タイトル:ドン・キホーテ、攻めるマスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態: シリーズ
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/08/13 01:26

●オープニング本文


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 埋葬した時。
 少年――エリクの身体が納められた棺が埋められていく1秒ごとに、彼の意識は妙に冷えていった。
 暑い森の空気。目に痛い木漏れ日。掘り返され、再び閉じられる土の香り。
 ただ、傭兵になって初めての事件で、助けただけ。次に見た時には敵だったのに。
 どうしようもなく、苦しかった。少年と、自分に。
 検死では人としてどこも異常はなく、そして家族もいなかった。この前、軒先まで送っていったはずの家の、家族も。

 ――――怒られる。

 少年は最期に言った。
 誰に、怒られる?
 彼は口許を歪める。
 関係ない。この村を襲い、少年を使った黒幕を、叩き潰す。それが村を守る事に繋がる。きっと、繋がる。
 彼――アロンソ・ビエル(gz0061)は、わだかまる昏い塊を胸の奥底に押し込んだ‥‥。

 ◆◆◆◆◆

「村長、どうか攻勢に出る許可を‥‥!」
 村長宅、会議室。アロンソが机を勢いよく叩き、村長に詰め寄る。が。
「‥‥時期尚早じゃ」
「村長ッ!」
 いつか、キメラが初めて本格的に来襲した折と同じような構図。息を荒げるアロンソと、静かに状況を見据える村長。机の向かいにはやはり年の近い友人がおり、彼もまた『攻勢』には慎重な姿勢だった。
「お願いします! 俺は、俺は‥‥」
 訴えているのは、当然対キメラについて。しかし今までと違ったのは、ただ村を防衛するだけではなくこちらから攻めるべき、とアロンソが言い出した事だった。
「――――俺は、能力者になってどこか腑抜けていたかもしれない。連絡すれば仲間が来てくれる。自分自身も昔より戦える。だから、このまま流されていたら大丈夫だ、と」
 村長、そして友人が黙って聞く。暑い空気が部屋に滞り、時間の長さを実感させた。
「でも、この前のイベントを見て、感じたんです。この騒がしさを取り戻したいと。それに‥‥」
「この前の子供、か?」
 村長に簡単に図星をさされ、アロンソは顔を歪めて首肯した。
「今となっては、あの子供が何だったのか正確な事は解りません。ですが俺は、一度助けた人間を死なせてしまった事に変わりはない。そしてこのままなら、今は守れているこの村も、いつか失うかもしれない‥‥!」
 アロンソが熱弁を振るう。心なしか、早期警戒の呼笛が鳴った気がしたが、ここは譲れない。
「戦わねばならない。自分から。元を断つその為に!」
「元、とはどこだ? 近くの敵軍か? スペインの敵軍か? そのような事を言うならば、お前は今すぐあの紅い星に行かねばならぬぞ」
「それは‥‥」
「仮に、この近辺を担当する敵軍をやるとして、そやつらはどこにおる? 少しでも方法を考えておるのか? 勢いと感情に任せた攻勢は、断じて許す事はできん」
 厳然と村長が両断する。前世紀の大戦経験者として、それも冷静な判断だった。
「それよりも」村長は重々しく立ち上がり、「先程からの警戒の合図が聴こえとらんのか。守りたいのじゃろう」
「ッ‥‥わかり、ました‥‥!」
 大股で退出するアロンソ。外の日射しを浴び、一度目を瞑って深呼吸する。少しだけ頭が冷えてきた。周囲を見回す。
 敵は南と西から。少年という今までの実働部隊リーダーを失い、攻め方を変えたか。
 近くの男を呼びとめ、詳細を訊く。
 南は距離が近く、時折地中から姿を現してくるモグラのような敵が複数。西はまだ遠いものの、スレイプニルのような馬に乗り、鏡のような鎧を纏った羽騎士が悠然と並足できているようだ。
 ULTにはもう連絡がつく頃だと考えて‥‥。
 アロンソが思案していた時。
「アロンソ!」
 村長宅から追いかけて出たらしい、友人が声をかけてきた。
「村長は何も絶対専守しろとは言ってないと思うんだ。要は具体的な敵の居場所が解ればいいはず。その後で方策を考えるとして、な」
 アロンソの親友とも言える基本温厚な彼が、激励のつもりでアロンソの背中を強く叩く。
「なるほど‥‥。‥‥なんとか、攻勢への足がかりを掴みたいところだな‥‥!」
 静かに再び闘志を燃え上がらせるように、彼は独りごちた。

●参加者一覧

ロッテ・ヴァステル(ga0066
22歳・♀・PN
幸臼・小鳥(ga0067
12歳・♀・JG
月影・透夜(ga1806
22歳・♂・AA
翠の肥満(ga2348
31歳・♂・JG
ケイン・ノリト(ga4461
30歳・♂・FT
諫早 清見(ga4915
20歳・♂・BM
智久 百合歌(ga4980
25歳・♀・PN
龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA

●リプレイ本文

 プロペラ音が頭上から響き、足下ではスペインの地形が流れる。旧式武装ヘリ。それが一路ラ・マンチャを目指していた。幸いマドリードは辛うじて人類圏。比較的接近しやすかったのである。
「村に直接降下出来る様になったのは地味に進歩だな。今までより時間的余裕ができる」
 銃に弾を込めつつ、龍深城・我斬(ga8283)。いつもの村へ向かう8人の傭兵。見慣れてきた感もある森が彼方に見えてきた。
「フムン‥‥近辺に敵本隊が野営してるわけじゃなさそうだ」
 開いたキャビンドアから翠の肥満(ga2348)が見晴かす。横ではケイン・ノリト(ga4461)が俯きがちに腰掛け、やや空いて座る幸臼・小鳥(ga0067)はその姿を横目に捉えていた。
「‥‥悔恨は奥歯に、今は、前を‥‥」
 我知らずケインの口から漏れる言葉。それはここにいる皆が容易に想像できるもの。1度は助け、敵対した少年。その最期の光景を、村に赴く時になって誰もが少なからず思い出していた。
「後悔しても何もならないわ。これから、何が出来るのか」
 それが大事だと思う。智久 百合歌(ga4980)の首元のロザリオが、寂しげに揺れた。
「犠牲を出した以上必ずやり遂げる。後悔はその後だ」
「うん。人を玩具にする黒幕‥‥引きずり出さなきゃね」
 答えるように、月影・透夜(ga1806)と諫早 清見(ga4915)。
「本当に‥‥何処までも舐めてくれる‥‥」
 ロープに1番近い位置で、ロッテ・ヴァステル(ga0066)が仲間の声を聴きつつ目を瞑った。
 ――実験のように子供を使い、適当にキメラを寄越して蹂躙する‥‥赦すわけにはいかない。
 ロッテが確かめるように、そう胸に刻んだ時。
「数分で村上空です。準備をお願いします!」
「‥‥ふぇ!? つ‥‥着きましたかぁ?!」
 突然のコクピットからの声に過剰に反応したのは、今まで静かに言葉を聴いていた小鳥。傭兵達の表情が多少柔らかくなる。降下準備。が、そんな中、ロッテは小鳥に近付くと、一瞬だけ柔らかい銀糸を撫でた。そうして自らも準備に入る。言葉はない。だが、それだけで何かが伝わるような温度。それを、小鳥は感じていた。

「降下開始!」
 流れるように降りていく8人。風に揺れる。眼下には完成したばかりの村のホール。ほぼ降下速度を殺さず、みるみる地面に接近する。中央では既にアロンソの姿。適度な高さでロープを離し着地。それが8回繰り返され、100秒とかからず全員が村へ降り立っていた。
「行くわよ!」ロッテが間髪入れず駆け出すと、翠が、
「いつぞやヴァステルさんに先を越されたからね」
 僅かに立ち止まり、アロンソに投げキスを贈り。
「幸運のお守りだと思って取っとけ! 村の方は任せたぜっ!」
「あ、ああ‥‥」
 いつでも謎の男、翠の肥満。ともあれ防衛に留まらない、村の将来を左右する任務が始まった。

南班:翠、ケイン、百合歌、我斬
西班:ロッテ、小鳥、透夜
村調査班:清見、アロンソ

●2正面防衛作戦
「真南から一直線に来ている、で間違いありませんか?」
『はい、森入口辺りで遭遇する筈です。現状同時に3〜4匹は見えましたが正確には‥‥』
 南の隘路を駆け抜けつつ、百合歌が無線で櫓に確認する。
「文字通り土竜叩きか。見逃しが怖いな‥‥」
「一歩たりとも入れませんよ」
「ま、アロンソくんの為にも僕達ァサポートしましょうや」
 我斬とケインが並び走り、翠が狙撃手らしからぬ速度で百合歌のやや後ろを行く。土を蹴り葉を弾き、全力移動で瞬く間に空と森の境界に到達した。
「敵は‥‥」
 入口で立ち止まる4人。少なくともこちら側には‥‥、
「あそこに穴が!」「向こうにもあるな」
 森の外、左の近い所と、右のやや離れた所。
「まずは弾頭矢で焙り出し‥‥」
 百合歌が言い差した瞬間、4人の真後ろに土竜が姿を現した。
「ッ‥‥」
 最後尾のケインが振り向くが、その前に敵が巨大な爪を振るう。辛うじて身を捻り軽減するケイン。即座に大剣を膂力任せにぶん回す。土竜が地表に吹っ飛ばされる。さらに我斬が流れるように接近、イアリスの連続攻撃で敵を斬り裂いた。
「余程集中しないと解らないな‥‥!」
「自爆は‥‥しませんか」
「とにかく2つの穴を燃やしてみるわ」
 百合歌が長弓に矢を番え連射する。パァン、と内壁で破裂音。意外に深い。火薬の臭い。誘い出せるか。止まる空気。翠が近くの茂みに移動し、3人が道に立ち塞がる。ケインが何か感じたか、大剣を地に突き刺す。それは手応えはなかったのだが、敵を誘う事には貢献したか、地面が蠢き出す!
「ええいめんどくさい!」
 我斬が痺れを切らしそうになった直後、前後の土が動いた。と同時に3人が跳躍。だが我斬の足を前の敵が掴む。引き込まれる!
 直前、百合歌が落ちざまに敵の頭へ鬼蛍を突き出した。
「見え透いた手ね。‥‥土地を耕すなら、もっと有益な場所になさいな」
 絶叫。まさに天使の断罪剣。我斬が足を掴む腕を切断する。敵が潜ろうとする気配。しかし。
 音もなく。我斬が腕を斬ると同時に、百合歌が刺したままの鬼蛍に力を加え、頭蓋を引き裂いた。血飛沫を上げて敵が堕ちる。
 一方で後ろの方は、敵が3人に攻撃しようとした瞬間。
「森も使い様によっては僕の戦場ってのを忘れちゃ困る」
 翠が至近の影から最大練力の銃弾をお見舞いする。1、2、3発!
 正確な射撃が敵の動きを止める。なんとか敵は礫弾を翠の方に飛ばす。舌打ちと共に転がって回避する翠。が、敵の攻撃もそれまでだった。
「おさらば、です」
 ケインが深々と突き刺し、次いで薙ぎに転換し首を跳ね飛ばしていたのである。
「‥‥少ないですね。連絡すべきか」
「少ししたら平野に出て穴の数を調べてみましょう」
 翠の声に、百合歌が冷静に提案した。

「なるべく村から‥‥離れた位置で接敵‥‥できればいいですけどぉ」
 教会脇を抜けつつ小鳥が呟くと、透夜の無線から敵の速度が上がったと報告が入った。
「ある程度は森に引き込んだ方が楽だ。だが確かにあまり先行されても面倒だからな」
「私達ならばやれる‥‥敵を止める意味でも、期待してるわ」
 透夜のやや先を走るロッテが、秘かに短剣を左右の指に挟む。
「魔弾メンバーですし‥‥頑張りましょぅー!」
 心なしか先程より声が強くなる小鳥である。
「ロッテ、奇襲は頼んだ」
 こくり、とロッテが右に分かれる。小鳥と透夜は直進。枝を掻分けどれ程か。そこそこの地点で2人が待ち受ける。周囲は適度に木々が林立し、微妙に透夜の槍は振り回し辛いが仕方がない。
 アァアアッ!!
 透夜が敢えて溢れる存在感を解き放ち、敵を誘導する。
「来ましたぁ‥‥!」
 西を見やると、枝の隙間から騎乗した敵が僅かに映る。透夜が前に出る。敵も剣を構えた。
「うー‥‥これ以上村に近付かせませんよぉ‥‥!」
 先手必勝、と小鳥がフルオートで重機関銃の引鉄を引く。ガガガガと盛大に音と薬莢を撒き散らし飛ぶ弾幕が騎士を牽制する。
「って、はわわわ?! は、反動‥‥きついですぅっ」
 スク水白衣と機関銃、小鳥が必死に弾道を押える。その間に透夜がやや左から接近、裂帛の気合を見せた。槍を溜め、まさに突きかからんとした刹那。
「ルヴェ・ル・リドー‥‥狂騒劇の開幕よ」
 右側面からロッテが突撃する!
 4本の短剣を投擲し、自らも馬の足に蹴りを放つ。それに合わせて小鳥が再装填し、その隙を埋めるように透夜も左から馬の足に槍を突き出し、さらに穂先を上げて騎士も牽制する。
 棹立ちになる馬。横目に見ると、ロッテの短剣が腱に2本刺さっていた。
 成功‥‥!
 思った直後、馬上で粘る騎士が、なんとそのままロッテに剣を振り下ろした。拳銃把で剣の横腹を叩く反動で右に回避する。だがその攻撃は騎士にとっても命取りとなった。
「魔弾連携はKVだけじゃない!」
 逆側から透夜が槍を鎧の隙間に突き上げ、力任せに馬から引き摺り下ろした。さらに馬の腿にこちらも短剣を突き刺して追跡の足がかりとする。攻勢に出ねば。そう考えるのはアロンソだけでなかったのである。
 騎士を落とした隙に、馬をロッテと透夜が西方向に蹴り上げておく。まずは人型をやらねば。
 立ち上がろうとする騎士だが、小鳥が弾雨を浴びせて容易には行動させない。鎧でかなり守られるとはいえまず倒すべき敵と認識したか、剣を前にして小鳥の方へ。蜻蛉の如き羽が穴だらけとなり、もはやここを切り抜けるしか騎士に道はない。10m。小鳥の銃弾が切れる。しかしその道は唐突に透夜の体当たりで阻まれた。
「やらせるか!」敵の連続攻撃をその身で受け透夜、「ロッテ、やれ!」
「個にして全。それが私達魔弾‥‥」
 後方から走りこみ、瞬即撃によって極限まで高められた速度の右回し蹴りを兜と鎧の隙間に捻じ込む!
 ガギィ!
 不快な金属音が爪と兜で鳴り渡る。敵が前のめりに倒れかかるがロッテの攻撃はさらに続く。左手の拳銃による零距離射撃で内部から兜を弾き飛ばすや、格闘技よろしく首を押さえ左足で右に払う。まさに倒れる敵。勢いままにもう1回転、死の右足を頭部に定めると、遠心力を縦に渾身の踵落としを振り下ろす。
「――ラ・ソメイユ・ぺジーブル」
 言葉に反してロッテは、眠る事すら叶わぬ地獄へ文字通り叩き落としていた。

●分水嶺
「皆ホールで待ってて! それと」
 そこで清見は、アロンソから先日透夜が撮影した少年の写真を手渡され、一呼吸して続ける。
「この子の事知ってる人がいたら教えて欲しい。北の村の子なんだけど‥‥ていうか最近の不思議な事、言ってくれないかな。変な鳥がいたとか、北の村が妙に賑わってて羨ましいとか」
 写真はボケていたが、それでも顔、雰囲気、服装は判る。そこで村人に回して見せたところ、
「おおあのガキじゃねえか」
 近隣で雑貨を扱う男が名乗り出た。曰く。

北の村南南東の公園によくいた
今考えると少年に会った日は空に小鳥が妙にいた
パンをやっても喜びもしなかった
一度夕方に送り届けた際に親を見たが、普通で印象に残っていない、等。

「いつ頃から少年を?」
「結構前のでけえ戦の少し前くれえか」
「どこから引越してきたとか、訊いたか?」
 清見が重要だと感じ、念の為アロンソに口頭役を譲って訊く。付近の行商人ならば情報も正確かと思えた。
「そりゃ解んねえけどよ、南訛りっつーの? ムスリムの子孫かもな」
 イスラム。少しずつ見えてくる少年の姿。アロンソが焦る心を押えつつ他の引越してきた人を尋ねたその時。
「アロンソさん!」
 注意を呼びかけ、同時に清見がアロンソらを向こうに押しやる。瞬間。土が盛り上がる。爪が飛び出る。
 金属音。
 急速に姿を変えた清見が同じく爪で、敵の攻撃を受け止めた。土竜を挟んだ逆で即座に頭を切り替えるアロンソ。やや角度をずらしつつ銃を構え連続発砲。命中。合わせるように清見が側面に回り込み両爪で深く裂く。
「村はやらせない!」
 反撃しかけた敵の爪をアロンソの銃弾が弾き、最後は清見が敵胸元を抉り殺した。数秒、2人は息を整え、行商人は地に転んだまま呆然。
「次までに、役場とか北の村での詳しい調査、お願いしていいかな」
 清見が落ち着いて話し掛けると、男はかくんと頷いた。

『こっちでも1匹倒したよ』
 清見の声が無線から南班の4人に伝わる。短く応答し、翠が通信終了した。
「どうします? これで数は合いそうですが‥‥」
「4穴の集合が点々。確かに、ね」百合歌が顎に手を当て「辿っていきましょう。弾頭矢で煙でも出ればいいけど」
 試しに穴の底に射てみるが、一瞬の閃光だけで大して役立ちそうにない。
「コレでは流石に足りない、か。くぅ、僕も芝居のように扇子で扇いでみたかった! 確かそう、ブスもといブ男!」
 翠が懐から出した煙草に火をつけようとし、やめた。ちなみに突っ込む人はいない。
「む‥‥地道に辿るしかないか。こっちは西と違って直接追えないからな‥‥だからこそ遠慮なしに叩けたわけだけど」
「地図もありますから、コツコツ行きましょう〜」
 諦念の我斬にケインがにへらと。一行は無線報告し、追跡に入る。百合歌が先頭で注意を払う。
「何処まで続いて――何処から来ている、やら」
「エリク少年は人間と能力的に変わりなかった‥‥あの移動方法ですから、案外近いかもですよ〜」
 じっくり構えるケイン。ふと地平の彼方に目をやった。
「‥‥これを追ってゆけば」
 答えも見つかるだろうか。もやもやと頭が悲鳴を上げる。
 守るべき者と、傷つける心。刀を抜くのは子供の未来を掴む為だったのに。合わせ鏡の如く、いつの間にか刃がこちらを向いてる。どうして。
「‥‥行きましょう」
 掌から零れ落ちる命が数え切れないならば、せめて。
 百合歌は無意識に白い指のリングに触れる。
「フムン‥‥人生色々、ですな」
 翠が独りごちた。
 そして数時間。
「一度帰還すべきだな」
 スペインの敵影をやり過ごし、穴の先にあったのは、ラ・マンチャ南東都市アルバセテだった‥‥。

 斬。透夜が槍を大きく構え、西方向に吹っ飛ばしていた馬を見据える。張り詰める空気。
「この先に近付く事は私達が赦さないわ」
 ロッテも一歩踏み出す。
 数秒の沈黙。と、生存本能が勝ったか、脱兎の如く馬が逃げ出した。それを見、2人は打って変わって存在を隠すように気を静める。逃がした敵を追跡し、攻勢への手がかりにするのだ。
「さあ、何処に向かうの‥‥お前達を送り込んでる敵は何処」
「少年を利用した‥‥誰かが‥‥この先にいるのですよねぇ」
「奴がアジトまで連れて行ってくれるさ。前の逃走方向から南が怪しいと思うがな」
 得物を仕舞い、ある程度距離を離す。細心の注意を払って森を抜ける。荒野。短剣の刺さったままの馬は南西へ行けば南東に変わり、ふらふらと覚束ない。僅かな稜線に隠れ追う。そうしてどれ程経ったか。
「これで‥‥追っていければ‥‥」
 小鳥がやや疲労気味に。隠密潜行で絶えず気を張っているのもあるが、少年を救えなかった感情もまた影響していた。普通を装っても、同小隊の2人が相手では隠し通せるものではない。
「後悔を忘れるんじゃない。それを刻み、決意にするんだ。それに」
「私達もいるし、ね‥‥」
 2人の言葉に、小鳥が微笑を見せる。が、その時。3人の遥か先の馬が遂にくずおれた。血を流しすぎたか。様子を窺い馬の許へ。息はない。
「これまで‥‥か」
 ロッテが呟き、馬の鼻の向く先を眺める。先にはハエンがあり、さらにその向こうには‥‥。

<了>

 村。教会付近に真新しい墓が建っている。そこに9人は集まっていた。
「アロンソ」透夜が墓前に小鳥らと摘んだ花を添え「その想いは正しい怒りだ。だが‥‥出し処を間違えるなよ」
「最初の気持ちで『これから』を一緒に考えましょう」
 たおやかに百合歌。
 ケインも花を横たえ、石に触れる。
 その硬い冷たさは、これからの戦いの危険さを物語っているようだった――――。