タイトル:囚われた妖精マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/09/07 09:50

●オープニング本文


 船がゆく。北海を、南から北へ。
 ゆらゆらと、定まる事を知らず。ただ、それをする事が世界の真理だと言わんばかりに。
 その迷いのない揺れは、上に乗る人間の身体を揺さぶり、時に心にすら訴えかける、のかもしれない。
「――――とかね」
 豪華とは言えない客船の甲板で、少女が金糸を風に任せる。テーブルには何もなく、人目を憚らずにゴシックなワンピースから足を前に投げ出して座る。傍にいるであろう執事は諦めたように何も言わず、ただ波と他人のざわめきだけが意識を遮る。
 小さく、息を吐く。
 コネもないのに今さら軍の、しかも戦局に影響を与えられる程の人間になるには遅すぎる。下手に下士官にでもなれば、本当に自分が必要な場所で戦えない。かといってこのまま個人で抵抗し続けるにも、非能力者には限度がある。
「‥‥そんな事、‥‥」
「お嬢様、そろそろ」
 執事に促され、客室へ戻る。この船では1番高いが、非常識に豪奢ではない部屋。
 ひとまず故郷に帰り、それからまた、考えよう。
 金髪の少女――ヒメが発展途上の胸にもやもやを仕舞いこみ、扉を開けようとしたその時。
『‥‥‥‥てぇ〜‥‥、れかぁ‥‥』
 微かに、下の方から何かが聞こえてきた。その声らしき響きはひどく不安定で、少しでも振動を与えたくないような‥‥。
「爺や」ヒメが素早く振り向き、「船に傭兵が乗ってないか探して。いなかったらULTに連絡」
 執事は眼光鋭く諌めようとするが、やはり無駄だと解っているのか、しばらくして。
「‥‥では、今夜無事に眠る時は私が久々に絵本を朗読してさしあげましょう」
「お願い、それだけはやめて」
「いやいや、老人の心を痛める罰ですからな」
 執事は心労を押し殺し、にやりと笑った。

 下へ降りていく。コツコツと靴が音を立てる。
 途中船員が歩いているのは見えたが、普通に隠れてやりすごす。そうして船員に気を取られるうち、いつの間にか声はしなくなっていた。
「ここ‥‥?」
 最下部に程近い船室。多少かび臭いその扉を開ける。
 中は、船室というより、ついでに運んでいる貨物やバラストを積んでおく船倉のような場所だった。天井は小さめの2階建てくらいで、面積は解らないが、木箱が多く積まれている。そのどこかから。
「‥‥だれかぁ〜‥‥助けてぇぇ〜‥‥」
「異常事態?」
 か細い声にヒメが答え、ひとまず左の方へ向かおうとすると、
「あっ、あ、あ、そんな動かないでっ!? ゆっくり、静かにお願いします〜‥‥っ」
「‥‥‥‥。入り口から、どっち?」
「えっと‥‥まず左の道に入って、最初の角を左に曲がって、次に2番目の角を右に曲がったら多分見えます〜」
 箱で出来た細い迷路を辿り、指定先へ行ってみると、そこには。
 ごちゃ。
 という形容がぴったりの、崩れた積荷集団。その中央に、東洋系の少女が埋まっていた。フレームの曲がった眼鏡をしているが、崩れた拍子に怪我をしていないらしい事については僥倖としか言いようがない。
「‥‥‥‥」
「そんな目で見ないでよ〜」
「で、どうして出ないの?」
「そ、そ、それなんだけどねっ、聞い‥‥」
 てよ〜、と自ら大きくなった声を落として、囁く。
『そこの瓶、何かヘンなのが入ってるなぁって見てみたのね。そしたらなんと動いたのっ、中の虫が〜‥‥!』
 少女の言葉に従い、崩れた箱を覗いてみる。するとそこには、
「‥‥なんて物を積み込まれてんのよ、この船。ファンタジーの生物なんか捕まえて‥‥」
 親バグア派の破壊工作だろうか。
 ヒメは震える身体を無理矢理押さえ、複数の箱に収められた瓶詰めの『妖精』を見た‥‥。

▼略地図 (■は積荷の入った箱が積まれている)
 現場  ■■■■■■ ■■■
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                 入口

●参加者一覧

ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
シャロン・エイヴァリー(ga1843
23歳・♀・AA
智久 百合歌(ga4980
25歳・♀・PN
風羽・シン(ga8190
28歳・♂・PN
アズメリア・カンス(ga8233
24歳・♀・AA
九条・縁(ga8248
22歳・♂・AA
優(ga8480
23歳・♀・DF

●リプレイ本文

 執事が駆ける。下手な人物には事情を話さず、秘密裏に。そんな彼の前に現れたのが
「貴女様は」
「‥‥以前、お会いしましたか。お久しぶりです。何か‥‥」
 優(ga8480)だった。船の下層に何かあるかもしれない旨を告げ、2人で向かう事に。が、さらに2人の前に現れたのは、廊下を歩く銀の女性。凛とした佇まいから漏れる、同業の気配。
「もしや傭兵の方でございませんか?」
 素早く声をかける執事。女性は突然の事に目を見開く。が、それもごく僅か。
「‥‥執事サン、鑑定眼の鋭いこと」
 手伝える事はあるかしら。優の姿を見、何かを察したように女性――智久 百合歌(ga4980)が申し出た。

『――という現状ね。どうなるか解らないけど、念の為に緩衝材はあった方がいいかも』
 高速艇備付の無線から百合歌の澄んだ声が流れ、そこに乗った6人は各々の装備を多少変更する。今回は依頼文が不明瞭だった為に様々持ってきたのだが、偶然にも件の船に百合歌と優が乗り合わせたおかげで高速艇にて装備を整える事ができた。
『先に現場で周辺警戒、現状維持しています。そちらは船長以下と‥‥』
「確認後、積荷と乗客リストを受け取ってから行くわ」
 優の言葉をロッテ・ヴァステル(ga0066)が引継ぐ。
「瓶詰め妖精‥‥一体誰がどう持ち込んだのか」
「危害がないならお部屋に一つどうですか、なんて言いたいところだけど‥‥こんな手の込んだ真似をしてる以上、野に放たれた獣よりかえって危なっかしいわね」
「でも‥‥見てみたいですぅー‥‥血を吸われたりは‥‥怖いですけどぉ」
 シャロン・エイヴァリー(ga1843)の金糸が風になびき、それを幸臼・小鳥(ga0067)は直に受け、猫のように丸い手で払う。海空自在の高速艇だが、今は着水して速度も遅い。窓から爽やかな匂いが機内に入り込んでいた。
「そんな風に見た目に騙されて近付いたトコをがぶりか、何処からともなく群が襲い掛かってくるか。兎に角キメラである以上、碌でもねぇ奴だってのだけは確実だな」
 下手すれば飼う、などと言いそうな小鳥を視界に捉え、風羽・シン(ga8190)がある種無情に言い放つ。
「そうね。得体の知れない物が海上を運ばれている時点で、物語の可愛い悪戯好きの妖精とは絶対に思うべきではないし、断固存在すら許すべきじゃない‥‥」
 アズメリア・カンス(ga8233)も冷たく言い捨てる。やや過剰な物言いが逆に意識している気がしなくはないが、気付く者はいなかった。そこに、
「おいおい解ってねーなぁ‥‥」
 大仰に両手を広げ、首を振る九条・縁(ga8248)。拳を握って何事か言い始める。アリスパックから何故か水着がはみ出ていた。
「船でトラブル、すなわち密輸! 立ち込める黒い影! 迫り来るキメラ! つまり! マフィアとのドンパチだッ!」
 くぅ、などと悶えつつ、銃を構える演技に興ずる縁である。
「銃は持っているの?」
「おお! 俺のエネガンが火ィ噴くぜ!」
「‥‥船に大穴開けるつもりかしら」
「そ、そうか、俺の強大すぎる力が‥‥」
 もはや突っ込む気も失せるロッテである。そんな折、ようやく船が見えてきた。横付けする。6人が橋をかける。
「今度の即興劇‥‥受難劇か、それとも喜劇か」
 船に歩を進める毎にロッテの髪が蒼へと変わりゆく。幻想的な光景ではあるが
「ひぐ!? い、いはいですぅー‥‥」
 背後で躓いて顔から乗船する小鳥が現実すぎた。その後ろ、ワンピが捲れ露わになったブルマを脳内保存しようとした縁が、シャロンに叱られる。
 不思議集団。だがそんな彼らの姿を、甲板の1人が熱心に観察していた。

●想い
「とりあえず‥‥船長さんの所にぃ。説明しないわけにも‥‥いかないですしねぇ」
「乗客にはさっきの縁の妄想で誤魔化すか」
 シンがしれっと言ってのける。
「密輸品の臨検、の方が確かにまだマシね」
 アズメリアが同意し、出迎えに来た副船長らしき人に6人でついていく。
 扉を開け、階段を上り。操舵室に入る。お互い挨拶はそこそこに情報交換。初め半信半疑だった船長も、話を進めるにつれ流石に遊戯でやるわけがないと納得、全面協力してくれる事になった。まずロッテの要望に従い、揺れを最小限に抑えるべく付近の良い地点に船を止めてもらう。
 だがそれも時間が多少かかる。その間に6人は乗客・積荷リストを貰って軽く調査しつつ船倉へ向かう事にした。に、しても。
「全く‥‥何処の大馬鹿者よ」
 乗客数はともかく、積荷は意外と結構多い。ついロッテが恨み言を零す。
「‥‥それでも。騒ぎが必要以上に大きくならないように、迅速に行動しないとね」
 アズメリアが無感動に促した。

 下層へ向かった3人はまずヒメに呼びかけ、そしてこの船倉を突き止めた。そこで慎重にこの山を抜けて現場へ着き、全ての事情を知り、普段傭兵の使う周波数で外部に連絡を取ったのだが。
「それにしても‥‥ファンタジーね」
 百合歌が瓶を覗き。外で暴れる敵とは別の雰囲気がある。だがそれより気になるのが、そもそも何故大人しくしているのか。やはり親バグア派に封入され、何か命令されているのか。だとすれば怪しいのは。
 ――疑いたくはないけど、うっかりサンな親バグア派とも限らないもの。
 優に目配せする。黒髪少女に気をつけよう、と。同様の考えか、微かに頷く優。
「ヒメさん、これを。SESは使えなくても丸腰よりはいいですから」
 優が氷雨を貸す。受取るヒメ。その刀身は持たざる者を峻別するよう。
 そこに、簡易調査を終えた6人がやって来た。

●船倉
「あまり当たれなかったけど‥‥目ぼしい乗客はいなかったわ」
 不審人物でもいたら縛り倒してやったのに。ロッテが軽く嘆息する。
 肝心の妖精対策は、その場では破壊せず慎重に運び出し、LHの研究機関へ預ける事になっていた。
「数も能力も解らない以上、安易な戦闘は避けたいわ。船体を壊すわけにはいかないものね」
 シャロンが勝気な瞳で思慮深く。そこで船倉班と見張り班に分かれての作業へ。外での見張りは主に親バグア派を警戒。中では根気強い手作業が必要となってくる。
「私は船倉で瓶の運び出し、それと他にいないか探索するわ」
「妥当なところか」「ふ‥‥俺のプチプチ術が役立つ時が来たようだなッ」
 シンにかぶせるように縁が緩衝材を取り出し、何故か燃える。
「貴女達にも危険が及ぶかもしれないから、一緒に外で見届けてくれるかしら?」
 巻き込まれた2人に百合歌。慎重に散乱していた物を除け、現場を離れようとする。だがそこで予想外の声がかかった。
「ヒメさん、手伝いますか? 私も傍で作業してフォローする形になりますが」
 それは優。眉間を険しくして秘かに息を吐いたヒメの姿を、優は捉えていた。ヒメが驚いたように見る。が、自ら。
「‥‥非能力者は効率が悪くなる」
「でしたら入口で緩衝材を巻いた瓶を纏めて梱包する作業では」
 周囲を窺うヒメ。百合歌は苦笑したまま。元気がよすぎると言われるのは自分も同じ。この積極性を否定できなかった。
「じゃ、始めようぜ!」
 縁の号令で作業開始となる。外に向かう見張りと黒髪少女。
 ところがその背に。
「‥‥で、何で嬢ちゃんはこんな所にいたの?」
 さも何でもないように核心に触れる縁。少女はびくりと肩を震わせ無言。床板が軋む。
 ‥‥。諦めた縁は「俺奥の方な」と瓶を探しに行った。一抹の不安を残したまま、妖精探しは始まる。

 奥から縁、シン、シャロン。入口付近に優とヒメ。少しずつ木箱を切り崩し、中を見、検閲済の山を地道に作っていく。各自作業し、瓶が見つかれば緩衝材で包み入口の方に渡していく流れ作業。瓶以下の荷は完全に無視するシンの案で半分程「じっくり調べる」箱は減ったが、それでも数と部屋の狭さは敵だった。
「ナックル型なら手を塞がないし、小さな目標に当てやすい、よね」
 使う機会がないのが1番だけど。シャロンが豪力を発現し箱を掴む。上から取り、調べ、邪魔にならない場所へ。連綿と続く作業。明るい相貌に汗が滲む。
ようやく5分の3が終った頃か。
 カキ‥‥ッ!
 積荷表に目を通しつつ不用意に手を突っ込んでしまったシン。不吉な音を聞いた時には妖精が飛び出していた。
「悪い、敵警戒!」
 警告と共に短剣を握る。狭い。敵は鱗粉を振りまき中空を飛ぶ。殴るように短剣を突き出すシン。さらに巧みに1回転、左の逆手を繰り出す。奥に逃げる敵。と、妖精がこちらを向き何かを召喚するように羽を広げる。同時にシンを不可視の波動が襲った。
「ッ援護はいらん! 持ち場を警戒してくれ!」
 痛みを堪え周りを見る。崩れていない。仲間も影響なし。ならば倒すのみ‥‥!
 左の短剣を投擲、飛ぶ敵を通路上に縫い付ける。その間に低姿勢から一気に真下へ、伸び上がる勢いで妖精を両断した。
 息を吐くシン。被害もなく迅速に対応できた。そう思ったのも束の間。通路奥からシンに向かって放たれた波動が未発見の瓶に影響したか、シャロンに近い位置で1つの山が破裂した。
 疑問を挟むわけもなく即座に腰を落とすシャロン。例の波動が吹き荒れる。
 腕を前にして防御。隙間から見る。敵は山の上。ならば。
「届かないと思ったら」横に助走して力強く床を蹴り、「大間違いよ!」
 木箱の山に軽々跳び上がる。充分なバネで衝撃を吸収、中腰ながら不意を突いた拳が炸裂する。ワンツー。さらに上から叩きつける!
「‥‥て、あっ」
 足場の木箱が盛大に破壊され。どうしようもなく音を立ててシャロンは落下していた。
「大丈夫かー?」
「わ、私がこんな事で‥‥」
 遠くの縁に、上半身を起こして答えるシャロン。幸いだったのはその山に瓶がなかった事だった‥‥。

●襲撃
「キメラを運び入れさせる訳にはいかない。余計な邪魔をさせない為、鼠1匹見逃さないつもりで、ね」
 アズメリアが自戒するように。船倉を出、ロッテとアズメリアが左右に、小鳥は瓶を置く近くに陣取る。
「親バグア派の人が‥‥何かしてこないと‥‥いいのですけどぉ」
「そう、ね」
 百合歌は向かいの壁に寄りかかり、横の少女の動向を注視する。少女は震えるように何かを言いかけ、口を噤む。
 敵か、味方か。状況的に敵の手先の可能性も否めない。ロッテが見張りつつ後ろにも意識を張る。
 そうして次第に瓶が集められていく。優とヒメが置いていき、数本ずつ纏める。最後に大きくまた纏めて完成である。ヒメは役割が出来て生き生きして見える。
「キメラでなければ‥‥逆に私達が助けるべき‥‥対象だったかもしれないですねぇ‥‥ひう!?」
 上から覗き、不意の揺れにダイブしかける小鳥である。気付けば優とヒメが咄嗟に下から支えていた。髪留めが揺れる。アズメリアは横目にその姿を捉え、何かを隠すように咳払いで場を締める。
「ヒメさん? 貴女、凄く感覚が鋭いのね」百合歌が微笑み、「この船と向こうの港を危険に晒さずに済みそうなのは、貴女のお蔭。貴女のような人がいてくれるのは‥‥心強いわ」
 本心から、言ってみる。ヒメが口を開きかけたその時、船倉が俄かに騒がしくなった。
「優‥‥妖精?」
「多少割れたようです。警戒を」
 ロッテに答える。その慌しさの中。
「ごめ、なさ‥‥私言わ‥‥」
 少女の掠れた声と同時に、何かが転がってきた‥‥!

 カラン、と乾いた音が廊下に響く。その音は兵士ならば聞きなれた――
「手榴‥‥!」
 アズメリアが掴もうとし、直前に炸裂する。
 閃光。脳を叩く音波。強制的な数秒の空白が敵に利する。男がアズメリア側から接近、出来る限りの瓶を銃で射抜く。放たれる妖精。傭兵がやや動きを取り戻す。煙幕を落とす男。逃走に入る。しかし!
「逃がすと思う?」
 アズメリアが疾駆する。目標発見。月詠を薙ぐ。敢えて辛うじて避けさせる。ブレーキ。男が意外と素早く反転してアズメリアから逃るべく煙幕へ舞い戻る。だが。
「一方通行よ」
 ロッテが、手加減した回し蹴りで腹を強打する。吹っ飛ぶ男。壁に叩きつけられる。昏倒。その間にアズメリアが男に馬乗り、完全に拘束した。
 一方でロッテの背後、妖精4匹が瓶から飛び出していた。小鳥が外、優が中の最前に立ち、百合歌は少女に意識を配りながら妖精に向かう。少女は腰を抜かし、うわ言の如く謝罪を繰り返すばかり。
「下がって。私が必ず敵を殲滅します‥‥」
 月詠を構える優の手首にリングが揺れる。
 先行したのは百合歌。周りに暗い膜が張られると同時に、百合歌が鬼蛍を斬り下ろす。羽が舞う。しっかり見据え突き刺す。1匹が堕ちる。
 残る3匹が一斉に高周波で哭く。波動が襲う。男に蹴り込んだ直後のロッテが前に転がって退避。敵とロッテの間に入る形で小鳥は移動、特殊銃の引鉄を絞る。
「うー‥‥可愛いですけど‥‥逃がすわけには‥‥いかないのですぅっ」
 銃声。銃声。妖精の羽に穴を開ける。
 裂帛の気合と共に、それに合わせて中から優が圧迫する。入口に詰らぬよう鋭い刺突。2匹。足元の割れていない瓶に注意し、またヒメから離れすぎず。船倉を守るが如く。
 敵が不可視の圧力を発する。直接痛覚を刺激する。フォローする形で立ち塞がった小鳥の横を抜け、ロッテが妖精を見据える。同調する百合歌。別々の妖精を、2種の刃が弧を描いて侵略する。
 斬。手応えは殆どなく紅い羽が舞う。
「ラ・ソメイユ・ぺジーブル‥‥」
 敵らしき男の襲撃は、妖精に全ての気を取られなかった傭兵達によって完全に撃退された‥‥。

●行く末
 纏められた瓶が船から艇へ移される。瓶は割れた物含め19本。紛れ込んでいた箱に整合性はなく、男が適当に混ぜたと思われた。また百合歌と縁が少女に根気強く聞いた話では、彼女は人を呼び寄せるよう脅されていたようだった。そしてさらに傭兵を呼び、そこで罠にかけた、という事か。
 ともあれその男もアズメリアに縛り上げられ、高速艇に放り込まれている。だが今回は大事に至らなかったとはいえ、何処にでも親バグア派等が潜んでいる。劣勢の陣営にとって辛い点だった。
 全てを済ませ、甲板に出る。
「ヒメさん? 噂は多少‥‥私も欧州中心に活動してるの」
 シャロンが船に残るヒメに眩しい笑顔を見せる。
「お互い頑張りましょ?」
 無言で返すヒメ。そんな彼女を優が穏やかに見つめる。自分なりにこの戦争を生きてくれるように。
「‥‥しかし何だな。エミタ適性は残念だが、バグアに対する鼻の良さは大したもんだな」
 シンが呆れた声を上げる。ヒメが前半に反応して目を細めるが「褒めてんだぜ?」とシンが機先を制して口論を避ける。
「私達傭兵は」小鳥の頭に手を置き、ロッテが橋に向かいながら。
「望めば必ず来る‥‥貴女の力よ」
「そんなの結局戦力の‥‥」
 それきり、押し黙る。彼女に何かを与えられただろうか。それは解らないが。
「ボン・ヴォヤージュ。良い船旅を」
 せめて後悔しない未来へ。8人は高速艇へ乗り込んだ。

<了>