補足で大筋の作戦が決まる。あとは臨機応変。突然の来襲の為、特に罠等も思いつかなかった。
●予備砲撃
「砲撃を頼む。亀の手数があれだけとは思えないしな。そして俺達が直接、叩く」
ロッテの無線で一般的な軍周波数に合わせ、透夜が周辺に要請する。微かに戸惑う気配が伝わってきた。
「一瞬でいい。それで私達はやるわ」
「僅かでも、キメラが止まる隙を作りたいんです」
『あ、ああ‥‥だが奴が‥‥たら‥‥』
真彼も声をかけるが、未だに乗り気でない。第一撃での衝撃が彼らを消極的にさせていた。が。
「此処を抜かれたら後はない。覚悟を決めなさい‥‥!!」
傭兵とはいえ、年下の女にそう言われては軍人として引き下がれない。ヤケ気味に『クソ解ったよ!』と返ってきた。
「‥‥直接掩‥‥いえ」
言いかけ、口を閉ざす真彼。
敵側背から此方に合わせて射撃を加える等、もう一歩踏み込んでくれれば、よりやりやすくなる。しかしその分、人は多く死ぬ。戦争は兵卒の命で行われるのだと解ってはいる。けれど。
「‥‥砲撃の際は煙幕等でよく掩蔽して。ここにはパインケーキを作ってくれる友人がいます。無事に帰れたら紹介しますよ」
あの綺麗な人か? などとざわつく雰囲気が伝わってくる。全ての声を聴き届けようとする真彼。そして強く、それを実現すべく言葉に出した。
「だから、無事で」
「アイテール‥‥限定解除、戦闘モードに移行‥‥」
神音を先頭に転がっていた指揮装甲車の陰へ移る。彼我の距離は70m程か。車の接近で此方に向かってくるとして、あまり余裕はない。
カウントが開始される。
『3』
「――――Prestissimo,Spiritoso,Energico」
大胆かつ繊細な戦いの旋律を。百合歌が鬼蛍の柄を握り締める。
『2、1』
狙撃銃の引鉄に真帆の白い指がかかる。一瞬の空白。のち、
「――ルヴェ・ル・リドー!」
ロッテの声を遮る砲撃の大音声が開幕ベルを奏で、同時に清見と百合歌が装甲車に獣突を繰り出した。
硝煙が辺りを包む。低姿勢、あるいはトーチカから敵に銃弾が浴びせられ、徐にヒュルルと音がするや、敵頭上に榴弾が炸裂した。2、3発と続く。乾坤一擲。人間ならば逃れられない全方位射撃が敵を襲う。
「北陣地退避!」
お返しとばかり敵から発射される榴弾。素早く反応した真彼の警告が飛ぶ。数名が犠牲になる。さらに敵はコインを落とした時のようにその場で傾き回転して、仰角30度程に固定された12.7ミリを水平にぶっ放してきた。一部のトーチカが崩壊し、損害が出る。
「異星人の奇想天外に人類の機知が負けてなるものかっ!」
真帆の狙撃が火を噴く。装甲車に敵銃弾が突き刺さる。
20秒。真彼の督戦のおかげで損害は減ったが、数十秒で30名から死傷する。
しかし。
彼らの命を賭したその一斉攻撃は、見事敵の回転を、進行を止める事に成功していた。そして。
「敵の姿勢が崩れた、今だ!」
8人が装甲車ごと突撃する隙を創り出していたのである‥‥!
●誤算
至近に迫っていた装甲車。直接敵に当てるべく、清見が最後の獣突を敢行する。度重なる獣突、そして大口径の銃弾に晒された装甲車はボロボロとなり、いつ爆発してもおかしくない。それが棍棒に弾かれ、敵に飛来する。透夜は豪力を活かして方向を調整し、ついでに道中で拝借した手榴弾を敵に投げ込んだ。
前後するように真彼が初めに突っ込みそうな仲間に強化を施し、カメには弱体をかけ、
「伏兵には気をつけて‥‥!」
そして彼自身は中衛で盾を突き立てる。
と同時に。
耳を劈く爆発音。
敵に直撃し、間近から大量の銃砲弾を喰らった指揮車が、遂に爆発していた。
高温の衝撃波と破片が降り注ぎ、8人に大小様々な傷を刻む。だが止まる事はできない。黒煙の中を間髪入れずに陰から飛び出す4つの影!
「お前の行進曲は此処までよ!」
「連携して一気に叩くぞ‥‥!」
ロッテが足を止めずエイミング。キューを突き、超出力弾を飛ばす。それは前面に展開する12.7ミリの根元に衝撃を与える。4連突き。非物理の衝撃が敵体内に直に響く。
その隙に左側面へ出る神音。滑るように薙ぐ。さらに月詠を抜くと、左右二刀の月詠を斬り上げ、下ろす。まだ終わらない。銃身を斬り飛ばし、刀身半ばまで突き刺した。一方で右へ回った透夜、百合歌は傾いて露出した敵下部に潜り込みながら、柔らかいであろうその腹を抉る。
「ナイフとフォークじゃなくてごめんなさいね」
百合歌が鬼蛍を紋様に沿って刺しいれると同時に、左手では装填していたショットガンの銃口を押し当て、引鉄を引く。気持ち悪い体液が舞う。
少し離れ、ホバー開口部の1つを銀槍で貫く透夜。彼は貫いたまま
「‥‥独楽の回転を止めるには軸を狙う。簡単な事だ!」
ぐぐ、と僅かに紅く輝きだした槍で強引に薙ぎ払った。
連続攻撃に移ろうとした2人。だがすぐ脇の甲羅の一部が格納庫のように開くと、中から小鼠と手榴弾のような物が転げてくる。それらの幾つかは突如光を発するや、回避する間もなく爆発した。
「ッぐ‥‥」「見え透いた手を‥‥!」
堪らず目を瞑った。焼けた空気が鼻腔を侵略する。辛うじて両腕をかざし致命傷を避けた2人は、急ぎ退避した。
「出てすぐ自爆するとは‥‥!」
「大丈夫‥‥ですかぁ‥‥?!」
跳び退り着地。透夜は追ってきた鼠1匹を一閃して片付け、小鳥の声に反応する。彼の悪態も当然だった。母体の近くで爆発したのだから。しかしその衝撃はカメ自身にも少なからず影響している。間を空ける事なく小鳥、清見、真帆が果敢に接近していった。
「にゃー! それ以上は‥‥やらせない‥‥のですぅー!」
透夜、百合歌の脇を抜け、2人を護るように小鳥は機関銃を撃ち続ける。小柄な体で反動を押え込み弾着を確りと見て。金切声を上げて敵銃弾が飛来し、擦過傷を作る。
その小鳥を追い越し接近を試みる真帆。彼女は小鳥の弾幕の間を縫うように駆け、小型盾で敵弾を弾きながら張り付くと、持ち替えたスコーピオンで残る開口部へ鉛玉をお見舞いした。3連射。小爆発。即座に退避する。彼女の腹を鼠の体当りが襲った。
左側面では神音が小物を片付けつつ完全な背後へ抜け出す。その穴を埋めるべく清見が接近、強化棍棒で銃身を叩き折る。次いで回転させながら一点を突き、深く衝撃を与えた。が、その時、遂にカメが再始動しだした。ホバーが2ヶ所やられているが、まだ不安定に浮く事はできるらしい。つまり。
包囲を脱するべく、遮二無二回転し始めたのである。
「にゃっ‥‥今ならまだぁ‥‥! この距離なら全弾‥‥当てられますぅ‥‥!」
右側から猛烈に射撃を加える小鳥。敵の反撃も考えず張り付くと、ゼロ距離から有りっ丈の力を機関銃に、一気に引鉄を引いた。
轟音が鳴り響く。カメの動きが鈍くなる。安堵しかける小鳥。だが。
そんな彼女の体を鼠が、手榴弾が襲う。さらに全身を打ち砕かんとカメが標的として捉えた。
――ひんっ‥‥!
突出しすぎた。我に返り、身を強張らせた瞬間!
「‥‥人の事は言えないけど」
付かず離れずで的となりカメの射撃をかわし、周囲の被害を減らし続けていたロッテが。
「無茶は程々に」
地を縮める超高速で小鳥の許まで走ると、タックルするように抱えて押し倒した。
直後、風の切れる衝撃。甲羅に仕込まれた銃剣が、すぐ頭上を通り過ぎる。小鳥のワンピ腹部がはらりと切れ、血が一筋流れていた。
「っろ、ろぉっれさぁん‥‥」
「泣かない」
低姿勢で一旦退避する2人。しかし機関銃の物量がなくなった事で、カメは再び回転を増していく。清見が弾き、神音が流れに逆らうように薙ぐが、それだけでは止まらない。そのまま近くの人間を弾くと、盛大に空気を撒き散らし市内方面へ突撃していく。
脅威に感じた相手は振り切るよう設計されていたのか。
攻撃に参加した誰もが予想外の事に出遅れる。ロッテ、清見、百合歌が脚に意識を集中した。敵は一気に加速すると、土煙を上げ包囲を抜け――――、
「簡単には通さないよ」
ガァン‥‥!
刹那。今回常に中距離から後方支援に徹していた男が。その突進を、盾と体で以て受け止めた。
「‥‥ケーキを切る時は、片方で押さえ、ないとね。さあ」
ロッテに支えられた小鳥の体が淡い光に包まれ、傷が癒えていく。
「仕上げと、いこうか」
盾を挟んで5mの敵を必死に抑える真彼の震える声が、無線に響いた‥‥!
●仕上げ
真彼の作った時間を活かすべく、地を縮めたかの如き疾さで間を詰める3人。それを阻もうと、ゴムパインと鼠の残りが体当りをしかけてくる。だが。
「ロッテ、行け!」「お願い‥‥しますぅ!」
透夜が割り込むと、槍を勢いよく回転させ敵を近寄らせない。透夜の旋風が敵を斬り裂き、動きを止める。それを小鳥の機関銃が捉えていく。その隙に清見、百合歌が再接近した。ロッテは彼らの攻撃より僅かに早く、連携のキッカケとなる崩しを作るべく中距離で構える。速度を下げ腰を落とすと、長いキューを首の真横に持ってくる。
「暗き世界へ堕ちよ‥‥ヴァ・アランフェール!」2度3度と高速で突き、その度に超自然の力がカメの動きを縛る。「地獄が待ってるわ」
ロッテの知覚攻撃が直に効き、次いで真帆がスパークマシンを操りさらに隙を作る。何が空気を震わせるのか、カメが苦しげに怒り狂う咆哮を発する。
「それなら、私は悪魔のトリルでも弾いてあげましょうか」
清見が棍棒を思い切り振って横方向の衝撃を与える。同時に突き出た銃身を折りながら飛び乗り、頭頂部の砲身を両断する百合歌。即座に鬼蛍を逆手に持ち直すと、甲羅に刃を突き立てた!
「緋室さん!」
「大丈夫‥‥」
予想以上に硬く、一気に倒せない。8人中おそらく最大の物理攻撃力を誇る神音の名を清見が呼ぶ。だがその時には彼女は既に距離を詰めていた。清見の瞳に淡い光と黒髪が流れていくのが映る。
「夢幻の如く、血桜と散れ」
月詠二刀が燐光を反射する。美しい2本の軌跡が敵へと吸い込まれ、そして
「――剣技・桜花幻影」
傾き始めた秋空に、断末魔の絶叫が響いた。
●犠牲と、その先
3時間が経ち、夜の帳が生者と死者に等しく下りる。
それでもまだ戦場整理が行われていく。粛々と、死者を慈しむよう、ゆっくりと。
真彼、清見、百合歌の3人は死傷者の収容を手伝っていた。
「軽傷の人は俺と智久さんが‥‥」
声の限り、呼びかける清見。辺りを支配するのは生々しい呻き声と、
「あの馬鹿が。クソ‥‥」
悲痛な感情。それらを糧に勝利を積み重ねるしかないのだと、否応無く思い知らされる。
「マドリードは無事よ。被害は‥‥」
『そ‥‥ですか』
「村の方に来なくて‥‥よかったですぅー。その‥‥無事でぇ‥‥」
『‥‥鳥サン達こそ無‥‥‥‥ありが‥‥』
ロッテと小鳥は森の能力者に連絡を取っていた。横で透夜が小鳥の肩に付いた砂を払ってやる。
とそこに、夜目に映える金糸の女性がやってくる。彼女は医療班に素早く指示を出すと、誰かを探すように見回す。そして膝立ちの真彼の所で動きを止め、歩を進めた。
足音に気付き顔を上げる真彼。僅かに目を見開く。数秒視線を交わし、治療を再開した。
「‥‥あんまり、心配かけさせないで。ね」
その姿にやや怒ったような声色で、彼女。
「何か仕掛けでも作っておけば死ななかった人もいる。どうすれば良かったと思う‥‥?」
何かを堪えるように。
真彼のその問いに完全な解を与えられる者などいない。それでも戦場を見る度に思わずにはいられないのだ。
そうして、様々な思惑と共に見慣れない実験的キメラの襲撃は終りを告げた。
‥‥激動の予感を、十二分に孕ませたまま――――。
<了>