タイトル:逃げた矜持を取り戻せ!マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/10/08 02:03

●オープニング本文


「左から敵側背に突っ込ませろ。中央、右翼は我慢し、敵右翼から漸次包囲に移行する」
 西仏国境付近。散発的にやってくる敵キメラ集団。それを初老に入ろうかという指揮官が戦線に拠り、見事に撃退していく。白煙と黒煙が入り混じり、司令部の視界を奪う。雷鳴の如き轟音が間断なく続き、各所で奮戦している気配。
 普通の戦闘。いや、上手い具合に勝てそうな戦闘。敵は中型程度までのキメラだけとはいえ、よく訓練されている軍による、見本のような戦闘。ただ、普通と違ったのは、
「今から前線視察に行こうと思うのだが、君らもどうかね。参謀畑の人間は後方の机上で作戦を練り督戦するだけでいいと考えがちだが、それは間違っている‥‥」
 素晴らしい考えを展開する指揮官が、
 ――頭に聳え立つ黒いシルクハット。地を刺し貫く茶色いステッキ。ゆったりと洒落たモーニング姿。
 ひどく場違いなお姿である事だった。
 アーサー・ピクトンという名を聞けば、「元からおかしかったのか、その名がそうさせたのか」などと言いたくなる人もいるだろう。
 と、左の方から喊声が上がった。突入したか。
「通信士、一つも漏らすなよ」
 にやりと笑い、白くなった顎ヒゲに触れる指揮官。が、その時。
 斜め後ろから、長い咆哮。
 振り返る指揮官に、襲い掛かる小型犬型キメラ。老人を押し倒す。シルクハットが風に舞う。無情に振るわれる爪。それが肩口を捉え、そのまま指揮官の身体を引き裂かんとし、
「ッぅおおぉォオォ!!!!」
 決死の覚悟で幕僚長がSES付与の大剣を薙ぎ払った!
 咄嗟に跳ね、かわす犬。その隙に他の幕僚が指揮官を助け起こす。幕僚長は犬を見据えたまま、大剣をめちゃくちゃに振り回す。絶対に退かないという決意を表すように。
 当然、彼はエミタなど埋め込んでいない。だがその勢いが、敵の犬としての本能を刺激しつつあった。血走った眼で吼える幕僚長と、じりじり後退していく小型犬。対峙はどれほどだったか。その終わりは、感動的な光景だった。
 高い、高い咆哮と共に、キメラである犬が落ちたシルクハットを引っ掛けつつ逃走したのである。
 指揮官への、敬意の勝利だった‥‥。のだが。
「はあぁあっ?!!!」
 ピクトンが妙な声を上げると、幕僚長に掴みかかってさらに怒鳴る。
「ど、どどどこに行った! あの犬めはどこに逃げた!!」
「は、はぁ‥‥向こうの小さい倉庫のような所へ逃げ込みましたが。私の力に恐れをなして‥‥」
「おおお恐れだのなんだのはどうでもよいッ‥‥私のシルクハットを‥‥あれを取り戻してこい!!!!」
 ‥‥‥‥。それだけでも唖然、といった周囲だったが、混乱の極みにある指揮官に、さらなる悲報が訪れた。
「失礼します! 先程の後方からの襲撃に合わせ、我々の野営地にも犬が襲撃した模様。それで、その‥‥」
 その報せを受取った兵は、やや言いよどみ、そして言い放った。
「少将の幕舎にも被害が‥‥それでその、荷物が荒らされ‥‥シルクハットが、複数紛失したかと」
「‥‥そいつらはどこへ行った」
「は、はい。先程の犬と同じ種類のようですので、結局は集合する筈だと推測されますが」
「ならば倉庫、か‥‥ゆくぞ! 私の命を取り返すのだ!!」
「お、お待ち下さい!」
 幕僚長が涙目で言葉を挟む。普段は非常に良い上官なのに、こと戦場での自らの服装となると狂ったようにこだわりを見せる指揮官。もはや諦めの境地だった。
「我々では犬ごと穴だらけにし‥‥もとい、我々が戦線に穴を開けるわけにはいきません。ここはせめて、せめて傭兵に依頼を!」
「うむ‥‥! 確かに‥‥、では、私のシルクハットを全て、被れる状態で傭兵らに取り返してきてもらおう。犬どもめは倉庫で今頃がたがたと震えて隠れているだろうな。‥‥む、そうだ」
 ピクトンはさも良い事を思いついた、と言わんばかりに。
「全て取り返した上で、今、私が被りたい色をチョイスしてもらおうか。最低限、その選択さえ良ければ、全てを取り戻さなくともよい。私の気分に合わず、全てを取り戻せなんだ場合は‥‥まあ、言うまい」
 そして最後に付け足した。
「そうだな。大規模作戦が発令された今、私も軍人として思いきり戦いたい。が、一方で孫娘の誕生日が近くてな‥‥そんな私の感情を表すような、あるいはこうした方がいい、と語ってくれるシルクハットが理想だ」
 部下がメモを取り、通信機に走る。
「ふむ、そのシルクハットを選んだ理由も聞いてみたいところだな。こうなってみるとある種楽しみではある‥‥っと、敵キメラの様子はどうだ?」
 ULTに連絡を入れる部下を眺めつつ、彼は戦況へと無理矢理頭を戻した。

●参加者一覧

幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
リュイン・グンベ(ga3871
23歳・♀・PN
諫早 清見(ga4915
20歳・♂・BM
アズメリア・カンス(ga8233
24歳・♀・AA
ミスティ・K・ブランド(gb2310
20歳・♀・DG

●リプレイ本文

「さて、疾く行くぞ。‥‥早く持って行かんとあの部隊が危うい」
 リュイン・カミーユ(ga3871)が苦笑しつつ、倉庫に辿り着いて早々、扉を開け放った。
『――■■!』
「ひぁうっ」
 湿った空気と共に、中から飛び掛ってくる影!
 子犬キメラがリュインを弾き、ぺたんと倒れた幸臼・小鳥(ga0067)の横を抜け、外へ駆け出す。即座に追うホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)とミスティ・K・ブランド(gb2310)。
「冒頭から逃がすわけがないだろう」
 AU−KVを着込んだミスティの脚部に光が生じ急加速、一瞬にして先回りに成功する。さらにスパークは全身へ広がり、そのまま裂帛の気合と共に敵を蛇剋で押し返した。軽い敵の悲鳴。
 よろけた子犬の下半身を、背後からホアキンが両断する。生々しい音が響き、子犬の血は地面に吸い込まれていった。ゆっくり近付き、その身体の脇に転がったシルクハットを取り上げる。
「着衣への拘りか‥‥」埃を払ってやり、「大切なものは人によって様々。拗ねられて戦況に影響が出ては困るし、迅速にやろう」
「うん。それでピクトンさんが自分を鼓舞できて周りの人も迷惑してないなら、防御力より重要かもだよね」
「ピクトン氏もキメラも、シルクハットを持ってどうするつもりなのかという気はするけど‥‥気にしても仕方ないわね」
 諫早 清見(ga4915)は明るく、アズメリア・カンス(ga8233)は多少呆れを含ませて。
「拘りは俺もよく解らないけど、きっとどれも大切な思い入れがあるんだよっ」
「泣いたりしても‥‥可哀想なので‥‥頑張りましょぅー」
 服に付いた砂を払い、小鳥がぐっと小さい拳を握る。ちらりと覗くレオタードと、ややずれた伊達眼鏡が妙な魅力を醸し出していた。
「キメラの対応より帽子を先に心配するのは、少し‥‥だがな‥‥」
 依頼を受けて今さらながら、なんとも言えない苦い表情をするリュイン。ふと遠く後ろを見ると、装甲車の上にモーニング姿の誰かがいた。
「‥‥今度こそ行くぞ。早く入らねば怒鳴り込んできそうだ」
 1つ目は灰色。残るは8種。
 リュインが先頭で躊躇すらなく足を踏み入れ、5人が後に続いた。

●1階
「村の人の話では‥‥」
 清見が事前に幕僚に聞いた情報を伝える。倉庫内の配置は解らなかったが、それで1階と地下の電源場所は判明した。また目撃された敵総数は約10匹という指針もでき、おかげでやりやすくなる。
 ホアキンがそこの壁にあったスイッチを押す。頼りない電灯が点滅し、ジー、と低い音が耳に障る。眼前に、放り込まれたと表現するに相応しい山々が現れた。
「‥‥ここが整理されてよく使われてるという期待はしないでおこう」
 一方で両開きの扉を閉じ、ランタンを灯すミスティ。
「ドラグーンというのも存外不便でな。流石にこの狭さに分け入るのは腰が引ける。私は万一に備えて待機するとしよう」
 探索、開始。

A:小鳥、アズメリア
B:リュイン、清見
C:ホアキン、ミスティ

「どこに‥‥潜んでる‥‥でしょうねぇ‥‥」
 右回りに探索するA班。小鳥がそろそろと下45度辺りを凝視したまま探す。鍬、斧、テント‥‥。アズメリアの方は、小鳥が下を向いて前を行く穴を埋めるように側面、特に物が重なった隙間等を注意する。時折、足元の覚束ない小鳥に目をやりつつ。
「攻撃も‥‥帽子を傷つけては‥‥いけないんですよねぇ」
 独り言のように、小鳥。が。
 向こうの班の声が‥‥聞こえますぅ‥‥。
 我知らず「ぁぅ」と漏らし、寂しげに前進する小鳥である。
「‥‥そうね。弓は誤射と、周りの物に気をつけて。出来る限り私が前で警戒するから」
 いたたまれなかったのか、言葉を返すアズメリア。途端に小鳥の雰囲気が明るくなる。
「お願い‥‥しますぅー」
 後ろを向きふにゃ、と相貌を崩す小鳥に、アズメリアが小さく嘆息して前を見る。刹那。
「ッ伏せて!」
「ぇ‥‥?」
 反応できない小鳥を強引に引き倒すアズメリア。体当りが止まらず、2人の頭上を跳んでいく敵。アズメリアは即座に起きながら月詠を縦に斬り上げる!
 一太刀で敵は下腹を半分裂かれ、早くも逃げ腰になる。そこに
「そこですぅ!」
 小型弓を強烈に引き絞り、器用にアズメリアの脇を抜けていく一矢。それは過たず、よろけた犬の腰から胸部へ突き刺さった。
 どさ、と絶命する犬。残り約9匹。
「‥‥シルクハットはどこに‥‥」
「近くに隠して‥‥うー‥‥こことかぁ‥‥あっ」
 日本の千歯こきのような物の隙間に潜り、見事探し当てる小鳥。羽のような所を持ち引き寄せ、
「ありま‥‥っひらぁ?!」
 瞬間、ガォン!
 盛大な音を立て、小鳥の後頭部が農具と決闘し。結果は当然、
「‥‥大丈夫?」
 今にも泣きそうな小鳥に、アズメリアの声は届かなかった。

 同時刻。妙な金属音を遠く聞きながら、リュインと清見は左回りに探索を続けていた。
「何処ぞにひっかけてくれていたら良いのにな‥‥いや、1つはある、か」
「っうん、俺の方は持って、ないし、それに子犬より、大きいから、!」
 いかにも害虫を払う、といった調子のリュイン。背中合せの清見は慣れない棍棒を突く度に多少力が入る。2人の長物が、足の爪が小さく振るわれるに従い2匹の血潮がトラクターに飛散する。
「それにしても、あの男はシルクハットで自らの士気は揚がるのか?」
 リュインはリズムをずらして敵の体を蹴り上げると、追従するように近くのタイヤを蹴り跳躍、そのまま鬼蛍を斜め上に突き刺した。根元までだらりとした肉塊が入り込み気持ち悪い。はらりと舞った青い帽子を取りながら着地し、無造作に敵の体を振り捨てる。
「さあ‥‥人に貰った、とか、かなっ」
 唐竹に打ち下ろす。速度の乗った棍棒を潜り、犬が清見の手首に前足を振るう。一瞬の判断で棍棒を手放す清見。その打撃をかわすと同時に、後ろへ倒れ気味に足爪で敵腹部を抉った。犬の高い悲鳴が僅かに零れる。その体が宙を飛び、トラクターの上に墜ちた。
「‥‥全く。こやつらも何故払い落とさなかったのか」
「帽子の形が好きなのかも。なら俺のハットで気を引け‥‥」
 清見が言いかけた時、視界の端を駆け抜ける影!
「っ邪魔な‥‥!」
 2人が追おうとするが、荷がそれを遮る。
「C班、少なくとも1匹! 逃すなよ?」
 リュインが無線に叫んだ。

 リュインの声が無線を通じて瞬時に入口へ届く。それと前後するように急接近してくる気配。ホアキンは右手の円盾、ミスティは堅さを重視した盾を構え、前方足下から来るであろう敵を食い止めるべく腰を落とす。
 薄暗い中で暗視装置をつけているホアキン。多少なりとも電灯が点いていては見え辛い。が、なんとか移動する熱源を捉える。それは勢いままに何かに上り、唐突に速度を増す!
「来る‥‥!」
 乱暴に外し、肉眼へ。同時に中空に犬が現れた。
 衝撃。衝撃。落下速度を強靭な体躯に。盾の小ささに釣られたか、ホアキンに体当たり、直後に腿を喰い千切らんと襲い掛かる。頭に掛かったシルクハットが邪魔だが、体捌きでいなし、左の刃を突き立て、払う。
 斬。どろりと濁った血が、倒れ伏した犬を染める。
「‥‥少将の大切なもの、返してもらおうか」
 腰を曲げ、顔にかかる髪を気にせず。ホアキンが紫のそれを拾い上げ、
「またか‥‥! 左右から退避してきているのか?」
 ホアキンの前に立ち、盾で新たな1匹を受けるミスティ。衝撃を流しきれず左手首にやや鈍痛。構わず盾で弾き、右の短剣で突き、薙ぐ。首筋に牙を突き立てんと敵が跳ぶ!
 右腕で受け、振り払う。さらにミスティは逆手に持ち直した蛇剋をその背に振り下ろした。
 軽く息を吐く。
「奇妙なキメラだ。帽子を持っていったと思えば、置いて向かってくる‥‥」
「気に入ったからこそ、隠したのではないかな」
 答えるホアキン。再び暗視装置を起動し、熱源を探る。見辛い点もあるが、敵影は見当たらない。
『各班帽子捜索後、地下入口に集合しよう』

 7分後、小さめの階段に集まる6人。成果は敵6匹撃破。灰、赤、青、紫、翠緑の帽子獲得となっていた。

●地下貯蔵庫
 壁一面に棚が設けられ、食料で半分ほどが埋まっていた。中央には仕切りのように背の低い棚、そして干物が吊るされている。
「案外広い‥‥ですねぇ」
 暗視装置越しに見、小鳥。
「地下は電気もない、か」ホアキンが幾度かスイッチを切り替え、「階上で俺達が待機しているから、犬ではなく帽子を第一に頼む」
 リュイン、清見、アズメリアが懐中電灯、ランタンを点け出発した。小鳥は光源が目に入る事を用心して暗視装置を外し、アズメリアのランタンの方を借りる。
 1階同様、右にA、左にB班。光芒が4人を浮かび上がらせる。
「今日は転ばないように‥‥」
 やはり小鳥は下方をじっと見て。アズメリアが前に立ち、前180度をカバーする。
「気をつけ‥‥」
「出来れば敵に気をつけてほしいけ‥‥」
「ないとぉ‥‥っわきゃぅ?!」
 嘆息するアズメリアの耳に入る、小鳥の声。後ろを向くと、
「な、な‥‥何か頭に乗ってますぅ?!」
 小鳥の後頭部に、まさに鋭い爪を振り下ろさんとする子犬の姿!
「ぅ‥‥は、離れなさい!」
 爪が側頭部をはたく。
 小鳥の頭に、溢れそうな茶もこもこ。そして尻尾にかかった黒い普通の帽子。僅かに手元を狂わせかけるが、直後にアズメリアは刀を突く。
「みゃぁ!」
 はらりと一筋の銀糸が床に落ちる。しゃがむ小鳥。それに乗じて敵はアズメリアに跳びかかった。交差気味に右腕を引き裂く。だが大して斬れない。アズメリアを脅威に感じたか、敵は着地後再び小鳥に走る。
「にゃ‥‥近づいちゃダメですぅ!」
 視界が暗く、近すぎる。初めて使う足爪に不安を覚え、だが意を決して突進してくる敵に足を振り上げた。確かな感触を掴み、一気に蹴り飛ばす。懐中電灯の範囲に血が飛び散る。同時にアズメリアが追撃。
「シルクハットは取り返させてもらうわよ」
 今度は微かなブレもない。宙に舞った黒い帽子を左手で掴みながら放たれる美しい軌道が、呆気なく犬の体を二分した。

 何重もの干物を挟んだ隣で聞こえる戦闘音を意識しながら、B班2人はさらに奥へ進んでいく。上で倒した1匹が持っていた物か、ピンクの奇怪な帽子は発見済である。
「‥‥我もこんな色が似合えば‥‥あやつももっと‥‥?」
 本当に、ふと。
 リュインは桃色を見つめるうち、1人の顔を浮かべていた。その声が脳にリフレインし、脳髄を甘く揺さぶる。
 我だけを見ていろ。我と、もっと。
 強くもない敵相手、無意識に気も緩んでいたのだろう。難しい想いを独りごちた時、
「っリュインさん、来てるよ! あと覚醒解けてるっ」
 清見の警告がリュインを現実に引き戻す。再覚醒、体当りを即座に刀の腹で受けた。
 だが流石に歴戦の彼女。次の行動は早かった。
「ッ‥‥汝らには必要のないものだ。返してもらうぞ」
 敵の頭の白い帽子を傷つけないよう前足を斬り払う。地下に響く絶叫には無反応。斬りかけるが、帽子が前にずれ落ちてきた。咄嗟に敵を足爪のない方で真上に蹴り上げる。
「諫早、打て!」
 床に落ちた白シルクハットを拾い上げ、リュイン。天井近くから敵が降ってくる。
「流石に振り回せないよっ」
 清見が右の棍棒を引き、左腕を前に狙い定める。必殺の刺突。一点を見据え、獲物を待つ。数秒の空白。短い呼気と共にそれが炸裂した。
 ガァン!
 壁際の棚にぶち当たる敵。痙攣ののち、絶命した。
 そしてほぼ同じ時。視界は変わらず懐中電灯のみ。が、直感だけでリュインは、清見と反対側の地下中央棚、米袋の脇に刀を刺し入れていた。死線で培われたそれは
『――■■ッ!』
 隠れていた犬に正確に突き刺さり、敵はリュインの逆、A班の方へ飛び出した。
「行ったぞ! ぶちまけろ!」

「了解‥‥」

 前方を照らす一条の光。それが素早く暗闇を索敵し、下方の影を捉えた。
「これがシルクハットを持ってる事を願うわ」
 力強い踏み込みからの凄まじい斬り上げ。アズメリアの月詠が暗闇に煌く。一瞬映した影の移動を読み、真中を切り離すように。
 斬。犬が直前の勢いのまま前に滑り、床に臓器を曝け出した。眉間を僅かに険しくしつつも躊躇なく死体に光を当てるアズメリア。
「うー‥‥ぁ、ありましたかぁ‥‥?」
 なるべくそちらを視界に入れず、小鳥。干物の向こうからもリュインが問いかける。
「ええ、任務完了。帰りましょう」
 紅玉付の帽子の鍔に触れた。

●戻る矜持
「いや、流石に傭兵は丁寧な仕事だ。ありがとう‥‥!!」
 持ち帰った9種のシルクハットを順に眺め、手に取り確かめる少将。心底嬉しそうな彼に呼応するように、部隊も今回の襲撃を完全撃退していた。
「‥‥して、どれがよいと思う」
 神妙に問い質す少将だが、内容は帽子選びである。
「私は‥‥赤い羽のを‥‥」
「ほう。何故かね」
「その‥‥お孫さんと作戦‥‥両方の為に‥‥真っ赤に元気に‥‥とかぁ‥‥」
 小鳥がほぼ初対面の年配男性に精一杯意見を述べる。
「ふむ。何事も元気が1番、とな。孫も羽が好きみたいだ」
 他にはないか。彼が周囲を見ると、ホアキンが進み出て紅玉付を取り、失礼、と被せた。
「‥‥何故、これを?」
「一方で大規模作戦へ臨み、また一方でお孫さんのお誕生日を祝われる。フォーマルな中に高級感をあしらった物ではいかがかと」
 リュインもそれを援護する。
「孫娘を愛おしむ『情熱』。戦いへの『勇気』。未来への『自由』。ルビーは現状の全てを表現していると思わんか?」
「石言葉かね」
「ちなみに我の誕生石でもあるからご利益はお墨付きだ」
「ほう。だのに誰ぞ薬指に嵌めてくれる者はおらんのか?」
「うむ、それがなかなかソウ‥‥ッ勝手にどこへなり行け!」
 せっかく我が考えて、と激昂気味に愚痴るが、やや紅潮した頬を隠せないリュイン。ピクトンは悪ガキのように笑っていた。
「私は黒のどちらか、ね」呆れつつアズメリアが「飾り気のない黒だからこそ、戦いと誕生日、相反する事象を表せると思うから」
「お、おおなるほど。他の服が大事になるな。そっちの2人はどうだ」
 清見とミスティに話を振る。
「俺ならいつもの装備かな」
「ああ。私も黒を推そう。常に普段と変わらず、生きて帰る決意。それを示す為に、敢えて普通でいるべきだと思う」
「無事な姿を見せるのが一番だけどねっ」
「まあ、な。それで優しく抱き締めてやればいい」
 口調と異なり、意外に暖かい事を言うミスティである。
「うむ‥‥」
 全体的に黒系が優勢らしい。ピクトンはしばらく迷い、6人の姿を見定める。
 目を瞑り、数分の無言。そして咳払いののち、告げた。
「では黒のルビー付にするとしよう。安心させる意味でな。奇抜さは他で補うか」
 ありがとう、と重ねて礼を言う。
「‥‥。頑張って‥‥下さぃー‥‥?」
 小首を傾げた小鳥の目には、妙に晴れやかな少将の顔が映っていた。

<了>