タイトル:陸軍士官学校の戦いマスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/08/30 00:45

●オープニング本文


「おらァ!!」
「弾着確認!」「左前方に敵影!」
 耳をつんざく発射音と共にM1戦車から大口径の砲弾が飛び、丘の「目標物」が爆散する。履帯が荒れ地を踏破し前進、砲塔が回転してさらに次の目標に大質量をお見舞いした。
「っしゃ! 野郎共、俺に続けェ!!」
 金髪の男が車内から無線で檄を飛ばす。それに刺激されたように、左腕に赤いテープを巻きつけた8人程度が突撃銃を構えて戦車の前に出ようとするが、それより速くキュラキュラと一直線に丘へ進んでいったのが、先程の金髪の乗る戦車。
「俺が一気に片付けてやる!」
 ずんずんと歩兵を置いていき、惜しげもなく砲弾を撃っていく。左右に茂みがあるが、気にせず丘の向こうへと邁進しようとした次の瞬間。
「ッ右だハンス!」
 随伴歩兵が叫ぶが、既に遅い。戦車右側面の茂みから急に姿を現した敵歩兵が戦車に何かを投げつけ、もう1人――黒髪の女が冷笑して携帯の対戦車砲を構える。
「‥‥突出しすぎ、馬鹿」
「なッ‥‥ルカてめ‥‥!」
 緊迫した雰囲気の中、無情にも筒が戦車を捉え――――。

『訓練終了。ルカ・ロッド、よくやった。が、本当のキメラ・ワームはこんな馬鹿ではないと思え。‥‥ハンス・デューラー、後で私の所へ来なさい』

 その放送が、シミュレーターのメットに響き渡った。

●2人の距離
「にしてもムカつくぜ! あの女、たまにゃ真正面からガチでやりやがれっつーの!! そしたら俺だって‥‥」
 夜。宿舎の自室でくつろぐハンスが、昼間の訓練を思い出して愚痴をこぼす。同室の級友達は「またか」ともはや声を掛ける者もいない。ちなみに、訓練後の教官の説教など、いつもの如く右から左だった。
 バルカン半島、南西部。
 ギリシア戦線に程近いここでは、度々『課外授業』と称して部分的に破られた戦線を一時的に補い、あるいは侵入してきたキメラの処理を行うという、スパルタどころではない教育がなされていた。そのせいで生徒数は常に少なく、校舎等が小さくても文句は出ないのだが。
「ッ俺は誰よりも多くエイリアンどもを殺す男なんだ‥‥そう、姉さんに誓っ‥‥!!」
 ハンスが独りごちたその時、緊急警報が鳴り響いた。条件反射の如くベッドから跳ね起きる。何度繰り返した行動だろう。流れるように制服に着替える。
『南西、演習場方面からキメラを確認。9期第1及び第2小隊は急ぎブリーフィングルームへ集合。残りは追って指示を出す』
「ッしゃ! ぜってェ俺がヤってやる!!」
 ハンスが廊下へ飛び出すと、途端に何かがぶつかってきた。見るとそれは。
「‥‥左右の確認もしないから、いつも実戦じゃ戦車に乗れないのね」
「てッ‥‥あ、ぐ‥‥!!」
 あまりの唐突な挑発に、金魚の如く無言で睨む事しかできないハンスである。状況を整理していくと同時に、顔を紅潮させていく。
「それを芸にどこかの劇場へ売り込みに行った方がいいと思う」
「てめェはどんだけ俺を怒らせ‥‥」「ごめんなさい。本気で将来を心配してしまって」
「ッッせェんだよクソ女! てめェだって演習じゃトップのくせして実戦じゃ大して殺せてねェだろ!! ハ。軍人失格じゃねェか」
「敵性勢力を撃った数が少し多ければ立派な軍人、と。良い考えね」
 斜に、紅い唇を歪めるルカ。さらに激昂しかけたハンスだったが、その前に見回りに来た教官が口論を無理矢理打ち切り、集合場所へ引きずっていった。
 2人に微かな危惧を、抱きながら‥‥。

 ◆◆◆◆◆

「通りかかった高速艇を呼び止めた事については、大変申し訳なく思う。が、これも何かの導きだとして、加勢してもらえないだろうか。無論、後日正式にULTを通して報酬等は届けよう」
 理事長室。理事の前に、傭兵達が集まっていた。特に同意も反対もない。その無言を敢えて好意的に取った理事はさらに続ける。
「諸君らには学生と共に迎撃についてもらいたい。機会があれば諸君らで全ての敵に止めを刺してもらって構わん。むしろ倒してほしい。戦車の準備が遅れているようでな。敵は演習場、林の左右から分かれてきている」
 理事が黒板に張られた校内地図の方へ歩き、指差す。平坦な真ん中に林があり、その向こうに丘らしき傾斜があった。つまり今回はその丘の向こうから敵が迫っているという事か。
「今のところ校舎から観測できたのは、円筒形の角が突き出た巨大ビートルが林の右、1m未満程度の小人の群が左となっている。学生どもの配置、あるいは攻撃についても任せる。‥‥よろしく、頼む」
 理事は老人らしくなく右手でキビキビと敬礼したのち、
「9期第1小隊のハンス、それにルカには注意しておいてほしい。奴らの扱いにはこちらも困っておってな‥‥血気に逸るバカと、妙に冷めた馬鹿、といったところか」
 そっちの方も現役の傭兵が接触して言葉を交わせば、私達としては助かるかもしれんな、と付け足した。

●参加者一覧

国谷 真彼(ga2331
34歳・♂・ST
翠の肥満(ga2348
31歳・♂・JG
クラーク・エアハルト(ga4961
31歳・♂・JG
智久 百合歌(ga4980
25歳・♀・PN
八神零(ga7992
22歳・♂・FT
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA
エドワード・リトヴァク(gb0542
21歳・♂・EP
セレスタ・レネンティア(gb1731
23歳・♀・AA

●リプレイ本文

「ここで功績上げりゃ戦車も近いぜ!」
 見送りに来た理事を伴い昇降口まで下った時、少年――ハンスが付近の扉から飛び出してきた。その後に出動する全員が整然と現れ、ルカが最後に出る。彼らは8人に敬礼し、装備を整えに行く。それを目で追いつつ、国谷 真彼(ga2331)。
「敵の殲滅よりも全員の生還をと考えていらっしゃいますか?」
 初っ端からシリアスに。士官候補生という、ある意味死に近い者が作戦に関る事が、守護者たる彼を過敏にさせていた。
「非能力者は無闇に突撃すべきでないとは‥‥、いや。誰が可愛い生徒らを――」
 言葉を切り、理事が立ち止まった。真彼が微笑でそれに応え、演習場へ足を踏み入れる。さらに1分程で両小隊歩兵も集合してきた。
「俺達は子守か? ‥‥全く運が無い」
「士官学校。軍のアカデミーが懐かしいですね」
 クラーク・エアハルト(ga4961)とセレスタ・レネンティア(gb1731)がその光景を眺めて。共に元軍属だけに通じるものがあった。そしてもう1人、エドワード・リトヴァク(gb0542)は
「初の実戦か‥‥」
 内地から傭兵へ。不安を払拭するように兄の姿を浮かべ、拳を握る。
 生徒の方はやはり際立つのが先頭で突撃銃を構えるハンスと、やや外れて移動する対戦車砲のルカだった。戦車は相変わらず遅れているが、幸い敵も鈍重な蟲と歩幅の小さい小人。まだ少し余裕はある。
「あなた達は戦車の準備ができるまで待機していて下さい」
 その猶予を利用してセレスタが指示、簡単な作戦説明を始める。が、それだけでなく真彼が生徒達に近付き、
「大丈夫。僕が君達を直接フォローできる位置にいよう」
 実戦指導の意思も見せる。一方で八神零(ga7992)は隊の端、ルカに話しかけていた。
「君がルカだな。演習で優秀な成績を残していると聞いた」
 ルカは一応敬礼で返すが、何か、と言わんばかりの視線。取り付く島も無い。それ程の信念に従っているのか。
「‥‥いや」
 まずは敵を。話はそれからか。零が再び口を閉ざす。逆にハンスは
「ッしゃ早ェとこ突っ込みましょうや!!」
「‥‥お前らより長く戦場にいるんだ。元下士官の言う事を聞いて損はないぞ」
 クラークらの説明も聞かず猛る始末。ルカが小さく皮肉を漏らした。
「あんな奴、英国にもいたっけ」やや苦笑してエドワード。
「向こうは解りやすい馬鹿‥‥で、こっちは辛辣、というかよく解らん。痴話喧嘩とも違う様子‥‥かな」
 龍深城・我斬(ga8283)が遠目に分析すると、零も嘆息し、
「確かに、相性は悪そうだ」
「でもあっちの馬鹿は嫌いじゃないわ。だって、楽しみじゃない?」
 一部の人が喜びそうな雰囲気で言うのは智久 百合歌(ga4980)。口元に指を当て微笑む姿が蟲惑的である。
「どんな切欠で化けるか、ね」
「つまり僕のようになれるかどうか、ですな!」
 突然妙な事をのたまい始めた翠の肥満(ga2348)。
「フムン‥‥デューラー君とやらは僕に次ぐ第2の問題もとい不詳となりえるか‥‥いや第6くらいかな」
 我が道を広大に開拓する人、翠である。
「あ、貴方は馬鹿と天才のどちらかと言‥‥」
「む、僕が馬鹿かつ天才だと。つまり仮面の天才!」
 まさに僕でしょう、と相変わらずの翠をよそに、7人が先行して林方面へ駆け出した。生徒の装備音で我に返った翠が急いで仲間を追いかけ、ようやく戦車以外の準備が整う。
「此処が彼らの分岐点になるといいけど」
 エドワードが小隊の未来を憂い、独りごちた。

ビートル班:百合歌、零、我斬、エドワード
小人班:翠、クラーク、セレスタ
小隊指導:真彼

●先制
 第2小隊が総予備として林手前で停止し、第1がビートル班の後詰として林右に待機。傭兵達は機先を制すべく2手に分かれ、各個撃破に向かった。そして先に接敵したのは。
「仰角なし、距離よし! どこぞの知事ばりにブッ放しちゃえ!」
「了解」
 30匹程か。翠が双眼鏡で確認後、自らもスコープで狙いをつける。瞬間。クラークの大口径機関銃が火を噴く!
 轟音と共に群に大量の弾丸が注ぎ込まれ、小人の前進が止まった。直に喰らい、それだけで倒れる者も出る。しかしまだ続く。生身ではレベルの違う質量の弾雨となり、演習場に凶悪な雨音を響かせる。
 なんとか初撃を凌いだ敵は、攻撃の隙に駆けてくる。と、小石程度の礫弾の嵐が飛んできた。
「スリングショット! クラークさん、援護します‥‥!」
 クラークの近辺に伏せていたセレスタがサイトを合わせ3点バーストで先頭を撃ち抜く。翠は転がりつつ、むしろ遠距離から個々に起き上がってきた者に死を与える。
 面制圧。狙撃。援護。重機を持つクラークが礫弾を喰らいつつあるが、まさに理想的な近代銃撃連携によって敵はみるみる数を減らしていく。
「今日も絶好調だぜっ」
 翠が調子よく3匹目に強弾撃を叩き込んだ。

「‥‥昆虫如きでは些か役不足だな」
「カノンビートル亜種、かな。微妙に印象が違う」
 零が月詠二刀流を自然に構え、我斬は銃と剣で得物に拘らぬ臨機応変さを見せた。巨大蟲を見据える。
「先手必‥‥」
 百合歌が自身を強化して地を蹴ろうとした刹那、敵の角から前触れもなく巨砲が放たれる!
 跳躍して辛うじて回避するが、割れた破片が4人に降り注ぐ。
「迅速に接近しなければ‥‥!」
 腕を前にして体勢を立て直し、エドワード。百合歌がいち早く獣人の能力を活かし80mはあった距離を一気に縮める。続いて我斬、零。演習時より硬い体に喝を入れ、エドワードが追従した。その後ろで、
「ッ俺も行‥‥」
「君には戦車と共に追撃する役目があるだろう?」
 真彼が辛うじてハンスを抑える。至近で監視・督戦する策が功を奏していた。
 前衛の方は百合歌が低空を翔るが如き速度で外殻に張り付き、他の3人が中距離からさらに接近する。そこに第二射。エドワードが至近弾を喰らう。
「懐に入られては撃てない、わよね?」
 グロテスクな右中足をかわしつつ、足の節を薙ぐ百合歌。流れるように左の散弾銃を同箇所にお見舞いする。粘液性の体液を撒き散らし足が爆散した。
 敵高周波の絶叫。
 痛みを感じるのか、残る足を暴れさせ、敵は頭を低く左右に揺らして砲塔角で薙ぎ払う。我斬が伏せる。零が跳ぶ。が、正面から接近したエドワードは避けきれない。両手のヴァジュラで受けるが重すぎる!
「ッ‥‥皆さん、今です!」
 吹っ飛ぶエドワード。狙い目と見たか敵の前足がさらに襲い来る。なんとか転がろうとするが前足が器用に追尾する。
 目を瞑り体に力を入れる!
 ‥‥、打撃が来ない。見ると。
「‥‥無理をするな」「俺より後輩を餌にするってのもアレだし、な」
 零が正面から足を受けていた。やや遅れて我斬がその足を全力で両断する。
「こっちよ、貴方の敵は」
 百合歌が巨体に入り込み、腹の礫弾補給口らしき穴に散弾を撃ち込む。同時に、
『戦車が来ました。10秒後に発射、5秒して第二派を放ちます』
 真彼の通信が4人に届いた‥‥!

●追撃
 異なる銃声が調和を奏でる。狙撃音。セミオート。そして。
「‥‥作戦終了、だ」
 重機。怒涛の勢いで薬莢が足下に零れ落ちる。その恐怖の山の中心に立つのはクラーク。最後は銃弾節約で翠に譲ったものの、物理的に前進後退を阻止した働きは特筆すべきものがあった。
「援護に行きますか?」
「そうですね‥‥このまま林の左を直進して後方から、ではどうでしょう?」
 セレスタの提案に翠が乗る。異論はなく、真彼に通信して歩き出す。銃身を覗き、一応軽くメンテしておこうとした瞬間。
『――■■!』
 林の中から何かが飛び出してきた!
 セレスタがクラークの前に出る。突撃銃を構え、影を追って引鉄を引く。捉えきれない。
「1時方向、小人3匹!」
 翠が無理矢理狙撃銃で至近を狙い撃つ。残り2匹。咄嗟に動きづらいクラークらに2匹が向かう。懐に手をやるセレスタ。が、短剣がない。下から小人用大剣が突きあがってくる。銃把で受ける!
「っ近寄るな‥‥!」
 素早くサイトに捉え、1m先の足下に撃ちおろす。
「惜しかったかも?」
 次いで翠が正確に小さな的に穴を穿ち、林の奇襲は失敗に終った。そしてクラークが迅速に別班にも無線で伝えようとした時。
『小人班、林の伏兵に注意です』
「‥‥少々遅かったようです。元戦車兵殿」
 苦笑してエドワードに答えた。

 雷撃。
 大気をかち割る砲声が鳴ったと思うや、その時には2発の磁力砲が敵前面外殻を穿っていた。
『次弾装填!』『ッてェ!!』
「徐々に前進しましょう」
 真彼が小隊長の隣で促し、生徒達が動き始める。
 第二派の成果が目に見える。敵前面が無残に剥がれ落ち、左前足が吹っ飛ぶ。それを逃す傭兵ではない。横に離れていた百合歌、零が一気呵成に攻め立てる。鬼蛍と月詠。動と静。赤と蒼。相反する2種の刀が舞う度に、確実に敵の生命を奪っていく。零の全スキルが叩き込まれる。
「俺も‥‥!」
 エドワードが怪我を押して前面に立つ。新たな刀が剣舞に加わる。
「ま、多すぎるのも困るし、ここは援護に回るか」
 S−01で刀の届き難い上部を狙う我斬。敵が心なしか後退した。
 いける!
 誰もが思った次の瞬間。
「吶喊! お前ら、行くぜ!!」
 もはや待てないと、ハンスが駆け出した。驚愕したのは傭兵ばかりではない。小隊員すら置き去りに、自爆するが如く1人で飛び出したのである。得物は突撃銃と手榴弾。無謀すぎる。
「ッ待‥‥」
「ハ。これ以上あんたらに手柄獲られてらんねェんだよ!」
 真彼の静止も振り払い、中距離へ。そこは敵主砲圏内。もし敵にその余裕があれば‥‥。
「隊長、ここは多少危険だが第1小隊で彼を追おう。大丈夫。いざとなれば僕が主砲を引き受ける。第2小隊は磁力砲で牽制してくれ」
 僕らには当てないようにね。真彼が生徒と共に駆け出す。ちらとルカを見やると、何故か文句も言わずついてきている。
 聞いた限り、想定外の行動は反対しそうなものだが。
 顔には当然の如く不本意と書いてあるが、見捨てようとはしていない。単なる臆病、皮肉屋、感情論ではないのか。
「あんな軍規違反、見殺しでもいいと思わないのかい?」
 敢えて真彼が逆説的に。ルカはやや息を切らせながらも、
「無駄に命を散らしてほしくないだけです。‥‥たとえ、どんな生でも」
 気にかかる言葉。しかし今は詰問する時間がない。いつの間にか傭兵4人に近付いていた。4人の方は見事敵を封じ込め、刻一刻と地獄の門を開きつつある。が、その横でFFに銃弾を弾かれ悪態を吐くハンスが非常に恐ろしい。
「戻れ、と言っても聞かないでしょう。伏兵と敵の挙動に十分気を付けなさい!」
 せめて、と真彼が敵に弱体化をかける。
「おおぉ!」
 4人が斬りつけ、ハンスが大して効かない銃を撃つ。攻撃の質で巨体を押していく。そうしてなんとか、ハンスが重傷を負う前に敵を沈める事に成功したのである。
 息をつく一行。ふと念の為にエドワードが探査の眼を光らせると、
「その程度の掩蔽で待ち伏せとは‥‥やれやれ。皆さん、そこを」
 本当に、いた。攻撃する事のなかった真彼が、最後に林の中の1匹に超出力をお見舞いし、戦闘は完全に終了した。

●2人の意味
 戦闘後、8人は暗に話してほしいと理事に頼まれた2人に接触していた。
「突撃した? このばかちん!」いつもの怪しい姿で翠がハンスに「がきんちょがランボーごっこしてもサマにならんでしょうが! やるなら僕みたいにダンディになってからにしなさい! あんね、仮にも士官の卵ならちょっとは周りを見ィ、周りを!」
 じと。全員の視線が同じツッコミをしているようだった。
「全く酷いFNGだな。ん? ああ」
 ファッキンニューガイと言ってるんだ!
 クラークが続く。現場を見ていないのも逆に腹が立つものだ。
「仲間を危険に晒してそんなに楽しいか!」
「ッ俺は奴らを殺‥‥」
「口答えするな! いいか、士官たる者、部下の命を持つ責任を‥‥」
 普段の爽やかさは鳴りを潜め、喝を入れるクラーク。しかし納得していないのが容易に解る。
「復讐? 大いに結構。だが大局を見誤るな。味方を殺すな。最後まで生き、戦え。それが軍人だ! ‥‥勇気と蛮勇を間違えるなよ、ハンス士官候補生」
「だって俺が倒さねェと‥‥」
 口を尖らせるハンス。
「私もどちらかと言うと突――」
 見兼ねた百合歌が口を挟もうとして。言いかけた言葉を斜め上に追いやり言い直す。
「貴方の行動は否定しないわ。でも前しか見えなければ」
 誰か、死ぬわよ。冷徹な言葉で突き放す。
「死なない自信。死なせない自信。貴方にその責任と覚悟があるなら、構わない。その時はきっと、私も援護するわ。突撃し、生還する為の援護をね」
 飴と鞭、と言えるだろうか。まだ眉間に皺は寄っているが、多少彼も落ち着いてきた。
「特攻バカで死んだら身内も悲しむんだぜ?」
 翠が演習場にも拘らず煙草に手を伸ばそうとし、クラークに軽く窘められる。
「悲しむ身内なんか‥‥俺は、だから戦って‥‥」
「目標へのひたむきさは大事だよ。でも偶には後ろを振り返って。共に生きる仲間がいるんだから。大体――」
 1人ではそんなに殺せない。真彼が苦笑して肩に手を置き、校舎へ促した。

「あー、やっと一仕事終ったな。嬢ちゃん、俺とお茶しない?」
 我斬がわざとらしくルカに話しかける。胡乱げな眼差しが心に痛い。
「‥‥何かおっしゃりたいのであればどうぞ」
 では遠慮なく、とセレスタがまず切り出した。
「貴女は優秀だと伺っています。困ったものだとも。つまり状況判断は的確でも他の欠点がある、と思いませんか」
「全て最低限行っていますが。誰も命を失わない程度に」
「では何故積極的に‥‥」「戦争を、積極的にですか」
 ルカが遮る。一筋縄にはいかない。零が離れて刀を拭きつつ声をかける。
「戦場において『命を失わない』為に、無鉄砲に戦わねばならん時もある。何故守る為に率先して戦わない。もし君が恐怖を感じ‥‥」
 熟慮します、と適当な生返事。どんな言葉が彼女に触れるのか。それも解らない中。
「人との円滑な関係も大事だよ。指揮官になるにも。そうだな、例えば俺達は毎回顔も知らなかった人と組んで、信頼し、命を懸けて仕事する。そうしてこの無茶な戦争も生き残ってきた」
 我斬が搦手から攻める。
「つまり戦闘能力以外も大切って事かな。まああの熱血君も困り者だけど‥‥でも君がそのままじゃ何も変わらないよ。彼どころか誰一人ね」
 その時、ルカの瞳が僅かに揺れたのをエドワード始め4人は見逃さなかった。だがまだ突っ込んでも話しそうにない。
「一傭兵のお節介さ。ちょっとでも考えてくれ」
 それきり口を噤む。
「変わらない。私が積極的に、変える――?」
 ルカが独りごちる。
 その表情はどこか狂信的で。連携。仲間。戦争と、チームを守る戦い。そんな4人の思惑とは別方向に、彼女は決意を固めていた‥‥。